2006.05.22.

Netに舞う女
02
羽佐間 修



■ 第1章 投稿小説「ちなみ 陵辱」2

―  綾  ― 

 お風呂を上がって、ミートソーススパゲッティを作った。
 「うふっ。 我ながら美味しいじゃん」
 先週作って冷凍しておいたソースを解凍しただけなのだが、赤ワインやローズマリーまで使った本格的な物で綾の得意料理一つだ。
 備え付けの勉強机の上に、茹でたアスパラガスと並べて小さな缶チュウハイをお供に一人の夕食を楽しむ。
 憧れだった一人暮らしで、綾は少しお酒を覚えた。
 といってもほんの少し飲んだだけで顔が赤く染まり、良い気持ちになってしまう程度なのだが…
 実家に居る時はあり得ない事だったが、立膝に顎を乗せ、パソコンを操作しながらスパゲティをほうばり、『プッハア〜!!』と言いたいが為にチュウハイを口にした。
――お行儀が悪くっても誰にも叱られないのが、一人暮らしの大学生の特権ね

 躾の厳しかった親に逆らうようなだらしない格好をしてみたいだけなのは十分判っている。
 綾にはそれがまた楽しくて仕方がない。
 誰に言うでもなく”ちなみ”を演じたのはそんな気持ちと同じ種類のものだったのかもしれない。

 夕食を終え、いつもの投稿小説サイト-香の部屋-を開いた。

「え〜、 やだっ… まるで私が叱られてるみたい…」
――ホントに今日の私の格好を見たみて怒ってるみたいだわ、、、
 何かワクワクして怪しい亜久里香の小説の中に住んでいるような気分がする。

「でもそんな丈のスカートなんて持ってないよぉ〜だ」
 独りの部屋でパソコンに向って喋りかけた。

――あっ! デニムのスカートがある! 丈を詰めちゃおうっかな
 クローゼットの奥にミシンがあるのを思い出した。
 綾は母親の影響で幼い頃から編み物や洋裁が大好きだった。
 狭いワンルームの邪魔になるからよしなさい!と母親から言われていたのだが、どうしても!とMyミシンを持ってきていた。
 型は古く、コンパクトだが母親の知人のプロ仕様の機械を譲ってもらったもので、皮のような分厚い生地まで難なく縫うことが出来る優れものだ。
 京都にいる時は、今時の女子高生としては当たり前のファッションでも『派手だ!』と、親はもちろん隣近所の親戚・知り合いまでが注意をしてくるような土地柄だったので、TVのタレントが着ているようなミニスカートを穿きたいとずっと思っていたのだ。

 チェストからデニムのスカートを引っ張り出し、腰にあててみる。
「これくらいかな?」
 大胆かなと思える位置にマークを付けた。
 ノリで始めた”ちなみごっこ”はどうでもよくなって、一度穿いてみたかった超ミニを作ることが楽しくせっせとミシンを走らせた。

               ◆
「おほっ。 間違いないな! 確かにあの子は”ちなみ”に関わっている!」
 真介の目の前を昨日と同じ時間にあの子が横切って行った。
 小説の指示した条件を満たす股下が10センチもないデニムのミニスカートを穿いて恥ずかしそうに歩いている。
 スカートの下には、パンストよりタイツに近い厚手の黒いストッキングを穿いていた。
――その中はパンツを穿いていないのかな?! ふふ

 唯、小説に指定された場所には立ち止まらず、辺りを見回しただけで駅の中に入ってしまった。
――おや?… 尾行てみるか?! どうせ暇だしな
 真介は財布のパスネットカードを取り出し、女の子を見失わないように慌てて改札を通った。

 ひばりヶ丘で快速に乗り換えた女は、池袋で降り、行き付いた先は立京大池袋キャンパスだった。
――やはりな。
 賢そうな顔から偏差値の高い学校に通っているのじゃないかと想像していた。

「綾!おはよ〜」
「おはよ〜」
「きゃ、可愛い〜!似合ってるよ、そのミニ! 脚、細くて羨まし〜〜〜!」
 友達なのだろう、校門の手前で出会った二人の若い女とキャッキャと騒ぎながらキャンパスの中に入っていった。
「綾ちゃんかぁ。 あの子らしい可愛い名前だ」
 真介は、綾の姿が後者に消えると煙草に火を点け、今来た道を駅へと戻っていった。

          ◆

 一眠りして起きるともう夕方だった。
「腹減ったなぁ。 飯のついでに買い物でもするか」

 自分で料理などしない真介の買い物は、食品とかの類ではなく、真介の必需品、酒、水、ビールなど飲み物がほとんどだ。
 ストックが乏しくなっていたので、煩わしいが駅前のスーパーまで車で行くことにした。
 冴えない白い中古のブルーバードだが、車好きでもなく、月に数えるほどしか乗らないので真介は気にも留めていない。

「おっ! 綾か?…」
 買い込んだ品物をトランクと後部座席に一杯詰め込み、スーパーの駐車場の出口で、歩道を歩く歩行者が途切れるのを待っていると、目の前を綾が小走りで横切った。
 朝、彼女が駅に来る道とは違う方向に駆けて行く。
 車を道に出し、追跡しかけたが赤信号で停まっている間に、綾は角を曲がって見えなくなってしまった。
――彼の家にでも急いでいるのか? それともバイトか?
 とりあえず綾が消えた角を曲がってみると、少し先にケーキ屋があった。
――ひょっとしてここがあの子のバイト先なのか?
 真介は甘いものは苦手だったが、車を停めて店に入ってみる事にした。

「いらっしゃいませ。」
 ショーケースの向こうに立つ店員が愛想良く挨拶した。
 そこには綾の姿はない。
 左奥に喫茶コーナーと書かれていたので、中に入り窓際の席に座った。
 コーヒーをオーダーし、店の中を観察した。
 二人いたウェイトレスは、メイド服のような制服を着て店のアンティークな雰囲気とマッチしてとても可愛らしい。
――綾が着たらもっと可愛いだろうなぁ。 しかし空振りだったな。 いい歳をして何やってんだか、、、
 店内は禁煙になっていて、ヘビースモーカーの真介にとっては至って居心地が悪く間が持たない。
 コーヒーを飲み干し、そそくさとレジに向かうと、果たしてそこには綾がいた。

 千円札を出しつり銭を受け取る時、綾の手が真介の掌に触れた。
 ほんの少し指先が触れただけなのに、なぜかとてもやわらかい感触がした。
――あちゃー。 ときめいてるよ、俺、、、

 店のドアを開けると、後ろから『またお越しください』と綾の声がした。
 心に響く優しい声に思わず振り向くと、深々と頭を下げている綾が目に入った。
――良い娘だなあ
 18歳位の小娘にどきどきしている自分に驚き、思わず苦笑いがこぼれてしまった。



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