2006.03.02.

黒 い 館
03
けいもく



■ 3.裸体と料理

 わたしは、調理場に案内されたようでした。

 そこでは、4人の女性があわただしく働いていました。若くて、健康美にあふれた女性ばかりだと思いました。働く中にも、華やかなムードが漂っていました。

 どうやら、夕食の支度のようでした。肉の焦げる香ばしい臭いが、部屋に立ち込めていました。

 裕美さんは、一人ずつ順番に紹介してくれました。

 愛子さんは、肌が白く、小太りで、笑顔に人のよさそうな感じがしました。

 香子さんは。小柄で瞳の美しい人でした。

 亜紀ちゃんと真菜ちゃんは、まだ十代に見えました。亜紀ちゃんははにかみ屋で、真菜ちゃんは快活な女の子という感じがしました。

 みんな、裕美さんと同じように、ブラウスと黒のミニスカートだけの服装でした。

 亜紀ちゃんは、ブラウスから透けて見える豆粒のような乳首を少し恥ずかしそうにしていました。わたしには、その仕草がとてもかわいらしく思えました。

「愛子さんと亜紀ちゃんは、急いで体を洗ってきて」

 裕美さんは、指示をしながら、小声で亜紀ちゃんに話しかけました。亜紀ちゃんは、聞いたとたん、パッと顔を赤らめたような気がしました。

 それからわたしは、裕美さんと食堂にいきました。

 お館様は、すでに待っているようでした。一人でいすに座り、本を読んでいました。しばらく雑談をしていると、やがて二台のワゴンに食事が運ばれてきました。

 ワゴンはそのまま食卓になっていました。裸で仰向けに寝ている、愛子さんと亜紀ちゃんは、お皿でした。その上に料理が、ていねいに盛り付けられていました。

「ディナーではね、週に一度くらいだけど、飲み物を飲む以外の食器は使わないことになっているの。すべて手づかみで食べるのよ」

 とまどっているわたしに、裕美さんが説明してくれました。

「ふだんは、お館様だけこうして食べるのだけど明日香さんはお客様だから、お館様と同じようにしたの」

 わたしの前のワゴンの上で、亜紀ちゃんのみずみずしい裸体が呼吸のたびに起伏していました。

 そこにステーキとサラダ、それにご飯が見栄えよく並べられて、緩やかな動きを繰り返していました。わたしには、それがある種の芸術作品に見えました。エロティックな芸術というべきかも知れないと思いました。

 後で知ったことですが、この館には、二人の芸術家がいたのです。

 お館様は、愛子さんの身体に盛られた料理を手づかみのまま食べていました。なれたしぐさで、「この肉少し固いかな?」などと言って、汚れた手は裕美さんにふき取らせていました。

 わたしは、お皿である亜紀ちゃんと視線を合わせました。亜紀ちゃんは、あどけなさが残ったような表情でわたしに微笑みかけました。

「早く召し上がってください」と眼で言っているようでした。わたしには、亜紀ちゃんがこれほどの屈辱に微笑んでいられるのが不思議でした。

 しかし、わたしはとりあえず空腹を満たすことにしました。

 まず食べやすいように切られた、ステーキをつかみ、それからごはんも食べました。

 食べ物で隠されていた亜紀ちゃんの恥毛が少しずつ浮かび上がってきました

 お館様は、愛子さんの胸についたステーキソースにまで舌を這わせていました。ゆっくり、舌先を転がすように、愛子さんの柔らかな乳房に感触を楽しんでいるようでした。指先が肉好きのいい腹部や太ももの内側をなぜ、股間に触れ、そこに差し入れ、静かに上下させ、ついた蜜をなめたりしていました。

 そのたびに愛子さんの口から「アウゥゥー」という短いあえぎ声が漏れ、ワゴンの上で全身を波打たせているのがわかりました。

「ウゥ、やめてください」
 我慢ができなくなったのか、愛さんはそれだけ言うと、口に自らの手を咥え、なおも耐えようとはかりました。

 しかし、もちろんそれくらいのことで攻撃を止めるお館様ではありませんでした。目を輝かせ、かすかに笑うと、愛子さんの全身にくわえられる手の動きは、いっそう速く、激しく、繊細なものになっていきました。左手で愛子さんの左右の胸を、右手は愛子さんの膣部を執拗なまでになぜまわしていました。

 それが、演奏者と演奏される楽器の争いであるとするなら、ワゴンの上に裸体を横たわらせ、そこから降りる事も許されず、「ダメ」と「やめてください」を繰り返すだけの愛さんに勝ち目はありませんでした。全身を思いのままに弄ばれ、官能の境地に放つ泣き声も、演奏された女体が奏でる美しいメロディーでしかありませんでした。

「いかせてみようか?」
 お館様は、ぼそっとつぶやきました。

 そのひとことで愛子さんは、さらにエクスタシーに達するまでの数十分間、気まぐれな技巧に身をゆだね、全身にキスを受け、ワゴンの上でピンク色に染めた裸体をのたうたせなければなりませんでした。

 もちろん、わたしは、亜紀ちゃんの身体に手を触れるようなことはしませんでした。でも、じっと、裸体をさらして、お皿としての役目に徹している亜紀ちゃんをみていると、ふと、かわいそうだと思いました。

 喘ぐような吐息、膣部に侵入した指に、思うままの玩弄ゆるし、「アアァッー、イッチャウ、イッチャウ」と、何度か繰り返した後、みんなの視線の集まる中、顔を上気させ、裸体を横たわらせている愛子さんと比べて、亜紀ちゃんは冷えびえとしていました。

 わたしは、亜紀ちゃんの身体に乗った食べ物をすべて食べ終えると、頬にキスをしました。亜紀ちゃんは、わずかに頷いたように思えました。せめてもの感謝の気持ちでした。

「今日の当番は誰だったかな?」
 お館様は、裕美さんに聞きました。

「香子さんよ」

「香子か、少し仕事がしたいので、12時に来させてくれ」

「12時ね」裕美さんが念を押すと

「その方があいつもたすかるだろう」お館様は笑いました。

「夜にお館様のお相手をしなければいけないでしょ」
 裕美さんはわたしに説明してくれました。
「愛子さんと香子さんと真菜ちゃんの3人交代ですることになっているの」

「裕美さんは?」と聞こうとしてわたしは、ためらいました。聞いてはいけないことのような気がしたからです。

 裕美さんから手渡されたタオルで身体を拭きながら、愛子さんと亜紀ちゃんがワゴンから降り立ちあがりました。亜紀ちゃんがはつらつとした動きに対し、お館様に散々に責められた愛さんはけだるげでした。裕美さんはそんな愛子さんのお尻をポンとたたきました。

 愛子さんはにっこりと微笑み、今度は、わたしにむかって、「夜のお努めだって、そりゃあ、たいへんよ。お館様ときたら、スケベーだから何をされるかわかったものじゃないし、でも、朝になって、満足そうなお館様の寝顔を見ると、自分自身が充実しているって気がしてくるの」

 あるいは、愛子さんも揺れるわたしの心を見抜いていたのかもしれません。

「それに安全日以外は、コンドームも使ってもらえるし」

 愛子さんは、わたしにそれだけ言うと、亜紀ちゃんと二人で交代にお館様の唇にキスをして、部屋を離れました。

「今日、お館様の夜伽をする香子さんはね、漫画家なの。だからいつも忙しいのよね。でも、ここでのさまざまな約束ごとに手を抜こうなんて決して思わない人よ」

「香子は、おれとはちがって本当の仕事をもっているんだ」

「お館様は、コンピューターのプログラマー、普段は在宅ワーカーだけど」
 裕美さんは、あわてて付け足しました。

「おれのは、格好だけだ。収入だって香子の10分の1にも満たない」

 わたしは裕美さんに香子さんのペンネームを教えてもらいました。月刊誌に連載されて、わたしでも知っている売れっ子作家でした。あの美しい恋愛漫画を画く人まで、この人に身体をもてあそばれているのかと思いました。

 その夜、わたしは、黒の館に泊まることになりました。

 わたしには、逃げることも出来ませんでしたし、その気持ちもありませんでした。黒の館は、神秘的でした。いつのまにか、異常な性宴がわたしの興味を惹きつけて、魅了していました。

 お館様の態度が、優しく紳士的で、取り囲むような女性たちが、さわやかな瞳を輝かせていたからだと思います。肉体による懸命な奉仕が、決して、強制されたものではないことはわかっていました。

「今夜は、君一人で眠ればいい。もっとも、君に同性愛の趣味があれば、誰かを添い寝させるのだが」

 バッドジョークでした。わたしの心は、まったく違うところにありました。わたしは、追従笑いをし、裕美さんに案内されて寝室にむかいました。

 その部屋にもやはり、黒い調度品が多くありました。そして独特の不気味さをかもし出していました。わたしは、ふと、これは裕美さんの趣味ではないかと思いました。

「明朝、起こします。面白いものが、ご覧になれますよ」
 裕美さんは意味ありげな言葉を残し、部屋を出て行きました。

 わたしは、ベッドの中で、今日一日の出来事を思い出しました。

 山道で意識を失い、男に犯された夢を見たこと、気が付けば不思議な洋館の前で倒れていたこと、その洋館は、男一人に女五人がかしずく性の館で、わたしは客としてのもてなしを受け、柔らかなベッドで寝ていることなど、幻想と真実が、入り交じり、混乱に拍車をかけました。

 廊下に出てみれば、ちょうど、お館様の部屋に入る香子さんが見えました。小柄で、浅黒く、聡明そうな顔立ちでした。

 流行の漫画化のはずなのに、地位も収入も保証されているはずなのに、愛子さんのことばを借りれば「何をするかわからないお館様」になぜ身体を捧げなければならないのかと思いました。

 そうこう考えているうちにわたしは、いつのまにか眠りについていました。



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