「……ゲーム7‐6、マッチ・ウォン・バイ・大石菊丸ペア!」 「……あ〜〜っ、負けちゃったぁ〜〜っ……」 天野はラケットを持ったまま、がっくりとその場に膝をついた。 「ちっくしょー、今回はイケる! って思ったのになあ。あとほんの4ポイントだったのによー」 桃城も息を荒くしながらも肩を落としている。 「あーっ、生意気言ってる〜。俺たち黄金ペアに勝とうなんて三十光年は早いのにっ」 「そんなに息を荒くしながら言っても説得力がないぞ、英二」 「う〜〜っ、大石ぃ、お前はどっちの味方なんだぁ〜〜っ!」 「頼もしい後輩ができたってことさ。……いい試合をさせてもらったよ、桃、天野」 「うーっす」 「あっ、はいっ! こちらこそありがとうございますっ!」 声をかけられると急にしゃちほこばる天野に、大石は軽い笑みを浮かべた。 五月。地区予選に無事優勝し都大会に向けての練習が始まった頃、大石と菊丸は新しいフォーメーションの練習と青学ダブルスの底上げを兼ねて地区予選で何戦かしたペア、桃城と天野と試合することにした。 軽く様子を見るだけのつもりだったのだが、いつの間にかお互い本気になってきて、結果は7‐6で黄金ペアが勝利したものの、思ってもみないところで大汗をかくことになってしまった。 コートから離れてタオルで汗を拭きながら四人は話を続ける。 「……しかし、まさか俺達を相手にタイブレークまで持ちこまれるとは思わなかったよ。なあ、英二?」 「うーん……まあね。俺たちが油断してたせいもあると思うけど、けっこうやるじゃん。二人とも」 「ああ。さすが地区予選を全勝したペアなだけのことはある」 「え、いえ、そんな! 俺はただ先輩の足を引っ張らないよう必死になってただけですから、褒めるなら桃先輩を褒めて下さい、お願いしますっ!」 顔を真っ赤にしてかちこちになりながら言う天野に、思わず全員吹き出した。桃城は笑いながら天野の髪の毛をぐしゃぐしゃかきまわす。 「ターコ。俺たちがやったのはダブルスだぜ? 一人がどんなにうまくたってもう一人がヘボじゃ勝てっこねえだろうが。少しは自信持ちやがれ」 「もっ……桃先輩……」 うるるっ、と潤む目を慌ててごしごしと擦り、ぺこっと頭を下げる天野。 「はいっ! 俺、もっと自信持てるように頑張りますっ!」 「おーおー、頑張れ頑張れ」 あんまりに素直な反応に苦笑しつつ、桃城は天野の頭を叩いた。 そこに菊丸がからかうような声をかける。 「あれ〜? 桃わかったようなこと言うじゃん。ダブルス経験この地区予選までろくになかったくせに〜」 桃城はその言葉ににやっと笑って答えた。 「そーなんスけどね。こいつとやってっと、なんか呼吸があうっつーかなんつーか。シングルスの時とほとんど同じ感覚でプレイできんスよね。スキっスよ、こいつとのダブルス」 「桃先輩……」 また瞳を潤ませる天野に、大石は笑った。 「それは呼吸が合うっていうのももちろんあるけど、天野のフォローのしかたがうまいんだな。パートナーの動きでできたスキをカバーするように動いてる」 「あーそれ俺も思った。桃がガンガン攻めてくんじゃん? で、スキができるじゃん? そこに打ちこもうとすると、必ずきーくんが走りこんでるんだよねー」 「あ、それは俺、走って拾うしか能がないから、必死に球追いかけてるだけで……」 「でも桃のほうに行ったボールには見向きもしないで次の球に備えてるだろ?」 「は、はい。だってそれは桃先輩なら必ず返してくれるって思うし……」 「それを見極める目は一つの才能だよ。お前はダブルス向きのプレイヤーだな」 「え……」 天野はかーっと顔を赤らめると、またうるるっと目を潤ませた。涙が零れ落ちそうになるのを必死でこらえて、ぺこっと頭を下げる。 「ありがとうございますっ、俺、少しでも大石先輩たちに近づけるように頑張りますっ!」 「お前なあ、いちいち目ェ潤ませてんじゃねえよ! それになあ、追いつけるように″たあなんだ。どうせなら抜く″って言え!」 「あーっ、桃生意気っ! きーくんはこの素直なとこがかわいいんだからいいんだよーだ。ホントにおチビと同じ年とは思えないよにゃ〜」 「……なんの話してんスか」 「あ、リョーマ君」 いつのまにか立ち話していた四人のそばにリョーマが立っていた。顔はいつものごとく無表情だが、動きの端々から微妙な不機嫌オーラが滲み出ている。 「おチビと違ってきーくんはかわいいにゃ〜って話だよ〜」 「……別に俺、かわいいなんて言われたくないっス」 「リョーマ君っ、俺はリョーマ君のことかわいいと思うよ? 朋ちゃんも『リョーマ様の帽子深くかぶってそっぽ向いてる顔拗ねてる感じで超カワイイ〜v』って言ってたし!」 「……全っ然、嬉しくない」 心底嫌そうなリョーマの顔に、天野を除く全員が思わず吹き出した。 桃城が上からリョーマの頭をポンポンと叩く。 「ま、お前ももう少し後輩のかわいさっちゅうのを身につけてみたら? 先輩から人気が出るかもしんないぜ」 「……別に、今のまんまでいいっス」 「そうですよ、リョーマ君はそのまんまで充分すごいですもん。だって素で俺をテニスの世界に引き戻しちゃったくらいなんですから!」 「なになにそれ、どーいうこと?」 全員の視線が二人に集まった。 リョーマは心当たりがないのか、眉間に皺を寄せて考えるような顔をしている。 それにかまわず天野はしみじみとした口調で語りだした。 「そう、あれは入学式の日、悪漢の顔狙って思いっきりテニスボールぶつけて、しかもぜんぜん悪いと思ってないリョーマ君の姿を見て……俺は『こんなことをしてる人がテニス部に入るとか言ってるんだ、俺のしたことなんてこれに比べればちっちゃいちっちゃい!』って思ってテニス部の扉を叩く勇気が出たんですよ……」 「ぶっ」 桃城と菊丸が揃って吹き出した。大石も後ろを向いて必死に笑いをこらえている。 リョーマはきょとんとしている天野に近づいて言った。 「……もしかして、喧嘩売ってるの?」 「え? え!? なんで? 俺なんか悪いこと言った!?」 「………」 こいついっぺん絞めてやろうか、とリョーマはラケットを握りしめた。 そこに、手塚部長の厳しい声が飛ぶ。 「そこの五人! 何を喋っている、グラウンド十周!」 「はいっ! すいませーんっ!」 天野が慌てて飛び上がって走り出す。まだ笑いながらそれを追う桃城、菊丸。少し後ろから同じく笑いの発作がおさまらない大石。 俺って絶対天野と一緒で割り食ってると思う、と思いながらもリョーマが無表情に続いた。 |