「お兄ちゃん、可憐お兄ちゃんと一緒にスフィンクスの前で写真撮りたいなv いろんな所行っていっぱいいっぱい思い出作ろうねv」 「兄上様、私ピラミッドの中を兄上様と一緒に歩けたらと思っているんです……一緒に来て、くださいますか?」 「兄君さま、わたくし兄君さまとご一緒に旅行ができると思ったら前日は眠れませんでした……お笑いになります? でも本当に楽しみで……」 志須田邸を出発して七時間。その間妹たちは(兄の周りで)ぶっ通しで騒ぎまくっていた。 志須田財閥総帥専用機は鈴凛の改造を受けて、驚異的な低燃費と高加速を実現、おまけに中には座席が十三台しかなく(兄妹の分だけ)、余ったスペースに超高級ソファやらカーペットやらを運び込んで、ほとんど豪邸の居間のような快適な空間を作り出している。 その中で妹たちは兄の周りで旅行の予定やら希望やらを話して盛り上がっているわけである。 いくら快適な空間とはいえ、よくここまでテンションを持続できるな、と兄はややげっそりしながら思った。 「はい、にいさまv お夕飯ですのよv 姫の特製アイリッシュシチュー、ブルーベリー風味! いくらでもおかわりありますのよv」 この飛行機には(運転しているクルーを除けば)兄妹たちしか乗っていない。よって食事の用意も兄妹たち自身がしなければならないので、放っておけば当然白雪の出番になるわけである。 兄は苦笑しつつ、テーブルについた。この専用機はどんな乱気流の中に巻き込まれようとも、中は常に水平を保っている。 と、そこに機内放送が流れた。 『可憐様、花穂様、衛様(以下略)、席についてシートベルトをお締めください。繰り返します、席についてシートベルトをお締めください』 「え?」 現在この専用機を運転中のはずの勝の緊張した声が響き、兄妹たちは怪訝そうな顔になった。いかにこの機体が常識外れのスペックを誇っているとはいえ、エジプトの志須田家専用飛行場につくにはあと一時間はかかると予定されていたはずだ。 つまり、これは――トラブル発生、ということになる。 「何かあったのか?」 運転席に入ってきてそう言った兄に、勝はぶっきらぼうに答えた。 「レーダー内に戦闘機らしき機影が見えた。こっちに近づいてくる。通信を送ったが答えがない。……こちらに敵意を持っていると考えたほうがいいだろう」 『えーっ!?』 妹たちの声がきれいに唱和した。勝はそこで初めて運転席の入り口に妹たちが鈴なりになっているのに気づき、ぎょっとする。 「け、兄一! 貴様衛様たちをこちらに連れてきたのか!? お前には常識というものがないのか、咲耶様たちには何も心配することなく旅を楽しんでいただこうとするのが曲がりなりにも雛子様たちの兄たる者の勤めだろうが!」 「お前に常識を云々されたくはないんだが……そんなことより詳しい状況を教えてくれ。距離は? 相手の種別は特定できたのか?」 入り口から(全員入るのは無理なので)妹たちに見つめられてこんな時にも関わらずちょっぴり照れつつ、勝は素早く兄に答える。 「距離は二万、種別は……まったく不明だ。飛行速度がどの国の戦闘機にも該当しない。新型機かもしれん」 「振り切れるか?」 「今やってるところだ。……ご心配なく、可憐様花穂様(以下略)。鈴凛様が手を加えられたこの機体があればどんな戦闘機だろうと振り切って見せましょう!」 自らにできる最高の笑顔で勝は妹たちのほうを振り向いたが、妹たちは勝など見向きもせず話し合っていた。 「情報封鎖は完璧だったはずですから、これはやはり飛行中のこの機体を軍事衛星か何かが捕捉したと考えるべきだと思いますわ」 「そう……それじゃ仕方ないわね。お兄様との旅行に無粋なステルス戦闘機なんて使うわけにはいかないもの」 「どこの国だと思う?」 「おおかたアメリカじゃないのー。中東にアタシたちに喧嘩売るほど頭悪くて金の余ってる奴がいるとは思えないし」 「狙いは何でしょうか?」 「ほぼ間違いなく私たち自身、だろうね。私たちを片付けてしまえば志須田財閥を、ひいては世界経済を意のままにできるとでも考えているんだろう」 「シスプリの頭もつぶせて一石二鳥とか考えてるデスよきっと。おバカさんデス、チェキ!」 「じゃね、じゃね、ヒナがそいつらどっかーんってやっつけたげる!」 「そうね、それがベストね。みんな異存ないわね? じゃ、決定!」 『異議なーし!』 「おい、お前たち……何を話してるんだ?」 笑顔をあっさり無視され落ち込んでいる勝を励ます役は他の操縦クルーに任せ、兄は妹たちに聞いてみた。 妹たちはにっこりと朗らかな笑みを兄に返す。 「雛子ちゃんに襲ってくる戦闘機を撃ち落してもらおうって話v」 「な……おい、ムチャクチャ言うな! 外は秒速……えーと、大体350mの風が吹き荒れてるんだぞ! そんなところに出たらあっという間に吹っ飛んじまうだろうが!」 「バッカだねーアニキ。普通に外に出て普通に狙撃するとでも思ってんの? そんなことしたって戦闘機相手に効くわけないじゃん」 「じゃあどうするって……まさか」 「とーぜんっ、シスプリ号でどっかーんと吹き飛ばしてもらうんだよっv」 「おいちょっと待てよ! いくらシスプリ号だってこんな高い空の上じゃ……もし落っこちたらどうするんだ!」 『危険です、可憐様花穂様(以下略)! 席にお戻りください!』 「心配しなさんなって。この機体は上下どっちからでもドックのハッチが開くようになってるし、シスプリ号も脚部をきっちり連結してあるから落ちやしないよ。問題は不自由な動きしかできないシスプリ号で雛子ちゃんが敵をうまく撃てるかってことだけど……」 『大丈夫だよーv ヒナもヒナのシスプリ号もすっごいんだから!』 「……だってさ」 「雛子ちゃん、ね……どんな時でも的をはずしたことないの……」 「任せちゃっていいと思うよ、お兄ちゃま」 「ううううううう〜」 妹たちと共に強化ガラスの向こうでゆっくりとシスプリ号の上のハッチが開いていくのを見守りながら、兄は苦悩していた。確かにここは雛子に任せるのが一番いいかもしれない。しかし兄としてはどんなことにせよ妹たちを危険なことと関わらせたくはない。それはもうほとんど本能と同じレベルで兄の精神の中に叩き込まれている。 理性と本能の間で兄が葛藤していると、勝が切羽詰った声で叫んだ。 『撃ってきました! デコイを放出、回避行動に入ります!』 『動いちゃダメ!』 勝の声とほぼ同時に雛子が叫んだ――と思ったらどっぐぉぉぉん、と大音響の爆発音が響き、一瞬視界が真っ赤に染まった。 一瞬の混乱の後、理解が遅れてやってくる。 「ミサイルを、撃ち落したのか!?」 「ヒュー♪ 雛子ちゃん、さっすがぁ!」 『続いていっくよー♪ えいっ!』 どんっ、と腹に響く発射音があったかと思うと、雲間からかすかに垣間見えた戦闘機らしき機体がぱぁっと赤い爆発に姿を変えた。秒速三百五十メートルの風が吹きすさぶ中、こちらも向こうも音速で飛行しているのに、わずか一撃で相手を撃ち落してしまったらしい。 やれやれ、と兄は困惑と腹立ちと安堵がない交ぜになった吐息を吐いた。 「むちゃくちゃやるな……」 「お見事ですわ、雛子ちゃん」 『えへへっ♪ おにいたま、ヒナすごい? すごい?』 「ああ、すごいよ……けど頼むからあんまり危ないことしないでくれよな。もしお前らが怪我でもしたら俺はお前たちのお母さんに申し訳が……」 『可憐様花穂様(以下略)!』 勝のさっき以上に切羽詰った声が機内に響いた。 「どうした、勝?」 『……先程のミサイルが至近距離で爆発した影響で、エンジンが損害を受け、飛行が不可能になりました……』 「……それって、どういうこと?」 『……墜落します』 『………………………』 『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』 兄妹は声を揃えて叫んだ。 |