いろいろと常識外れではある八百万間学園にも他の場所とまったく変わらないことがいくつかある。
 そのひとつは暦だ。勇者を育成する学園である八百万間学園にも当然他の場所と同様に時間は流れ、季節は巡る。なので当然カレンダーも一緒だ。休日祝祭日、すべて他の場所と変わりない。開校記念日は休みになるのでそこだけは違うといえば違うが(ちなみに六月五日だ)、普通学校は開校記念日は休みになるものなので他と変わりないと言っていいだろう。
 なので二月には節分もあればバレンタインデーもある。正直二月に入った頃から憂鬱だなぁとは思っていたのだが。
「はーい慈善チョコ依頼の受付はこちらですよー。一人五百円! もらうあてがある生徒も受け付けてるんで、体育祭のお姫様にチョコをもらいたい人はどんどん依頼してねっv」
 こういう方向で憂鬱なことになろうとは、ちょっと考えていなかった。


 そもそもバレンタインデーというのは、アーヴィンドにとっては憂鬱なことが多い日ではあったのだ。
 アールダメン候子であり、絶世の美少年であり、勉学運動共に優秀、才気煥発文武両道才色兼備な三百六十度死角なし王子様であるアーヴィンドは、発情の呪いをかけられる前からむちゃくちゃモテた。学校に通っていたわけではないが、会う機会のあった同じ貴族の娘にはことごとく目をつけられた。
 そういう将来の婿を血眼で探す女性たちにはバレンタインというのは格好のイベントで、『お渡ししたいものがあるので家まで来てください』という手紙を山のようにもらうことになり、とりあえずまだ結婚なんて考えられないアーヴィンドは方々の貴族の家を周りまくって「申し訳ありませんが受け取れません」と頭を下げまくることになる。
 当然ながら面倒だし、疲れるし、なによりストレスが溜まる。そう拒否すると相手はたいてい泣くのでそれをなだめるのに相当な労力を使うし、意中の娘でもいないかと貴族流のやり方でこちらの腹を探ってくる娘も多い。それに申し訳ないとは思いつつも、別にこちらが頼んだわけでもないのに下げたくもない頭を下げるという行為は、非常に精神的に疲れて正直やってられないとか思ったりするのだ。
 なのでバレンタインデーなんてなければいいのになぁ、とかたいていの思春期男子とは真逆の方向で思ったりする(そしてその言葉を漏らして殺意を抱かれたことが一切ならずある)アーヴィンドではあったのだが。
「バレンタインデーはモテない男子のために女装してチョコ渡してねv」
 そうにっこり速水に笑って言われた時は、バレンタインデーにチョコレートを渡すなぞという風習を作り出した人間を心底呪いたくなった。


「……なんで、ですか」
 一応聞かなくてもわかってはいる気がするが訊ねておく。
「なんでって、僕が考えた企画のために決まってるでしょ?」
「どういう企画ですか」
「名付けて『五百円でお姫様から慈善チョコをもらっちゃおう!』企画! 世の中にはねー、アーヴィンドくんにはわかんないだろーけど一個もチョコをもらえない男子がいっぱいいるんだよ。そーいう生徒のために体育祭で登場したお姫様が有料でチョコをあげちゃう♪ っていう、まぁ慈善事業だね」
「有料な時点で慈善事業じゃないと思いますけど」
「えーでも本当に儲けなんて大して出ないよ? チョコレートは学食の天才料理人たちに作ってもらうんだけど、質のいいもの作っていいっつったから材料費は高級チョコ並みだし。それなりに技術料も払うし。ラッピングもそれなりに凝るからその分の費用もかかるし。だから儲けなんてチョコ一個につき百円ぐらい」
「普通そのくらいなら充分商売といえると思うんですが」
 はぁ、とため息をついて、どうせ答えてくれないんだろうなぁと思いながら訊ねた。
「今度はどういう魔王対策なんですか?」
「んー、一応チョコ魔王っていう嫉妬の念から毎年出てくる魔王をさくさく倒すためっていうのもあるけど、それはおまけだね」
 アーヴィンドは思わず目を見張った。まさか、そんな答えが返ってくるとは思わなかった。
「あ……ああ、そういう答えを表向きに用意しておいて、影で別の魔王対策をなさってるんですね?」
「ううん、してないよ。まーアーヴィンドくんが信じられないっていうならしょうがないけど、このイベントは本当に慈善事業……っていう言い方が嫌ならフツーの生徒会イベントだもん。本当に魔王対策ってわけじゃないよ」
「………………」
 不審の目で見つめると、速水は苦笑して肩をすくめた。
「そんなに僕の言葉が信用できない?」
「信用できないというわけでは、ありませんけど……今までが今までなので」
「まぁ、それもそっかv」
 てへv と笑ってこつんと拳を額に当てる速水。その仕草は非常に可愛らしかったが、アーヴィンドには不審の念を強める作用しか持たなかった。
「だけど、今回は本当だよ。信用するかしないかは任せるけどね」
 すっと真剣な顔になって速水は言う。じっと様子を観察してみたが、アーヴィンド程度に看破できるような嘘をついた様子はない。
 だけど今までが今までだし。そう眉を寄せるアーヴィンドに、速水は真剣な顔のまま続けた。
「僕の任期はあと一ヵ月半。その間にやれることをやっておきたいっていうのはそんなにおかしいかな?」
「やれること?」
「そう。生徒たちに、めいっぱい楽しいイベントを提供する、っていう生徒会の仕事をね」
 そう言って、速水は不敵ににやりと笑った。


 そして今までのところ、その言葉を裏切るような証拠は出ていない。少なくとも生徒会の資金は動いていないのは確かだ。
 そして自分の最近の仕事は(引継ぎの仕事が始まるまでにはもう少し時間があるので)、『五百円でお姫様から慈善チョコをもらっちゃおう!』企画の受付がほとんどだった。それも授業が終わってから一時間程度で終わってしまう。そのくらいになったら帰宅部の生徒は帰ってしまっているし、部活後の生徒は疲れているから生徒会室になんて寄らない、ということで。チョコの準備は学食の料理人たちが、ラッピングはラッピング部がやってくれるので自分たちの仕事は当日までない(当日の仕事を考えるとかなり気が重くはなるが)。
 そして今日も受付が終わり、生徒会は解散、帰宅してもいいことになってはいるのだが。この一年毎日夜遅くまで懸命に仕事をしてきたアーヴィンドは、こんな風に時間の余裕ができると少し物足りない気分になってしまう。寮に戻ろうかな、どうしようかな、と思いながら校内をうろうろしていると、ふいに調理実習室の方から声が聞こえた。


 ついでに甘い匂いもする。ああ、そういえば、と思いつつ扉の前まで近づいて中をのぞきこんでみると、予想通りそこには大量の女生徒(女教師らしき人々もいたが)がエプロンを装着して必死に調理――チョコレート作りの練習をしていた。
 その中をライがうろうろしながらいろいろと教えている様子だ。調理部&学食料理人によるチョコレート菓子の作り方講座。今日はライの担当らしい、と思って見ているとライがふいにこちらを向き、顔を輝かせてすたすたと歩み寄り扉を開けた。
「やっぱ、アーヴィンドじゃんか。なにしてんだ、入って来いよ」
「え……だって、部外者だよ?」
「別に部外者お断りってわけじゃねーよ。試食役歓迎。ま、俺が作るわけじゃねーから味の方は保証できねぇけどな」
 にかっと笑うライに毒気を抜かれ、くすっと笑ってアーヴィンドは中に入った。チョコレートの甘い匂いがさらに強烈に香る。
「うわぁ……すごいね」
「まーな。失敗する奴もいるからいい匂いばっかっつーわけでもねーし。けどまぁ、うまいもんを食わせてやりたいって思ってるからこーして頑張ってるんだって思うと、むげにもできねーからな」
 そう苦笑するライ。実際料理についての苦労なら買ってでもして誰の面倒でもとことん見てしまうライは、生まれついての料理人だと思う。


「先生……試食してください」
 目をすえ髪を振り乱し息を荒げた、幽鬼のような姿で風紀委員長のユィーナがばっと鉄板を差し出した。その上には真っ黒く焦げた小さな物体が載っている。
「………。ユィーナ先輩、試食してみたのか?」
「しました。ですが私はとうに味のわかる状態ではありません」
 きっとそこらの魔王なら裸足で逃げ出しそうな目でライを睨みつけながらユィーナは言う。確かに、今のユィーナに食べ物を味わえというのはかなり無理そうだ。
 ライは小さく息を吐き、物体を一個つまんで口に入れた。そして「う゛っ……」と呻くような声を漏らす。
「……チョコクッキーも駄目か……。なぁユィーナ先輩、俺がやったのと同じようにやったんだよな? オーブンの温度も時間も変えてないよな? 生地もレシピ通りに作ったんだよな?」
「私の全力でレシピに近づけたつもりです。材料配合方法焼き上げる温度、全身全霊を振り絞って先生の指示通りに作るよう努力しました。これで、駄目なら、私は、どう、すれば……」
 声が弱くなっていくのと同時にふぅーっと体から力が抜け、ユィーナはその場に倒れた。慌てて助け起こすと、緩やかな呼吸音が聞こえる。どうやら疲労のあまり眠っているだけらしい。ライははーっ、と息を吐いた。
「頑張ってんだけどなーユィーナ先輩……どこをどーすりゃここまでまずい菓子が作れんだか……」
「ライせんせーっ、試食して!」
 にこにこ笑いながら高等部女子テニス部部長八千穂が真っ黒いチョコレート(トリュフを作ったつもりなのだろう)を差し出す。ライはじっとその物体を見つめ、慎重な口調で訊ねた。
「なぁ八千穂先輩、試食してみたか?」
「え? ううん、まだだけど、きっとおいしいよッ! 今度は昨日よりも頑張って作ったし!」
「とりあえず、自分で食ってみて」
「え、うん……」
 言われておそるおそる物体を口に入れた八千穂は、その体勢のまま気を失って倒れた。どうやら意識を失うほどのまずさだったらしい。ライはさっと支えてため息をつく。
「八千穂先輩、せめて計量をちゃんとしてくれりゃもーちょいまともなもんが作れると思うんだけどな……」
「ライよ、試食をせよ!」
 ばっとチョコケーキ(らしき消し炭の塊)を差し出し、目を炯々と光らせて叫ぶのは、アーヴィンドのよーく知っている相手、生徒会副会長の舞だった。ライはふー、と息を吐いて訊ねる。
「……自分で試食は?」
「したが、どういう味なのかさっぱりわからぬ!」
「……そっか……じゃー、一切れ……」
 ふー、と息をついて、そっとケーキを取って少しずつ食べるライ。もぐもぐと食べている様子を見ていると、さほどまずいようにも……と思っていたが、ふいに舞が「ぐ!」と声を上げてその場にふらふらと倒れたとたんぽとり、と手からケーキが落ちた。
「時間差攻撃……かよ……」
「わぁっ、ライーっ!」
 倒れた二人を必死の思いで介抱しながら、アーヴィンドははぁ、とため息をついた。
 どうやら、女子は女子で、バレンタインは大変らしい。


 翌日、普通科の前を通ると、こんな話し声が聞こえた。
「あーあー。バレンタインなんてなくなっちゃえばいいのになっ」
「まさおくん、そういう言い方はやめなよ。楽しみにしてる人だっていっぱいいるんだからさ」
「風間くんだっていっつももらえそうでもらえないくせにっ!」
「うぐっ」
「……大丈夫。きっと、もらえる」
「ボーちゃんはもらえるあてがあるからそんなことが言えるんだよっ! チョコもらえる奴にもらえない奴の気持ちなんてわからないんだーっ!」
「まったくですなぁ。オラはぁ、ちゃんといっぱいもらえるからぁ、もらえない人の気持ちなんてわからないんですぅ」
「しんちゃんそういうボケ痛々しいからやめてよ……」
「……バレンタインなんてなくなっちゃえばいいんだゾ」
『さんせーい……』
 ふぅ、と思わず息をつく。男子も男子で、やっぱり大変だ。


 それからも学校のあちこちで似たような情景を見かけた。
「おじょうさま、やっぱり私が教師じゃ限界がありますよ……調理部の講座でライさんに教わった方が」
「うるさいうるさいうるさーいっ! そんなのできるわけないでしょっ! あいつの前で料理の練習なんて、絶対できるもんですかっ!」
「チョコ、一個でいいからもらいたいよね! アドル先輩!」
「そうだよな、リクト……エマさんにもらうなんて絶対不可能だろうしな……」
「ゼシカさん……やっぱり手作りの方がユルトも喜んでくれるのかしら? 既製品では、やっぱり手作りの威力には勝てないのかしら?」
「ミーティア姫……無理よ。あたしたちの技術では手作りにはとても手が届かないって、何度も教えられてきたじゃないっ……!」
「はー……マーニャ、チョコちゃんとくれっかなー。手作りなんて無理言わない、既製品でいいんだけど……面倒くさがりやだからくれない公算の方が高い……」
「ユーリルさん殺意を抱くのでそれ以上喋らないでくれますか。……私なんて姫様にはもらえないと絶対確定してるんですよそもそも決まった相手がいる奴が贅沢言うなってんですよアハハまったくザキザキザキザキザキザキザラキ」
 本当に、バレンタインデーというのは大変だ。


 バレンタイン当日。アーヴィンドはまだ生徒たちの起き出す前ぐらいの早朝から、学校で速水にお姫様メイクを受けていた。今回は特に気合を入れなければならないということで、たっぷり時間の余裕をみて。
 それでも時間ぎりぎりになるほど速水は時間をかけてアーヴィンドの身づくろいをした。睫毛一本一本まで見事に整えたフルメイク、ただし一見ナチュラルメイク、という速水の化粧技術の粋を尽くしたメイクに始まり、今日のために選びぬかれた服をリボンのそよぎ方ひとつに至るまで計算しつくされた形に整えなければならなかったので。
 当然アーヴィンドは今日は一日公休。速水もだが(他の生徒会メンバーは交代で休むことになっている)。なにせ追加料金を払った者にはチョコを渡すシチュエーションも選べるというのだ、当然時間もかかる。
 朝もはよからやってくる男子生徒たちを相手に、アーヴィンドはにっこり優雅な笑顔を浮かべてチョコを渡しまくった。ボイスチェンジャーまでつけているので台詞も言わなくてはならない。いかに物心ついた時から教育を受けているとはいえ、作り笑いで頬の筋肉が引きつりそうだった。
 そしてその過程で学校内を歩くたびに、チョコレートを渡している女子と渡されている男子を見た。
「たたたたたたたた、たき、滝川っ! 受け取るがよい!」
「お! チョコレート!? サンキューっ! 大事に食うからな! え、これ、手作り……? うわ……あ、ありがとっ!」
「はい、九チャン、チョコレートっ。……皆守クンにも、はい」
「……フン。お前の手作りじゃ食ったあとの命の保証もないだろうが……ま、もらっといてやるよ」
「……ゲット。これを……その……私の、手作り、で……おいしくはできていないとは、思うのですが……せっかく作ったもの、ですし、せめて一口……」
「(ばくっ)……うおおぉぉぉっ、ユィーナっ! うーまーいーぞーっ! ありがとうユィーナ愛してるっ!」
「ちょ……ちょっと、ライ! どうせあんた人に作ってばっかで自分はろくにもらってないんでしょっ! 恵んであげるから受け取りなさいよ!」
「え、いや普通にクラスメイトとかから十個くらいもらってるけど。ふーん……これ、お前の手作りか? ま、もらっとく。ちゃんと全部食ってやるから安心しろよ。……サンキュ」
「……はい。あげるわ。百%義理チョコだけれど。あげなかったことをあとあとまで引きずられても鬱陶しいから」
「え……エマ、さん……あ……ありがとうございます大切に食べますっ!!」
「あの、ユルト……これを。……結局今年も手作りにはできなかったの……でも、来年は、来年こそ頑張るから!」
「別に気にしなくていいよー。でも、ありがとう。来年、楽しみにしてるね」
「はい、ユーちゃん、チョーコ。マーニャ姐さんの手作りよーん。感謝しなさいよね」
「え……マジ? 手作り? うっわーすっげー嬉しーっ! ありがと、マジサンキューっ! ……とりあえず、お礼の先払い……な(ちゅ)」
「はい、義理チョコ。ホワイトデーには三倍返しね」
「……すごく心が篭もってないチョコありがとう……」
「これコンビニの一番安いチョコそのままだよね?」
「(もぐもぐ)……ん〜、既製品でもネネちゃんがくれるとなんだかしつこいお味」
 なんというか、幸せそうだなぁ、と微笑ましくはなったが、それと同時に少しばかりイライラした。自分は女装して作り笑いしながらチョコ配ってるっていうのに、みなさん幸せそうでけっこうなことですねぇ、とでも言いたくなる気分。義理チョコの授受ですらバレンタインというイベントをちゃんと楽しんでいるという雰囲気がある。
「ふははははははっ、チョコ魔王参上! チョコレートをもらえなかった男共の呪いの念を受け〜ぐほっぶぼっべばらっ」
 さくさく倒されるチョコ魔王を眺めつつはー、とこっそりため息をついた。本当に、なんでバレンタインデーなんてあるんだろう。


 仕事を終え、元の姿に戻り、疲労困憊して寮に戻ってくる。食事をし、日課の鍛錬をふらつきながら終え、風呂に入って部屋に戻る。
 そして明日の準備をしている時に、ふと気付いた。
 そういえば、僕、チョコレート一個ももらってない。
 そう気づいた時にはがーん、という音がした。いや別にもらいたいわけでもなかったし、むしろ本気のチョコレートにはいちいち断りを入れなければならないのでもらわない方が楽は楽なのだが。だが。なんというか。バレンタインデーを終えて手元に一個もチョコレートがないというのは、なんというか。わびしいというか。寂しいというか。なんで僕生きてるんだろうみたいな気分になるというか。
 妙に敗北感が胸にのしかかる。今日あれだけチョコを配りまくって、チョコを渡しているところもあれだけ見て、手元にあるチョコはゼロ。なんだかぼーぜんとしながらため息をつくと、部屋の扉が開いた。
「あれ? アーヴ、ここにいたんだ」
「ヴィオ……」
 そういえばヴィオともここのところ会ってなかったな、とぼんやりと考えていると、ヴィオはにこっと笑ってアーヴィンドの前に立ち、すっと袋を差し出した。
「はい、チョコレートっ。手作りだぞっ」
「え」
 数秒思考が停止して。
「ええぇぇえぇぇえぇえぇっ!? チョ、チョ、チョコって、ど、ど、どうしてっ!?」
「え、だって、俺今は女だし。別にアーヴにチョコ渡してもおかしくないだろ?」
「いやおかしいとかそういう問題じゃなくて」
「……いらない?」
 少し悲しそうに首を傾げるヴィオに、アーヴィンドはぶんぶんぶんと思いきり首を左右に振って叫んでいた。
「いるっ! いるよ! すごく嬉しいっ!」
「そっか、よかったっ! ちゃんと食べてくれよなっ」
 またにこー、と笑って部屋を出て行くヴィオを見送って、アーヴィンドはまた呆然とため息をついて、手の中のチョコレートの袋を見つめた。
 チョコ。手作り。ヴィオの。
 そんなことをぼうっと考えていると、ついふうっと顔がにやけてしまい、いやいやなにをやってるんだ僕は! と首を振ってそっとチョコレートを机の上に置く。ちゃんと、大切に食べよう。
 そして、現金にもちょっと思った。バレンタインデーって、悪くないかも。

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