町の人々
 オルテガの息子でまだ功績を残したわけでもないのにさっき『勇者』の称号を得た少年、リクト・フランズベールは心の中で渾身の気合をこめて世界を呪った。
『世界のバカヤロー、太陽のバカヤロー、青い空のバカヤロー』
 別に魔王のように世界を支配したり滅ぼしたりしたいわけではない。ただ、この状況が。
『おかしいだろ。どう考えたって普通じゃないだろ。どーかしてるだろこの状況! なんで俺ばっかりこんな目に合わなきゃなんないんだよ!?』
 そうだ、こんな状況下で世界を呪わずにいられるほど自分はお人よしにできていない。こんな理不尽な状況どう考えたっておかしい。こんな、こんな。
「ほうれ、リクト。大好きなチンポじゃぞ」
「んっ、むっ、むぅ……」
 大好きなわけあるか! と叫びたいところだが口の中にペニスが突っ込まれている状態ではそれもできなかった。そもそも相手は自分の住んでいる国の国王だ、逆らえるわけがない。
「まったく、いやらしい顔をしおって。そんなにわしのチンポがうまいか?」
「こっちの口もきゅうきゅう締めつけてくる。いつもながら名器だな。昨日もどうせ何十人って男にヤられたくせに」
 王子が嘲るように言いながららんらんと輝いた目でリクトのアヌスに差し込んだ指を蠢かせる。人聞きの悪いこと言うなよ! と叫びたいところではあるが、口に(以下略)その上事実とあんまり変わらないことを言われているのだから反論のしようがない。
 王子が指をくいっと曲げる。しなやかな指がリクトのアヌスのイイところを押し、リクトは思わず声を上げた。
「んあんっ……」
「くっくっく、まったく感度がいいな、お前は。正直、手放すのが惜しいわ。オルテガの息子でさえなければ城で飼ってやったものをな」
「まったく同感です、父上。女なんかよりよっぽどいい……このすべらかな肌! このこりこりの乳首ともしばらくはお別れかと思うと」
「や、はぁっ」
 飼われてたまるかコンチクショー! 変態! と叫び(以下略)。しかも実際男にしては驚くほど大きな乳首を舐められ、素っ裸の上につけられた首輪を引っ張られて感じてしまいまともに声が出ない。
「ハァ……ハァ……勇者殿……」
「ハァ……ハァ……すっげぇエロいっスよ、勇者さん……」
 しかも周囲は今日の当番の近衛兵が下半身を丸出しにして取り囲んでおり、そいつら全員自分をおかずにして自身のペニスを扱いているという異常なこの状況。しかもその異常な状況が物心ついたころから繰り返されているというそのおかしさ!
『この世界絶対どーかしてる!』
 リクトが(心の中で)そう叫ぶのも、当然であるといえよう(と、少なくともリクトは思っている)。

 そもそも生まれた時から自分は不幸の星の元に生まれてきたのだ。
 自分は生まれた時から男にばっかり可愛がられていたそうな。女に見せても『……まぁ、可愛いんじゃない?』と微妙な評価しか返ってこなかったのに、男に見せると『可愛い! めちゃくちゃ可愛い!』『こりゃ将来すげぇ可愛くなるぜ!』となぜか目をらんらんと輝かせて言われたとか。
 それだけでもかなり普通ではないが、母の言うことには自分が零歳児の頃から男たちは自分と二人きりになる機会をうかがったり、裸を見たがったりしていたのだという。おかしいだろ、それ。どう考えたって変だろう? 涎たらしてる零歳児に欲情したとでもいうのか?
 それは血の繋がった父や祖父ですらそうだったとか。いつも一緒に風呂に入りたがり、一度こっそりのぞいてみた時には嬉しげに自分の体中を舐め回しているところを見てしまったりしたのだという。
 そして、自分が六歳の時、とうとう自分は襲われたのだ。父に。
 父に部屋に入ってこられ、服を脱がされた時は、自分はなにがなんだかよくわかっていなかった。
『おとーさん、どーしてぼくのふくぬがすの?』
『いいかいリクト、これはお父さんがお前を大好きだって示すために必要なことなんだよ。リクトはお父さんのこと好きかい?』
『うん、だいすき!』
 今思えばそんなうかつなことを言うなー! と叫びたいところだがその頃の自分はまだ六歳だった。父は(今思い出すとその顔はぼんやりした影にしか見えないのだが。そのあとすぐ死んでしまったから記憶に残っていないのだろう)嬉しそうに笑って、自分も服を脱いだ。
『じゃあ、お父さんがいいこと教えてあげようね。これは大好きな人同士なら必ずすることなんだよ、ハァハァ』
『そーなの?』
『ああ。さぁリクト、お父さんのおちんちんをしゃぶってごらん』
 その時目の前に突き出されたペニスの大きさ。今でもはっきり覚えている。父の顔は覚えていないのにペニスの大きさは覚えているなんて変態みたいで死ぬほど嫌なのだが、それだけ初体験は衝撃的だったということなのだろう。
『やっ、おとうさん、いた、いたい』
『大丈夫だよ、すぐによくなるからねっ……あぁ、イイ、リクト、可愛いリクト、ハァハァ』
 六歳児に手を出すなんてとんでもねー鬼畜だと思うし、そもそも六歳児の体に大人のペニスを突っ込むなんて不可能だ! と思うのだが、オルテガはそれをやった。オルテガが上手かったせいではないと思う。だって六歳児だというのに、物理的に性交など不可能な年齢のはずなのに、ちょっと痛いくらいで、最後には。
『あ、おとーさん、おとうさん、だめ、や、だめ、あ、や、あ、あぁぁーっ……』
『リクト、俺のリクト、可愛いよ、ああ、たまらん、イイ、すごい締まりだ、イくっ!』
 気持ちいいと思い、絶頂感すら(射精はしなかったはずだ、いくらなんでも)感じてしまったのだから、実際自分の体はどーかしている。
 そう、自分の体はおかしかった。男だというのに、なにか呪いがかかっているとしか思えないほど男と性交するのに向いた体だった。
 体からは常に男をエロい気分にさせるフェロモンを垂れ流し(もう役に立たないだろうお爺さんにもまだ第二次性徴を迎えてすらいないような子供にも押し倒されたことがあるのだ)、アヌスは感じると濡れて馴らさなくても挿れられ(普通男はそんな場所が濡れたりはしないし馴らさずに挿れたらどんなに慣れてる奴でも傷がつくといわれ驚いた)、別に性欲が盛んなわけでもないのに何度でもヤれる(触られたらそれまでに何度イっても勃ってイってしまうのを感心されそれは普通じゃないのだと初めて知った)。明らかに普通ではないのは育つにつれどんどんとわかってきた。
 母に相談して医者にも診てもらったりしたのだが、病気ではないとしかわからなかった。ある一人の医者などは『おそらく天があなたを選んだ証なのでしょう』と言う。
 こんな証なんていらねぇぇ! と何度叫んだことだろう。初めてをオルテガに奪われて、オルテガがいなくなってからは堰を切ったように祖父やら近所のいろんな年頃の男やらに押し倒された。
 その頃は実はなにがなんだかよくわからないでされるがままになっていたのだが(押し倒されるたびにしっかり感じてしまっていたし)、初恋の少女に若い男に犯されているところを見られ(どうやらその男が少女の好きな男だったらしい)、変態! 気色悪い! どうかしてる! と罵られ――そういうことが何度もあって、こういうのはおかしいのだと知り、それを嫌悪するようになった。
 だから母の勇者教育を受け入れ、剣術も魔法もしっかり修行して、今ではそんじょそこらの奴には負けない腕前になった。なのに――自分は女の子にはさっぱりモテず、どころかむしろ街中の女の子に総スカンを食らっている状態で、今でも男にばっかり襲われている。
『そりゃそーよ、自分より男にモテる男になんて女が近寄るわけないじゃない』
 母はあっけらかんと言う。母はなんというか飄々とした人で、そのくせ勇者教育にはやけに熱心で、男にヤられるぐらいのことなんだ、それで便宜を図ってもらえるなら股ぐらいいつでも開け、とか当然のように言う女だった。母親とは思えない。そりゃ、夫や義父が息子に手を出すような状況ではそのくらいでなければ生きてこれなかったのかもしれないが。
 だから、自分は決めたのだ。もう、魔王を倒すしかない、と。
 魔王を倒して英雄になれば、きっと女の子にモテモテだ。お嫁さんになりたいと言ってくれる子だっているに違いない。そうなればもう絶対、男になんか襲われなくなる。
 可愛い女の子と結婚して幸せな家庭を築く! それがリクトの夢なのだ。
 ……その夢を叶える旅の初っ端から、しっかり男に襲われたりしているけれども。
「ちくしょー……あの変態王族……」
 王と王子に二回ずつヤられ、近衛兵たちにペニスを押し付けられ精液をかけられて。いつも城に来る時のように湯浴みをさせてもらい、ふらふらしながらリクトは城を出た。別に二回程度で腰にくるほどヤワではないが、勇者の称号を与えられ速攻で王と王子に部屋に連れ込まれ犯され、気分的にぐったりしていた。兵士たちがなぜか遠巻きにこちらを熱い視線で見ていたり、侍女たちは冷たい視線で睨んできたり、やっぱり旅立ちの時ですら王妃と王女は顔すら見せてくれないというのがその気分に拍車をかける。
 城を出て、リクトはどんよりと暗雲を背負いながら街を歩いた。道行く人々のうち、男はこちらを見ると確実に顔を赤らめ息を荒くするが、女はいかにも嫌なものを見たとでもいうように舌打ちして足早にその場を立ち去るのが大半だ。リクトの顔と性質はほとんど街中に知られている。
 早く家に戻って荷物を取ってこよう、とリクトは足を速めた。さっさとルイーダの酒場に行って仲間たちを探さなくては。
 と思いつつ商店街を歩いていると、声をかけられた。
「やぁ、リクちゃん!」
「…………!」
 びくん、と半ば飛び上がってから、リクトは声のした方を向いた。そこにはアリアハン商店街の店主のみなさん(全員男)が揃い踏みしている。にこにこ笑顔の中年男たち(若い男も何人かいた)にひきつった笑みを返しながら、リクトは訊ねた。
「あの。なにか……?」
「なにかって冷たいなぁリクちゃん。今日旅立つんだろう?」
「別れの挨拶くらいしてくれてもいいじゃないか」
「いえ、あの、すいません、俺急いでますんで……」
 後ずさりするリクトを、商店街のみなさんは素早く取り囲んだ。にこにこしながらどんどん包囲の輪を狭めてくる。
「ひどいなぁリクちゃん。俺たちあんなに仲良しだっただろ?」
「もうお別れなんて本当、寂しくてたまらないんだよ。まだまだリクちゃんを可愛がってあげたくてしょうがないっていうか」
「…………」
 リクトはなんとか逃げる隙間がないか周囲をうかがった。こいつら絶対、アレなこと考えてる。今までもこうして取り囲まれて、どこかに連れ込まれて、結局………してきた。
 旅立ちの日までそんなのはごめんだ、殴り倒してでも脱出してやる、と周囲を睨んだが、商店街のみなさんは少しも怯まず、にこにこしながら一歩を踏み出してきた。
 リクトはばっと拳を振り上げるが、それよりも背後の男が自分の顔に布を押し付ける方が早かった。つんとした刺激臭。リクトの体から力が抜け、くたくたと倒れこむのを男の一人が支える。
「本当にもう、リクちゃんは可愛いなぁ。何度も何度も同じ手に引っかかるんだから」
「こんな軽い媚薬なんぞであっさりその気になっちまうんだもんなぁ。……ほぅれ」
 くい、と服の上から乳首を撫でられて、リクトは思わず声を漏らした。
「んぁぅ……」
「こっちも。もう勃ってるぜ」
 他の男が股間を撫でる。リクトは「んっ!」と声をあげる。心の中では「んなとこ触るな変態ー!」と叫んでいるのだが、体に力が入らない。背筋がぞくぞくして、ぞわぞわして、体の芯が熱く震えるのだ。
「もう期待してるのかよ。この淫乱」
「はな、し……あぅっ」
 股間の盛り上がった部分をつぅっとなぞられてリクトは喘ぐ。なんで俺はこんなに敏感なんだ! と誰かに怒鳴りたいが怒鳴れる相手もいないしそれが可能な状態でもない。殴ってやりたいと理性は怒りに打ち震えているのに、体がいうことをきかないのだ。
「さぁ、来な。腰が抜けるまで可愛がってやる」
「いじめる、の間違いじゃねぇのか?」
「なに言ってんだこの子もどうせ期待してるんだからな」
 勝手なことを言う奴らに囲まれて体を隠されながら、体のあちこちを触られつつ、息を荒げながらリクトはいつも連れ込まれ犯されている家の二階へと連れ込まれていった。

 ふらふらしながらリクトはルイーダの酒場への道を歩く。
「……ちくしょー……あの変態店主ども……」
 数が多かったので全員一回ずつで終わりはしたものの、全員に突っ込まれ中出しされた。その上精液をかき出しはしたものの湯は使わされずに追い出された。いい年して盛っているくせに女房子供にはできるだけそんなところを見られたくない知られたくないというわけだ。バレバレなのわかってるくせに体裁だけ取り繕いやがって、とリクトは拳を握り締める。
 本当ならこれは強姦、じゃなくて強制わいせつだ。罪だ犯罪だ懲罰行為だ。なのにどーして自分はヤられっぱなしで訴えることもできないのか、というとなにより自分が恥ずかしくて思いきれないからだが(いまさらだろうがなんだろうが男に犯されてると訴え出るなんて男の恥だ)、訴えても退けられるだろうという予測もあった。なにせ法をつかさどる国王自身がその罪を犯しているのだ。
 そして、訴えても、争いになったら和姦ということで通されるのではないかとも思えてしまったりするのだ。心底腹の立つことに、無理やりヤられてるのは間違いのない事実なのに、最終的には、自分もあんあん喘ぎながらイってしまったりするから。そのせいで後から殴りつけるのもなんだか間が抜けているような気がしてできない。
「ううう、どちくしょー、青い空のバカヤロー……」
 本当にどうしてこんな体質に生まれついてしまったのか、と毎度お馴染みの悲嘆にくれつつ足を動かして足早にルイーダの酒場に向かう。ルイーダの酒場は繁華街、というよりはスラムに近い場所のど真ん中にあり、スリ置き引き強盗かっぱらい、そういう類の人間が一山いくらでうろついているといわれるほど危険なのだ。
 自分も何度かルイーダの酒場に行ったことはあるのだが、そのたびに――
 裏通りに入ったとたん、ざ、と数歩先ににやにやしながら現れた男たちに、リクトはため息をつきつつ腰の剣を確かめた。やっぱり今回も襲われるわけか。
 だけど今回は絶対ヤられないぞ、と覚悟を決めてリクトは男たちを睨む。男たちはヒュゥ、と口笛を吹いた。
「そんなに睨むなよカワイコちゃん。勃っちまうだろ?」
「すっげ、今睨まれた時ゾクッてきたー。なにこいつ、すっげエロくね?」
「うっわたまんね、早くヤっちまおーぜ」
 勝手なことをほざいている奴らの数は全員で五人。呪文を使えば簡単だが、呪文だと手加減をすることができない。さすがに殺すわけにもいかないだろう。
 となると、剣で死なない程度に殴り倒すしかない。リクトはそっと剣の柄を握り、鞘を外さないまま男たちに踊りかかった。
「うわ!」
「こ、こいつっ!」
 リクトは(オルテガの息子を勇者として認めさせるためにゲタをはかせた部分もあるにしろ)アリアハンの剣術道場で皆伝をもらった身だ。こんなチンピラごとき物の数ではない。深刻な傷をつけないようにと気遣いながら肩やら腹やらを打ち、十数秒でリクトはチンピラたちを全員地面に沈めた。
 よし、今回はヤられなかった! とすがすがしい気持ちで立ち去ろうとすると、ぐい、とズボンの裾を引かれる。まだやる気かしつこいな、と思いつつじろりと睨むと、その男は切なげな瞳でこちらを見つめてきた。
「待ってくれ……勇者」
「え……」
「あんた……勇者なんだろ? オルテガの息子の、今日旅立つ」
「そう、だけど……なんで」
「俺は以前、あんたを見かけたことがあるんだ」
「え、どこで?」
「ルイーダの酒場の前で、あんたは掃除をしてた……いっしょうけんめい……バーテンのおっさんに褒められて、あんたはにこって、たまらなく嬉しそうに笑ったんだ……」
「………う」
 ヤバい。この展開はまずい。
「一目惚れだった。それからずっとあんたが好きで……あんたが旅立っちまうって聞いて、一度だけでも、あんたの視界の中に映ってみたくって……」
「………うう」
 ヤバい。本格的にまずい。この展開は自分のかなり弱い展開だ。このままいくと、自分は確実にほだされるのが目に見える。
「あんたがもう旅立っちまうのはわかってる……でも、一度。一度だけでいいから……抱きしめさせてくれないか」
「うううう………」
 男の目は真剣だ。こういう風に真っ向から真剣に気持ちをぶつけてこられるとリクトは弱い。ヤりたいだけの奴ならぶん殴るくらいのことはするのだが。それを利用されて今までもさんざんヤられてきたことはわかっているのだが、でもこういう風に真正面からお願いされてしまうと。
「だ……抱きしめる、くらいなら……」
 うん、抱きしめるくらいならいいよな、大丈夫だよな。へんなとこ触らせなければ。平気だよな。
 リクトはそろそろと男に近づいて抱き起こし、ぎゅっと抱きしめた。とりあえず三十秒経ったら放すつもりで。
 だが十秒も経たないうちに、男の手がうごめき始めた。
「っ!? ちょ、待っ……んっ!」
 尻を揉みしだき、ズボンの上から後孔に指を突っ込み、股間を揉む。荒い息を耳に吐きかけ、ぴちゃぴちゃ、と音を立てて耳たぶをしゃぶり、服の裾から手を突っ込んで乳首を弄る。
「やっ、あっぁっ、抱きしめるだけって、抱きしめるだけって言ったのにぃ……あっんっ!」
「へへっ、すげぇ、もう勃ってやがる……乳首もこんなにぷっつり勃って、服の上からでもわかるぜ」
 服が持ち上げられ、乳首を口に含まれる。舐め、吸い、軽く噛み。荒々しい刺激にリクトの体の芯がかぁっと熱くなってきた。
「うそつ、あっ、きぃっ、や、ぁんっ」
「こんなにチンコ勃たせて、なに言ってやがる」
 男はぐいっとズボンをずり下ろす。確かにやや小ぶりなリクトのそこは、先端から先走りをしとど漏らしながらぴくんぴくんと震えていた。
「お前馴らさないでも挿れられるってホントかよ?」
「やっ、あっ、挿れない、でっ、ひゃんっ」
「すげぇ……マジで濡れてきた。マジで女のマンコみてぇだな。指、挿れるぜ」
「んぁ……!」
「うお……すげぇ、ぬるぬるのキツキツ。たまんねぇ……おい、ちょっと指挿れただけでチンコびくんびくんしてるぜ。なに、そんなに感じてんの?」
 言葉を発されるたびに、指を動かされるたびに、体中にぞくぞくと痺れるような快感が走る。男の言葉も、指技も、自分の体はすべてを快感として受け止めてしまうのだ。
 泣きそうな気分で男を見ると、男はごくりと唾を呑み込み、自分のズボンを下ろした。
「い、挿れるぜっ」
「ひぁ……!」
 ぐい、と男のペニスが自分の中に入ってくる。肉をかきわけ、粘膜を削り、奥へ奥へと。
 自分の奥に圧倒的な質量が打ち込まれる。何度も味わっている感覚だというのに、体の底からたまらない興奮と快感が湧き上がってきてしまう。
 ぱん、ぱん、ぱん。そんな音がするほど男は激しく腰をリクトの腰に打ち付ける。そのたびリクトの体とペニスは、じんじんするような気持ちよさに震えた。
「くっ、たまんね、すげぇ締まる、イイぜ、イイ、イイッ」
「やっ、あっ、ふぁ、ひ、あんっ」
「イイのかよ、イイんだろ、俺にケツ掘られて気持ちいいんだろ淫乱勇者さんよぉ!?」
「いっ、い、イイ、よぉ、気持ちい……」
 半ば理性を頭から吹っ飛ばして、涙も涎も垂れ流して、顔を快感に歪めて呻くリクト。なぜか男はそれを見て、獣のような声で吠え腰をさらに激しく動かし唇にキスしてきた。
「ん、んむ、んはぁ……」
 じゅぷじゅぱちゅぱちゅぽじゅぷっ。舌を絡ませ、唾液をすすりあい、唇を舐めあう。あまりに気持ちよくて今自分は無理やりヤられているのだということなど頭から吹っ飛んでいた。
「イくぜっ、イくぜっ、あーイくイくイくイくっ!」
 どぷどぴゅどっぷっ、と体の奥に白濁が注がれる。リクトの体を蕩けさせるその圧倒的な熱。腹の底がじんわりと熱くなり、ペニスの先からだらり、と白濁が垂れた。
 はぁはぁ、と荒い息をつきながら男がにやりと笑う。
「すっげ……マジでトコロテンしやがった。そんなにヨかったのかよ」
「…………」
 まだ熱の残る心と体で、リクトは必死にそっぽを向いた。死ぬほど恥ずかしい。体にはまだペニスが入り、後ろの刺激で射精した時特有の熱もまだ体に残っている。そんな状況でこんなことを言われると、自分はまた刺激ひとつで流されてしまう。絶対。
「へっへっへ、そんなにいじめてほしいならもう一回」
「ちょ……」
「リクト―――――――っ!!!」
 どでかい声が周囲に響き渡り、リクトはびくんとした。この声。生まれてから何百回何千回何万回と聞いてきたこの声。
「リクト――――――――っ!!!」
 どどどどど、と音を蹴立ててその声は近づいてきて、リクトの目の前で止まった。男が反射的に慌てながら身支度を整えようとする。
 だがリクトは、(ああまた面倒なことになったなぁ)と思いつつ頭を押さえた。この状況ではどう言い訳したってこいつは荒れるに違いないのだから、いっそさくっと済ませた方がいい。
 その声の主にして自分のよーく知っている幼馴染、ゼッシュ・クラプトンはおもむろに剣を抜いた。
「ひっ!」
「ちょ……ゼッシュ!」
「ぶっ殺ーす!」
 ぶおん、と凄まじい速さで真剣を振り下ろすゼッシュに、男は「ひぃ!」とか悲鳴を上げながら慌てて逃げ出した。というかちょっと斬られていた。
「待ちやがれ!」
 怒気と殺気がしこたま含まれた叫びを発し走り出しかけるゼッシュの足を、リクトは慌ててつかむ。こいつは放っておくと本気で相手を殺しかねないのだ。
「ゼッシュ、ちょっと待ってよ」
「リクト……!」
 ゼッシュは一瞬満面の笑みを浮かべてこちらを振り向くが、すぐにぶわっと瞳を潤ませてリクトに抱きついてきた。
「リクト……! なんて可哀想なんだっ、また襲われたんだな!? だから俺がついていってやるって言ったのに! 俺のリクト、なんて可哀想に! 待ってろ、今すぐお前を犯した奴らの皮を剥いで目玉をくりぬいて舌を切って八つ裂きにして首を送り届けてやるから!」
「いやいいから。いまさらだし、首なんかもらっても嬉しくないし」
「なんて心が広いんだリクト……! でもな、そんなことじゃ駄目だぞ、男はみんな狼で狼はすぐ図に乗るんだ! 話しかけられたら即ぶった斬るくらいの気持ちでいなきゃ!」
「それ犯罪者だろ……勇者がそんなんじゃ対外的にもまずいと思わないか?」
「勇者がどうとか関係ないっ! 大好きで大切で愛してるリクトの幸せのためなら、俺はなんでもするんだからっ!」
 悲痛な表情で叫び、抱きついてくるゼッシュ。リクトは微妙に噛み合わない会話に、はぁ、とため息をつきつつぽりぽりと頭をかいた。これだから王宮にもついてこようとするこいつをルイーダの酒場で待たせておいたのに。
 ゼッシュ・クラプトン。自分の幼馴染で、ほとんど物心ついた時からのつきあいで。
 十歳の時初めて犯されてから、毎日のように告白して(その上押し倒して)くる男だ。
 友達に犯されるというのはこいつが初めてだったから(近所のおじさんとかお兄さんとかならすでに何度も経験していたが)それなりにショックだったし最初はもう絶交! とか言っていたのだが、今では一応自分の一番の親友、ぐらいには認めている。馬鹿だし、自分に近寄る男を片っ端から敵視するし、毎日のよーにつきまとってくるのはウザいのだが。
 自分を好きで、本気で大切にしようとしてくれているのは事実っぽいので、ついついほだされてしまう。男同士で好きだとか愛してるとか結婚してくれとか本気で言ってくる馬鹿さには正直ため息が出るが。
 自分より四ヶ月年上であるこいつは、職業選択の儀で戦士を選んだ。そして実家は職人なのに跡を継がないのか、と聞くと当然のような顔をして答えたのだ。
『魔王を倒す旅には、職人よりも戦士の方が向いてるだろ?』
 その時ようやく、リクトはゼッシュが当然のように自分の旅の仲間になるつもりでいることを知った。仰天して、それから何度も『仲間は自分で見つけるから』と言っているのに、『なに言ってるんだ、遠慮するなよ』とにっこり笑われてしまう。
 実際、こいつはちーとも人の話を聞かない、面倒なやつなのだ。
「いいから、ちょっと後ろ向いててよ。俺これからルイーダさんの店行かなきゃならないんだ。さっさと後始末してさっさと店行きたいんだよ」
 今までの話が通じなかった経験を思い出してやや苛立ちを覚えつつぶっきらぼうに言うと、ゼッシュは真剣な顔で言ってきた。
「俺がやる」
「……はぁ?」
「お前の心と体につけられた傷を、俺が癒してやるっ!」
「な、ちょ、なに言って、わっ!」
 ゼッシュはリクトを押し倒すと、唇を押し付けてきた。リクトの唇を吸い、舌を突っ込み、口の中を舐め回す。
「……っ」
 痛い。乱暴すぎる。ゼッシュは万事につけて神経が雑すぎるのだ。リクトと一番ヤっているのはこいつじゃないかと思うほど数をこなしているのに、ゼッシュはちっとも上達しない。
「ちょ……ゼ、あっ!」
 口を離され文句を言おうと思ったが、それより早くゼッシュはリクトのペニスを口に含んだ。愛しげな顔で幹を口に含み、全体を舐め回し、亀頭を吸い、こちらを気持ちよくしようとしてくる。
 リクトは実はフェラチオをされるのに弱かった。他のなにをされてもリクトは感じてしまうが、自分の快感ではなくこちらの快感のために奉仕されている感じがするこの行為は自分を大切にされているようでちょっと嬉しくなってしまうのだ。
 しかもゼッシュのように、嬉しくてたまらないという顔で幸せそうにやられたら、テクがなくても。
「んっ、やっ、あっ、ふぅ……」
「リクト……ひもひいいは?」
「んっ、気持ちい……」
 あーもうなに言ってんだ俺そんな場合じゃないだろーにっ! と理性は叫んでいるが、体はゼッシュの愛撫に蕩け始めている。周囲のさっき殴り倒したやつらも目を覚まし始め、寝たふりをしてこちらの様子をうかがっているのにも気付いていたが、体の方はもう止められないほど昂ぶっていた。
 ゼッシュの太くて大きな指がアヌスの中に入ってくる。息を荒げながらもゆっくりこちらの体を気遣って後孔を濡らし、中を広げてくれる。ゼッシュにしては珍しい優しい愛撫に、本気でこちらを癒してくれるつもりなのかと状況をわきまえず理性を裏切ってずきゅんとときめいてしまうリクトの心臓。
「ゼッ、シュ、んっ……」
「リクト……好きだ、大好きだ、愛してる……」
 何度も愛の言葉を繰り返しながら、ちゅ、ちゅ、とあちこちにキスを何度も落としながら、ゼッシュはズボンを下ろしもはやビンビンにいきりたったペニスを取り出した。今まで数え切れないほどの男にヤられてきたが、その中でも最大級の大きさを持つそのペニスに、リクトは思わず唾を飲み込む。
「リクトっ」
「ゼッ……シュっ、あ……!」
 大きなものが入ってくる。体の中心にどでかい杭が穴を穿つ。壊されてしまいそうな圧倒的なその感覚。ゼッシュとする時は、いつもそれに翻弄される。
「リクト、リクト、愛してる、俺のリクトっ」
「ゼ、ッシュ、ゼッシュ、あ、あーっ……!」
 ゼッシュはいつもする時自分を愛してると言いまくる。その分重みがない、とか思ったりもするし第一自分は男と恋愛なんてしないといつも言っているのだが、こうも愛しげに囁かれながら激しく動かれると、どんどん、どんどん。
「ゼッシュ、あ、ゼッシュ、駄目、ゼッシュ、イイっ」
「リクト、リクトっ、俺のリクト、好きだ、愛してる、たまんねぇ、リクトっ!」
 ずんっ、ずんっ、と自分の最奥を突く圧倒的な質量。耳に響く愛の言葉。無骨で逞しい指が、リクトのペニスを腰の動きに合わせて扱く。
 さっきヤられたせいで体に熱が残っていたせいもあるのだろう、リクトの熱はどんどんと高まり、昂ぶり、放出を求めて上り詰め――
『イく……っ!』
 二人ほぼ同時に、絶頂を迎えた。
 そしてその直後、がつんと頭を蹴られた。
「曲がりなりにも天下の公道でなにをしている」
 絶対零度の響きで放たれるその声。リクトは思わず顔からざーっと血の気を引かせた。
「エイルさん……」
 エイル――エイルナン・サーヴェイスは冷たい軽蔑の視線で自分たちを睨む。
「お前らは獣か? 一応曲がりなりにもホモ・サピエンスの端くれなら、盛る前に時と場合を考えたらどうだ」
「うううう……」
 別に俺がヤりたくてこうなったわけじゃ、とかこれは不可抗力というやつで、とかぶつけてやりたい反論は山ほど思いつくが、それを口に出せるほどリクトは厚顔にはなれない。結局最終的には自分も気持ちよくなってしまったのは確かだし。それにうかつに反論したらこの人は十倍にして返してくるし。
 エイルは一年ほど前、ダーマから次世代の勇者に対する仲間候補として紹介された人だ。ダーマでは相当なエリートの賢者らしい。本来ならもう少し人数がいるはずだったのだが、アリアハンに来たとたん全員急激な腹痛に襲われダーマに帰らざるをえなかったのだそうだ。
 そして会ったその日にリクトを押し倒した男でもある。
 どうやらこの人はリクトの体を気に入り、自らの肉奴隷として認定したらしい。毎日というわけではないがダーマからルーラで飛んできては自分を犯し、リクトの体を思うさまもてあそぶ。リクトが他の男に犯されているのを見ると、そんな筋合いなどぜんぜんないというのに『お仕置きだ』と……まぁ、これってちょっと変なんじゃないかな、とリクトですら思うようないやらしい行為をしてリクトをいじめるのだ。道具使ったり、縛ったり、放置されたりとか。
 その上リクトが仲間は自分で見つけます、と何度も言っているにもかかわらず当然のように自分に同行する人間のような顔をして家に上がり込んだり旅の計画を立てるのに加わったりする。そしてそのたびに自分に駄目出しして嫌味を言う。正直リクトはこの人が苦手だった。
「うるせぇなっ、偉そうに言うな! 俺たちは愛し合ってるんだ、愛を確かめるのに時と場合なんて考えてる暇あるか!」
「愛し合ってないよ! 勝手に人の気持ちを決めるな!」
 厚顔にプラスして馬鹿で思い込みが激しくもあるゼッシュは微妙にずれた反論をした。リクトは突っ込みを入れるが、そんな言葉など耳に入っていないかのようにエイルはふん、と嘲りの笑みを浮かべる。
「愛? 笑わせるな、万年一方通行の分際で。第一下半身丸出しで愛を語っても説得力がないぞ、間抜けが」
「そ……そんなことはないっ! リクトだって俺のこと愛してくれてるもんな! ただちょーっと素直になれないだけなんだよな! 本当は俺たちラブラブで心の底で繋がってるんだよな!」
「……ほう? そうなのか、リクト? 俺は貴様の頭が悪いのは知っているが、いくらなんでもこんなボケ犬と愛し合うほど脳味噌が腐っているとは思っていなかったんだがな?」
「なんだとっ」
「そもそも、だ。リクト、お前は俺の奴隷だろう? その分際で他の男に股を開くとはどういう了見だ。貴様にそんな権利があると思っているのか?」
「なに言ってやがるクソ野郎、リクトは本当は俺のことが好きなんだもんな? 将来を誓い合った仲なんだもんな? ただあんまり優しすぎるから他の男に言い寄られるのを断れないだけなんだもんな?」
 こちらをぎろりと睨むエイル。きらきらした瞳で見つめてくるゼッシュ。アヌスから精液をかき出す暇もなくズボンを上げて身支度を調えていたリクトは(たっぷり二回分の精液が尻の奥からだらりと漏れてくるのが分かった)、困惑顔で二人を見つめた。男の奴隷も許婚も、はっきり言ってごめんだ。しかしこの人たちが自分の意見など聞いてくれるわけがないのは明らかで、どうしたものかと考え込む。
 と、そこに助けの声がかかった。
「おい。そんなことを話している暇があるならリクトを店にまで連れてきたらどうなんだ」
『なにぃ?』
 そこに立っていたのは銀の髪に海より透き通った蒼い瞳の背の高い男だった。リクトはひどくほっとして、思わず叫ぶ。
「ジェドさん……!」
 ジェド――ジェレッド・フィルダー。盗賊の男だ。
 一年前自分がいつものごとく男どもに襲われているのを助けてくれて、それからもなにかと気にかけてくれている人。優しくて、格好のいい大人の男だ。
 なにより自分を押し倒そうとしない! この一点でリクトのジェドに対する信頼は海より深いものになっていた。そんな男、今まで会ったことがなかったのだから。
「おいジェド、偉そうなこと言うなよ。お前何様のつもりだ?」
「貴様ごときにこいつに対する言動を云々される覚えはないな」
「……少なくとも、俺は旅立とうとする人間をくだらん妄想で悩ませる奴らよりは常識をわきまえているつもりだ」
「なんだとぉっ!」
「貴様……」
「行くぞ、リクト。こいつらの妄想につきあう必要はない」
 すたすたと歩き出すジェドに、リクトは「はい!」と答えて後を追う。助かった、やっぱりジェドさんは頼りになる。
 情事のあとのリクトの上気した頬や、ややとろんとした目尻や、はだけた胸元を見て、ジェドが小さくごくりと唾を飲み込んでいたことや、怒りと嫉妬をこめてすさまじい力で拳を握り締めていたことに気づいていたら、そこまで信頼はできなかったろうが、双方にとって幸いなことに、リクトは基本的に鈍感な人間なのだった。

 酒場中の男の目が自分に集中している。自分の服の隙間から垣間見える肌身を、食い入るように、二人きりになったら速攻押し倒してやろうという欲望満載の視線で。
 いつものことではあるが、鬱陶しさに変わりはない。あー鬱陶しいなーもー、と思いながらリクトはジェドについて酒場の奥へと向かう。ゼッシュとエイルも自分の周囲を取り囲んで視線から守ってくれていた。
 ルイーダはいつものように一番奥のカウンターで煙管を吹かしていた。死ぬほど濃い化粧に明らかに過剰に付けた付けまつげ、足には網タイツに異常にでかいハイヒール。背の高さもあいまってどこのドラァグ・クイーンだという雰囲気だが、れっきとした女性であることをリクトは知っている。自分を妙な目で見たことないし。
「ルイーダさん」
 リクトはつかつかとルイーダに歩み寄り、ぺこりと頭を下げて、心の底から真剣な顔で迫る。実際心情としては決死の思いだった。
「俺の仲間になってくれる女の子、見つかりましたかっ!?」
 ルイーダはじろりとこちらを見つめ、肩をすくめるとふー、と煙を吐き出し言った。
「ぜんぜん。一人も」
「…………!」
 がびーん。そう書き文字を背景に背負いたいほどショックを受けて、リクトはがっくりとうなだれた。ルイーダはそんな様子を見ても眉一つ動かさず冷徹に告げる。
「一応聞いて回ってみたけどね。全員『死んでもイヤ!』だってさ。ま、それもそーだよね、女より男にモテる男なんぞと一緒に旅なんかしたくねーわよ。いい男! と思った男が自分じゃなくて横の男を口説く、なんて体験、どんな女だってしたいたー思わないし」
「そ……そんなの俺のせいじゃないのに……」
「あんたのせーだろーとそーじゃなかろーと、あんたは女の敵なの」
「ううう……なにもそこまで言わなくても……」
 ルイーダはぎらり、と目を光らせてリクトの顔面をその大きな手でがっしりとつかみ締め上げた。
「あんたが、あたしの、狙ってた、男を、何人、先に落としたか、教えて、あげようか……!?」
「痛いルイーダさん痛いすいませんごめんなさい俺が悪かったからーっ!」
「リクトを放せよこのババァっ!」
「年増女の嫉妬は見苦しいぞ?」
「ルイーダ。落ち着け」
 ぎろり、と凄まじい目で周囲の三人を睨んだものの、ルイーダは自分を放してくれた。ゼッシュが「大丈夫か?」と言いつつふーふーと息を吹きかけて、エイルが「間抜けめ」と馬鹿にしたように言いながら水を持ってこさせ、ジェドがぽんぽんとおしぼりでリクトの顔を優しく拭いてくれる。
 それを舌打ちしながら眺め、ルイーダは冷たく言った。
「あんたの仲間になろうなんてのはあんたの体目当ての男しかいねーわよ。勇者サマの仲間になって有名になりたいとかいう健全な動機の奴だってあんた見たら即体目当てにシフトするし」
「うううう……」
 いっそ一人で旅立ってやろうか、と臍を噛むリクトに、ゼッシュが真剣な顔で言ってきた。
「リクト。俺はお前の体目当てなんかじゃないぞっ」
「え……」
「俺はお前の体も心もほしいんだっ」
「もっと悪いわー!」
 思わず拳を放つが、ゼッシュはあっさり受け止め(こいつは自分と同じ道場に通いコネ抜きで皆伝をもらっているのだ)叫ぶ。
「なんでだ! 俺は心からお前を愛してるから、大好きだから大切だからずっとそばにいて守ってやりたいって言ってるだけなのにっ」
「う……だから、俺は、男と恋愛する気は……」
 そう言いつつもリクトは顔を赤らめてしまう。ゼッシュのこういうストレートな好意は、鬱陶しい時もあるが、基本的にはやっぱり嬉しい。自分はほとんどの男には、体目当ての接し方しかされてこなかったから。
「言っておくが、リクト。俺はお前がどう抵抗しようとお前に同行するぞ。俺はダーマから正式に派遣された賢者だ。勇者の仲間になる任務を負ってダーマを出た以上、俺にはお前に同行する義務がある」
「う、それは……」
「なにより。一応曲がりなりにもお前は俺の奴隷だからな。奴隷を敵から守るのは、主人の義務だ」
「…………」
 それはつまり、自分を守りたい、ということだと考えていいのだろうか。確かに、エイルはなんのかんの言いつつ自分以外の存在がリクトをいじめるのは防いでくれるけど。
「……リクト」
「ジェドさん……?」
「もし手が必要なら、言ってくれ。俺はお前を守るためなら、魔王くらい倒す覚悟はとうにできている」
「ジェド、さん………」
 リクトは思わずときりと跳ねる心臓を押さえた。この人は本当に優しい。今までもずっと何度も助けられてきたけれど、また甘えてもいいと、そう言ってくれるなんて。
「はいはい、んじゃ勇者の仲間はあんたら三人で決まり、と」
「へ!?」
 ぽんぽんぽん、と帳面に判子を押すルイーダに、リクトは思わず素っ頓狂な声を上げた。
「へ!? ってなに。なんか文句あんの?」
「だ、だって! 俺まだ仲間にするともなんとも言ってないじゃ」
「言っとくけど女を説得して仲間に加えられないかとか甘いこと考えてんだったら無駄よ。あんたの仲間になろうなんて女、どの世界を探しても絶対いないから」
「う……なにもそこまで言わなくても……」
「それともあんたの体だけしか目当てじゃない男がいいわけ?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
「あんたを守ってやろうなんて気概のある男だってこの街にゃめったにいないのよ。第一――」
 ぐい、と胸倉をつかまれ睨まれる。
「あんたなんぞのことでこれ以上煩わせられるなんてあたしはごめんなのよ。とっとと仲間見つけて出て行きやがれコラ」
「うううう……」
 あまりの言い草にリクトは半泣きになった。自分は可愛いお嫁さんをもらって幸せに暮らすのが夢なのに。その第一歩として可愛い女の子の仲間がほしかったのに。
「リクト……泣くなリクトっ、そんなお前も可愛い愛してる!」
「ふん。最初からわかっていたことだろうが。いまさら泣くな」
「リクト……そう落ち込むな。力不足かもしれんが、俺は俺にできる全力でお前を守る」
 結局男だらけのパーティを組むことになってしまった自分。旅先でもきっと男に襲われまくるだろう自分。
 そんな自分があまりに不憫で、リクトは半泣きのまま叫んだ。
「青い空なんか大っ嫌いだー!」

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