この作品には男子の自慰行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男性同性愛を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。

心だけ燃え上って見つめる
「……あ。遼太郎さん、お帰りなさい」
 俺――ここ堂島家の居候、で、家族≠フ一員である八十八在は、静かに戸を開けて居間に入ってきた俺の叔父である堂島遼太郎さん(四十三歳、職業刑事、七歳の娘を持つ男やもめ)にそう声をかけた。時刻はすでに夜中、娘の菜々子ちゃんはとうに床について、俺もそろそろ眠気が兆してきたという頃だ。
 お酒を呑んでいたんだろう、赤い顔をした遼太郎さんは俺を見てちょっと驚いたような顔をして(たぶんまだ俺が起きてると思わなかったんだろう、本当に自分のことにはかまいつけない人だから)、それから苦笑した(たぶん俺が彼を『待っていた』ことに気づいたんだろう)。
「ああ、ただいま。まだ起きてたのか?」
「ええ、勉強をできるだけ進めておきたかったし……それに、うまくすれば遼太郎さんを出迎えられるかな、って思ったらつい、誘惑に負けて」
 少しばかり照れたように笑ってみせると、遼太郎さんはまた苦笑する。
「お前な、客が来るのを待つ女郎みたいなことを言うんじゃねぇよ」
「あ……ごめんなさい、嫌でした?」
「いや……ま、気持ちは嬉しいさ」
 そう言ってわしゃわしゃと頭を掻き回す。高二の男に対して子供みたいな扱いではあるけど、俺は嬉しくなって首をすくめてしまった。俺よりも五p高い位置から伸ばされる掌は、いつも暖かくて大きくて、頼りがいとか逞しさとか、大人の男の感触を伝えてきてくれる。
 そして、俺はその大きな掌に甘やかされるのが好きなんだ。高二にもなって――いやむしろ、高二だからこそ。
「……お仕事、お忙しいんですか?」
 お茶を淹れながら訊ねると、遼太郎さんは肩をすくめて首を振る。
「いや、そういうわけじゃない。俺はそもそも、今署内でもかなり干され気味だしな」
「えっ」
「っ。いや、すまん……お前に言うことじゃなかったな」
 困った顔になる遼太郎さんの前に、俺は淹れたての焙じ茶を置きながら少し上目遣い気味に訊ねてみる。
「あの……できれば、お話、お聞きしちゃ駄目でしょうか。俺じゃ役に立てないだろうってことはわかってますけど……でも、愚痴のぶつけどころくらいには、なれないかな、って……」
「……ったく、お前は」
 苦笑して、遼太郎さんはお茶をすする。遼太郎さんの好み通りのやや熱め、でも勢いよくすすれる程度の温度。そのお茶が力を貸してくれたのかどうかは知らないけど、宙に視線を据えながら、掌で自分の短い髪の毛をかき回して困ったように笑んでから(これは遼太郎さんが少し照れてる時の仕草)、ぽつぽつと話してくれた。
「……俺は、元から署内でもかなり孤立しててな。なにせ……自分の女房をひき逃げした犯人をいつまでもえんえん追ってるような奴だ。犯人の特定は当初から難しい状況だったってのにな。方々に頼み込んで、時間費やして。刑事だってのに私情でな。目ぇ血走らせてムキになってそんなことやってる奴と、つきあいたがる奴がいるわけがない。俺の相手をしてくれるのは……せいぜいが相棒の、足立くらいだった」
「…………」
 足立。かつて遼太郎さんの相棒だった二十七歳の男性刑事。元警視庁のキャリア組だったけど、ここ八十稲羽に飛ばされてきて、遼太郎さんに怒鳴られひぃひぃ言いながら仕事をこなしていた典型的なダメ刑事。
 ……というように、少なくとも最初は見えた人。
 その人のことを遼太郎さんが口に上らせるのは、これが初めてだった。ニュースで彼の名前が出ても、すぐにチャンネルを変えさせるほどだったから。
 そしてそれは、俺にとっても正直ありがたいことだった。俺だって彼のことを考えると複雑な気分にならずにはいられなかったからだ。……彼を追い詰め、捕えて警察に突き出したのは、俺たちだったのだし。
「あいつは……いっつも情けない顔でへらへらしてる奴だったが、俺の強引な捜査にもなんだかんだでついてくる奴だった。飲みに誘ってもへらへらしながらついてきて……署内で唯一、まともに話せる奴、だったのかもな……」
「…………」
 俺は、湯呑みを両手で握って、ときおり中身をすすりつつ遼太郎さんの言葉を聞いた。遼太郎さんが足立……さんのことを話すっていうのは、その事実だけでものすごく複雑な気分になるんだけど(しかも足立……さんがなんのかんので遼太郎さんの支えの一つになってたのかと思うとさらに層倍)……それでも、遼太郎さんが今俺にこうして話す気持ちになれた以上、ちゃんと聞かなくちゃと思った。
「そのくせ……俺は、あいつがなにを考えてるかに、まるで気づきやしなかった。本当に、最後の、最後まで……お前たちが病院に来て、あいつを追求した時でさえ、ただ混乱するだけで、なにも言えず。ずっと一緒に事件を追ってた相棒が……犯人≠セってことにまるで気づかなかったんだ」
「…………」
「周囲の俺への評価が最低になるのも当然だろうな。俺だってそんな奴は刑事をやめちまえと思う。お前も犯行に関わりがあったんじゃ、って取り調べを受けたくらいだ、実際上の方もそう思ってたんだろうな」
「そんな!」
 俺は思わず立ち上がった。そんな、そんなのって、あるか!? 遼太郎さんはそれこそ入院してまで必死に犯人を追ってたっていうのに(いや入院は誘拐された菜々ちゃんを取り戻すために我を忘れたせいなんだけど)、周囲からは犯人扱い!?
 俺は思わず怒りに目をむいたんだけど、遼太郎さんは落ち着いた苦笑を浮かべたまま、俺に落ち着くよう促して、言った。
「今日、な。足立と、少し話してきたんだ」
「っ……」
「これまであいつ、ろくに口を開いてもくれなかったがな。今日は珍しく、少しだけ話をしてくれたよ。そのほとんどは嫌味と嘲りの言葉だったがな……」
「……そう、ですか」
 あの野郎一発殴ってやろうか、という気持ちと彼の気持ちとしてはそうでもしなきゃまともに話なんてできないだろうな、という気持ちが入り混じり俺は眉を寄せる。それに気づいているのかいないのか、遼太郎さんは続けた。
「俺は……あいつを待っていよう、と思う」
「え……」
「これから長い裁判が続く中……あいつが罪を償って、外に出る時が来たら……あいつを迎えてやることにしようと、そう決めた。……あいつのしたことは許せねぇし、菜々子を傷つけたことについちゃ何度殴っても足りねぇ。だからこそ……あいつに、ただ流されるままに刑期を終えさせるようなことはしちゃならねぇんだ。あいつに、自分の犯した罪の重さを、きっちり骨身に沁みさせてやらねぇとな」
「…………」
 それは、かつて完二も言っていた。便乗犯、久保美津雄に対して心の底からの怒りを込めて。
 この人は、それを足立……さんに対して真っ向からやろうとしてるのか。かつての相棒、かつての後輩、かつて一緒に事件を追った相手にしてその事件の犯人に対して。
 それは、たぶん、いや間違いなく正しいというか、そんじょそこらの人間にはできない男らしいことには違いない。ん、だけど……。
 と、遼太郎さんがちらりとこちらを見て、小さく目を見開いた。
「どうした、在」
「え……」
「眉間に皺が寄ってるぞ」
 言われて初めてそれに気づき、俺は慌てて皺を指で伸ばす。そうして顔の半ばを掌で隠しながら、ぽつりと言った。
「ごめんなさい……ただ、なんていうか。遼太郎さんにばっかり、大変な……後始末とか、捕まえたあとのなんやかやを任せてしまってるのが、悔しくて……申し訳ないなって。結局、俺たちはガキなりのことしかできないんだなって思うと……」
 その言葉に、遼太郎さんはきょとんとした顔になり、それからぷっと噴き出した。
「お前、今度は少年探偵団だけじゃなく少年刑事にでもなるつもりか?」
「そういう、わけじゃ……ありません、けど」
「お前は、やれるだけのことをやったさ。普通なら高校生が殺人事件の犯人捕まえるなんざありえねぇぞ。それにだ、子供の後始末をするのはいつだって大人の役目だって決まってるんだよ」
 言ってぽんぽん、と俺の頭を叩いて遼太郎さんは笑う。男くさくて、ちょっといかつい、でもそれががっしり目の体に似合ってカッコいい顔で、まるで俺が可愛い子供かなにかのように優しく、力強く。
「大人にだって少しは格好つけさせろ。……っと、んなこと夜中に帰った時に出迎えて茶まで淹れてもらってる俺が言うこっちゃないな」
「あは、は……」
 俺は困ったような、照れくさいような顔をしてそれを受ける。一月の冷たい空気の中で、遼太郎さんに触れられた場所だけがじんわり暖かかった。
「……さて、そろそろお前も寝ろ。明日も学校あるんだろうが、寝坊するぞ」
「はい……あ、でも、遼太郎さん、お風呂入られますよね? その後始末しておかないと……あと、急須と湯呑も」
「う……いや、いい。寝ろっつったのは俺だ、俺が片付ける。いいからお前はとっとと寝ろ」
「え!? な、そんな……遼太郎さん、その、失礼ですけど……やり方、わかります?」
「この野郎、舐めるなよ。俺だってだてにお前が片付けるの背中から見てたわけじゃないんだぞ?」
 にやっ、と笑って遼太郎さんは立ち上がると、ぐいぐいと俺の背中を押す。俺は押されるままに立ち上がり、階段の前までやってきてしまった。
「じゃあ……あの。本当に、お任せしても、いいですか……?」
「当たり前だ、馬鹿野郎。三年の勉強しとかなきゃならないってのはわかるが、あんまり根を詰めすぎるなよ。お前を心配する人間は、何人もいるんだってことを忘れるな」
 そう言ってぽんぽん、とまた俺の頭を叩いて笑む。掌の先から、煙草の匂いが少しした。俺は煙草は嫌いなんだけど、遼太郎さんの体についた匂いは、遼太郎さんの体臭と相まって不思議に不快を感じさせない。
「それじゃあ……すいませんけど、お任せします。遼太郎さん、お休みなさい」
 そう言って俺は遼太郎さんに頭を下げた。遼太郎さんは「ああ、お休み」と、小さな笑みを浮かべてうなずいてくれる。それに俺も微笑んで応えてから、二階の自分の部屋へ引き取った。

 自分の部屋に戻ってきて、俺は音を立てないようにそっとふすまを閉めた。それからとさん、と床の上に寝転がり――無言で、ただし心の中では「フォォォォ!」と変態仮面的な叫びを上げながらごろごろ転がりまくる。
 なんだあれ、なんだあれたまらんなんなのあの中年のフェロモン。漢濃度120%じゃないかなになんなのこっち誘ってんの? 無骨な掌で短い髪の毛かき回して、困ったように笑うとかもうこっち煽ってるとしか思えないんですけど! なんなのもーたまらんセクシーあああやっぱり遼太郎さんかっこいいぃぃはぁはぁはぁはぁ。
 そんなことを心の中で叫びまくりながら(声に出しでもしようものなら俺はもう生きていられない)ごろごろ転がりまくる。そうでもしないとこの萌えと欲情が暴発しそうだった。ああもうホント遼太郎さん好きすぎる。この萌えを抑えながらしれっとした顔をして優しく穏やかでよく気のつく甥≠ニいうポジションを守る苦しさといったら……! 途中で何度も萌え転がりたくてしょうがなくなったもんな……! ちくしょう足立め遼太郎さんに待たれるとかうらやましいぃぃ!
 しばらくごろごろしてから少しずつ我に返ってきて、のろのろと体を起こし、はぁとため息をつく。こういう風に、八十稲羽のコミュ相手に萌え転がってしまったあと、俺はいつもどっぷり自己嫌悪に落ち込む。
 だって、なんだか相手を脳内で穢してしまっている気がするのだ。向こうは純粋にこちらを友人と、仲間と、家族として大切に思ってくれているんだろうなぁと思うのに、俺がこういう風に内心萌え転がるのは、やっぱりどうにもその気持ちを裏切っている気がしてしょうがない。
 ……少なくとも、男に脳内であれこれされていると知ったら、全員いい気持ちはまったくしないだろう。
 俺が自分をゲイだと自覚したのは、いつからだっただろう。あんまり覚えてないけど、物心ついた頃にはもうなんとなく理解してた気がする。
 俺はオタクなんだけど、アニメや漫画やゲームでもいっつも男キャラばっかりに目が行くし、学校でもカッコいい(男の)先輩とか可愛い(男の)同級生とか見たらたまんなく心の中でニヤニヤしちゃったし。先生に勉強の質問に行くのでも、好みのタイプ(当然男)の先生に行く時はテンションが違ったし、親身になってくれたりしたら脳内と心身がめっちゃ盛り上がっちゃったし。
 でも、なぜなのかはよくわからないんだけど、俺はそれについて後ろめたい気持ちとかをまったく持たなかった。わりと早くからやおいやらBLやらの腐れ世界に足を踏み入れていたせいか、その性癖を後ろめたく思う必要はまったくない、と当然のように確信していたんだ(BLとかってみんな自分の性癖当然のように力いっぱい肯定しまくるもんな)。
 まぁ実際にアプローチしたりしたら村八分を受けるだろうという常識は持ち合わせていたんで、当然心の中で萌え萌えするだけだったんだけど(あとオタク的にそっち系の同人誌とか買い漁ってみたりネサフしてみたりとかもしこたました)。もともと俺はあんまり他者とコミュニケーションする能力が低かったんで、それで充分満足してたんだよな、ゲイ的感情は。だってそもそもそれ以上を望めるほど他の人間と仲良くなれなかったんだから。
 なのに八十稲羽にやってきて、事件が起きて。誰かと仲良くなるという経験をして。一緒に事件を解決して。き、絆と言っちゃっていいんじゃないかなー、ってものを結んじゃったりして。
 もちろんピュアに、健全に、こんな奴らと基本引きこもりなオタクである俺が仲良くなれて嬉しい! という気持ちもある。あるんだけど……それはそれとして、男に、本来なら友人にしかなりえない性別の奴らに「テライケメン!」とか「うおお可愛い!」とか「うひょぉぉマジかっけぇぇぇやばい本気妊娠する」とかも思ってしまうのだ。俺は。
 自分でもキモいなーとか救えないなーとか思うんだけど……そういう気持ちって、女の子には全然抱かないんだよな。そのせいかついつい女の子たちにはしれっとした顔でくさい台詞を吐くことができてしまったりする。
 だから時々かなり申し訳ない気持ちにもなる。だって俺、それって単に好感度を上げよう的な気持ちでしか言ってないもん。ときめきとか愛情とかじゃ全然なくて、嫌われないようにするのと、あとはせいぜいコミュを効率よくランクアップさせるためとかだったりするんだ。いやもちろん仲間とか知り合いに対しての友情的感情は抱いてるんだけど、衝動的なレベルで、男に対する時と女に対する時じゃ、俺のテンションは明らかに違う。
 なんていうか、これってもし俺がヘテロ(普通の異性愛者ってことね)だったら男はどーでもいい的扱いをする奴になってたってことかと思うとかなり本気でへこむんだけど(俺がそういう奴リアルでも二次元でもあんま好きじゃないから)……でもなんていうか、こればっかりは本当に、理性で超克するのは難しいっぽくて。
 一応女性を労わるのは男として当然の義務だから、普通に女性には親切にしてるつもりだけど(いや男でも嫌なやつじゃなきゃ親切にしてるつもりだけど)……そのせいか、現在ではフェミニストとかタラシとかそういう不本意なことこの上ない評判までいただいたりしてしまってるというこの妙な状況。
 心の底では道行くイケメンや可愛い男の子や男前の兄貴を見るたびにハァハァハァハァと内心息を荒げまくっているというのに、それを発散できるような場所は当然あるわけがないし。
 だというのに、日常生活の中で、俺と……その、絆を結んでくれた男子や男性は、俺への好意とか、尊敬の念とか、感謝の気持ちとか、そういうのをしょっちゅう表してきてくれて。
 それがものすごく嬉しいのはもちろんなんだけど、そのたびに理性にびしばしと萌え心や欲望は攻撃をしかけてくるし、相手は純粋にこちらを想ってくれてるのにそんな感情を抱いてしまっている自分を客観視すると良心がナイフで刺されまくったかのように痛まずにはいられないし――
 そんなこんなで、もう事件が終わって、『しなくちゃならないこと』が日常レベルのものしか存在しなくなった一月、俺は猛り狂う欲望に翻弄されて、かなりストレスを溜めていたのだった。

 朝は当然早めに起きて、朝ご飯を作るついでに遼太郎さんと俺の弁当も作ってしまう。以前は菜々ちゃんが買い物してきてくれた時以外は弁当作ったりはしなかったんだけど、事件も終わり、遼太郎さんにご飯を作ってあげられる時間も残りわずかだと思うと、どうしたって毎日お弁当を作らずにはいられなかったのだ。
 朝餉の支度が完璧に整ってから、遼太郎さんを起こしに寝室へ向かう。遼太郎さんと菜々ちゃんは同じ部屋で寝てるんで、一緒に起こしてもいいんだけど、それじゃ菜々ちゃんにとっては時間が早すぎる。
 そろそろ、とふすまを開けて声をかけようとする――とたん、俺は固まった。
 遼太郎さんはいつもパジャマじゃなくてシャツにトランクス、っていう恰好で寝てるんだけど(その漢らしいフェロモン振りまきまくりの恰好に俺はいつもクラクラしてるんだけど)……その服の裾から……遼太郎さんの体が、見えてるっ!
 いや、腹チラとかならこれまでも何度もあったから耐えることはできるんだけど(それでもドキドキしちゃうのは避けられないけど)……今回は、その……下半身、が……早い話が、ハミチンしてたのだ! その中年らしい味もそっけもないトランクスの裾から、がっちりとした太腿へっ!
 ごくり、と思わず唾を呑み込む。頭の一部は「うおおぉ神さまありがとおぉぉ」と叫んでいたが、別の部分は「落ち着けぇ! この状況で衝動のままに行動するのは死亡フラグだ!」と全力で警報を上げていた。
 そうだ、その通りだ、理性で考えればそれが当然だ。現在俺の視線は遼太郎さんのハミチン部分にがっちり固定されてるし、衝動を開放してよければ俺は即座に伏せて間近から遼太郎さんのアレを目を血走らせてさまざまな角度からハァハァ息を荒げつつ観察したいところではあった。けどそれはダメだ、明らかにアウトだ。
 もしそんなことしてるところを遼太郎さんに見られたらどうなるか、なんて考えただけでぞっとするし、なにより隣には菜々ちゃんが寝ているんだ。そんな風に変態性欲に身を任せているところを菜々ちゃんに見られて、「……なにしてるの?」とあのピュアな瞳で怪訝そうに見つめられて訊ねられでもしたら……! 死ぬ、俺は確実に悶死してしまう。
 なので俺は(内心くそおおぉこんなチャンスめったにないのにぃぃもっとえんえん観察したかったぁぁとか泣き叫びながらも)、そっと遼太郎さんの枕元で膝を折って、軽く遼太郎さんを揺すって呼びかけた。
「遼太郎さん……朝ですよ。起きてください、遼太郎さん……」
「う……。……在、か。……朝か?」
「はい。大丈夫ですか? 起きれます? ご飯食べれます?」
「ああ……う、いや、すまん、朝飯はお茶漬けにしてくれるか。昨日の酒が響いてな……」
 俺はけっこうがっかりしたけど(だって毎日のこととはいえそれなりに頑張って作ったのにお茶漬けにしてくれってけっこう切ないよ)、当然のことながらそんな素振りは毛ほども見せずに微笑んで言う。
「はい、わかりました。すぐに用意しますね」
 ちなみに枕元には昨日の夜からすでにアイロンをかけたシャツとハンカチが畳んでおいてある。こういうこまめな仕事も好感度アップには重要なのだ。
 ……いや、好感度アップしたところでなにがどうなるってわけじゃないのはわかってるんだけどさ。いいじゃないか! 気分的にいい男(の子)の好感度がアップしたと思ったら(顔がアレな笑みを浮かべてしまうほど)嬉しいんだから!
 炊飯器の中には俺たち三人の朝食分の白米+αぐらいの量が入れておいてある。俺はその中から少なめに遼太郎さんのお茶碗にご飯を盛りつつ、ぬるめにお茶を淹れた。別に上等なお茶っていうわけじゃないけど、少なくとも二日酔いの胃にはぬるめのお茶の方が優しいだろう、というかその方が遼太郎さん好みだとすでにリサーチしてあるのだ。
 それからさっと味噌汁を温めて器に盛る。二日酔いになる可能性は昨日から予測してたので、アルコール分解酵素のあるしじみのお味噌汁だ(しじみは冷凍ものの買い置きがあった)。これくらいなら飲んでもらえるはず。
 あとはビタミン&水分補給のためにオレンジを二切れ切って器に盛る。残りは俺たち用になるわけだけど、やっぱり果物は新鮮なのを冷やしたやつの切りたてが一番おいしいから。
 そこまで支度したところに、いつも通りにスーツの上を肩口にひっかけた遼太郎さんが居間に出てきた。晩御飯はテレビ前のこたつで取ることが多いんだけど、朝は台所前のテーブルで取る。自分の席に座った遼太郎さんの前で、さっとぬるいお茶をご飯に注ぐ。遼太郎さんはお茶漬けには具を載せるよりも漬物を食べながらかっ込むのが好きな方だから、具は乗せない。
 遼太郎さんはさらさらとお茶漬けをかっ込み、昆布の佃煮をちょっと食べて、それから匂いに惹かれてくれたのかしじみのお味噌汁をちょっと飲んで、意外にイケることに気づいたのかぐいぐい飲んでお茶漬けと一緒に完食した。それから立ち上がろうとする遼太郎さんを、ちょっと待ってと引き留めて、オレンジの器を差し出す。
「二日酔いなんですから、ビタミンは摂っておかないと。ね?」
 できるだけ可愛く言ってみると(いや遼太郎さんにとっちゃ高二の甥が可愛くてもなんの意味もないだろうってのはわかってるんだけどさ)、遼太郎さんは苦笑して、ひょいひょいとオレンジを手でつまんで口の中に入れ、皮だけを吐き出してぽんぽんと俺の頭を叩き言う。
「ごちそうさん。うまかったぞ」
 言って(一月なのに)やっぱりスーツの上を肩口にひっかけただけの恰好で、鞄の中に俺の弁当を入れて家を出ていく遼太郎さんを笑顔で見送り、へちゃっ、と俺はその場にくずおれる。
「はあぁぁ……遼太郎さんやっぱりカッコよすぎ……」
 なにをされたわけでもないのに勝手にメロメロになりながら(我ながらなんというちょろい男だろう)、俺は必死に立ち上がった。自分たちの食事の準備をして、時間が来たら菜々ちゃんを起こして、学校に行かなくてはならない。

「よーっす! おっはよ!」
 ばん、と背中を叩かれて、俺は「いったいな」と苦笑しつつ振り返って挨拶に応えた。
「おはよ、陽介」
「おう! やー、今日も八十稲羽はいい天気だよなぁ! まさに日本晴れって感じじゃね?」
 そう機嫌よく言ってくるのは、俺のクラスメイトにして……その、親友……で、相棒……(照)である花村陽介だ。ブリーチした髪をボブよりちょっと短いぐらいの長さに切った髪といい、首にかけたヘッドフォンといい、制服の着こなし方といい、いちいちセンスのよさを感じさせる恰好が顔立ちをより引き立てている、パッと見はいわゆるチャラいイケメン<^イプだ。
 でもその実空気読む能力高いし、よく気のつくっていうかむしろ気ぃ遣いすぎて気疲れするタイプだし、バイトでもよく働くし(お父さんがジュネス――陽介のバイト先の八十稲羽の消耗品をほぼ一手に引き受ける巨大スーパーの店長なせいか普通の高校生バイトより安い金額でこき使われてるのに)、正義感強いし優しいし……本当に驚くくらいいい奴だったりする。
 そんなカッコいい男子と親友で相棒(う、やっぱ自分で言うと照れる)な関係になれたのは、間違いなく事件があったせいなんだろうけど……俺という人間にも少しは価値を見出してくれているのだと思うと、こっそり、すごく嬉しい。
「なんか、今日はやけにテンション高いな。なにかいいことでもあったのか?」
 俺が苦笑してみせながら言うと(だって今日は悪い天気じゃなかったけど快晴とまではいかなかったから。まぁ俺自身の素直な感情としてはどんな内容であれうんうんそうだよね! と同意しまくりたい(だってこんな可愛カッコいいイケメンが機嫌よく俺に話しかけてきてるんだもん)ところではあるんだけど、これまで築いてきた友情と絆(照)が誠実な言動を行わせたんだ)、陽介はにやり、と笑んで顔を近づけてきた。
「ん? やっぱわかる? 気になっちゃう? 教えてほしい?」
「うん、そりゃもちろん」
「んじゃ、相棒のお前にだけ特別に教えてしんぜよう。ちょっと耳貸せよ」
「うん」
 俺はこっそりドキドキしながら陽介の口元に耳を近づける。陽介は内心のウキウキを隠せない口調でこそこそ囁いた。
「実はよ……俺、新作のエロDVD手に入れちったんだよな〜」
「えっ」
「まぁ完全に新品ってわけじゃないけど? パッケージ見た限りじゃかなりエロげなの、全部で三本も」
「そんなに!? ……高かったんじゃないのか?」
「バッカ、買ったんじゃねーって、買うぐらいなら親父のカード使ってレンタルするって。貰いもんだよ、貰いもん。東京にいた頃の部活の先輩がさー、なんか結婚するOBにAV始末するの手伝えって頼まれたんだと。そんで自分の部活の後輩に片っ端から送りつけてったらしーんだよ、中にメッセージカードひとつ入ってただけだから詳しい話はよくわかんねーんだけど」
「ははぁ……そりゃまた、お得というかなんというか、びっくりな話だな……」
「だろー? しっかもさ、今日明日と俺以外の家族はみんな旅行で家いないんだよ! こりゃもうまさに千載一遇のチャンス! って感じじゃね?」
「確かに……」
 俺も性欲真っ盛りな高校二年生、新作のズリネタが大量にある中で家に一人きり、という状況がいかにテンションが上がるかくらいわかる。……まぁ俺の場合、ズリネタっていうと新宿二丁目まで行って買ったものか、ネットで買ったCG集の類……つまり、ホモいのとかショタいのになるんだけど。
「あ、でもクマくんは? あの子が一緒だと、ちょっとそういう雰囲気作りにくくないか?」
 事件をきっかけに知り合ったクマくん……今は陽介の家に居候中のクマの着ぐるみ(時々美少年の中身ができたりできなかったりする)の体を持つ子の名前を上げると、陽介は笑って首を振った。
「ああ、大丈夫大丈夫、今回の旅行はあいつも一緒だから。つーか、今回の旅行はあいつのためにウチの親が考えたみてーなとこあるからな。あいつテレビ見てて『クマもいっぺんでいいから旅行してみたいクマ〜』って泣いてんのを見て、それじゃ今日明日休日だからその時間使ってみんなで……って考えたらしくてさ」
「へぇ……けど、だったら陽介も参加するように言われたんじゃないか?」
「ああ、まぁな……けど、旅行先って京都だぜ? 中学でも修学旅行で行ったとこだぜ? 一泊二日でせわしなくんなとこ行くくらいなら、バイトもあるし、家にいた方がいいっつったら親も納得してくれたよ。あと、たまにはクマの世話役から解放されたいっつーのもな」
「……やっぱりクマくんは花村家でも変わらずクマくんなんだな」
「あいつがそう簡単に変わるわけねーじゃん……っつーかたまには変われよっつー話だけどな」
 煤けた顔を見せる陽介の背中をぽんぽんと叩く。と、すぐに陽介は笑顔になってくれた。
「ま、そーいうわけだからさ、今日明日は俺バイト以外家に引きこもるから。ゆっくり一人を満喫させてもらうぜ」
「そうか。まぁ、思う存分一人を楽しんでくれ」
一人≠フあとにはエッチ≠ェつくよなぁと内心こっそりニヤニヤしながら(いやだって大切な相棒で親友とはいえ、こんなイケメンと一人エッチの話なんかしちゃってるんだもん、ゲイの端くれとしてちょっとくらいはニヤニヤしてもいいじゃないか)顔はあくまで穏やかに微笑んで言うと、陽介はちょっと目を見開いて、ぽそぽそと囁いてきた。
「そういやさ……お前とこんな話とか、あんましたことなかったけどさ。お前はどーしてんの、そーいうの……」
「ん……一人部屋もらってるから、そこで……遼太郎さんたちが寝たあとに、こそこそと、かな」
 ええなにこの展開親友に自分のオナニーライフ公開とかなんのプレイ、とドキドキしつつ表面上はあくまで穏やかに(だてに演劇部だったわけじゃない、今はもう幽霊部員になっちゃってるけど)答える。それに陽介はさらに声を小さくして囁いてきた。
「ネタは?」
「……万一見つかったら痛いどころか爆死のレベルだから、妄想で……」
 いやだって叔父さんの家がどんなところかもわかんないうちにホモAVとかホモエロ漫画とか持ってくわけにはいかなかったんだよ! 隠し場所があるかどうかもわかんなかったし! まぁもともと俺はオカズにする際材料を妄想で膨らませるのが好きだったから、オカズなしでもなんとかなってるけどさ。
 それを聞いて、陽介は「そっか……」とちょっと難しい顔をして数度うなずき、それからちょっと顔を赤らめて、こんなことを囁いてきた。
「じゃ、さ……今日、俺んちに、泊まりにこねぇ?」
「え? ……えぇっ!?」
 思わず大声を上げる俺に、「バッカ声でけぇって!」と陽介はぐいっと頭を引き寄せる。うわ、ちょ、顔近、顔近っ、ここここんな間近でこんなカッコいい顔見たの初めてっ、とかうろたえる(でも表面上は全力で『ちょっと驚いた』ぐらいの表情を固定させてる)俺に、陽介は照れたような顔と声でこそこそ囁く。
「いや、なんつーの……男として、相棒がさ、そーいうことのびのびできねーっつーの……しかもネタもない状態でっつーのをさ、放置すんのも申し訳ねーな、っつーかさ」
「え……え、え。け、けど……迷惑じゃないのか? せっかくのチャンスだっていうのに……」
 少なくとも俺だったらせっかく一人きりでのびのびオナりまくれるというチャンスをみすみす捨てられはしないだろう。確かに、陽介がそういう状態におかれてたらなんとかしてやりたいとは思うけど……でも俺の場合はなにもできないだろうな、なにかしてやれる機会があったとしても絶対不純な想いが混じってきちゃいそうで、そんな気持ちで陽介と接しちゃ駄目だって思うだろうから……だからって。
 そんな俺のさまざまな想いの入り混じった問いかけの視線に、陽介はちょっと照れくさそう、というか恥ずかしそうな顔でこそこそと言う。
「バッカ、いーんだよんなの、俺たぶん大学行く時になったら一人暮らしすっからんな機会くさるほどあるし。けどまぁ、なんつの? お前俺んちに招待するのとか、あと……こういうことでもさ、お前助けてやれる機会っつーのは、少なくともしばらくはねーわけじゃん、高三の一年は、さ」
「……陽介」
「だから、ま、なんつの? やじゃなかったら、っつーか……ってか飯を作りにだけでもいーから来てくれぇ! ジュネスの惣菜はどれもこれも食い飽ききってんだよぉ!」
「……わかった。材料買って、ご飯作りに行くよ」
「え、いやその、そこをマジに受け取られても困んだけど……」
 俺を伏し拝む恰好のまま困った顔になる陽介に、俺は微笑んで囁いた。
「お誘い、ありがたく受けさせてもらう、ってこと」
「……そ、そっか? じゃー楽しみに待ってるわ。や、なんかお前の飯食うの久々だよなぁ!」
「クリスマスの時食べただろ? それに今までだってそう何度も食事振る舞えたわけじゃなかったし」
「なぁに言ってんだよ、言っとくけどお前の八十八マジックマジ伝説になってんだかんな?」
 なんて笑いながらそんなことを喋りつつじゃれ合いつつ学校への道を俺たちは歩いた――んだけど、俺は内心では『ひょえええぇぇぇ!!!』とばかりに絶叫しまくっていた。
 だって、まさか、こんな状況俺の人生に訪れるとは思ってなかったからだ。親友で、相棒で、お互いの感情値がマックスになってること保証済みの男子の家へ、泊まりに行く――しかも『思う存分オナニーしに行く』なんてエロ本のような、すさまじくエロモードに流れやすい理由でなんて。
 まさか、ありえない、ないないそんなこと絶対ない――と思いつつも、脳内の妄想分泌腺がすさまじい勢いで活動し、頭の中で妄想劇場を繰り広げまくる。すなわち、
『もしかしたら、俺の人生に、一生訪れっこないと思ってたエロ漫画みたいな青春ときめきイベントが訪れちゃうんではっ!?』
 という理性ではしょーもないほど全力で無駄なことだとよーくわかっている期待が、俺の奥からあふれ出てしまっていたからだ。

「ねぇねぇ、今日八十八くんさぁ、なんか元気なくない?」
 俺の隣の席の女子で、自称特別捜査隊のメンバーの一人でもある里中千枝ちゃんが、陽介と天城雪子ちゃん(彼女も仲間の一人)と一緒に昼食をとっているさなか(席が近いからよくこの四人で一緒にお弁当食べるんだ、冬は屋上は寒いし)、そんなことを言い出してきた。
 ので、俺は内心かなりぎっくぅとしたんだけど、表情はあくまで穏やかな笑顔のまま答える。
「そう? そんなこともないと思うけど」
「ううん、絶対そうだって。ねぇ、雪子もそう思わない?」
「うーん……どうだろう。確かにそう見えなくもないけど……どっちかっていったら、元気ないっていうより……緊張してる感じ?」
 ぎっくぅっ! と心の中で叫び声が出たような気がした。心臓も一気に鼓動を刻む速度を上げ始める。
 でもそれでも表情はあくまで穏やかに(我ながら鉄壁の演技力だ)微笑んで、さらっと答えてみせた。
「そうかな? そんな風に見える?」
「あーうんうん、そんな感じそんな感じ! そう見えるそう見える! なに、なんか緊張するようなことでもあったの、八十八くん?」
 俺は心臓をどどどどどと高鳴らせながら、どうしようどうしようと頭の中をぐるぐるさせた。もしバレたら、と思うと陽介の方を見ることもできない。
 もしここで『実は陽介の家に泊まりに行くんだー』って言って『えーじゃーあたしも行こっかなー』なんてことになりでもしたら……! 死ぬ、あまりのガッカリ感で俺は死ぬ。そしてそれが実はAV鑑賞会の名を借りた、俺的には初の色気アリな青春ときめきイベントだと知られたら、別の意味で死ぬ。
 なので、俺は爽やかな笑顔を作って、さらっと言ってみせた。
「うん、まぁ、そういうことがないではないけど……でも、秘密」
「え?」
 きょとんとした顔になる千枝ちゃん。俺が普段仲間に秘密を作るようなことをしなかったから、意外に思ったんだろう。
 だけど、それでも、あとでどんなフォローが必要になろうともここは退けないっ! とひそかに闘志を燃やしつつ俺は続けた。
「俺もオトシゴロの男だからさ。女の子には言えないような用事ができることもあるんだよ」
「えー、なにそれ、怪しいなー。なんか妙な誘いでもかけたんじゃないでしょーね、花村ー?」
「俺かよ! なんでいきなり俺が原因って限定されてんだよ!」
 …………! なんでそっちに話が流れるんだ……! 相変わらず時々恐ろしい勘発揮するよなこの子は……!
「えー、だってさー、八十八くんがあんなこと言うのとか誰かに誘われて断れないって時ぐらいだろーし、八十八くんの周りでそーいう誘いかけそうな奴ってあたしの知ってる中じゃあんたくらいなんだもん」
「ちょ、なにその駄目な子的扱い!? 俺別に悪事に手を染めたりしてねーよ!?」
「悪事じゃないかもしんないけどさ、恥ずかしいっていうか見苦しいこととかはするじゃん。林間学校の時も、文化祭の時もさぁ……」
「おま、いつまでそのネタ引っ張る気だよ!」
「あんただってあたしのちょっとした失敗とかえんえん引っ張るじゃん!」
 ぎゃんぎゃん喚き合い始める陽介と千枝ちゃんに、ここはスルーすればうやむやのうちになんとかなるか!? と俺が決死隊の気分で状況を観察していると、口の中のご飯を飲み込んだ雪ちゃんが、さらっと言う。
「……で、八十八くん。どうして秘密なの?」
「っ……」
 さらりと蒸し返されて空気が空白状態になる。その一瞬でこの野郎(女の子にこういう言い方は駄目だろうと思いつつも)そんなに俺のときめきイベントをぶち壊しにしたいのかー! うううちくしょうどうしようどうすればー、と素早く思考を走らせて、俺は全力で厳しい表情を作り、重低音で告げた。
「どうしても」
 その表情がよほど鬼気迫っていたのか、俺の下心がすけて見えたのかは知らないが、二人の女子は揃って少し引いた表情で『ふーん……』と呟いて、食事を再開してくれた。

「おっまえさー、ごまかすの下手すぎっつーか……無駄に気合入りすぎだっつの! あの状況であの決め顔ってねーだろ、普通よー」
「う……ごめん。その、なんていうか……絶対に邪魔されたくないっ! って気持ちがつい、先走っちゃって……」
 学校が終わり、俺と陽介はそんなことを喋りながら鮫川沿いをてろてろと歩く。こういう友達とだべりながらゆっくり下校する楽しさを教えてくれたのも、陽介が最初だったりする。
「ほほー、なるほどぉ、お前実はそこまでやるくれーネタに飢えてたってワケ? 爽やかなイケメン面して、このムッツリめ」
「むっ……ま、まぁ否定はできないけどさ……陽介の家にお泊りっていうんで、すごくテンション上がってたのに、邪魔されたくないなって思ったらさ……」
 俺が本音の半分弱を語ると(もちろんそれも超本音ではあるんだけど、純粋にお泊りを楽しみたいって気持ちもあるんだけど! なんていうか健康な高二男子としてはエロティカルなときめきイベントが起こるかも! っていうのに寄せる期待が異常なくらいでかいんだよー!)、陽介はちょっと不意を衝かれたような顔になり、それから笑って俺の背中を叩いた。
「バッカ。フツーに考えろって、男二人がいるところに女子が泊まりにいったりはしねーだろ、親が止めるって、里中でもさ」
「あ……そっか。そうだよな。うわ、俺恥ずかしい奴だな……テンション上がりすぎて気づいてなかった」
「ははっ、ったく、お前ってば時々可愛くなるよなー、普段はいかにも冷静沈着な頼れるリーダー、って感じなのにさ」
「え、そうかな?」
「自覚なしかよ、ははっ……じゃ、俺家で待ってるわ。飯とか用意しないでいいんだよな?」
「ああ、俺が材料とか全部買ってくから。ああ、けど米はあるよな? さすがに他の材料と一緒に米一袋担ぐのはあんまりやりたくないんだけど」
「米って……大丈夫だって、あるに決まってんだろんなの。じゃ、楽しみにしてっからなー」
「ああ」
 分かれ道で別れ、俺は足早に家へと急いだ。もう菜々ちゃんはまだ学校へ行くのを許されてないのでまず家にいるだろうから、声をかけて俺が今日陽介の家へ泊まりに行くことを告げなくてはならない。
 菜々ちゃんを寂しがらせるのは本意ではないしできるだけ避けたい。けど、でも! この高二の冬、人生初のときめきエロティカルイベントになるかも!? 的なチャンスを逃がすとか、死んでもできないんだーっ!
 ……そんなことを思いつつ俺は家路を急いだ。家に戻ったら速攻でメニュー考えて買い物してこなくっちゃ。

「よーっす、いらっしゃーい」
「お邪魔します。……陽介の家に来るの初めてだけど、けっこうおっきい家だな」
「そうかぁ? ま、こっちは土地も家も安いからな」
 なんてことを話しつつ両手に買い物袋を持った格好で家の中にお邪魔する。やっぱり専業主婦の人がいるからか(陽介のお母さんは専業主婦らしい。まぁ八十稲羽じゃ主婦が働けるような場所ってジュネスくらいしかないけど)、中はかなりきれいに片付いていた。
「やっぱりプロの主婦の技は違うなぁ……」
「なーに言ってんだよ。言っとくけど俺のハハオヤの作るメシよかお前のがうまいって思ったんだからな、俺」
「そ、それはすごく嬉しいけど。なんていうか……きちんと片付けてるつもりではあるんだけど、俺だとなんだか家の中がいまいちきちんとしてない感じがするんだよな。なんていうか、家事経験を積んできた年輪って奴かもしれないけど」
「年輪ねぇ……そういうもんか? ま……それはそれとして、だ」
 陽介はにやっ、とちょっとスケベくさい感じの笑みを浮かべ(ま、間近で親友のスケベくさい感じの笑い見れるとかなんという俺得……! とか思った)、俺と肩を組んですぐ間近から囁く。
「さっそくだけどさ……俺の部屋、行かね? もー準備は万端整ってるし、よ」
 ごくり、と俺は思わず唾を飲み込んだ。い、いよいよ、か……! いや、陽介の考えてるイベントと俺の考えてるイベントがかけ離れてるのはわかってるけど……!
「……うん。行こう」
 俺はたぶん緊張の混じりまくってるだろう、真剣な顔でうなずいた。俺はこれから、大人への階段を一歩上る……!
 ……いや、たぶん俺が期待するようなドキドキイベント一切ないとわかってはいるんだけどさ、理性ではさ……ちぇっちぇっ。

 陽介がカーテンをしゅっと引いて、部屋の中が暗くなる。
「電気とか、つけた方がいいか? 俺的には映画っぽく暗い中で見た方が好みなんだけどさ」
「あ、うん、いいんじゃないか。……でも、陽介の部屋って、初めて来たけど……」
 ついつい周囲をきょろきょろ見回して、呟いてしまう。
「なんていうか、陽介らしい部屋だな。お洒落なとことか、生活感とかも含めてさ」
「えー、そーかぁ? これでもお前来る前に必死こいて片付けたんだぜ。いつもはクマの奴がおもいっきし散らかしやがるからよ」
「うわ、そりゃ大変だな……でも、きれいに片付いてるよ。やっぱり陽介ってマメだよな」
「お前にゃ負けるって。……んじゃそろそろ、いっか?」
「……うん」
 いよいよだ。
 俺はごくり、と唾を飲み込みながら、陽介と一緒に並んで座った。陽介がベッドに背を預けてるので、同じように並んで背を預ける。
 暗くなった中で、陽介が目の前のテレビの電源を入れる。続いてDVDプレーヤーの電源を入れ、中に入れたものを再生する。ぶんっ、という音がして、液晶画面に映像が映った。
 ……とたん、喘ぎ声が(けっこうな大音量で)流れ出す。
『アンっ、アッあっあっアンっ』
 初っ端から本番モードかいっ、と思いつつとりあえず画面を見る。画面の中では女優を男優が後ろからガンガン貫いている。
 当たり前なんだけど、画面の中では女優が大写しになり、男優は後ろの方で足とか腹とかがちらちら見えるくらいでまともに映ってはいない。つまり俺的にはほとんど見る意味がないんだけど、まぁそのうち男優が大写しになるシーンとかあるかもと思いつつ見続ける。俺も一応(性癖をあんまりはっきり自覚してなかった頃に)男女もののAV見たことがあるんで、そういうもんだとわかってはいたから。
『アッあっアッアンっ、イアンっ、ひぅんッ』
『どうした、おぉ? これがイイのか、あぁ?』
 お、男の声、と思わず画面の中を見やる。画面が少しずつ移動し、セックスシーンを横から眺めるような状態になっていく。
 おお、と俺は思わずかぶりつきで画面の中を見つめる。男優の逞しい体がつぶさに見える状態になっていき、そのがっしりした太腿とか、厚い胸板とか、引き締まったお尻とかが躍動感を持って動いているのが映り、そしてその結合部へとカメラが近づいていき――
 ちっ、と俺は口の中だけで小さく舌打ちする。やっぱ結合部はモザイクか……! いや、ぶっちゃけ女のアソコはどうでもいいんだけど、男の方……ペニスはぜひとも見たかったのに……!
 じゅぶじゅぶとかなりでかい音を立てて(演出なのかもしんないけど)ペニスがヴァギナの中をピストンする。モザイクの向こうから見えた感じによると、この男優のペニスかなり長くて太い感じだ。うわーちくしょう生で見てぇぇていうか触りてぇぇ、と思いつつ俺はじっとテレビの中を観察する――
 と、つんつん、と隣からつつかれてはっとした。し、しまった、数瞬とはいえ陽介のことを忘れて見入ってしまったァーっ!
 いや見入るっつってもほんの数瞬だし、まさか俺が男の方ばっか見てたとは気づかないよな気づかないていてくれ! とおろおろしまくる俺をよそに、陽介はにやっとからかうような笑みを浮かべて、つんつんと俺をつつきつつ言った。
「なーに見入っちゃってんだよ、お前さぁ」
「え、や、その……」
「や、お前もなんのかんの言いつつ男だったんだなー。AVにそんなマジ顔で見入っちゃってさぁ」
「え、と、あの……」
「や、悪ぃ悪ぃ。たださ、なんか安心したんだよ。普段澄ました顔してっけどさ、お前もやっぱ、なんつの、俺と同じでその、エロいことに興味アリアリだってのがわかって嬉しかったっつーか……」
 俺は思わずかーっと顔を赤くしたが、陽介の顔からはにやついてはいるものの、確かな嬉しさが感じられる。……本当に、そーいうこと、気にしてたのかな。まぁ普段陽介とエロ話なんてしたことないけど(だって俺ホモだから女のエロ話なんてしても楽しくないんだもん)……寂しい思いとか、させちゃってたんだろうか。
「なんていうか、その……ごめんな、陽介……」
「バッカ、なーに謝ってんだよー。そもそもエロいもん見よーぜって集まったんじゃねーか。あ、なんだったら今ヌいてくれちゃってもいいぜ?」
「え、えぇ!?」
 こ……これは! も……もしや! い、いきなりの……エロティカルときめきイベント襲来!?
 俺は心臓をどっきんどっきんいわせて緊張しまくりながら、必死に頭を回転させた。ここでなんとか、ときめきイベントが起きるようにもっていかなくては……!
 俺は少し照れくさい、という笑顔を作りつつ、さらっと言ってみせる。
「えー、けど、俺ばっかりっていうのもなんか恥ずかしいんだけど。陽介は一緒にしてくんないわけ?」
「え、えぇ!? や、いーよ俺は、別にんな、飢えてねーし!?」
 恥ずかしそうな笑い声を上げてのけぞってみせる陽介を、内心の焦りやら盛り上がりやらを全力で隠しつつつんつんとつつく。
「普段はクマくんが一緒にいるからそんなにのびのびできないんだろ?」
「や、そ、そりゃそーだけどさぁ」
「それで今回こんなめったにない大チャンスが訪れたんじゃないか。ここでちょっと恥ずかしいからって尻ごみしてたら、絶対後悔するって」
「いや、まーそうかもしんないけど、なぁ?」
 照れくさそうに笑ってこっちをつつき返してくる陽介に、もう一押し! と気合を入れて、俺は照れくさそうな、けど底に真剣さをにじませた顔で、陽介を見つめて笑った。
「それに、なんていうか、さ。俺は……陽介だったら、ちょっとくらい恥ずかしいとこでも見せられるって……お互いのそーいうとこ見ても、俺たちの間の、その……絆みたいなのは絶対なくなんないって信じてるから、さ……」
「……在」
 なんていうか内心でオイオイそれって詭弁じゃないのか、と突っ込みが入りそうな台詞だけど(いやでも正直な気持ちではあるんだ! と猛る感情で無理やりその声をねじ伏せた)、陽介の心にはうまく届いたらしかった。ごくん、と唾を呑み込んで、ちょっと真剣な顔になってうなずく。
「わかった………」
 ………っしゃあああぁ―――っ!!!
 内心でそう叫びつつも、表面上はあくまでちょっと照れくさそうな顔のまま俺は笑う。
「なんていうか、こんなことで語ることじゃないかもしんないけどさ……」
「だよなぁ。ぶっちゃけ、いい話っぽくなってるとこが逆にビミョーだわ」
 陽介も照れくさそうに笑みつつも、ちょっと恥ずかしそうな……でもちょっと嬉しいような気持ちもあるような、そんな顔をしている。うわぁ……なんていうかもう、感情値マックスってすごすぎる……!
「でもさ、それはそれとして、やっぱりせっかくの機会なのにできないって嫌じゃないか?」
「はは……まーなー。こーいう時、男同士のありがたみっつーの実感するわ。クマにはそーいうの期待すんのとか無理だし」
「確かにな……えっと、それじゃ、いっせーのせ、で一緒に脱ぐ、っていうので……どうかな?」
「うわ、またはっずかしーノリだな……ま、まー、いーけどさ……」
 照れながらも、お互いベルトを解き、ズボンのホックを外す。お互いちらちらと赤くなっている相手の顔をうかがいつつ、ぐ、とズボンに手をかけた。
「じゃあ……いくぞ?」
「お、おう。……っつか、お前、ズルすんなよー? 俺だけ脱がせるとかマジナシだかんな?」
「しないよ、そんなの絶対。俺だってそんなことされたらどれだけ恥ずかしいかとかわかるし……」
「はは、お前マジそこらへん律儀だよなぁ……じゃー……いくか?」
「ああ。いくぞ……いっせーの……せ!」
 ……脱ぐ時は、それこそ心臓爆発するんじゃないかってくらいドキドキした、けど……思いきって、全力でズボンをずり下ろして……俺たちは、一緒に、股間を露出させた。
「…………」
「…………」
「……なんていうか……は、ハズカシーよな、やっぱ……」
「確かになぁ……」
 照れ笑いをする陽介に俺も照れ笑いを返したけど、心の中では「うおおおぉぉぉーっ!!」と吠えまくっていた。
 だ、だ、だって、陽介のアレが……ペニスが目の前にあるんだぞ!? 俺も陽介に見られてるんだぞ!? うわぁ、うわぁ、うわぁぁあ……ちょ、ま、なんという状況……!
「ん、んっだよぉ、んなじろじろ見んなって……」
「あ、ごめん……なんていうか、他の人のをまともに見るのって初めてだから、つい、気になっちゃって……」
「ま、まーわかるけどさ。……お前のってさ、ちゃんと、その……ムケてんの?」
「や、その、一応普通に先っぽは見えてるんだけど……ただこれがちゃんとムケてるってことになるのかどうかよくわかんなくて……」
「だ、だよな。俺も実はわりとそんな感じ……っつかさ、AV見てもどれも肝心なとこはモザイクじゃん! だからどーいうのが正しいのかよくわかんねーっつーかさ……」
 お互い股間を露出させながらもそんなことを話し合う。俺はもうドキドキしまくって完全勃起してたけど、陽介のは半勃起くらいに留まっていた。やっぱ、こういうシチュって陽介的には恥ずかしいだけなのかなと思うとちょっと寂しいものはあったけど、それでも自分につきあってくれる陽介の存在が死ぬほど嬉しくありがたい。
「つ、つーかぁ! お互いばっか見ててもしょーがねーじゃん、せっかく飽きるくれーネタがあんだからさ、そっち見ようぜ!」
「あ、う、うん」
 恥ずかしさをごまかすために怒ったような声出しました、とはっきりわかる陽介の声に、俺は慌ててテレビの方に向き直る。テレビの中では男優が女優をバックから攻めているところの結合部をあおり気味に映しているところだった。うお、男優のケツが映ってる! しかも下からのぞきこむような形に! と俺はぎんっと目を光らせた。
『オラ、オラ、オラァ、イイのかよ、イイのかよこれが、あぁ?』
『アン、やっ、アン、あアン』
 女優の喘ぎ声邪魔だなー、と思いつつも、俺はかぶりつくようにテレビの中を注視する。男のケツとか太腿とか、モザイクがかかっているとはいえペニスとかをまじまじ見れる機会なんてそうあるもんじゃない。それに幸いこの男優わりとイケメンだし。
 と、ふいににちゃ、という音が聞こえ、俺は反射的に陽介の方を見やり、目をみはった。
 陽介が、自分のペニスを握っている。テレビの中を注視しながら、自分のペニス(俺と大きさも形も似たような感じだった)を握り、少しだけ息を荒くしながら、しゅっ、しゅっとゆっくりしごいている。
 俺の脳味噌はぼうっとばかりに燃え上った。よ、陽介が、大切で大好きな親友で相棒が、俺の隣で、AV観ながらちんちんしごいてる………!
 たまらずに俺も自分のペニスを握る。しゅっ、しゅっと陽介より少し勢いよくペニスをしごいた。視線はAVの方に向けてはいるんだけど(そしてその中の男優のエロショットを全力で堪能してはいるんだけど)、俺の意識はやはり半ば以上陽介の方へと向かってしまっていた。
 怪しまれないように、と必死にできるだけ前の方を見ながらも、目の端でちらりちらりと陽介の方をうかがってしまう。陽介のペニスを、ちんちんを、ズボンを半ばまでずり下ろして股間を露出させている恰好を、わずかに荒くなった息遣いを、赤くなった頬を、何度も唾を飲み込んで鳴る喉を、そしてそんな親友の隣で俺もズボンをずり下ろしてちんちんをしごいているというシチュエーションそのものを。
 ああ、真正面から見たい、オナニーしてる陽介をあますところなく観察したい! と腹の底から焦げるような欲望とともに思う、でも駄目だ、そんなの駄目だ、と必死に自分を抑えてチラ見だけに留めて必死にテレビの中の男優の裸に注目する。でも隣から聞こえる荒い息遣いに、我慢できずちらりちらりと視線を送り、一瞬でできる限り陽介のカッコよくも可愛い顔を、しなやかな体を、股間の俺と同じぐらいの大きさのペニスを、それをしごいているところを必死に見て覚えようとしてしまう。
 ドキドキ、なんてものじゃなかった。欲情と愛情と背徳感の混合で脳味噌が爆発しそうだった。親友の陽介を、こんな近くで、してるところを、俺がこんなこと考えてるなんて考えもしてないだろうに、可愛い、カッコいい、触れたい、男優の尻、ずちょずちょ動いてる、俺って最低だ、でも嬉しい、陽介のちんちんが、しごいてる、息が荒くなって、AV見てて―――
「っ、ぁ………!!」
 ぎりぎりでティッシュが間に合った(ティッシュは俺と陽介の間に箱が配置してあった)。上から押さえつけたティッシュの中に、どくん、どくんどくんどぷっどぷっ、と俺は大量の精液を吐き出し、はぁー、はぁー、とゆっくりと、けれど荒い息をつく。
 こんなに早くイっちゃったのをもったいないとこっそり思いながらも、俺はちろりと陽介の様子をうかがう――と、陽介もこちらの方の様子をそろそろとうかがおうとしていたみたいで、ばっちり目が合ってしまった。
「…………」
「………え、と……」
 数瞬お互い真っ赤になって固まってから、陽介は照れていますといわんばかりの顔つきで俺を肘でつつく。
「んっだよもー、お前、はっぇえなぁ。んなに溜まってたわけ?」
「そ、そういうわけじゃ、ないけど。なんていうかその……ごめん、我慢できなかった……」
「や、それはいーけどさ。誘ったの俺だし……けどさ、なんつーかその、お前に先にイかれたらこっちイきにくくなるじゃん?」
「あ、そ、そっか、ごめん……じゃ、じゃあ俺、後ろ向いてようか?」
「え、い、いーよそんなん! なんかそーいう風に気遣われるのも逆にアレだし……もーちょっとだし、そこにいていいって」
「え、そ、そうか」
 そうして俺は、精液を受け止めたティッシュをゴミ箱(これも俺たちの間に置かれてあった)に捨て、股間を露出させたままで(いや俺だけ普通に服着てる状態に戻るの申し訳ない気がしたんだよ!)陽介がイくのをこっそり見守った。陽介の息がだんだん荒くなっていって、「うっ……!」って声と同時にイったのを横目でしっかり観察し、俺の方もまたビンビンになってしまっていたので、陽介がイった直後にそそくさと出した(もー二発目かよー、と照れくさそうにつつかれた)。

「はぁ……なんか……腹減ったな」
「あ、じゃ、飯作るよ。一応メニューは考えてきたけど……なんか食べたいものがあったら作るけど?」
「や、いいよ、お前の飯うまいし。……ちなみに考えてきたメニューってナニ?」
「鳥の竜田揚げをメインに、肉じゃがと高菜の辛子和えとタコサラダとじゃがいもクリームスープ。陽介ビシソワーズ好きだって前に言ってただろ? 温かいじゃがいもスープでおいしいレシピ見つけたから、作ろうかと思ったんだけど」
「お! マジマジ!? うまそうじゃん、食うの今から楽しみだぜ!」
「はは……じゃ、ちょっと待っててくれな」
「……なんか手伝おっか?」
「え? いいよそんな、俺の方が招待してもらったんだし」
「いや、それ言ったらお前の方がお客様になんじゃん。なんつの、俺らが食う飯を相棒にだけ作らせてるっつーのもなんかこう、申し訳ないっつーか……」
 そんなの気にしないでいいって――と言いかけて、俺ははっとした。こ、これはもしや、もしかしたら、二人で一緒に並んでご飯を作る、っていうおいしいシチュを味わえる機会なのでは……!?
 なにを不純なことを考えているんだー、と俺の中の真面目な部分は叫んだけど、いやでも向こうが手伝ってくれるって言ってるんだしちょっとくらいいんじゃね? 仲よし同士が一緒に料理、って普通じゃね? と俺の中の欲望に正直な部分に説得され、俺はついつい言ってしまった。
「じゃあ……じゃがいもの皮、剥いてくれるか? けっこうたくさん使うから、手伝ってくれると早くすむと思うんだけど……」
「うっし、了解っ!」
 そして、俺たちは二人で並んで料理をし始めた。陽介はひたすらじゃがいもの皮を剥き(ピーラーでわりと平らな部分を剥いて残りを包丁で削るように剥く、というやり方。普通なら包丁でやった方が早いんだけど、料理初心者にはこのやり方の方が楽かと思って)、俺は手早く米を研いで竜田揚げの下ごしらえをし、肉じゃが用の具とスープの準備をし、と忙しく働く。
「うお、なんつー手の早さ。在ってマジ料理人になれんじゃねーの?」
「そんなわけないって、プロとアマとじゃ全然違うよ。普通に料理作ってる主婦だったら俺くらいのなんてごろごろいるって」
 そんな会話も交わしちゃったりしちゃいつつ。
「……ナニ? 相棒、お前なんかやけに機嫌よくね?」
「え? そうかな?」
「ぜってーイイって、なんか鼻歌とか出ちゃったりしてるし。なんか楽しいことでもあるワケ?」
「え……いや、だってさ」
 そりゃー俺的には陽介のお家にご招待、しかも二人っきり、なんて気持ちが否が応でも盛り上がっちゃうことではあるんだけど(さっき陽介がイくところという、すさまじくイイところも見せてもらったりしたし)、それをそうはっきり言っちゃうわけにはいかないのでさらっと言ってみせる。
「なんていうか……プチ同居、みたいな感じがするな、って思うと、テンション上がっちゃってさ」
「へ……プチ同居?」
「なんていうかさ……たとえば、俺たちが大学とか行った時に、同居とかすることになったら、って俺何度か考えちゃってたからさ。もし陽介と一緒に住むことになったりしたら楽しそうだな、とかさ……ついつい夢想しちゃってたから」
 妄想と言った方が正しいのかもしんないけど、そこはちょっとでもイイ感じに聞こえるようにしておく。だってさぁ、マジで楽しそうじゃないか陽介と同居とか! 一緒にひとつ屋根の下で、家事分担したりご飯食べさせて喜んでもらったり、ちょっぴりエロティカルなときめきイベントとかも起きるかもしれないし(いや妄想だとわかってはいるんだけどね!?)、なにより朝起きたら普通に陽介がいて帰ったら普通に陽介が出迎えてくれるとかそれだけでめっちゃ嬉しいもん!
 そんなことを言うと、陽介はちょっと驚いたような顔をしてから、照れくさそうにへへっと笑ってみせた。
「んっだよ、それマジで言ってんの? 俺お前みてーに家事うまくできねーぜ?」
「別に家事やってもらいたくって同居するわけじゃないって。ちょっとの間でもさ、陽介と一緒に……役割分担決めたり、普通に部屋の中でくだらないこと喋ったりとかさ、一緒にご飯食べたり一緒に掃除済ましちゃったりとかさ、楽しそうだなって思うから……」
「……ま、気持ちはわかんねぇでもねぇけどさ。俺もぶっちゃけ、けっこ楽しいし?」
 顔を見合わせてにやりと笑ってみせる陽介に、俺もにこりと笑みを返す――その内心ではうおおぉおとばかりにエナジーが燃え上っていたけれども。だってだって俺と一緒に料理するの楽しいとか同居したいって気持ちわかるとか本気嬉しすぎなんですけど!
 そんなことを喋りながら、俺たちは一緒に料理を作って一緒に食べた。いつも通りに、いろんな話題を振ってきてくれる陽介にうんうんとうなずくことしかできてなかったけど、それでもすごく楽しかった。頑張って作った料理も、それなりの出来だったし。
 それから陽介が準備してくれたお風呂に順番に入って(ちくしょうやっぱ一緒にお風呂とかなしかよ! ともああ今陽介は一糸まとわぬ姿で風呂の中に入ってるんだ……! というようにも思った)、それからまた陽介が準備しといてくれたお菓子とか買ってだべったりしつつ時にはまた一緒にAV観てオナったりしつつ、同じ部屋で一緒に寝て、朝起きたら陽介がヘッドホンしてオナってるの発見! というドキドキイベントを体験してしまったりしつつ、俺の人生初の友達の家でのお泊り会は過ぎていった。

「おう、お帰り。どうだった、お泊り会は?」
「ええ……すごく楽しかったです。ちょっと休んだら、すぐ夕飯の支度しますね」
「そんなに気張らんでいいぞ。今日は菜々子もいないんだしな」
「あ……そうか、また検査入院でしたね……すいません、そんな時に」
「気にするな。お前にはいつも世話になりっぱなしだからな、今回ぐらい俺に格好つけさせろ」
「はは……じゃ、失礼します」
「おう」
 俺は二階の自分の部屋へと上がる。そしてぴっちりとふすまを閉め、畳の上に寝転がり――「フオォォォ!」といつものように変態仮面的な声を心の中で上げながらごろごろ転がりまくる。
 た……楽しかった楽しかった楽しかったぁぁぁ!! よ、陽介と、感情値マックスの一見お調子者だけどその実気遣いの人の可愛いとこのあるイケメンとのお泊り会が、こんなにも楽しいものだったなんて……!
 なんていうかさ、エロ的においしいっていうのもあるんだけどさ、大好きな相手とこう、一日中一緒にいて一緒にご飯食べたり喋ったりたま〜にちらっとエロ的なドッキリシチュが舞い込んできたりとかって……本当、もうなんというかもう……これはいちゃついてるって言っていいんじゃないか!?
 ああ、幸せだ……大好きな相手と遠慮会釈なくいちゃつけるってなんて幸せなことなんだろう。もう……あと二人の間にあるイベントっつったら、もう……エロ的なっていうか、エッチ的なっていうか、その……AとかBとかCとかそういうことしかないんじゃないか!? あぁぁ……陽介とそーいうことができたら、幸せだろーなー……!
 ……けど、俺的には実は、そーいうことをなにがなんでもしたい、って気持ちは……まぁなくはないんだけど、そんなに強くはないんだよな。
 なんていうか……俺はゲイで、それを別に悪いとも思ってないけど、カミングアウトとかする気全然ないし。誰かとつきあいたい、って気持ちもないわけじゃないんだけど……それよりもなによりも、今の状態を壊したくないって気持ちがそれ以上に強くって。
 だってさぁ、俺の基本人格はどーしたってオタクで根暗で引きこもりだってのに、今はいろんな人間と絆を結べてて、命懸けて戦った仲間と、大切な家族と一緒にいることができている……なんつーかもうありえんほどの幸せ度でしょう! 自分がそんなにいいことをしたのかどうか疑問に思えてくるほどだよ、そりゃ世界救った的なことはしたけど!
 だからこんな幸せな状態を崩すというのがどうにも嫌で……そりゃ、正直は美徳だとは思うけど、実際俺がカミングアウトしたら絶対みんな穏やかならざる気持ちになるだろうし。
 女の子たちはみんな友達だからまだしもだけど……少なくとも男性陣は、嬉しくないだろうな。ちょっとは気持ち悪いとか考えるかも。やっぱ……みんなに、ちょっとでもそういうことを思われるのは、正直キツイ。今までが幸せすぎたから、よけいに。
 なんていうか……今の状態って、本当に、人生で一番ってくらい幸せなんだろうなぁ……。それを崩すことって、自分から崩すなんて、少なくとも俺にはできそうにない。
「……よっし」
 数度深呼吸して、立ち上がる。こんなことをしてる場合じゃない。少なくとも、遼太郎さんはお腹を空かせてるんだから!
 そう気合を入れて、俺は階下へと降りていった。

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