謎の遺跡、秘密の宝探し
 どっごおぉぉん、と空中で乗ってきた飛行機が(雛子のシスプリ号に撃たれて)散華するのを見ながら、兄はもう一度確認した。
「全員、無事だな?」
『は〜い………』
 パラシュートで飛行機から脱出した妹たちは、疲れたような声で兄に返事をした。
 さすがに怖かったのだろう、と思った兄は、襲ってきた奴らに怒りを感じつつ、頭を撫でてやろうと手を伸ばしつつ労わるような声を出す。
「もう大丈夫。お前たちは絶対に俺が守ってやるからな。お前たちを傷つけようとする奴は、俺が全部片付けてやるから」
『お兄ちゃん(以下略)……!』
 いきなりわっと兄に群がる妹たち。
「おにいたま、ヒナね、ヒナね、とっても怖かったのぉ……」
「お兄様、私、すごく怖いけど……お兄様が抱いていてくれたら怖くなくなると思うの……優しく抱きしめて?」
「兄や……亜里亜、兄やに頭撫で撫でしてほしいの……くすん」
「アニキ! いいこと言ってくれんじゃない! じゃ早速経理の山口一発泣かして! あいつあたしの研究費削りまくって困ってんの!」
「こら、こら、こらこらこらっ! なんでいきなりそんなに元気になるんだ! さっきまで落ちこんでたのに!」
「落ちこむ? なんで?」
「え、いやだって、いきなり飛行機墜としちまったし、エジプトに行くのも無理だろうし……」
「お兄ちゃま、なに言ってるの?」
「あんな飛行機の一つや二つ、すぐ代わりを用意いたしましてよv」
「すでに近くの志須田家の飛行場からVTOL機を飛ばせました。ここまで一時間もあれば着くはずですわ」
「お、おい。この近くにも自家用の飛行機があるってのか?」
「当然デスよ? 世界中どこの国にも志須田家の飛行場はあるデス」
「あ、アニキ飛行機代がもったいないって思ってんの? 心配しなーいのっ、亜里亜ちゃんがあれ作るのにかかった金を十倍にして賠償金取り立ててくれるからっ!」
「(こくん)亜里亜に……まかせて?」
「は……はぁ……」
 そのたくましさに感心するべきか財力に驚くべきか迷いながら、兄は溜め息をついた。
「可憐様花穂様(以下略)……乗組員、全員無事です……」
 勝がよろよろしながら妹たちの前に進み出る。どうやら着地する時に足首を捻ってしまったらしい。
「あ、そう」
「……咲耶、お前な。そういう言い方はちょっと冷たいんじゃないか?」
「ご、ごめんなさいお兄様っ! 勝さん、大丈夫!?」
「は、い、いえっ、大丈夫です咲耶様っ! 兄一っ、貴様咲耶様になんと気遣いのないことをっ!」
「……俺はお前を労わるつもりで言ったんだが? それに妹が間違ったことを言ったりしたりしたら正すのは兄の役目だろうが」
「たわけっ! 鞠絵様たちはいついかなる時においても正しいのだっ!」
「勝さん、お兄ちゃんに意地悪言わないで!」
「は、ははーっ! 申し訳ありません可憐様っ!」
「お前な、いくらなんでも露骨すぎるぞ……」
 などと騒いでいる兄妹+勝の中、千影は一人空を見上げていた。もはやエジプト領内に入り、周囲は果てしなく続く砂漠、天空にはすでにオレンジ色の太陽が居座り、痛みすら感じさせる陽光を大地に投げかけている。
 手首の腕時計兼緯度経度計+色々と見比べ、周囲を見渡ししばらく歩いて小さくうなずいて声を上げる。
「みんな。ここだ。ここの地下に例の遺跡がある」
『えええぇぇぇっ!?』
 思わず叫んでしまう妹たちに、兄たちはきょとんとした顔を向けた。
「例の遺跡? 遺跡ってなんだ?」
「え? え、えーと、それはねっ!」
「……日本で偶然学術的に大変興味深い遺跡の資料を見つけてね。それに記されていた緯度経度とこの場所がぴったり一致する。みんなで行こうと決めていた遺跡だったんだ」
「そうそうそーなんだよ! みんなで見ようねって言ってたんだよね!」
「ふーん……でもエジプトの遺跡って普通ピラミッドじゃないか? 地下にどんな遺跡があるんだ? それにそんな遺跡なんだったらエジプト政府が管理してるはずだろうに」
「あ、あの、一般にはまったく知られていない遺跡なんです! 志須田家の古書庫に一冊だけ残っていた昔の冒険家の手記で!」
「へえ……そういうのもあるもんなんだな」
『あははははははっ♪』
 妹たちは無意味に明るい笑い声を上げて兄が深く突っ込まないでくれたことに感謝した。
「あの、兄君さま? よろしければ……」
「一緒に遺跡見学に参りませんこと?」
「え? でも、そういう貴重な遺跡なんだったらちゃんと事前に学術機関に報告すべきじゃないか?」
「あ、あのねっ、学術機関には報告したんだけど、信用ならないって無視されちゃったの!」
「そうか……でも、エジプトの遺跡って罠とか仕掛けられて危険なんじゃないか? 俺も考古学には素人だからよく知らないけど」
「だいじょぶだよっ! ぼーけんかさん罠なんてなかったって書いてあったもん!」
「そうか……でもなあ……」
 妹たちは目を潤ませると、兄に向かって声を揃える。
『お兄ちゃん(以下略)、お願い(語尾変化略)……』
 兄はやれやれと苦笑する。
「わかったよ。ただし、遺跡を壊したりしないように注意するんだぞ?」
『お兄ちゃん(以下略)、ありがとうっ(語尾変化略)!』
 嬉しげに声を上げる妹たち。
 むろんここにあるのは宇宙人の遺跡であり、危険とかはたぶんアリアリだろうし、妹たちの目的は宇宙人の作った地震発生装置で遺跡見学なんぞではない。その本来の目的からすると兄の存在はむしろマイナスなのだが、妹たちはそんなこと考えもしない。兄といつでも一緒にいることは、彼女たちにとって最優先事項なのである。

 飛行機から持ち出したシスプリ号(全機揃っている)を使って穴を掘り、ほどなく入り口を見つけた。人間大の大きさの入り口だったので、シスプリ号は置いていかなければならない。
 勝たちは白雪がどこからともなく取り出したテントの中で留守番である。勝はなんとしてもついていくと言い張ったのだが捻挫してるんだからと兄が止めた(ので妹たちも止めたら素直に従った)。
「兄一〜っ、お前その身に代えても白雪様たちをお守りしろよ! 髪の毛一筋でも傷つけるようなことがあったら殺すぞ!」
「そりゃそんなのお前に言われるまでもないけどな……いい加減過保護やめろよ、そういうの人間性歪めるだろうが」
「馬鹿者っ、鈴凛さまたちはこの世に舞い降りた十二人の天使! 歪むことなどありえんっ!」
「……はいはい、お前に言った俺が馬鹿だったよ」
 一応危険がないか調べるため兄が先頭で中に入る。本当なら罠などを感知するため衛などが先頭の方がいいのだろうが、妹たちは『お兄ちゃん(以下略)、カッコいい! 頼れる! 素敵!』とか思っていてそんな可能性には気づきゃしなかった。
 二メートルほどの竪穴をすとんと降りて、鈴凛特製の超強力電気ランプで辺りを照らす。
 エジプトの気候のせいか、遺跡特有の湿ったような匂いはほとんど感じられず、やたらに砂が舞っていた。人が二人並んで通れる大きさの、石造りの階段が見渡す限り続いている。
 飛び降りてくる妹たちを一人一人受け止めると(当然のことながらお兄ちゃん(以下略)に受け止められる! と妹たちは大いにはしゃぎまくった)、やはり兄が先頭で(隣は衛)階段の下へと降りていく。
「ねえあにぃ、一緒に階段駆け下り競争やんない?」
「おにいたまー、ヒナ喉渇いた」
「お兄様ぁ、お願い。私をおんぶして? 足が痛くなってきちゃった」
「お前らな……遺跡を見学するんじゃなかったのか? お前らも学問に興味を持つようになったのかと嬉しく思ってたのになぁ……」
 歩いて数十mでそんなことを喚き始めた一部の妹たちに(鞠絵などは当時の地球の技術で作ったらしい石壁を興味深そうに見ている)、わざとらしく溜め息をつきつつ言うと、妹たちは慌てた。
「うそうそっ、ちゃんと歩くから!」
「おにいたま、ごめんなさい!」
「見てお兄様、私遺跡を見学しながら歩いてるわよっ!」
「……やれやれ」
 下ること百mと少し。着いたのは十m四方ほどの広さの部屋だった。高さは五mほど。壁にはびっしりといかにもエジプトという感じの壁画が描かれ、中央は緩やかに盛り上がりてっぺんで急にぼこりとへっこんでいる。
「……これってどういう遺跡だったんだ?」
 兄はそう一人ごちただけだが、妹たちの多くはブーイングを飛ばした。
「なんデスか!? なんにもないデス!」
「ここまで歩いた苦労どうしてくれるのよ!」
「つまんないよー!」
「ちょっと静かに!」
 鈴凛が叫ぶ。鞠絵と千影も真剣な様子なのを見て、妹たちは静まり、兄は怪訝そうな顔になった。
「おい、お前らなにをそんなに……」
「ちょっと黙っててったら! ……間違いないよ。壁に仕掛けがある」
「え!?」
「この絵は彼らの歴史を描いているようですわ……それとここに来た人間へのメッセージ。仕掛けを理解した人間たちにこれを送る、と描いてあるようです」
「……彼らって?」
「男と女……象徴は天空と大地。産まれるは太陽、星、光、人……ここか」
「お、おい、千影!」
 兄の言葉を気にも留めず、千影はつかつかと歩み寄って壁画のある部分を押した。するとゴガッ、という音がして、中央のへこんだ部分がぐいっと盛り上がる。
『きゃーっ! やったぁ!』
 叫んで兄が止める間もなくその場所に駆け寄る妹たち――が。
『あーっ!?』
 妹たちは思わず叫んだ。

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