拍手小話『八百万間堂昔話』〜『赤ずきん』

 では、始めようか。
 これから始まるお話は、黒い森の物語。森の中と小さな家と、赤く美しい花々の物語。
 ナレーターを務めるのは、俺ことDQ3で賢者をやっているジンロンだ。呼ぶ時はロンと呼んでくれ。
 さて、むかし、むかし。ある村に、とても可愛らしい女? の子がいた。その子はいつも赤いずきんをかぶっているので、赤ずきんちゃんと呼ばれていた。
九龍「……や、別にいーけどさー。女装も赤ずきんも別に嫌ってわけじゃないし。でも単純にネタ的に疑問なんだけど……なんで俺なの? 主役」
 それは、ダイスの神の思し召しだ。今回の配役はすべてダイス、サイコロを振って決めた。文句がある場合は天に文句を届けていただきたい。
九龍「ふーん……まーいっか、久々の主役嬉しーし! っつか赤ずきんで銃器使いっつーと、某吸血鬼格ゲーのバレッタ思い出すよな。俺あんなに根性悪じゃないけど」
 その判断はさておき。赤ずきんはある日、母親に森の向こうのおばあさんの家へ菓子とワインを持っていくように頼まれた。
リューム「赤ずきん、ばーちゃんが病気だから、このお菓子とワイン持ってってくれよ。外に出たら行儀よくして、寄り道とかしたりすんなよ……ってか、俺母親役かよ……」
九龍「アイアイ、マム! 花嫁をベッドに運ぶ花婿よりも素早く優しく届けます!」
リューム「なんだよそのあいあいって。……っつーか、なんで花嫁とか、花婿、とか……」
九龍「まーいわゆる海兵隊的修辞法? の極めて上品なものかな。おかーさんがもーちょい大人になったらもっとすんごいの教えてやるな?(かいぐりかいぐり)」
リューム「いーよっ、ていうか、やめろって、ばかっ。とにかくっ、寄り道すんなよ!?」
九龍「ラジャー!」
 赤ずきんは母親と指きりをして、おばあさんの家へと向かった。
九龍「……ゲットレの基本は寄り道と、どんなものにもとりあえず首を突っ込んでみることだよな」
 赤ずきんがその約束を守るかどうかは、はなはだ怪しかったが。


 赤ずきんが森に入ると、狼が出てきた。だが、赤ずきんは、狼がどれほど、どのように悪いけだものなのか知らなかったので、別段怖いとも思わなかった。
ピピン「赤ずきんちゃん、こんにちはー! ………」
九龍「こんにちはありがとー狼ちゃん! ……って、なんでいきなり落ち込んでんだよ、失礼だぞそれ」
ピピン「おかしい。話の展開としておかしいよこれは。ボクが狼をやるのはいいよ、全然文句ないよ。だってボクは危険なオトコとしてご近所のお嬢さんたちから大人気……になる予定だし。だけど赤ずきんちゃんが、昔話界のアイドルが、どーしてこんなごつい男なんだよー!」
九龍「そこまでごつくもないだろー。日本人男性としちゃ平均くらいだし」
ピピン「でも女の子にはとーてー見えないじゃないかー! うううう、せっかく影の主役として女の子の視線を集めようと思ったのに、相手役がこれじゃとても心が奮い立たない」
九龍「しょーがないなー……そっち向いて、ちょっと待ってな。…………(ごそごそ)」
ピピン「(素直に後ろを向き)うっうっ……鬱だ死のう……いや死にたくはないけど気持ち的に希望が……」
九龍「……狼さん? なにをそんなに落ち込んでいるの?」
ピピン「えっ!? ……女の子っ!?」
 狼は目の前の潤んだ瞳でこちらを見上げる、薄く紅を塗った唇から軽やかな声で尋ねた赤ずきんにそう叫んだ。……当然だろう、赤ずきんは小さくて可愛いちょっと見ただけで誰もがメロメロになる女の子と昔から決まっている。
ピピン「うおおおそーですよねやっぱり赤ずきんちゃんって言ったら可愛い女の子じゃなきゃ駄目ですよねっ!? よーし気合入ってきたぞー! 赤ずきんちゃんっ、こんなに早くからどちらへっ!?」


九龍「おばあちゃんのところへ行くのよ」
ピピン「前掛けの下に持ってるのはなにかなーっ!?」
九龍「お菓子に、ぶどう酒。おばあさん、ご病気で弱っているでしょう。それでお見舞いに持っていってあげようと思って、昨日おうちで焼いたの」
ピピン「おばあさんのおうちはどこですかっ、赤ずきんちゃんっ!?」
九龍「これからまた800〜900mも歩いてね、森の奥の奥で、大きな樫の木が三本立っている下のおうちよ。おうちの周りにくるみの生垣があるからすぐわかるわ」
 赤ずきんにこう教えられ、狼は心の中で考えた。
ピピン「ふっふっふ、若くて柔らかそうな女の子じゃないか。おばあさんよりずっとおいしそうだ。うまく工夫して両方一緒にぱっくりやってやろう……いや別に僕はおばあさん趣味とかないのでご年配の方に迫られてもご遠慮申し上げますけどね!?」
 根性のない男だな。
ピピン「あなた皺くちゃのおばあさんに迫られても同じこと言えますかっ!?」
 男であるならば俺に守備範囲というものはない。どんな年齢でもオールオッケーだ。いい男なら。
ピピン「そーいうのは節操なしと……というか男好きという時点でボクとは超相容れませんよ!?」
 はいはい、いいから話を先に進めろ。
ピピン「はっそうだった! ……赤ずきんちゃん、そこに咲いている花を見てごらんよ。美しいだろう? もちろんキミにはかなわないけど。小鳥もいい声で歌っているし、森の中はこんなに明るくて楽しいんだ、そんなに急いで歩くこともないよ……ボクとそこで少しお茶でも」
 はい警告、台詞違う。
ピピン「はっそうだった! えーと、とにかく森の中で寄り道してみたらどうかなっ?」
九龍「まぁ、本当。私、おばあさまに元気で瑞々しい花で作った花束を持っていくことにするわ。まだ朝も早いし、時間にはまだあるし。おばあさん、きっとお喜びになるでしょうから」
 そして赤ずきんは横道から森の中へと入って花を探し始め、だんだんと森の奥へ誘われていった。ところが、その間に隙を狙って狼はすたこらすたこらおばあさんの家へと駆けていった。……はい、狼退場。
ピピン「あっ、そうでした。おばあさんが若くて美人な女性でありますように……!」
九龍「……ふー(ばさばさ)」
 ……まぁ、作中で決まっていることが必ずしも舞台裏での真実とは限らないのは当然だな。しかし、なかなか見事な技だ。わずかな化粧と仕草と表情だけで、単純とはいえ男の鼻をごまかすとは。
九龍「ま、トレジャーハンターっていうのは街で目立たないようにするためのスキルも必須だからねー。それをちょちょっといじれば、一見可愛い女の子に扮するくらいちょろいちょろい。ま、長時間ごまかすのは無理かもだけど」


 さて、狼はおばあさんの家の戸をどんどんと叩いた。
ピピン「若くて美人な女性でありますように若くて美人な女性でありますようにっ!」
アルノリド「(超不機嫌そうに)……おや、どなた」
ピピン「………………(ガックリ)」
 なにをがっくりしている、早く話を進めろ。
ピピン「だって……おばあさんが、おばあさんまで男だなんてっ! お願いですから早く急いでおばあさんを妙齢の美人に変更してください、速やかに!」
 ダイスの神様の思し召しにケチをつけるな。
ピピン「そんなーっ!」
アルノリド「うっぜぇな俺だって好きでこんな役やってんじゃねぇよ! あーちくしょーせめて狼がかわいー女の子か美人のおねーさまだったらベッドの上から『……おいで』とかやってやったのにっ!」
ピピン「なに言ってんですかずるいですよそんなおいしい役ていうか可愛い女の子を食べるのは狼の役目と決まってるでしょう!」
アルノリド「だーもーうっせー俺は早く帰りてーんだとっとと話進めろこのヘナチン童貞!」
ピピン「どどど童貞ちゃうわ! ……いや違いますよホントに! ボクはアディム王との旅先で何人もの女性とうたかたの恋をですねっ……!」
アルノリド「じゃー素人童貞だろ」
ピピン「はっはっは……ぶっ殺しますよ」
アルノリド「やれるもんならやってみな。俺逃げ足超早いぜ」
ピピン「ふっふっふ、ボクの素早さはX全キャラ内でも相当高いことを知りませんね!?」
 はい童貞コンビ、早く話を進めろ。
ピピン&アルノリド『童貞じゃありませんってば(ねぇよ)!』
アルノリド「……はー、とにかく話進めねーと帰れねーんだからとっとと進めろ、狼」
ピピン「はぁ……狼が女性以外を食べるなんて常識的におかしいのに……」
 というわけで、狼は家に入っていって、いきなりおばあさんを呑み込み、おばあさんの着物を着ておばあさんのずきんをかぶっておばあさんのベッドにごろりと寝て、カーテンを引いた。


 一方その頃、赤ずきんはお花――やら蛇の肝やら蝙蝠の翼やら非時香果やらをゲットレするのに夢中になって森中を駆け回っていた。
九龍「お、月草ゲット! 次のエリアのボスはなに落とすかな〜、浅い階層なのにわりとおいしいじゃん」
 そうして、もう集めるだけ集めて持ちきれなくなった時、おばあさんのことを思い出していつもの道に戻った。
九龍「あー、そーだよなー……魂の井戸ないし、ちゃんと話進めないと……でもどーしよ、単純にこのまま話進めるのもなんだよなー……なにかいいネタは……ふむ」
 おばあさんの家に来てみると、戸が開いたままになっているので怪しみつつ中に入り、そこでも違和感を感じたので困惑しつつも呼ばわった。
九龍「おはようございます……」(とりあえず女装バージョン)
 だが返事がなかったので、ベッドのところへ行ってカーテンを開けてみた。すると、そこにおばあさんは横になっていたが、ずきんをすっぽり耳まで下げ、いつもと様子が変わっているように思えた。
九龍「あら、おばあさん、なんて大きなお耳」
ピピン「お前の声が、よく聞こえるようにさ」
九龍「あら、おばあさん、なんて大きなおめめ」
ピピン「お前のいるのが、よく見えるようにさ」
九龍「あら、おばあさん、なんて大きなおてて」
ピピン「お前が、よくつかめるようにさ」
九龍「でも、おばあさん、まぁ、なんて気味の悪い大きなお口をしてらっしゃるの?」
ピピン「それはね、お前を、食べるためだよぉぉぉ!」
 言うが早いか狼は、いきなり寝床から飛び出して、可哀想に赤ずきんちゃんを一口にあんぐりやってしまった。


 これでお腹を膨らませると、狼はまた寝床に潜り、長々と寝そべって休んだ。
ピピン「ふっふっふ、おばあさんはアレだったけど今度はちゃんと女の子……だよな? あれ? なんだろう、妙な……嫌な感じが……いや気のせいだよな、うん。よーし、女の子をお腹に入れたまま昼寝としゃれこもう!」
 やがてものすごい音を立てていびきをかき出した。
 ちょうどその時、狩人が表を通りかかって、はてなと思って立ち止まった。
煌「……やかましいな。殺すか」
 おいおい、即決か。
 個人的にははなはだ乱暴なやり方だとは思うがそう決めてしまった狩人は、ばーんと扉を蹴り開けて中に入るなり、厚さ12.5pのコンクリートの壁も数枚まとめて蒸発させる炎を吐いて中にいる者を攻撃した。
ピピン「ぎゃわ――――!!! ちょ、ちょ、あぶ、あぶないじゃないですか、なにすんですかあなたっ、そんなもん食らったら死にますよ普通!?」
煌「やかましい、知るか、うぜぇ、いいから死ね」
 おおなるほど、これはつまり狩人はパートナーがそばにいないから苛々しているんだな。数千年も生きておきながら、なかなか可愛げのある男だ。
煌「…………(ぎろり)」
 おっと、薮蛇だったか。……真正面から見ると、しみじみ美しい男だな、お前さんは。
煌「……鬱陶しい。殺す(ごばー)」
 っ、と!
ピピン「ちょ、あなた、ナレーターにまで攻撃すんですかっ!? なに考えてんですかおばあさんの家焼けちゃってるじゃないですかーっ!」
煌(ぎろり)
ピピン「はいっすいません……いやいやいやここはいくらなんでも!」
九龍「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」
 その時唐突に赤ずきんが狼の腹の中から飛び出した。その後ろからおばあさんものそのそ這い出てくる。
ピピン「わっ、ちょ、赤ずきんちゃ……え? な、ちょ、え? なんでさっきの男?」
九龍「ああ、さっきのあんたが女だと思ってた赤ずきんちゃん俺の女装だから。それはさておき」
ピピン「…………!(ムンクの叫び) そこは……そこは、なにをどうしても、さておいちゃいけないところでしょうっ……!(血の涙)」
九龍「それはさておき! 俺の持っていた薬の瓶が、さっきの攻撃の衝撃で割れた!」
ピピン「……は?」
九龍「なので今空気中にはその薬の成分が立ち込めている……が、その成分には指向性があるので、おそらくは一人に影響を与えるのがやっとだろう。でも落っことしちゃったからどこに行ったかわからないから、誰に影響を与えるかわからない!」
アルノリド「……はぁ。っつか、なんなんだよ、その薬って」
九龍「媚薬」
ピピン&アルノリド『(ぶほっ)』
 ……ほほう。
煌「(殺気を高める)」
九龍「や、選んで媚薬にしたっつーよりは、この森の中でゲットレできたもんを調合してできるもんの中でネタ性がありそうなのが媚薬ぐらいだっただけなんだけどな。まぁともかく今、媚薬は誰か一人に影響を与えている。――そしてそれが誰なのかは誰にもわからない! まだ管理人にも!」
ピピン&アルノリド『……はぁ!?』
 どういうことだ。
九龍「や、まぁネタをばらしちゃえば、せっかく配役も全員ダイスで決めたんだし、これもダイスで決めたら面白いんじゃないかってだけなんだけどな」
ピピン&アルノリド『えええええええ!?』
 なるほど。それはなかなか粋だな。
九龍「サイコロは六面体サイコロを二回振る。1が俺、2が狼、3がおばあさん、4が狩人、5がナレーター。6は振り直し」
 ほう、俺もか。
九龍「この場にいないってことでお母さんは除外な。で、最初に振った奴が媚薬のかかった奴、次に振ったのがそいつが最初に見た――つまり、惚れられた奴!」
ピピン「はぁっ!? ちょ、ま……マジですか!?」
アルノリド「おいおいおいおいなに考えてんだよ!? そんなもん下手したらお前も被害受けんだぞ!?」
九龍「その時はその時。ていうかダイスの神の思し召しってのはそういうもの! せっかくの機会なんだから、ここはバーン! とォ! 振ってみようじゃないか! ね!」
ピピン「ちょ、ま……待ってぇぇえぇ!」
九龍「いざっ、ダイスロール!」(ころころ)
 今、賽が……振られた!


 一回目! ――1!
 二回目! ――5!
九龍「つまりこれは……俺が、ナレーターの、ロンさんを、好きになる、ということで………」
ピピン「ちょ……ま……これって、別の意味で洒落になってないというか、まずくないですか!?」
アルノリド「まじぃよ……超まじぃよ……だってこれ相手拒まないじゃん! 食っちゃうじゃんこの人!」
ピピン「ピピー! 禁止です禁止、よい子も読む拍手小話でいけない話は禁止! 振り直しましょう振り直し!」
九龍「駄目……ダイスの神様は、絶対。だから、俺は、今、猛烈、ナレーターが……す、き……(ぎゅっ)」
ピピン&アルノリド『……うわああああぁぁぁぁ!!!』
 ……ふむ。熱烈だな。このように若く魅力的な男に抱きつかれるのは、いつぐらいぶりか……。
ピピン「駄目です、まずいです、禁止です、今すぐ終えましょうこの話! はいおしまーい!」
 無茶を言うな。オチもなにもない状態でいきなりぶった切って話を終わりにできるか、デウス・エクス・マキナじゃあるまいし。
アルノリド「もうこの際夢オチでもなんでもいーよ! 終わりにしないと……わー、あー、あー!」
九龍「(すりすり)」
ピピン「えっと、なんかオチ! オチ! 早くしないと、しないとー!」
煌「……狩人の放った攻撃で自作の媚薬を落とした赤ずきんは、その匂いを自分で嗅いで通りすがりの男に恋をしてしまった。そして目が醒めた時にはその男にさんざん弄ばれたあとで、可愛い娘と評判だった赤ずきんは嫁の貰い手がなくなった。買い物の時の寄り道やら、宝物探しやら、調合やら、とにかくよけいなことをすると最終的には自分が馬鹿を見るということだ。――そういうオチでどうだ。それなりに教育的でいいだろ」
 おい、弄ぶとは心外だな。俺は別に薬に酔った子を弄んだりはせんぞ? 可愛がってやったりはするかもしれんが。
アルノリド「あからさまに駄目じゃねぇかぁぁぁ! とにかくオチできた! はいできた!」
ピピン「よし逃げましょう、ダッシュで逃げましょう、そんでこの話終わり! おしまーい!」
煌「(心なしかほっとした様子で音速飛行)」
アルノリド「うあああ自分に被害はないけどすっげー気まじぃぃぃ!(ダッシュ)」
ピピン「やっぱり赤ずきんは可愛い女の子であるべきだったのにーっ!(超ダッシュ)」
 ……やれやれ、行ってしまったか。ならせっかくだ、俺がちゃんとしたオチをつけておくか。


 通りすがりの男に恋をして弄ばれた、と噂になり、本人もそう思いこんでいた赤ずきんは、復讐のため村を出て男を追った。もともと高い銃の腕前を持っていた赤ずきんには、それはそう難しいことではなかった。
 その過程で赤ずきんはさまざまなものを見た。美しいものも、醜いものも、楽しいことも、つらいことも、生も、死も、愛も、憎悪も、さまざまなものを。
 村にいる時は想像もしなかった場所に行き、想像もしなかった相手に会い、想像もしなかった男に恋した。そんなことをくり返しながら、記憶に鮮やかに残るあの男を追い、どこまでも。
 残っている記憶はその男を見た時と、かすかな感触、そして体臭だけだったが、その男の残滓は匂いやかに色づいて消えることがなかった。
 赤ずきんはときおり、その男を恨んでいるのか恋うているのか見失うこともあった。残っているその男の記憶は、残滓としか言えないようなわずかなものでしかなかったが、どれもひどく優しかったからだ。
 それでも、男を追って、追って……はるか世界の果てでようやく追いつき、赤ずきんは男に銃を向けた。
 だが、その時知った。その男は、赤ずきんの体にはろくに触れておらず、ただ眠らせただけであることを。男にとっては自分は、情を与えるにもあたらない存在だったことを。
 赤ずきんは絶望し、膝をついて男を、そして媚薬を調合した自分自身を呪った。だが男は言った。
『お前は、俺に会うまでなにを見た?』
 言葉に詰まる赤ずきんに、男は続けた。
『お前が見たのは、見る価値もないものだったか?』
 しばしの沈黙ののち、赤ずきんは首を振った。そう、赤ずきんはとっくに知っていたのだ。自分が今まで旅の中で見てきたものは、村の普通≠フ生活ではありえないほど深いものだったことを。
 普通でないものを、生においては余計なものを知るには、余計なことへ、普通から一歩はみ出たことへ目を向けなければかなわないのだということを。
 それを自覚し、赤ずきんは毅然と顔を上げ男に背を向けた。自分に触れない男を追うよりも、赤ずきんには、自分が見てきた余計なことを糧に自分が始めた物語の続きを作る方が、はるかに広いことだと知っていたからだ。
 おしまい。
 ……うむ、美しいオチだ。狩人の作った数百年前の寓話よりはよほどマシだろう。
九龍「(すりすり、ぎゅー。うるうる)」
 ……(ぽんぽん)。そんな目で見つめるな。君は魅力的だが、俺は酔った相手にはやるとしても可愛がることしかしないと決めているんだ。
 ――我、知心理、与眠=B
九龍「…………(こてん)」
 よし、効いたか。ラリホー程度の呪文では効かないかとも思ったが――やはり酔った男はまぶたを閉じてくれる優しい手を欲しているということだな。
 では――おやすみ、赤ずきん。よい夢を。(おでこにちゅっ)
九龍「………………」(安らかな顔で眠り続ける)


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