恋する人形3
「ユーリルの髪ってきれいね」
「はぁ?」
 スタンシアラへと向かう船の上での稽古のあと。唐突にそんなことを言い出したアリーナに俺は目を見開いた。
 なんなんだ、突然?
「透き通るみたいな翠色だし、太陽に当たるときらきら光るし。今まで見たことないくらいとってもきれい。どうしてそんなにきれいなの?」
「どうしてって……」
 自分の髪の色なんて気にしたことなかったからなぁ。翠色の髪っていうのはエルフとか、そういう人間外しかいないって聞いた時はちょっとやだなって思ったけど、別に髪染めたいとかは思わなかったし。つまりはそのくらいどうでもいいことだったんだけど。
「アリーナの髪だってきれいじゃん」
 俺はそう言い返してみた。これは本音。少なくとも俺は自分の髪なんかより、女の人の髪の方がずっときれいだと思う。うちのパーティの女性陣は全員美人だし、当然のように髪もきれいだ。
 そう言うと、アリーナはぽっと頬を赤に染めた。
「え……そ、そう?」
「うん。つやつやだししなやかなのに芯があるっていうか。アリーナらしいよな。オレンジ色なとこがまた太陽みたいできれいだよ」
「……褒めすぎよ……」
「そうか?」
「うん。私の髪そんな風に言ってくれた人、ユーリルで二人目だわ」
「ふーん。そりゃ今までよっぽど見る目ない奴らに囲まれてたんだな」
 で、その一人目はクリフトなんだろうなー、と思いつつ俺はそばに控えているクリフトを見た。稽古の時はいっつもそばに控えてるけど、基本的にアリーナしか回復してくれないんだよな、こいつ(頼めばしてくれるけどどんなかすり傷だろうとアリーナ優先。それなら俺が自分でやった方が早い)。
 ………なんか、すっげー機嫌悪い。ていうか殺気ぶつけてきてないかこいつ?
 ………なんで?
「姫様、そろそろ神学の講義の時間ですが……」
「え、もうそんな時間?」
「はい」
「……もうちょっと、駄目? もう少しで新必殺技のコツがつかめそうなの」
「いけません。武術と同様、勉強も日々の積み重ねが重要なのですよ?」
「……はーい。じゃあね、ユーリル、ライアンさん」
「それでは失礼します、ライアンさん、勇者さん」
 手を振って歩み去るアリーナと礼儀正しく一礼して(でも俺に痛烈な一睨みをくれて)去っていくクリフトを見ながら、俺は肩をすくめた。
「クリフト、なんであんなに怒ってんだろ。わっけわかんねぇ」
「……そうだな。ユーリルが気にすることではない。別にお前は間違ったことをしてはいないからな」
 苦笑気味に笑うライアンさん。なんか含みがあるなー、と思ったけど、まぁ気にしなくていいって言うならいいかなってんで考えるのはやめた。
 それから稽古に戻った。俺は少しでも体力を使って、なにも考えられないようになっておきたかったんだ。

 マーニャは以前と変わりなく、こだわりなく話しかけてくる。いつも通りに俺をからかったり、突っ込み入れたり、優しくしてくれたり。
 でも、俺はそうはいかなかった。大人気ないって、パーティ内の和を乱すってわかってるけど、マーニャとはあからさまにぎこちないっていうか、ぶっきらぼうっていうかな接し方しかできなかった。
 ――俺にはマーニャがあんな風に俺との間にあることを穢したのは、そのくらいショックだったってことなんだ。
 そんな俺たちを、ミネアは困ったように見る。トルネコさんはいつでも相談に乗りますよ? と俺に(たぶんマーニャにも)笑いかける。ブライさんはいつも通りに髭をひねりつつ肩をすくめ、アリーナはたぶん全然気づいてない。クリフトは気づいてるとは思うんだけど少しも気にしてないみたいだ、興味がないんだろう。ライアンさんはじっと、静かに俺たちを見守って、俺たちが話すのを待っている。
 そろそろなんとかしなきゃいけないな、とは思う。パーティ内に不仲な人間がいるっていうのはチームワークを乱す原因になるし。マーニャの方は歩み寄ってくれてるわけなんだから、あとは俺が機嫌を直せばいいだけってことになるんだろうけど。
 ――でも、そう簡単になにもなかったことになんてできない。だって俺は、マーニャに、たとえちゃんと理由があることだとわかっていても、馬鹿にされて、傷つけられて本当に本当に辛かったんだから。
 マーニャにはあれ、大したことじゃなかったのかよって思うと、今でもすごく苦しくなるし。
 だけどいつまでもマーニャと仲違いしてるっていうのも、それはそれで辛いんだ。
 俺は明日スタンシアラに着くという日、船の中を歩き回っていた。相談相手を求めて。
 誰かに話を聞いてもらいたかった。自分が間違っていないか教えてもらいたい。道を示してもらいたい。それが駄目なら愚痴を聞いてもらうだけでもいい。一人でぐじぐじいじけてるのは、疲れてきてたんだ。
 マーニャ以外なら誰でもいい。誰か俺の話を聞いてくれないか――
 そういう心境で歩いてると、クリフトにばったり出くわした。
「……勇者さん」
 クリフトはわずかに顔を歪めた。……なんつーか、ホントにこいつって俺のこと嫌ってんだなー。背中預けて戦う仲間に嫌われるのって……なんか、へこむ。かなり。
「……俺なんか会うのも嫌とかいう顔するなよ。俺だって傷つく心ぐらい持ってんだぞ」
「……別にそういうわけではありません。ただ……姫様を探していたので。姫様がどこにいらっしゃるかご存知ありませんか?」
「アリーナ? 知らないけど……船の上ならはぐれようがないじゃん。ちょっとぐらいアリーナのことほっといてやったら?」
「そういうわけにはいきません。私は姫様の――」
「家臣で護衛だって?」
 うなずくクリフトに、俺は思わずため息をつく。こいつってさぁ……ホントに、わざとわかんない振りしてんのか? アリーナよりずっと弱いくせに。
「……お前さ、アリーナのどこが好きなの?」
「……はっ!?」
 目を見開くクリフトに、俺は繰り返す。
「だからさ、アリーナのどこが好きなのかって」
「……私はアリーナ様に私的な感情を抱いたりはしていません。むろん誰よりも敬愛してはおりますがそれはあくまでアリーナ様が私の主であるがゆえ。邪な感情など入る隙間はありません」
「大切な人を好きって思う気持ちが邪かよ。お前の神様ってよっぽど心が狭いんだな」
「――――っ」
「俺にはわかんないよ、クリフト。アリーナがサントハイムの姫だから、主と従者だからって理由で、好きな人を堂々と好きだと言うこともできなくなっちゃうもんなのか? 身分ってそんなに大層なもんか? 少なくともアリーナはそんな自分で選んだわけでもないことでお前に距離置かれて、対等に見てもらえないの、すっげー嫌だと思うぞ」
 俺、ちょっとごまかしてるな。アリーナのこと言ってる振りして自分のこと言ってる。
 俺はマーニャに距離置かれたくないんだ。対等に見てほしいんだ。年齢なんていう俺にはどうにもできないこと、理由にしないでほしかったんだよ。
 でもこういう聞き方しないときっとこいつ真剣に答えてくれないし。じっと見つめると、クリフトは体を震わせながら搾り出すように言った。
「……あなたには、わからないでしょうね」
「……あーわかんねーよ。わかるわけねーだろ、お前自分の気持ち言わないし」
「……わかってほしいと、思っているわけでも、ありません。私は、ただ……」
「ただ?」
「知っているだけです。自らの分というものを。姫様がどれだけ尊いお方で、私がどれだけそれにつりあわないか」
 俺は苛々してきた。こいつのこーいうとこ、んっとにムカつく。
 尊い? つりあわない? そんなもんアリーナが選んだことじゃないだろ? なんでそんなことで好きな人に好きって言われなくならなきゃいけないんだよ。
「……姫に生まれたからには好きな人に普通に好きって言われることもできなくなるってか?」
「なにを――」
「アリーナだって好きで姫様に生まれてきたわけじゃないだろ!? それなのになんで壁作られなきゃなんないんだよ!? 姫に生まれた責任を果たさなきゃなんないってのはわかるけど、だからって、姫だからって理由で遠ざけられるなんて、そんなの――」
 ぎゅっと拳を握り締めて口から飛び出そうになる言葉を抑えた。今は俺のことじゃない、アリーナのことだ。
「……アリーナが、あんまり、可哀想だよ」
「…………っ」
 クリフトはぎゅ、と唇を噛み締め、それから低い声で言った。
「私に、どうしろと言うんです」
 俺に、魔物にだってぶつけたことのないような殺気をぶつけながら。
「ええあなたはいいでしょう、サントハイムとはなんの関わりもない人間である上勇者様だ。姫様と結婚だってできてしまうかもしれない。ですが私はサントハイム王家に仕える一介の神官です。王が、ブライ様が、貴族のお歴々が私が姫様と必要以上に近しくなることを許しはしない。それが私はよくわかっているんです! 王家というものの重みとそれに付随するしがらみが!」
「しがらみ? そんなんで――」
「そんなもの? 知らないからあなたはそう気楽に言えるんです! 王宮というのがどれだけ熾烈な権力闘争を繰り広げているかわからないから! 王家の人間とて気は抜けません、いつ王権を簒奪されるかわからない、そういう状況で、私が姫様に好きだと言ってなにが変わるんです! 姫様は立派な貴族の若者と結婚されなければならない、それは絶対の決定事項です。それなのに、私に臣下という形以外で……」
 ひどく苦しげに、辛そうに、震える体を無理やりしゃんとさせて。
「どうやって、姫様のそばにいろというんですか」
「…………――――…………」
 俺は口ごもった。クリフトのおっそろしく真剣な気持ちは伝わってくる。クリフトは本当に真剣に真面目に、自分とアリーナとのことを考えて、望みがないと思って、それでもそばにいようと頑張ってるんだろう。
 だけど。
「……俺にはやっぱり、お前の考えが正しいとは思えないよ」
「…………わかってもらおうと思ってはいない、と言ったはずです」
 踵を返すクリフトを、俺は肩をつかんで引き止め怒鳴る。
「そうじゃなくて! わからないんじゃなくて……お前が一生懸命考えてそうしようって決めたのはわかるよ。わかるけど! ――それはお前が一人で勝手に決めたことじゃんか!」
「………!」
「お前とアリーナのことだろ? 二人で決めることだろ? 一緒に考えなくちゃならないことだろ? なのに、どうしてお前は一人で決め込んで、恋愛の好きも仲間の好きも全部臣下の好きにしちゃうんだよ?」
「………………」
「アリーナにも教えてやってくれよ。お前がどんなに苦しいか。辛いか。どんなことを考えてるか。臣下だからって理由で大切な人が苦しんでるのを知らせられないのは……」
 俺は必死にうまい言葉を探したけど、ぴったりくる言葉が見つからず、結局こんな言葉を言った。
「かなしい」
「………………」
 クリフトは泣きそうな顔で少し黙ってたけど、しばらくしたら頭を下げて踵を返した。
「失礼します。……姫様を探しに行かなければならないので」
 俺はそれを見送って、ため息をついた。……どんなに一生懸命言っても言葉が届かないって、すっげー惨めで、辛い。

「マーニャ」
 夕食の時に、俺はマーニャの向かいの席に座って言った。
 マーニャは一瞬目を瞬かせて、それからにっこり笑う。
「なによ、ユーちゃん。食事中に話しかけるなんて珍しいじゃない?」
 からかうような声音を無視して、俺は頭を下げた。
「これまで、ごめんな。……これから、ちゃんと普通に話すから」
 俺はなんだか馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。クリフトと話してて。
 クリフトみたくわざと自分を辛いよう縛るみたいな生き方、俺はできないししたくない。苦しみながら生きるのも一生、笑いながら生きるのも一生。それなら笑いながら楽しく生きたいと俺は思う。
 だったらマーニャが今ここにいて普通に話しかけてくれてるのに、わざわざつんつんしてるなんて馬鹿みたいだ。とまぁ、最初からわかってはいた結論にたどりついたわけだ。
 マーニャは一瞬黙って、それからいつも通りの声で笑った。
「なぁんのことぉ〜? あたしわっかんなーい。ユーちゃんはいつも通りユーちゃんだったでしょぉ?」
 ……なかったことにしよう、ってわけか。……俺としてはあんまりそういうの嬉しくないんだけどな。
 でもミネアはほっとした笑顔になり、トルネコさんはにこにこしながら俺にスープを大盛りによそい、ブライさんは髭をひねりながら肩をすくめ、アリーナは目をぱちぱちさせてクリフトはこっち見てもいなくて、ライアンさんは静かに微笑んでぽん、と軽く肩を叩き。
 みんなにも心配かけちゃったよな(アリーナとクリフト以外)って思うと、それもしょうがないのかな、なんて思うしかないんだよな。

 俺は一人で夜空を見上げていた。明かりがほとんどないから(ちっこいカンテラ一個)星がよく見える。今は俺と、ライアンさんが見張りの時間。
 俺たちは8人と大人数のパーティなせいか、見張りの時間は変則的だ。睡眠時間は六時間で見張りの時間は二時間、見張り人数は二人なんだけど、一時間ごとに一人が交代していく方式を取っている。一番最初に交代した奴は最後の一時間も見張りをすることになるわけ。
 最初はクリフトはアリーナの分も見張りするって言い張ったんだけど、アリーナが怒ったのと俺たちみんなでよってたかって説得したので不承不承納得した。で、できるだけアリーナと組みたがるんだけどそれを隠そうとする。んっとに……どーしてああなんだろ、あいつって。
 マーニャ。どうしてあいつは俺の方を向いてくれないんだろう。いっつもガキ扱いして。背だって俺の方が(頭半分くらいだけど)高いし、力だってある。顔は……よくわかんないけど、鏡見る限りじゃそんなにガキっぽくはないと思うし。体だって成長してる……と思う、し。
 ――どこがガキだ、って思うんだろう、マーニャは。
「……ライアンさん」
「どうした?」
 ライアンさんが静かに問い返す。俺はちょっと迷ったけど、相談してみることにした。たぶんライアンさんが一番適任だ。
「俺って、ガキかな?」
 そう聞くとライアンさんはわずかに眉をひそめてから微笑んで、答えてくれる。
「私はそうは思わんが」
「そう!? 俺もう大人!?」
「いや。大人だとは思わん」
「………そっか」
 思わずがっくりとうなだれる。じゃあなんなんだよ俺は。
 ライアンさんは落ち着いた声で淡々と言う。
「私にはお前は子供と大人の間に位置していると思う。子供というほどもの知らずではないが、大人というほど世慣れてもいない」
「……じゃあどうやったら大人になれんだよ……」
「無理に急いで大人になる必要もないだろう。大人など年を経ていくうちに自然になっているものだ。大人になったところで大して面白いことがあるわけでもない」
「でも、俺は大人になりたいんだ」
「なぜ」
 静かに聞かれて、俺は一瞬言葉に詰まったけど、隠すべきことじゃないと思ったからちょっと息を吸い込んでから答えた。
「……好きな人が、ガキは嫌、っていうから」
「………ふむ」
 ライアンさんは少し首を傾げる。
「私にはお前はガキには見えんがな」
「でも大人じゃないんだろ」
「悪い意味で言ったわけではない。お前の瞳はまだ純粋だと言っている。……ああそうか、その相手という女性はそれが怖いのかもしれんな」
「……怖い?」
「お前の純粋さと、若さが」
「………………」
 よくわからない。純粋で若いのが怖い、ってなんだ。どっちかっていうと馬鹿にされる要素じゃないか、それ?
 もっと聞いてみようと口を開いた瞬間、後ろから声がかかった。
「ライアンさーん、交代の時間〜」
「……アリーナ」
 タイミング悪っ、と思ったが、ライアンさんは静かに立ち上がりアリーナに一礼して去っていく。アリーナも笑って手を振って、俺の横に座った。
 ……そーいやクリフト、俺とアリーナが見張り一緒にする時間あると、すっげー機嫌悪くなるんだよなー。なにも俺にまで嫉妬しなくたってよさそうなもんだと思うけど。俺とアリーナでどうにかなるわけないじゃん、俺はマーニャが好きなんだから。
「……ねぇ、ユーリル」
 俺ははっと我に返ってアリーナの方を向いた。
「なんだ?」
「マーニャとなんで喧嘩してたの?」
 俺は思わずぶっと吹き出していた。
「アっ……おまっ、気づい……」
「? 気づくに決まってるじゃない。わたしそこまで頭悪くないわよ」
 いや、こいつが頭悪いとは思ってなかったけど、驚いた。こいつがそーいう方面に頭回るとは思ってなかった。
「なんだかバルザックとの戦いのあとから喧嘩してるのはわかったんだけど、ブライが仲がこじれている最中に横から口を出してはよけいこんがらがらせるだけですじゃ、って言うから。でももう仲直りしたみたいだから聞いてもいいかなって……ダメだった?」
「いや……駄目じゃないけど」
 こいつ意外とそういうとこ敏感なのかもなー。きっと気配にはさといんだ。それがどういう感情かがよくわからないんだな、たぶん。
「で、なんで喧嘩したの?」
 純真な瞳でそう首を傾げられ、俺は言葉に詰まった。純粋さが怖いってこういうことなんだろうか。俺は怖くはないけど、なんだか自分が穢れてることを思い知らされるみたいで胸が痛い。
 なんだか正直に言うのは気が引けて、少しごまかしつつも嘘はつかないように言った。
「……マーニャが俺のこと、ガキ扱いして、まともに相手してくれなかったんだ。それで俺、腹立って……」
「そっか……まともに相手してくれないのは嫌よね」
 アリーナはうんうんとうなずく。
「それで、もうそれはいいの? 気にしなくなったの?」
「……いい、ってわけじゃないし、これからも嫌だって言い続けると思うけど。マーニャと喧嘩し続けるの、嫌になってきてさ」
「そっか……うん、わかる。わたしもクリフトと昔よく喧嘩して、二度と口利くもんかって思ったりしたけど、すぐに寂しくなって仲直りしちゃったもの。……本当は全然納得してなくても」
「うん……」
 そうなんだよな……本当は全然納得してないんだ、俺だって。
 しばらく二人とも黙って夜空を見上げた。月明かりが海と、船と、俺たちを照らす。世界に生きてるのが俺たちだけみたいな気分になる。……野営の時にはよくあることだけど。
「……ねぇ、ユーリル」
「なんだ?」
 俺はさっきよりいくぶん落ち着いてアリーナの方を向く。
「ありがとう。わたしの言いたいこと、全部言ってくれて」
「………は?」
 アリーナはぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、聞いてたの。晩ご飯前の、ユーリルとクリフトの喧嘩」
「………えぇ!?」
 マジで!? じゃあ……クリフトがアリーナのこと好きっていうのも、バレたのか!?
 やばいじゃん、と人事ながら慌てる俺を、アリーナは水晶みたいに澄んだ瞳で見つめる。
「わたしもずっと思ってたの。クリフトは、わたしのこと、わたしが王女じゃなかったら好きじゃないのかしらって。だから、少し嬉しかったの。なんでわたしが貴族と結婚するとクリフトがそばにいられないのかはわからなかったけど」
「…………」
 なんだ、結局気づいてはいないのかよ、と脱力する俺に、アリーナは首を傾げる。
「どうかした?」
「いや……別に」
「クリフトがね、苦しんでるって言ったでしょう? どうしてなのかはよくわからなかったんだけど……」
 うわ、鈍っ。激鈍っ。
「でもクリフトがそんなに苦しんでいるのなら、わたしもただの王女にならなきゃいけないのかしらって。クリフトと普通の仲間になっちゃいけないのかしらって考えたんだけど」
 ど鈍っ。どっちにしてもクリフト喜ばねぇよ!
「でも、ユーリルが……クリフトに、それはわたしと一緒に考えなくちゃいけないことだって言ったでしょ? ああそうだな、って思ったの。本当にそうだって。わたしは、苦しんでるなら言ってほしかった。わたしもクリフトと一緒に苦しみたかった。辛いことや苦しいことも、もちろん嬉しいことや楽しいことも、一緒に分かち合っていきたかったの……」
「……アリーナ」
「だから、ね。わたし聞いてみることにしたの。納得できる答えが聞けるまで、何度でも。あなたはなにがそんなに苦しいの、どうしてわたしに壁を作らないとそばにいられないのって。頑張って、何度突き放されても。……わたし、クリフトが好きなんだもの。クリフトの気持ちを、わかってあげたいの」
「………そうだな……」
 好きな人の気持ちは、わかってやりたいよな。どんなに辛いことだって。
 俺とアリーナは並んで空を見上げた。夜空に瞬く星々は実際きれいで、吸い込まれそうな気分になる。
 俺は星を見上げながら、アリーナに声をかけた。
「アリーナ……お前、やっぱりいい奴だな。そんで、すごい奴だ」
「え………?」
「俺もマーニャにぶつかってみる。お前の話聞いて勇気出てきた。……サンキュ、な」
 そう言うとアリーナはぱっと顔を赤らめ、「いいの……そんなの」と呟く。俺は微笑んで、また空を見上げた。
 仲間ってやっぱりいいよな――そんなのんきなことを考えていた俺は、アリーナの中で恋心が育っていってることなんか、これっぽっちも気づきやしなかったんだ。

戻る   次へ
『そのほか』 topへ