優等生の秘密
アサト:作

■ 40

「何て事をしてくれたの!! この親不孝者!!!」
 金切り声の直後、ガラスの割れる音がリビングに響いた。ヒステリーを起こした母親が、手元にあったグラスを貢太に投げつけてきたのだ。それは、貢太に当たりはしなかったものの、床に叩きつけられ粉々に砕け散った。その後も貢太を罵る言葉を叫びながら手近にあったものを次々となぎ倒していた。その度に、醜い贅肉が震えた。それが、貢太の癇に障った。
「……せぇ……」
「え!?」
「うるせぇっつってんだろ!! ババァ!!!」
 貢太は聡子に怒鳴りつけた時よりも激しく、母親に怒鳴りつけた。今までおとなしかった息子の豹変ぶりに、母親は身を強張らせた。
「お、親に向かって、何て事を……あぁ、中嶋さんちの息子なんかと一緒に居たから……」
「黙れ!! クソババァ!!! てめぇのそういう態度……考え方……今まで我慢してきたけどなぁ、もう我慢できねぇんだよ!!!」
 次の瞬間、貢太は母親の頬に拳を喰らわせていた。ボンレスハムのような体が、いとも簡単に床へ崩れ落ちる。
「こ、貢太……!?」
「今までおとなしくしてりゃ調子に乗りやがって……!!」
 怯える母親に、貢太は容赦なく暴力を振るっていた。胸倉を掴み、何度も顔を殴り、逃げようとする母親の腹部に蹴りを入れ、それでも貢太の怒りは収まらなかった。
「お、お願い、もう、許して……」
 まだ殴りかかろうとする貢太の腕を、母親が掴んだ。日焼けしていない脂肪がついた指は、まるで芋虫のようだった。
「……汚ぇ体。」
 吐き捨てるようにそう言って、貢太は母親を床へ突き倒し、踵を返した。その目に、廊下で立ち尽くす父親の姿が飛び込んできた。この惨状を目の当たりにしても、父親はいつもと変わらない、死んだ魚の目をしていた。
「……何見てんだよ……」
「……別に。」
 父親はそれだけ言って、殺気立っている貢太にも、血を流しながら痛みに耐えている母親にもかまわず、ソファに腰掛けた。そして、現実から目を背けるかのように夕刊を開いた。貢太はそんな男が自分の父親だと言う事実に、絶望にも似た感情を覚えた。それは、暴力でも解消できそうにも無かった。
貢太は、逃げるかのように自室へ戻り、ベッドに身体を投げ出した。長かった一日を思い返すと、その目からとめどなく涙が溢れた。
 聡子を傷つけ、無理矢理交わって、欲望を満たした結果が、退学。そして、崩壊寸前で踏みとどまっていた家族をついに崩壊させてしまった。その虚無感で、押しつぶされてしまいそうだった。

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