わからないことを告白できるのが君である幸福
 四月二十二日、昼休み。俺は八十八と教室でダベっていた。
 天城を無事助けて、こいつが転校してからの怒涛のような展開がとりあえず一段落して。こいつと一緒に犯人捕まえようって誓ったことは忘れないけど、実際問題天城が回復するまでとりあえずできることはもうない。
 なので、その間の時間は俺はこいつともーちょい親しくなるために使いたいな、とか考えていた。テレビに落ちて、クマと出会って……俺の影と戦って、事件を捜査しようと決めて。天城が誘拐されたことを知って、テレビの中で必死に戦って救出して。その中でこいつが見せたリーダーシップとか判断力とかはすげぇと思ったし……あと、こいつは、あんま表情変わんないけど、それでも一生懸命に俺たちに向き合おうとしてるのはよくわかったから、単純にいい奴だな、と思ったし。
 要はその、なんつーかその……こんなことを改めて言うのもなんだけど、もっと親しい友達になれたらなー、とか思っちまったわけだ。うっわ恥ずかしこんなこと男相手に考えるとかどうよ、とか思いつつも。
 で、俺はしょっちゅう八十八をなんやかやにつきあわせて、八十八もわずかに微笑みながらいちいちつきあってくれて。ダベる時も真面目にうんうんって話聞いてくれるんで、ついついその勢いが加速したりしちまってたわけだ。
 なのでその日も俺は八十八とくだらないことを喋っていた。っつーか、八十八はどんな話でもすげー真剣にうんうんとうなずいてくれるんで、なに話しても俺の言ってることとかくだらないように思えちまうんだよな。今まではそんなこと思ったことなかったのに。やっぱりこいつは、俺の今まで会った奴とは違う。
 ……だからつい、必死になって面白い話題提供できねーか頑張っちまうんだけど。
「でさ、馴染みの美容院でさ……」
「美容院?」
 わずかに八十八が目を見開く。お、反応? と俺は八十八の様子をうかがった。こいつはなに言ってもうなずいてくれるけど、基本聞き役ばっかで自分から話題振るとか食いつくとかない。こいつの情報がわかるかも、と俺は注目した。
 八十八は俺のその様子に気付いているのかいないのか、ゆっくり頭を巡らせてじっと俺の方を見つめてきた。え、どこ注目してんの? 髪?
「花村……美容院でやってるんだな」
「あ……ああ、髪? まぁね。やっぱ床屋だとさ、限界あんじゃん? 最初にこっち来た頃、沖奈にさ、わりといい感じの美容院見っけたからそれからはずっとそこでやってんだ」
「……ああ、沖奈市」
「あ、お前まさか稲羽で髪やろうとか思ってる? やめとけ、マジやめとけ。お前田舎舐めすぎ。稲羽の美容院っつーのはおばさん連中専用だぞ。……っつか、俺の知ってる限り開いてる店ほとんどねーし」
「…………」
 一瞬、八十八の視線に気遣わしげな色が走った気がした。それが、というよりはそこから気まずい空気が生まれるのが嫌で、俺ははしゃいだ声を出して話を進める。
「お前、向こうだと髪どーいう風にしてた?」
「え?」
 きょとんとしたような顔。やっぱ髪とか目の色のことは聞かれたくないのかな、と思ってたんで、俺は明るく違う方向に話を持っていく。
「お前フロントにボリューム持たせんの好きみたいだけどさ、たまには変えるのもいいと思うぜ。ま、マッシュボブ似合ってっけど……やっぱ基本的に重めな髪形じゃん? もちょいエアリー入れてさ、軽くピンパーマかけてウルフ気味にしてみるとか……あ、でもお前髪質柔らかそーだもんな、パーマかけんのもったいないか」
「……そうか?」
「うん。お前トリートメントなに使ってる? あ、コンディショナー? わり、俺ブリーチしてんじゃん? 髪洗う時シャンプー、トリートメント、コンディショナーって使うのがフツーだからさ、髪染めてない奴の手入れの仕方とちっとずれてっかも」
「……うん」
「だよなー。あ、でもわりとスタイリングは楽なんだぜ。俺わりと髪軽いしさ、手ぐしとワックスでハンドブローして散らして終わり。たまにマット入ったワックス使ってみたりもすっけどさ、俺の髪質と髪型だと基本は」
「ごめん、花村」
 唐突に八十八が小さく頭を下げた。俺は驚いて思わず身をすくませる。
「な……なんだよ、急に」
 ばっと八十八は顔を上げる。きっとこちらを睨むように見る。それこそテレビの中クラスに心底な顔つきをしているのを見て、俺は思わず座りながら気をつけをしてしまった。
 なんだ、なに言われるんだ。もしかして絶交宣言とか? いくらなんでもと打ち消しつつもこの空気はそのくらい深刻だ。なんで、ちょっと待て、どうして、とうろたえる俺をよそに八十八は口を開き、言った。
「俺……お前がなにを言ってるか、さっぱりわからない」
「………は?」
 俺としては八十八の方こそなにを言ってるのかさっぱりわからずに、ぽかんとした。
「わからないって……なにが? なんで?」
「ほぼなにもかも。なんていうか、言葉が理解できない」
「……は? 意味がよくわかんねーんだけど……」
「……なんていうか……俺、オシャレとかそういうの……ものすごく不得手なんだ」
「……は?」
「……っだから、スタイリングとかトリートメントとか、聞いたことはあるけどどういう意味かわからないんだよ」
 早口に、珍しく叩きつけるようにそう言って、うつむく八十八。それを数秒ぽかんと見つめてから意味が伝わってきて、俺は大口を開けて叫んだ。
「えぇ!? マジで!? ホントに!?」
「…………っ」
「だっ、だってこんなんフツー……なんつーか当たり前の知識じゃん!? 誰だって知ってるだろ!?」
「……俺は知らない」
「け、けど、雑誌とかヘアカタログとか見ても、こんくらい知ってないと意味わかんなくね!?」
「ファッション雑誌とかヘアカタログとか、そういうのは見たことがない」
「えぇ!? だ、だって……おま、髪型フツーに似合ってるし、毎日スタイリングちゃんとしてるしっ」
「似合ってる、のか? ……こっちに来る前に床屋でいつもやってもらってる髪型なんだ。これがいいって言われて。手入れも簡単だからって。だから毎日そういう風に整えるのだけはできるけど……それ以外はさっぱりわからない」
「け、けど! フツーダチと話しててこんくらい出るじゃん!? なんとなく覚えるもんじゃね!?」
「……言っただろ。俺、向こうで友達いなかったって」
「え……」
「花村たちが……もう、ほとんど初めての友達みたいなもんなんだよ」
 俺はぽかんと八十八を見つめた。耳をわずかに赤くしながら、険しい顔でうつむく八十八。
 確かにこいつが来たばっかりの頃そんなような話を聞いたことはある。けど当たり前だけど、そんなもん話半分に聞いてた。だってこいつは顔もいいし、性格いいし、ちっと無口で無表情だけど真面目だから、ダベる友達すら誰もいないなんて想像したこともなかった。
 だからすごく意外で、予想もしない言葉で。もしかしたら、ここは引くところだったのかもしれないけど。
 俺は、なんだか、『初めての友達』という言葉に、ものすごーく照れた。
「そ、そっか。そっか」
「うん……」
「な、ならさ、今日帰り、沖奈行ってみねぇ?」
「え?」
「馴染みの美容院教えるし。店とかもさ。で、ついでにどういう服が好みかとか、似合うかとか、ちょっと合わせてみたりとかさ。どうよ?」
 妙に照れつつ、ドキドキしつつできるだけさりげなく言ってみると、ふわん、と八十八は笑顔になった。普段とはぐっと雰囲気の違う、柔らかく優しく緩んだ笑顔。
 そんな嬉しいんだな、というのがはっきり伝わってくる顔で、妙にしみじみと八十八はうなずいた。
「うん……行きたいな。ありがとう。……嬉しいよ」
「……そっか? そりゃよかった」
 俺はそれなりに必死に気合入れて格好をつけてみたけど、顔はたぶんへらへらと笑んでいたと思う。
 それからだ。俺が用がなくても八十八に電話かけたりメールしたりするようになったのは。あと、一月に一度、沖奈まで一緒に身だしなみ用遠征しにいくようになったのも。

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