木の実十八年分の間柄1
「おい見てみろよトトリ! 下の床がすっげぇ遠いぜ! すっげぇなぁ、四角いのがちょっとずつ重ねられてるようにしか見えねぇのに、こんな高くまできてんだぜ!」
「ジーノくん、あんまり端っこによると危ないってば。……でも、そうだねぇ……普通ならこんな建物、どこかで支えきれなくなって崩れちゃうよね」
「な、な、これも錬金術なのか? それとも科学ってやつか?」
「え? うーん……どっちかっていうと昔の魔法っていうのじゃないかな。ほら、この塔ってもともと悪魔を封じるために創られたものだし。見かけ自体、ちょっと普通とは違ってるしね」
「そっかー……へへっ、すっげぇなぁ! 早くてっぺん登ろうぜっ」
「もう、わかってるってば……って、ミミちゃん、なに?」
 リヒタインツェーレン3Fの巨大階段を登りながらジーノと話している最中、服の裾をミミに引っ張られ、トトリは足を止めた。
 ミミは明らかに不機嫌そうな顔で、じろりとトトリを睨みながら言う。
「あんたね……いつまであの山ザルに冒険の主導権握らせてるつもり?」
「へ? え、そんなことしてないよ! ここに来たいって言ったのわたしだし、どの敵と戦ってどこで採取するかしないかとかもわたしが決めてるし」
「あいつに引っ張られるみたいな形で冒険するのが腹が立つ、って言ってるのよ私はっ! あの山ザルみたいなお調子者にっ」
「あはは……」
 トトリは苦笑する。もう二人も数年来のつきあいになるというのに、未だにジーノとミミは相性が悪い。
 というか、ミミが一方的にジーノを嫌っているというべきか。ジーノはよくも悪くも空気を読まず、どんな時も(もうほとんど成年といっていい年になっているのに)子供の頃と同じようなざっかけない言動を変えない。ミミのように、時と場所と場合に応じて態度と言動を整える(整えすぎ、という気もするが)人間にはそれがひどく慎みのないように映るのだろう。
 でももう何回も一緒に冒険してるんだし、いい加減慣れてくれてもいいのになぁ、とトトリは肩を落とす。最初に海に出た時もこの二人と一緒だったのだが、その時も今回もミミはしじゅうジーノにつっかかっていたのだ。何週間も三人きりだというのにその一人がやたら一人に喧嘩を売るようでは、さすがに神経がくたびれる。
「おーい、なにしてんだよ、トトリ、ミミ、早く来いよーっ」
「うるっさいわね、今行くわよっ! ……ほんっとに、この塔の冒険に私を連れ出したのはまぁ当然としても、なんでもう一人があいつなのよ? もっと別に強くて礼儀正しい奴がいくらでもいたでしょうに」
「え、えと、ね」
 トトリは口ごもりながらも(だって少なくともトトリの知り合いの中ではジーノは(鍛えに鍛えた成果もあって)相当強い部類に入るわけだし)、自分なりの理由を説明した。
「えとね、他に当てがないわけじゃなかったんだけど……なんていうか、そういう人たちだと、わたしたちの冒険じゃなくなっちゃうでしょ? その、私の知ってる人の中だと、他の人はみんなけっこう年上だし、どうしてもその頼りになる先輩に引っ張られる形になっちゃうっていうか。それが嫌なわけじゃないんだけど……こういう風に、本当に未知の領域に踏み出す時は、目線が同じっていうか、同じ年ぐらいの子たちと一緒に協力して冒険したいなって思ったの。わたしの知り合いだと、そういう相手ってミミちゃんとジーノくんくらいしかいなくって……」
「む……まぁ、そういう理由なら納得してあげなくもないけど……」
 ミミは眉を寄せながらも、同意を示した。なんのかんのでプライドの高いミミは、誰であろうとも上に立たれるのが面白くないのだろう。
「でも、あの山ザルに仕切られてる形になるのはやっぱり腹が立つわ。……ちょっと、待ちなさいよジーノ! 先頭に立つのは私ですからね!」
「へ? なんでだよ、俺の方がお前より頑丈だろ?」
「私の方があなたより素早いから敵の攻撃をかわしやすいじゃないの!」
「かわせない時の方が多いじゃねーか」
「ぐ……そ、それでも総合的に見たら私の方が長く攻撃に耐えられるわよっ」
「えー? そうかー?」
「ちょっと、あんた私を馬鹿にする気っ!?」
「んー、別にそういうんじゃねーけど……わかった、なら二人で先頭に立とうぜ。そっちのが攻撃分散できるじゃん」
「む……まぁ、しょうがないわね。妥協してあげるわ」
「あはは……」
 トトリは苦笑して二人のあとに続いた。この手の会話はこの数年でもう何十回も繰り返されており、結局最終的には二人が先頭を進む後ろをトトリがついていく、という形になるのに、どうして二人とも最初からそうしないのかとトトリは思ってしまうのだが、二人はいっこうにそうする気配がない。
 まぁ、二人なりのコミュニケーションっていうやつなのかなぁ、と苦笑しつつ、トトリは階段の先を見上げる。天まで続くほど高いといわれる塔は、まだまだ先が長く、モンスターたちとの戦いもまだまだ続きそうに思えたので、なんとなく籠の中のヒンメルシュテルンとエリキシル剤をそっと確かめた。

「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……」
「み、ミミちゃん、大丈夫……?」
「大丈夫なわけないでしょっ、大体あんたが無茶な戦い方するからっ……」
「おいミミ、なんなら肩貸してやろうか? 俺まだ少しは余裕あるし」
「はぁ!? ふざけないでよなんであんたに頼らなくちゃならないのよ! ていうかあんただって相当足元怪しいじゃないっ」
 それぞれ足元をふらつかせながら(トトリはわりとしっかりとした足取りだったが)、名もなき村に入っていく。時間はまだ明け方にも早い時間だったが、少しでも早く村にたどり着きたい、という点で全員の意見が一致し、ほとんど夜通し歩き続けて戻ってきたのだ。
 当然まだ外には人っ子ひとりいない中を、ときおり吹き抜ける冷たい風に身を震わせながら進む。トトリとミミは太陽のクロークを身に着けていて寒さには強いし、ジーノも英雄のマントの下には入念に防寒具を着こんでいるが、この白銀の大地の冷風は、その上から体の芯を冷やしてくる。温暖なアランヤ村(と、アーランド)で育ったトトリたちには正直厳しい気候だった。
 村の奥へ奥へと進み、丘に沿って建てられた家々の間を縫うようにして造られた階段を上る。村の中で一番奥に造られた、村の長老ピリカの家が、この村でのトトリたちの休息所だった。
 当然灯りもついていないピリカの家の扉を、おそるおそるノックする――と、中から「お入り」という落ち着き払った声が返ってきた。
 思わず顔を見合わせてから、「し、失礼しまーす……」と中に入っていくと、体をふわっと優しく包み込む室内の暖かい空気と同時に、暖炉の前に座ったピリカからの驚いたような声と視線が投げかけられた。
「おや、なんと、トトリたちか。どうしたのじゃ、こんな朝早く」
「え、あの、ピリカさんもずいぶんお早いんですね……」
「わしは年寄りじゃからな、自然と朝も早くなる。似たような者がやってきたのかと思ったのじゃが……どうした、なにかあったのか?」
「え、えっと、ですね……」
「ばーちゃんとりあえず寝かしてくれよー……もー夜通し歩いてきたんだからさー」
「人様の家のベッドを借りている分際でなにを偉そうな口を叩いてるのよっ!」

「ふぁ……あ〜……」
 ベッドの上でゆっくりとトトリは身を起こし、窓の外を見た。明け方に倒れるようにしてベッドに潜りこんだのだから当然だが、陽はもう高い。起こさないでおいてくれたピリカに感謝しつつ、ベッドを下りて身支度を整えた。
 隣にはベッドが二つ並んでいる。端のベッドとの間にはついたてが置かれていた。そのベッドは当然ジーノのものだが、そこにもミミの寝ていたベッドにも仲間たちの姿はなかった。どうやら自分が一番寝坊してしまったらしい。
 自分たちのいる部屋は、もともとピアニャが使っていた部屋だ。そこにこの村の女性たちが作ったベッドを二つ運び込んだので、部屋としてはかなりきつきつになっているが当然文句を言う気はない。
 そもそもがこのベッドは、エビルフェイスを倒したあと、この村で大宴会になった時、その時の仲間の一人だったジーノが、『なにかお礼を』と迫るこの村の女性たちに、『じゃあこの村に俺たちが泊まるところ作ってくれよ』と言って本当に作ってもらってしまったという成り行きで手に入れたものなのだから、トトリとしてはむしろ申し訳ない気持ちすら持っているのだ。
 これだけでなく、この村の人たちはトトリたちには驚くほど親切にしてくれた。最初から親切な人々だったが、エビルフェイスを倒してからはもうそれこそ下にもおかない扱いを受けている。食事も宿泊費もまるっきりタダで面倒を見てくれるし、村の中を歩いていれば子供たちが寄ってきて嬉しげに話しかけてくるし、年かさの人たちはなにかといえばなにか食べさせてくれたりちょっとした贈り物を送ってくれたりと、もう本当にこちらの方が悪いような気持ちになってしまう。
 村の人たちの言い分としては、トトリたちは自分たちの命の恩人だから、ということらしいのだが。どちらかというとその場の勢いでエビルフェイスを倒したトトリとしては、いやなにもそんなに気にしなくていいですからホントに、と言いたくなってしまうのだ。
 部屋を出る。そこはすぐ居間になっていた。この村の家々は暖気を保つため、ひとつひとつの部屋が小さく、外と繋がる壁が分厚くできているのだが、部屋と部屋との間は壁が薄いというか、密着的にまとまっていた。これも暖気を保つため必要なのだそうだ。
 そして、居間に入るや、居間の暖炉の前でくつろいでいたピリカと目が合った。
「あ、お、おはようございますっ! すいません、わたし寝坊しちゃって」
「いや、明け方に帰ってきたのだから無理もなかろうよ。しかし、この村を出てから十日ほどしか経っていなかったと思うが、あそこまで疲れているとは、なにか不測の事態でも起きたのか?」
「いえ、あの……私たち、リヒタインツェーレン……悪魔が封印されてた塔に登ったんですけど……」
「なんと! あのような忌まわしい塔になんの用があったというんじゃ?」
「えっと、あの、用ってわけじゃないんですけど……冒険者って、まだ誰も知らない、入ったことがないところがあったら、とりあえず入って調べてみるのもお仕事のひとつなんです。この前入った時は入ってすぐ悪魔と戦いになったし、詳しく調べてみたいなって思って」
「ふぅむ……冒険者というのはまこと、底知れぬ考え方をするものじゃな。それで、なにか妙なものでもあったのか」
「えっと、妙なものっていうか……あそこ、下からてっぺんまで魔物だらけっていうか、火竜がいたり、鉄巨人がいたり、これまでに出てきた大物が次々登場したり、もう大変だったんですけど」
「なんと……」
「一番上のレイジビーストって魔物がなんていうか、強いだけじゃなくてどんどん体力を削ってくる技を使ってきて……わたしはジーノくんたちが庇ってくれたからさほどでもないんですけど、ミミちゃんたちは本当にふらふらになる寸前まで体力を削られて。そこからまた塔の中いろいろ調べてここまで戻ってきたから、あんなに疲れてたんだと思います……すいません、ご迷惑おかけしちゃって」
「いやいや、そのようなことはかまわんでよい。お主たちはこの村の大恩人なのじゃからな、この村のものはなんでも好きに使ってくれ。わしが売っている物も、お主が言うから値をつけているだけで、本来ならあるだけ持っていってくれてかまわん物なのだからな」
「い、いえその、やっぱりタダっていうのは申し訳ないですし。休ませてもらえるだけで充分です。……ミミちゃんと、ジーノくんは?」
「ジーノ殿の方は村を散歩してくると言っていたな。ミミという娘の方は……」
「方は?」
「なんでも、裏で稽古をしてくる、だそうじゃぞ」

 ヒュヒュンヒュンッ! という音を立て、ミミ愛用の戦鉾、ラインシュナイデンが空を斬る。ピリカの家の裏はすぐ山に入れるようになっているのだが、その中の木々を切り出してできた広場のような場所で、ミミは鉾を振り回していた。
 幼い頃からシュヴァルツラング家に伝わる槍術の稽古を積み重ねてきたミミの動きは、いっそ華麗と言いたくなるほど迅く、流麗で、目に快い。声をかけるのも悪い気がして黙ってミミの後姿を見つめていると、急にミミが動きを止め、不機嫌そうな声をかけてきた。
「なにか用?」
「え、ミミちゃん、気づいてたの?」
「当たり前でしょ! 私を誰だと思ってるの。体術の心得のない人間の気配ぐらい読めて当たり前でしょ」
「わー、やっぱりミミちゃんってすごいねー……あ、別に大した用があるわけじゃないんだ、お稽古続けてくれていいよ」
「……大したことじゃなくても用はあるんでしょ? 言ってみなさいよ」
「え……いいの?」
「いいわよ。私もちょうど休憩しようと思ってたし」
 ミミがこちらを振り向いて、木の枝にかけてあったタオルで汗を拭きながらこちらに戻ってくる。稽古中だったからだろう、太陽のクロークを脱いで、アーランドでも使っている太腿をむき出しにした軽装だ。トトリは(寒いので)太陽のクロークをきっちり着込んでいるが。
「……ミミちゃん、そんな格好でよく寒くないね……」
「ある程度はね。激しく動けばこれでも暑いくらいよ、終わったらきちんと汗を拭かないと風邪を引くけど」
「あ、ミミちゃんもやっぱり風邪引いたりするんだ……」
「……ちょっと。あんた、もしかして私が馬鹿だから風邪を引かない、とか言いたいわけ?」
「へ? え、違うよ、違うってば! 単にミミちゃん、体鍛えてるから風邪とか引きにくいんじゃないかなって……体力はないけど」
「いつもながらあんたっていちいち余計な一言付け加えるのうまいわよね……」
「え? あ、違うの、そういうことが言いたいんじゃなくって、その……」
 慌てて手を打ち振ってから、トトリは真剣な顔でミミを見た。
「あのね、ミミちゃん。冒険してる時は、もし心が乱れたら困るから、ちゃんと聞けなかったんだけど……」
「……なによ。はっきり言いなさい」
「うん。あのね、ミミちゃん。ミミちゃんって……ジーノくんのこと、嫌いなの?」
「は?」
 ミミはぽかん、と口を開けた間抜けな表情を見せてから、きゅっと眉を寄せた。いつもの不機嫌な表情にわーやっぱり怒ったー、とびくびくしながら問いかける。
「あのね、ミミちゃんがジーノくんと仲が悪いのはわかってたつもりだったんだけど、それでもなんていうか、一緒に冒険するの受け容れられるくらいのレベルなんじゃないかな、って思ってたの。なんのかんので気は合ってるみたいだったし……」
「どこがよっ!」
「わ、ごめんなさいごめんなさい怒らないでー! ……それに、一緒に戦ってる時とかは、全然仲の悪いところ見せないし……」
「それは……」
「でも、リヒタインツェーレンでもずっと衝突しっぱなしだったし、それに、さっき、ピリカさんからお話聞いて……」
「ピリカさんから……? どんな話よ」
「うん、えっとね、一緒に朝ご飯食べてた時、ものすごい大喧嘩したって……」
 それが本当に険悪な雰囲気だった、と聞いたのだ。ふとしたきっかけで言い争いになり、ミミが射殺さんばかりの勢いでジーノを睨んでいたとか。ピリカが心配そうに、『あの二人を一緒にしておくのは少しばかりまずいのではと思うのじゃがな……』と忠告までしてくれるほどだったのだから、とトトリも心配になってミミに話しかけにきたのだ。
 ミミは眉を寄せ、「あれは……」と苛立たしげに口を開いたが、やがては、と息を吐き、そばの切り株に腰かけた。体を冷やさないためにだろう、太陽のクロークを改めて羽織る。
「あんたも座りなさいよ。ちゃんと話してあげるから」
「う、うんっ」
 トトリも慌ててミミの隣に切り株に腰かける。ミミは戦鉾を立てかけながら、少し考えるように視線を巡らしつつ、ゆっくりと口を開いた。
「……まぁ、正直、腹の立つ相手ではあるわ、あいつは」
「あー……やっぱり、そうだよね……」
「空気は読まない、デリカシーは皆無、山ザルのくせに態度はでかいし偉そうだし。礼儀知らずな上に身の程知らず、いっぺん思い知らせてやろうかって思ったことも一度や二度じゃないわ」
「だよねぇ……」
 いや確かに実際ジーノはそういう奴ではあるのだ。トトリが冒険を始めた頃、心細くて馴れ親しんだ顔にそばにいてほしいなと思ったせいで、ジーノとは始終と言っていいほど一緒に冒険に出ていたが、その頃ジーノは相当なレベルで弱かった。トトリとさして戦力として変わらないのではないかと思うほど。
 なのにその頃からなんの根拠もなく、『俺は強い』『もう一人前だ』なぞと言い張っていたのだから、自分の腕前を恃みとする者にはさぞ苛立たしい存在だっただろう。トトリは長い付き合いだし少しでも戦力になってくれればいいやくらいの気持ちだったので、うんうんと素直に聞いてしまっていたのだが。
 今ではトトリの冒険仲間の中でも相当強くなってはいるのだが、それはトトリやステルクがいろいろ面倒を見てあっちこっち冒険に連れ回して経験を積ませたせいなわけで、それを考えもせず『俺は強い』『一人前だ』なんぞと言って回られると、ついついため息をつきたい気持ちにもなる。
「でも、別に嫌いってわけじゃないわ」
「え……そうなの?」
 驚きに目を瞬かせたが、ミミは仏頂面でうなずく。
「あいつ、一応努力とか怠ってないし、行動力もそれなりにはあるし。無謀っていうかなにも考えてないだけなんだろうけど、勇気……というか、戦いの時物怖じしたりしないし、前に出て後ろ庇う勢いもあるし。まぁ、本当に一応、だけど仲間として認めてやらなくはない、ってくらいには思ってるわ」
「へー、そうなんだー……それなのに、なんでミミちゃん、いっつもジーノくんにつんけんしてるの?」
 軽い気持ちで訊ねると、ぐわっとばかりに目をかっ開き、口から牙を生やさんばかりの勢いで怒鳴りまくし立てられた。
「あいつがそういう気持ちをはるかに上回って腹の立つ奴だからよっ! 礼儀知らずで身の程知らずで態度がでかくて偉そうで、おまけになによ最初はろくな技も使えなかったくせにいつの間にやら必殺技まで習得しちゃって、素人気分の遊び半分でやってるくせして生意気だってのよ! その上あんたはやたらあっちの方を冒険に誘うし装備やなんかもゆうせ――って、違う! なに言ってるのよ私は! 忘れなさい、今言ったことは即座に記憶から抹消しなさいっ!」
「わ、わ、わかったから揺さぶらないでー」
 あまりにすさまじい勢いだったのでなにを言っているかほとんど頭に入らなかったのだが、がっくんがっくんこちらを揺さぶりながら忘れろと迫るミミの形相がすさまじかったのでトトリはこくこくとうなずいた。
 お互い荒くなった呼吸を落ち着け、恥ずかしくなったのかぷいっとそっぽを向いてしまったミミの様子をちらちらうかがいつつ空を見上げる。恐ろしいほどに蒼く澄んだ色を見上げていると、そのふと気になった問いが口から転び出た。
「じゃあ、ジーノくんはミミちゃんのことどう思ってるんだろ……」
「……なんですって?」
 ぐるぅり、と殺気の篭もった顔がこちらを向き、トトリは慌てて言い訳する。
「あ、あ、違うの違うの! わたしただジーノくんの気持ちってあんまり聞いたことないからちょっと気になっただけで、ミミちゃんのことまだバカだと思ってるのかなとか俺より弱いとか馬鹿にしてるのかなとか思ったわけじゃないの!」
「ほほう……あんたはあいつが、そういう風に私のことを考えてると思ってるわけね」
 わぁぁ墓穴掘っちゃったーっ、とトトリは泣きそうな気分でずりずりとすさまじい形相のミミから身を遠ざける。だが当然そんなものでミミから逃れられるはずがなく、胸倉をつかまれんばかりの勢いで迫られ怒鳴られた。
「あの山ザルはどこにいるのか言ってみなさい! 実際どう思ってるのか聞いてみようじゃないの!」

「……ピリカさんには村の散歩をしてくる、って言ってたみたいだけど……」
「どこに行くかも言ってないわけね。まったく、少しは団体行動してるってこと考えなさいっていうのよ」
 険しい顔でぶちぶち文句を言うミミをなだめつつ、トトリとミミは村を歩いた。もちろん太陽のクロークを装備し、下には服をきっちり着込んでいる。
 この村――というか白銀の大地は、どこも(これまで様々な季節にこの大陸を訪れているが)一年を通して死ぬほど寒いが、今は冬ということでこれまでよりさらに寒い。村の中を少し歩くだけでも防寒具は欠かせなかった。
 トトリは最初こんなに寒くて食べるものとかは大丈夫なのかな、と思っていたのだが、この村の近辺では栄養分豊かな海藻類・貝類が豊富に取れるので、食べるだけならなんとでもなるのだそうだ。温かい毛を作ってくれる羊も飼っているし、木材ももちろんそこら中にあるし、水も驚くほどおいしい湧き水が井戸で汲める。
 ないのは男手と嗜好品だけ。となるが、それがないというのが生きていく上でどれだけ大変なことかは誰にでもわかる。この大陸のことはアーランドにすでに報告しているので、入植者とかが出てきてくれないかなとトトリとしては思うのだが、クーデリカの話ではアーランドにはそんな遠方の地を開拓する国力がないので見通しは暗い、のだそうだ。
 個人的に数人でも来たいって思ってくれる人いないかな。そうしたらわたしその人たちここまで運んできてもいいし。そうしたら、男手ができるだけじゃなくて子供も作れて村が大きくなっていくかもしれないし――
「……ちょっと。なによ、あれは」
「え?」
 考え込んでいたトトリは、ミミの低い声にはっと我に返ってミミの視線の先を見た。そこには何人もの――それこそ群がるという言葉がふさわしいほどの人数の、村の女の人たちが集まっている。
「ジーノさま、ありがとうございます。本当に助かりますわ」
「男の人ってすごいんだなぁ……ねぇねぇ、こっちの薪も割ってもらっていい?」
「おお、任せろよ。せっかく泊めてもらってるんだしな、そんくらいの礼はするぜ」
 聞こえてきた声に、トトリは思わず目をぱちくりさせた。この声、ジーノくん?
 と思うのとほぼ同時に、ミミが大声で叫んだ。
「ジーノっ!」
「お、ミミ! トトリまで一緒に、どーしたんだ?」
 村の女の人たちの間からこちらを振り向き、笑顔を見せてくるジーノにミミはずかずか歩み寄りけたたましい勢いで怒鳴った。
「『お、ミミ!』じゃないわよっ! あんたこそなにやってるのよこんなところで、村の人たちに囲まれて!」
「へ? なにって、薪割りだよ」
「薪割りぃ……?」
「おお。あと力仕事とか、大工仕事とか。世話になってんだからそのくらいやった方がいいだろ、この村男手ねーんだからさ」
 あっさり答えて新しい薪を取り、軽い動作で次々と割っていく。そのたびに周囲の人たちから歓声に近い声が上がるのに、トトリは目をぱちぱちとさせ、ミミは顔をしかめてつかつかと歩み寄り囁いた。
「ちょっと、あんた、村の人たちになんかしたわけ?」
「へ? なんかって、なんだよ」
「人気が出るようななにかよ! なんであんたがこんなに人に囲まれてるわけ!?」
 ほとんど詰問調のミミの囁きに、ジーノはきょとんとした顔になって、またもあっさり答える。
「んなの、わざわざするわけねーじゃん」
「嘘つきなさい、ならなんであんたがこんなに女の人に……」
「俺もともと悪魔倒す時一緒にいたしさ」
「くっ、そうなのよね、トトリが私じゃなくてステルケンブルクさんを選んだばっかりに……」
「それに、この村女ばっかだからな。男が珍しいんだろ」
『は?』
 思わずミミと声を揃えてしまったが、ジーノはまるで気にせずマイペースに、かつハイペースに薪を割り続ける。ついぽかんとそれを見つめてしまっていると、村の人たちが自分たちとジーノの間にずい、ずずいっと割り込んできた。
「わっ……」
「きゃ!? ちょ……」
「ジーノさま、それが終わったら木の伐り出し手伝っていただけません?」
「あ、ずるーい、私が先よぉ。ね、ジーノさまぁ、家の戸棚作るの手伝ってくれるって約束したもんねぇ?」
「みんなばっかりずるーい! ねぇねぇジーノ、あたしの仕事もなんか手伝ってぇ。ちゃんとお返しするからぁ」
「へいへい、順番にな。あ、トトリとミミもなんか手伝ってくか?」
 村の女たちにまとわりつかれながらも、あくまであっけらかんと言うジーノに、トトリは一瞬固まりミミはぎろりと殺気を込めた視線をぶつける。だがジーノはまるで堪えた様子もなく、周囲の女や少女たちが焦げるような視線を送るのにもまるで気づいていない顔で笑った。
「お前らだって普通の女よか力強いんだから、手伝いにはなるだろ。力仕事とかならぶきっちょでも平気だし」
「ひ、ひどーい、わたしそんなにぶきっちょじゃないもんー」
「あんたみたいな大雑把な攻撃しかできない奴に言われたくないわよ! ……でも、ご遠慮申し上げるわ。私たちが手伝ってもそちらの方々は喜ばれないでしょうから」
「へ? なんでだよ」
「そのくらい自分で考えれば!? 行くわよ、トトリ!」
「あ、う、うん……えっと、ジーノくん、晩御飯には戻ってきてね、食事してから出発するからー!」
「おう! またなー」
 笑顔で手を振るジーノに力ない笑みで応え、トトリはミミのあとを追った。ミミはイライラという擬音が目に見えるほどの不機嫌さで、どすどすと地面を踏みつけながら歩いている。
「え、えっと、ミミちゃん……あ、あの、びっくりしちゃったね。ジーノくんが、あんな……」
「はっ! 男ってものを知らないっていうのは幸せなことよね! あんな程度の男にきゃーきゃー黄色い声あげちゃって、本当馬鹿じゃないの、あいつら!?」
「あはは……でも本当、なんであそこまでジーノくんがモテてるんだろ。前にステルクさんも一緒に来たから、男の人にはもっとカッコいい人もいるってことはわかってるはずなのに……」
「ああいうのはね、本当は誰でもいいのよ、あからさまに駄目な奴でなけりゃ。あいつはあれでも若い男だし、きゃあきゃあ騒ぐにはちょうどいいと思ったんじゃないの?」
「そうなのかなぁ……なんか納得いかない……」
「……確かにね。いくら村の救い主の一人だからって、若い男だからって、あいつがちやほやされてるのとか、それだけでかなり苛つくわ」
「う、それはちょっとひどい気もするけど……わたしも正直言っちゃうと、そういう気持ち、あるかなぁ……」
 思わず顔を見合わせて眉を寄せる。こんなことを考える自分がひどいようでもあり、でも正直言って『なんであのジーノくんがそんなに……』という気持ちも確かにあり、そもそもジーノのことであれこれ思い悩むということがものすごく馬鹿馬鹿しいような気持ちもあり……
 なんだかなぁ、とため息をつく。別にジーノのことが嫌いというわけではないしあれやこれやと世話になってもいるのだが、冒険に出たての青ぷにすらろくに倒せなかった頃からやけに自信過剰だったり、(トトリは流していたが)むやみと態度が大きかったり、武器やら防具やらで頑張って強化してもなかなか強くなってくれなかったりした記憶のあるトトリとしては、それを知らずにちょっと悪魔を倒したくらいでちやほやする村の女の子たちに、どうにも納得のいかない気持ちを抱かずにはいられなかったのだ。

 ピリカの家で夕飯をごちそうになる(もちろんトトリも料理は手伝った)くらいの時間になって、ジーノはようやく戻ってきた。こちらのもやもやした気持ちなど気づきもせず、「あー腹減った!」と笑ってがつがつ夕飯を食べて、「じゃ、またなーばーちゃん!」と元気に外へ出ていく姿に、やっぱりなんか納得いかないなぁ、とため息をつく――が、ジーノがそれを気に留めることは当然ながらなかった。

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