拍手小話『八百万間堂昔話』〜『シンデレラ』

 むかーし、むかし、あるところに。
 シンデレラという、まぁそれなりに心優しく、ドジっ子で不器用だけれども見ようによっては可愛らしい娘がいました。ですがシンデレラは父親の迎えた後妻、つまり継母と連れ子である二人の姉にとてもひどく、そりゃもーここには書けないぐらいの、すなわち18禁クラスのひどいやり方でいじめられていました。
滝川「……おい」
 しかも間の悪いことに遺産だけ残して父親がぽっくり死んでしまったため、もはや家の中は継母たちの天下。法律にも疎いシンデレラは世故に長けた継母の陰謀で遺産もろくに渡されないことになってしまい、ただひたすらにその肉体でもって継母たちに奉仕する奴隷に……
滝川「おい、速水っ」
 なんですか、シンデレラ? 昔話のキャラクターがナレーターに話しかけてはいけませんよ。というか今の私は速水ではなく、ただのナレーターなのですから。
滝川「そーいう問題じゃねーだろ! なんで俺が唐突にこの……こんな、フリフリのスカートっ、穿かなきゃなんねーんだよっ」
 スカートというか、それはワンピースだね。それにフリフリっつっても襟元がちょっとフリフリしてるだけじゃん、一応資料に忠実にしたんだから。今の君はどこからどう見ても質素な灰かぶり姫なんだよ。
滝川「無理ありすぎんだろ! つかな、そーいうこっちゃなくて、なんで俺がいきなりシンデレラなのかっつーことを聞いてんだってば、俺はっ」
 それがこの拍手小話の企画だから。
滝川「え……へ? 企画?」
 そう。八百万間堂昔話と題して、いろんな昔話を八百万間堂内にいるキャラで演じてみる! っていうまーわりとよくある企画。これから一年の拍手小話はその企画を、気楽にゆるーく更新していく予定なんだって。
滝川「へー、そーなんだー……じゃなくて! なんで俺がシンデレラなんだよっ、普通女の子がやるもんだろシンデレラってっ」
 え、だってそりゃ、ねぇ? シンデレラだよ、虐げられキャラの中でも一、二を争うほど有名なキャラだよ? ここはそれに敬意を表して、当サイトの元祖虐げられキャラである滝川がやるしかないでしょ!
滝川「おかしーだろそれ! 変じゃん、おかしーじゃん、みっともねーだろ!? 俺こんなカッコして人前に出んのとかぜってーやだかんなっ」
 あ、そう。そうなの。そういうこと言うんだ、へぇ〜……。
滝川「な、なんだよっ。俺間違ったこといってねーだろっ」
 そういえばね、滝川。ここにICレコーダーがひとつあるんだけど。
滝川「……へ?」
 再生してみようか。ちなみに録音時刻は三日前の深夜、録音場所は滝川の部屋で――
滝川「わーわーわーわーっ! 待った待った待ったぁぁぁっ!」
 ん、どうしたの、滝川。僕はただたまたま録音してしまった君の部屋の音声を再生しようとしただけだよ? 別に後ろ暗いことをしているわけじゃないんだから、再生しても大丈夫だよね?
滝川「っっっ……もーお前はほんっとにいつだってもーっ、そんなに俺をいじめて楽しいかよっ!?」
 うん、まぁわりと。本当だったらもっと全力でいじめて滝川が僕に完全に隷従するかしないかという辺りを綱渡りするように楽しめたらなとも思うんだけど、やっぱり僕なりに良識を働かせて、ある程度遠慮してるんだよ。
滝川「うううう、鬼ぃぃ……」
 さーて再生スイッチはっと。
滝川「わーわーわーわーっ! わかりましたすいませんシンデレラちゃんとやりますから許してくださいっ!」
 え、別に無理しなくていいんだよ? 本当にやりたくない人にやられてもこちらとしても、ねぇ?
滝川「ううう……ぜひともシンデレラやりたいのでどーかやらせてくださいっ!」
 まぁ、そこまで言うならやらせてあげようか。頑張ってね、まぁ君なら大丈夫だと思うけど、うっかり失敗するようなことがあったら、僕も動揺してこのレコーダーの再生ボタンを押してしまうかもしれないから。
滝川(速水の鬼、悪魔、鬼畜、サンドイッチ魔王……)
 なにか言った?
滝川「なんにも言ってないですすいませんっ!」


 さて、ともかくそーいうわけで、シンデレラは継母と二人の姉にいじめられながら、毎日毎日炊事に洗濯に掃除にと、馬車馬のように忙しく働かされていました。
滝川「うわぁあもーめんどくせーっ! 広すぎだろこの家! ちょっとくらい掃除しなくたって死なねーじゃんっ、飯作って洗濯してって毎日忙しーのになんで毎日隅から隅まで掃除しなくちゃなんねーんだよーっ!」
ナップ「えと……ちょっと、シンデレラ! 掃除まだ終わらないのか……じゃなくて、終わらないのかし、ら?」
滝川「……へ?」
 そして今日も継母のシンデレラいびりが始まります。微に入り細に入り重箱の隅をつつくようにねちねちと……
滝川「おい、ちょっと待て速水」
 なんですかシンデレラ? っていうか僕ナレーターだってさっきも言ったと思うけど。
滝川「いや、だからな、これおかしーだろ明らかに! 継母って普通中年の意地悪そうな女がやるもんだろ!? キャラ的にもミスキャストだし、それにナップって俺より年下でしかも男だぞ、ビジュアル的に明らかにおかしーだろ!」
 それはこの配役をダイスで決めたから。
滝川「へ? ダイ……」
 ダイス。サイコロね。八百万間堂内の、まぁ物語の中でメインだったり目立つ脇キャラだったりするキャラに数字を当てはめて、サイコロ振って決めた。幸い二十面体ダイスと十面体ダイスで片がついたよ。
 基本的にこれから先も、物語のメインキャラ以外は全員ダイスで決めてるから。妙な配役になるかもしれないけど、それもまた味ということで。
滝川「味って……なんぼなんでも味付け濃すぎだろ……」
ナップ「シンデレラ、話進めなきゃダメだってば」
滝川「うー……納得いかねぇ……ええと、はい、お母さま、もうちょっと待ってください」
アシュタ「『もうちょっと』? もうちょっとというのは具体的にどれくらいなのかしら?」
滝川「わ、美人」
 DQ3・3rdパーティの賢者、アシュタ嬢だよ。今回は姉1をやってもらいました。彼女もダイスで決めたんだけど、非常にはまり役だと思うな。
滝川「へ、はまり役って」
アシュタ「シンデレラ。聞いているのかしら?」
滝川「あ、はい、すいません、なんでしょうか?」
アシュタ「まぁ、なんということ。人の話を聞く耳も持ち合わせていないと? それとも私の話に聞く価値がないとでもいうのかしら? まったく、嘆かわしい。育ちが知れるというものね。その程度の心得もない人間が私の妹だなんて。恥ずかしくて外も歩けないわ」
滝川「…………」
アシュタ「もう一度聞いてあげるからさっさと答えなさい。掃除が終わるまでに、私たちはいつまで待てばいいのかしら?」
滝川「え、えと、もうちょっと……」
アシュタ「もうちょっと、もうちょっと。便利な言葉だこと。あなたは毎日家事をやっていて、終わるまでの時間をきちんと数字として出すこともできないのね、呆れたわ。もうちょっとと引き伸ばしてどれだけ私たちに不快な思いをさせるつもり? それに……(ついっ)」
滝川「へ、え、へ……?」
アシュタ「見なさい。窓の桟を軽く擦っただけで、こんなに指が汚れてしまったじゃないの。これで掃除をした、とよく言い張れるわね。その厚顔さには本当に呆れ果てるわ。法律的に私たちにはあなたを扶養する義務はまったくないの。それなのに養ってもらっている身分で、よくもまぁここまで家事に手を抜けること。どこまで根性が腐っているのかしら、本当に下賤な女の腹から生まれた人間というだけのことはあるわね」
滝川「………う」
アシュタ「なにかしら? 言いたいことがあるなら言ってごらんなさいな」
滝川「(ぽろ、ぽろろっ)う、う、う……」
アシュタ「ちょ……ちょっと! なにも本気で泣くことはないでしょう、こんなお芝居で! ああもう、ほら、顔を拭いて差し上げますから泣き止みなさいというのに!」
ナップ(いや、そりゃ普通泣くよ……)
 ……とまぁ、そんな風に、シンデレラは毎日いびられていたのでした。


マティ「……そう泣くな。瞳が溶けてしまうぞ(ぽすぽす)」
滝川「へ……ブハッ!」
 そういう時にはたいてい、優しい姉2がシンデレラをかばって慰めてくれるのでした……って滝川、なに噴いてんの。
滝川「だ、だって……あの人……あの人誰っ!」
 マティアス・アールストレームさん。DQ3・12thで戦士をやってる人。ちなみに身長は193cmだよ。カッコいいでしょ?
滝川「いやカッコいいよ! カッコいいけどさ! なんであの人までドレス着てんだよ!?」
 だってマティアスさんは姉2だもん。
滝川「おかしいだろ変えろよ可哀想だろあの人がいくらなんでもっ!」
 ダイスの神様は絶対です。お願いしたらわりとあっさり着てくれたよ。
滝川「そーいう問題じゃねぇぇぇ!」
マティ「……どうした。大丈夫か、シンデレラ」
滝川「は、はい大丈夫ですっ……あの、おねえ……さま……」
 呼ぶだけでダメージ負わない。ほらほら、もっと姉2と絡んで! 出てくるキャラ全員と絡むのが主役の使命!
滝川「うううううー……あ、あの、おねえ、さま? お、お掃除でしたらもうちょっとで終わりますから……」
マティ「そうか……あまり無理はするなよ」
滝川「え、えと、はい……」
マティ「時間ができたら一緒に稽古でもしよう。待っているぞ(口元をわずかに優しく笑ませて頭ぽんぽん)」
滝川「…………」
ナップ「あ、俺も参加していい? 他の世界の人と稽古するのって初めてだしさ」
マティ「ああ、俺はまったくかまわん。……シンデレラ、お前もいいか?」
滝川「え、は、はいっ!」
マティ「ではな。またあとで(去っていく)」
滝川「は、は、はいっ! …………」
ナップ「? どうしたんだよ、シンデレ」
滝川「よぉぉぉーっし、燃えてきたああぁぁぁ! 掃除残り全部一気にフルパワーできれいに片付けて、マティアスさんと稽古だぁぁーっ!(雑巾掛けダッシュ)」
ナップ「…………どうしたんだ、あの人?」
 やー、滝川は昔っからあーいう頼りがいのあるカッコいい逞しい男の人にめちゃくちゃ弱いんだよねぇ、来須みたいな。犬みたいに尻尾振ってあとついて回っちゃうというかさぁ。
ナップ「へー……」
 まぁそういうわけで、シンデレラはいびられたりもするけれど、それなりに元気に幸せに毎日を過ごしておりました。
ナップ「いいのかよそういうまとめで」


 さて、そんなある日、シンデレラの住む国の王子が結婚相手を探しているということで、舞踏会を開くことになりました。その舞踏会への招待状が、シンデレラの家にも来たのです。
滝川「ぶとうかいぃぃ〜? やだよ俺そんなの、どーせドレス着るんだろ? そんなの着てちーたかやるぐらいなら家にいた方がずっとマシ」
ナップ「俺だってやだよ……この前礼服姿で舞踏会やって今度はドレス姿って……恥ずかしいよ、絶対変じゃん!」
マティ「俺も、舞踏会のような席が似合う人間ではないからな……」
アシュタ「なにを言っているのですか、曲がりなりにも国王陛下からの招待状ですよ、威儀を正して受け取るのが筋というものでしょう!」
 そう主張する姉1の押しに負けて、あからさまに気の進んでいない継母と姉2は華やかに着飾らされて舞踏会へと向かいました。シンデレラはそれを見送り、思わずほっと息をつきます。
滝川「よーやく行ったか……そんじゃ俺は、後片付けして、メシ食うか。ちょっと贅沢に卵とか入れちゃおっかな〜」
 ラーメンにせよ牛丼にせよ、わびしいことこの上ない贅沢ですが、そんなことを考えて鼻歌を歌いながら家の中へ戻ろうとしたシンデレラの足が、ふいに止まりました。あることに気づいたのです。
滝川(……そっか。家の中に、俺一人なんだ)
 陽が沈み、世界はどんどんと夜の帳に包まれようとしています。どんどん暗くなっていく家の中に、自分ひとりしかいないのだ、とシンデレラは改めて気づきました。
滝川(…………、………)
 実は、シンデレラは閉所恐怖症なのでした。しかも暗所恐怖症でもあります。子供の頃、母親(実の)に虐待を受け、押入れに閉じ込められたまま忘れられてしまう、という仕打ちを受けてから、暗い場所や狭い場所、のみならず閉じられた場所はどうにも苦手なのでした。
滝川(………………)
 普段、誰かと一緒にいられる時は忘れていることができてしまうようなことです。ですが、恐怖症というのはふとしたきっかけで爆発的な反応を引き起こすから恐怖症なのです。シンデレラは家の中へ足を踏み入れることが、どうしてもできませんでした。
滝川(…………――――)
 怖い。辛い。寂しい。助けて。誰か。独りぼっちにしないで。子供の頃に叫んだ言葉が、ぐるぐると頭の中を回ります。自分がどれだけ怖がっても、助けてと叫んでも、家のどこからもどうしたのかと様子を見に来てくれる家族はいません。自分はこの広い家の中で、たった一人―――
 と、そんな気持ちダウンスパイラルに入ったシンデレラに、助けの神が訪れました。


 ぱぁぁぁ、と神々しい光の中から一人の麗々しい若者が現れました。その美しく、可愛らしく、力強い若者は、その優しげな面立ちをゆっくりと動かして、それこそ救いの天使のような温かい笑顔でシンデレラを見つめ――
滝川「……なにやってんだ、速水」
速水「んもー、シンデレラってば、様式美ってものがわかってないね。こういう時はせめて『あ、あなた様はーっ!』と叫んで大名行列に行き合った庶民のごとく平伏くらいしてくれないと」
滝川「なんでそーなんだよ! っつかな、お前魔法使いのおばあさん役なんだろ!? なんでそんな恥ずかしい……っつか、おかしい……っつか、みっともない……っつかって痛い痛い痛い痛い!」
速水「滝川ー? 僕なんだか急に君にマッサージをしたくなっちゃったな。ほらここのツボが痛いと不健康な徴なんだよ」
滝川「だから痛いってマジ痛いすいませんごめんなさーいっ!」
 ともあれ、その長衣をまとった、ギリシャ神話の神のごとき姿をした若者は、
滝川「自分で言うなよ……」
速水「あっはっは滝川ー、人の話はちゃんと聞こうねー? 耳が役に立つようにマッサージしてあげようかー?」
滝川「痛い痛い引っ張らないで痛い悪かったってばーっ!」
 若者は、にっこりと天使のごとき微笑みを浮かべて言いました。
速水「さて、シンデレラ。お前は基本怠け者な無職のチキン野郎です」
滝川「口を開くなり罵倒かよ……」
速水「ですが、馬鹿な子ほど可愛いといいますし、せっかくですからお前を舞踏会に行けるようにしてあげましょう」
滝川「馬鹿な子って……いや、つかさ、いーよんなのマジに、俺別に舞踏会に行きたいとか思わねーし」
速水「チェイッ」
滝川「うぐぉおぉ! 目が、目がァァァ!」
速水「人の好意を無にするものではありませんよ、シンデレラ」
滝川「俺の体に対する好意はねーのかよ!」
速水「なくもないですが……それはともかく、いいから一度行ってきてみなさい。お前はそこで、お前の運命と出会うことでしょう」
滝川「運命……?」
速水「はい、運命です」
 滝川はうさんくさいなぁと思いはしたものの、あんまり魔法使いがきっぱり言い切るので、そこまで言うならと舞踏会に行ってみることにしました。……それに、一人で暗い家に残っているのは、やっぱり嫌なことでしたし。


速水「それでは、ドレスと馬車とガラスの靴をお前に授けましょう」
滝川「えー……やっぱ、そのカッコすんの?」
速水「もちろんです。さて、まずは馬車ですね(テレポート)」
滝川「へ……わぁ!」
速水「どうですか、この馬車は? 人口筋肉で全身を鎧った二足歩行の半自律型人型馬車ですよ」
滝川「や、って、これ……士魂号じゃん! 人型戦車だろ!?」
速水「そうとも言います」
滝川「そうとしか言わねーって! わー……わー、すげー、かっけぇぇ……カッコいいなー……あ、も、もしかして、これ、もらえんのっ!?」
速水「もちろん」
滝川「マジでっ!? うわー、やっほーいっ! ひゃっほーマジですっげー嬉しーよっ、ありがとな速水っ」
速水「喜んでもらえたようでなによりです。さて、次はドレスですね。同調技能で……えーいっ☆」
滝川「おお! ……って……これ……ドレスじゃん。普通の、フリフリの」
速水「当たり前じゃないですか。私はドレスと言ったでしょう? それ以外のなんだと思ったんですか」
滝川「だってこの展開ならウォードレスみてーなかっけーパイロットスーツみたいのかって思うじゃん!」
速水「別にウォードレスを着なくても士魂号は操縦できます。この士魂号はオープンタイプなので、閉所恐怖症対策もばっちり」
滝川「それって戦車としてどうだよ……」
速水「これは馬車ですから。はい、こっちはガラスの靴です。シンデレラはハイヒールは履けないだろうから、ガラスのスニーカーにしてあげました」
滝川「へーい……(履き履き)……これって、冷たくて固くて履き心地悪い」
速水「贅沢言うんじゃありません。それからもちろんわかっていると思いますが、十二時を過ぎたら魔法は解けて、すべては元の場所に戻っていってしまいますからね。くれぐれも気をつけるように」
滝川「へーい……」
 むすっと返事をしたシンデレラでしたが、魔法使いに送り出されたあとは一気にうきうき気分になって士魂号を走らせました。なにせロボット野郎ですから、ロボを操縦するのは大好きなのです。自分がドレス姿だということも忘れ、どこに行くのかということも忘れ士魂号を爆走させたので、魔法使いに軽くおしおきされました。


 さて一方その頃、舞踏会で結婚相手を選ぶということになっている王子は、大変に不機嫌でした。王子にしてみれば、舞踏会というのは金の無駄以外のなにものでもなかったのです。
舞「馬鹿馬鹿しいことだな。国家の総力を挙げて内憂外患に対処すべき時に、なぜたかだか王位継承者の結婚相手のために国家予算を割かねばならぬのか」
北澤「いや、それはあの、やはり王子はわが国の重要人物でいらっしゃるので……」
舞「愚かなことを言うな、北澤。国家の重要人物であることと、その者の私事に国家予算を割かねばならぬことにはなんの相関関係もないぞ。我が国民、ないしいずれ我が国に征服される国の民を、なぜ将来の元首が傷つけねばならんのだ。逆だろう。我らが我が国民を守るのだ。我らには弱者と我が国民を守る義務がある。それが自分が信じることを他者に押しつける代価として我らが払うものだ」
北澤「は、はい……」
 それからもしばらくわりと気に入っている大臣に演説のような説教のようなものをして少しすっきりした王子は、舞踏会場へと向かいました。せっかく国内外の有力者を迎えて開いた舞踏会なのですから、現在世界が抱える諸問題について論じ合っておこうと思ったのです。
 それにより相手の器を量ることができれば、戦術的戦略的に有効な情報を得られます。さすが、いずれ世界を征服しようと思う方は考えることが違いますね。
 と、その途中でふと王子は足を止めました。どどどどどどっ、とすごい勢いで舞踏会の開かれているホールに駆け込んできた人間がいたのです。
 ドレス姿にゴーグル、鼻の頭には絆創膏、ほっぺには傷、とアンバランスな風貌をしたその人間は、当然警備兵に止められそうになりました。なんとなく王子はその様子を見ていたのですが、ふいに目を見張ります。曲がりなりにもロイヤルガードである警備兵たちが制止しようとしたというのに、その人間はひょいと避けてしまったからです。しかも、大したことをしたという意識もなく、むしろ、おそらくは反射のレベルで。
 警備兵たちは当然やっきになりますが、王子は進み出てそれを止めました。
「この者は私の客である。身分は私が保証する」
 その人間――当然ながらシンデレラなわけですが、ぽかんとしながらそれを見ていましたが、王子がすっと手を差し出し、「踊っていただけるか?」と訪ねた時にはもうその場に卒倒せんばかりの顔になりました。
 当然王子さまなわけですから、踊る時には自然と周りの人が場所を空けます。そして王子さまはそういうことをまったく気にしませんので一番いい場所でゆうゆうと踊るわけですが、シンデレラは明らかに視線を感じて居心地が悪そうでした。
ナップ「まー、王子さまと踊るなんて、どこの誰かしらあの小娘、許せないわー(棒読み)」
アシュタ「なんということかしら! 伝統ある我が国の王家の人間の体に、どこの馬の骨とも知れぬ者が触れるなど!」
マティ「なかなか上手に踊るものだな(素)」
 そう、シンデレラは実際、なかなか上手に踊りました。最初は踊り方がさっぱりわからなかったようで王子さまの足を何度か踏みかけましたが(もちろん素早く避けました)、シンデレラは一度した失敗は二度と繰り返しませんでした。
 周囲の踊り方を素早く盗み見て、王子さまのリードにリズムを合わせていってしまったのです。それは本当に、どんな問題も瞬時に学習して負けなくなるまで戦い成長し続ける、人類決戦存在HEROのようでした。……はたから見ればただ踊ってるだけにしか見えないのですが。


 踊りながら軽く自己紹介をしたのち、王子さまはシンデレラに話しかけます。
「そなた、なぜここに来た」
「へ!? え、と、あの」
 言われてシンデレラはぐるぐると考えます。なぜかってそりゃあ魔法使いが(頼んでもいないのに)お膳立てしてくれたからなのですが、それを言ってしまうのはあまりに情けないですし、なにより結局来ることを選んだのは自分です。
「あ、の……。……一人が、嫌だったから、です」
「ここに来れば一人ではなくなると?」
「それは、わかんない、ですけど。なんていうか……俺、家族いなくて……いやいるんですけど、それは自分で選んだわけじゃなくて、いや嫌いなわけじゃなくて好きな人もいるんですけど。なんていうか……自分で選んだら、人のせいにしなくてすむかなって。一緒にいるのも、いないのも、自分で選んだんだったら大丈夫って思えるかなって……」
 なんだか自分で言いながら支離滅裂で、うわーなに言ってんだ俺、馬鹿じゃんーとシンデレラは泣きそうになったのですが、なぜか王子さまはその支離滅裂な話を真剣に聞き、それからにこっと優しく笑って、言ったのです。
「そうか」
 ずっと凛々しい表情を保っていた王子さまの、その優しく可愛らしい表情に、シンデレラはぽわーんとなってしまいました。
 それからも王子さまとシンデレラはいろいろな話をしました。自分のこと、一族のこと。世界のこと、人類のこと。思想統一事業と時計の電池、人の可能性に世界征服理論、明るい生き方とただの人間、今自分がなにをなすべきかなどについて。
 シンデレラにはその大半は難しくてよくわからないことでしたが、とても大事なことだというのはわかりましたし、王子さまが真剣に語りかける姿は凛々しかったですし、自分に話しかけてくれるのがとても嬉しかったので、うんうんと真剣に聞いて、考えながら答えました。王子さまはそれにたいてい傲岸とすら言われそうな険しい顔で答えるのですが、ときおり柔らかく笑みを浮かべるのに、シンデレラは天にも昇るような心地を味わわされたのです。
 なので楽しくお話していた、のですが。
 りーんごーん、りーんごーん。
 城の鐘が響きます。コンパクトな時計がない時代、時間はこのような公的機関等が鳴らす鐘の音で知りました。この音は十二時を告げる音でした。
滝川(十二時……? そういやなんか、言われてたような……)
 王子さまの言葉を一生懸命に聞きながらちらっとそんなことを考えましたが、根っから粗忽なシンデレラは特に深く思い出そうとしたりはしませんでした。なので、王子さまが自分を見て目を見開いたのに逆に驚き、どっかヘン? と自分の姿を見てぱかっと顎を落としました。
 ヘンというか、シンデレラは現在いろんな意味で危険な状況にありました。シンデレラの着ていたドレスがどんどんと消えていこうとしているのです。もはや服で残っているのは胸と股間まわりぐらい、それも妙にいやらしいというか恥ずかしいというか、人に卑猥と思われるようなやり方で引き裂かれたような感じに布が残ってしまっています。
 今の自分の姿がいろんな意味で変質者だということに気づいたシンデレラは、「う゛わ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛〜っ!!!」と絶叫しながらTWGFFGFFFと全力で逃走しました。王子さまも「シンデレラ!」と叫びながらあとを追いましたが、なにせ絢爛舞踏の全力ダッシュ、初速の違いもあり追いつくのは不可能でした。
 ホールから降りる大階段の途中でシンデレラはガラスの靴を脱ぎ捨てていきました。スニーカータイプなのに(なにせガラス製なので)走りにくくてうざったくなったのです。王子さまはそれを拾いましたが、その靴はどんどんと消えていきます。
 え、だって魔法使いは言ったじゃないですか、十二時過ぎたら魔法は解けて全部元の場所に戻るって。ガラスの靴は例外とか言ってないでしょ? わざわざ特定して持続時間拡大とかしてなかったら、全部一緒に消える道理ですよ。さもなきゃガラスの靴だけ手製とかですね。
 そして魔法使いはそんな無駄なことはしませんでしたので、シンデレラの唯一の手がかりであるガラスの靴も、あっという間に溶けるように消えてしまったのでした。
 王子さまはそれを見て、特に驚いた顔もせず、ただ、小さくうなずいたのち、踵を返してその場を立ち去りました。


 舞踏会翌日。シンデレラはどっぷりと落ち込んでおりました。
滝川(あー……なにやってんだよ俺……マジみっともねぇ、あんなのマジ変態じゃん……舞にあんなとことか、絶対見せたくなかったのに……うああ俺爆死しろ……)
アシュタ「シンデレラ! 仕事はどうしたのですか、掃除は、洗濯は、朝食は!」
滝川「……やりたくない」
アシュタ「なんですって……!?」
ナップ「まぁまぁ、ちょっと放っといてやろうぜ、シンデレラにはシンデレラで大変なんだから」
マティ「家事は我々が手分けしてやらせてもらう」
 継母と姉2の心遣いをありがたく受けながらも、シンデレラはなかなか浮上できませんでした。ひたすらにベッドの中で煩悶しています。まぁ曲がりなりにも思春期ですから、好きな子の前では格好をつけたいものなのに、変質者と疑われるような真似をしてしまっては落ち込むのもまぁ当然です。
 が、そんなシンデレラの部屋の扉が、唐突にぱーんと開きました。
滝川「誰だよもう……って、ま! じゃなくて、王子、さま……?」
 まさしくそれは王子さまでした。王族の略式礼装を身にまとい、堂々とした素振りですたすたと部屋の中に入ってきます。まだ寝巻きのままだったシンデレラは慌てましたが、そんなことにはかまわず王子さまはシンデレラの前までやってきて視線を合わせました。
舞「シンデレラ」
滝川「は、はい……あの、どうして、ここが」
舞「私を誰だと思っている。戸籍ネットワークに接続し、名前、年齢、人種、体格、身体的特徴から絞り込めば我が国民の住居などすぐにわかる」
滝川「え、えぇー……」
 さすが第五世界はハイテクです。実際王子さまは公権力を持っているわけですし、自身の情報収集能力も桁外れですし、そのくらいはちょろかったでしょう。
舞「シンデレラよ。私の話を聞いてくれるか」
滝川「は、は、はい……」
 王子さまの顔は真剣です。シンデレラは体中が心臓になってしまったような気分に陥りました。この状況では、話の向かう先は、あれしかないでしょうし。
舞「昨晩話したように、私はいずれ世界を征服する」
滝川「え……へ?」
 言われて慌てて思いだします。確かにそういう話はしました。別に世界を征服したいわけではないが、向こうがこちらを敵と考えかかってくるなら戦って勝つからいずれは世界を征服するだろう、という理論を。
舞「外敵に対抗するために、優秀な兵器はあるにこしたことはない。無意味に殺戮を拡大する兵器はあってはならないが、最終的に被害を少なくできる制圧兵器の開発には資金を投入してしかるべきだ」
滝川「……はぁ」
舞「そこで、我が国の将来の主力兵器とすべく、開発したのが――これだ!」
 ばっさぁ! とばかりにひるがえったのは設計図でした。一瞬シンデレラはぽかんとしますが、さすがロボオタ、そんな中でも目が勝手に設計図を解析してくれます。結果、思わずぽかんと口を開けました。
滝川「士魂号……?」
舞「その通りだ。二足歩行の半自律型人型戦車。これを用いることで戦場は変わる。状況に応じて、戦況に応じて種々雑多な戦術戦略を取ることが可能になる」
滝川「はぁ……」
舞「来期からそのパイロットを養成するための学校が開校される予定だ。人的資源を無駄に浪費することがあってはならないからな。我々は優秀な人材を求めている」
滝川「はぁ……」
 そんな返事をしながらも、一瞬シンデレラの目はうっとりとしました。士魂号パイロットの養成学校。ロボオタとしては非常に惹かれる響きです。毎日士魂号のことだけ考えて生活できる日々というのは、シンデレラにしてみれば幸せそのものでした。
舞「資料をここに置いておく。奨学金についても載っているので、必要ならば読むがよい。ではな」
 そう言って立ち上がる王子さまに、シンデレラは慌てて話しかけます。
滝川「ちょ、ちょっと待てよ……待ってください、王子さま。あなた、その資料を渡すためだけに、ここに来たんですか?」
 その問いに、王子さまは当然、というようにうなずきました。
舞「その通りだ」
滝川「…………」
 ぽかんとするシンデレラにかまわず、王子さまは続けます。
舞「なにかを選択する際にも、得る際にも、その対象についての情報は必要であろう。自分で自分の望み取れる未来を選び取れるよう、努力するがよい」
 そう言ってさっさと部屋を出て行ってしまいます。シンデレラはその後姿をしばらくぼーっと見つめていましたが、やがてなんだかおかしくなってきてベッドに背中を投げ出しました。
 まったく、その通りです。なにかを選ぶには、その対象についての情報がなければ選びようがありません。そして少なくともまっとうな頭を持っている人間ならば、数時間話しただけの人間をあっさり結婚相手に決めてしまうのは、無謀かつ乱暴としか思えないものなのです。
 つまり、逆に言えば、ここからが勝負、ということです。少なくとも国と王子さまを守って戦う戦場のエースを目指すことはできますし、あの魔法使いがまた現れた時にうまく交渉してまた王子さまと会えるようにさせることだってできるかもしれません。
 シンデレラは、さっそく学校案内を読み始めます。その間に挟まった、王子さまがその学校に入学予定だということを書いた文章に気づくのには、もうちょっと時間が必要なのですが。

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