「犯人は――君だ!」
 ずびしっと指差された当人――被害者の滝川陽平はぎょっとして叫んだ。
「ちょ、ちょっと待てよ! 犯人って……なに言ってんだよ、俺は被害者だぞっ!」
「被害者であると同時に犯人。そんなネタはミステリじゃきょうび珍しくもないよ」
「めっ、珍しくないのと本当に犯人なのとは全然違うだろー!」
「うん、だけどね。君が犯人だって考えると、いろんなことがすっきりするんだよ」
「す、すっきり、って……?」
 速水はぴっ、と一本ずつ指を立てて、得々と説明を始めた。
「まず、いろんな人が証言してるよね? パーティにいた人は、誰も舞台袖に行くための通路方向に向かう人間を見ていない。人が入れ代わり立ち代わりしてはいるけど、会場から十分以上離れたという人すら誰も見てはいないんだ」
「そ、それはそうだけどっ」
「そして会場から直接舞台袖に乗りこんだ人間はいない。これはきっぱり九龍が明言している」
「け、けど! ロンが姿の見えない音も聞こえない奴でもそう断言できるのかって……」
「うん、確かにそういうことを言っているね。そして実際そういう状態になる方法を持っている人間も、この中には何人かいる」
「だったら!」
「だけど、いいかい。殺害方法は撲殺なんだよ。直接攻撃だ。DQのレムオルは戦闘時には意味がないし、ソードワールド系の透明化呪文は激しく動いたらすぐに解ける。百鬼の煌くんは閃くんから離れられないし離れていないと明言している。だというのに、どうやって透明のまま君を殺すんだい」
「だ、だけどっ……」
「なにより不可解なのはね。滝川、君があっさり殺されているという、その事実なんだよ」
「は、は……?」
「いいかい、滝川。君はこのサイトでもっとも古株で、最強クラスの戦闘能力を持つ絢爛舞踏だ。気配の察知能力については人間外の段階すら越えて、襲ってくる相手の陣営や居場所が問答無用にわかってしまうという能力すら持っている。そんな人間が、相手の気配を察することもできず、後ろから襲われて一撃で倒される? スキュラの爆撃にも耐えられる耐久力を持ってるのに? ありえないね、絶対ない、どう考えてもそんなわけがない」
 気圧されて後ろに下がりながらも、滝川の顔はどんどんと蒼くなっていた。そこにずい、ずずいと近寄りながら速水は決定的な一言を告げる。
「なら、答えはひとつ。君が、自分で、自分を殺したんだよ」
「なっ……なに言ってんだ!? 俺が自分で自分を殺してなんの得があるってんだよ!?」
「そうだね、普通ならそんなことはありえない――でも、この場所、この状況ならば可能性はある」
「なにをっ……」
 速水はぐるり、と大きく会場にいる人々を見回しながら、詠うように言った。
「普通なら、人間は死んだらそこで終わり。少なくとも僕たちの世界なら、人は死んだら完全にYOU LOSEでYour Diedで第三部完だ。だけど、別の世界ではそうじゃない――死からの蘇生が、命が失われた状態から甦らせることが、ごくごく簡単にできる世界があり、ここにはそれができる人間が何人も集まっている。だというのに、突然起こった殺人事件に、その能力を用いない理由はどこにもない」
「っ……」
「つまり、君は、それを狙って自分を殺したんだろう? 甦らせられることを前提とした自殺。普通ならありえない殺人だけど、ここでは確かに成立しうる」
「け、けどっ! 俺は後頭部を殴られて死んだんだろ!? どうやったら自分で後頭部を殴れるんだよっ、フツーそんなの無理に決まって」
「君ならできるさ。君の動きの速さは人間外、当然関節もきわめて柔軟。それこそヨガの使い手も顔負けってくらいにね。思いきり体を背中側に倒して、地面を蹴って足を振り上げる――そうすればスキュラも一撃の強烈なキックが後頭部に決まって、君の体は大きく回転し、後頭部を上にして床に倒れる」
 周囲の何人かからそのむちゃくちゃな方法に『えぇー……』となんとも言い難い反応が上がったが、滝川はそれにかまう余裕もなく必死の表情で怒鳴る。
「どっ……動機は! 俺がなんのためにそんなことしなきゃなんねーんだよっ!」
「そんなの簡単さ。君は――」
 びっ、と人差し指で滝川を指差し、きっぱりと告げた。
「十周年記念の挨拶の原稿を、覚えられなかったんだろう?」
『………は?』
 息を詰めて速水の糾弾を見守っていた会場内のほとんどの人間が、揃って首を傾げる。だが速水はかまわずに、早口で畳みかけた。
「八百万間堂十周年記念のパーティのハイライト、一番盛り上がる時に、君は挨拶をすることになっていた。きちんと原稿を暗記した上で。殺された後にも自分でそう言っていたよね? それが君はできなかった。君は知力についてはまるで訓練していない――それこそネットワークセルすら作れないほどなんだから、当然といえば当然だ。それが君は恥ずかしかった。恥ずかしくて恥ずかしくて、なんとかごまかせれば、と思って必死に考えて――そうして、今回の犯行を思いついてしまったんだろう?」
『………………』
 会場中の人間があっけにとられて見守る中で、滝川はがくっ、と膝をつき、目をじわっと潤ませた。
「そのっ……とおり、だっ……!」
『その通りなのかよ!』
「俺……このままじゃ十周年のパーティでとんでもない大恥掻いちまうと思って、舞とか、他の奴らの見てる前でそんな恥ずかしいのやだしなんとかできねぇかって、そんな、それこそ恥ずかしいこと考えてっ……こんな、ことっ………」
『………………』
「俺って奴は……俺って奴は、最低、だっ………! それこそ、本当の恥さらしだっ……!」
『………………』
 一人男泣きに泣く滝川に、速水はそっと歩み寄り、ぽんと肩に手を置いた。涙に見上げる滝川に、にっこり笑ってみせる。
「泣かなくていいよ、滝川」
「速水……」
「だって恥さらしの度合いで言ったら、十周年企画とか抜かして妙なこと考えて、半年時間をおいておきながらっていうか半年も時間おいたからみんな忘れちゃったのかもしれないけど、だーれもメッセージ送ってくれなくって、しかも日にち一日勘違いしてたから一日遅れで解答編をアップするサイト管理人に比べたら、もう全然どうってことないじゃないか!」
『……………………』
 笑顔と共に放たれた速水の言葉に泣き崩れ、やってきた警察(どこの)に連れられて護送(どこに? なんのために?)されていく滝川を見守りながら、その場にいた者たちは全員思っていた。
 それを言っちゃあおしまいよ、と。

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