優等生の秘密
アサト:作

■ 28

 それから貢太は、何度も勉強会に参加し、定期テストも本気で受けた。勉強会には毎回夏美も参加し、その実力は加藤と肩を並べるほどになっていた。だが、貢太は未だに聡子と京介の成績を上回る事が出来ないでいた。そうしているうちに、3学期も終わりに近づき始め、夏美が特進クラスへの編入試験を受ける日まで1週間ほどになっていた。
「夏美、編入試験大丈夫そうじゃねーか。」
「うん。貢太達のおかげかな。」
 帰宅途中、商店街を歩きながら、夏美はそう言ってにっこりと微笑んだ。勉強会で加藤と肩を並べ始めてから、罰ゲームの内容は以前ほど乱暴なものではなくなっていた。相変わらず京介と聡子が絡み合い、貢太は聡子に手と口で弄ばれる程度であったが、夏美と加藤は、まるで恋人同士がそうするかのように絡み合うようになっていた。何度か夏美が加藤の成績を上回る事があったが、その時は夏美が主導権を握っていた。罰ゲームはともかく、勉強会のおかげで貢太と夏美の成績が急上昇したのは確かだった。
「あ、そういえば、貢太の成績が上がってきたこと、中嶋君が残念がってたよ?」
「俊樹が?」
 中嶋俊樹は、貢太の小学校時代からの友人だ。俊樹も貢太と同じように、親からうるさく言われてこの学校に入学していた。だが、貢太とは違い普通クラスに通っている。その為、高校に入学してからはなかなか話す機会もなかったのだ。
「そう。3年になったら、貢太が普通クラスに落ちてくるって思ってたらしいから。」
「あー、そっか……」
 貢太は苦笑して髪の毛をばりばりと掻き毟った。その時だった。
「おい、貢太じゃねーか?」
 ふいに名前を呼ばれて、貢太は思わず振り返ってしまった。そこには同じ学校の制服に身を包んだ茶髪の男が立っていた。
「俊樹!? お前いつから茶髪にしたんだよ?」
「もうだいぶ前からだぞ? ていうか、お前、身長全然伸びねぇなぁ。」
 俊樹はそう言って、貢太の頭を乱暴に撫でた。
「お前の背が伸びすぎてるだけだろ? これでも高校入ってから5cmは伸びてるんだぜ?」
「そうやってすぐムキになるとこ、全然変わってねーな。」
 俊樹はそう言って、けらけらと笑った。貢太は不満そうに下唇を突き出していた。
「おい俊樹、何やってんだよ。」
 ふいに声がして、貢太はその声のした方を向いた。同じ学校の制服を着た男が二人、こちらを見ている。二人とも髪を染めていて、校則で禁止されているはずのピアスをつけている者もいる。
「悪い悪い、すぐ行く。先行って待っててくれよ。」
「おう。」
 二人はそう言うとゲームセンターへと入って行った。俊樹はそれを目で追ってから、貢太たちの方へ向き直った。
「けどよぉ、やっと来年同じクラスになれると思ってたのになぁ。なんでまた勉強し始めたんだよ。」
 俊樹の口調はどこか不機嫌で、まるで貢太がまた母親に言いくるめられたのではないかと言いたげだった。
 俊樹は中学の時に、貢太が母親から言われるままに今の学校を受けたことを知っている。そして、貢太の母と自分の母親がまるで競い合うかのように、自分を受験させたことも……
 貢太はそのせいで、俊樹が深く傷ついていることをよく理解していた。
「言っとくけど、母さんがうるさいからじゃないぞ。まぁ、目標が出来たんだ。」
 嘘ではない。京介よりもいい成績を取って、聡子を抱くという、不純ではあるがちゃんとした目標が貢太にはあるのだ。
「目標……ねぇ。俺は、退学する事が目標なんだけどなぁ。」
「退学……!? そんなことしたら……」
「親がうるさいんじゃないかって言いたいのか?」
 貢太は俊樹の言葉に頷いた。俊樹は滑稽だと言いたげに、笑い始めた。
「お前、いつまで自分がガキだと思ってんだよ。親なんてなぁ、一発ぶん殴ってやればおとなしくなるぜ?」
「ちょっと……中嶋君……」
 俊樹の過激な発言を、夏美が心配そうに制する。その様子に、俊樹は苦笑した。
「悪ぃ悪ぃ。あ、貢太、メアド教えてくれよ。」
「あぁ、いいよ。」
 メールアドレスを交換し終えると、俊樹は挨拶もそこそこに、ゲームセンターへと姿を消した。確か、制服のままでゲームセンターに出入りすることも、校則で禁じられているはずだ。それを堂々とやってのける俊樹の姿に、貢太はたった2年ほどで友人との間に出来てしまった距離を、嫌というほど感じていた。

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