優等生の秘密
アサト:作

■ 7

貢太が家に帰りつく頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。特に部活動もしていない貢太が、こんな時間まで家に帰らなかったことはない。母親に、何て言われるだろう、貢太は沈んだ気持ちでゆっくりと玄関のドアを開けた。
「ただいま……」
「遅かったじゃない! どこで油を売ってたの!?」
 母親は、玄関で仁王立ちしていた。その顔は、鬼のような形相になっている。貢太は大きなため息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「クラスで成績1位の奴に、色々教えてもらってた。嘘だと思うんなら、そいつに電話して聞いてくれよ。」
 その言葉に、母親の表情がぱっと明るくなる。
「まぁ、本当なの!? よかったわぁ……やっと勉強してくれる気になってくれたのねぇ……」
 さっきまでの怒鳴り声が嘘のような猫なで声で言うと、貢太の肩を抱くようにしてダイニングへと連れて行った。もう父親が帰ってきており、無表情のまま黙々と食事をしていた。
「あなた、貢太がクラスで1位の生徒に、勉強教えてもらったんですって!」
 これ以上に嬉しいことはない、そう言った感じではしゃぐ母親に対し、父親は依然無表情のままで貢太をちらりと見ただけだった。

「ちょっとあなた!? 貢太が勉強を頑張り始めたっていうのに、何も言うことはないの!?」
 ヒステリックに母親が叫び始めた。こうなると手のつけようがなくなるという事を、貢太も父親も熟知していた。
「母さん、父さんはきっと仕事で疲れてるんだよ。俺が勉強頑張り始めたのは当たり前のことだし、それほどに喜ぶことじゃないよ。むしろ、今までが悪すぎて、やっと普通になったんだ、だから、こんなことで喜んじゃいけないよ。」
 自分で言っていて、胃の辺りがむかむかとしてくるようなセリフだった。だが、こうでも言わなければ母親のヒステリーはおさまらないし、父親もどんどん不機嫌になるだけだ。
「そうね……それもそうね。」
 母親はそう言うと、椅子に座り、食事を取り始めた。貢太も食事を始めたが、先ほどのやり取りのためか食欲もわかず、味もあまり感じなかった。

 食事の後、風呂へ入り、自室へ戻って、やっと貢太は安らぐ事ができた。ベッドに横たわり、漫画をぼんやりと読む。この時間だけが、貢太にとっては幸せだと思える瞬間だった。
 その時だった。携帯電話がけたたましくなり始めた。
「もしもし?」
 両親とのやり取りで少し苛立っていた貢太は、電話の相手が誰か確認せずに電話に出てしまった。
『貢太? 夏美だけど。』
 電話の向こうから聞こえた声は、かなり不機嫌だというのが分かる声だった。電話の相手は倉敷夏美。貢太の家の隣家に住んでいる幼馴染である。
「夏美……? どうしたんだ? こんな時間に。」
『最っ低ーー!! 今日放課後に漫画貸してくれるって約束したじゃん!』
「あ……じゃあ、夕方に電話してきたのも……」
『私。放課後、教室行ったら、貢太いないからさぁ……』
 夏美はそう言って、大きなため息をついた。
「悪ぃ悪ぃ、担任に呼び出されてさ、すっかり忘れてた。」
 そうは言ったものの、実際は約束そのものを忘れていた。漫画を学校に持って行った事だけは覚えていたのだが……
「今から、持って行こうか?」
『ばか、何時だと思ってんの? 今から家出たら、おばさん、うるさいんじゃない?』
「そう……だなぁ……」

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