「ルーラ便の輸送準備、整いました!」 「超特急で順次輸送、終わり次第転移妨害結界張って。言うまでもないとは思うけど一人でも取りこぼしがないように確実にね」 「会長! 街の住人と普通科の残留希望者のチェック完了しました! あの、どうしても戦いたいって言ってる普通科と一般人がいるんですけど……」 「何人?」 「あの、五十六人」 「なんとかなる人数だね。じゃ、二十人を校舎内調理場、十五人を校舎内武器庫、残りを保健室衛生班の護衛に回して。能力は気にしなくていいから年齢に偏りがないように分けて。全員に銅の剣と革の鎧を支給、遺書を書かせておくこと」 「勇者部呪文使いたちの呪文拡大魔法陣準備整いました! 07:40呪文詠唱開始します!」 「ん……十分早めて。魔物たちの展開が思ったより早い。詠唱は予定通りS地点→M地点→Z地点の順で」 「会長、ロボ研整備班より通達。機体整備に遅れが出ています! 予定より10%遅れ!」 「戦士たちの一部に混乱が! 打って出ようとする者たちが部隊長に詰め寄っているとの報告があります!」 「会長っ! 魔物たちの映像が上空に映し出されました、輸送予定の一般人たちにパニック発生中!」 「あーったく次から次へとー! 整備班には重要度の高い機体から確実に、戦士の混乱は部隊長の気合で対処、一般人のパニックは輸送班予備隊が幻影を隠す幻影張りつつ護衛隊が強権発動して鎮静しろと通達!」 『了解!』 殺気立った生徒会室。その中で懸命にデータの再確認をしながらアーヴィンドは奥歯を噛み締めていた。 実戦は初めてではない。命を懸けた戦いは何度か経験している。けれど本当に、生き残れるかどうか危うい戦いに参加したことは、ない。 そんな自分になにができるのだろう、と弱気になろうとする心に必死に気合を入れながら、アーヴィンドは外を見た。天気は晴れ。もうだいぶ日の出の早くなった三月の朝、きらきらしい日光が冷たい空気を割って学園に降り注いでいる。 たぶん、今日は八百万間学園で一番長い日になる。アーヴィンドはその確信に、静かに拳を握り締めた。 |
はじめは、魔物の発生だった。 「南方の村、ホープにゴブリンが出没したとの報告が入っています。数は十五体。ロードやシャーマンも確認されています。我が学園に討伐隊の嘆願が寄せられていますが」 学園周辺の治安維持は学園に任されている。なので魔物の討伐の嘆願はまず学園生徒会に寄せられる。当然この手の嘆願は日常茶飯事で、それぞれ適正なレベルの者を派遣するのも生徒会業務のひとつなのだが。 速水は数秒考えて(速水にしては珍しいほど長い思考時間だ)、こう言った。 「ルーラの使える勇者部パーティを派遣して。細かい人選は任せる。それとそのパーティには討伐後も数日その村に留まるように伝えてね」 「え……」 アーヴィンドは一瞬目を見開いた。ゴブリンは最弱レベルの魔物、ロードやシャーマンはある程度の強さはあるが、それでも初心者レベルのパーティでなんとかなるレベルの魔物だ。だがルーラの使える魔法使いのいるパーティとなると中堅といっていいレベル。ゴブリン相手には明らかに役不足だ。 だが、すぐにアーヴィンドは小さく首を振ってうなずいた。一年間この人と共にやってきたのだ、ある程度の察しはつく。この人は何度も自分にヒントを与えてきてくれたのだから。 パーティ派遣後、堰を切ったように周囲の村から魔物出没の報が寄せられてきた。 「リーザス村にソードファントムが出現したという報が入りました」 「マイラにオークキングが出現したという報告が……」 「レーベにバルログが出現しました!」 日を追うごとに魔物出現の報は増え、魔物はどんどんと強力になり、パーティを討伐に向かわせては村の人間を全員連れて戻らせるということが繰り返され。 三月四日、とうとうそれは始まった。 『我は大魔王ゲーマ、世界の暗黒を統べる者』 八百万間学園、そしてそれに付随する都市の上空に、その巨大な映像は映し出された。外見だけではっきりとわかるほど強力な力を持つ魔王の映像。 『我はそなたたち、八百万間学園の者みなすべて暗黒神の生贄に捧げん。そして進化の秘宝を用い我をどのような者も手出しできぬ究極の存在に進化させる。絶望せよ、弱き者どもよ。お前たちの命は今日尽きる。八百万間学園の終わりがやってきたのだ!』 そして山のような魔物たちの軍勢の映像。間をおかず監視システムから、いまだかつてない魔物の大群が学園都市の周囲に集結しつつあると報告が入った。 当然学園には非常警報が出され、勇者科生徒及び教師は戦闘態勢に入った。大規模戦闘の準備を行い、普通科及び一般人の大半を安全な場所に避難させることも平行して行う。すでに何度か訓練を行っていたので、行動はスムーズだった。 「……これを予測してらっしゃったんですか」 「さぁねぇ? どーだろーねー」 当初の命令通達が一段落して、食堂からの差し入れをつまみつつ休憩している時にアーヴィンドが訊ねた言葉に速水は肩をすくめた。この時になっても心の内を明かしてはくれない速水に少し悲しくなりうつむき加減になると、速水はくすっと笑んで肩をすくめる。 「実際こーいうことになる、ってわかってたわけじゃないよ。僕が知ってたのは魔王の出現箇所と頻度、及び世界の魔力干渉波のデータだけ。そっからいろいろ類推してそろそろ大物が出る可能性を予測して対策を打っただけだもん。可能性のひとつとして考えてはいたけど、全然別のことが起きる可能性も当然あったからね」 「そう、ですか」 「そー。実際この魔王も他の事態の進行を隠すフェイクってことも考えられる。一応それに対する手も打ってはいるけど、大した効果はないだろーね」 「……なぜ、ですか?」 速水は苦笑した。この人のこういう顔は、珍しい。 「今回の魔王さんに対抗するだけでも、僕らはそーとー死ぬ気でやんなきゃ危ないってこと」 「…………」 アーヴィンドはぐ、と拳を握り締めた。 |
ドゴォォォォン! 数qの距離を隔てても響く極大魔法の炸裂音。アーヴィンドは戦局を映し出した映像を見つめながら呟いた。 「始まりましたね……」 「まぁね」 速水が軽く言って肩をすくめる。生徒会室、すなわち八百万間学園総司令部は普段とはいくぶん様変わりしていた。 中庭に向けた窓にはシャッターが下り、扉には装甲版。並べられた机の真ん中の広いスペースには戦局投影用やら通信用やらの魔法具がいくつも置かれ、外には精鋭部隊の護衛。部屋の中にいるのは生徒会会長速水と副会長舞、セオとアーヴィンド、そして護衛としてセオの所属する勇者部のパーティメンバーラグ先生とロン先生、盗賊科の生徒フォルデ。それからフェイクとヴィオ。これだけの人数が増えていた。会計の鞠絵は別方面の指揮権を与えられている。つまり、シスプリたちと共にロボット研を取りまとめているわけだが。 フェイクとヴィオは、速水に何人か護衛にしたい人材がいたら連れてきていーよ、と言われたために私情を交えているようで後ろめたくなりながらも声をかけた相手なのだが。今日学園生徒が全員命を失うかもしれないという時に、信頼する相手にそばにいてほしいと、そう思ってしまったから。 じっと戦局画面を見つめる。戦場全体の様子をざっと表した映像だ。戦場各所の映像は個人用端末で見て、場合によっては投影することになる。雲霞のごとく地を埋め尽くしていた魔物たちの数がみるみるうちに減少していくのを見て取り、アーヴィンドはよし、と拳を握り締めたが他の生徒会メンバーの反応はよくなかった。 「予想通りだな……」 速水が無表情で肩をすくめる。アーヴィンドは思わず訊ねていた。 「予想通り、というのは?」 「そのまんま。予想通りに、数があんまり減らせてないなってね」 え、とはっとしてデータを確認する。確かにそうだ、算定なら最初の拡大呪文で魔物の数は半減させられるはずだったのに二割も減っていない。拡大呪文には準備と時間がかかる、数が撃てない。なので最初にありったけ強力な呪文を打ち込む手はずになっていたのに。 「まさか……これだけの数の魔物に防御結界を!?」 「あーんど、魔物たちの耐久力が普通より上だってことだろーねー。バルログを使い捨てにできるよーな奴らだから本隊もそれなりでしょーよ」 アーヴィンドは思わず血の気が引くのを感じた。バルログは最強レベルの勇者でなければ太刀打ちできないような高位魔族だ。そんな奴を使い捨てにできる軍隊。想像できない。 ドッゴォォォォン!! と最後にさらに強力な爆発音が響く。だがそれでもようやく三割。魔物の総数はいまだ十万近い。そして学園の戦士総数は一万強。いかに防衛戦とはいえ、数があまりに違いすぎる。それに。 「あの……西側のロボ研が担当する方面の魔物たちの数が、全然減っていないんですが」 おそるおそる言った言葉に、舞が冷たく答えた。 「ロボ研は学園最強の部隊だ。持ちこたえてもらう」 「でも、ロボ研の戦力は士翼号一機に士魂号三機、星組に花組にシスプリ四機にレスキュー部隊に、あとは大した力のない機体しかないんですよ? 数が圧倒的に」 「ロボ研は大軍に対峙した時にこそ最大の能力を発揮する。頭を働かせよ。戦術を少しでも勉強する気があるなら戦術画面を見つつ通信を傍受してみるがよい」 冷たい口調にわずかに気圧されたが、ぐ、と唇を噛んで端末を開いた。そうだ、知りたいならばまずは行動しなければならない。自分に今できることは知り、考えることだけなのだから。 |
本格的な戦闘が始まった。敵軍の主力は北側から一気に攻勢をかけてきている。それを勇者部が受け持った。呪文部隊が遠距離から呪文を炸裂させ、飛び道具部隊が遠距離攻撃を放ち、戦士部隊が突撃するというセオリー通りの戦術。いくつかの精鋭部隊は遊撃隊となり、敵陣にパーティ単位で切り込んで混乱させる。 と、目を見開く。戦局画面でじわじわとこちらに迫っていた敵軍主力の足が止まった。なぜ、と思いつつ端末を操作して北側の戦場の様子をのぞき見て、またも目を見開いた。 『オラオラオラオラオラオラッ、邪魔だクソどもっ!』 『どきやがれっ、俺らはお前らみたいな雑魚にかまってる暇はねーんだよっ!』 『そーれ超パワフルスロー! 今度はハイテンション超パワフルスロー!』 『俺たちの愛のために死ねっ!』 精鋭部隊とされる勇者部のエースたち、わずか数パーティ。部長のロレイソムをはじめ、ユーリルたち導かれし者たちにユルトたちのパーティにゲットたちのパーティに、なんにせよ合計しても五十にも満たない人数。彼らが各所で次々と魔物たちを倒しまくり、暴れまくり、彼らを倒そうとする魔物たちを撃退し、足を止めさせ数を減らしていく。勇者部のホープの力の強さは知っていたつもりではあったが、ここまで桁外れだったとは。 当然そのような隙を見逃す勇者部ではない。呪文が飛び、飛び道具が飛び、戦士たちが混乱の中に突撃して次々と魔物を打ち倒していく。勢いに乗った人間は強い。混乱した軍勢は脆い。その常識を目の当たりにして、思わずごくりと唾を飲み込んだ。 こちらは大丈夫なようだが、では西側は? こちらにも敵軍の相当数が向けられ門を落とそうとしているはずだ。端末を操作して様子を見て、またも仰天した。 『……っ。……っ』 『狼虎滅却……超・新・星!!!』 『いっくよーっ、ミサイル乱れ撃ちーっ!』 本当に、わずか三十と少しの機体で二万近い敵を相手取っている。滝川の操る士翼号が戦場を飛び回って強い敵を次々倒し、星組と花組が雑魚をまとめて薙ぎ払う。それでも討ち漏らした魔物たちはシスプリ四機と士魂号が的確な攻撃で消滅させていく。そのコンビネーションは強力というレベルのものではない。いかにあらかじめ呪文で塹壕を掘ってあるとはいえ、レスキュー部隊は待機しているのに、すごすぎる、と思わず口の中で呟いてしまった。 では、東側と南側は、と一応見てみてほっとした。ここの防備は山に面しているから大軍は展開しにくいだろうとやや錬度の低い勇者部と武術部の混成部隊が受け持っていたのだが、敵らしい敵はほとんど来ていない。道にはぐれたか弱い魔物がやってくるのを血祭りに上げているくらいで、被害も当然皆無だった。 街の中を見てみる。侵入した魔物に門を破られないよう、街中も武術部と小さな戦闘系部活に属する生徒たちが常にパトロールしているのだ。 だがこちらも心配はないようだった。戦術画面ではいくつか魔物をあらわす点が出現したりもしているが、すぐに消えていく。パトロールは見事に効果を発揮しているようだった。 『ほい、これで三体目っと!』 『無理するなよ、ランパート』 『へーきだって。マスターこそあんまり張り切りすぎて腰痛めんなよっ』 そんな声まで聞こえてきて、アーヴィンドは微笑んだ。本当に、余裕のある戦いのようだ。 「これならとりあえず、心配はないようですね」 そう言うと、速水は無表情で肩をすくめ、舞は無言で一瞥してから戦局画面に視線を戻し、セオは悲しげな顔をした。他の面々からの反応はない。 「あ、あの……」 「アーヴィンド。とりあえず、待て」 フェイクが口を開いた。ヴィオはきょとんとした顔で自分たちの顔を見比べている。 「まだ戦いは始まったばかりだ。判断を焦るな。データを確認しつつ、よく見て、考えるんだ」 「……はい」 アーヴィンドはぐ、とまた唇を噛んだ。そうだ、よく見て、考えなくては。 |
アーヴィンドは顔面蒼白になって端末を見つめていた。現在の時刻、12:27。わずか数時間で、ここまで戦局が変わろうとは。 最初の動きは敵軍からだった。十時頃、飛行部隊――飛行する魔物に運搬された術士系の魔物・魔族たちが北側から攻めてきたのだ。当然呪文と飛び道具で迎撃したが、城壁に残留していた部隊だけでは落としきれないほどに多かった。功を焦って戦士たちのあとを追って突撃した部隊も数多くいたのだ。 そして敵は城壁に取り付くや、強力な攻撃呪文を連発し始めた。当然結界は張っていたが、高位魔族の呪文の連打に耐えられるような物体は高レベル勇者の装備と肉体ぐらいしか存在しない。城壁は次々崩れ、呪文・飛び道具部隊も相当数がやられた。 後方で指揮を取っていた勇者部副部長サウマリルトは指揮下の部隊を指揮して敵部隊に痛撃を与えたが、勇者部のは当然ある程度退かざるをえなかった。そして敵軍はそこに見事につけこんだのだ。 大量の弱い魔物を突撃させて城壁から内部に侵入させるという浸透作戦。これに対抗するには錬度の高い戦士たちで持ちこたえつつ、防壁の中から大規模攻撃呪文、ないし兵器を使って敵を殲滅するしかない。サウマリルトはその作戦を(精鋭部隊による機動防御を行って敵軍に痛撃を与えるという作戦も平行して)実行したが、敵軍の圧倒的な物量と能力に持ちこたえるのがやっと、という状況だった。 そこに、後背を衝かれた。 転移妨害結界を張っている以上魔物の大量転移はできない。だが敵は探査妨害の結界を張りつつ地下深くから隧道を掘り、大量に魔物を輸送する作戦に出た。こちらもその作戦は予測し、それを監視する術者も用意していたのだが、その術者が防戦一方という戦況に怯え監視を怠っていたのだ(これは魔物が出現してからわかったのだが)。 魔物たちは後方の衛生班、補給班、そして休息をとっていた呪文・飛び道具部隊を一気に攻撃した。むろんそこにも護衛は用意してあったが、大量の魔物の攻勢に耐えられるほどではない。 サウマリルトは驚異的な速さで部隊を戻したが、魔物の数は多く即座に殲滅できるほど弱くもない。混戦となり、指揮系統の混乱が生じ始めた。 それでも勇者部の面々は全力で戦った。が、このままでは城壁を挟んで挟撃される羽目になる、と理解していたのだろう。11:15、サウマリルトから初の通信が入った。 『……こちら勇者部、サウマリルト』 「こちら生徒会室」 速水があくまで冷静に答える。彼は苦戦し、混乱する勇者部の状況を見ていながら、あくまで静観に徹したのだ。 『苦戦中。損害多し。撤退の許可をもらいたい』 「了解、即時Aブロックまで撤退せよ。αラインの使用を許可する」 『感謝する』 小さな返答ののち、通信は切れた。 そして直後に生徒会室まで聞こえるような爆音が響き、城壁内外の魔物は一気にその数を減らした。 αライン――あらかじめ城壁内に仕掛けた、スイッチひとつで大爆発を起こせる魔術トラップ。だが逆に言えば使いようは焦土作戦、つまり自分の陣地を焼き払いながら後退する時しかない。自分の陣地を、住まいを焼き払う。そうしなくちゃならない状況なのか、とアーヴィンドは慄然とした。 西側も当初のような有利な戦闘は望めない状況になってきた。あきらかに個々の機体の動きが鈍い。考えてみれば当たり前だ、ロボット研究会の機体はいくら強力だからといっても総数で三十と少し。そして戦士たちは勇者ではない。いくら回復呪文で体力を回復させたところで、疲労は少しずつ肉体に蓄積されていく。 11:49、ロボット研究会から最初の通信が入った。 『こちらロボット研究会、志須田兄一』 「こちら生徒会室」 『正直、かなり厳しくなってきた。援軍を頼めないか? ……少なくともうちの妹たちは体力的にもう限界だ』 だが、速水は冷静に、かつきっぱりと答えた。 「だめ」 『だめ……って』 ぽかん、とした声での返答に、速水は畳み掛ける。 「体力的に限界ってのがどんくらい限界なのかは知らないけど、少なくともまだシスプリは動けてる。操縦できてるんでしょ? じゃあ戦って。目の前に敵がいるのに体力的に限界だから戦わない、って理屈が通用すると思うほど平和ボケしてるの?」 『へ、平和ボケ……ってな、だから他の余裕のあるところから援軍を回してもらおうとしてるんじゃないか! 衛も春歌も雛子もフラフラなんだぞ!? あんな女の子にあんなになるまで戦わせて』 「女の子だから戦わなくていいわけ? 戦場で敵が攻めてきてるってのに? 言っとくけど他のところはそこよりもっと厳しい戦闘強いられてるんだよ。君の妹とさして年の変わらない子がばかすかやられてる」 それは事実だ。東側も南側にも激しい攻撃が加えられ始めていた。被害数もすさまじい数に上っている。 「体力回復用の魔道具は救護班にありったけ用意させてるでしょ。それでも足りないっていうんならレスキュー部隊を出動させてでもなんとか持ちこたえて」 『な……あの子たちは初等部だぞ!』 「さっき言ったことをもう一度繰り返させるつもり? ここは戦場で、敵が攻めてきてるんだけど」 『……地獄に落ちるぞ、お前』 憤りと怨嗟に満ちた声を、速水はあっさりと切って捨てた。 「当たり前のこと言わないでくれる。そんなこと言う暇があるなら一人でも多くの敵を倒したら? 君の大事な妹さんたちをせいぜい疲れさせないようにさ」 『……くそったれ!』 耳がきんきんする怒声のあと通信が切れた。速水は平然としている。舞もだ。セオは平然とはしていないが、顔から血の気を引かせながらもきっと戦局画面を見つめている。 「……あの、速水、会長」 「なに?」 なんと言おうか迷って、結局こんな言い方になった。 「兄一さんへのあの言い方は、士気低下を招くのではないでしょうか」 それに速水はあっさりと肩をすくめて答えた。 「大丈夫でしょ。あっちにはマリちゃんがいるし。妹ちゃんたちなにげに肝据わってるし。あの人火付き悪いからあのくらい言って発奮させた方がいいの」 「……はい」 そう言って引き下がるしかなかった。そう、自分はまだ、なんの役にも立てないのだから。 |
それからは怒涛のように通信が入るようになった。 『こちらユルトー。もーエルフの飲み薬尽きちゃったんだけど、輸送班まだー?』 「今大急ぎで錬金してる。まとまった数が出来次第送るよ」 『りょーかいっ。うりゃ』 『こらユルト遊んでねぇで急げっ! こっち突破されそうだ!』 『わー、やっば! じゃー全力で戦うけど死んだらごめんね!』 「頑張って死なないで」 『こちらゲットパーティディラ! ちょっと、敵の数多すぎない!? あたしら四人でここ支えろって!? もーエルフの飲み薬残り少ないんだけど!』 「まだあるだけ上等だね。頑張って。君たちが突破されたら東側戦線は崩壊する、そうしたら校舎まで一気だ。無防備な補給班衛生班エトセトラ+残ってる普通科生徒&一般人が襲われることになる」 『ちょ……おい、マジかよ……』 『……あーくっそこの人遣い激荒会長! しゃーないヴェイル死ぬ気でやるわよ!』 『くそったれっ……しゃーねぇなちくしょうっ! 了解ここは俺らが支えるっ!』 『こちらリクトパーティゼッシュ! 南側戦線マジヤバい! 援軍くれ、あとどれだけ支えきれるかわかんねぇっ!』 「リクトくんに代わってくれる?」 『へ? いいけど……リクト』 『はいっリクトですっ。なんですかぶっちゃけもー生きるか死ぬかで戦ってるんですけど!?』 「あと十分支えられたら女の子紹介したげる。頑張って」 『え……ちょ、マジですか!? 頑張ります今よりさらに死ぬ気で頑張りますっ!』 「仲間たちも頑張らせてね」 『……了解……』 そんな通信を繰り返しながらも、魔物たちは次々と押し寄せ味方の数は着実に減っていく。戦場の様子を端末でのぞき見て、その惨状にアーヴィンドは戦慄した。こんな、こんなひどいことが、あるなんて。 ずっと無言で戦局画面を見ていたフォルデが押し殺した声で言う。 「……俺らいつまでここで黙って戦局見てりゃいいんだよ」 「最後までだ」 ラグが同様に押し殺した声で言った。フォルデが一気に声と顔を激昂させて怒鳴る。 「最後っていつだよ!? 味方全員魔物どもにぶち殺されるまでか!? こんなとこで待ってねーで、一体でも多くの敵をぶっ殺さなきゃなんねーんじゃねーのかよっ!」 「俺たちの出番は最後。そういう取り決めだったはずだ。作戦を忘れたわけじゃないだろう」 「わかってる、けどっ……」 「ま、気持ちはわからんでもないが。少なくとも最後の最後まで頭は無事でいてくれなけりゃ前線の奴らは今よりもっとばたばた倒れていくぞ? 頭を守る俺たちが勝手な行動を取ったら困るのは前線の奴らだと思うんだがな」 「け、どぉっ……!」 いつも通りの飄々とした声で言うロンに、血が出そうなほどに拳を握り締めてフォルデは呻く。がすがすがす、とじたんだを踏む。苛立ちともどかしさが飽和状態になろうとしているのがアーヴィンドにもわかった。 と、セオが口を開いた。 「フォルデさん」 「……なんだ、よ」 「まだ、ここにいてください。お願いです」 「っ………」 フォルデは弾かれたようにセオを見た。セオは静かに、表情を変えないまま繰り返す。 「まだ、ここにいてください。お願いです」 いや、違う。表情を変えてないわけじゃない。体が小刻みに震えている。拳から握り締めすぎて血が本当に出ている。乾いた瞳に恐ろしいほどの悲嘆が詰まっている。そうか、さっきからずっと戦局画面を見ていたこの人は、戦場で失われる命すべてを全身全霊で悼んで、そしてなお戦おうとしているんだと気付いた。 「まだ、ここにいてください。お願い」 「っわかったよっちくしょうっ!」 フォルデは自分の無力さに対する憤りに満ちた声で叫び、どっかと戦局画面に背を向けて座り込んだ。セオは静かに戦局画面に視線を戻す。その間にも次々と寄せられる報告に、速水とサポートの舞は淡々と対処していった。 『こちら北側戦線衛生班! 薬も包帯も足りないっ、輸送班はまだか! あと護衛が少なすぎる、落ち着いて治療ができん!』 「今運ばせてる。護衛は今の人数が回せるぎりぎり。根性据えて治療して」 『な……すぐ目の前まで魔物がやってきてるんだぞおい!』 『ディック! 俺らが絶対お前のとこまでは来させないっ、だから頑張れっ! 俺らを信じろ!』 『アルバー……俺は内科なんだぞどちくしょうっ!』 『こちら輸送班っ! B−6地区にて魔物が現れました、至急応援を要請します!』 「すまん。そちらに裂ける人員がない。なんとかそなたの運転技術で振り切れんか?」 『っ、了解、やってみます……ここが踏ん張りどころだぞ、スーパー7……!』 『こちら南側戦線っ……すいません、Gブロックまでの撤退を要請しますっ……!』 「了解。総員即時撤退せよ」 『ナップ、急いで! 俺が君が行くまで絶対に持ちこたえるから!』 『先生……ちくしょぉぉっ!』 時刻は15:40。戦いは泥沼のような消耗戦へと移行しつつあった。 |
扉の外にいる護衛隊から通信が入った。 『会長! 勇者部部長が来てます! 会長にどうしても直接伝えたいことがあるとかで』 速水は一瞬ふむ、というように頭を巡らせてから、すぐに答えた。 「すぐに入れて」 扉が開き、ぼろぼろに傷ついた人間が一人入ってきてアーヴィンドは息を呑んだ。確かに勇者部部長ロレイソムだ。勇者部部長がこのように満身創痍となるような状況が発生したというのか? 「速水……すまねぇ。マジでやべぇことになっちまった……敵は、強すぎ」 「用件を」 速水はロレイソムの言葉を遮って言った。その周囲をセオたちがいつの間にか固めている。なぜ、とアーヴィンドは驚いた。相手はロレイソムだというのに。 「ああ……用件だな。マジで、やべぇんだ。敵は、強すぎる。全滅する前に」 「あのさぁ、謀略するならするでいいんだけどさ、もーちょい考えてからやってくんない? 今僕すっごい忙しいんだよね」 またもロレイソムの言葉を愛想の欠片もない声で遮ってから、速水はくるりとロレイソムに背を向けた。再び戦局画面に見入る。 え、とアーヴィンドが目を見開くと、ロレイソムはロレイソムにはありえないような邪悪な微笑みを浮かべ、すさまじい勢いで速水に斬りかかってきた。 「………!」 「っく!」 がぎぃっ! その一撃はラグが盾で止めた。一歩間違えれば腕が斬られていたであろうその苛烈な斬撃に、ラグは苦笑してみせる。 「まったく、本当にロレくん級の打ち込みなんだもんな。これは洒落にならないよ」 「なにを言っている、しょせん偽者の打ち込みだぞ? 本物の気合も気迫も色っぽさもない。この程度ならさして苦労はせんさ」 「色っぽさってなぁ、お前……」 「くだらねーこと言ってんじゃねーよ! ちょうどいいところに現れやがったなクソ野郎。俺らはな、今猛烈にイライラしてんだよっ!」 す、とセオたちパーティは武器を構える。フェイクもヴィオもす、と武器を構えた。え、え、とまだ混乱する頭で考えて、ようやく気付いた。 「ドッペルゲンガー!?」 「アーヴィンド、遅いぞ」 舞に冷たく言われ唇を噛む。うかつだった。以前にも一度対峙したことすらあったのに。 ドッペルゲンガーは一度見た者に変身できる能力を持つ魔神だ。だがその変身の恐ろしいところは、一時間以上観察した相手の能力や記憶すらそっくり写し取れること。ロレイソムのような剣の達人に変身すれば、当然達人の能力を得る。 戦場で他の魔物に紛れてロレイソムを観察し、化けたのか。これは、相当にまずい。 だが、なんとしても速水会長だけは逃がさなくては。指揮する頭は最後まで生き延びなくてはならないのだ。アーヴィンドは武器を構え、ファリスに祈りを捧げ―― たとたんドッペルゲンガーが消えた。 「……へ?」 フォルデがぽかんとした声を上げる。ラグとロンも驚いたような顔をする。セオがそこに、静かに告げた。 「俺が、ニフラムで消しました。今、力を浪費するわけには、いきませんから」 『………………』 セオはまた戦局画面を見つめる。速水たちはその間も通信に対応していた。 『こちら食堂っ! どっかからいきなり大量に魔物が現れやがった、至急応援頼む!』 「自分たちで殲滅して。こっちも手が足りない」 『な……正気かてめぇっ、祐さんまで戦ってんだぞっ!』 「無駄口叩いてないで応戦して。君ならそのくらいの敵倒せるでしょ? 言っておくけど君のパワーは全学園中でも相当なレベルなんだからね」 『え、それは、その』 『おい浩っ! 喋ってねぇで手伝えっ! いくぞっ、召・竜・連・撃ぃっ!』 『く……くっそーっ! やってやらぁっ!』 『こちら一般人保護区。魔物に襲撃された。悪いが急いで救援頼めんかのう?』 「了解。今すぐ」 『あっこら仁王さんっ、なに通信してんだよっ! 勇者部の人たち助けに来ちゃうだろっ!』 『いや隼人、今の俺らは助けに来てくれんとまずい状況じゃと思うんじゃが?』 『俺たちにかまってて戦いに負けたらどーしよーもないだろっ!』 『だいじょーぶだよー、八千穂先輩がびしばしスマッシュ決めてくれてるし。あのジェフっていう眼鏡の子、なぜか光線銃とかミサイルとか持ってるし。しんのすけくんも……』 『ぐがーすぴー』 『……居眠りしながらだけど、敵の攻撃防いでくれてるし。私たちも頑張ればきっと勝てるよ!』 『巴ちゃん……それはやめた方が、いやとにかくこっちはこんなこと話してられるくらいには余裕ありますんで、救援は後回しで大丈夫ですよ。錬金も遅れないよう全力で進めてます!』 「了解。……もしもしヘッポコーズ? 全速力で一般人保護区に向かって。魔物が出たから」 時刻は17:22。戦況は、刻一刻と激しさを増す一方だった。 |
18:01。またも戦況が動いた。 最初に気付いたのはアーヴィンドだった。これはたまたま、アーヴィンドが見ていたのが魔力干渉データだったからだ。 西側、北側。それより規模は小さいが、東側、南側。それどころか街の中にまで、恐ろしい規模の魔力波動が渦巻き始めている。 「会長! 戦場のいたるところに超大規模魔力波動観測! これはおそらく……!」 「了解。……ロレくん、サマくん、マリアちゃん。気付いてる?」 『おーよ』 『まぁね。腐っても勇者部部長陣だし』 『ここまで強力な魔力波動ではね……』 「で。いけるね?」 『たりめーだ』 『戦線の指揮権は委譲した方がいいかな?』 「そうだね。人選は任せる。死ぬ気振り絞って。……ユーリル? いける?」 『……おう。なんとかな』 「なんとかレベル? じゃー休む?」 『じょーだんっ。惚れた女の前で、こんな奴らに膝つくわけにゃいかねーだろ! 行くぜ、みんな!』 『了解した。……会長殿、これより通信を途絶する。おそらくはその余裕がないのでな』 「はい了解。ユルト? 生きてる?」 『なんとかねー。三十回くらい死にかけたけど』 「じゃ、まだいけるね。全力で戦って」 『おいざけんな横暴会長俺らのことなんだと』 『はーい、りょーかいっ。ほらほらククール意地張らないのー。ここが頑張りどころだと思っていっちょやりますかー!』 「よし……ユィーナ、戦況は?」 『極めて不利ではありますが、我々はまだ行動可能です。これより東側戦線を支える総員を撤退させ、最終防衛ラインに着かせます』 「うんお願い。あーとはっと。煌さーん? 出番ですよー?」 『ったく、遅ぇんだよボケ会長。雑魚と遊ぶのも飽きかけてたとこだぜ』 『こら煌っ! この状況でなに言ってんだよお前っ!』 『お? なんだ偉そうじゃねーか。人間助けるのに俺に百三十五回も力使わせた分際で。言っとくけどお前はこれが一段落着いたら二十四時間みっちりねっとりたっぷり俺に食事させんだからな?』 『な、なななな、そんなこと今言わなくてもいーだろーっ!』 「はーい、じゃー閃くん死ぬ気で生き延びてねー。つか、君が死んだら人類滅びるかもしれないんだから死んでも死ぬな」 『……了解っ』 「で。滝川?」 『へいへい。なんですかー、会長サマ』 「西側の敵は全部潰せ」 『……言うに事欠いて全部かよ。あーったく人遣い荒いよなぁこの鬼司令はよーっ!』 「ん? まさかできないとか抜かしこいちゃう気?」 『まさか。誰だと思ってんだよ、俺を。――腐っても人類最強の絢爛舞踏だぜ』 「よろしい。その呼び名を使ったからには一人でも犠牲出したら極刑ね。……アーヴィンドくん、全学園に放送」 「はいっ」 「あー、あー。テス、テス。現在マイクのテスト中。……すわぁて八百万間学園生徒の諸君っ、聞こえてるねー? 生徒会長の速水厚志でっす。ぶっちゃけ戦況は超不利でーっす。ただでさえ魔物との戦いが泥沼化してんのに、敵は魔王を大量に送り込んできましたー。しっかも大魔王はまだ出てきてませーん。……でも、僕たちは負ける気なんて全然ない」 すぅ、とおちゃらけた声を、静かで、この上なく深く、凛としたものに変える。 「今ここにいる人間には勇者を目指している人間もそうじゃない人間もいるだろう。単に食いっぱぐれがなさそうだからこの学園に入った人間もいるだろうし、深く考えてなかった人間もいるだろう。本気で勇者を志しても、今日一日で戦うことに嫌気がさした人間もいるかもしれない。―――でも、僕たちはここまで戦ってきたんだ」 魂にじんとしみいるような、高いのに力強い声。 「僕たちはみんな、ここまで生き残るために、誰かを生き残らせるために、全員全力で戦ってきた。誇れ。胸を張れ。僕らはとうに勇者を超えている。絶望なんて知ったことか、不可能だなんだってこともどうでもいい。全員全力で戦って、全員生き残ろう。自分と、仲間と、ついでに世界と。ま、あとはどこかの誰かの未来のために、ね」 最後にわずかに笑みを含んだその声に、生徒たちが応える声がこちらまで聞こえてきた気がした。アーヴィンドはぐっと拳を握り締める。そうだ、死ぬ気で頑張ろう。自分にも速水会長のサポートはできるはずだ。この一年やってきたことを、絶対に無駄にしない。 ――あとで聞いたら、ヴィオは速水の話す間中ぼーっと速水の方を見ていたらしい。言っている意味はよくわからなかったし、一日中ただじーっと待っていたので疲れていた。でも速水が大切なことを言っているのはわかった。なので精霊と話をする時のような気分で、ただ速水の方を見ていた。なにも考えず、ただすべてを受け入れ感じる境地で。 だから、気付いたとたん反射的に叫んだ。 「会長、上!」 ――ざしゅっ。 |
「っ………!!!」 アーヴィンドは一瞬絶句し、それからだっと速水の方に駆け寄った。速水はぎりぎりで身をかわしていた、だが傷は相当深い。腕が落ちなかったのが不思議なほどに深い傷だ。震えるな、声、神に祈れ、僕に今できるのはそれだけなんだから! 傷を癒す呪文を唱えつつ、目の前の巨大な影を見つめる。その魔と邪を凝縮したような闇の中で、今朝大きく映し出されたものと同じ顔が笑った。 『く、ふははははははははは! 愚か、愚か。愚か過ぎるぞ人間! 我が今朝よりこの時を待っていたことにも気付かぬとはなぁ!? 我は勝とうと思えばいつでも勝てた。我が絶大なる魔力を用いてなぁ! だが、それでは面白くない。暗黒神の生贄とするには深き絶望を味わってもらわねばならぬしなぁ。そこでじわじわ、じわじわと貴様らを追い詰め、絶望を乗り越え希望を手にした瞬間に、それを粉々に砕いてやろうと思うたのよ!』 速水は静かに目の前の闇、大魔王ゲーマを見ている。今朝から何度も見てきた、無表情で。あれは絶望の表情なのだろうか。 アーヴィンドははっとして、首を振った。違う、あれは。 『聞こえるか人間ども、我はこれよりそなたらの首魁を討つ。この上なく残忍に、残虐になぁ。おぬしらに希望を与えた人間が、泣きながら許しを請いながら死んでゆく様を味わうがいい! そして絶望するがいい! く、ふはは、わはははははははは!』 「―――ディリィさん?」 『準備完了。いつでもいいぞ、速水』 「了解―――」 す、と速水は手を上げ、そして振り下ろし、叫んだ。学園中に響く声で。 「分断結界、作動!」 バチィィィッ!!! 強烈な破裂音。生徒会室が揺れた。『ぐぎゃあっ!』という悲鳴。アーヴィンドは二度目の呪文を唱えることに集中した。 揺れが治まり、速水の傷をすべて癒し終えたと確信してから、アーヴィンドは大魔王を見る。大魔王はその圧倒的な迫力を大きく減じていた。魔力や呪力が一気に十分の一以下に落ちている。 『な、な、な、な………貴様、なにをした………!』 「あっはっはー大魔王さーん、大とかつけちゃうわりにはちょっと頭足りてないんじゃなーい? ついでに情報収集能力も足りてないよね。我が八百万間学園校長にして最強の術者、竜王のひ孫ゴーディリートさんが開戦からずーっとなんにもしてなかったことに気がつかなかったわけー?」 速水はすっくと立ち上がり、大魔王ににこにことまくし立てる。大魔王は震えながら目を見開いた。 『な、きさ』 「この時を待ってたのはこっちも同じなのー。そっちが結界越えて転移できるのなんてお見通しなわけ。だからその時に一気に敵の頭を叩いちゃおーって考えたんだよね、僕は。頭いーv」 『な、な、な』 「ディリィさんには魔力を練って練って練りまくってもらって、この生徒会室に結界を張ってもらってたんだよねー。大魔王だろうがなんだろうが分断結界が効くようにv あ、分断結界っていうのは言葉通り魔族が本体が存在する場所から存在を伸ばしてきた時にその存在、魔力やら能力やらを分断しちゃう結界なんだけど、これはその特別製。魔族の核を分断する方に引きずり込んで分断する、つまり本体をすんごい弱くした状態で叩けちゃうって優れものなんだよねーv」 『だ、だ、だがっ! まだ外には山ほどの我が配下の魔王と魔物たちがいるっ! 我が有利は』 「あっはっはー、お・ば・か・さんっ♪ ちょーっと学園周辺の位相をずらしただけで、ディリィさんよりさらにおそろしーあの人の登場を防げるとでも思ってたのー?」 『な』 ぱっぱらぱぱらぱぱー♪ 空に映像が映し出された。あれは。王者のマントと太陽の冠を身につけ、光の盾とドラゴンの杖を持ったあの姿は。 『勇者たちよ―――打ち倒せ!』 グランバニア国王アディムの号令一下、一万を超える部隊――見るからに勇者の精鋭たちが突撃してくるのが見えた。魔物も魔族も魔王ですら、呆然としている間に次々と打ち倒されていく。 『みんなっ、ごめんね遅くなってっ! 助けに来たよー!』 『わたしたち、精一杯みなさんをお助けします!』 『ラインハットの軍も動かしてきたからなっ』 『ま、手間はかかったが、それなりの成果は持ってきたぜ』 『みなさん、あと少しです。頑張って戦って、生き延びましょう!』 『頑張らないと私たちが手柄取ってっちゃうわよー?』 うおぉぉっ、と吠えるような声がして、生徒たちが戦闘を再開した。戦局画面の敵を現す点が、次々に減っていく。 『だ、だがっ! ここの戦力はわずか九人! 力が落ちているとはいえ貴様らを皆殺しにする程度の力は』 「んっもー、往生際わっるーい♪ でもねー、そーいう時のために僕は彼らをここに置いておいたんだよ。勇者部のホープ――セオ・レイリンバートルくんのパーティをね!」 『な……』 「へっ……よーやく出番かよ」 「まったく、待ちくたびれたぞ?」 「遅れた分、頑張って働かないとな」 そしてセオが静かな、どこか哀しげな、けれど苛烈なまでの決意を込めた眼差しで大魔王を見つめ、言う。 「ごめんなさい――」 すらり、と剣を抜き。 「俺、あなたを殺します」 だんっ! と地面を蹴った。 戦いは猛スピードで進んでいく。フォルデが「遅い遅い遅い遅いっ!」と楽しげに叫びながら大魔王の稼動部を斬り裂き。 『邪魔だ邪魔だ邪魔だっ! どっらぁぁっ!』 ロンが「フッ!」と呼気を吐き出しながら猛烈な勢いで大魔王の急所を突き。 『落ちろ雷……俺の刃に宿れ! ギガッ、ソードォッ!!』 ラグが「はぁぁぁっ!」と剛力で大魔王の防御ごと体を割り裂き。 『スーパーハイテンション……ギガスラッシュ!!!』 『俺たちの愛の前に……砕け散れぇぇぇっ!』 滝川が恐ろしいほどの機動で最後の魔王を倒した瞬間、叫んだ声が生徒会室に響き――― 『やれっ、セオーっ!』 「―――ごめんなさい」 迅雷、というも生温い速度でセオの剣が動き、 「さようなら」 『――ッギャアアアアァァァァァァァァァッ!!!!』 大魔王の核を、ずっぱりと両断していた。 |
戦いは終わった。 勇者以外のグランバニア軍、ラインハット軍はどちらかというと、工兵兼衛生兵兼補給部隊としての人員だったらしい。傷ついた生徒たち、教師たちには残らず治療・回復が施された。学園都市の修復もしてくれるらしい。 生徒たちの中には戦いが終わった瞬間気絶してしまう人間もいたそうだ。それだけ激しい戦いだったのだと知れる。 そして日が落ち、一日中戦った生徒たちが、たっぷりと休息をとっている頃。 アーヴィンドはとっても忙しかった。 「速水会長、血があれだけ大量に出たんだから休んでてくださいよ!」 しかし、それを苦にしてもいない。 「なーにいってんのアーヴィンくん、責任者ってのは始まる時と終わる時が一番忙しいんだよー? 僕がいなくてどーすんの」 「速水会長は一日中指揮をして疲れておられます。なんにもしてなかった僕が働くべきです!」 グランバニア軍、ラインハット軍に対する指示。生徒たちの指揮。作業の統括。そういうことなら自分だって役に立てる。自分だってこの一年、ただ遊んでいたわけではないのだから。 「……ん、そっか。じゃー任せちゃおうかなっ」 「……はい!」 「これから頑張ってね、アーヴィンくん」 「え?」 「僕と舞は今回の仕事で引退だから〜。次の一年はセオくんが会長だね。で、その次の最有力候補は君だよん♪」 「………はい」 静かにうなずくアーヴィンドに、お? という顔をしてから、速水は軽くアーヴィンドの頭を撫でて去っていった。 そう、自分は今回なにもできなかった。ろくに役に立てなかった。でも、これで終わりじゃないんだと今ならわかる。 「錬金釜はすべて第四倉庫へ! 交通渋滞? 今すぐ交通誘導隊を向かわせます。とにかく医薬品の補給を最優先に! ……ヴィオ。君も休んでいいんだよ?」 「うーんっ、俺だって今回ろくに働いてないし。最後にちょっと回復しただけだし。それに、俺こゆのなんにもできないけどさ、アーヴが頑張ってるから、一緒に頑張りたいよ」 「……ヴィオ。うん、そうだね……ありがとう」 戦いはまだ全然終わりなんかじゃない。まだまだ続く。自分たちが生きている限り物語は終わらないのだ。だから、前へ。もっと前へ。自分たちのできる限りの力で。 だって、自分たちには仲間がいるんだから。まだまだいくらだって成長できる。しなくっちゃ! そう決意しつつ、手が空いた時に、アーヴィンドはちらりと速水が消えた方を向き、涙ぐみそうになるのを堪えて深々と頭を下げた。 今まで、本当にありがとうございました。 |