レオパルドを倒したあと出てきたイヤミ男と対峙した時のユルトの暴れっぷりは、そりゃもうすごかった。私たちを捕らえようとあとからあとから出てくる騎士団の連中をちぎっては投げちぎっては投げって、私たちが手を出す暇がないくらい速攻でぼこぼこにしまくっちゃって。 あとで聞いたら「だって前からあいつら腹立つと思ってたんだもん」ってあっさり言ってたけど(考えようによっては大変な台詞かも)、とにかく剣の鞘で騎士団の連中を次から次に殴り倒して。 イヤミ男が「おい、この近くに緑色の小さな化け物がいるはずだ。連れて来い」とトロデ王を人質に取ろうとするような汚い真似をするから抵抗をやめたけど、そんなことをされなければ絶対に騎士団の連中を全員殴り倒していたと思う。 煉獄島――その現実を前にして、私は絶句していた。 牢屋に入るのは初めてじゃないけど、なんなのこれ? 暗くてじめじめしてて、人の住める環境じゃない。 心底ぞっとした。冗談じゃないこんなところに入れない、と思ったんだけど――ここで暴れたらトロデ王が危ないかもしれないと思うと反抗もできない。 扉を開かれて中に蹴りこまれ。長い牢獄生活が始まった。 正直私は私も同じ牢に一緒に放りこまれると聞いて、ある程度の身の危険を覚悟していた。自分で言うのもなんだけど、こんな若くてナイスバディの美女が入ってきたら、同じ牢のならず者たちは襲いかかってくるんじゃないかって。 もちろんそんな奴ら殴り倒してやるつもりではあったんだけど――はっきり言って、それは杞憂だった。 だってみんな生きるのに精一杯でそんなことに気持ちをまわす余裕なかったのだ。煉獄島では普通の牢と違い、最低限の食事すら出されない。 得られる食糧は牢に生えるコケと、たまに獄卒が気まぐれで恵んでくれる残飯だけ。人間の食べるものじゃない。というか栄養が全然足りない。 ここに入れられた人間が次々に死んでいくのも当然だと思う。水すらまともに確保できないこの状況で、希望のまったくないこの状況で、どこまで生きていられるか―― 私は暗澹としたんだけど、ユルトははっきり言って全然めげてなかった。 まず牢に入れられてから(私たちの装備はひとつも取り上げられることはなかった。牢屋ってそういうもの?)、ユルトは愛用のはぐれメタルの剣をぶんぶん振り回して、牢をぶち破れないか試した。呪文もいろいろ唱えたりした。 そして首を傾げて言った。 「ここの牢を物理的に破るのは無理っぽいね」 そしてさらにいつものきょるんとした顔で。 「しばらくほとぼりを冷まして、トロデ王が無事逃げ延びたって思ったら逃げ出そう」 とにっこりと笑う。 「どうやって? 普通のやり方じゃここからは逃げられないってあなたが言ったばかりじゃない」 「うん、それはまあなんとかして。きっとなんとかなるよ」 さらににこにこっと笑うユルト。 ユルトはこんな時ですら、どこまでも健全で、元気で、前向きだった。 ユルトはすでに言ったような食糧事情を把握するまで、二日かけた。そしてそれから行動を開始した。 「みなさーん、聞いてくださーい!」 牢獄中の関心を引きつけて、元気に笑う。 「これから水分補給のためおしっこはできるだけ同じ場所でして下さい。蒸発した水分を集めて飲み水にしますから。その水はちゃんと分けますからご協力よろしくお願いしまーす」 ユルトの言葉に、たいていの人は目を逸らすことで応えた。こういう絶望的な状況下の人間には、ユルトみたいな希望に満ちた人間は煩わしいのかもしれない。 「てめぇら! 兄貴がこうして話してくださってるってのに……」 「いいよヤンガス。みんな体力減ってるんだよ、きっと」 それからユルトは異空間に繋がっている特殊な袋から空き瓶と清潔な布を何本も取り出し、岩を掘ったりしずくを取ったりして水を集め、牢獄にいた全員に配った。牢獄にいた人たちは最初なんでユルトがこんなことをするのかわからないからだろう、呆然としてたけどすぐにすごい勢いで水を飲んだ。 ユルトはこれを、ここにいる間中毎日繰り返した。 「食糧もいるよね」 ユルトはそう言って牢獄中をあさり始めた。大したものは手に入らなかったけど、食用になるコケときのこをいくつか見つけたと言って笑っていた。 「それだけじゃなく、定期的な食糧補給が必要だよね……」 そう言ってしばらく考えて、ユルトは獄卒に話しかけた。 「ねぇ、おじさん。僕、ここに三百ゴールド持ってるんだけど」 「あぁ?」 頭の悪そうな獄卒は、頭も柄も悪い声を上げてユルトを見た。 「賭けしない? 金貨を投げておじさんが賭けた方が出たら十ゴールドあげる。もし出なかったら残飯を僕たちにちょうだい」 「なんだとぉ?」 獄卒は柄悪く唸って立ち上がる。 「てめぇ俺を馬鹿にしてんのか。てめぇらが俺たちに逆らう権利なんざひとっつもねぇんだぞ」 「でもあなたがこのゴールドを手に入れる方法って他にないと思うけどな? 失うものは何もないんだし。それに、どうせ暇でしょ? 退屈しのぎにどう、一勝負?」 獄卒はしばらく考えてたけど、やがてうなずいた。 「いいぜ。ただし、言っとくが残飯だからな。てめぇの分はしっかりわきまえとけよ」 「こっちも言っておくけど、支払いはきっちりとね。滞らせるようなことがあったらあなたはゴールドを手に入れるためには牢の中に入るか僕が死ぬのを待つかしかできなくなるんだよ」 さらりとそんなことを言ってにこっと笑うユルトに私はちょっと怖いものを感じたんだけど、獄卒は感じなかったみたいで渋々うなずく。 そしてそんな風にして、手を変え品を変えユルトは残飯を巻き上げた。賭け事はほとんどユルトが勝った。つまり私たちはほぼ毎食残飯が食べられるようになったわけ。 残飯は全員にいきわたるぐらいあり、もしかしてこれは私たちの分の食事なんじゃないかと思うほどだった。 お風呂にも入れないし寝る場所はごつごつしているしじめじめしてて不快だけど、私は煉獄島にいる間、飢えることはなかった。 そして監獄生活一ヶ月目、ユルトがそろそろ脱出しようかと言っていた頃、法皇様が亡くなったという情報が入ってきて、その可能性があることをすっかり忘れていたユルトが慌ててニノ大司教と脱出計画を練り始めたんだけど、それはまぁ別の話かもしれない。 だって私が言いたいのはユルトは本当に、私たち全員が落ちこんでいて特にククールなんかイヤミ男のことも手伝って落ちこみまくってる時にだって、元気でしっかり生きていたってことなんだから。 それと袋の中には牛乳やらチーズやら食糧やら、食べられるものがあって袋に入ってる限り腐らないからいつでも食べられたんだ、ということに気づいたのが煉獄島を出てからだということも、ユルトらしいかもと別の笑い話にしておいてあげようと思う。 ――煉獄島から出たあと、私たちは速攻で宿屋に向かってお風呂に入り、おいしいものをお腹いっぱい食べたのだった。 |