優等生の秘密
アサト:作

■ 54

 季節は流れ、桜の蕾が膨らみ始める季節になっていた。喫茶店の片隅で、聡子と貢太から真実を聞いた夏美と加藤は、京介に対する怒りと恐怖に震えていた。
「それは、あいつを貶めるための冗談とかじゃないよな……?」
「私が、そんな悪趣味な冗談を言うと思う?」
 聡子の言葉に、加藤は首を横に振った。だが、それでもなお話が信じられないといった様子だ。
「貢太は、これからどうするつもりなの……?」
 心配そうな夏美に、貢太は微笑んだ。一時期茶色く染めていた髪は、すっかりもとの色に戻っている。ピアスもつけてはいるが、おしゃれですむ程度に減っている。
「とりあえず、来年大学を受験する。あいつを見返すために、ね。」
 貢太の目は、ゆるぎない決意で満ちていた。だが、その瞳の奥に、底知れぬ闇を垣間見ていた。
「見返すって……本当にそれだけ?」
 不安げな夏美の声に、貢太は頷いただけだった。
「じゃあ、今日俺達を呼んだ理由は、その話を聞かせるためだけか? 協力しろとかは……」
 加藤の問いに、聡子は生まれたばかりの我が子を抱いたまま首を横に振った。
「協力なんて必要ないわ。強いて言えば、私たちのことは忘れて欲しいって事ね。」
 聡子はそう言って、加藤を見据えた。加藤は怯えたような目で、聡子を見つめ返していることしかできなくなっていた。
「……分かってる。俺は、そんな危ない奴にこれ以上関わりたくない。」
 加藤はそこまで言うと、すっかり冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。
「夏美も、もう関わらないでくれるか?」
「……分からない。」
 夏美の答えに、聡子と加藤は表情を曇らせた。
「だって……なんか、貢太が危ない方向に進んでいきそうで、怖いから……」
「だから、今日この話をしたんだ。もう、関わらないでいてほしいから。」
 貢太の真剣な眼差しに、とうとう夏美の目から涙が零れ落ちてしまった。
「だったら、何も言わずに、消えればよかったのよ!! なんで、なんでわざわざ私の前に現れて、真実なんか告げるの!?」
「……ちゃんと、謝りたかったの。京介の計画に気付けなくて、貴方達を巻き込んでしまったことを……」
 聡子の神妙な面持ちに、全員が何も言えなくなる。夏美は涙を拭いながら、首を横に振った。
「聡子さんが、謝る必要なんてないのに……悪いのは、全部……」
「だから、俺達は見返してやりたいんだ。あいつを。」
 貢太の目に、怒りに満ちた光が宿っていた。その気迫に、夏美は背筋が凍るような感覚を覚える。その怯えた表情に、貢太は少し哀しげな表情を見せた。
「俺達に関わると、きっと夏美を傷つけるし、危険な目にも遭わせるかもしれない。だから……」
「……わかった。」
 夏美はそう言うと、ゆっくりと席を立った。加藤もそれに続いて立ち上がる。
「……ごめんな、夏美。」
「謝らないでよ、馬鹿……」
 夏美はなるべく貢太の方を見ないように踵を返し、そそくさと喫茶店を後にした。
「……これで、本当に良かったの?」
 心配そうに尋ねる聡子に、貢太は無言のまま頷いた。聡子の腕の中で、赤ん坊が口元をむずむずと動かしていた。

「いいのか? 本当に……」
 加藤に肩を抱かれた夏美は、声を上げずに泣き続けていた。とめどなく溢れる涙を加藤が必死に指で拭う。
「いいの、いいの、もう……」
 そうは言ったものの、後から後から涙は溢れてくる。加藤が気を利かせてホテルに入ってくれたことは、夏美には嬉しかった。
「お願い、あいつのことなんて、忘れさせて……」
 涙を流しながら、自分の肩に頭を預ける夏美に、加藤はいつもそのつもりで抱いているというセリフを胸に秘めたまま、夏美をベッドへ押し倒した。涙の滴を舌で掬い取りながら、加藤は夏美の細い身体を抱きしめた。
「……夏美。」
 名前を呼びながら唇を重ね、舌と唇で夏美の唇の柔らかさを味わう。そのまま唇を首へ這わせ、自分のものだと主張するが如く、そこに紅い痕を残す。さらに舌を下へ下へと這わせて、柔らかな茂みにたどり着くと、そこはもう湿り気を帯びていた。
 溢れ出す蜜を啜りながら指先で肉芽を擦ると、夏美はその長い脚をがくがくと震わせながら快楽に耐えた。
「くぅんっ……お願……もう、挿れて……!」
 か細い声で啼きながら、夏美は加藤を求めた。その性急な求めに応じて、加藤は夏美に自身をあてがった。ほとんど前義をしていないにもかかわらず、夏美の中にすんなりと飲み込まれる。蜜のぬめりと、ざらつく襞が、加藤の理性を薄れさせる。
「あっ、あぁ……」
 ゆっくりと擦り上げられる感覚に、夏美はとろんとした目で天井を見上げながら、悦びの声を上げていた。緩やかに擦り上げる動作が、まるで夏美を隅々まで味わいつくしているかのようで、加藤は自らの征服欲が満たされていくのを感じていた。
「ひっ、あ……そ、こは……」
「ここ、か?」
 加藤が腰を回転させる様に動かしながら突き上げると、夏美はシーツを握り締めて悲鳴を上げた。
「ふっ、く、ぅあああああっ!!」
「おぉっ……!!」
 痙攣するかのように締まってくる夏美の中で、加藤は果てた。力なく夏美に覆いかぶさり、肩で息をしながら夏美の唇を貪る。自らも加藤の唇と舌を貪りながら、夏美は心の中で呟いた。
(さよなら、貢太……)

「ケドよ、ホントに羽振りいいよな、俊樹。」
「やっぱり『財布』がいいと違うねぇ。」
「当たり前だろ? 俺を誰だと思ってるんだよ。」
 大音量で音楽を流しながら、俊樹は買ったばかりの車で山道を飛ばしていた。助手席と後部座席に自分の取り巻きである、伊達と宮部を乗せている。
「さーて、車も手に入れたし、次は女か?」
「だな。口説くのもめんどいから、この車で拉致るか?」
「あぁ、いいねぇそれ。」
 三人は、声を上げて下品に笑った。俊樹は調子に乗ってどんどんスピードを上げる。
「おい、俊樹、ちょっと飛ばしすぎじゃねーの?」
「……んだ。」
 ふいに、俊樹が蚊の啼くような声で呟いた。その声は、ずんずんと響くベース音にかき消される。
「んだよ、何小さい声出してんだよ、らしくねぇな。」
「ブレーキ、効かないんだよ!!」
「は……?」
「何言って……」
 次の瞬間、三人を強い衝撃が襲った。目の前の景色が、まるでミキサーの中のようにぐるぐると回ったかと思うと、一瞬、重力がなくなった。

 あぁ、これ、フリーフォールに似てる、誰かがそう呟いた言葉が、彼らがこの世で聞いた最後の言葉になった。

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