木の実十八年分の間柄2
『お母さん!』
 トトリとツェツィが揃って上げた声に、ギゼラはにっと、力強い笑みで応えた。
「ただいま。遅くなっちまったね」
 ヘルモルト家の居間は、しばし、針の落ちる音さえ聞こえるだろうほどの沈黙で満たされた。グイードはぽかんと口を開け、ピアニャはきょとんと首を傾げ、ギゼラはにこにこと笑みを浮かべ――そしてトトリは、頭の中を真っ白にしてただまじまじと目の前のギゼラを見つめるしかできない。
 自分の母親、ギゼラ・ヘルモルト。十年前とほとんど変わっていないように見える、しなやかな体躯、一見普通の女性のように見えるのにしっかりとした四肢。
 そして、記憶の中と同じ、子供のようにいきいきとした笑顔。
 ずっと探していた姿だった。そしてもう見れなくなったはずの笑顔だった。必死に探して、探して、違う大陸にまで探しに行って、そこでもう会えないと、自分の母親は死んだと聞かされたはずだったのに。
 この六年間が、十年間が、まるで存在しなかったかのように、お母さんが目の前で笑っている。
 ――最初に声を上げたのは、台所で料理をしていたツェツィだった。
「……ふざけないで」
 低く、暗く、ひどく不穏な声を出す。
「十年間! 十年もの間、一度も帰ってこないで! 手紙ひとつよこさないで! それでいきなり帰ってきて、『ただいま』!? 『遅くなっちまったね』!? なによ、それ!? あなた、なにを考えてるの!?」
「……おい、ツェツィ……」
「お父さんは黙ってて! 十年間待たせっぱなしで、帰ってくるはずって気持ちがちょっとずつちょっとずつ薄れてって、もう諦めかけた頃に、はっきり死んだって、お墓まであるって聞かされて……それなのに、なんで今さら!?」
 ずかずかとギゼラに歩み寄り、怒りに満ちた声で、泣き叫ぶように。
「周囲にさんざん迷惑かけて、トトリちゃんに別の大陸まで探しに行かせて、それで今頃になって、こんなにあっさり……!」
 ほとんどつかみかかるようにしながらまくしたてる――そんなツェツィを、ギゼラはぐいっと抱き寄せた。
「きゃ……!」
「ごめんよ、ツェツィ。本当に、すまなかったね」
 柔らかいのに、太く、力強く、しっかりとした芯を感じさせる声。この人に任せておけば大丈夫だと感じさせてくれる声。――お母さんの声だ。
「本当に、そのことについちゃ返す言葉もない。ひたすら頭を擦りつけて謝るしかない。でも、これだけは信じとくれ」
 ぎゅうっとツェツィを抱きしめて、ギゼラはにっこり笑いかける。
「あたしはずっと、あんたたちのことを想っていた。ずっとずっと会いたかったよ、ツェツィ、トトリ」
「………っ!!」
 小さく引きつった声を漏らしてから、ツェツィはわっと号泣した。瞳からぼろぼろと涙をこぼして泣きじゃくり、ギゼラにがっしり抱きついて泣きながら声を漏らす。
「お母さんっ……お母さん、お母さんっ! お母さんっ………!」
「よしよし、ツェツィ。十年間もずっと、抱きしめてやれなくて、本当にすまなかったね……」
「……おかあ、さん」
 ぽつん、と、半ば自分でも意識せずにトトリは漏らす。その言葉をギゼラはしっかりと聞きつけ、ばっと片方の腕を広げてくれた。
「おいで。トトリ」
「………っ!!!」
 だっ、と床を蹴ってギゼラに飛びつく。ギゼラはその勢いをしっかりと受け止め、よしよしと頭を撫でてくれた。
「お母さんお母さんお母さんっ! お母さんお母さんっ、お母さんっ! 会いたかった……会いたかったの……!」
「うん、あたしもさ。本当に、会いに来れなくてすまなかったね、トトリ……」
「お母さぁんっ……!!」
 ずっと探していた母親の腕の中で、子供のようにトトリは、ツェツィと一緒に泣きじゃくった。

「……へぇ、それじゃあまさか、本当にトトリがあの村まであたしを探しに行ってきたってのかい? こりゃ驚いたねぇ!」
 さんざん泣いて泣いて泣きじゃくって、ようやく落ち着いてきた頃、グイードが淹れたての温かいお茶をすっと差し出してくれ、トトリたちは暖炉の前に座り込んで、この十年の間のことを話し始めた。
 トトリたちは真っ先にギゼラがなぜ十年も戻ってこれなかったのかを聞きたがったのだか、ギゼラは「大して話すことはないんだけどねぇ」と言ってごくあっさりと済ませた。悪魔との戦いに引き分け、死にかけて白銀の大地の名もなき村から船で海へと流されたはいいものの、しぶとく死なないでいるうちに大陸の別の場所へと流されて、そこで出会った眼鏡の女性に治療を施されて、この七、八年はずっと療養生活を送ってきたのだという。
「なにせ自分のいる場所がどこかもわからないから、手紙も出しようがなくてさ。最初の頃はそれこそペンを持つのも難しいって状態だったし。眼鏡のねーちゃんは全治五十年はかかる、なんて言ってたしさ。まぁそんなのまっぴらごめんだったから、一日も早く治そうって気合入れてね、今じゃすっかり元通りさ」
 にっと笑って力こぶを作ってみせるギゼラに、トトリは変わってないなぁと思わず笑み崩れた。
「お母さんって……ほんとに、すごいよねぇ」
「なに言ってんだい、トトリの方がもっとすごいじゃないか。あの小さかった子が、冒険者になって、船の材料を調達して、あげくの果てにゃフラウシュトラウトまで倒してあの村まであたしを探しにきてくれるなんて思ってもみなかったよ」
 笑顔で頭をくしゃくしゃと撫でられて、トトリはまたも笑み崩れる。激情が落ち着いたら、嬉しさがあとからあとから湧き出して顔が笑いっぱなしになってしまっているのだ。
「そうよ、トトリちゃんは本当に頑張っていたんだから。お母さんみたいにその場の勢いで悪魔征伐に乗り出したあげくに負けるなんてみっともない真似はしないで、ちゃんと倒して戻ってきたんですからね」
 つんと鼻を反らしてツェツィが言う。ツェツィはギゼラの前でああも身も世もなく泣きじゃくってしまったのが相当恥ずかしいらしく、まだ鼻の頭も赤いというのにつんと澄ました態度を取ろうと頑張っているのだ。それでもギゼラを見つめる視線が喜びで潤んでいるのは隠しようもないのだが。
「へぇ、あの悪魔を!? 本当かい!? そりゃ大したもんだねぇ、あたしだって勝てなかったのに!」
「そ、そんなことないよ。わたしが勝てたのはお母さんがあの悪魔を弱らせておいてくれたからだし……それに、わたし一人の力じゃなかったもの。他に二人仲間の人を連れていったし……」
「それだって大したもんだ。……けど、それにしちゃあずいぶん体つきがきゃしゃだねぇ。腕も細いし。そんななりで実はこの十年で武術の達人になってたりするのかい?」
「あはは、違うよ。わたしが冒険者をやれてるのはね、ロロナ先生に錬金術を教わったからなの」
「れんきんじゅつぅ? ……って、あれかい? アーランドで聞いた、なんか不思議な道具を作っちまうっていう……」
「そう、それ! それでアーランドを大きく発展させたっていうのが、私の先生のロロナ先生なんだ。先生にいろいろ教わって、今じゃけっこうな腕前なんだから」
「へえぇ……じゃあ、受けた傷をあっという間に治しちまうようなもんも作れちまうってのかい? 便利だねぇ!」
「うん! ……というか、そういう道具なしで私たちが戦ったのよりずっと強い悪魔と一対一で戦って引き分けることができたお母さんの強さってどれだけなのか、わたしには想像もできないよ……」
「あっはっは、そんな大したもんじゃないさ。ただ、こんなところで死んでたまるかって必死だっただけ。ま、そんなこと十年も帰れなかったあたしが言っても説得力ないけどね」
「本当よ! 私たちだけじゃなくて、ピアニャちゃんの村の人たちにもちゃんと謝らなきゃダメなんだから。みんな本当にお母さんが死んだと思ってすごく悲しんでらしたのよね、トトリちゃん、ピアニャちゃん」
「あはは……」
「うん、おばあちゃんすっごく悲しそうだったよ。トトリが泣いてるの見て、泣きそうなかおしてた」
 ギゼラと面識がないせいで話題に入れないのに一緒に話を聞いていてくれたピアニャが、ツェツィの言葉にこっくりうなずく。ギゼラはそれに困ったように笑顔を浮かべ、ぽんぽんとピアニャの頭を叩いた。
「そうかい……そりゃあ本当にすまなかったね。となると、一度あの村へ行ってあのおばあちゃんたちにお詫びを言わないとだね」
 ギゼラの言葉に、トトリはふと思いついてぽんと手を叩く。
「あ……それだったら、一度みんなであの村に行かない? お父さんやお姉ちゃんや、ピアニャちゃんも一緒に」
「え! ピアニャも?」
「うん、ピリカさんも一度は顔を出すようにって言ってたし、ちょうどいい機会だと思うんだ。お姉ちゃんたちにも、一度あの村の人たちに会ってほしいし……ピリカさんたちも、きっとお礼とかいろいろ言いたいと思うし」
「お礼って……あ、ピアニャちゃんのことで? 私たちが好きでやってるんだから、そんなの、いいのに……でも、やっぱりご挨拶はしておかなきゃ駄目よね」
「うん、片道で半月くらいかかっちゃうけど、帰りはトラベルゲートであっという間だし。それに、お父さんの作ってくれた船は余裕見ても二十人くらいは乗れるから、他にもあの村に行きたいって人がいたら乗せてあげられるし」
 少しでも女ばかりの名もなき村に対する入植を進められるかもしれない、という考えもあり言った言葉に、ギゼラは笑顔でうなずきツェツィも少し考えてからうなずいた。
「そいつはいいね! せっかく久しぶりに家族が揃ったんだ、みんなで旅行ってのもおつじゃないか」
「まぁ、半月くらいだったら、休みも取れると思うし。私は別に、いいわよ」
「うん、決まり! ピアニャちゃんも、ちゃんと一緒に来るんだからね?」
「うー……」
「できれば私の意見も聞いてほしいんだが……まぁ、私としても嬉しい話だから、いいか」
「ったく、あんたは本当に子供の頃から変わらないね、気合が入ることがないとゼリーみたいにふにゃふにゃになっちまうんだから」
「えぇ!? お父さんって子供の頃からこうだったの!?」
「そうだよ、言ってなかったかい? っと、それよりもっとあんたたちの話を聞かせておくれよ。トトリの話も、ツェツィの話もね」
「わ、私はそんな話すことなんてないわよ。ただお母さんの残したお金を節約しながら、トトリちゃんたちの面倒を見てただけで……」
「え、そんなことないじゃない。お姉ちゃん、私とメルお姉ちゃんとで原初の島の冒険一緒にやったでしょ?」
「わーわー、それは言わないでったら! 今思い返すとすごい恥ずかしい失敗いっぱいやっちゃってるんだから!」
「なんだいなんだい、どういうことだい? 気になるねぇ」
「えっとね、わたしの先生がね、錬金術で家にいながら冒険できる……普段は自分で歩いてくれて、いざという時に意識を呼び出して冒険できる人形を作ったから、その実験台になってくれないかってお姉ちゃんに頼んだの。それでお姉ちゃんは家で働いたりピアニャちゃんと家のことしたりしながら原初の島の探索をやることになったんだけどね、最初の頃は……」
「トトリちゃん、だから言わないでってば!」
 暖炉の前で、お茶を飲みながら、笑いあい、喋り合う。この十年間、ずっと顔を見ることもできなかった人と。
 その喜びを、嬉しさを思う存分噛み締めながら、トトリたちはその夜を過ごした。

「……そっかー。トトリちゃんのお母さん、無事に戻ってきたんだね」
 ヘルモルト家の居間には、トトリを入れて総勢七人もの人間が詰めかけていた。この六年、何度も冒険を共にした仲間たち――ジーノ、メルヴィア、ミミ、マーク、ロロナ、ステルクたちだ。
 なんでもトトリが冒険者の免許を無事更新できたという話を聞き、ロロナとステルク、それにマークが揃ってわざわざ祝いに来てくれたのだそうだ。さっさとトトリが帰ってしまったので、馬車に乗って。
 ジーノはトトリと同じ日に免許更新を行ったのだがトトリの乗る馬車に一歩遅れてしまい、それを見つけたミミと一緒に戻ってきたのだとか。メルヴィアはもともとアランヤ村にいたのだが、村でギゼラ(と一緒に歩いているグイードとピアニャ)と会って慌ててツェツィに会ったあとトトリにも話を聞きに来たのだという。
 つまり七人がこうして顔を合わせたのはあくまで偶然なのだが(一応全員それぞれと会って冒険したことはあるのだが、全員顔を合わせるなんていうのはこれが初めてだろう)、トトリとしては全員一度に話ができるというのはありがたいことだった。
「そうなんです……本当に、死んじゃったとばっかり思ってたから、すごくびっくりして……でも、本当に嬉しくて」
「そうだよね……うん、よかった。トトリちゃん、ずっと頑張ってきたもんね!」
 笑顔になってうんうんとうなずくロロナに笑ってうなずき返すと、横に座っていたステルクがわずかに首を傾げた。
「しかし、そうなると……しばらく冒険の類には出ない方がいいのではないか? 十年も離れ離れになっていたのだ、ご家族も君と一緒にいることを望むだろう」
「えと、はい、そうなんです。わたしたち、しばらく村でのんびりしたあと、挨拶やなんかもあるので、一度白銀の大地の名もなき村まで行こうって考えてるんですけど……少なくともそれまでは冒険とか出ないことにしようかな、って……」
「ちょっと、トトリ! それじゃ私との約束はどうする気!?」
「どうするって、もちろん破るつもりなんか全然ないよ。けど……悪いんだけど、ちょっとだけ待ってくれないかなって思ってるの。お母さんとは本当にずっとずっと会えなかったし、お姉ちゃんにもこの六年間何度も寂しい想いさせちゃったし……しばらくは一緒にいて、なんていうか……家族団欒、しようかな、って」
「む……そういうことなら、まぁ、納得してあげなくもないけど……」
 立ち上がってくってかかってきたミミが、渋々というようにまた座り直してお茶をすする。そこにジーノが首を傾げて訊ねてきた。
「なぁ、なんだよ、約束って? お前らなんか約束してたのか?」
「え、えっとね……言っていい? ミミちゃん」
「……ま、別にいいわよ。こいつとは関係のないことだし」
 ふふんと鼻を鳴らしつつ偉そうに言うミミに苦笑しつつ、トトリは説明した。
「あのね、ミミちゃんと以前約束したの。この辺りの魔物とか、もうほとんど敵じゃないってくらい強くなっちゃったでしょ、わたしたち? だから、免許とかもろもろのことがひと段落ついたら、二人で一緒に旅に出て、一緒に強い魔物とか倒したり、いろんなところを冒険して回らないか、って」
「えー、なんだよそれずっりぃな。二人だけでかよ? 俺置いてく気か?」
「置いてくもなにもあんたにはそもそも全然関係ないことでしょ? これは、私と、トトリの問題なんだから。ねぇ?」
「う、うん、まぁ……」
「そうか。となるとやっぱり、お嬢さんを旅に連れ出すのは諦めた方がいいかもしれないね」
「えっ?」
 ミミの上から目線の言葉に困った顔をしつつも応対していたトトリは、マークに笑顔で言われ驚いて目を見開いた。
「あ、あの、マークさん。旅って……?」
「いや、以前から考えていたことなんだけどね。僕は各地に残る古代の科学技術の遺産を巡って旅をしようと思っていたんだ。科学についての知識技術をもっと手に入れるためにもね。その時にお嬢さんが力を貸してくれたら、心強いなと思っていたんだけど」
「え、え、あの」
「ちょっとトトリ! なによそのちょっと心が動いたみたいな顔は!」
「え、いやあの、そういうわけじゃなくってー」
「なーなートトリ、俺一人放っとくなんてずりーぞっ。俺も混ぜろよ、俺だって冒険したいとこいっぱいあんだからなっ」
「わわ、ジーノくんまでっ」
「あらあら、トトリってばモテモテねー。いやはや、うらやましいわー」
「メルお姉ちゃんってば……」
 楽しげにお茶菓子をつまみつつ言ってのけるメルヴィアに脱力しつつ、トトリは三人の言葉に気圧されながらも体勢を整えようとお茶をすする――と、そこにロロナが爆弾を投下した。
「そっか……トトリちゃん、旅に出るんだ。うん、だったらやっぱり、そうした方がいいよね。うんっ」
「え……先生?」
「あのねっ、トトリちゃんっ」
「わ、は、はいっ」
「わたしね、トトリちゃんの先生、やめようと思うのっ」
「え……え、ええええええ!?」
 突然の言葉にトトリは全力で周章狼狽してロロナにしがみつく。トトリにしてみればそれこそ驚天動地の台詞だった。ロロナが、自分の先生を、やめる?
「ななな、なんでですか? わたし、なにか嫌われるようなことしちゃいましたかー!?」
「ううん、違うの。そういうことじゃなくて……わたし、トトリちゃんに会う前に、いろんな子に錬金術教えてたって話したよね?」
「はい、覚えてますけど、それとなんの関係が……」
「でも、誰も錬金術使えるようにならなくて、わたし人に教えるの向いてないのかなって思ってた時にトトリちゃんに会って……そのトトリちゃんが、気づいたら一人前の錬金術士になってくれてた」
 ロロナはいつもの甘い口調に、しっかりとした意志を滲ませながら話す。表情だけでも、ロロナが強い決意をもって話しているのははっきりわかった。トトリに対し、真剣に、ある種の敬意すら持って話していることも。
「そんな……わたしなんてまだまだ、一人前じゃないですよ」
「ううん、トトリちゃんは立派な錬金術士だよ。おかげでわたしも、自信がついたんだから」
「自信……? なんのですか?」
「人に錬金術を教える自信。ぴあちゃんも、少し教えただけで覚えてくれたし。だからもう一度、いろんな人に錬金術を教えてみようと思うの」
「えっと……つまり、わたしの先生やめるっていうのは……」
「うん、もうトトリちゃんだけの先生じゃなくなっちゃうってこと」
「そ、そういうことですか。よかったー……」
 脱力してへたへたと腰を下ろすと、ロロナはにこにこと、満面の笑顔で言ってくる。
「もういろいろ考えてるんだよ。えっとね、まずはちっちゃい学校みたいなの作って、あんな授業とか、こんな授業やろうとか……」
「……なるほど。君は、そういう形であいつの残した言葉を果たそうというのだな」
 ステルクが感慨深げに言うと、ロロナはおずおずとステルクの方を見て、こっくりとうなずく。
「はい。師匠を探し出したいって気持ちはまだありますけど、トトリちゃんやステルクさんたちと一緒に冒険して、トトリちゃんにいろいろ教えたり、教えてもらったりして……なんとなく、こういうのもあるなぁって、わかったっていうか。いろんな子に錬金術を教えて、育てていって……その先に、道っていうか、そういうのが交わったらいいな、って」
「なるほどな……いい考えだと思う。大変なこともあるだろうが……正しい道だ、と私としては思うぞ」
 ロロナの視線とステルクの視線が絡み合う。ごく自然に、二人の顔に笑みが浮かんだ。ロロナとしてもステルクとしても珍しい、柔らかく、優しげで、落ち着いた笑み。
 それはやはり二人がこれまで一緒に過ごしてきた時間の賜物なわけで、普段は全然そんなこと感じさせないけれど、二人の間に結ばれた絆の強さというものを否が応でも感じるわけで、それはやはり、なんというか。
「……いいなぁ……」
 ロロナにそんなに当たり前のように信頼されているステルクも羨ましいし、ステルクみたいなかっこよくて実は優しい人にあんな柔らかくて温かい目で見られるというのもちょっと女の子として羨ましい気がする。もちろんこの二人の間に入ってどうこうしようというのではないが、ついつい二人を見る目に羨望が混じってしまうのだ。
「あら、それってどっちが?」
「えひゃっ!? め、メルお姉ちゃん……」
「ロロナ先生にあんな風に自然に頼られるステルクさんが羨ましい〜とか、ステルクさんみたいな人にあんな優しい目で見られるロロナ先生羨ましい〜とか思ってたんでしょ?」
「え、あ、それはそのー」
「えぇっ!? それって、トトリちゃん……わたしとステルクさん、どっちの方を選ぶつもりなの!?」
「え!? あ、あの、わたしはただ、そういうんじゃなくってー」
「……君は……子供のようなことを言うな。彼女も困っているだろう」
「ステルクさんは黙っててください! トトリちゃんっ、わたしのこと、もう飽きちゃったの? ステルクさんの方がいいのっ?」
「なっ……」
「で、ですからー!」
「あ、それとも二人みたいにいちゃいちゃ〜とかしたいな〜、みたいなアレ?」
「め、メルお姉ちゃんっ!」
「い、いちゃ……って、そ、そんなことしてないもんっ! わたしたちはただ、えっとその、昔からよく一緒に冒険してるってだけで、そりゃ何度も守ってもらったし、助けてもらったし、ありがとうとかはいつも思ってるけどっ」
「……っ………」
「……ちょっとトトリ。あんたまさか、男にかまけて私との約束ないがしろにする気じゃないでしょうね!?」
「え!? ち、違うよー、わたしはただ、そのー」
「なーなートトリ、もしかしてお前、お前の先生と一緒に学校やりたいとか思ったりしてるわけ?」
「え、えぇ!? そ、それは……その、思わなくはない、けどっ」
「あぁ、お嬢さんは人にアドバイスをするの上手だしね、教師役は向いてるかもしれないなぁ」
「……トトリ!?」
「ち、違うの、違うんだってばー!」
 もはやわけがわからなくなってきながら全員でぎゃあぎゃあ騒いでいると、ばーんと玄関の扉が開いてギゼラたちが入ってきた。
「おや、お客さんかい? こりゃまたずいぶんな大勢だねぇ!」
「お、お母さん……」
「え、みなさんいらしてたんですか? いやだもう、トトリちゃん、こんなにお客さんを呼ぶんだったら言っておいてくれればいいのに!」
「え、えと、別に呼ぶ予定じゃなかったんだけど……」
「あ、お邪魔してまーす。ギゼラさん、お久しぶりですねー」
「おやぁ? あんたは……もしかしてメルヴィアちゃんかい? こりゃまたずいぶんといろんなとこが育ったもんだねー」
「あはは、おかげさまで。あ、ちなみにあたしたちは、みんなトトリと一緒に冒険した仲間なんですよ。それでトトリの冒険者免許がめでたく更新されたことを祝いに、みんなで駆けつけたわけで」
「あっはっは、そりゃまたわざわざありがたいこったね………。………。ちょっと、お待ち」
「え?」
 トトリは思わずぎょっ、とした。ギゼラがじっ、と自分たちの方を見る。見ているだけ、なのだが……なんだか背後にすさまじく物騒な気配を背負っている、ような。
「一緒に冒険、ってぇことは、なにかい。目的地までの旅の間とか、戻る間とかも一緒だったってわけだね、トトリ?」
「う、うん、そうだけど……?」
「……ってぇことは、なにかい。嫁入り前の娘が、若い男と一緒に、他に誰もいない場所で夜を共にしたってわけだね!?」
「え、えぇー!?」
 トトリの困惑の声にも構わず、ギゼラはどんっ、と足をテーブルの上に乗せて啖呵を切った。
「あんたら、どういうつもりでうちの子と夜を共にしたかは知らないけど、うちの子に手を出した以上、覚悟はできてるんだろうね!?」
「……へ? 覚悟って……」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待て! 手を出すもなにも、私と彼女はそういう関係ではまったく……」
 ステルクが慌てて立ち上がり弁明を試みるが、ギゼラはぎろりとそんなステルクを睨みつける。
「男のくせに、言い逃れかい。いい度胸だねぇ」
「言い逃れではないっ! 厳然たる事実だ! 第一、私には……っとにかく! 私はこんな年の離れた少女相手に、劣情を催すような人間ではないっ!」
「いやー、男のそういう理性なんていざって時には当てになんないもんじゃないの? 下半身は別の顔〜とかよくある話じゃない」
「メルヴィア・ジーベルっ! 君はそういう無責任なことを……」
「ええっ!? ステルクさん……トトリちゃんのこと、そんな目で見てたんですかっ!?」
「………っ………君は……いろいろと言いたいことはあるが、なによりまず人の話を聞いてくれ!」
「確かにねぇ。冤罪だっていうのに当然のようにやったことみたいに扱われるのは納得がいかないし……なによりそんな覚えもないのに幼女趣味呼ばわりされるのは、人として心外だよねぇ」
「な……よ、幼女趣味ってどういうことですかー!?」
「いやいや失敬、お嬢さんがもう幼女って年齢じゃないのは僕もよくわかっているよ? ただ顔や体型がどう見てもまだ子供にしか見えないと」
「こ、子供って……マークさん、ひどーいっ!」
「そんな子供相手に手ぇ出したってのかい! あんたら……あたしを本気で怒らせたね……?」
「いやだから待てギゼラ・ヘルモルト!」
 ぎゃんぎゃんと大騒ぎになった居間。その中でミミがすいっと前に出て、貴族モードでギゼラに小さく礼をしてみせた。
「……失礼。ギゼラ・ヘルモルト殿?」
「お、なんだい、ちっちゃなお嬢ちゃん」
「っ……私、シュヴァルツラング家当主、ミミ・ウリエ・フォン・シュヴァルツラングと申します。あなたのご息女のトトリさんとは、何度も冒険を一緒にさせていただきました仲ですわ」
「ほう、そりゃあありがたいね。これからもうちの子と仲良くしてやっておくれよ」
「はい、喜んで。……それはさておき、ギゼラ殿? 私たちはトトリと、基本的に三人組で行動していました。どこに行くにしても、です。確かに男性と枕を並べて眠ったことはあるかもしれませんが、その時は必ず他に人がおりました。男性と二人っきりになるようなことは、少なくとも私がトトリと出会ってからは一度もありませんわ」
「……そうなのかい? トトリ」
 じっ、と厳しい目で見つめられ、トトリは慌ててこくこくとうなずいた。
「うんうんっ、そうだよお母さん! 男の人と、その……そういうことになるなんて、今まで一度も、ほんとに、全然なかったし!」
「本当かい? 男なんて、特に若い男なんてみんな獣みたいなもんだからね。いやらしい目でみられたとかなかったのかい。偶然二人っきりになった時とか……」
「な、なかったよぉ、ほんとに。そ、そりゃ最初の頃はジーノくんしか誘えなかったから二人っきりで外をうろうろすることもあったけど……」
「あー、そーいやそーだっけ」
 ごくあっさりとうなずいたジーノに、ギゼラはぎらり、と殺気すら浮かんだ視線を向ける。さすがにジーノも少しばかり気圧されたように身を退いたが、ギゼラはかまわずずずいっと身を乗り出してきてジーノを睨んだ。
「ほほう……あんた、トトリと二人っきりで外をうろついてたってのかい。嫁入り前の娘と」
「え、うん。だって、その頃他に仲間とかいなかったからな」
「ふぅん……一応聞いとくけど、あんた、あのジーノ坊やだね。クナープんとこの。ちっちゃな頃からよくトトリと遊んでた」
「うん、そうだけど。それが?」
 だんっ。またもテーブルの上に足を載せて、ギゼラはきっぱり言った。
「表に出な」
「へ?」
「うちの子を本当に任せられるかどうか、試してやろうじゃないか! トトリをもらっていきたいんなら、あたしを倒してからお行き!」
「え、えええぇぇえ!?」
 驚愕するトトリをよそに、ジーノは一気に盛り上がって大きくうなずいた。
「おお、勝負かぁ! 面白ぇじゃん、やってやるぜ! 勝ったらトトリもらってっていいんだよなっ」
「えええぇぇぇ!? ちょ、ジーノくんっ……!」
「あたしに勝てれば、の話だけどねぇ。言っとくが、あたしは強いよ」
「上等じゃんっ! そのくらいの奴じゃないと気合入んねーしなっ」
「ちょっと、二人ともーっ!」
 二人揃って武器を持ち、外に出ていくのを、慌ててトトリは追った。

「……ちょっと。止めなくていいわけ?」
「止めたいけど……ここまで盛り上がっちゃってる中で、流れぶっちぎって止める勇気、わたしにはないっていうか……」
「ジーノくんも、トトリちゃんのお母さんも頑張れーっ!」
「ギゼラぁ! うちの調子に乗ってる馬鹿息子、叩きのめしてやっておくれな!」
「ジーノぉ! てめぇ男だろうがっ、ギゼラなんかに負けんじゃねぇ、っつーか一度でいいからそのむちゃくちゃな女に勝って男の意地ってのを見せつけてやってくれーっ!」
 村の広場のど真ん中、周囲を村の人々に囲まれながら対峙するジーノとギゼラに、周囲から次々歓声が飛ぶ。なんでこんなことになってしまったのだろう。
 いや、理由は分かっている、メルヴィアのせいだ。勝負! と意気込む二人に、「どうせだったら公正な審判のためにも村の人たちみんなに見てもらいましょーよ!」と二人をうまいこと焚きつけ、村の広場で戦わせることとなったのだ。
 娯楽に飢えていたのだろう、村中の人々が一気に集まってきて一気に大騒ぎになってしまった。しかも流れで自分たちは一番前の特等席で観戦することに。村の人々には二人がどういうわけで戦うことになったのかさっぱりわかっていないというか、自分をもらうもらわないという話を全然知らないらしいというのは不幸中の幸いではあるが。
「お母さんったら、ほんとにもう……」
 ジーノと自分がどうこうなることなんてありっこないではないか。ジーノがこの勝負を受けたのだって、強い奴と戦いたいとか、トトリを手に入れて冒険の相棒に使えれば便利だとか、その程度の気持ちに決まっているのだから。
「…………」
 そう考えると一気にムカッときた。なんでそんな理由で、自分を理由に勝負されねばならないのだろうか。別に自分がジーノとどうこうなりたいと思っているわけでもない、まったくないというのに。
「ふん……まぁいいわ。十年間のブランクの空いたギゼラ・ヘルモルトの実力、見せてもらおうじゃないの」
「……ミミちゃん、まだお母さんに対抗意識持ってるの……?」
「べ、別にそういうわけじゃないわよ。十年前ちょっと有名だっただけの冒険者と、今の私とじゃそもそも格が違うもの。ただ、以前に対すべき相手だった人間が、どれくらいの強さを持ってるかちょっと知りたかっただけよ」
「はぁ……」
 小さくため息をついて、視線をギゼラたちに戻す。村人たちがやんやと囃したてる中、ギゼラとジーノは数歩の間を置いて相対していた。互いに武器を構え――といっても鞘打ち、つまり剣を鞘の中に入れたままでの勝負なので、真剣ではないのだが、それでも真剣な顔で互いを睨むように見つめている。
「……さて。どうなるか」
 ロロナの隣で、ステルクがぼそりと告げた言葉が不思議に大きく耳に響く。ステルクの表情も真剣なものだ。やはり曲がりなりにも弟子と、かつて無敵を誇った冒険者との戦いがどうなるかというのは気になるのだろうか、などと考えていると、メルヴィアがようやく大声で開始の宣言をした。
「はじめっ!」
「はっ!」
 先に仕掛けたのはジーノだった。ジーノの戦い方は、基本的にその身軽さを活かした一撃離脱戦法だ。といってもミミの圧倒的な速さにはまるでかなわないのだが、少なくとも仲間内では素早い方ではある。そのそこそこの素早さと、そこそこの攻撃力で、身軽にちくちくと相手の体力を削り取っていくのが基本戦術(になるのだそうだ、ステルクが言っていたところによると)。
 そして今回もいつも通りに、身軽な勢いで突っ込んでいった――が。
「ぐはっ!」
「……え?」
 トトリは思わず目をぱちぱちとさせた。ジーノが一気に突っ込んでいった、と思ったらすぐ逆方向に吹っ飛んでいった、ような。
 慌てて何度も確認するが、間違いではなかった。ジーノは一気にはるか後方まで吹き飛ばされたのだ。ギゼラの一撃によって。
「ぐ、ぅ……」
「なんだい、この程度かい? これじゃうちの子をやるなんてとてもとても言えないね」
 ぶんっ、とこちらにまで風圧がくるほどの勢いで剣を振るギゼラ。ええええ、とトトリはばっばとギゼラとジーノ(酒場脇の空き樽を巻き込んで倒れている)を見比べる。今、ジーノは少なくとも数十歩は吹っ飛ばされたはずだ。ほとんどメルヴィア並みの怪力、というよりメルヴィアでさえジーノをこうも簡単には吹っ飛ばせない。
「……さすがだな。腕力そのものもほとんど人間外だが、彼女はそれを十全に活かす術を知っている。剣の腕自体は達人と呼べる者の中ではそう高いわけではないが、それを異常なまでに鋭い直感と動きの早さで補っている。……おそらくは、陛下相手ですら五分の勝負ができるだろう」
 ステルクが重々しい声で告げる言葉に、思わずごくりと唾を呑み込む。やはり、ギゼラはすさまじく強いのだ。トトリがそんな風に認識を新たにしていることも知らず、周囲の村の人々は、おおおお、と大きくどよめいて囃したてる。
「おいこらジーノ、てめぇ一撃で終わりたぁ情けねぇぞ!」
「ちったぁ根性見せやがれ、この悪ガキ!」
 ええー、でも普通あれだけ吹っ飛んだら骨の一本や二本折れてそうなんだけど、とトトリがさすがに心配になってジーノの方の様子をうかがう――と、ジーノはがらがら、と空き樽を転がしながら立ち上がった。足元は多少ふらついているが、表情はいつも通りに元気そのものだ。
「ふぅん、立ち上がるくらいの根性はあるのかい。ま、そうでなけりゃ困るけどね」
「あったりまえだろ……トトリのかーちゃん相手に、そう簡単に、負けてたまるかっ!」
 言って再びギゼラに向け突っ込む。ギゼラはどっしりと動かずに待ち受け、素早く懐に入り込んで下からウィンドゲイザーを振るってくるジーノに向かい、剣をこちらまで風圧が飛んでくるほどの勢いで振り下ろした。
 がぎっ! と音がして二人の鞘が噛み合う。ぐぐぐ、とギゼラは押し潰そうとでもいうように力を込めてジーノを押し込めるが、ジーノもがっしりと踏ん張って、ぐぐぐ、とギゼラの剣を押し返す。
「……なにやってるのよあいつ、力じゃかなわないのわかりきってるんだから、足を使うしかないじゃないの、もっと頭使いなさいよほんっとにあの山ザルはっ……!」
 ミミが苛立たしげな口調でぶつぶつと呟く。ミミはミミなりにジーノを心配しているのだ、とわかるが、それ以上に言葉の内容が気になった。このままではジーノはあっさり負けてしまうのでは、と思うと、なんとなく気の毒なような申し訳ないような気分になっておろおろと二人の姿を見つめてしまう。
 と、突然ジーノがすいと体を引いた。流れるような、と言ってもいいようなごく自然な動きでギゼラの剣を下方向へと流す。同時にその動きに沿うような形で体を回転させ、ずんっと踏み込んでずばばっと剣を振るう。一緒に冒険していた時何度も見た、ジーノ得意の三連撃だ。
「ぐっ!」
 剣を流されたギゼラはそれを受けきれず、まともに喰らってしまう。だが、なぜかむしろ嬉しげににやりと笑い、ずんっとジーノの方に踏み込んでぶおんっと先ほどと同じように目にも止まらぬ速さで剣を振るってみせた。
「く、ぉぉっ!」
 ジーノもそれを受けきれず後方に吹っ飛んだが、今度は倒れずに即座にまたギゼラへと突っ込んでくる。そこにギゼラが再び剣を打ち下ろしてくるが、今度はかろうじて受け流して連撃を放つ。それをギゼラが今度はうまく受け流し、一撃を。それを受けながらも吹き飛ばされずに、懐に入って連撃を――
 伯仲、と言うにふさわしい勝負だった。ただの泥臭い殴り合いのようなものなのに、互いに全力で、全身全霊でやっているのだとわかるこの激しい戦いには、見ているものを圧倒するものがあるのだ、とわかってしまう。
 村の人々はもう大盛り上がりで、打ち合うたびに大声で歓声を上げる。ステルクもミミも、厳しい瞳で戦いを見つめつつも、たびたびごくりと唾を呑んでいる。
 ジーノは、強くなったのだ。ふいにそんな言葉が頭をよぎった。最初の頃は本当に、ただの村の少年でしかなかったジーノなのに、今では、こんなにも強くなっているのだ。
 がぃん、がきん、どがっ、どすっ。何度も何度も打ち合い、叩き合い――最後に「うおぉりゃぁっ!」と叫びつつジーノが振るった一撃に、ギゼラの手の中から剣が落とされた。
『…………!』
 周囲が一気にしん、とする。その中では、は、と荒い息をつきながら、ジーノはきっとギゼラを睨み、武器を突きつけ、叫んだ。
「……どうだっ!」
 ギゼラは一瞬あっけにとられた顔をしたが、すぐにふふっと笑い、大声で告げる。
「あたしも鈍ったもんだねぇ。……いいだろう、認めてやろうじゃないか。うちのトトリは、あんたのものだ!」
「……え!?」
「よっしゃあっ!」
 大声で嬉しげに叫んでガッツポーズを取るジーノ。村の人々がうおおぉぉ、と大歓声を上げる中、トトリは慌ててギゼラとジーノのところへと駆け寄り、叫んだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよお母さんっ! わたしのこと勝手に人にあげたりしないでよー!」
「なに言ってんだい、夜を共にした相手なんだろ? そいつが親に認められたんだ、喜ぶのが普通じゃないのかい?」
「だ、だ、だからわたし別にそんな変なこととかしてないもん! ジーノくんもなんで喜ぶの!? わたしなんかもらっても困るでしょ!?」
 ほとんど生まれた時からのつきあいで、この六年間はしょっちゅう一緒に冒険に出て、二人っきりになる機会もなかったわけじゃないというのに、自分は一度もジーノに女性として意識された覚えがない。豊漁祭でも『トトリの水着なんて別に見たくねーし』と笑顔できっぱり言うような相手が、自分をもらいたがるとは思えない。
 が、ジーノはむしろきょとんとした顔で首を傾げ、きっぱり言った。
「なに言ってんだ、トトリ? 困るわけねーだろ。むしろもらえない方が困るぜ」
「え……え、えぇ!?」
「だってお前がいねーと回復役いなくなるし! 強敵と戦う時にはお前必須じゃん!」
「…………ああ、そういうことね…………」
 思いっきり気が抜けて、はぁぁとため息をつくと、その脇からジーノに食ってかかる声がした。
「ちょっと! あんたはなにを馬鹿なこと言ってるの、トトリは私と一緒に冒険する約束をしてるって言ったでしょ!」
「わ、わぁ、ミミちゃん!?」
「なんでだよ、ずるいぞミミ、独り占めなんて」
「独り占めもなにも、そもそもトトリは私の……その……あ、相棒だって言ってるのよ! あんたの出る幕じゃないの、とっとと帰りなさい!」
「えー、なんでだよ。基本パーティって三人組なんだから、俺とお前とトトリでいーじゃねぇか」
「なっ……だからっ、あんたを加える必然性がどこにもないって言ってるのっ! あんたなんか足手まといなのよっ!」
「はぁ? なに言ってんだよ、お前だって今俺が戦ってたの見ただろ。俺、トトリのかーちゃんにもちゃんと勝ったし、トトリ俺のものにしていいって許可もらったぞ?」
「むきぃぃっ! だからっ、根本的に間違ってるのよあんたはっ、トトリは……トトリはっ、私のものなのっ! 所有権は私にあるのよっ!」
「へ? なんで? だってトトリはトトリだろ?」
「わあぁぁもうっ、二人ともっ、やめてよーっ! わたしはわたしのものだし、それに……そうだよっ、ジーノくん今武器も防具も装飾品も全部装備してるでしょ? 聖なる力も癒しの力も三つ重ねてあるし、能力値もすごく増幅してあるし、それに装飾品ミシカルリングだよっ? 普通の武器と防具しか装備してないお母さんが圧倒的に不利じゃないっ、だからなし! この勝負なしー!」
「えー!? なんだそれ、ずるいぞ! だったらトトリのかーちゃんも同じ装備着けさせろよ! そんでもう一回勝負!」
「なに言ってるのよずうずうしいっ、今度先に挑むのは私よっ!」
「あーん、二人とも落ち着いてよー!」

「……ギゼラ。お前、最初からあの二人の間に変なことはないって、わかってたんだろ?」
 村中の人間に注目されながら言い争うトトリたちを眺めるギゼラに、そっと近寄り訊ねるグイードに、ギゼラは笑った。
「そりゃあね。あたしだって無駄に何十年も女やっちゃいないからね」
「なら、なんでわざわざこんなことを。トトリが可哀想だろうに」
「あはは、まぁ悪いとは思ったんだけど……あんな可愛い年頃の娘と一緒に冒険しながら、まるで変なこと考えないなんておかしいだろ? それこそトトリに失礼だよ、あんな可愛い子なのに。だからまぁ、教育的指導ってやつかねぇ……まさか負けるとは、って言っても全力の本気でやればどうなってたかはわからないけど、とにかく一本取られるとは思ってなかったけどさ」
 ギゼラはくすくす笑いながら、トトリやミミと喚き合うジーノを眺めた。
「あのジーノ坊やがねぇ……それなりに、いい男になってきてるじゃないか」
「……おい、まさかお前……」
「ま、どうなるかはトトリ次第だけどね」
 くくっと笑ってから、ギゼラはトトリたちに歩み寄った。とりあえず、喧嘩の仲裁をして、それから再勝負の日取りを決めねばならない。

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