ラーミア〜竜の女王〜バラモス――4
 ラーミアの翼は、まさに疾風のごとくだった。竜の女王の城を発ってからまだ一刻も経っていないというのに、ユーレリアン大陸をあっさりと横断し、アーグリア大陸、ネクロゴンドへと近づいていっている。アラクォリェ内海を眼下に望みつつ、バラモスの城へとまっしぐらに突き進んでいるのだ。
「この速さなら、目的地までは小半時もかからねぇな。邪魔が入らなければ、の話だけどよ」
 ラーミアの背でふん、と鼻を鳴らすフォルデに(さすがに魔王の戦いを控え、強い緊張を抱いているせいだろう、ラーミアの羽毛は相変わらず心地よくはあったが、忘我の状態までは至らせないでくれていた)、同様にロンも鼻を鳴らして応える。
「邪魔が入らないわけはないだろうがな。空中浮遊呪文が使えるとはいえ、生まれつき空が飛べる魔物と空中戦を行えば、こちらが不利なのは確かだろうし。ここぞとばかりに大量の魔物を送り込んでこない方がおかしい」
「そんなの俺らが揃ってたら簡単にやっつけちまえるって! 前座の魔王なんかに負けるほど俺たち弱くねーもん!」
「油断するなよ。俺が魔王だったら、真っ向から大軍をぶつけて物量で押し潰すと同時に、強力な魔物をこっそりと俺たちに近づけて暗殺を試みる。空を飛べる呪文を使えない状態にして、ラーミアから引きずり落とせばそれだけで勝ち確定なんだからな。敵もこの状況ならさすがに、勇者やその仲間たちを殺した時の対策を即座に取るだろうし」
「え、対策ってどーいうこと?」
「いや、勇者や勇者の仲間は、たとえ殺されても蘇生呪文が必ず成功するし、全滅させても異常なまでの幸運が味方していずれは教会まで運ばれるだろう? そういうことが起こらないように、魔物の方も工夫するだろうってことだよ」
「へー、どんな工夫すんの?」
「……俺の聞いた限りでは、死体を肉片まで細かくした上で一つ一つ獣に喰わせるとか、灰にした上で別々の場所の海に撒くとか……」
『その心配はいらない』
 唐突に会話に割り込んできたラーミアに、仲間たちはそれぞれに、わずかに驚いた顔をした。だがラーミアはそんな反応など気にも留めていない様子で、あっさりきっぱりと宣言してみせる。
『魔王バラモスと相対したのちについてはともかくとしても。その前段階、魔王の送り出す魔物の群れなどに君たちが負けることは、万に一つもありえないさ』
「……ま、前座の魔王のさらに前座連中ごときに負ける気はしねぇけどよ」
「その言い方だと、なにか俺たちの気づいていないことがありそうですね。神々が助けの手をよこすとでも?」
『まさか。だが、君たちは忘れていないかね? 私は精霊神ルビスの神使。ルビスさまを一刻でも早く、望まれたところへお送りするのが使命』
「いや、そりゃわかるけどよ。運び屋だってんなら、戦いは畑違いだろうがよ」
「そーだよっ! 無理しなくても……」
「いや、ちょっとぐらいの無理ならばしてもらう価値はあると思うぞ」
「ロンっ!」
「見てみろ」
 そう言って顎をしゃくってみせた先に見えるのは、今まさに大量の魔物が、彼方のバラモス城から飛び立つところだった。ドラゴン系やギズモ系などの空を飛ぶ魔物が、普段は地を歩いている魔物たちを大量に乗せ、こちらに向けて雲霞のごとく押し寄せてくるのが見える。
 その数は、前回ネクロゴンドを訪れた際に襲ってきた魔物たちの軽く数倍には達しているだろう。慣れない空中戦で的確に対処するのは、決してできないことではないだろうがたやすいことでもない、という数だ。
「あのくらい別にフツーにやっつけられんじゃん、気にすることないって!」
「そうか? 前回も一発で敵全体を吹き飛ばす呪文は使えなかっただろう? 向こうも別に馬鹿じゃない、極大呪文への対抗策はちゃんと準備してあるんだ。一定間隔を置いてマホカンタやらなにやらで攻撃呪文を反射できるようにした魔物を配置したりな。そういう奴らがいるから、前回も呪文を全力で放つことができずに、範囲や規模を細かく制御して発動させざるをえなかった」
「そんでも全部魔物倒せたじゃんっ! 俺らのやり方ちゃんと通用しただろっ」
「ああ、確かにな。だが、俺たちはこれから慣れない空中戦を、前回の数倍の数の敵を相手に行わなけりゃならないんだ。増えた負担が、普段なら完璧に制御できている呪文を暴発させるようなことには絶対にならない、とは少なくとも俺自身は言えない。さらに言えば、あの数の魔物も所詮は前座でしかないんだ。魔王バラモスがどれほどの強敵かは知らないが、少なくともこれまでに会った度の敵よりも強いことは間違いないだろう。そんな奴を相手にするのに、無駄に力を消耗していいわけがない。できる限り力を温存し、完調に近い状態で相対しなけりゃならない」
「う……そ、そりゃそうだけど……」
『だからこそ、私の力が役に立つ、と思うんだよ』
 ロンと言い負かされかけているレウとの間に、ラーミアが穏やかな調子で割り込む。そこにラグが冷静な口調で、端的に問うた。
「具体的には、どういう力があるんですか?」
『私は『飛行中に邪魔をしてくる相手』に対してのみ、ルビスさまに通じる力を振るうことができる。私が飛ぶ邪魔をする輩に対しては、神威をもって退けることができるのだ。どれだけの数の敵が攻めてこようと、まるで問題にはならない。背に乗るものを目的地までなんとしても無事に送り届ける、それがルビスさまに与えられた私の役目であり、権能であるがゆえに』
「……おい待てよ。それってつまり、着地したあとはなんの役にも立たねぇ、ってことか?」
 フォルデが眉間にしわを寄せて問うた言葉に、ラーミアは頭を軽く逸らして鳴いてみせた。
『役に立たないと言われると困るが。基本的になにもできなくなるのは確かだろうね。君たちが帰り路を失った時に導きの翼となれるように、近くを飛び回って待つことになるだろう』
「えぇー……」
「……まぁ、別に最初っから当てにしてたわけでもねぇし、行きの足になってくれてんだから、それ以上なんかしろたぁ言わねぇけどな」
『うむ。だからこそ、ここは協力し合うのが吉ではないか、と思うのだよ』
「協力?」
『そうだ。君たちのような、世界でも随一の勇者のパーティだからこそ取れる協力体制というものに、興味はないかな?』

「罪咎のしるし天に顕れ、降り積む雪の上に顕れ=c…」
 セオの詠唱が、静かにネクロゴンドの高空に響く。太陽の眩い光が降り注ぐ中、ラーミアの背に立って呪文を唱えるセオの姿は、どきりとするほど美しく、勇者らしく′ゥえた。
 だが立っているのはセオだけではない。ロンとレウもセオの両脇を固め、呪文を全力で放つための集中を始めていた。
 その間にもラーミアは疾風の速さで宙を飛び、バラモスの城上空へ――雲霞のごとく湧き出でた、視界すべてを覆いつくしかねないほどの魔物たちの大群へと近づいていく。
「木々の梢に輝き出で、真冬を越えて光がに=c…」
「我、以土行成=c…」
 ロンも詠唱を始めた。レウはいまだ集中を続けている。ラーミアの翼はみるみるうちに魔物たちの大群との距離を縮め、今にもそのさなかに突っ込みそうなほど近づいている。魔物たちの方も呪文や息吹といった遠距離攻撃の準備を始めているようだった。空中の、視線を切ることができる遮蔽のない場所で、大群の戦力を的確に運用して遠距離攻撃を集中されると、こちらとしては打つ手がない。セオたちの呪文で相当数は吹き飛ばせるだろうが、マホカンタなどで呪文を跳ね返されて、自分たちも消し飛ぶだろう。
 それを避けるためには、前回ネクロゴンドを訪れた時のように、魔物たちの陣形の甘さに付け込んで、地形や魔物たち自身の身体で視線を切り、一度に大量の敵と戦うことがないようにするしかない。――本来は。
 ラーミアの翼が彼我の距離を一瞬で縮め、魔物たちの群れの中へと突っ込む。何十何百という魔物たちが四方八方からラーミアの翼を引き裂かんと襲いかかり、何千何万という魔物たちが無駄打ちを覚悟でこちらを吹き飛ばそうと呪文や息吹を放ってくる。
 だが、それよりも先に、三人の呪文は発動していた。
「――犯せる罪のしるしよもに現れぬ!=v
「――大爆発、滅!=v
「始源よ………!=v
 三人の極大呪文が同時に発動する。皓々たる雷撃と、万物を吹き飛ばす大爆発と、それをも上回る混沌すらをも吹き飛ばす超越級の爆発が炸裂した。―――翼となって。
 それはまさに、驚異の光景というしかなかった。ラーミアの背に乗っている自分たちの周囲から爆発的に広がるはずだった呪文のすべてが、ラーミアの空を舞う疾風の翼から、その何万倍、何億倍もの大きさを有する光の翼となって広がったのだ。
 その目にも鮮やかな眩しい翼は、その実なにもかもを破壊する死の翼だ。雷撃、大爆発、超爆発、そのすべてが入り混じって統御され、純化され、変換され、すべてを薙ぎ払う光となって広がり、さっきまで眼前に広がっていた魔物たちの大群を一瞬で殲滅していく。その咢からかろうじて逃れた魔物たちが放った攻撃も、光の翼はあっさりと遮り、呑み込んで、目にも止まらぬ速さで天を翔けるラーミアと共に空を舞い、生き残っていた魔物たちも余さず攻撃範囲に捉えてしまう。
 結果、ものの数瞬で、それこそ空を埋め尽くすほどに蠢いていた魔物たちの大群は、あっさりと殲滅され、消滅した。まさに圧巻というしかない。神の力を効率よく用いれば、自身の力を浪費することなく、これほどのことをしでかすことができるのか。
『それは違う。自分の力を浪費しないために君たちの力を借りたんじゃない。私には、『敵を薙ぎ払う力』というものの持ち合わせが、そもそも存在しないんだよ』
 ラグの心を読み取ったのか、ラーミアが少しずつ速度を緩めて滑空しながら、心の声で告げてくる。
『神使としての権能は有している。世界の法則そのものが、私が傷つくことや、神から下された命を果たせなくなるような事態を防いでくれる。だが、それは実際に敵を倒す力とはまるで関係がないんだ。私は、誰にも殺されることなく、傷つけられることもなく、背に乗った者を目的地まで速やかに送り届けることができる力を有している。だがその代わり、他者を殺すことも傷つけることも、それが本当に信じられないような外道相手でも、どれだけ殺してやりたいと私が願ったとしても、できないんだ。そういう風にできている。私が爪を全力で振り下ろしたとしても、虫一匹すら潰せないだろうさ』
「は? だったら今の光の翼は何だってんだよ」
『あれは、君たちが本来持っている力を、的確に統御しただけのこと。君たちが知っている概念でいうなら、同調呪文のようなものだね。あのように、背に乗るものが放つ力を適切に運用することは、私の権能のうちに含まれているんだ』
「ふーん……ならさ、俺らだけでも、あの光の翼、作ろうと思ったら作れるってこと?」
『君たちがその法則を正しく学び、正しく使えばね。私のように神々に類する権能を振るう者は、法則に直接干渉して発動させることができるから、世界の中に在る者が神の権能に等しい力を振るう場合は、我々とはまた別のやり方、というか世界の法則に則って築き上げた学問と技術に依る、真っ当なやり方で現象を引き起こさなくてはならない。……まぁ、勇者の場合は、魔法自体がすでに通常の世界の法則を超えているわけだから、さして難しいことではないのかもしれないが……少なくとも私は、やり方を知らないよ』
「ふーん、そっかそっか。ありがと!」
「……ま、なんにせよ、雑魚はいなくなったわけだ。俺の感覚じゃ、もう城の周りに魔物の群れは一匹もいやしねぇ。ロン、お前はどうだ?」
「俺の呪文による走査でも、結果は同じだな。ま、魔物というのは無限に発生してくるものなわけだから、またどこからともなく現れてはくるんだろうが……ここまできれいに殲滅されれば、少なくとも俺たちがあの城を探索しつくすくらいまでは、そうそう再出現したりはしないだろうさ」
「……俺の感覚は、お前たちと比べれば大して鋭くはないだろうが。だが、それでも、あの城に強い気配が存在するのはわかるよ」
 そう口を開いたラグに、ロンとフォルデはうなずきながらもその先を促すような顔になった。自分に言わせてくれるつもりのようだ。内心苦笑しながらも、ラグは言葉を続ける。
「普通に考えて、この気配が魔王バラモスだろう。これだけあっさり配下の魔物たちを一掃されれば、怯えて逃げ出すかもしれないな、って少しばかり危ぶんでいたんだが……向こうは、素直にこちらを待ち受けてくれるつもりらしいな」
「いつまで続くかは怪しいけどな。気ぃ抜いたところに大急ぎでかき集めた魔物どもで襲撃とかしてきやがるかもしんねーし」
「それは当たり前の話だろう。生き延びるために必要ならなんでもする、ぐらいの気迫も持ち合わせていない魔王なんぞ、敵としても願い下げだ」
「そりゃまぁ、そうだけどよ。……で?」
「――こんなことを言うのは俺の柄じゃないんだが。やり直しがきかないわけじゃないにしろ、ここまで俺たちに都合のいい展開で戦えることはそうそうないだろう。ラーミアからの依頼を果たすためにも、無駄に足踏みをしてはいられない。だから……」
 いったん間をおいて仲間たち全員の顔を眺め回し、力を込めて宣言する。
「勝ちに行こう。全力で」
「……うんっ!」
「ったり前だろうが」
「ま、異論はないな」
「―――はい」
 勇み立つ仲間たちの中で、一人そう静かに答えたセオの顔は、静謐さに満ちていて――セオなりの理屈と正しさに沿った、尋常でないことを考えているということを、ラグにも、たぶん他の仲間たちにも、しっかりと理解させてくれた。

 ラーミアが城の前に着陸し、自分たちが次々その背中から飛び降りて、城の中へと突入する段になっても、魔物たちは一体も現れなかった。本来なら衛兵として城に山ほど配置されているだろう魔物たちをも、あの光の翼は見事に薙ぎ払ってしまったらしい。
 だが、城内に入ると、散発的に数体の魔物と遭遇するようになった。おそらくは、新しく世界の混沌から現出した魔物たちだろう。そんな連中にも魔王の支配力は及んでいるのか、そいつらはこぞってこちらに押し寄せてきたが、その中で一番の強者すらもライオンヘッドか地獄の騎士かという程度。自分たちにしてみれば、魔法力を使う必要すらなくあしらえる相手でしかなかった。
 一部屋の探索を終えるごとに一〜二回起こるかどうかという魔物の襲撃を蹴散らしながら、自分たちは奥へと進む。バラモスの城は、かつてネクロゴンドの王城だった部分をそのまま流用しているからだろう、思いのほか過ごしやすい環境というか、あちらこちらがやや薄汚れてはいるものの、人間の住居と評してもそこまではおかしくないような代物だった。どうやらバラモスたちは、城の環境や構造を自分たち好みに変えることをしようとは考えなかったらしい。
 ところどころに点在する宝箱から宝物を収奪しながら、魔物たちを薙ぎ倒しながら、自分たちは奥へ奥へと進む。その途上で魔神の斧と銘の入った、強力な斧を手に入れられたのは僥倖だった。敵に攻撃を命中させにくくする呪法が施されている代わりに、一定確率で強烈な一撃を放つことを可能にする術式が刻まれている、魔法帝国時代の逸品だ。ラグの腕があれば、命中の不利を緩和させ、強烈な一撃を放つ確率を上げることもできるだろう。ラグとしてもだいぶ気に入ったようで、少しばかり機嫌がよくなっていた。
 結界による防護や、頻発するようになってきた魔物たちの襲撃を越えた先に待っていたのは、本来なら離宮として使われていたのだろう、湖上の東屋だった。そこは建物の痕跡はほとんど残らないほどに破壊されていたが、小島の中央に穴が掘られており――その穴から、強烈な魔≠フ気配がする。
「……どうやら向こうさんは、この穴の中にいるみたいだな。こんな立派な城があるのに一人で穴に籠ってるとは、酔狂というかなんというか……魔族の趣味としては普通なのかもしれないけど」
「いや、確かネクロゴンドの王城の離宮は、国王陛下が個人的、ないし秘密裏の謁見を行うために使う場所でもあったはずだぞ。なので一応、城の主が座す場所としてはおかしくはない。ただ、魔王が巣食う場所として適切かどうかは議論の余地があるだろうがな。魔族と人間の快適な空間は違うだろうに、補修こそしていないもののネクロゴンドの王城をほぼそのまま使っているとは、正直意外だった」
「どうでもいいだろ、んなこたぁ。どんな奴が出てくるにしろ、行ってみりゃわかんだ。ここでうだうだくっちゃべってるこたぁねぇ」
「そーだなっ。行こうぜっ、セオにーちゃんっ」
「……うん。そうだね」
 首肯したセオに、仲間全員うなずきを返して、隊列を組み直して前へと進む。漂ってくる気配は強烈だが、仲間たちの誰にも怖気もひるみも見えなかった。
 セオがなにやら考えを決めていることは、仲間の誰もが察していただろうが――そんなものははっきり言って、いまさらの話でしかなかったし。

 仲間たちの先頭に立って、カンテラを掲げて階段を下りる。セオとロン、それぞれがつけた魔法の明かりも相まって、視界に不自由はなかった。
 むやみやたらに大きな階段を下りた先は、やはりむやみやたらと広い大広間だ。天井も高く、斬った張ったをするには十二分といっていい。その奥――本来なら玉座があるのだろう場所に、巨大な魔物が座していた。
 分厚い表皮は黄土色、体長は三丈を軽く超すだろう。色合いは地味なのに、妙にどぎつい彩色の長衣を身にまとい、ゆるやかに呼吸をしながらこちらを見据えている。頭部の形状は鳥に似ている気がしたが、羽毛が生えていないのにそこかしこからちょろちょろと短い毛が生えているところといい、ところどころに気孔のような穴が空いているところといい、勇者カルロスが言っていた通り、確かに全体的な印象はカバに似ていた。
 これまでの旅の目的だった、魔王との相対。まぁ今ではもう大魔王の前座でしかないわけだが。なので、フォルデは特に感慨深くなることもなく、獲物を見る目で魔王バラモスらしき魔物を見つめた。カンテラを階段の下に置き、武器を準備する。
 ――それを、セオが小さく制した。
「ごめんなさい。少しだけ、俺に、時間をもらえないでしょうか。魔王に……魔王バラモスと、少しだけ、話す時間を」
「わかった」
「もちろん」
「好きにしな」
「うんっ!」
「ぇっ……」
「……お前、まさか俺らにぎゃあぎゃあ反対されるとか思ってたんじゃねぇだろうな? 今更だろ、お前が突拍子もねぇこと言い出すのぁ」
「この二年ずっと一緒にいたというのに、君のすることをいちいち聞きほじらなければうなずけない程度の関係しか築けていない、とでも? それはいささか俺たちの愛を過小評価しすぎだな」
「愛、かどうかはともかく。君の思う通りにしていいよ。俺は、魔王を倒すためというより、君のために一緒に旅立つと決めたんだ。それなのにいまさら君の邪魔はしないさ」
「ってかさ、セオにーちゃんさ、バラモス倒す前に、聞きたいこととか言いたいこととかあるんだろ? 魔王が悪い奴かどうか、ちゃんと確かめないとだし! それ、セオにーちゃんが一番ちゃんとできると思う! 頑張ってな!」
「―――うん。ありがとう。みなさん、ありがとう、ございます」
 自分たちに深々と頭を下げてから、セオは魔王バラモスへと一歩を踏み出す。そして、こちらを見つめるバラモスと真正面から向かい合い、静かに、けれど凛とした声で言葉を発した。
「魔王、バラモス。あなたに、聞きたいことがあります。うかがっても、よろしいですか?」
「いやだよそんなの、めんどくさい」

 大広間の中に響いた低い声は、仲間の誰のものでもなかったので、バラモスのもので間違いはないんだろう、とレウの頭は考えたが、それでも一瞬その声が本当にバラモスなのか? という疑問がレウの脳裏を駆け巡りはした。だって、魔王の言うことにしては、なんていうかこう――カッコよくなさすぎる。
 レウのみならず、仲間たちも揃ってそう思ったようだった。ラグはあんぐりと口を開け、ロンは眉を寄せ、フォルデは思いきり顔をしかめて怒鳴りかけ、いやまずはセオに話をさせようと考えたようで、自分を懸命に落ち着かせようとしている。レウも目をぱちぱちさせてセオの背中と、その向こうにいるバラモスを見つめたが、セオは微塵も動揺することなく、言葉を続けた。
「面倒は承知で、お願いします。俺の質問を、どうか聞いてはいただけませんか」
「だからいやだって。君の言うこと聞いて、我になんの得があるってのさ?」
「少なくとも、お互いに対する誤解や見解の相違を打ち消すことはできると思います」
「だからぁ、そういうのめんどくさいんだって。君ら、この城の護り手の魔物、全部薙ぎ倒してここまで来たんだろ? じゃあさっさと戦おうよ。そんで、どっちが勝つか負けるか、さっさと決着つけよ? ここまで来ちゃったらもうそうするしかないでしょ。ああだこうだって言葉ひねくり回すよりは、まだそっちの方がマシだよ」
 バラモスは、セオの対面に座しながら――というより、ぐでえと身体から力を抜きまくって背中を壁にもたせかけながら、力とか気力とかがまるで感じられない声でそう言ってのける。えええなにこれいっくらなんでもやる気なさすぎじゃねぇ? とレウが驚きに目を瞬かせていると、セオは静かな声で、バラモスにこう告げた。
「大魔王ゾーマは、あなたのそういったところを見込んで、この世界を破壊する尖兵として送り込んでこられたんですね」
「げえぇっ!!」
 バラモスは座ったまま小さく飛び上がった。着地した時の重みで、ずうぅんと部屋が揺れる。
 だがそんなことなど気にもならないという、慌てまくった形相でバラモスはセオに向かいまくしたてた。
「え、ちょ、なに? 君勇者なんでしょ? なんで大魔王さまのこと知ってんの? しかもお名前まで! まさか、まさかとは思うけど、大魔王さまと繋がりあるとか!? いやいやいやちょっとなにそれ反則すぎない!? 我は別にいつ殺されてもかまわないけどさ、大魔王さまに怒られるのだけは本当に勘弁なんだけど!?」
「なっ、殺されてもかまわねぇって……」
「フォルデ」
「その一件についてお教えするためにも、まずはお互いに、相手をよく知るための会話をしたいと思うのですが。よろしいでしょうか?」
「ぅうー………」
 それからしばらく、バラモスはうぅー、うぅーと唸り、反発するように往生際悪くごろごろと寝転がり、うだうだと抵抗の意思を示していたが、それでも最後には諦めたようで、のろのろと最初の位置に戻り、どっこいしょと体を起こして壁に身体をもたせかけ、告げた。
「わかったよ……話をすればいいんだろ。だけど、話をしたら、ちゃんと君と大魔王さまの関わりについて教えてよ?」
「はい」
 セオは小さくうなずいて、さらに一歩踏み出し、バラモスと相対する。その顔は真剣この上なく、バラモスが今見せた醜態や、魔王としておかしすぎる態度など、まるで目に入っていないかのようだった。
 背後にいるレウや、フォルデ、さらにはラグやロンすらも、明らかに『なんだこの魔王』と訝しむ視線を向けているというのに。

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