2008.10.16.

鬼の飼い方
02
鬼畜ヒスイ



■ 檻ノ零・鬼の見つけ方2

 薄暗くなった帰り道、検問に引っ掛からないか不安だったが、俺は無事に家路に着いた。愛車の原付で三十分前後、電車なら二十分で着くというおかしな立ち位置の建物。
 プレハブとまでは言わないものの、それなりに小さくボロボロの借家。夏は風通りが悪くて暑いくせに、冬は隙間風が入ってきて寒い。純日本家屋とは正反対だ。
 まあ、無職の俺に雨が凌げる屋根があるだけでも十分なのだろう。
 俺は塀さえない借家の前に原付を止めると、しっかり鍵をかけて戸口を潜ろうとする。周辺に民家がないとは言っても、売り上げを目的に盗まれないという保証はないのだ。
 けれど、玄関に鍵をかけないという矛盾は何だろうか。
 ドアノブを回すだけで扉は開き、狭苦しい玄関の石畳を踏んだ時だ。声は、なぜか建物の中から聞こえてくる。
「おかえり〜」
 まるで自分の家のように振舞う声に、俺は唖然となる。いや、顔に驚きを浮かべてこそいたが、内心ではほくそ笑んでいた。
 トイレの扉と浴室の扉を除けば、その先にあるのは寝室兼居間の自室しかない。開けっ放しの自室の扉から、食べかけのポテトチップスを咥えて顔を出す見覚えのある顔。
 新宿のデパートで出会った、あの少女。
「これ、落として行ったでしょ? ワザワザ届けに来てあげたんだぞ」
 唖然とする俺に、少女はわざと落として行った免許書を差し出しながら胸を張る。
 本人は恩を着せたつもりなのだろうが、俺には恩着せがましい台詞にしか聞こえない。
「……それで、そのお礼に泊めろ、と?」
 俺は散らかった部屋を見渡し、ワッチ帽と一緒に髪を掻く。フローリングを安物の絨毯で隠した六畳間は、最初から散らかっていたので気にしない。
 買い込んだお菓子の袋や漫画雑誌等、多少の物は荒らされているが流石の彼女も、卓袱台の下に無作為に置かれたリュックサックは開いていないようだ。いや、中身を見たのならばここに留まるとは思えない。
「ぅん? もしかして、これを届けた以外に宿泊料でも欲しいの? 別に良いよ。こんななりだけど、男と経験はないからね。貞操観念って奴も、人並みに持ってないし」
 俺をからかっているのか、少女はスカートをギリギリまで捲り上げて笑う。
 冗談みたいだが、一応の許可は得た。
 やはり、彼女は俺が見込んだ性質を持っている。俺の中にある本質が頭をもたげようとしたが、必死に押さえ込んで呆れた口調で返す。
「そのつもりはない。大切なものを届けて貰った以上は無碍に追い返せないが、最後に忠告しておく。何があっても、『保証』はしないぞ」
 俺の力強い説得に彼女は僅かばかりたじろいだが、直ぐに笑顔に戻って肯く。
 内心の俺が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



 その夜は、箱買いしてあったカップ麺のシーフード味を堪能する。明日も特に用事がないので、近所のレンタルビデオ屋で借りてきたビデオを見る。
 少女は、何か文句をつけるわけでもなければ、テレビの画面を見て静かに隣でカップ麺を租借する。
「つまらないか? まあ、女の子がギャングのアクションなんて見ても面白くないだろうけど」
 テレビの中で拳銃をぶっ放したり、乱暴な言葉を交わす男達。
 少女は何も答えず、テレビに映るものは景色の一つとして、音声は単なるBGMのように受け入れている。
「女の子じゃないよ……」
 唐突に、少女は口を開く。
 予想外のカミングアウトに俺は目を丸くしたが、続く言葉に安静を取り戻す。
「くいな。水鳥水鶏(みなどりくいな)だよ、私の名前」
「クイナか……。俺は綱吉。あぁ、言わなくても免許書を見たなら分かるか」
 ここに来て、やっと自己紹介をした。
 そう言えば、こうして誰かと話をしながら夕食を食べるのも久しぶりだった。
 小学校から高校まで、ちゃんと通ったものの大学には行かなかった。たった一人を除いて、俺のことを理解してくれる人間が居なかったから。つまらない世界から逃れ、一人だけの世界に浸る。
 たぶん、彼女――クイナという少女も、俺と同じなのだろう。理解されないが故に、理解してくれる人を探す。理解されなければ、暴力で全てを蹴散らす。
 そんな自分の世界を求める少女は、俺の隣で縮こまるように膝を抱えている。食べ終えたカップ麺を、割り箸を突き立てたまま虚ろに見つめる。
 怖いのなら、帰ればいいのに。不安なら、離れればいいのに。それでも、クイナは俺と距離を開けようとしない。
「怖いのか? そうか、俺じゃなくてこっちが」
 話しかけて触れようとした瞬間に、クイナの肩が震えたことで気付く。
 クイナの見つめる先には、ひたすら動き続ける液晶画面がある。ちょうど、敵に捕らえられた別のギャングの男が、仲間の居場所を聞き出すために拷問を受けているシーンだ。
 上半身を曝け出された男が、手枷で天井に吊るされながらベルトで打たれている。他にも、革靴の爪先で頬を打たれたり、ナイフで薄皮を切り裂かれる。演技とは思えない苦悶の表情。臨場感のある音声。最近の映画にしては、生々しい演出である。
「これじゃあ駄目だな。本当に何かを聞き出すなら、苦痛だけじゃ無理なんだよ。痛めつけた後に、どうやって絶望から希望を引き出させるか。人間は苦痛だけじゃ陶酔しないってこと」
 俺の評論に、クイナは小首を傾げる。
 要するところ、気の弱い性格でもない限りは暴力だけで人を思いのままには出来ない。絶望の中に救いがあってこそ、人はそれに縋り付こうとする。
 もしここで、拷問されている男の前に敵のリーダーなりが現れ、優しく語り掛ければどうだ。
『仲間にならないか?』
『どうしてあんな奴らに肩入れする?』
『君はもっと賢い人間だろ』
 そんな言葉をかけられれば、男は苦痛から逃れるために味方を裏切るだろう。まあ、そうならないような設定がなされているのは、現実と作り物との違いと言える。
 などと評論している間に、映画はクライマックスを迎えて爆炎とともに幕が下りた。
「さて、そろそろ寝るか。明日には帰れよ」
 そう言って、スタッフロールが流れるテレビを消した俺は適当に毛布を持ってきて床に寝床を作る。クイナは俺とベッドを見比べるが、
「最近は冷えるだろ。俺は風邪を引いても大丈夫だけど、クイナに引かれると家に帰せなくなる」
 肩を竦めて説明すると、クイナは納得したようにベッドに潜り込んだ。
 そういった生活に慣れているのか、見知らぬ男の寝ていた布団を嫌な顔一つせず被る。そして、十分も経たぬ内に寝息を立て始めた。



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