古代王の遺産
「……暗い、ね」
「うん」
「まったく。このような場所に、なぜわざわざやってくる必要があるのですか? ポルトガに向かうための魔法の鍵はすでに手に入れたのだから、我々の旅の目的からすればこのような場所、寄り道でしかないということすらわからないとでも言う気ですか、あなたは?」
 旅の間何度も聞いて、もはや親しみさえ湧くようになってしまったアシュタの毒舌に、マラメはふふんと鼻を鳴らしてやった。
「そっちこそわかってないんじゃない? これまでの旅でも何度も経験したでしょ、金がないせいで旅に支障が出たこと。金がないのは首がないのと同じ、金は稼げるときに稼いでおくのが一番っていうことまだわかんないの?」
 偉そうに胸を張ってそう言ってやると、アシュタはひどく悔しそうにこちらを睨んでくる。だがマラメは気にせず骨をかきわける作業に戻った。もうアシュタとも半年ほども一緒に旅をしているのだ、否が応でも少しは親しくなってくる。
 今、マラメたちは全員でピラミッド――イシスの古い王の墓所に潜っていた。要は墓荒らしだ。
 だが、それには一応ちゃんとした理由がある。イシスの女王(ぞっとするほどきれいな人で、マラメはこの人も自分と同じ素性なのではないかと少しばかりいぶかった)が言うにはイシスのピラミッドはそもそもイシスで圧政を敷いていた古い王家の作り出したもので、その高価な副葬品の類は(仕掛けてある罠や棲みついた魔物をどうにかできるならば)誰が持っていってもかまわない。
 ロマリア〜ポルトガ間の通廊を塞いでいる魔化された扉を開けることができるよう託された魔法の鍵をピラミッドに安置したのは、そもそもロマリアとポルトガの王家間の確執を人民間の人の行き来にまで及ぼさせるのがおかしいと感じたがゆえであり、建前上は誰も入れない場所に安置した、ということになってはいるが、ピラミッドを突破できる≒ロマリアとポルトガに目をつけられても対抗できる能力を持つ人間ならば、むしろ持っていってくれる方がありがたい、というように(夜にクトルを自室に呼び出して。そのやり方は正直どうかと思わないでもないのだが)告げたのだそうだ。
 なのでマラメたちはピラミッドに侵入し、盗賊がいないので罠に苦慮しつつもマラメが持っている情報網で下調べした甲斐もあり、無事魔法の鍵を手に入れた。そしてそのあと、マラメたちはピラミッド地下の、落とし穴の罠にかかった人間が落ちてくる呪文の使えない場所に侵入し、黄金の爪を探しているのだった。
「せっかくピラミッドに来たんだから、黄金の爪も手に入れておくべきだよ。せっかくこれだけの戦力が集まってるんだしさ」
「待ちなさいっ。黄金の爪というのは武闘家用の武器でしょう、我々が手に入れてなんの役に立つというのです」
「お、よく知ってるじゃん。そう、黄金の爪は武闘家用の武器。かつて黄金に似た不思議な金属を手に入れたイシス王が、気に入りの武闘家に下賜したんだけどその呪いゆえにその武闘家を失うことになり、自らの墓所の地下に武闘家の遺体ともども安置することになったっていわくつきの品だよ」
「そ、そのようなことは当然ですっ。私を誰だと思っているのですかっ」
「はいはい、天才賢者さま、いいからもう少し話を聞いてよ。……まずね、黄金の爪っていうのは、いわくつきの品だからこそ高い金を払っても手に入れたがる人は本当にうじゃうじゃいるわけ。俺がアッサラームにいた頃も何度も話を聞いたもんね」
「だ、だからといって!」
「さらに言うならねー、黄金の爪っていうのは基本、安置した場所から持ち出したが最後山のように魔物が出てきて盗掘者を殺すようにできてるらしいんだよね。そんな物騒なものこのまま放置しておくくらいなら、このパーティくらい力のある奴らがそれを持ち出してしっかり売るところに売った方が、命を無駄に消費しなくてすむんじゃないかな、とか思わない?」
「っ……しかし!」
「ま、できないっていうならそれはそれでしょうがないけどぉ? 黄金の爪を取るやぼこぼこ魔物出てくるらしいしねー、しかも黄金の爪が安置されてる場所は魔法とか使えないようになってるらしいしねー、普通尻込みするよねー」
「だっ、誰が尻込みしているというのですかっ!」
 ……というように今回もうまい具合に挑発し、こうして(マラメが手に入れた情報に従い)ここまでやってきたのだが。
 こっちの二人は全然気にしてないなぁ、とマラメはちらりとクトルとラグナに目をやった。ラグナはクトルにどんな時でも追従するからまだわかるとしても、クトルが墓荒らしにも人骨をかきわけて地下通路の入り口を探すのにもまるでためらいを覚えないというのは、正直意外だった。
 マラメにとって、クトルはなんだかんだでちゃんと勇者をやっている人間に見えたからだ。相手の言葉や行動に対していつも誠実に行動しているし、悪い人間が相手の時だって(戦う時は容赦はないが)きちんと命を護っている。
 そんな相手がなぜ、墓荒らしをしようという自分の提案に乗ったのか。以前から何度も感じさせられていることではあるが、謎の多い、よくわからない奴ではあった(そんなことを言い出したらそもそも(マラメを含む)パーティ全員にそういう要素はあるだろうとは思うのだが、ことに)。
 と、マラメは指先にふと違和感を覚えた。もしや、と勇んでがらがらと人骨をひっくり返しつつ、違和感を感じた場所の周囲から邪魔なものをどけてよくよく調べてみる。
 期待通りというかなんというか、そこには隠し扉らしきものがあった。ほう、と思わず息をついて、ラグナに頼む。
「ラグナ、悪いんだけど、この扉斬り裂いてくれる?」
「…………」
 ラグナはいつも通りにクトルに視線をやる。そうしてクトルがうなずいて初めて、こちらにうなずき返すのだ。
「わかった」
 言うやひゅっ、と音が聞こえてくるより早いのでは、という速度で振るわれた剣閃に遅れて、がたこんっ、と隠し扉が下の床に落ちる。いつもながらとんでもない腕だ。装備しているのは何の変哲もない鋼の剣にしか見えないのに、ラグナが振るうとどんなものでもぶった斬る魔法の剣に変わる。そんな彼がなぜクトルに徹頭徹尾盲従するのか(別にクトルが無理を強いているわけではないが、あの服従っぷりは盲従としか言えない)、マラメは一再ならず不思議に思うことがあったのだが、口にはしなかった。
 それこそ、自分の方にも隠し事はあるのだから、気にしても始まらないと考えるようになっていたからだ。ラグナに対しても、アシュタに対しても。少なくとも、最近では。
 暗い地下道を松明とランタンを使いながら、(盗賊がいないので素人くさいやり方ではあったが)せいぜい注意しつつ進む。砂が敷かれ、豪奢な宝物で飾りつけられたその道は、この先にあるものが価値のある物だということを否が応でも示していた。
 果たして、無言で歩くこと数十分、マラメたちは人間大の黄金で作られた棺を見つけた。マラメの手に入れた情報が正しければ、この中に黄金の爪は入っているはずだ。
「……では、開けるぞ」
 いつも通り、ラグナが宝箱の蓋に手をかける。クトルとマラメは少し離れて武器を構え、アシュタはさらに後方で呪文の準備をする。ラグナがいつも先頭にいるのと、もし罠があってもラグナなら対処できるだろうという考え方のもと決まった位置取りだったが、クトルとしてはそれが不満、というかラグナに危険な役目を押しつけるのが嬉しくないようで、「本当にそれでいいの?」「嫌じゃないの?」と何度もラグナに聞いていた。
 ラグナは「大丈夫だ」とそのたびに力強くうなずいていたのだが、それでもクトルは(珍しくも)不満そうな顔を崩さなかった。クトルの方も、ラグナに対しては強い仲間意識……というか、共感のようなものを抱いているらしい、ということをマラメはその時に再確認したのだった。
 まぁ、別になんでもいいのだが。自分に対してはそのような感情の気配が毛ほども感じられないため、少しばかり面白くないというか、不公平なような気がしないこともないのは確かだが。別に自分はクトルに大切に思ってもらいたいわけでもなんでもないし、別にいいのだが――
 などとマラメが数瞬らちもない物思いに沈んでいる間に、ラグナはあっさり棺を開けて、中に入っていたものを取り出した。情報通りと言えばその通りなのだが、中に入っていたものは黄金色に輝く武闘家用の装備、黄金の爪だ。
「おぉ〜………!! 話はさんざん聞いてたけど、やっぱ実際に見てみると迫力が違うね!」
 それを受け取ってマラメはためつすがめつして鑑定し、うんとうなずく。
「間違いないよ、本物の黄金の爪だ。持ってくとこに持ってったら、桁外れの値段で買い取ってくれるはず」
「そう願いたいですね。このように我々に無駄足を踏ませておきながら、なにも得られかったではすみません」
「ったくもー、だっからちゃんとあてがあるんだっつってるじゃん。そーいう風にいっつもつんけんしてると嫁の貰い手ない……ぇ?」
「だっ、誰に向かってそのようなっ……! そもそも私は嫁になど……、? なにをしているのですか、あなたは」
「いや、なんか……さっき、この辺になんか、光ったような、気がして……?」
 言いながら棺の底をごそごそと探る。中に入っていた死体を間近で見ることになり、さすがにうぇ、と吐き気を催したが、それよりもさっき見えたものが気になっていた。黄金の爪の他に、このピラミッドの地下に副葬品が収められているなど聞いたことがない。もしかすると、なにか隠されたすごいお宝があるのかも、と思ったのだ。
 はたして、マラメの見たものは間違ってはいなかった。マラメの手が光っていたものを探り当てるや、かちり、と音がして棺の底の黄金がばね仕掛けのようにわずかに浮く。
「二重底になってたのか……!」
 驚きつつもわくわくしながらゆっくりと底を動かして、中を見る。こんな風に厳重に隠されているのだから、中にあるのは当然すごいお宝――
 と思ったのだが、中に入っていたのはひどく古ぼけた剣が一本だけだった。鞘に納められていない部分にも錆びやなにかは見えないが、どう見てもあからさまにみすぼらしいただの剣だ。
「……えぇ? これだけー?」
「意地汚い真似をするからです。そもそもあなたは……?」
 ふんぞり返ってアシュタが得々と言い募――ろうとして、眉を寄せた。じっ、とマラメの持っている剣を注視し、ひどく怪訝そうな顔になる。声には出さなかったが、アシュタの唇が『これは……』と動くのがマラメには見えた。
「……なに? アシュタ、この剣のこと、知ってるの?」
「そ、そんなわけがないでしょう。なぜ私が千年以上前の愚かな人間の墓の副葬品などを知っていなくてはならないのですか」
「……ふーん」
 明らかにアシュタはこの剣のことを知っている。だが同時に、それを知られたくない、とも思っているのだ。少なくとも、自分に対しては。
 少なからずむかっ腹が立ったが、それよりも先に他の仲間たちの様子をこっそりと観察する。少なくともアシュタが他の二人の仲間に対してなにか思うところがあるのは確かなのだ、もしかしたらなにか気がつくかもしれない。
 ラグナは相変わらずの無表情だ――だが、ラグナと半年ほどもつきあってきたマラメは、その中にわずかな動きを感じていた。揺らぎと言うほどではないが、なにかを感じているのが、感情がうっすらとだが透けて見える。この半年で数度もなかったことだ。
 そして、クトルは。
「……マラメ」
「っ、なに」
「貸して」
「え?」
「それ、貸して」
 きっぱり言いながらずいっと手を出してくる。その顔は恐ろしいほどに真剣だ。いつも穏やかに笑っている印象のあるクトルが、そんな顔をしているところなど、それこそ命の危機かなにかの時ぐらいしかマラメは見たことがない。というか、命の危機の時ですら、こんな風に厳しい顔つきになったことがあっただろうか。
「………はい」
 困惑と疑心でいっぱいになりながらも、マラメはクトルに剣を渡した。この状況で渡さないというのも変だし、それにクトルの普段見えない部分が、もしかしたらラグナやアシュタを引き寄せるなにかが、見えるかもしれないと感じたからだ。
 クトルは「ありがとう」と言いながらすっとその剣を受け取

 ――青空の中にいた。
 どこまでも続く目の醒めるような蒼天の中に、眩しく輝く陽光がきらめいている。その中を、自分は飛んでいた。
 雲の中を突き抜け、風を切り裂き、自分は軽々と空を飛ぶ。そして、ときおり目まぐるしく視点が回転する。地面が見えないほどの高空を飛んでいるせいもあり、正直目が回りそうだった。
「どうやら奴ら、この少し先で待ち構えているようだな」
 ふいにぼそり、と発された言葉に、マラメは仰天した。誰だ、この声の主は。自分に喋りかけている? この高空で? そんな声を出す人間なんて誰もいなかったはず――
 いや、いた。さっき目まぐるしく視点が回転した時に、ちらりと目の端にそんな人間が映っていた。自分の回転する円弧の中心辺りに立ち、真剣な顔で自分と周囲を見つめていた者。今も視点を少しずらせば、その腰が、鎧と剣帯と自分を納める鞘が見て取れる――
 つまり、今の自分は剣の姿になってこの声の主(男の声だった)の腰に納まっているのだ、と気づき、マラメは正直仰天した。
『あれだけ雑魚を狩れば、奴らもさすがに戦力の逐次投入が愚策と気づくか。遅きに失した感もあるがな』
 そして、自分(が発したように感じられる)声に、再度仰天した。自分は剣なのに、剣の姿をしているのに、喋っている。
 そして相手もそれを少しもおかしなことだと思わずにいるようで、冷静な声で言葉を返してくる。
「そもそも我らを敵に回すというのが取り返しのつかんしくじりなのだ。奴らにはそれを思い知らせてくれよう」
『戦場で調子に乗ることの恐ろしさを知らん新兵でもあるまいに。大言壮語を吐いて命を落とす愚か者どもの仲間入りをしたいのか?』
「ほう、面白いことを言う。俺はただ違えようもない真実を口にしただけなのだがな。我らが共にあるならば、どのような戦であろうと相手になる者はない。そうではないか?」
『ふっ……違いない。ならば俺も、使い手の意に従い、ひたすらに暴れるとしようか!』
「期待しているぞ、ロトよ!」
 叫ぶや、雲が途切れ、自分たちは蒼空に飛び出していた。目の前に立ち並ぶのは、宙を舞う何百何千もの数の竜の群れ。いっせいに炎や雷を吐き出すそいつらに、自分の使い手は自分を抜き放ち、大きく叫ぶ。
「参るぞロトよ! 神に鍛えられしその力、存分に発揮するがいい!」
『おうよ、我が使い手よ! 神をも斬り倒す我が力、そなたの手に預けよう!』
 揃って叫ぶや、自分は抜き放たれる。自分の中の圧倒的な力を振るう喜びに打ち震えながら。
 自分から金色の光が伸びる。長く、太く、圧倒的な力に満ちた光が。
 それは使い手の腕で巧みに振るわれ、敵の竜どもを端から消し飛ばしていく。一振りで、何百、何千という竜たちが、次々に消し飛び、声を上げる暇もなく吹っ飛んで――

 ぽん、と肩を叩かれて、マラメははっと我に返った。
 そこは、ピラミッドの中。埃くさい玄室の中で、砂が落ちるさらさらという音を聞きながら、自分は立っている。クトルに剣を――黄金の爪の入っていた棺に一緒に入っていた、古ぼけた剣を差し出した格好のまま。
 クトルはその剣をさっさと受け取って、腰に差していた。そして自分に向け、心配そうな顔でぽんぽんと背中を叩いている。
「大丈夫、マラメ? 急に動かなくなっちゃうから、びっくりしたよ」
「……………」
 思わず手を見る。そこにあるのは間違いなく自分の手だ。旅に出てから何度もマメを潰し、固くなった手。人間――と言いきっていいのかどうかはわからないが、間違いなく自分の手だ。
「………クトル」
「なに?」
「さっき……なんか……」
 言いかけて、もしあれが自分にしか見えない幻だったら、つまり自分がおかしくなったせいであんな幻を見たのではないかという疑念が湧いて数瞬ためらったが、クトルはそんなためらいにまるでかまうことなく、すぱっときっぱり口にした。
「幻を見なかったかって? うん、見たよ」
「………それって、空を飛んでる奴に、剣として使われてて、なのに普通に喋れてて、そいつに振るわれて竜を何匹もぶった切って……っていう幻、だよ、ね」
「うん。マラメも見たんでしょ」
「…………」
 少なくとも自分がおかしくなったせいではない、ということを確認し思わず息をつく。それから、改めてクトルに向き直った。
「クトル……その剣、差して大丈夫なわけ?」
「うん? うん」
「……ちょっと……見せてくれる。差したままでいいから」
「うん? わかった」
 素直にうなずくクトルにうなずき返し、きっとその剣を睨みつけて、触れないように注意しつつ前後左右から観察する。ほんの小さな傷やへこみも見逃さない勢いで精査したが、やはりそれでもマラメの目には古ぼけた、ただの剣にしか見えない。錆びていないのは確かだが、普通魔化された剣は錆びないから現在でもそういった剣は珍しくない。
 むしろ、これだけ傷だらけなのに、折れていない方を不思議がるべきかもしれない、と思った。本当に上から下まで傷がない方が少ないんじゃないかってくらい傷だらけの剣なのに、折れも曲がりもしていない。
 それでもやはり、マラメにはただの古ぼけた剣にしか見えない――のに、これは確かに、自分とクトルに幻を見せたのだ。
「…………」
「ね、マラメ」
「え、な、なに?」
 少なからず動揺しながら答えたマラメに、クトルはいつものあっさりとした顔と声で告げた。
「この剣、もらっていい?」
「は?」
 言われて初めて、マラメはクトルがその剣を腰に差している意味に気がついた。つまり、クトルは、最初からこの剣を自分のものにするつもりだった、ということだ。
「え、や、だって……なんの値打もないよ、それ? 商人の視点で値段つけるんだったら、数ゴールドにもならないと思うよ?」
「うん、でも、もらいたいんだ。こんなところに置いとくの、可哀想な気がするんだよ」
「…………」
「マラメ。だめ?」
「……なにも、そのような人間に許可を得ずとも……それは、あなたが所持するにふさわしいものであるというのに……」
 アシュタはぶつぶつ言っているが、はっきり文句をつけてはこない。ラグナはいつもの通りにクトルだけを見つめている。そしてクトルは、あくまで真剣に、自分を見つめて許可を得ようとしていた。
『……そもそも、それ、俺のものでもなんでもないんだけどな』
 それなのに、クトルは自分に許可を得ようとしている。それがなにを意味するのかは、よくわからない、けれど。
 今自分がどう答えたいかはわかっている。マラメは小さくうなずいて、口を開いた。

「ありがとね、マラメ」
「……は? なにが?」
「この剣、持つの許してくれて」
「……なに言ってんの? そもそも俺が許可出す筋合いのもんでもないでしょ」
 そう、本当にそうだった。自分はただ『好きにすれば? そんなのパーティで共有する筋合いのもんでもないだろうし』と言っただけ。数ゴールドにもならないものを目にした時に、仲間にねだられた商人としてごく普通の回答を口にしただけ。
 なのにクトルは『ありがとう』と微笑んで、黄金の爪の呪いで襲ってくる魔物たちを次々薙ぎ倒してイシスに戻ってきてからも、丁寧にその剣の手入れなんてしている。
 それをぼんやりと眺めながらも(普段自分たちはアシュタをのぞく三人で一部屋だ。宿代節約のため)、マラメは考えていた。あの幻はなんだったのか。なぜクトルは、この剣をあそこまでほしがったのか。
 アシュタが、ラグナが、この剣に感じるものはなんなのか。そもそもその二人はクトルになにを見出しているのか。クトルにはいったいどんな素性が隠されているのか。あの幻の中で呼ばれていた、ロトという名はなんなのか。考えれば考えるほど、気になる、けれど。
「クトル」
「なに、マラメ」
「君は――」
 口を開きかけて、マラメはやはり、そのまま閉じた。
 だって、なんて聞けばいい? 一度自分はもう答えをもらっているのに。知らない≠ニ告げられているのに。それが本当のことにしろ嘘にしろ、自分に話されることはないと断言されているのに。
 それを責める資格なんてないということも、自分はわかっているのに。自分だって隠しているくせに。自分の体質も、事情も、魔法≠ェ使えることも、その力が旅を続けるごとにどんどん大きくなってきていることも話せていないくせに。
 半年。それだけ一緒に旅をして、相手がどんな時にどんな反応をするかほぼ完全に呑み込んで、一緒に旅をする人間だと、心の中でこっそりと、仲間だとすら思っている人間に対してすら話せない。話して変な目で見られるのが、拒絶されるのが、見捨てられるのが、抱えきれないと放り出されるのが怖いから。こいつらはそんなことはしない、と最後のところできっぱり言い切ることができていない。信じられない。心を預けることができない。裏切られたら、嫌われたらという恐怖を克服できていないし、克服しようとするたびに以前に何十何百回と体験した夜のことがよみがえる。
 そしてその思い出が騒ぐのだ。もう、人に心をかけて、傷つけられるのはうんざりだ、と。
「……話さなくても、いいから」
「え?」
 きょとんとした顔になるクトルに、マラメは早口で告げる。
「話さなくても、君が俺たちを仲間だと思ってくれてるなら、俺はそれでいいから。話せなくても……なにもかも明かさなくても……そばにいていいって思ってくれてるなら、俺はそれでいいから」
「そば、って……」
「っ……愚痴言いたくなったら聞くし辛くなったら慰めるし八つ当たりしたくなったら喧嘩相手くらいにならなってあげるとか、そういうこと! そんだけっ!」
 言うだけ言ってベッドの中に飛び込む。ラグナが戻って来る前に眠ってしまいたかった。あんな恥ずかしい台詞、思い出すきっかけすら与えられないような深い眠りに落ちてしまいたかった。
 だってさっきのは、自分が言われたかった台詞だ。無理に信じようとしなくても、心の中のぐちゃぐちゃをすべて明かさなくても、そばにいると、仲間だと言ってほしかった。愚痴の聞き役にもなるし、慰め役にもなるし、喧嘩相手にもなってやると自分を甘やかしてほしかった。そのくらいには親しくなった、とこれまでの時間の積み重ねを証明してほしかった。
 いやだ、いやだいやだ、浅ましい。もう決めたじゃないか。決めたはずじゃないか。もう自分は誰とも仲よくならなくてすむようになるって。だれにも頼らないですむくらい強くなって、バラモスを倒して地位と名誉を手に入れて、それで自分を守って、命が尽きるまでたった一人で過ごすんだ、って。好意を顔に張りつけて迫ってくる奴らと、完全に縁を切る力を手に入れるんだって。
 そう誓ったくせに、自分は。
「マラメ」
 ぞくぅっ、とマラメの身体は総毛立った。恐怖とも、寒さとも違う――いや、同じかもしれない、わからない。ただ体中が柔らかい手で撫でられているように、たまらなく、ぞくぞくと、震える――
「ありがと。嬉しいよ」
 そう、感謝の言葉を告げるクトルの声。マラメは、瞳が勝手に潤むのを必死に抑えた。
 見なくてもわかる。こういう声を出す時のクトルが、どんな風に笑んでいるか。
 自分を見つめるクトルの視線が、どれだけ柔らかく、優しいか。ちょっと見ただけじゃいつもと同じそっけないくらい淡々とした眼差しなのに、感じ取ろうと思えばその中からどれだけいっぱいの気持ちが感じ取れるか。見ただけで、どれだけ暖かくて、心地よくて、嬉しい気持ちになれるか。全部全部知っている。
 だけど、それを今、真正面から受け止める自信は正直全然なくて。
「……どう、いたし、まして」
 そんな風に、布団の中から、かすれた声で答えるしか、マラメにはできなかったのだ。

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