優等生の秘密
アサト:作

■ 8

 時計は既に10時を過ぎたことを知らせていた。こんな時間に外出しようものなら、あの母親のヒステリーが3日は続く羽目になる。貢太は、数年前に夏美に貸す約束をしていたものを9時過ぎに貸しに行ったところ、帰ってきてからずっと小言を言われ続け、何日経ってもその事について事あるごとに言われ続けていたのを思い出していた。
『明日は?』
「明日は……ダメなんだ。学校で勉強会があってさ……」
 先程まで少しだけ穏やかになっていた心が、再びかき乱される。貢太は、もう何もかも投げ出して、どこか知らない場所へ逃げ出したいような気持ちになっていた。
『勉強会!? 貢太、特進やめたいんじゃなかったの?』
 夏美が呆れたような声を出す。夏美は貢太が嫌々特進クラスに通っていることを良く知っていた。だが、夏美は逆に特進クラスに入りたくて入れなかった人間なのだ。夏美からしてみれば、やめたいと言っている割には特進クラスに残るような行為をする貢太が理解できない存在だった。
「いや、本当は行きたくないんだけどさ、ちょっと行かざるを得ない状況になって……」
『ばっかじゃないの!? 行かなきゃいいじゃない。』
「だからやむを得ないって言ってるだろ!?」
 思わず、声を荒げてしまった。夏美は、何も知らないのだ。貢太がどんな状況に陥っているか知る由もなかったし、貢太から夏美に自分の状況を知らせるわけにもいかなかった。
「……悪ぃ、ちょっと、嫌なことあってさ……まぁ、そういうわけだからさ、明日じゃなくて……」
『分かった、じゃあ、私も連れてって、その勉強会。』
「はぁ!?」

 夏美の思いもよらぬ言葉に、貢太は思わずベッドから起き上がり、落ち着きなくその場をうろうろと歩き始めた。
「あ、あのなぁ、特進クラスの勉強会だぞ!? お前普通クラスだろ!?」
『私、今度特進クラスに入るための試験受けるのよ? 普通クラスの勉強の進み具合じゃ、絶対入れないのが目に見えてるのよ。』
 夏美の言うことももっともだった。
 一応進学校、と言われている学校ではあるが、他の進学校から比べればレベルが低い。通っている生徒のほとんどが、滑り止めで受験して受かった者達ばかりだ。特進クラスにいる者は、有名大学を視野に入れた勉強ばかりをするが、普通クラスはどこでもいいから大学に入れさえすればいい、というような方針なのだ。2年が終わる頃ともなれば、学力の差は歴然、というわけだ。
「俺、責任持てねーぞ!? 先生に怒られても……」
『いいの。私、あんたと違って特進入りたんだから。じゃ、おやすみ。』
 電話は、一方的に切られてしまった。貢太は、夏美に来られたくない本当の理由を言えなかった事を後悔していた。だが、今更電話を掛けなおして、本当のことを話すほどの勇気は持ち合わせていなかった。どうするべきか悩みつつも、貢太は明日何とか説得しようと思い、ベッドに入った。

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