2009.07.29.

染められる…
02
黒鉄



■ 2

 あれから数日、由香は夜が来るたびにあの忌まわしい約束を意識しないではいられなかったが、どうしてもそれを実行する気にはなれなかった。あの男はそのうちきっと自分にまた接触してくるはず……そう思うだけで怖くて、毎日が陰鬱だったが、それも日がたつにつれて次第に薄れていき、1週間もする頃には、もしかしたら、あれっきりの悪戯だったのかも、と楽観的に考えられるようにもなってきた。そうこうしているうちに、1学期の終業式も終わり、長い夏休みが始まった。

「ふう、今日も暑いなあ……」
 夏休みが始まって3日目、いつものように朝の8時から勉強を始めた由香は、自分の部屋で問題集に取り組んでいた。同級生の多くは塾の夏季講習に通っていたが、由香はこれまで自分でしっかり勉強に取り組めば、塾なんて行かなくてもちゃんと学校の勉強についていけると思っていたし、実際、そうやって真面目に勉強したおかげで、成績は常に学年トップを維持していた。

 ピンポーン…玄関の呼び鈴が鳴らされ、誰か訪問者が来たことを告げる。両親はとっくに働きに出ていたので、家に一人残っている由香がはーい、今行きます、と明るい返事をして階下の玄関に小走りに出て行くと、玄関には誰もいず、廊下の板張りの床に小さな箱が置かれていた。
「なんだろう……宅配便の人が置いていったのかしら…? でも、宅配便なら、サインをもらわずに帰るわけないし……」
 小首をかしげながら廊下に置かれた小さな箱の上に書かれた文字を見た途端、由香の心臓は止まりそうになった。そこには、あの封書と同じように、由香宛のものであることを告げる宛名が書かれているだけだったのだ。これ…あの時と同じだわ……。

 震える手でその小さな箱を取り上げ、部屋へと戻っていくと、その箱を机の上に置いて、しばらくじっと見つめた。こんなもの…開けずに捨てればいいのよ。そう、あの時はつい見てしまったけど、このままどこかに捨ててしまって……。
 何度も同じ結論に達しながらも、体が固まったように椅子に座って、その箱を見つめたまま、しばらく時が経過した。やっぱり捨てよう! そう思って立ち上がろうとした瞬間、目の前の箱の中から、ヴーヴーと唸りが微かに聞こえてきた。
「な、何? 中に入っているのは…携帯電話?」

 由香自身は携帯をまだ持っていない。友達の多くが持っている中、中学生の間は携帯は持たせない、という両親の方針で、どうしても買ってもらえないのだ。友人の携帯がバイブレーションする時の音と同じその振動を耳にすると、箱の中身が何かはすぐにわかった。そして、その着信を示す振動が、早くその携帯を手に取れ、と由香に命じているのも…。

 それでも由香がまだ箱を開けるのを躊躇していると、バイブ音がしつこく何度も鳴る。もしこのままこれを無視してどこかに捨てたら……あの時の男が怒って、前回私を脅したようなことを実際に実行するかも……そう思うと、あの時感じていた陰鬱な気持ちが再び由香の心に暗い影を投げかけ、やがて根負けするように由香はその箱を開けてしまった。中に入っていた携帯電話の執拗な呼び出しに、あのおぞましい男の執念を感じて、携帯を持ち、通話のボタンを押してしまう。
「もしもし、やけに出るのが遅かったじゃないか。さっきからずっと呼び出してるのはわかっていただろう?」
 携帯から流れ出て来た声は、やはりあの男のものだった。二度と聞きたくないと願っていた男の声。やっぱり私を諦めてくれたわけではなかったんだ……不安と緊張に押しつぶされそうになりながら、由香は小さな声で答えた。
「ご、ごめんなさい……あ、あの…まだ私につきまとうんですか? お願いです、私、もういやなんです! ほおって置いてくれませんか?」
「はあ? 何寝言いってるんだ、お嬢ちゃん。これからの長い夏休み、たっぷりと楽しんでいかなくてどうするんだよ。もうあれから2週間ほどたったよな。ちゃんと約束は守ってるかい?」

 約束、という言葉に、ドキッ! として携帯を落としそうになる由香。結局、あれから一度もあの約束は果たしていない……。
「あ、あの約束は…その…す、済みません…勉強とか色々と忙しくって……」
「ふうん、つまり俺との約束は守る気になれなかったってわけだ。俺も舐められたもんだな。中学2年生の小娘にそんなに軽く見られるとはなあ」

 男の声音がガラリと変わり、低い不機嫌な声になった。怒っている……その声を聞いた由香は、びくっと身をすくめるようにしてその声を聞いた。
「わかった。お前がそうやって俺との約束を反故にするんなら、俺もやってやるよ。ほら、これをこれから、お前のオヤジの職場に電話して聞かせてやろう。どんな顔して聞くか、見てみたいもんだよなあ?」
 そう言った男の声に続いて、あの時の忌まわしい由香自身の声が、携帯から流れてくる。

[か、川原…由香は……これから毎晩…あなたの…作品…ううっ…使って…お、お……オナニーを…練習…しておき…ます……]

「ひっ…!! や、止めて! お願いです、止めて下さい! 私が…私が悪かったです…約束を守らなかった私が……ごめんなさい、許して下さいっ」
 必死に謝る由香に対して、男の声音が変わり、勝ち誇ったような声がそれに応える。
「ふん、本当に悪かったと思っているんだな? それじゃ、勉強をさぼった報いとして、これからサボったぶんだけ復習してもらおうか。いいな?」
「わかり……ました。で、でも…復習って…何を……?」
「復習っていったら、その言葉通りさ。俺の作品を読めよ。ほら、箱の中に無線式のヘッドセットが入ってるだろう? それを耳に装着して読め。ああ、そうだ。気分を出すために、俺の作品通りの服に着替えてくれよな」

 作品通りに着替え? 2週間前にその読んだその作品の内容は、まだ鮮烈に由香の頭に残っている。たしか…学校の制服で…しかも、下着はつけてないって……由香自身、とても気に入っている学校の制服を、男の欲望のために使われる、と考えただけでも虫酸が走る思いだが、今は男の怒りをまた招かないように、精一杯のことをしないと……そう考えると、由香はわかりました…とつぶやくように言って、男の言う通り、室内着を脱ぎ、下着までも全て脱いで、クローゼットに直した夏服を身につけていった。

 素肌に直に着る白のセーラー服の感触は、自分がなにかとても無防備にされたように感じてしまう。着替えた後に椅子に座り、ヘッドセットをつけて、声を出す。
「言われた通りにしました……下着をつけずに…制服を着ています」
「本当か? お前は、俺にばれないと思ったら、結構嘘をつく女だっていうことはわかっているからな。それじゃ、確かめてやるとするか。携帯をテレビ電話モードにしな。やり方は、箱の中にメモで入れてあるぜ」

 テレビ電話……自分の姿を、行為をこの男に見られる……打ちのめされたような気分でメモ帳を見ながら、由香は机の上に置いた携帯をテレビ電話モードにして、そのカメラのレンズを自分に向けた。
「ああ、いいねえ。よく見えてるよ。可愛いお嬢ちゃんの姿がな。白のセーラー服が、似合ってるじゃねえか。それじゃ、下着をつけてないってことを、俺にちゃんと証明してみせな」
「……わかり…ました…」

 下着をつけてないことを証明、それは、制服をめくってみせろ、という命令だとわかっている。血を吐くような思いで返事を口にすると、ぶるぶると震える手でセーラー服の裾をつまみ、上へと持ち上げていく。少しでも見せるのを遅らせようという動きが、余計に由香の羞恥心の強さを男に伝え、それが逆に男を喜ばせているなんてことは、由香には知る由もない。
「おっ、いいねえ。ほら、ヘソが見えてきた。ほら、もっと上へ大きくめくれよ。ほおら、もう少しで乳が見えてくるぜ。おっ! 見えてきた、見えてきた! へえ、中2のくせにもう結構いい乳してるじゃねえか。ほら、乳首まで見せてみろよ?」
 男のその声を聞きながら、由香は物心ついて初めて、自らの胸を異性に見られる恥ずかしさに、全身をピンク色に上気させながら、乳首が露出するまでセーラー服をめくり上げさせられた。レンズの向こうには、今この瞬間に、自分の胸をたっぷりと鑑賞しているいやらしい男がいる……。

「どれ、それじゃまずはお嬢ちゃんのバストサイズの測定といこうか。なかなか形のいい乳してるし、大きさもまずまずだよな。メジャーあててみろよ」
 そう言われて、居間においてある母の道具箱からメジャーを取ってきた由香は、メジャーを自らの胸の周りに巡らして、乳首の上にそれをあてがった。ひんやりとした感触が、胸の先端を刺激する。
「80……いえ、81センチです」
「ふうん、中2にしちゃ、小さ過ぎず、大き過ぎずのまずまずといった所だな。形はなかなか綺麗なもんじゃないか。ふっくらとした白い膨らみに、色素のまだ薄い乳輪が小さくまとまってて、いい感じだな。乳首が若干陥没気味なのが少し減点か」
 自分の女としてのシンボルを、興味本位で鑑賞する男の言葉に嫌悪感を抱きながらも、それを隠すことも許されず、じっと耐えている由香。普段から気にしている乳首の事も言われて、赤くなっていた顔に更に赤みが増していく。
「それじゃ、そろそろ復習に入ろうか。俺の作品の2ページの3行目から読めよ」
 そう言われて、机の引き出しの奥に隠していた封書の中身をめくり、指示された部分を声に出して読み始めた。
「由香は、自分の胸の膨らみに…そのほっそりとした指を軽く食い込ませながら…ゆっくりとそれを……も、揉み…揉みしだいた。甘い疼きがその…膨らみから発せられると、その先端の…乳首……を…指先でいじり回したい……衝動に駆られてくる…」

 他人が勝手に創作したものとはいえ、自分自身のいけない行為を描いたその文章を読まされる由香の声は、次第に上擦ったものになっていく。恥ずかしさに徐々に興奮が入り交じってくるのを、男の耳は敏感に察知していた。こいつ、やっぱり相当のマゾの素質がある女だ。当たりだな。
「じゃあ、今読んだ通りに実際にオナニーしてみろ。書いてある通りなんだから、簡単だろう?」
 男にそう言われて、由香の顔が泣きそうに歪み…レンズにチラチラと視線を送りながら、無言で許してくれ、という合図を送るが、男からの返答はない。男から許しの言葉は決して出ない、というのがわかると、視線を下に落とした由香は、のろのろと手をその剥き出しの乳房へと這わせていく。やがて、描写通りのほっそりとした指が、由香自身の胸をゆっくりと揉み出した。自分の胸をそんな風に扱うことなど経験のない由香にとって、人に見られながらのその行為は、筆舌に尽くしがたいものであった。
「うっ…ぐすっ…ひっく……ひっく…こんなこと…ひどい……」
 手を機械的に動かしても、まだ愛撫の経験のない乳房は、男の描写のようには甘い疼きを生み出してなどくれず、芯に硬さの残る乳房をぎこちなくこね回す間、鈍い痛みを覚えるのみであった。こんなことをして、本当に気持ち良くなるものなの? 全然気持ち良くなんかないわ……。そうよ…これが真実の私なんだ…あんな作品なんて……。
「どうやら気持ち良くもなんともないみたいだな? ま、生まれて初めて胸を弄り回してみても、どうせそんなもんだろう。でも、おまえの気分次第では、それも変わってくるんだぜ。わかるか、由香?」
 これまでその男に名前を呼び捨てにされたことはなく、初めてそう呼ばれて、由香はビクッと体を揺らした。

「わかりません……私の気分次第で変わるって、どういうことなのか……」
「お前はな、隠れマゾなんだよ。優等生タイプに多いパターンだ。ほら、俺の言う通りに言ってみろ。由香は見られると感じるいやらしい女子中学生です、どうぞ由香の浅ましいオナニー姿をご覧下さい、だ」
「な……っ…そ、そんなこと……」
 男の言葉を聞いて思わず絶句してしまう由香。例え男に強制されて言わされるとしても、自分をそこまで下劣な女として言わねばならないなんて…。
「言えよ。もう引き返すことは出来ないって、自分でもわかってきているだろう?」
 電話での会話を録音した男が、今のこの胸を由香自ら露出させた状態を記録していないわけがない…私はどんどん深みに嵌っていってる…もう、引き返せない…男の言う通りなのが由香にもわかり、がっくりと頭を垂れながら、由香はその言葉を口にした。
「ゆ、由香は…見られると…か、感じる…いやらしい女子中学生…です……どうぞ…由香の浅まし…い……お、お…オナニー姿を…ご覧、下さい……」
 そう言って再び自らの胸の膨らみをゆっくりと揉みほぐす。指の間で、自らの乳房が形を変えてしまうのを、冷たいレンズの向こうで見られている…そう思った時、胸の疼きが何かこれまでとは違う、妖しいものに変わっていくように思えてくる。
「ん……んっ…な、何も変わらないの……何も…ふうっ……変わらな…い……っ…」
 自らに言い聞かせるような言葉をつぶやきながらも、切れ長の瞳を閉じて、少しずつ被虐の世界に浸っていく由香の姿を見て、男が更なる要求をしてくる。
「ほら、お前の乳首が、もっと構ってくれって揺れてるぜ。指でつまんで、根本からしごくように軽く刺激してみろよ」
「そんな……乳首を…摘んでなんて……あっ!? ん、んんっ…っ……こ、ここ、すごく……はあっ…や、いやぁ…!」

 男の言葉に従って、由香の親指と中指の先が、乳首を挟み込むように軽くキュッ! とその先端部を摘むと、鋭い疼きが走り、由香の体が大きく揺れた。指の表面が乳首を撫でさするように動くと、これまで知らなかった感覚がそこから湧き上がり、それに困惑するように頭を左右に振りながらも、乳首を弄る指を動かすのを、止めることができない…。
「うん、少しは気分が乗ってきたみたいだな? じゃあ、もっといやらしいことをさせてやろうか。空いている左手をスカートの中に入れろよ。入れたら、太腿を撫で上げていって、お前の一番恥ずかしい所まで指を差し込んでいきな」
 男が何をさせようとしているのかを瞬時に理解すると、さすがに頭を振ってしまう。いくらなんでも、大切な処を触るなんて……あやしい気分になってきたとはいえ、これまでそういう経験の全くない由香は、麻痺しかけた理性が再び戻ってくるのを感じて、男の言葉に抵抗を示した。
「駄目……駄目です…胸だけならまだ……でも、そっちは…下は駄目なんです!」
「ふうん、さすがにお堅い優等生を堕とすのは、そう簡単にはいかないってわけか。いいね。そう簡単に墜ちるような獲物より、そっちのほうが楽しみが大きいからな。俺の言葉に従わないってことがどういうことか、もっとちゃんとわからせたほうがいいみたいだな、由香?」
 男のねちっこい口調で語られたその言葉に、背筋が冷たくなる思いで、必死に由香は言葉を継いだ。
「だ、だって……お願いです! せめて胸だけなら私、我慢しますから……だから…これ以上は……」
 唐突に接続が切れ、男をなだめる言葉を必死に言おうとしていた由香は、その気勢をそがれるように口を閉じざるを得なかった。ちゃんとわからせる…? 男の言葉に言いしれぬ恐怖を感じて、携帯の着信履歴を調べるが、当然のごとく、男からの着信は非通知となっており、逆に由香からかけることは不可能であった。一人部屋に座る由香の口から、嗚咽が漏れ、頬を伝わる涙が、幾筋も流れては落ちた。どうして…どうして私がこんなひどい目に遭わないといけないの……?



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