優等生の秘密
アサト:作

■ 33

 それからの一週間はあっという間だった。明日に編入試験を控えて、学校内はにわかに慌しいように感じた。そんな中でも、実力テストはいつもどおりに行われて、その日のうちに採点が終わり、順位が発表されていた。
「4位、加藤。3位、仲原。2位、辻野。1位、真田。」
 この順位は、最近変動がない。この間の勉強会で聡子よりもいい点が取れたのは、まぐれにしか過ぎなかったのか、そんな思いが貢太の心を締め付ける。
「この実力テストも、今年度は来週が最後だ。その後は学年末試験だ。勿論、これまでに習った範囲全てが出題される。皆、ベストを尽くすように。」
 梶原はそう言って、にっこりと微笑んだ。その笑顔は、優しくて、成績争いで疲れた者達の心を癒すのに十分なものであった。
 梶原が教室を後にすると、クラスメイト達は次々に教室を後にした。そんな中、いつも聡子と京介は残っている。どうして誰もこの事実に気付かないのだろう。少し観察すれば、二人がそういう仲なのではないかと、察しがつくはずなのに。貢太は、このクラスの人間の繋がりがどれほど希薄なものか、まざまざと見せ付けられている気がしてならなかった。
「あら、まだいたの? 今日は何もないわよ。また、明日ね。」
 聡子はそう言って、机の中から問題集を取り出した。
「明日のための、予習か? そんなにいい成績取りたいのかよ。」
 思わず、明日のために問題を選んでるのか、と言いそうになったことはごまかせただろうか。貢太の心臓は、緊張のあまり、爆発しそうになっていた。
「この間は油断して、貴方に負けたから、念には念を、というやつよ。」
 聡子はそう言って微笑んでいたが、その目にはいつもの余裕がない。そんな聡子の様子を察したのか、京介が口を開いた。
「今日はもう帰れ。俺達は二人きりの時間を過ごしたいんだ。」
 京介の目は、貢太が邪魔だと言いたげだった。不機嫌そうに眉間にはしわが寄っている。
「分かったよ。じゃあ、明日な。」
 京介が明日、勉強会に参加しない、その事実を自分が知っていると、感づかれなかっただろうか。貢太は気が気ではなかった。貢太はその不安が見透かされるのではないかと、出来るだけ二人を見ないように教室を後にした。
 だが、教室を出る間際、京介と聡子が濃厚な口づけを交わしているのを見てしまった。また、あの日のように、勉強をしながらストリップでもするのだろうか。そう考えると、未だに聡子に自分の思い通りに触れられないもどかしさが貢太の心に重くのしかかった。
「あ、貢太ー。」
 下駄箱の前でふいに呼び止められ、貢太は身を強張らせた。振り返ると、そこには夏美がいた。
「夏美、今帰るとこか?」
「ううん、明日の編入試験の説明会。一時間ぐらいあるらしいんだよね。」
 夏美はうんざりだと言いたげに、小さなため息をついた。
「大変だな。」
「うん。でも、特進クラス入るためだもん。頑張るよ。」
 夏美はそう言って、にっこりと微笑んだ。その夏美の真っ直ぐな笑顔が、貢太の胸に突き刺さった。夏美に比べて、自分は何をしようとしているのだろう。そんな思いが頭の中を巡る。
「貢太……どうかした……?」
「あ、いや、なんでもない。明日、テスト何時からだ?」
 心のうちを見透かされそうな気がして、貢太は慌てて話題を変えた。
「テストは9時から。でも、その前に出席確認とか、諸注意とかあるから、8時半には学校来なきゃ。」
「そっか。勉強会よりちょっと早いぐらいなんだな。」
「うん。一緒に来る? 明日もあるんでしょ?」
 夏美の言葉に、貢太は一瞬戸惑った。だが、それを夏美に気付かれないように、首を横に振った。
「いや、明日、ちょっと朝に俊樹と会う約束あるからさ……」
「そっか……仲直りできたんだ。」
「あぁ、まあな。じゃあ、明日、頑張れよ。」
「うん。」
 笑顔で去っていく夏美を見つめながら、貢太はどんどん気持ちが沈んでいくのを感じていた。

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