優等生の秘密
アサト:作

■ 22

 放課後、帰ろうと荷物をまとめていると、机の中からメモ用紙が一枚出てきた。それに書かれていた字は京介のものだった。
「放課後、教室に残れ……か。」
 周りに聞こえないように呟いて、そのメモ用紙をくしゃりと握りつぶした。こっちは、京介に弱みを握られている、その事実が、貢太の心を重くしていた。
「最下位マジウザイよね〜。」
「ほんとは出来るんです〜的な問題の解き方とかさぁ〜。」
「出来るんならテストちゃんと受けろって〜の。」
 わざと聞こえるように言われる悪口も、貢太を苦しめることは無かった。それはただ、彼女達の負け惜しみでしかない、その事に貢太はちゃんと気づいていたのだ。だが、もし、彼女達にあの写真が見られてしまったら……そう考えると恐ろしかった。

 10分ほどした頃、教室に残っているのは貢太、京介、聡子の3人だけになっていた。
「さて、仲原……今日の数学の授業は、見事だった。あれが、お前の実力、というわけか。」
「たぶんな。」
 ぶっきらぼうに答えて、貢太は京介から目を背けた。京介の自信に満ちた表情を見ていると、京介から逃れる術が全く無い、そう思わざるを得なかったからだ。
「……早く、帰りたいんだけど、何の用なんだ?」
 本当は、あの息の詰まるような家に帰るのは1分でも1秒でも遅い方がよかった。だが、これ以上この場にいれば、さらに何か弱みを握られるんじゃないかと言う恐怖が貢太の胸を締め付けていた。
「土曜日に、伝え忘れていた事があってな。」
「何なんだよ、それ……」
「……次の実力テストでの、お前の順位目標だ。」
 そう言って、京介はにっと笑った。
「3位。お前の実力なら問題ない。」
「あぁ、分かった。」
 貢太はそう言って、京介を睨みつけた。校則の事を突きつけてみようか、一瞬考えてみるが、京介は自分の弱みを握っている。下手に刺激して、京介にあの画像を回されたら……頭の中で考えがメリーゴーランドのようにぐるぐると回る。
「何か、悩みでもあるの?」
 貢太の心のうちを見透かしたかのような聡子の言葉に、貢太はうろたえた。だが、余計怪しまれると思い、ごく自然に口を開いた。
「いや……勉強会のことなんだけどさ……」
「これからも、毎回出席してもらうぞ。」
「いや、そうじゃなくて……」
 口ごもる貢太の次の言葉が予測できなかったのか、京介の眉間にしわがよる。
「こないだ、なんとなく生徒手帳見てたらさ……」
 貢太は、生徒手帳に書かれていた一文を二人に伝えた。聡子の表情に、僅かに動揺の色が見えた。だが、肝心の京介は余裕の笑みを浮かべている。
「なんだ、そんな事か。それは簡単な理由だ。」
 京介はそう言って、貢太ににじり寄った。思わず、後ずさりしてしまうのが情けない、そう思いながらも、貢太は自分の足が止まってはくれないのを分かっていた。
「それだけ、俺が学校から信頼されているということだ。そんな事で、俺からこれを奪い返せるとでも思ったか?」
 言いながら、あの写真を貢太に見せる。貢太は言い返す術も無く、そのまま俯いてしまった。
「そういうことだったのね。」
 ふいに、教室の入り口の方から声がした。驚いて顔を上げると、夏美がドアを開けて教室へと入ってきた。
「そうやって、貢太を脅して、自分達の言いなりにさせるつもりだったのね。」
 夏美は京介をきっと睨みつけていた。
「……おかしいな。廊下に、俺達の声は聞こえないはずだが。」
「貢太がでてこないから、少しだけドアを開けて、中を覗いてたのよ。」
「……なるほど、な。」
 京介はそう呟くと、夏美の方へつかつかと歩み寄った。そして、夏美の背後のドアを閉めると、夏美の顔をじっと覗きこんだ。
「脅そうったって無駄よ。私、貴方達のしていたこと、全部見ていたんだから。」
「それを、教師が信用すると思うのか? 何の証拠も無いのに。」
 その言葉に、夏美は悔しそうに唇を噛んだ。その夏美の目に、貢太の写真が突きつけられた。
「この写真を教師に見せたら、どういう反応をすると思う?」
「淫乱女に迫られて、無理矢理やられた、って言えばいいんじゃない?」
「あら、貴女なかなか口が達者ね。」
 聡子が楽しそうにくすくすと笑いながら、京介と夏美の間に割って入った。京介が、他の女と近い距離で話していたのが気に入らなかったのか、京介とすれ違いざまにその足を踏みつけていた。京介の表情が、痛みで一瞬歪むが、呆れたように微笑んで、聡子の背後に立った。

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