一巡りが終わる瞬間に君の胸の音を聴く
 2012年三月二十日。俺たち特別捜査隊の戦いは、完全に終わった。
 イザナミ――すべてを仕組んだ元凶との決着はついた。テレビの中の世界は元の姿だという、きれいな緑の世界に戻った。これでもうこんな事件は起こることはないし、犠牲者が出ることもない。なにもかも、終わった。
 なんつーか、妙にさっぱりした気分だった。ぶっちゃけ俺は(たぶん他の奴らも)俺の相棒――八十八在との別れのことを考えると、前日になってもついついはーっ、とため息は出るわ目が覚めてもついついベッドの中でウジウジしちまうわ、ってもー小学生のガキかっつーくらいテンションが低くなってたんだけど、ちょっとほっとしたっつーか、やることやったって満足できたっつーか。
 あいつと一緒にそれこそ命懸けで最後まで戦えて、あいつが俺たちの言葉で立ち上がって最後の一撃を放つところを見て(なんかあの手に引きずり込まれてからイザナミが倒れるまで在の様子がずーっと見えたんだよな、心ん中に伝わってくる感じで)……あいつが心底俺らのことを大切に思ってるのがわかったっつーか(……なんか改めて言うと死ぬほど恥ずかしいなコレ)、東京に戻っても、絶対俺らのこと忘れないって実感できてほっとしたっつーか(つまり不安だったんだそれまでは。うっわ女々しいな俺)。
 だから、もう本気ですっきりした気分で、緑の世界でテンション上げてはしゃいで騒いで、記念写真撮ってってやって、現実世界へ戻ってきて、また明日、っついながらそれぞれ手を振って別れようって時に、在にじっとこっちを見つめながら「陽介。悪いけど、ちょっとつきあってくれないか」って言われたのは、正直ちょっと意外だった。
「センセイ、ヨースケとお話クマ? むむむ、なにやら秘密の匂いがするクマね。クマも一緒じゃダメクマか?」
「ごめん、クマくん。悪いけど、先に帰っててくれないか。陽介に、言っとかなくちゃならないことがあるんだ」
「えー、なになに、私たちには言えないことー?」
「言えないっていうか……少し、恥ずかしいことなんだ。勇気が出たら、みんなにもちゃんと話すよ。……会う機会は、これからだって何度でもあるんだし」
 微笑みながらの言葉に、少しばかり膨れていたりせは(ついでに言えば寂しそーな顔をしてた天城やなんつーかこう、切なげ? な顔をしてた里中や直斗も)笑顔になってうなずいた。
「わかった。話してくれるの、待ってるからね、先輩」
「じゃあ、また明日。八時半に、駅で」
「花村ー、八十八くんとお喋りしすぎて寝坊とかすんじゃないよ?」
「しねーっつの! いつの時代の小学生だよ!」
「じゃ、先輩。なんの話すんのか知んねースけど、無理しねーでくださいよ、疲れてんだから」
「こんなことはご承知の上のことだと思いますが、あまり遅くならないように気をつけてくださいね」
「ああ、みんな、ありがとう。……また明日」
 ゆっくりうなずきながら、柔らかい笑顔を浮かべて答える在。それに他の奴らはそれぞれ手を振ったり頭を下げたりしながら自分の家へ帰っていく。
 ……なんつーかな、ここらへんがうまいんだよなこいつ。なんつーの、一人一人を大切にしてる感じっつーの? そーいうの感じさせるのがすげーうまい。グループ作ってりゃどうしたって優先する奴ってのが出てくるもんだけど、こいつはその時優先する以外の奴にもいちいちフォローして嫌な気分にさせないようにしてんだよな。
 一度なんでそこまで気遣いができんのかって聞いたら、『大切な相手を嫌な気分にさせないように頑張るのは普通だろ』って真剣な顔で答えて。気疲れすんだろっつったら、『好きな奴らと一緒にいるってだけで相当癒されるから大丈夫』ってふわんと笑って(在って基本無表情だからたまに思いきり笑うと一気に印象が柔らかくなんだよ)答えて、さらに『限界超えたら甘えてもいいか?』ってじっと瞳覗き込んで言ってくるし。
 んっとに俺が女だったら口説かれてんのかって思うとこだっつの。そりゃ勘違いする女が群れをなすわけだよな。おまけに顔はいいわ成績は学年トップだわスポーツもいけるわ、ってんでハチ高で一番人気がある男っつっても過言じゃないんじゃないかと思うぞ実際。
 そのくせ誰かとつきあうっつーこともなく。仲間内のみならず海老原やら演劇部の子やら、人気ある女子とも親しくしてるくせにとことん独り身を貫いて。誰かが困ってる時にさりげなく手を貸したり、相談に乗ってやったりするいいひと≠ナい続けて。
 八方美人だ、っつって陰口叩いてる奴もいたらしいけど、だったらお前はこんだけ他人に親切にしまくれるのかってそいつに言ってやりたい。学年トップ取るために(あと仲間内の勉強ダメ組に勉強教えるために)毎日何時間も勉強して、部活かけもちしてめいっぱい練習して、バイトもこなして菜々子ちゃんや堂島さんのために家のことまでやって。
 そういうの全部、天然に当たり前にやるんじゃなくて、こいつなりの理由があるから歯を食いしばって必死にやってきたんだって、あの時俺はわかったんだから。
 ……とかちょっと遠い目で考えちまってから俺は我に返り、じっと去っていった奴らの方を見ている在に笑顔で話しかけた。
「で、どこ行くんだ、在? どっか寄るのか?」
 俺の言葉に、在は一瞬目を瞬かせ、小さく微笑む。
「陽介に『在』って、久しぶりに呼ばれた」
「へ? そ、そうか?」
「そうだよ。結局、他の奴らがいるところでは名前で呼んでくれなかったな」
「や、やー、それはさー、なんつーの、ほら俺ってアレだから。基本繊細なシャイボーイだから。二人っきりの秘密を公開しちゃうのは照れくさいっつーかさー」
 ついついへらへら笑顔で言い訳してしまうと(やっぱり在と違って常時真剣真っ向勝負っつーのは俺には無理だ)、在は俺の気持ちはわかってる、みたいに微笑んでうなずいた。
「そうだな。二人っきりの秘密持ち続けてくれて、嬉しかったよ」
「………そっか」
 俺は湧き上がる感情をへらりと笑って後頭部を掻くことでごまかした。なんだよまるでこれが最後みたいに、とかだからそういう女口説くみたいなこと言うなっつーの、とか本気でそう思ってんのかよちくしょう二人っきりの秘密持ってんのは俺とだけじゃないくせに、とかそういうもろもろを。
「別に、どこかに行きたいわけじゃないんだ。少し話がしたい……っていうか、言っておきたいことがあるだけだから。すぐ済む。そうだな……鮫川河川敷まで、いいか?」
「ああ……」
 在は微笑んでうなずいて、ゆっくりと歩き出した。俺も特になにも言わず、その少し後ろをゆっくりと歩く。
 時刻はもう夕飯時をとうに過ぎている。一応家に連絡はしてあるけど、軽くお小言は言われるだろう。八十稲羽らしく、陽の落ちた道には人も、明かりもない。ただ雨の上がった空から落ちる月明かりと、星明りを頼りに足を進めた。
 なんか喋った方がいいのかな、と思いつつも、俺の口から言葉は出なかった。在は基本的に無口で、俺と喋ってる時も聞き役に徹することが多い。優しく微笑みながらうん、うんと真面目にうなずかれると、まるで俺がすごい価値のあることを喋ってるような気になる。だからっていうか、俺は無理に話す気にならなかった。こいつが話したいことがあるってわざわざ宣告しなきゃならないような時に、気を遣わせたくなかったんだ。
 俺はこいつの一番親しい男友達って言ってよかったと思うけど、っていうかそう思ってるけど、お互いの間にはいつも距離があった。っていうか、気遣いがあった。なんでも話すし愚痴も言うし、ノート頼ったりおごられたりも普通にするけど、いつもそういうのを口にする前にいったん『これを言っちまっていいのか』と考える間があった。
 それはたぶん、お互いに相手に嫌われたり呆れられたりするのが怖い、って気持ちがあったからだと思う。こいつとちゃんと親友になるまではその気持ちが暴走して無駄にはしゃいだりしちまうことも多かった。ちゃんと繋がったっていうか、絆を結んだ、って思えるようになってからは(うっわ恥ずかしー台詞)そういうことはなくなったしこいつのそばで安心できるようにもなったけど、それでも気遣いはあった。距離が近づいた分、在が俺に『嫌われたくない』って思って気を遣ってるのはしっかり伝わってきたからだ。
 そういうのが俺はちょっと寂しくて、だからいつかこいつと俺らは縁が切れちまうんじゃないかって不安になったりもしたんだけど、今はそんなことはない。こいつの気持ちがわかったから、これで終わりじゃないってはっきり言いきれるから、これから一生つきあってけばいつかはそういう距離もなくなるだろ、って思えるようになったからだ。
 でも、こうして同じ制服を着て歩くことはもうないんだろうな。
 そんな言葉が脳裏をよぎり、俺は制服の胸のところを握り締めた。
 こいつと同じ学校に通うことは、もうないんだろうな。
 こいつに授業中こっそり問題の答え教えてもらったり、昼飯食おーぜっつって前後の席くっつけたり屋上行って料理食わせてもらってなにこれ八十八マジック? っつったり、放課後こいつの部活やバイトがない時にぺちゃくちゃダベってからてろてろ帰って道草して買い食いしたり、登校中たまたま一緒になって宿題やったかーとか話したりすることは、もうないんだろうな。
 こいつと特別捜査本部で真剣に現状確認しあうことはもうない。絶対に被害者助けような、って拳打ち付けあうことはもうない。手がかり探して街中走り回って、たまたま会った時に話して新事実教えてもらってすげぇじゃん! っつうことはもうない。だいだら.で買った装備もらって、おっまこの装備ありえねぇだろ! って騒ぐことはもうない。お互いに命預けて戦って、強敵倒してやったぜ! ってはしゃぎあうことはもう、絶対にない。
 ぶわ、と唐突に目から涙が漏れ出し、俺は慌てた。うっわ、なに泣いてんだ俺、アホかんなこともーずっと前にわかってたことだろっつーの。在引くだろ、やべぇよいっくら寂しいからっつったって。
 そうだ、寂しい。寂しいよちくしょう。こいつがいっくら俺らのこと大切に思ってくれてるってわかったからって、寂しいもんは寂しいんだよ。また会えるって思ってたって別れたくなんかねーんだよくそ。女々しくて悪かったな、だって俺は。
 う、と漏れた声に在が反応してこちらを向いた。そして大きく目を見開き、俺の方に歩み寄る。目のところを押さえてる俺の手をどかし、顔を上げさせ視線を合わせた。
「……陽介」
「……んっだよ」
「……ごめん」
「……なにがだよっ」
「ごめん……」
 それだけ言って在はぐい、と俺の体を引き寄せた。以前俺が泣き出した時と同じように、がっしりと俺の体を抱きしめる。
「……っいうの、女の子にしろ、っつったろ……」
「ごめん……」
 あの時と同じ、ただ違うのは、在の体も震えてる。う、と小さく声が漏れて、しゃくりあげるたびに抱きしめる腕の力が強くなる。
 ちくしょう、もっと泣け。お前だってもっとめためたになっちまやいいんだ。
 俺は楽しかった。お前と一緒で。この一年、むちゃくちゃなことばっかだったけどお前と一緒でめちゃくちゃ楽しかった。
 お前を相棒って呼べて、命預けあって戦えて、親友になれてめちゃくちゃ嬉しかった。
 お前でよかったって、他の誰でもないお前でよかったって、心底思うんだよ。お前もそう思ってくれてるって思ったら、どーしたって泣いちまうんだよ。
 そばにいたいよ、いてほしいよ。お前のこと好きだって思うんだよ。我ながらキモいくらい大好きなんだよこの野郎。
 ちくしょう、お前との一年、またやり直せたらいいのに。
 そんなことを思いながら二人一緒にぐすぐす泣いて、いい加減どっちも泣くのに疲れてきた頃、在は俺の体を離した。俺もいつの間にか在の体に回していた手を離した。
 お互いの顔を見て、苦笑する。在の顔はけっこうひどい状態だった。目が真っ赤なのはまだしも、目と鼻の下すげーべとべとしてるし。鼻水も何度も垂れたんだろう。たぶん俺も似たような感じなんだろうな。
 お互いポケットからティッシュ出して鼻かんで。またお互いちょっと苦笑する。んっとに、いい年した男二人がなにやってんだかな。
「悪ぃな、なんか。突然泣き出して」
「いや……俺もさ、なんか……すっきりしたし、嬉しかったし。なんか、泣くほど……俺のこと、大切に思ってくれてんのかなって」
「……だっからおま、そーいうことしれっと言うなっつの」
「駄目、かな」
「いや、駄目じゃねーけど……」
 照れんだろーが、という言葉はついむにゃむにゃと口の中で噛み潰してしまう。なんというか、そういうことをいまさら言うのも男らしくない気がするというかなんというか……。
 じっと俺を見つめる在の眼差しは、やたらめったら優しい。なんか、尻のあたりがむずむずした。なんというかもう猛烈に恥ずかしくて照れくさかった。胸の辺りにある気持ちが暴走してしまいそうにうずうずしている。このまま黙って見つめ合っていたらなんだか抱きしめて好きだーと叫んでしまいそうで怖い。
 そんな気持ちを堪えながらしばらく見つめ合ってから、在は口を開いた。
「あのさ、陽介。俺、お前のこと、好きだよ」
「……うん」
「千枝ちゃんも雪ちゃんも完二もりせちゃんも直斗もクマくんも。もちろん菜々ちゃんや遼太郎さんも。こっちに来て好きな人がたくさんできたよ。またここに戻ってきたいって、心底思うんだ」
「うん……」
「だから……ちゃんと、告白しないとって、思って」
「……告白?」
 在は一度深呼吸しながら目を閉じ、ゆっくりと開けてきっとこちらを見た。俺は思わずびくりとする。こいつ目力があるからこういう風に見つめられると正直ビビるんだよな。
 でも実際今の在の視線はビビってもしょうがないだろってくらいにド真剣だった。それこそ果し合いでもする時みたいに。命懸けの神風特攻する時の顔ってこんなんなんじゃね、って感じに。
「俺、ずっとお前に……いや、他のみんなにも黙ってたことがあるんだ」
「……黙ってた、こと?」
「ずっと隠してた。言えないって思ってた。隠し通すつもりだった。だけど……あの時、イザナミにやられそうになった時さ。みんなの姿を見て、言葉を聞いて……俺も、勇気を出さなくちゃって。この絆に恥じない人間になりたいって……弱いところや、醜いところもちゃんと見せられる人間になりたいって、思って」
「…………」
 訥々とそう告げて、一瞬うつむいてから在は顔を上げた。俺は思わずびくん、と震えた。在の真剣な瞳、殺気すら帯びた視線。それがこちらを矢のように射て、俺の体をすくませる。
「だから……俺はちゃんとお前に告白する。したいって……しなくちゃならないって思うんだ」
「……なにを?」
 答えた声は、少しかすれていたことに気付いただろうか。在はいったんまたうつむいてから、きっと顔を上げて俺をぎっと睨み、腹の底から響く声で叫んだ。
「陽介!」
「はっ、はいっ!」
 思わず気を付けをする俺の肩をつかみ、ずいっと顔を突き出して、俺の目のすぐ間近でそのきれいに整った顔を歪め――
「俺は………っオタクなんだ!!!」
 ……………………
「はい?」
 俺の間抜けな問い返しを聞いているのかいないのか、在は怒涛のような勢いでまくし立てた。
「俺はもう本当にどーしようもないくらいのオタクなんだ、高校生にもなってアニメとか見ちゃうような奴なんだ! それももろオタク系って感じのが一番好きな! 気に入った番組は録画してコマ送りしつつ何度も見るし、ゲームも落とし要素があるのが一番好きだし! それもキャラ絵のあるオタクくさい方が好きで、漫画とかも普通にも読むけど好みのキャラ見つけてそれを脳内でどうこうしてハァハァしてる方が多いんだ!」
「え……あの」
「同人誌まで買ってるんだ、実家にある同人誌百冊じゃきかないんじゃってくらい! 夏冬のコミケには中三から必ず行ってたしコミックシティも行くしオンリーイベントとかにも行くし! コスプレもしっかり見に行くし! 実家のパソコンのブクマは二次創作系のページがほとんどだし、ていうかニコ厨だし、どんな作品見てもとりあえず妄想するような本当にもう処置なしって感じのオタクで」
「いや、あの、ちょっとストップ!」
 俺はばっと両手を突き出して、在の言葉を遮った。在はとりあえず口を閉じる。だが顔は真っ赤だし恥ずかしいのに必死に耐えるように歯を食いしばっているのがわかった。つまりこいつにとっては本当に死ぬほど恥ずかしい告白なんだろうけど。
 それを俺に言って、いったいどうしろと?
「え、えーと……だな」
 なんというか、あまりに予想外すぎてどう反応すればいいのかさっぱりわからん。オタク……って、あれだよな、アキバとかにたむろしてたとかいう、汗やたらかいてる眼鏡の太った……いやいやなにも全員が全員そういうカッコしてるわけじゃねーんだろうけど。
 でも俺の中でオタクっつーと……前の学校にいたような漫研とかアニ研とかでひたすらちまちまなんか描いてるよーな奴しか思い浮かばねーっつーか。あまりにこいつとイメージがかけ離れすぎてて……うーんうーん。
「え、えーと、オタクって、具体的にどういうレベルの……?」
 考えた末に口から飛び出たそんなアホな言葉に、在は真っ赤な顔のままで、わずかにうつむきながら早口に答えた。
「人のカプ遍歴読んで当遼加賀ハヤ(TV版)流花アルエド古キョンスザルルってあったらノーヒントで『つまりは主人公受なわけね』ってツッコミが入れられるぐらい」
「いやあのすいませんどういう意味かさっぱわかんないんですが」
「わからないでいい、っていうか積極的に一生わからないでいてほしい……」
 わからないでいいって。俺は途方に暮れてうつむく在を見た。
 お前は少なくとも、俺になにか伝えたいって思ったんだろ。告白したいって思ったんだろ。自分の弱いとこ醜いとこ、俺に知ってほしいって思ってくれたんだろ。そんな義理なんてないのに。俺がお前にやなとこさらけだしまくったみたいに、対等の存在になろうって思ってくれたんだろ。
 だったら俺がちゃんとお前の気持ちをわかってやらないでどうすんだよ。お前がそんな風に必死になって、俺に伝えたいって思ってくれた、お前の弱くて醜いとこってやつを――
(あ)
 その時、俺は唐突に気がついた。
 そしてぶっ、と吹き出した。
「おっま……チョーバカ! すっげバカ、バカすぎ!」
 ぶふっは、と吹き出しながらばしっ、と頭を引っ叩く。「たっ!」と在が声を上げる。もーこいつってマジチョーバカ! と思いつつ、くっくっくと笑いながら告げる。
「おま、もしかしてアレ? オタクって知られたら俺らに幻滅されるとか思ったんだろ? そんでずーっと言えなくて、でも言わなくちゃってくよくよ悩んで真剣に迷って、そんで最後の戦い経験して告白しなきゃって思ったんだな?」
「そ、そう、だけど」
 顔をまだ赤くしながらこちらを睨むように見る在。けどその顔が本気で恥じらいまくってるのわかるから俺はさしてビビりもせず、まだくっくっくと笑い声を立てながらまたすぱん、と在の頭を叩いた。
「った!」
「おっま、チョーバカ。お前マジで俺らがそんくらいで幻滅するとか思ってたわけ?」
「え……」
「別に大したこっちゃねーじゃん、んなの。単なる趣味だろ、趣味。それがちっとフツーと違うくらいで俺らが態度変えるとかマジで思ってたのかよ、あーあー俺らって信用されてねーなー」
 拗ねたようにそっぽを向いてやると、在は慌てたように首を振る。
「そ、そういうわけじゃない! ただ、なんていうか……あまりに、カッコがつかないから」
「あー……まー、クールでカッコいー八十八センパイ、っつーイメージじゃないかもなー」
「……向こうじゃ、別に隠したりしてなかったけど……こっちに来てから、なんていうか、本当にみんな当然のように俺のことカッコいい系キャラみたいに扱うから……本当は引きこもり系の、ダサくてモサいオタクなのにってずっと引け目あって……でもいまさらオタク趣味告白なんてしたら、絶対幻滅されるって、もしキモいとか思われたらどうしようって、なんていうかもう、本当……」
 真っ赤になりながら、珍しくも涙目で、恥ずかしいのか俺と微妙に視線を合わせず早口で。
「……怖かったんだ。嫌われるの」
「バッカ」
 必死に告げた告白に、俺はぺしっ、とまた頭を叩いた。苦笑しつつ。
「うん……」
「ま、でもそーだよな。好きな相手にはカッコつけたいよな。俺だってそう思うし」
「……陽介も?」
「そらそーだろ、俺くらい見栄張りな奴はそーそーいねぇぞ? お前には一番ヤなとこしっかり見られてっけどさ、それでもやっぱ……だからってのもあるけど、『空気が読めて周りを当たり前みたいに気遣う花村くん』っつーの、ずっとやってたからな」
「……あれ努力してやってたのか……」
「あ、なんだよー。100%天然だと思ってたわけ?」
「い、いやそういうわけじゃ」
「ま、身に着いちまってる部分もあるけどな。でもやっぱめんどいとかやってらんねーとか思う時もあるよ。けどさ、お前がいっつも、俺らのために頑張っていいひとやってんの見たらさ、そりゃ負けてらんねーとか、俺も頑張らなきゃな、とか、辛かったらフォローしてやんなきゃな、とかさ、思っちまうわけよ」
「……え」
 目を瞠る在の胸を、俺はごつん、と拳で軽く叩いた。にっと笑って言ってやる。
「お前がいたから、俺は頑張ってこれたんだよ。お前が頑張ってくれてたからさ」
「陽介……」
 びしっ、と決めた。つもりではあったんだが、在に切なげな瞳で見つめられなんだか猛烈に照れくさくなってきて、結局茶化すようにばんばんと在の背中を叩いてしまった。
「ったく、んなことグチグチ気にしてんならさっさと言えってんだよ。俺ばっか恥ずかしいとこ見られたら不公平じゃんかよ」
「……ごめん。なんていうか、陽介のはまだシリアスに受け止められるけど、俺の秘密は笑うしかないっていうか……見栄を張りたかったんだよ。陽介や、みんなにカッコいいとか思われるの、予想外に嬉しくて」
「バーカ」
「馬鹿だよな……本当」
 自嘲するように笑う在に、すっと拳を突き出す。にっと笑って言ってやった。
「カッコよくてもカッコよくなくても、お前は俺の相棒だっつの」
「……ん……」
 在は、(あんまり表情は変わらないが)本気で照れた顔でこつん、と拳を俺の拳に打ちつける。たりめーだ、お前がどんだけ頑張ってんのか知らないとでも思ってんのか。俺はお前がカッコいいから相棒やってんじゃねっつの。
 俺は二度目にテレビに入る時、お前が心の底から真剣な顔で「一緒に行く」つってくれて、俺のシャドウと戦った後真面目な顔して必死に『俺だってそういう風に思ったよ』って慰めてきたから、お前でよかったな、って思ったんだぜ。マジに。
 でもそんなことを改めて言うのは照れくさいので、にやりと笑ってこのやろこのやろと拳をくりくり脇腹に擦りつけた。在はくすぐったそうに顔を緩めて、はぁ、と思いっきりほっとした顔で息を吐き出して言った。
「なんか……ようやく誰にもはばかることなく、陽介のこと親友って呼べる気がする」
「んっだよそれー。ったく、お前はいちいち考えすぎなんだっつーの!」
「ごめん……けど、実際問題さ、ちょっと考えてみてくれよ? 陽介がさ、まだ自分のしょっぱいとこっていうか、基本いじられスタンスなところとか女の子に対するいじり方が時々セクハラ入るところとかいじりいじられる関係じゃない真剣な話とかするのちょっと及び腰になっちゃうところとか」
「ちょ、おま俺のことそーいう風に思ってたわけ!?」
「え、間違ってたか? 気に障った?」
「……いや、間違ってはねーけどさ……」
 むしろ俺のダメなとこの解説にしちゃ相当に柔らかい表現だとは思うが。普段こいつの俺への接し方が他の奴と比べると異常なまでに優しいから、こーいうシビアな観察とかしてたんだなー、と思うとちょっと堪えるものが……。
「あー、いやいーよ、わかったから続きどーぞ」
「うん……ともかくそういうところをまだろくに知られもしない段階で『お前でよかった』とかものすごい人間みたいに重要視されてさ、リーダーとして祭り上げてくれて、まるで完全無欠のカッコいい人間みたいに見られてさ」
「…………」
「女の子からやたら好意寄せられたり、男友達に尊敬されたり、大したことしてないのにおまえのおかげだとかさすが花村だとかやたらめったら褒められて。そういう状況で、自分のダメなとこあっさり見せられるか? 隠してたら隠してたで罪悪感抱かないでいられるか? ってことだよ。どうだ?」
「………すんません、いろいろ無理です! 俺が間違ってました!」
「だろ」
 頭を下げる俺に、在はふ、と息を吐いて空を見上げた。さっきから相当恥ずかしいことをしたりしちゃってるが、ここはまだ住宅街(隣田んぼだし、田舎だから人通りはゼロだけど)、明かりもないわけじゃない。それでも満天の星が空で思いっきり自己主張してるのは見て取れた。
「俺も、罪悪感抱いたんだよ。オタクってこと隠してるのにも、一般人の振りしてカッコつけてるのにも。でもいまさらカミングアウトとかしたって引かれるだけだよなー、って思っちゃうしさ、もしキモがられたりしたら立ち直れないとか怖かったし。みんなに大切にされて、優しく接してもらえて、自分でもヤバいくらい嬉しくて、居心地よかったから、今までと違った目で見られたらどうしよう、とか怖くって……」
 あー、そーいう気持ちはなんかすげーわかるかも。今想像してみたのもあるけど……お前の俺に対する扱い方とか、かなりそーいうとこあったし。
 なんかまるで俺がすげーできた奴みたいに思ってるっつーか、偉いなとか大人だなとかいちいち褒めるし労わるし、しかも視線がすげー優しいっつか、心の底から俺がいい奴すごい奴って思ってるみたいな顔していちいち俺のフォローしてくれるから。こいつの気持ちに応えなきゃって頑張れた部分もあったけど、もし俺のアレなとこ見せて引かれたらどうしよう軽蔑されたらどうしよう、とかいう気持ちはやっぱりいつもあった気がする。最初に一番アレなとこ見せてるから、さほど深刻なもんにはならなかったけど。
 在の視線がすい、とこちらに動く。星を見る目から俺を見る目に目の輝きが変わる。
 こいつって、何度も思ったけど、人を見る目がいちいち愛おしそうなんだよな。優しいっつーか柔らかいっつーか。大切なものを見る目っつーか。
 そーいうのが仲間内だけっつーか、好きな奴といる時だけっつーか、なんつーかその……俺といる時が一番そーいう目になってんじゃね? って思った時は、どんだけ俺自惚れてんだってのたうち回ったけど。
 でも、今俺を見てるこいつの目は、星を見る目よりずっと優しいっていうのは絶対確かだと思う。星を見てた目もきれいだな、とは思ったけど。
「だからさ。すごく、ほっとした。……ありがとな」
 にこ、と唇の両端が柔らかく上がって告げた言葉に、俺はひどく恥ずかしくなって、軽く在を小突いた。
「バッカ。いまさらんなこと言うなよ。……水臭いだろ」
「うん……でも、ありがとう。……陽介でよかった」
「は?」
「こっちに来て初めてできた友達が、陽介でよかったな、って」
 それこそ最愛の恋人を見るようなというか、好意とか……あ……あーととにかくそーいう気持ちがだだ漏れの死ぬほど優しい笑顔でそう言われ、なんだか猛烈に恥ずかしくなってきて「バッカ」ともう一度言って足を蹴った。あーもーんっとにこいつどーしてこんな顔してこんなことしれっと言えるかな。
 在はそれからその顔をちょっと真面目モードに変えて、軽い感じで(こいつの軽い感じ≠チてのはたいていわざとらしいっていうか、作った感じがするんだけど)聞いてきた。
「けどさ、本音の本音は、どうだ?」
「は?」
「別に怒らないから正直に言ってほしい。心の中で、ちらっとでも、俺のこと……俺がオタクでキモいなって思ったりしなかったか?」
「……んー」
 どう答えようかな、と迷いながら俺は考えていますという顔を作った。俺がこいつのことキモいと思う可能性があるかも、とか考えること自体俺としてはなーんか面白くないなー、と思うんだけど、それそのまんま言ってもこいつは困るだろうし、こいつへの答えにはならない。
 しばらく考えてから、俺はこんな風に言った。
「別に。オタクの中にはキモいって思う奴いるんだろうけどさ、お前はキモくないよ。それも含めてお前らしさ、なんだろ?」
「…………」
 笑顔で言ってやると在はちょっとぽかんとした顔をして口を開けた。しばらく呆然とそのまま固まって、俺がつついてやるとはーっ、と深く深く息をつく。
「そうか……そうなんだな……」
 その言葉がなんていうか、ものすごくしみじみとしてるというか、温かいお茶飲んだお婆ちゃんがこぼしたため息みたいに感情というか感動というか……いやそういうんじゃなくて……感慨? っつーか。そういうのが篭もりまくっていて、俺は胸のむずむずしてくるのを抑えられずにこのやろ、と右フックを脇腹に一発入れた。

 それからちょっとだけ話をした。他に隠してることないかとか、他の奴らには話さないのかとか。在は勇気が出たらちゃんと話す、と深刻な顔で言った。
「他のみんなは、なんていうか……基本的なところで、保護対象な相手だから。どうしてもカッコ悪いとこ見せるのに、もう一段階勇気が必要っていうか」
「あー……」
「陽介は、対等な相手だから。少なくともお前にだけは、ちゃんと話しとかないと駄目だって思ったんだ」
 真面目な顔でそう言った在に、俺は猛烈な照れくささを抑えられずまた足を蹴った。
 他にもいつもみたいにくだらないことをちょっと話して。あいつはうんうんとそれを聞いて。
 じゃあなって、いつも通りに挨拶をして別れた。
 それからたまんなくなって涙ぐみながら家までダッシュとかしちまったけど、それを知られてるかどうかはわからない。あいつだって俺に話さないことはあるんだ。
 そして翌日、みんなと一緒に別れを言って。一緒に電車を追いかけて。
 家に帰って、また少し、泣き声を噛み殺しながら泣いた。
 それから一週間後、携帯にメールが入った。題名は『一週間ぶり』、送信者は『八十八在』。
 大急ぎで内容を見ると、こんなことが書いてあった。
『連絡遅いって思ってたらごめん。感動的な別れしたあとに、どのくらい間をおけばいいかってわからなくて。
 俺、こっちに来たら、なんだか時々猛烈に寂しくなったりして、ウザいくらい電話とかメールとかしたりしちゃいそうなんだけど、どのくらいだったら邪魔じゃないかな。
 気が向いたら連絡してください。待ってます。こっちはいろいろ張り合いないけど、またみんなと会った時に顔を上げて会える俺でいられるよう頑張るよ。じゃ、また。』
「…………っ」
 俺は当然、たまらなくなって素早く履歴の一番上にある在の電話番号を呼び出した。ほとんどコールして一秒も経ってない頃、慌てたような声がした。
『……っ陽介!? ごめ、いやそんなにすぐかかってくると思ってなくてっ』
「おっま、この……」
 溢れそうになるいろんな気持ちに声は揺れたけど。
「俺の愛を舐めんじゃねーぞ! 俺だって寂しいから電話とかメールとかしたかったっつーんだよ!」
 これだけは、一番最初に言った。
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