毛は箇所により微妙な話
「……ふぅ。あと少しだぞ」
 今日も掃除をする隊長兼雑用兼モギリの新次郎。今日の担当は風呂掃除だった。膝までズボンの裾を捲り上げ、うぉっしゅうぉっしゅと懸命に露天風呂を洗う。
「おや、まだ掃除中かい?」
 稽古を終えた星組隊員たちがやってきた。新次郎はぺこりと頭を下げる。
「すいません、あともうちょっとで終わるんで。申し訳ないんですけど、もう少し待っててもらえますか」
「しょうがないですね、それじゃサロンで少し待ちましょうか」
 全員ぞろぞろと風呂場を出ていく。その時、ちらりとサジータが新次郎のミルク色の膝頭を目に入れたのが、ことの始まりだった。

「しっかし、そうじゃないかとは思ってたけど、まだ新次郎ってすね毛全然生えてないんだねぇ」
 サロンでダイアナの淹れたお茶を飲みながらサジータの言った言葉に、リカは首を傾げた。
「すね毛って、すねの毛か? リカもそんなの生えてないぞ」
「そりゃ、リカは子供だし女だからね。大人の男には普通あちこちにぼーぼー毛が生えてるもんなんだよ」
「ふふふ……大河さんは人種のせいもあって、年よりも若く見えますもの。私だって初めて見た時、エレメンタリースクールの子供かとばっかり」
 ちなみにエレメンタリースクールというのは小学校のことである。
「そうだねー、まだ全然ヒゲも生えないってグチってたし。その方が新次郎らしいけどね」
「かもね。まー案外下の毛はぼーぼーだったりするかもしれないし?」
「もー、やだぁサジータさんってば!」
「……生えていなかったらどうする?」
 昴がふいに、さらりと口にした一言に座の空気は固まった。
「……おい、昴。お前、まさか見たのか? 坊やの下の毛が生えてなかったりするとこ?」
「まさか。だが……大河は日本人としてもひどく幼く見える。そういう可能性もある、ということさ」
「で、でもでも、普通生えてるよね? 十二、三歳で生えるよね普通? 新次郎ってもう二十歳だよね?」
「ですが……大河さんは二十歳だというのに女装すれば美少女で通るような容貌の持ち主です。体毛も薄いですし……もしかしたら本当に……」
「にゃ? みんななに言ってんだ? 下の毛ってなんだ?」
 リカを置いてけぼりにして、星組隊員たちはいつの間にか真剣に論議していた。顔をつき合わせぼそぼそと、この上なく真面目な表情で話し合う。
「いくら坊やだからって、普通生えてるだろ。あいつけっこう筋肉あるし……」
「ですが、大河さんには腋毛はまったく生えていないように見えました。その他の体毛もなきに等しいですし……背の高さも決して高いとは」
「だけどだけど、いくら新次郎だってたぶんきっと少しぐらいは」
「産毛が少し生えているのを生えているとは言わないんじゃないか?」
「なにを話してるんだい〜? ボクも混ぜてくれないかな?」
 その声に反射的にサジータは拳を繰り出した。ばきっ、と音がしてばたんと相手が倒れる。その時ようやく相手を認識した。
「サニーサイド! ラチェットも! なんだいあんたたち、ちゃんと声をかけておくれよ」
「あいたたた……声をかけたとたん殴ったのはサジータだろう? ひどいなまったく」
「なんの話をしてたのかしら? ずいぶん楽しそうだったけれど」
「いや、その……」
 話を聞いて、当然ラチェットは柳眉を逆立てた。
「あなたたち! リカもいるのよ、女としての恥じらいはないのそんな話をこんなところで!」
「う……そりゃ悪かったけどさ……」
「……ラチェットは気にならないのか? 大河が生えているかどうか」
「え……」
 昴の言葉に、ラチェットはさっと顔を赤らめた。
「……気に、ならなくはないけれど……って、なにを言わせるの! そういうことは大河くんのプライバシーで……!」
「なんだいラチェットも気になるんじゃないか」
「やっぱり気になりますよねー、新次郎のことだし」
「だからそういうことはこんなところで話すことじゃなくてね……!」
「なんならボクが確かめてあげようか?」
 さらりと発された言葉に、全員思わずサニーの方を見る。
「サニーサイド……本気かい?」
「冗談言ったってしょうがないだろう。ボクだったら自然に大河くんの問題部分を確かめることができるしね。おりよくもうすぐ風呂掃除が終わるし。君たちがやってほしいっていうならここは司令として一肌脱ごうじゃないか」
『………………』
 全員無言状態になった瞬間、新次郎が脳天気な声を上げながらやってきた。
「みなさーん、お風呂の掃除終わりましたよー! お湯もうすぐ満杯になりますからねー!」
 とたん全員ざっと新次郎の方を見る。
『先に入って(れ)!』
「………へ?」

『いや〜大河くん、初めてだねぇ君とのハダカノツキアイってやつは! さぁそこに座って、背中を流してあげようじゃないか!』
『……サニーさん、落ち着いてくださいよ……』
「サニーサイドのやつ……とっとと本題に入りやがれってんだ」
「大河さんの声がよく聞こえませんね……」
 星組隊員たちは揃って露天風呂の柵の前に集まって聞き耳を立てていた。星組全員に勧められサニーと風呂に入ることを承知した新次郎は、今頃この一枚板の向こうで風呂に入っているはずだった。
『大河くんって意外といいカラダしてるよねぇ。顔はそんなに子供っぽいのにさ』
『い、いいじゃないですか! ぼくだって将来的には男らしい顔になる予定なんです!』
「新次郎っていいカラダしてるんだ……そういえば脱いだらけっこう逞しかったもんね……」
「静かに、ジェミニ。……大河が男らしい顔になったところは想像ができないな……」
『ところで大河くん。なんでそんな風に前を隠してるんだい? 男同士なんだ、ぱーっと見せ合ってもいいだろう?』
『…………!』
 キター! とばかりに顔を見合わせ、柵に耳を押しつける星組隊員たち。その顔は全員真剣だ。
『え……べ、別にいいじゃないですか。見せっこするような年じゃないんですし……』
「そういうわけにはいかないだろ新次郎! 見せろはっきり堂々と!」
『え〜、大河くん、そんなに自分のに自信がないのかい?』
『そ、そういう問題じゃ……』
「じゃあどういう問題だというの大河くん! はっきりしなさい!」
『……まさか、毛が生えてないから見せたくない、とかいうんじゃないよねぇ?』
「よっしゃよく言ったサニーサイド!」
『そ、そんな、そんなわけ………』
 新次郎の声がぐぐぐっと低くなったので、星組隊員(+副司令)たちはぐぐぐっと前に身を乗り出した。新次郎の声が小さく、ぼそぼそとサニーに言う。
『……毛……生え……下……ぐらい……』
「なんて言ってるのっ、聞こえないわ!」
「ラチェット、声が高い」
『じゃあ見せてごらんよ。本当に生えてるなら見せられるよね?』
『え、えぇぇ!?』
『…………!』
 ぐぐぐぐっと全員前に身を乗り出す――そこに。
「なーなー、みんななにしてんだ、リカつまんないーっ!」
 後からどーんとリカが突進してきた。全員折り重なるようになっていた星組隊員+副司令は当然バランスを失い――
「な、わ、わ」
「きゃああぁぁーっ!」
 ……柵ごと露天風呂の中へ倒れこんだ。
「わ、わ、わひゃあっ!? み、み、みなさん、なにやって……」
「おやおや〜、みんなそんなにボクの肉体美が見たかったのかい?」
 真っ赤になって固まる新次郎と同様に、星組隊員たちも固まる。この状況はかなり言い訳のしようがない――
 だが、訴訟の国アメリカで二十一歳の若さで弁護士をやっているサジータは顔を赤くしながらも立ち上がってきっぱり言っていた。
「みんなであんたが直したはずの柵を見てたんだよ! なんだい新次郎、ちゃんと直ってないじゃないか!」
「え、えぇ!?」
 その言葉にはっと気づき、他の隊員たちも立ち上がって新次郎に怒鳴る。
「そうだよ! 直しといてって言ったのに、全然直ってないじゃないか!」
「大河くん……まさか、こっそり私たちのお風呂をのぞこうと考えていたのじゃないでしょうね?」
「大河さん……ひどいです! 私たち、あなたを信じてたのに……!」
「え、え、ええええ!?」
 自分たちのことを棚に上げて、というか棚に上げるために言い募る星組隊員+副司令たち。新次郎は泣きそうな顔になって(必死に前をタオルで隠しながら)、昴を見た。
「す、す、昴さ〜ん……」
 昴はふむ、といつものように扇を口に当てて、考えて。
「……観念しろ。元はといえば君が原因だ」
「そんなーっ!」
 そんなわけで、新次郎は裸のままさんざん星組メンバーに怒られて、真っ赤な顔で半泣きになったのだった。

「はー、危なかった……なんとか誤魔化せたね……」
「もう! みんなやりすぎよ、大河くんが可哀想でしょう!」
「ラチェットに言われたくないよ。……けど結局坊やの毛は生えてたのかどうかわからなかったな……」
「タオルの上からではよくわかりませんでしたしね……」
「みんな、なにいってんのかわけわかんねーっ!」
「……ここはサニーサイドに聞くしかないだろうな……」
「やぁみんな! もうしょうがないなぁ、ボクが上がるまで待ってられなかったのかい?」
 笑顔で手を振りながら現れたサニーに、星組メンバーたちはぎっと苛烈な視線を集中させた。
「あはははははは……みんな、ちょっと怖いよ?」
「んなことはどーでもいいっ! サニーサイド! 坊やの下の毛は生えてたのかい、どうなんだい!?」
「おじさま、本当のことをはっきりおっしゃってください!」
「サニーサイド、私にああも恥をかかせたのだから、見てないなんて言わないでしょうね!?」
 全員に強烈な視線をぶつけられて、サニーは苦笑した。
「ん〜……見てないとは言わないけど……」
『けど!?』
「……証拠があった方がいいと思って。写真のファインダー越しにしか見てないからよくわかんないんだよね」
「写真撮ったのっ、サニーさん!?」
「うん。見てみる?」
『………………』
 全員が思わず固まったところ――
「あ、あの……柵の修理、終わりました……」
『!』
 また怒られるのではないかとびくびくしている顔で新次郎がやってきたので、全員同時に立ち上がった。
「? ……あの、みなさん?」
「やーやー新次郎お疲れ! 喉渇いただろ、ドリンクバーでジュースでもどうだい! おごるよ!」
「え? いやでもみなさんお風呂に入られるんじゃ……」
「気にしないでいいんだよ新次郎! ボクたち新次郎の頑張りに応えてあげたいんだ!」
「さぁ行きましょう大河くん、サニーのことは放っておいて!」
「え、あの、みなさんー?」
 ……にぎやかに去っていく星組メンバーを見ながら、サニーはくっくと笑っていた。
「うーん、やっぱり乙女だねぇ。実際に見るのはやっぱり恥ずかしいか」
 取り出した写真をしばし眺め、うなずく。
「この写真は大河くんの机の中に忍ばせておいてあげよう。見たらきっと驚くだろうからねー」
 そう言ってサニーはモザイク加工済みで顔以外なにがなんだかわからない新次郎のヌード写真をポケットにしまった。

 ――その後、自分の机の中に入っていたその写真を見つけ、新次郎はサニーのところへ泣きながら怒鳴りこんだが――当然すっとぼけられて退散し、星組隊員たちに慰められた。
 リカをのぞく星組隊員+副司令は、心の中で新次郎に謝ったという。

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