結婚します僕たち私たち
 ミーティアは鏡の中の自分を見つめた。
 白を基調にしたウェディングドレス。あの人が似合うと、とてもきれいだと言ってくれたウェディングドレス。
 この服を着て、自分は今日、あの人と結婚する。
 ミーティアは昔を思い出しながら、にっこり微笑んだ。

 初めての出会いは、森でだった。
 ミーティアが父のトロデと一緒に遠乗りに出かけた時、森の奥のほうからふらふらと迷い出てきたのだ。
 ひどく薄汚れた姿の、なんだか怖いくらい冷たい目をする男の子。
 だけど、恐ろしいとは全然思わなかった。その男の子の目は、なんだかひどく、寂しそうに見えたから。
 自分たちを見て警戒し、逃げようとする男の子に後ろからしがみついた。暴れたけれど頑張って離さなかった。
 待って、逃げないで、なんでそんなに寂しそうなの、お願い教えて、ミーティアはあなたの寂しそうな顔見たくないの、そんなようなことを叫んでがっしりとしがみついた。
 トロデは困った顔をしたが、最後にはその男の子の身元を尋ねてくれた。身寄りがないことを知ると一緒に来るように言ってくれた。
 男の子は無表情だったが、こちらを警戒しているのはよくわかった。ミーティアは必死に少年に話しかけ、警戒を解こうとした。男の子は警戒を解きはしなかったけれど、最後には暴れないで、一緒に来てくれた。
 なんでその男の子がそんなにも気になったのかはわからない。ただ、あんなに寂しそうな目を見たのは初めてで、ひどく可哀想で、なんとしても助けてあげなければと思ったのだ。
 そして、男の子が、なかなか口を開こうとしなかった男の子が。
 トロデと自分に名前を聞かれて、ひどく切なげな瞳で自分たちを見つめて、答えた時。
 ――その時には、もう恋は始まっていたのかもしれない。

 お城の下働きになった男の子は、真面目に働いていたが、周りと少しも打ち解けようとしなかった。
 いつも無口無表情。話しかけてもろくに返事もしない。城の人間からも評判が悪かった。
 だからミーティアは必死になって男の子に話しかけた。今日はこんなことがあった、あなたはどんなことをしたの、見てこの薔薇はきれいね、まかないどころの食事はおいしい? などなど。
 八歳児の持てる語彙と話題を最大限に駆使して話しかけても、男の子は少しも表情を変えてくれなかった。いつも無表情で、自分から逃げ出そうとするだけ。
 それがひどく悲しくて、いつもベッドの中でこっそり泣いた。
 だけど、ある日。めげずにずっと話し続けて、半年ほど経ったある日。
「……姫……さまは、なんで僕にいつも話しかけるんだ」
 ぼそっと言ってくれた。
 嬉しくて嬉しくて、にこにこしながら、
「だってミーティアはあなたに話しかけたいんだもの」
 と言うと、男の子は焦れたような顔をして、
「だからなんで話しかけたいんだ」
「理由なんてないわ、ただ話したいの。あなたと一緒にいろんなことを話したいの」
「…………」
 そう言うと男の子はひどく、怯えたような顔をして、ぼそりと言う。
「……なんで」
 その顔は切実に理由を求めている顔で、ミーティアはなんでなのか必死に考えた。そしてぱっと浮かんできたのだ。
「それは、ミーティアがあなたのことを好きだからよ」
 そう、そうだからだ。口にしてみればその言葉が一番ミーティアの気持ちにぴったりきた。
 男の子は呆然とした。
「………好き?」
「そう、好き。大好き! ミーティアはあなたのことが大好き!」
 そう言ってぎゅっと男の子の手を握り笑うと、男の子は顔を歪めて、ものすごい声で泣き出した。
「うわー―――ん、あ――――ん!!」
 びっくりして必死でなだめようとしたけれど、男の子が泣き止まないので悲しくなって、男の子の手を握ったままミーティアも一緒に泣き出してしまった。お城の人間が見に来て、血相を変えて男の子とミーティアを引き離そうとしたけれど、ミーティアは必死に暴れて男の子の手を離さなかった。
 あんな風に身も世もなく泣いたのは、生まれて初めてだった。

 それから男の子とミーティアは仲良くなった。
 仕事や勉強が終わってからはいつも一緒に遊んだ。男の子はミーティアがしたいと言った遊びにいつもつきあってくれたし、ミーティアも男の子がしたいと言ったことを一緒にした。
 ままごとをした、木登りをした、お人形さん遊びをした、ちゃんばらごっこをした、かくれんぼも鬼ごっこも一緒にやった。その全てがたまらなく楽しかった。
 ミーティアと男の子は、生まれて初めての年の近い、一番の友達になった。
 男の子が少年になって、剣を学ぶようになって、素質を見出されて兵に取り立てられるようになっても、その関係は変わらなかった。一日に一度は時間を作って会ったし、しょっちゅういろんなことを話し合った。二人でいる時間が一番楽しい、そうお互い思っていたと思う。
 周りからは年頃の男女がどうのとうるさく言われたが、二人ともそんなことを気にしたりはしなかった。お互い相手のことが好き。その気持ちは通じ合っている。だから今はできるだけそばにいる、それだけで充分だとミーティアは思ったのだ。
 ――いつか別れはくると、思っていたから。

 ドルマゲスに呪いをかけられて、旅に出ることになって。いろんなことがあって、許婚のチャゴス王子とも出会って。
 こんな人と結婚するのは嫌だと思って――
 旅が終わってチャゴスとの結婚式の時、本当は逃げ出したかった。逃げ出そうと思った。
 だけどトロデが、「ともかく行ってみなさい。大丈夫じゃ、ミーティアや。お前の嫌なことは絶対にさせぬから」と言うので、大聖堂に入って―――
 あの少年が、自分に「結婚しよう」と言ってくれたのだ。

 そして、今日。自分と彼は、ようやく正式に結婚する。
 小さい頃から一番好きだった相手、今大好きな相手、一番一緒にいたいと思う相手と。
 いろいろあったけれど――自分は幸せだ。
 扉が開いて、花婿が自分を迎えにやってきた。
「行こう、ミーティア」
 そしてにっこり笑って。
「すごく、きれいだよ」
 そう言ってくれたので、自分も笑って。
「あなたもね。行きましょう――ユルト」
 そう言って、腕を組んで結婚式場へ進み出ていったのだ。

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