拍手小話『八百万間堂昔話』〜『桃太郎』

 あーッ、くそたりィ、面倒くせェ、なんで俺がこんなことやんなきゃなんねェんだ……あーはいはいわかってるっつの、仕事だろ仕事、へいへい……えーっと、むかーし、むかし、あるところにィーっと。じーさんとばーさんが暮らしてましたっと。
ラグ「……俺がおじいさんなのか? まぁ、いいけど……しかし、おばあさんが彼というのは、ちょっとひどい気がするんだが」
フェイク「なに、シンデレラだの継母だのよりマシだ。それに変装には慣れてるしな。いっそシェイプ・チェンジ≠ナ本当におばあさんになる手もあるぞ。いや、むしろ若い巨乳美人の方がいいか?」
ラグ「……遠慮しておくよ。中身が九十の男だって知ってるのに見かけが女とか、あんまり精神衛生上よくないし」
 じーさんとばーさんの間には子供ができませんでしたがァっと、二人はそれなりに仲よく暮らしてましたっと。
 そんである日、じーさんは山へ柴刈りに、ばーさんは川へ洗濯に行きましたっと。
ラグ「洗濯物を川に流さないように気をつけてくれよ、あと石鹸も使いすぎないように、あと汚れた水は川へ流したりしないように」
フェイク「はいはいわかったわかった。俺が何年独身生活やってると思ってるんだ、それくらいはわかってるから安心して好きなだけ柴を刈ってこい」
 そんでばーさんが川に行って洗濯してるとォ、上流からでかい桃がどんぶらこっこどんぶらこっこと……なんだよどんぶらこっこって? とにかく、流れてきましたっと。
フェイク「お、でかい桃だな。ここまででかいと味の方は期待できるかどうかわからんが……端の方を切って食べてみて、うまそうだったら冷やして飽食するとするか」
 とばーさんはその桃をひょいと担ぎ上げてェ……力が強ェわけでもねェのに重いもの持つのは得意なんだなこいつ。家に帰って、じーさんの帰りを待ちましたっと。んで、帰ってきたじーさんは、驚いてェ……
ラグ「なんだその巨大な桃!? それってもしかしてなにか妙な毒でも入ってるんじゃないのか?」
フェイク「心配するな、端を切って食べてみたがうまかったぞ。井戸で冷やしておいたから切り分けて食べよう」
ラグ「井戸で!? 大丈夫なのか?」
フェイク「大丈夫って、なにがだ?」
ラグ「い、いや、大丈夫なら、いいんだが……」
 んで、桃を切り分けて食べると、あら不思議、じーさんとばーさんはあっという間に若返ったので、盛り上がった二人は一気に子作りを……
ラグ「ちょっと待てぇっ!?」
 あァ? ンっだよ。
ラグ「なんでそうなる! この話は『桃太郎』なんだろう!? だったらおじいさんが桃を切ったら中から子供が出てくるっていう展開が普通だろ!」
フェイク「いや、なんでもこの『桃太郎』という話、もともとは桃を食ったらじいさんばあさんが若返って子供を作った、という回春型の話が主流だったらしいぞ。昔話というのはたいていそうだが、場所や時期によっていろいろ差異がある。それをひとつにまとめることで失われてしまうものがあるという物語重視の視点にのっとり、ここはひとつできるだけ本来多かった形に沿ってやろう――ということらしい。ま、どこまで本気で言ってるのかは知らんがな」
ラグ「いやいやいやいやだからって! そういうのじゃない話だって元からあったんだろう!? だったらなにもわざわざこんなこと」
フェイク「それはまったくその通りだと思うが」
ラグ「……が?」
フェイク「上が『ラグの嫌がる顔が見たいというファンの方がわりといらっしゃるようなので、ここはいっちょGO』とか言っていてな」
ラグ「おいなんだその理由いくらなんでもそれはないだろっ」
フェイク「まぁ心配するな、女に変身してやるから犬に噛まれたようなものだと思って。ここでなにをやっても本編にはまったく関係ないし」
ラグ「そういう問題じゃないっ、ちょっと待て落ち着けやめろ本気でっ、わっ女に化けたんだったら胸をむき出すな押しつけるな待てこらちょっとやめ―――………」
 そんなこんなで、じーさんとばーさんは子作りしましたっと。ケケッ、たまにゃぁ悲嘆にくれる魂の味ってのも悪くねェなァ。
ラグ「うっ、ううっ……うっうっ、うっ……」
フェイク「いや、別に大したことしたわけでもないのにそこまで泣かれると困るんだが」


 んで、若返ったばーさんは元気な男の子を産んで、桃太郎≠ニ名付け、そいつはすくすく元気に、そして働き者に育ちましたっと。
セオ「おじいさん、おばあさん、なにか他にお手伝いすることはありませんか?(キリッ)」
ラグ「え……いや、いいんだよセオ……じゃない桃太郎。君はまだ子供なんだから、他の子と遊んでいれば」
セオ「いえ、おじいさん。私はおじいさんやおばあさんの役に立てるのが一番の幸せなのです。私を愛しんでくださるお二人に少しでもご恩返しがしたい……そう思うのは、いけないことでしょうか(キラキラ)」
ラグ「い、いや、いけなくはないけど……なんていうか、セオってけっこう役に入り込むタイプだったんだな……」
 そんである日、あっちこっちの村から金品を強奪している鬼が鬼ヶ島にいると聞き、そいつらをぶっ倒す旅に出ることに決めました、っと。
セオ「おじいさん、おばあさん、どうか私が旅に出ることを許してはいただけないでしょうか」
ラグ「セ……じゃない、桃太郎。なにも君がそんなことをすることはないんじゃないかい? 本来治安を預かる役目の人間は他にいるんだし……」
セオ「いいえ、現在この地を治める大名は勢力争いにばかりやっきになってそこに暮らす民のことに目を向けようとはしません。少なくとも今私が立つことで少しでも争いを減らすことができるなら、やれることをやるべきではないでしょうか(キラキラッ)」
ラグ「いや……それは、わかるけど……」
フェイク「まぁいいじゃないかじいさん。実際桃太郎はそんじょそこらの悪党なんぞ鼻であしらえるほど強いんだし。よし、せっかくだから俺が黍団子を作ってやろう。薬草をいろいろ練りこんだ、栄養満点な上に食べると気合が入って元気にもなれるというスバラシイ団子だ」
セオ「ありがとうございます、おばあさん」
ラグ「いや……しかし、なぁ……」
セオ「どうかお願いします。私のわがままを、聞いてはいただけないでしょうか(キラキラキラッ)」
ラグ「………うーん………」
 まーじーさんはすっげー気が乗んなかったけど、桃太郎の言うことにいい反論も思いつかなかったのでばーさんと一緒に桃太郎を送り出しましたっと。
ラグ「気をつけて行くんだよ。なにかあったらいつでも戻ってきていいからね。無理をするんじゃないよ、体のことを第一に考えて。俺たちは君のことを誰よりも大切に思っているからね。いつまでも待っているから、ちゃんと帰ってくるんだよ。君の戻る家は、ここだからね」
セオ「(きゅんっ)ラグ、さ……(ぶるぶるぶるっ)……ありがとうございます、おじいさん……(うるうる)」
フェイク「まぁ大丈夫だとは思うが、困ったことになったらその黍団子を使って味方になってくれる奴を探すといい。頑張れよ」
セオ「はい、ありがとうございます、おばあさん」
 じーさんはなんで黍団子を使うと味方ができるのか一瞬つっこもうかと思ったけど、桃太郎が完全に旅立ちの態勢に入ってたんでやめて、去っていく桃太朗の背中を見つめました、っと。
ラグ「セオ……気をつけて」
フェイク「だからそうそう危険が訪れるわけがないだろうに、レベル40オーバーの勇者の敵になるような奴なんてせいぜい魔王ぐらいなんだから」


 んで、桃太郎はどんどんとォ……たまに山賊とかぶっ倒して金と経験値稼いだりしながらー、どんどん鬼ヶ島への道を進みました、っと。
 そんで、あるところでェ、一匹の犬にわんわんっと声をかけられましたっと。
フォルデ「……おい。なんだよこりゃ」
 あァ? なんだよ犬。
フォルデ「なんだよじゃねーだろーがっ! つか、なんで俺が犬なんだよ阿呆か!? なんで俺が犬になってセオに声かけなきゃなんねーんだよっ!!」
 んなん知るかよ、管理人に言え。
フォルデ「ぐがああ、あのクソボケ管理人がぁっ……なんで俺が犬なんだ、どーぶつやんなきゃなんねーんだっ!! このクソ恥ずかしい犬耳だの犬尻尾だのどーして俺が着けなきゃっ……」
セオ「どうしました、犬さん?」
フォルデ「っだぁぁっ、セオっ!? お前どっから見てたんだよおいっ、つか犬さんじゃねーよてめぇだって知ってんだろーがっ」
セオ「どうしました、犬さん?(にっこり)」
フォルデ「……のやろー、あくまでそーくるか……へーへーわぁったよ、やりゃあいいんだろやりゃあっ。そのお腰につけた黍団子、ひとつ私にくださいなー、だっ」
セオ「わかりました、あげましょう。でも、あげたら私の話を聞いてくれますか?」
フォルデ「へっ、どーせ鬼退治の家来になれってんだろーが、いちいちへつらってんじゃねぇ」
セオ「いいえ、仲間に対しての勧誘です。報酬が得られるかどうかはわかりませんが、得られた場合は等分に分ける。こちらの背中を預ける代わりに、そちらの背中も預けてもらうという相互信頼で結ばれた関係を持ちたい、というお願いです」
フォルデ「フン……それに俺が首を振ったら?」
セオ「その時は、残念ですと言って引き下がります。ですが、私はどうか、あなたに仲間になってほしい。あなたのような、強さと誠実さを併せ持った方に」
フォルデ「お前は俺のなにを知ってるってんだ。俺が強くて誠実だなんぞとなぜわかる」
セオ「あなたの、言葉。そして立ち方です」
フォルデ「立ち方ぁ? んっだそりゃ」
セオ「あなたはとてもしっかりと大地に足をつけて立ってらっしゃいました。まっすぐにこちらを向いて。その立ち方で腕が立つのはわかりますし、それに真正面からこちらと向き合おう、という気持ちを持っている方だというのもわかりました。そして言葉も。私と対等の関係を結びたい、とそう思ってらっしゃるのが伝わってきました。ですから、どうかお願いします。私の仲間になってもらえませんか?(キラキラッ)」
フォルデ「………。…………。あーっ……たくっ、クソッ、馬鹿馬鹿しいウゼェしょーもねぇったらありゃしねぇ。とりあえずその黍団子よこせ」
セオ「はい(ひょい)」
フォルデ「(むぐもぐ)……っとに、このボケ勇者、そんな台詞しれっとした顔で言えんなら普段からもーちっとこう……う!」
セオ「え?」
フォルデ「ううう、う、う……!(ダッシュ)」
セオ「え? あの、どちらへ……あ」
 桃太郎は目をぱちぱちとさせました。それはなぜかっつーと、犬がすっげー勢いで藪の中で下痢便漏らしてたからです、っと。
フォルデ「………あんのやろ………! 阿呆かなに考えてんだこの状況でなんで仲間候補に毒盛りやがんだっ……!(涙)」
 あー、それあの九十歳ハーフエルフがやったらしいぜ? なんでも現場を押さえて脅迫で仲間を作ろう、ってことなんだとよ。(踏ん張る)気合が入って(出すもん出したあとは)元気になるわけだから嘘はついてない、だとさ。ケケッ。
フォルデ「嘘ついてねェとかそういう問題じゃねーだろーがっ! あんのボケジジイぜってー殺すっ、マジ殺す……!」
セオ「………フォルデさんっ……!」
フォルデ「どわがぁっ、セオっ! 阿呆かお前向こう行ってろこっちのぞくんじゃねぇ殺すぞてめぇっ!」
セオ「ごめんなさいっ、でも、俺っ、本当に、ごめんなさい………! 俺の、せいで、俺の、渡したもので、フォルデさんが、下痢に……!」
フォルデ「うがああそこで頭下げんなぁぁあっち行け馬鹿かお前マジ殺すぞっ……!」
セオ「ごめんなさい、本当にごめんなさい、俺のせいで、俺なんかのせいで、フォルデさんがこんなに苦しむようなこと、あっちゃいけないのにっ……!」
フォルデ「頼むからあとで話すっからしばらくあっち行ってろお前――――っ!!!(泣)」
 ……そーいうわけで、犬のフォルデは桃太郎の仲間になりました、っと。
セオ「大丈夫ですか……? フォルデさん、さっきまであんなに勢いよく出してたのに、急にそんな、鬼との戦いに同行するなんて……」
フォルデ「いいから黙って連れてけボケっ、あとそのことについちゃあ今後一切口に出すな出したら殺すっ……! あのクソボケジジイ盗賊っ、ぜってー死ぬほど泣かしてやっかんなぁぁぁ!!!」


 そっからさらにィ、桃太郎と犬はどんどんと進んで、今度は猿に声をかけられることになりましたっと。
レウ「ももたろーさん、ももたろーさん、おこしにつけたきびだんごー、ひっとつー、わったしっにくっださっいなー♪」
セオ「もちろん、喜んで。でも、あげたら私の話を聞いてくれますか?」
フォルデ「……へー、お前、猿か。猿耳猿尻尾がよく似合ってんじゃねーか。おら、ウッキッキとか言ってみろよ」
レウ「むっ、なんだよっフォルデだって犬じゃんかっ! わふわふな耳と尻尾つけちゃってさっ、フォルデのほーこそワンワンだろっ」
フォルデ「あぁ? んっだとこのガキ、俺ぁ今すっげー不機嫌なんだよ、喧嘩売んなら五割増で買うぞ」
レウ「う……いーよっ、売ってやろーじゃ」
セオ「二人とも、どうか、私の話を聞いてください(すいっ)」
フォルデ「う」
レウ「わっ、あっそーだよなっ、ちゃんとお仕事しなきゃだもんなっ。セオにーちゃん、じゃないや桃太郎さんっ! 仲間になるからきび団子ちょうだい!」
セオ「わかりました猿さん、今から突然信頼しあうというのは難しいかもしれませんが、それでも私は私の持てる力のすべてで、あなたを信頼し、その信頼に応えます」
レウ「えっへへー、うんっ! 俺、頑張るよ! ……ねーねー、このお団子食べていい?」
セオ「もちろん。でも急にたくさん食べすぎないようにしてくださいね」
レウ「わーい!(むぐもぐ)」
フォルデ「(……どうする。止めるか?)(いやけど、セオがいいっつってんだし)(なによりこの生意気なクソガキにはちょうどいい薬だろ)(へっへっへざまみろクソガキ、俺の味わった屈辱てめぇも味わいやがれ)」
レウ「………ぷぅ。おいしかったー……ふにー(ごろごろ)」
セオ「え?」
フォルデ「な……おいこら、てめぇなにやってんだなにセオに懐いてんだこのボケガキっ」
レウ「だってぇ、なーんかぁ……あたま、ぐるぐるしてー、きもちよく、てー、なんかぎゅー、してほしー感じ、でー(すりすり)」
セオ「これは……お酒? 酒が練りこんである?(首を傾げながらぎゅー)」
 そ。その黍団子は酒たっぷり練りこんだ、酒弱い奴なら酔っちまうような黍団子なんだとさ。……ッたく、そんなもんガキに食わせんじゃねェよ、俺によこせ俺にッ!
フォルデ「……おい、ちょっと待て。俺の時は下剤入りだったのに、んっだよこの扱いの差っ! っつか、一個一個別のもん仕込んであんのかよ!?」
 はァ? 決まってんだろそんなん。食ったら気合が入って元気になる、かつ弱味を握れそうな状態になるもん、っつーくくりでいろんなもん入れてあるらしいぜ。今回は(血中アルコール濃度に)気合が入って(精神的高揚感を得るという意味で)元気になる、っつーことらしーけどな。
フォルデ「んっだそりゃ明らかに屁理屈だろそれっ!」
セオ「………。…………。……大丈夫。私がそばにいるから、今はゆっくりとお休みなさい(なでなで)」
レウ「えへ、へー……ぐぅー……(zzzz)」
フォルデ「……お前それでごまかしたつもりかよ」
セオ「いいえ――ただ、私は最初から罪を背負うつもりでいるだけです。嘘にまみれようとも、人を欺こうとも、本来あるべき通りに、するべきことをする、と……」
フォルデ「……(ちょっと考えて)……お前それ要するに話を進めるのに都合悪いことは全力でシカトするってことじゃねーの?」
セオ「……はい。わりと」
フォルデ「そーかよ……(脱力)」


 そんでー、新たに雉を仲間に加えてからー……
ノリス「そーいうテキトーな話の進め方って心底どうかと思うなー」
フォルデ「黙ってろ新米」
ノリス「えー、ボク一応もー6レベルシーフなのにー」
フォルデ「仕事始めてから一年も経ってねーなんて奴新米以外の何者でもねぇ」
ノリス「ぶー」
フォルデ「膨れてんじゃねぇガキか曲がりなりにも成人した男だろーがお前っ!」
 加えてからー、桃太郎一行は鬼ヶ島のすぐ前までやってきました、っと。
セオ「とりあえず近くの漁師村から、小さな船を雇って近づいて偵察しようかと思うのですが」
フォルデ「……まぁいいけどよ。そんな金あんのかよ」
セオ「はい。おばあさんが個人的な資産から旅の費用を捻出してくれたので」
レウ「へー、すげーんだなっ、セオに……じゃない、ももたろーさんのおばーさんって!」
ノリス「さすが10レベルの冒険者、お金持ちー」
 んで、警戒しながら近づいてみたところ、鬼ヶ島っつーわりには全然人気、っつーか鬼らしーもんの気配もなかったんで、こっそり上陸して、雇った船には三日後にまた来てくれるように頼んで(そしたら帰りの分の金をまとめて払う、と言って)島を探索してみることにしました、っと。
フォルデ「探索となりゃあ俺ら盗賊の出番だな。しくじるんじゃねぇぞ、新米」
ノリス「はーい、あんまり無理しないように気楽に頑張るねー」
フォルデ「んなことハナっからてめぇで言うこっちゃねぇだろボケ! ったく、とにかく俺らが見てくっからちょっとここで隠れて待ってろ」
セオ「わかりました、お二人とも気をつけて」
ノリス「だいじょーぶだいじょーぶ、心配ないって。人間には〔剣の加護/運命変転〕っていう強い味方が……」
フォルデ「それはてめぇとは違う世界のもんだろが! ったく、気合入れろタコ!」
ノリス「はぁーい」
レウ「……ねーねーセオにーちゃん。あいつら、大丈夫かな?」
セオ「大丈夫だよ。あの二人を信じよう(キラッ)」
 残念ながらちーとも大丈夫じゃなかったのでした、っと。


マリア「すいません、みなさん。武器を捨てていただけますか?(にこり)」
アディム「お約束で悪いけど、もし抵抗するようだったらこの二人の命はない、ということで、やってもらえるかな?」
レウ「フォルデ! ノリス!」
 待っていた桃太郎と猿は、簀巻きになって逆さ吊りにされた犬と雉、そして彼らを担ぎ上げた鬼たちの登場に固まりました。桃太郎と猿は現時点ですでに二人だけで楽勝で一国の軍勢と渡り合えるほどの力の持ち主でしたが、鬼たちはそれに匹敵する、あるいはそれを超えるほどの力の持ち主がほとんどだったのです。
ノリス「あははー、ごめんねー、捕まっちゃった。ねーお願い、頼むから助けてマジで」
フォルデ「くだんねぇこと言ってんじゃねぇ新米っ……おいセオっ! 言っとくけどな、俺ら盗賊は全員ヘマした時殴られようが殺されようが文句は言わねぇって覚悟でやってんだからなっ、こっち気にしたりしたらぶっ殺すぞ!」
ノリス「えー、嘘だー、ボク盗賊だけどヘマしたって殴られるのも殺されるのもやだよ」
フォルデ「ちゃらけたこと抜かしてんじゃねぇこのクソボケ新米っ! 人のモン盗って生きてんだ、そのくれーの覚悟もねーでどーやって胸張って……」
ノリス「ボク胸張れなくてもいいから気楽に生きられてる方がいい」
フォルデ「……こっっの、クソボケタコガキ―――っ!!!」
レックス「こらこら、二人とも喧嘩しない。あまりこういうことはしたくないけれど……こちらとしても、犠牲を出したくはないからね。どうか、降伏してほしい。俺たちが相争ったところで、得るものはなにもないだろう?」
セオ「……降伏したのち、我々をどう扱うかによります」
アディム「……それはつまり、賓客として扱わなければ名誉ある死を遂げたほうがマシ、と?」
セオ「いいえ。扱いは奴隷であろうが虜囚であろうが、我々の心は死にません。ですが、我々の心を弄び、人の命を奪わせるようなことをするのであれば、それはもはや私の生の意義が失われます。私なりのやり方で、それに全力で抵抗せざるをえません」
マリア「あなたなりのやり方、とおっしゃいますと?」
セオ「たとえば……防御を考えず突進し、フォルデさんとノリスさんの縄を切る、というような」
レックス「……それはこちらも黙って見ているわけにはいかない。君の体には何十本という矢が降り注ぐよ?」
セオ「それでもお二人の縄を切り、血路を開くことぐらいはできます。私の生の意義が失われるのであれば、そのくらいのことはしてみせなければそれこそ、私を愛しんでくれたおじいさんおばあさんに、大切な仲間たちに申し訳が立たない」
レウ「セオにーちゃんっ……」
フォルデ「ッの……クソ馬鹿野郎がっ……!!」
鬼たち『…………』
 と、ぱん、ぱん、ぱんと拍手が聞こえました。
ロン「なるほど、なかなか言うものだ。さすがは桃太郎、人の世の英雄と呼ばれる者というわけか」
セオ「あなたは……」
マリア「首領さま!」


ロン「まぁ、まずは交渉といこう。レックスが言っただろう、こちらとしても無駄に犠牲を出したくはない」
フォルデ「……お前が首領かよ……雉じゃなかったからどこで出てくるかと思やあ……っつか、なんだよそのカッコっ!」
ロン「うん? どこかおかしいか、太古から連綿と続く鬼としての伝統的衣装なんだが」
フォルデ「虎縞パンツはまぁいいってことにしてやるけどなぁ、なんでビキニなんだよっ!」
ロン「なにを言う、これはビキニじゃないぞ? マイクロビキニだ」
フォルデ「もっと悪いわぁぁぁっ!!! 無駄に体露出すんじゃねぇこの変態っ、見てるこっちが恥ずかしーんだよっまともな服着ろっ!!」
ロン「そうか、やはり太古からの伝統にのっとりブラも着けておくべきだったか……」
フォルデ「いい加減にしろ殺すぞてめぇ……!!」
ロン「おや、お前はTバックや褌の方が好きか? いやいやむしろお前の場合(ピーッ)や(ピピーッ)の方が好きという意外な事実発覚という」
フォルデ「ぶっ殺すーっ!!!」
ロン「まぁ、それはそれとして。とにかく、交渉のテーブルにつかないか、桃太郎。少なくとも俺は、まだお前を殺そうとはしていないだろう?」
セオ「……交渉に応じれば、フォルデさんたちを解放していただけるなら」
 その後しばしの交渉戦ののち、桃太郎たちは武器を捨てました。鬼たちが素早くそれを回収してから、犬と雉を解放します。んっで、桃太郎たちは鬼の首領の館で、会談の席を持つことになりました、っと。
ロン「まず、我々がなにを求めているかを言おう。我々は、この地に鬼一族の国を作りたいと考えている。鬼一族の拠点となる場所をな」
フォルデ「ケッ、んなことのために貧乏人どもから金品奪ったってのかよ」
ロン「なにを言っている、あれは正当な報酬だぞ? 村々の安全を保障した分のな」
レウ「え……あんぜんを、ほしょー……?」
ロン「我々鬼一族は傭兵業を生業とする種族だ。戦闘力を売って、金を得る。それに特化した一族ゆえに、世界中に散らばって生きてきた――だが長い時を経て、我々も腰を据える場所がほしいと考えるようになった。鬼同士で助け合いながら生きることができる場所がな。そこでとりあえずこの鬼ヶ島に居を据え、この周辺で仕事をしていたのだが……」
ノリス「へ、ならなんで金品を強奪してるとかいう話に……あそっか、村の人たちが結託して噂を流したのか。うまくいけば報酬取り返せるから」
ロン「ま、そうだろうな。俺たちは優秀な分報酬も高額だからな、安全な生に馴れて払う金が惜しくなったんだろう」
フォルデ「……てめぇらの言ってることが正しいっつー保証もねぇぞ」
ロン「確かにな。だから調べてもらってもかまわんぞ、我々の屋敷の中でも村々を回るのでも。ま、結局はお前たちが俺たちを信じることができるか否か、ということだと思うがな」
フォルデ「…………」
セオ「……この周辺で仕事をして、それからどうなさるおつもりだったのですか?」
ロン「この地に城を築こうと思っていた。集めた金でな。我々鬼一族は戦以外のことは得手でないのでな」
セオ「外に――人間たちに頼もう、と思っていたわけですね?」
ロン「そうなるが」
セオ「その交渉、私に任せていただけませんか」
ロン「……ほう?」
セオ「あなたたちの生業が傭兵業なのは理解しましたが、このままでは双方のためによくない結果を招きます。相互の無理解と不信が育ち、闘争が始まろうとしている。あなた方も人間という種そのものと喧嘩をしたいわけではないでしょう。なにより、それでは傭兵業が成り立たなくなる」
ロン「確かに」
セオ「そして経済的にもただ傭兵業を行って資金を溜め込むという行為はいい結果をもたらさない。金がひとところに集まって淀めば経済活性は低下し、個々人の生活が苦しくなる。上手に消費を行い、資金を市場に還元することで、鬼一族という存在を世界に組み込ませて争うことなど考えられない状態にするのが望ましい。そのための交渉の際には、私の桃太郎≠ニいう名は――英雄の名は、効果的に働くと思うんです」
ロン「ふむ。それはありがたい……というか望むところなわけだが、いいのか? 鬼を倒した英雄になるために、君は旅に出たのではないのか?」
セオ「いいえ――私は、争いを少しでも止めたいって、そう思って旅に出たんです。だから、ずっと――そういうものになれたら、争わずに争いをやめさせることができる存在になれたらと、ずっと、思っていたんです……」


 おじいさんは一人、毎日柴を刈るため山に向かいます。
 若返ったおばあさんは、第二の人生を謳歌すべくあっちこっちで冒険に勤しんでいるため、家に残っているのはおじいさん一人、という状況が多くなりました。誰とも喋らずに一日を終えることも少なくないようになりましたが、それでも、おじいさんは淡々と山へ行き、柴を刈り、それを売って生計を得て、自分の分だけ家事をして休む、という生活を繰り返します。
 おばあさんは第二の人生の方でもかなり名が売れてきましたし、なにより桃太郎は――おじいさんの愛しい息子は、かつて人を救う英雄として名が売れ、そして今では鬼一族代理の名交渉人として全国に名が知られるようになってきました。
 鬼一族の腕を高く売り、しかも相手にも高い利益を与える。それで得た報酬を、あちらこちらの国で使い、経済を活性化させて総体としての利益を上げる。常にそういった結果を叩き出し続けることの難しさは、方々の専門家が口々に言っていることです。
 したたかで計算高く、老練さすら感じさせる交渉人。そういった評判は山のように聞いていましたが、たとえそうであろうと、おじいさんにとってはただ一人の息子≠ニいう以外の何者でもありませんでした。
 彼に言ったことを――もう昔とすら言っていいほど前に言ったことを守るため、おじいさんは今日も山に向かい、柴を刈ります。
『いつまでも待っているから、ちゃんと帰ってくるんだよ』
ラグ「……もう、あの子の戻る家は、ここじゃなくなっちまってるかもしれないけどな……」
 そんな小さく呟きを漏らした回数も、もう数えきれません。それでもおじいさんはひたすらに柴を刈り、家事をこなし、寝て、起きたらまた柴を刈り、家事をして、寝るという生活を繰り返します。
ラグ「…………」
 桃太郎の評判があちこちから聞こえてきます。それはどれも、その鋭敏さ、賢明さを讃えるものばかりです。今日あちらでひとつの国の経済危機を救ったと思えば、次の日にははるか彼方の国の大事業に参画していたりします。
 でも、それはつまり、休む暇もなく働いている、ということになるわけで。
ラグ「………セオ」
 夜、星を見上げます。そして祈ります。桃太郎が体を壊すことがないように、傷つくことがないように、少しでも幸せであるように。
 けれど、祈っても祈っても、星は応えてはくれません。どんなに毎日祈っても。桃太郎が今どれだけ苦しんでいるか、少しでも自分がその助けになれているか、教えてはくれません。
 それはおじいさんにとって、ひどくつらいことではありました。
ラグ「……でも、俺は約束したんだ。『いつまでも待っている』って」
 相手はもう約束を忘れているかもしれない。けれどおじいさんにとってはただひとつの希望、というよりすがる対象でした。
ラグ「親が子供との約束を破っちまったら、格好がつかないもんな……」
 そういつも自分に言い聞かせる言葉を呟き、星を見上げて力なく笑い――
 その眼前に上空からどっひゅーん、と相当な人数が落っこちてきました。
ラグ「………へ?」
「ってー着地失敗したっ」「なにやってんだこのボケ」「まぁ怪我はないようでなによりだ」「全員揃ってるよな」「あーでもボクお腹空いちゃった」「まぁ大変よろしければ私がなにかお作りしますわ」「いや今回せっかくの里帰りなんだから宴会になるんじゃないかな」「やっぱり宴会といえば鍋だよね」「鍋いーよね鍋!」「俺も鍋好きっ今回いろいろ持ってきたもんねー」「海の幸山の幸山ほどあるぞ」「よーっし久しぶりに食うぜ!」
 目の前で大騒ぎを始める(そしてその大半は知らない相手である)人々を、おじいさんはぽかんと見つめます。と、その背中に、声がかけられました。
「………おじいさん」
 おじいさんは一瞬硬直しました。ですがゆっくりと、全身の力を振り絞って体を落ち着かせながら振り向いて、そこに予想通りの顔を見つけ、体から力が抜けるほどの安堵を感じながら、笑います。
ラグ「……お帰り、セオ」
セオ「……ただいま、帰りました。ラグ、さ………」
 くしゃ、とその顔が歪むのを見て慌てて駆け寄ろうとしますが、それよりも先に仲間たちが駆け寄ってばんばんと桃太郎の背中やら頭やらを叩きます。
「ったくぐじぐじやってんじゃねぇよ」「セオにーちゃん元気出せよー」「いやいやここは感情のままに抱きついたりキスしたりもっと先までやってしまうのが筋だと」「黙れ変態」「とりあえず家の中入らない?」「飯のことしか頭にねぇのかよお前は」「そーじゃないけどお腹いっぱいだと元気も湧くじゃん」「確かにそれも真理だな」
フェイク「……ほら、なにをやっている。とっとと駆け寄ってハグなりなんなりしたらどうだ」
ラグ「……これは、お前の差し金か?」
フェイク「ああ。謝らんぞ」
ラグ「……謝ってほしいわけじゃ、ないけど」
フェイク「お前は一人で待っていられれば満足だったのかもしれんがな。関係というのは交流を持って、活発にやり取りをして、繋がりを強めていって初めて意味がある。そうしないと関係を持った意味がない。どんなに強く想っていても、一人で想っているだけなんだからな」
 遠くから子供のことを想う親のように。
 遠くから親のことを想う子供のように。
 あるいは相手の評判を鵜呑みにして見知らぬ存在に敵意を抱く英雄のように、ただひたすらに自陣の産業を売りつけるしかできない物知らずのように。
 一方的な関係を結んで足れりとしていると、いろんなものの淀みが生まれるし、それにちょっと寂しい。
 そんな当たり前といえばごくごく当たり前なことがようやく腑に落ちたおじいさんは、にこりと優しい笑みを浮かべると、まだどこかおどおどとした表情の息子を、ぎゅっと抱きしめたのでした。


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