「もーすぐバレンタインですねー」 二月の風の冷たい帰り道、天野がうきうきと言った。 一緒に帰っていた桃城はそれを聞き、面白がるような顔になって言う。 「なんだよ、お前そんなにバレンタイン楽しみなのか?」 「はい! あの、桃先輩はどんなお菓子がいいですか?」 「………は?」 桃城は目を丸くした。一緒に帰っていたリョーマも顔をしかめる。 作る気か、こいつ。 「……なに? お前、もしかしてバレンタインになんか作んの?」 「はいっ! 俺、小学生の頃からバレンタインにはお菓子作って友達とかお世話になった人とかに配ることにしてるんです! 俺の作るお菓子って、けっこう評判いいんですよ!」 「……はー……」 感心と呆れの中間くらいの声を出す桃城に、天野は急に不安そうな顔になって訊ねた。 「あの……もしかして、それって変、ですか……?」 「いやいやいや、んなこたーねーって。外国じゃ男の方からカード送るって言うし、うまい菓子くれるっつーのに嫌がるやつもいねーだろーしな」 天野はほっとした顔になる。 「そうですよね。よかったぁ……」 いや男がそこまでうまい手作り菓子を配るって時点で普通じゃないから。とリョーマは思ったが、口には出さなかった(面倒なことになるのがわかりきってるから)。 「で、誰に配るんだ?」 「えっと、今年の大会でのレギュラーメンバーのみなさんには個別に渡します。あとテニス部員には全員渡すつもりですよ。ちょっと手抜きしてパウンドケーキの大量生産ですけど。あとはクラスメイトに何人か」 「で……マジかよ、いっくら三年が引退したからって青学のテニス部員って五十人以上いんだぞ」 「だから、手抜きするんです。でかいパウンドケーキ一個焼いて、それ切り分けて包装するだけ。うちバレンタインデーは毎年お菓子作りに忙しいんで、包装する役ちゃんといますから簡単ですよ」 「はー……」 感心を四分の三くらいにした声を上げてから、桃城はにやっと笑って天野をつついた。 「でよ、お前女にはなんかやんのかよ?」 「え? あ、はい。朋ちゃんと竜崎さんとは手作りお菓子交換する予定ですけど」 「うわ、手作り菓子交換って……あの二人がかぁ? どっちもお前よりうまく作れるたぁ思えねぇけどな」 「そりゃそうですよ! 俺の今までの修行の成果をそう簡単に追い抜かれちゃたまりません」 「……いや、そーいうことじゃなくてだな」 「それより桃先輩はどんなお菓子がいいですか?」 「へ、俺? ……そーだなー……腹に溜まるもんがいいな」 「わっかりました! 任せといてください、おいしいの作ってみせますから!」 そんな会話を交わす二人に、リョーマはうんざりとした顔になった。 また面倒なことになりそうだ。 バレンタイン当日。天野は前日八時に寝て二時に起きた。大量の菓子を作るためにはこのくらいでないととても間に合わないのだ。 まずはその他大勢のためのパウンドケーキから。バターを練って砂糖を加えつつまた混ぜ(当然機械ではなく泡だて器で。そちらの方が早いのだ)。ほぐした卵、バニラエッセンス、薄力粉ベーキングパウダー塩を入れてさっくりと混ぜる。 ついでチョコチップを入れてアクセントにし、あとは型に入れて焼くだけ。 続いて不二・河村・手塚・リョーマ用のシューを作る。鍋に牛乳とバターを入れて火にかけ、沸騰してきたら粉を加えてかき回す。 火から下ろして卵を様子を見つつ加え、適度な固さになったところで絞り袋へ。不二の分は取り分けておき、唐辛子入りのチーズを使った揚げシューを作る。 残りの人たちは好みに合わせて中にクリームを。河村はカスタードと生クリームを半々程度に、手塚にはコーヒー風味のクリームにし、リョーマのものにはアーモンドを香ばしく砂糖と一緒に焼いたものを混ぜる。 次は大石・乾・海堂・菊丸用のフルーツレアチーズケーキを。牛乳とグラニュー糖を合わせて鍋に入れて火にかけ、時々混ぜてグラニュー糖が溶けたらゼラチンを加え粗熱をとる。 ボウルにクリームチーズを入れてなめらかになるまで混ぜ、ヨーグルトを加え。四人分に分けてそれぞれに合った果肉を加える。 大石は洋梨。乾はマンゴー。海堂はオレンジ。菊丸はブルーベリー。そして七分立てにしておいた生クリームをそれぞれに混ぜたあとは、あらかじめ作っておいたクラッカーのタルト生地を敷き込んだ型に流し入れ、冷やしたあとで果肉を飾るだけ。 「よし……ラスト、桃先輩だ!」 桃城にはあんまり甘くないものと甘いもの、両方作ると決めていた。 まずパイ生地をタルト型に敷き、フライパンで玉ねぎ、ほうれん草、マッシュルーム、ベーコンを炒め、卵と生クリームと粉チーズと胡椒で作ったソースと一緒にタルト型にいれオーブンへ。 それと並行して甘いものを作る。細かく刻んだチョコレートと生クリームを湯煎にかけて温め溶かし、加えて混ぜ。さらにラム酒を加えてなめらかになるまで混ぜる。 常温でしばらく冷やし、もったりしてきたら絞り袋に入れて棒状に絞り出し、冷蔵庫へ。 三十分から一時間で固まったチョコレートをカット、掌で丸める。生チョコトリュフの完成だ。 竜崎と小坂田にはシューのあまりと、作り置きのチョコレートブラウニーで勘弁してもらうとして。 「………できたぁっ!」 途中から起きてきた家族にも手伝ってもらったが、さすがの天野にもこれだけの量の菓子を作るのは一苦労だった。全員分だとかなりの量になるので、でかいクーラーボックスとバスケットを一個ずつ装備する羽目になった。 「待っててください、桃先輩。絶対おいしいって言わせてみせますからね!」 うきうきしながらそう言う天野の姿は、かなり乙女入っていた。 「はい、リョーマくん、お菓子!」 にこにこしながら差し出す天野にかなりげんなりしつつも、リョーマは菓子を受け取った。今朝は朝っぱらから下駄箱に大量のチョコレートが入っていたりしてうんざりしていたというのに、さらに天野というのはかなりヘビーだ。 「それ、シュークリームなんだ。生物だから早めに食べてね。クリームはアーモンド風味だから、リョーマ君の舌にも合うと思うよ!」 そう言って手を振って駆け去っていく天野を見て、リョーマはふ、と息を吐いて袋を開けた。中にはきれいに焼きあがった店にも出せそうなシュークリームが二つ鎮座ましましている。 確かシューというのはきれいに焼き上げるのはめちゃくちゃ難しいんじゃなかったろうか。母親がよく失敗していた覚えがある。 なんとはなしにため息をつきながら、リョーマはとりあえず一個目にかぶりついた。ふんわりの中にカリッとした歯ごたえと、アーモンドとクリームの調和した香りと味が口の中に広がる。 要するに、とってもおいしい。 はー、とリョーマはため息をつく。このあとあいつにこの菓子の感想を言わなければならないのかと思うと、なんとはなしに気が重くなるのだ。 「手塚ぶちょ……じゃない、手塚先輩! バレンタインのお菓子です、受け取ってください!」 「……なに?」 さすがの手塚もこれには少し驚いた。バレンタインにはいつも大量のチョコレートをもらう手塚ではあったが、男から菓子をもらったのは生まれて初めてだ。 「……お前が作ったのか」 「はい! いつもお世話になっているので!」 手塚はしばし考えて、じろりと天野を睨んだ。 「天野。こういう他人の口に入るものは作る前に許可を取れ。相手によっては受け取れない可能性もあるだろう」 「あ……そうですね! ご、ごめんなさい、手塚部長いらなかったですか……?」 不安そうな顔になる天野に、手塚は難しい顔のまま首を振った。 「いや……せっかくお前が作ったものだ、いただこう。ただしこれからは事前に許可を取るように」 「はいっ! すいませんでしたっ! 失礼しますっ!」 勢いよく頭を下げて、立ち去りかけ。 「あ、手塚先輩! それコーヒー風味のシュークリームになってるんで、お茶にもコーヒーにも合うと思いますよ!」 そう言ってから今度こそ立ち去った。 手塚は難しい顔のまま、教室に戻って袋を開き、ぱくりと食べた。 「…………!」 その瞬間の手塚の顔を見た女子生徒は、のちのちまで「手塚くんの緩んだ顔初めて見た!」などと語り継いだらしい。 「大石先輩、バレンタインのお菓子です! 受け取ってください!」 「……え?」 大石は呆然となった。背後からは見ていたクラスメイトたちがひゅーひゅーと囃し立てる。 「さすがはテニス部副部長、後輩からももってるぅ!」 「いやいや男の後輩からチョコもらうなんて並大抵のこっちゃねーよ!」 「あ、いえこれチョコじゃなくてフルーツレアチーズケーキなんですけど。チョコの方がよかったですか?」 『…………』 しばしの沈黙ののち、ぶはははは、とクラスメイトたちは笑い転げた。 「あ、あの……?」 「いや天野なんでもないんだ気にしないでいいから。ありがとうありがたくいただいておくよ」 考えすぎるな天野には他意はないんだあくまで先輩にお世話になってるからって渡しただけなんだから、と念仏のように心の中で唱えつつ大石は天野を押し出した。 「あ、大石先輩。それ生ものなんで、早めに食べてくださいね!」 そう言って去っていく天野を見つめてため息をつき、大石はクラスメイトたちに冷やかされながら席に戻った。天野はいったいなにを考えているんだろう、とこれまで素直でかわいい後輩としか見ていなかった天野の天然な一面に胃をキリキリと痛めつつ教室に戻り、早めに食べろと言われたので律儀に袋を開け―― いい匂いとたまらない味に誘われてうっかり完食し、またクラスメイトにからかわれた。 「河村先輩、バレンタインのお菓子です、受け取ってください!」 「え、天野が作ったの? もらってもいいのかい」 「はい、いつもお世話になってますから!」 「ありがとう……開けてみてもいいかい?」 「どうぞ!」 袋を開けて、河村は目を輝かせた。 「うわぁ……おいしそうなシュークリームだね。食べてもいい?」 「どうぞどうぞ!」 河村はぱくりとシューにかぶりつき、うんとうなずいた。 「おいしいよ。さすが天野だね、合宿の時の料理もすごくおいしかったもんね」 「うわ……ありがとうございます! 嬉しいなぁ……じゃ、俺はまだ配るところがあるのでこれで」 天野が去っていったあと、河村はシューを完食し、おもむろにすたすたと教室に入り、テニスラケットを握った。 「うまいぜ――――! バ――――ニ――――ング!」 ノーマルでは表せないうまさということだったらしい。 「菊丸先輩、不二先輩。バレンタインのお菓子ですっ、どうぞ!」 「えー、きーくん男なのにお菓子くれんのっ!? わーいわーいうっれし〜!」 「へぇ……天野の手作りか。楽しみだな、開けてみてもいい?」 「はい、もちろん!」 菊丸と不二はそれぞれ袋を開け、菓子を取り出す。菊丸は目を輝かせ、不二も興味深げにうなずいた。 「な、な、これブルーベリーのレアチーズケーキ? うっまそーっ!」 「これは……揚げシューかい? なんだか唐辛子の香りがするけど」 「えっと、菊丸先輩のはおっしゃる通りブルーベリーのレアチーズケーキです。さっぱりと甘くなってると思うんですけど。で、不二先輩のは唐辛子入りチーズを使った揚げシューです。不二先輩の好みに合わせて辛いお菓子にしてみました。まぁすごく辛いってわけじゃないんですけど……」 「な、な、食べてみてもいい?」 「あ、どうぞ!」 ぱくりっ、と菊丸は大きく口を開けてかぶりつき、不二ももぐもぐと揚げシューを食べた。 「……んまいっ! さっすがきーくん、料理の天才〜!」 「うん、おいしい。バレンタインでも食べる人の好みに合わせて料理を作るところはさすが天野って感じだね」 「そ、そうですか? えへへ」 えへへという笑いが似合ってしまうのは若さの故か性格の故か。 「ホワイトデーを楽しみにしていてね。その頃は僕たちはもう卒業してしまっているけれど、君に素敵なプレゼントを用意してあげよう」 「あ、俺も俺も〜! 俺もきーくんにホワイトデーにお返しする〜!」 「え、ええ!? いいんですか本当に!? うわぁ……嬉しいです!」 去っていく天野に手を振って、菊丸と不二は揃って教室に戻った。この凄まじくおいしいお菓子を、始業前に食べ終わらなくては授業に身が入りそうもない。 「乾先輩、バレンタインのお菓子です、どうぞ受け取ってください!」 「……ふむ。天野の手作りか?」 「はい!」 「なるほど……データによれば天野の作る料理は95%の確率で絶品と出ている。喜んでいただくことにしよう」 「えへへ、ありがとうございますっ」 「これは……マンゴーのレアチーズケーキか?」 「はいっ、乾先輩ドリアンが好きって聞いたんですけど、ドリアンはさすがに手が出ないんで」 「なるほど……ありがたくいただこう。ホワイトデーのお返しにはなにがほしい?」 「え……そんな、気にしないでください! 俺が勝手にやったことなんですから」 「そうか……その理屈なら俺がお返しをするのも俺の勝手ということになるな」 「あ……そうですね。でもほんとに気にしないで……」 乾はその言葉に、にやりと笑みを浮かべた。 「では、ホワイトデーを楽しみにしていろ。俺のこれまでの研究成果の集大成を、とっぷりと味わわせてやろう」 「え……乾先輩?」 「フフフフフフフフフ」 「乾先輩、怖いんですけどーっ!」 絶叫する天野を無視して、乾はすすすすっ、と去っていった。 ここまでで朝の時間は終了、あとは昼休みに持ち越されることになった。 今日朝練がなくてよかった、と天野は息をつく。だが、メインイベントはまだ残っているのだ。 桃先輩になんとしても昼休みになったら即効パイとトリュフチョコを渡す! そう燃え上がる天野を見て、リョーマはやっぱりため息をついた。 昼休みになるやバスケットを取り出し、天野は二年の教室に走った。桃先輩(と海堂先輩)に菓子を渡すためだ。 7組前を通り過ぎようとした時に、出てきた海堂に会った。ぎょるりと目を動かしてこちらを睨む海堂に、天野はちょっとびくりとしたがめげずにバスケットからケーキを取り出す。 「こんにちは、海堂先輩。俺、バレンタイン用のお菓子作ってきたんですけど、食べません?」 「あぁ?」 海堂の眼光が鋭くなる。からかわれてるのかと思ったらしい。天野はびくんとしながらもバスケットからケーキを取り出す。 「あの、海堂先輩百%ジュースとヨーグルトが好きって聞いたんで、フルーツレアチーズケーキを作ってきたんですけど……」 「……お前が作ったのか?」 「はい!」 にっこり笑顔で答える天野に、海堂は難しい顔になったが、ちろりとおいしそうなケーキを見て手を伸ばした。 「……もらっとく」 「はい! ありがとうございます!」 ケーキを渡して笑顔になって駆け去る天野を見送り、海堂はその日の昼食のデザートにそれを食べ、その美味にうっかり変な顔になってクラスメイトたちに不審がられた。 一方天野は桃城を探して8組に向かっていた。 「テニス部部長の桃城武先輩、いらっしゃいますか?」 教室の入り口に立ってそう聞くが、桃城の答えは返ってこない。 「桃城くんなら今3組の子に呼び出されて階段の方行ったけど?」 「そうですかっ、ありがとうございます!」 「あ、ちょっと待って、今は行かない方が――」 そんな女子生徒の言葉など耳に届かないまま、天野は階段へと向かった。桃城が女子生徒の前に立っている。 今日がバレンタインということを認識していながらそれが愛の告白の日だなどとはこれっぱかりも意識していなかった天野は、嬉々としてバスケットを持ってそちらに近づき―― 「桃城くん、あたしとつきあってほしいの」 ――という言葉を聞いて固まってぼとっとバスケットを落とした。 その音に桃城がこちらを向き、あ、という顔をする。 「天野………」 そのちょっと困ったな、という感じの声を聞き、天野の頭にかーっと血が上った。 「あ、あ、あの、ご、ごめんなさいっ! 俺、聞くつもりじゃなかったんです、ただ桃先輩いるなーって思ってつい来ちゃっただけで、俺なんでもないですから気にしないでいいですから俺のことなんか忘れて幸せになってくださいっ!」 そう一息にまくし立て、だーっとその場から走り去り――しだいしだいに速度が落ちて、はぁぁぁぁとため息をつきつつがっくりと膝をついた。 「………がっくりだ」 とぼとぼと帰ってきた天野に、小坂田はぶーぶーとブーイングを飛ばした。 「ちょっとー、昼休みは私たちと作ってきたのの交換会するって言ってたじゃない! どこ言ってたのよー」 「あ………ごめん………ふはぁぁ」 「……どうしたの? 天野くん、元気ないね……」 「……どうしたのよ。なんかあったの?」 桜乃と小坂田にそう言われ、天野はため息をつきながら話し出した。 「うん、実は……」 話を聞いて、小坂田は顔をしかめた。 「なによ。あんた、桃城先輩が好きだったの?」 「うん、そりゃ好きだけど……」 「あのねー、カマトトぶってんじゃないわよ。恋愛感情で好きかって聞いてんのよ私は」 「え……えぇっ!? 違うよそんなわけないじゃん俺なんかが桃先輩に!」 「じゃーなんでそんなショック受けてんのよ」 「うん……それはさ……なんか寂しいなって」 「はぁ?」 「だってさ。桃先輩に彼女ができるなんて、俺今までぜんぜん考えたことなかったんだよ」 「それで?」 「彼女ができたらさ、俺と一緒に寄り道したりさ、俺の作った料理食べたり、そーいうことできなくなっちゃうじゃん。今日俺が一生懸命作った菓子だって彼女の手作りにはかなわないってことになっちゃうじゃん。……だから、寂しいなーって」 「……なによそれ」 「ねぇ、リョーマくん、どう思う? 俺、やっぱり桃先輩にはもう会わない方がいいのかなぁ?」 なんで俺に振る! と教室で弁当を食いつつうっかり話を聞いてしまっていたリョーマは奥歯を噛み締めた。 「……それとこれとは関係ないんじゃないの。第一お前テニス部員の上に桃先輩とダブルスのパートナーなんだから、桃先輩と会わないようにしようったって無理じゃん」 「だから、個人的に! 今までみたいに毎週一緒に練習に行ったり一緒に食事した時に料理出したりしない方がいいのかなぁ?」 俺が知るか! と言ってやりたいところだったが、天野にそんなことを言ったらまた話がややこしくなるだけだ。 「……俺じゃなくて桃先輩に聞いてみたら?」 「え……」 「そーよリョーマ様の言う通り! あのねーきーくん、そーいうことは自分ひとりで決めていいもんじゃないのよ! ただの先輩後輩だろうが友達だろうが二人の関係は二人で決めなくちゃなんないの! 自分一人で勝手にもう自分はいらないだろうなんて思い込むのはもってのほかよ!」 その言葉に、天野ははっとしたような顔をした。 「そうか……そうだね。ごめん、ありがとうリョーマくん朋ちゃん竜崎さん。俺、間違ってたよ!」 「わかりゃーいいのよ。それより私とリョーマ様みたいに、あんたも早く相手見つけなさいよ」 「朋ちゃん、リョーマ君と朋ちゃんは別につきあってるわけじゃ……」 「それじゃさっそく交換会始めようか! 今年はチョコレートブラウニーにしてみたよ」 「どれどれ……あむ」 「………! おいしいっ!」 「くっ……相変わらず嫌味な男ね。さすがはチョコレートもらった子全員に来年から渡させなくなっただけのことはあるわ!」 「え……そうなの?」 「そうなのよ桜乃。こいつチョコもらって全員にホワイトデーに手作り菓子でお返ししたんだけど、そのあまりのうまさに全員負けた! と思わされて来年から誰もくれなくなったっていう武勇伝の持ち主なんだから!」 「べ、別に俺手作り菓子に注文つけたりしてないよ?」 きゃいきゃいと騒ぐ天野と女子たちを見て、リョーマはため息をついた。 違和感がないのがすごくいやだ。 よし、桃先輩があの人とつきあうかどうかはともかく、会ったらちゃんと謝ろう! そう心に決めて部活に向かう天野だったが、下駄箱の前で桃城が待っていたのに気がついてその決意はいきなり削がれた。 「も……桃先輩……」 「おう」 にっと笑って手を上げる桃城。自然に会話しなくちゃ、自然に! と自分を叱咤して、むりやり笑顔を浮かべた。 「こんにちは、桃城先輩!」 「ああ。お前な、出てきたと思ったらいきなり逃げんじゃねーよ。せっかくお前の前で食って感想言ってやろーと思ったのによ」 「え……」 ほれ、とバスケットを突き出して桃城は笑った。 「パイもチョコもうまかったぜ。ごちそーさん」 「………! あ……ありがとうございますっ……!」 ああもういい、と天野は涙ぐみながら思った。この言葉だけでいい。俺の苦労、これだけで報われた―― 「お前の期待して今日はもらった菓子一個も食わなかったんだからな。腹減ってたんだよ」 「え……?」 そう思っていたところに思わぬことを言われ、思わずはっとしておずおずと聞く。 「あの……桃先輩。つきあわないんですか?」 「は?」 「だって、あの……告白されてたじゃないですか」 「あー、あーあー。お前もしかしてあれでビビってたのか?」 笑って天野の頭をくしゃくしゃにする桃城。 「お前なー、バカいってんじゃねーよ。そりゃ俺はそこそこ女に告白されたりもするけどよ、今はテニスに青春かけてんだぜ? 女とつきあってる暇なんかねーっつの! お前もそうだろ?」 「は……はいっ!」 不謹慎だとは思うものの顔が緩むのを止められない。どうしよう、すごくうれしい。大好きな先輩が自分と同じものを見ていてくれたことがすごく嬉しい―― 「それに、手作りだったらお前より料理のうまいやつなんてまずいねーだろうしな」 「え……」 呆然とする天野にに、と笑いかけ、桃城はくい、と顎をしゃくった。 「行くぜ天野。テニス部の奴らにも菓子持ってきてんだろ!」 「………はいっ!」 天野はたまらなく喜ばしい気分でそう叫び、桃城について駆け出した。 その後、天野はテニス部全員にパウンドケーキを配り大半の人間をもんにゃりとした気分にさせ、帰りに手作りチョコを持った女の子たちからの告白攻勢を受けてうろたえまくったりもするのだが、それはまた別の話である。 |