それは恋情の熱にも似て
 俺がその街で狙っている貴族の令嬢とキスまでこぎつけ、明日の逢瀬の約束を取り付けて機嫌よく宿屋に帰ってくると、ユルトが武器の手入れをして待っていた。しまった今日はユルトと同じ部屋だったか、と額に手を当てる俺に、ユルトはにこっと笑って「おかえり」と言い武器をしまう。
「……先に寝ててくれてよかったんだが?」
「うん、でもククールにおかえりって言いたかったんだもん」
「………あっそ」
 俺は気のない返事をして自分のベッドに腰かけた。ユルトの奴は天然だから、時々こういう風にぽーんと気恥ずかしいことを言う。なんのてらいもなく、俺や仲間たちが好きだと表す台詞を。
 俺が行く街行く街の女を口説くことについても、ユルトの奴はなんにも言わない。ゼシカのように怒るでもなく、ヤンガスのように渋い顔をするでもなく。ただ無言で俺の帰りを待ち、にっこり笑っておかえり、と言う。
 たぶんユルトは、俺がなにをしようが、どんなにふしだらな真似をしようが、にっこり笑って全てを許すのだろう。母のような、神のような広く深い愛で。
 その愛情は、時々俺を救うこともあるが、時々ひどく重い。同じものを、似たようなものさえも、俺は返すことができないからだ。
 そんな感情、プライドにかけても表面に出しはしないが。
「宿屋のお風呂、もうお湯抜いちゃったよ」
「いい。途中の湯屋で入ってきた」
「え、相手の家でじゃないの?」
「今日はキスだけだったからな」
「えー?」
 ユルトはでかい目をさらにまん丸くして俺を見た。
「なんだよ、そのリアクションは」
「だって、それじゃあククールなにしに行ってきたの? セックスしないのに」
「セ……ってお前な、ストレートに言うなよ」
 俺は額に手を当てた。こいつガキのように教えられた言葉をよく知りもせずそのまま使ってやがる。
「あのな、お前は人のことなんだと思ってんだ。俺は別に抱くためだけに女と会ってるんじゃないんだぞ」
「え、だってククールって、美人とみればあと追っかけずにはいられない肉欲の権化なんじゃないの?」
「……お前、喧嘩売ってんのか?」
「違うの?」
「違う! なんでそうなるんだよ」
「だって、言ってたよ?」
「誰が」
「ゼシカ」
 ………あの女………。
 俺はきっとユルトに向き直ると、手を振り回しつつ抗議した。
「冗談じゃないぜ、言っとくが俺は紳士なんだ。ちゃんと口説いて相手をその気にさせて合意の上で抱くわけだし、その過程もきっちり大切にするんだからな。穴がついてりゃそれでいいケダモノどもと一緒にするな」
「でも最終目的はそれなわけでしょ?」
「………まあ」
「結局やることは同じなのに、どのへんが違うの?」
「あのな……結果が同じだって途中経過が違うならその人間の……なんつうか、気持ちやら印象やらは全然違うだろうが」
 ユルトは感心した顔をしてぽんと手を打った。
「ああ、なるほど。同じ裸を見るのでも、のぞいて見るのと同じお風呂に入って見るのとではぜんぜん反応違うもんね!」
「……なんだよ、お前のそのたとえ」
「え? ククールやったことないの?」
「あるわけねえだろ! 風呂はともかくのぞきはねえ! つうか、お前はあるのかよ!」
「うん、あるよー」
 即答しやがった。
「お前な……しれっと言うな! 少しは恥ずかしがれ! つうかな、やんなよそんなこと!」
「もうやらないよ。見たいなら最初から一緒に入りたいって言えって言われたもん」
「………は?」
 その言われた状況が今ひとつ把握できず、俺は首を傾げる。
「おい、ユルト。それいつの話だ?」
「僕が十四の時」
「うーん、微妙な歳だな……その頃のお前が今より死ぬほどガキっぽかったとか?」
「別に、そんなことないと思うけど……」
「それじゃお前に惚れてたとかかな……つうか、素朴な疑問なんだが、一緒に風呂入ったっつうことは、したんだよな?」
「したってなにを?」
「……だから……セックスだよ、セックス」
「しないよ。なんで?」
 本気で不思議そうな顔をするユルトに、俺は困惑する。
「だから……男と女が素っ裸で密室に二人きりだったら、普通……なんだ、妙な気持ちになってくるもんだろう」
「ああ、それなら大丈夫だよ。だってトロデ王男だもん」
 ずべしゃ。俺は思わずベッドの上でこけた。
「お前な……のぞいたのって、トロデ王なわけか?」
「そうだよ?」
「……なんでのぞいたのか、聞いてもいいか?」
「いいよ。トロデ王ちっちゃいから、裸ってどんな感じなのかなって知りたかったんだ」
 なんだ、単なる好奇心か。俺はほっとして額の汗を拭った。歳にしてはずいぶんガキっぽい満足のさせ方ではあるが。
「じゃあ、お前は別にホモってわけじゃないんだな」
「ホモってなに?」
「…………」
 俺は再び額を押さえた。いや、めげるな、俺。この天然とつきあっていく以上この手のことは覚悟してたはずじゃないか。
「……男が好きな男のこと」
「じゃあ僕もホモなんだ」
 はいはい、オチは見えてるよ。
「どうせ『トロデ王もヤンガスもククールも好きだから』っつうんだろ? そうじゃなくて恋愛感情でだよ恋愛感情で」
「レンアイカンジョウ……」
 今ひとつピンとこない顔でユルトは首を傾げる。
「レンアイカンジョウとそうじゃない好きってどう違うの?」
「お前も恋の一つや二つしたことがあるだろうが」
「ないよ」
「……マジでか?」
「うん。マジで恋したことない」
「……お前恋ってどういうもんかわかってるか?」
「わかってるよ。恋してる人のことを考えたら胸がドキドキして、頭の中から相手のことが離れなくなるんでしょ? 近衛兵の先輩たちが教えてくれたもん」
 ……まあ、間違いではないが。
「ククールはしょっちゅうそういうことしてるんだよね? 『俺は全ての女性の恋人なのさ』って言ってたもん」
 う……。
「……俺を見習うのは、ガキにはまだ早い」
「そうなの?」
「ああ……」
 この天然小僧に自分が恋と呼ぶもの――一時の体温と、熱と、陶酔を教える気にはなれず、俺は言葉を濁した。
 ユルトは少し首を傾げると、ふいになにかを思いついたような顔になって言った。
「そうだ、ククール、僕前から聞きたいことがあったんだ」
「なんだよ」
「ククールってさ、行く街行く街で女の人に恋してるけど、飽きないの?」
 …………
「はぁ?」
「だからさ、しょっちゅう女の人と恋してて飽きたりしないのかなって」
 ……女性と恋愛談義に華を咲かせたことはあるが、飽きないのかって聞いてきた奴はこいつが初めてだぜ。
「飽きるか。俺はそこまで枯れてない」
「なんで? 同じことずっとやってたら飽きるじゃん。僕武器の稽古は好きだけど、そればっかりやってたいとは思わないよ?」
「…………」
 同じこと、か。
 確かに同じことなんだろう。相手によって対応は変えるが、基本的には女を落とすのはルーチンワークだ。
 いくつかのパターンの組み合わせ。どの組み合わせが有効かさえ読んでしまえば、あとはそれをせいぜい優雅に実行するだけ。わかりきってることの繰り返しと言えばその通りだ。
 だが、それでも俺は女を落とすのが好きだった。相手の中に自分が鮮やかに映る、その一瞬の快感。
 あれがなければ生きている気がしない。だから俺は一人の女性に固執する気にはなれない。
 俺でいっぱいになった相手にさらに自分を映しても、大して楽しくはないからだ。
 もちろん俺は女性を傷つけるような真似はしない。もうそろそろ潮時かな、と思った相手に対しては相手に合わせた形で別れを告げ、きれいな思い出にしてやる。
 女性は俺に様々な快感を与えてくれる存在だ、常に優しくいとおしんでやるのが当然。……そりゃまあ、手をかけた分お返しをもらったり便宜を図ってもらったりはするが。
 最近は旅の忙しさのせいか、そういう欲求も薄れていたんだが。消え去ってはいないのはわかっていたから、レベル上げ&資金稼ぎのためにしばらくここに留まると聞いて、その間の相手を探したのだ。
 だがそういう俺の心理をこいつに説明する気は起きなかったので(説明したところでわかるはずがない)、俺はこう言って笑ってみせた。
「そんなことが言えるのは、まだお前が恋をしてないからさ」
 ユルトは首を傾げる。
「そうかなあ」
「そうさ」
「じゃあ、どうしたら恋ってできるの?」
「――――」
 そのある意味痛いところを突いてきた質問に、俺は一瞬答えに詰まった。
 どうすれば恋はできるのか。
 ――そんなもん俺が知りてえよ。
 俺はまだ恋なんて考えたこともないうちから、女の悦ばせ方を教わっちまったんだから。
 ――こいつはどんな反応するんだろう。
 俺の中の暗い部分が、そう思いついた。まだ恋を知らないこいつに女を抱かせたら、どんな反応するんだろう。
 ま、どうせ快感の方に流されちまうだろうけどな、と思いつつ、俺は笑ってみせた。
「そんなもん、一度抱いてみりゃ全てがわかるさ」
「抱くって、セックスするってこと?」
「ああ」
「えー……やだなぁ」
 顔をしかめ、眉を寄せ、本当にあからさまに嫌そうな反応に俺は少し驚いた。普通この年頃っていや(つっても俺とも一、二歳しか違わないが)やりたい盛りだろうに。いやこいつが普通じゃないのはわかってるが。
「なんでだよ。気持ちいいぞ?」
「だって、セックスってちんちんを女の人の穴に入れて抜いたり差したりするんでしょ?」
 ……なんつー直截的な物言いだ……。
「……まぁな」
「なんかそれって気持ち悪いよ。汚い感じがする。せめて好きな人とやるんじゃなきゃ絶対ヤダ」
「…………」
 気持ち悪い、か。
 俺も最初は気持ち悪かった。女の性器のグロテスクさに吐き気がした。なにより自分がそれに包まれ、わけもわからぬままに昂ぶっていることが怖くて、自分がひどく穢れてしまったような気がした。
 俺の心中にめらり、と炎が灯った。俺には選択の余地はなかった。どんなに気持ち悪くても、世話になっている女相手じゃ反抗することはできなかった。
「そんなこと言ってると一生童貞だぞ」
「別にいいよ」
「童貞には好きな女も近寄らないぞ?」
「それならそれでもいいよ。しなきゃ好きになってくれない人なら、好きになってくれなくてもいい」
「…………」
 俺の中の暗い炎が燃え上がってきたのを感じる。腹立ち、苛立ち、憤り――そして、嫉妬。
 こいつはまだ知らない。だから俺よりずっと自由だ。俺のよすがの一つである快感を、あっさりいらないと、そんなもの自分には必要ないと言い切れてしまう。
 ――俺は別にあの時の経験を後悔してるわけじゃない。今の自分が嫌いなわけでもない。むしろ俺という人間にはこういう生き方が似合いだと思っている。
 だが、俺だって、俺が選んで今の自分を創ったわけじゃない。
 そのわずかなわだかまりが、ユルトの言葉を、今の俺を否定する言葉のように感じさせた。
(――自分ひとり、きれいな顔しやがって)
(なにも知らないくせに偉そうに――)
 ユルトはそんなつもりで言ってるんじゃない、わかってる。そもそもこの天然の言葉の裏を考える方が間違ってる。
 だが、俺の中の焼けつくような炎は、俺のそんな理性を焦がして消し炭にした。
 俺はすっと立ち上がってユルトに近寄った。ユルトが首を傾げてこちらを見やる。
 俺は今まで数百もの女を蕩かしてきた笑顔を浮かべ、甘い声で囁いた。
「なら、俺が教えてやろうか……?」
「え?」
「俺のことは、好きなんだろう?」
 そう言って俺は身をかがめると、ユルトに口付けた。
 硬直するユルト。俺はそのままぐいっとユルトを押し倒しつつ、ユルトの口中を蹂躙した。
 舌をつつき、絡め合わせ、上あご、下あごを撫で、柔らかい頬とあごを指先で愛撫しつつ歯の裏をなぞる。足はユルトの股の間に割り込ませ、膝を割ってすすすっと太腿、そして股間を足で愛撫していく――
「………っ、は………」
 口を離すと、ユルトはぼうっとした瞳で俺を見た。今まで何度も見てきた目。俺の与える快感に酔っている目だ。
 ――それを見た瞬間、俺の背筋にぞくぞくっ、と快感が走りぬけた。
 俺はその時、初めて自覚した。俺はこいつを、俺がどんなことをしても、憎まれ口を叩いても人に眉をひそめられるようなことをしても、変わらず好意を示し続けるこいつを――ずっと穢してやりたかったのだと。
 俺は素早くユルトの服を脱がした。男の服は脱がし慣れてないが、こいつの服は腰回りで止めてあるだけだから楽だ。
 ユルトがようやくわずかにじたばたと手足を動かし始める。だがそんな抵抗など俺にとってはなんの障害にもならない。軽く体重をかけるだけで動きを封じ、行為を続けた。
 首に、鎖骨に、胸に、そして乳首にキスを落とす。平たい胸に口付けるのは妙な感じだったが、かまわず舌と歯と唇でその小さな尖りを愛撫した。
「ん……ふ、は」
 ユルトが息を荒げる。女と同じ要領でやっているだけだが、男も感じる場所は似通っているらしい。俺はふん、と嘲笑ってちゅっと乳首を吸った。
 俺はユルトの体をひっくり返して、ズボンを下ろした。ユルトの琥珀色の引き締まった尻があらわになる。
 女と後ろでやったことはある。俺はポケットから常備している香油を取り出し、ユルトの後ろに垂らした。
「っひ!」
 冷たい感触に驚いたのだろう、ユルトが体を震わせる。だが俺はかまわず指で手早く香油をユルトの後孔に塗りこめ、軽くマッサージして指を入れた。
「ひゃ!」
 ユルトの声を無視して、たっぷり取った香油をユルトの内側に塗りこめる。まずは孔を広げるのが先決と、外と内両方から揉むようにマッサージして後孔を濡らした。
「ふ、く、は、ひ」
 ユルトが断続的に息を漏らす。中を広げられている感覚というのは息苦しいのだと女に聞いたことがあった。ユルトも必死に呼吸を整えているところなのだろう。
 だが俺はユルトに呼吸を整えさせるつもりはなかった。孔が緩んできたとみるや、孔の中をつつ、と指を移動させていく。
 そのたびにユルトは息を吐き出して体の中をいじられる感覚に耐える。俺はそう長く待たせるつもりはなかった。何百人もの女を悦ばせてきた経験と勘を信じ、ユルトの中を探り――
「ひっ!」
 ユルトが思わずといったように叫びに似た声を漏らす。同時にびくん! と体が震えた。ここがユルトの急所か、と、俺はその周辺を重点的に二本目の指も入れて責める。
「ひゃぅっ! ひん、あひっ、やんっ、くあっ、はぁ……ひっ! や、やぁ……」
 ユルトが喘ぐ。気持ちがいいというよりずっと切羽詰った声で。
 俺は背筋に走る快感に震えた。もっと、もっとこいつをめちゃくちゃにしてやりたい。
 俺は指を抜くと、ズボンの前をくつろげた。女を相手にしている時とは質の違う興奮で勃起したペニスを取り出す。
 あとは慣れた仕事の通りに、体を動かすだけ。
「ひあ………!」
 ずずっ、とペニスを挿入されて、ユルトが悲鳴を上げる。体が緊張して、後孔が俺を食いちぎるつもりかと思うほどに締まった。
 だが俺は慌てずにユルトの尻や胸を愛撫し、首筋にキスを落とす。俺の挿れ方で痛いはずがないから、体の反射的な緊張が解ければすぐ緩むはずだ。
 果たして少しずつユルトの体から力が抜けてきた。教えられずともは、は、と息を吐き、緊張する体をなだめるユルトに、ぎゅうぎゅうに締められていたペニスが少しずつ解放されてきた。
 だがそれでも、ユルトの後孔はかなりきつかった。言ってみれば処女なわけだから当然だが。括約筋の働きが強いのか、痛いほどに俺を締めつけてくる。
 ――俺は、ずっと腰を進めてユルトの急所を突いた。
「ひぐ……っ!」
 ユルトが悲鳴を上げる。当然だ、指とは桁違いの質量で突かれたのだから、受ける衝撃も相当なものだろう。
 だが俺は何度もユルトのそこを勢いよく突いた。ユルトの体を傷つけないことにだけは注意しつつ、それ以外はかなり乱暴に、ずん、ずんと腰を動かす――
 普段なら、女相手なら俺はこんな真似はしない。急所を連続で突かれるような、過ぎた快感は苦痛でしかない。相手が気持ちよく絶頂を迎えられるように、緩急取り混ぜて奉仕する。
 だが、今は、こいつには。
「や、ひ、あ、あ、ふ、あ、う、ひ」
 ユルトの喘ぎ声、というより受けた衝撃に肺から漏れた息が口からこぼれる音が響く。激しいストロークに香油がじゅびじゅびっと淫靡な音を立てる。
 ユルトの声が嗄れてきていた。体ががくがく震えてきていた。限界が近づいているのは明らかだったが、それでも俺は執拗に同じ場所を突く。
 突かれながら、ユルトが首をこちらに向けた。震えながら、苦しげに。
 ――今まで見たことのない顔が見えた。
「や……も……くく、おね、が……」
 涙でぐしゃぐしゃになった顔。過度の快感に喘ぎ、苦しんでいる顔。――快感に必死に耐える、辛そうな、泣き顔。
 ――その顔が。
 その顔が見たかったんだ!
 俺はかあっと一気に熱くなった体を感情のままに動かした。抜けるぎりぎりまで腰を引き、勢いよく急所を突く今までにない激しい律動。ユルトの中のひだひだが、俺のペニスを締めつけ、擦る。
 体の快感と精神の快感、両方が俺をめちゃくちゃに昂ぶらせた。激しく腰を動かしつつ、俺はユルトの顔をこちらに引き寄せ――唇を奪った。
「………!」
 そして次の瞬間、俺はユルトの中に思いきり精液をぶちまけていた。

 意識を失っているわけではないだろうが、ぐったりとして動かないユルトに、俺は後始末と身づくろいの担当を余儀なくされた。ユルトの体を濡れタオルで拭き、乱暴に脱がせた服をきちんと脱がせて着せ直す。
 そこまで終えると、俺は自分の身づくろいをして自分のベッドに腰かけ、断罪される時を待った。殴られるか、それとも武器を取り出すか。どちらにしろ、ユルトが正気を取り戻せばただではすまないことは確かだ。
 心の中は妙に凪いでいた。もしかしたらパーティにいられなくなるかもしれないが、俺はそれも当然のこととして受け容れていた。言ってみりゃパーティのリーダーを強姦しちまったんだ、そんなもんまだ生温いくらいだろう。
 俺の心に問うてみる。なんであんなことをしたんだ?
 心が答える。腹が立ったから。悔しかったから。――嫉妬したから。
 俺はくっと笑った。傑作だ、俺が、百戦錬磨のこの俺が、男に嫉妬したせいで男を抱いたなんて。
 男を抱いたのは初めてだった。正直、自分が男相手に勃つとは思ってなかった。
 けど、最中はそんなこと気にしてる暇はなかった。とにかくユルトを穢して、俺のところまで落としてきて、あの笑顔を崩してやろうと必死で、性欲とはまったく別種の興奮のせいで勃ちっぱなしだった。
 冷静になってみれば――俺がユルトに抱いた思いは、はなっから筋違いなものでしかない。俺は別に今の自分が嫌いなわけじゃない、何度も言うが。今の自分にはそれなりに満足している。
 だが、ユルトを、俺と同じような境遇にいながら天然のまんま少しもひねずに育ってきたユルトを見ていると、俺はもう少し違う俺になれたんじゃないかとか、まっすぐなユルトを羨ましいとか思う青臭い思いが湧いてきたのもまた事実で――
 俺はたぶん、それが自分で許せずに、そんな青臭い思いを抱いた自分が許せずに、その憤懣を全部ユルトにぶつけたのだろう。
 俺はまたくっと笑う。最低だな。ガキか、俺は。八つ当たりでしかねえじゃねえか。
 じわ、と視界が歪むのを見て俺は驚いた。おいおいなんだよ俺。泣いてんのか? ここは俺が泣くところじゃねえだろ。
 だが、涙はどんどん瞳に浮かんでくる。表面張力の限界に達し、ぽとりと床に涙が落ちた。
 その時ようやく俺は気づいた。俺は、自分が思っていたよりずっと、ユルトのことが気に入ってたんだ。
 あいつの天然な無制限の愛情を浴びるのが苦しくもあったけどやはり心地よくて、ここにいてもいいかな、という気になっていたんだ。
 くくっ。口から笑い声が漏れた。俺は、本当に――馬鹿だな。
「……なに泣いてるの」
 俺はびくりとした。ユルトが上体を起こしてこっちを見ていた。
「ククール、なに泣いてるの?」
「……お前には関係ないことさ」
 そう、もう関係ない。俺とお前は、関係なくなるんだ。
「ふうん……」
 まだどこか夢見心地のような声で、ユルトが首を傾げつつ言う。
「……俺に、なにか言うことは?」
 せいぜいかしこまって礼のポーズを取り、投げつけられる言葉を待つ。二度と立ち直れなくなるくらい、ずたずたに傷つけてほしかった。
「……ああ、うん」
 ユルトは小さく首を傾げて、言った。
「ククールの言った通りかも」
「……なにが?」
「ちょっとわかった。恋って、どんなものか」
 俺は一瞬呆気に取られて、それから思い出した。そういや最初はそんな話をしてたんだ。
「おい……今そういう話してる時じゃねえだろ」
「そうなの?」
「そうだよっ」
 ユルトはなにか考えるように首を傾げて、それからぽんと手を叩き、にこっと笑って言った。
「ありがと、ククール」
「……は?」
「気持ちよかった。最後のほう、ちょっと痛かったけど」
「…………」
 今度こそ、俺は絶句した。
「おい、ユルト。俺のしたことはそれどころじゃねえだろ。俺はお前を、むりやり――」
「むりやり?」
 きょとん、と首を傾げるユルトに、押し出すようにして言葉を発する。
「むりやり、犯したんだぞ」
「別にむりやりじゃないよ。嫌だったらもっと本気で抵抗してるよ。言っとくけど僕が本気で抵抗したら、ククール勝てないと思うよ?」
「う……」
 確かに。ユルトは俺よりずっと力が強い。
「ククールがなに気にしてるのかよくわかんないけど。僕は、ククールとセックスできて嬉しかったよ。今までと違ったククールが見えてきたし、する前よりちょっとだけいろんなことがわかったし」
 そこまで真面目な、厳粛と言ってもいいぐらいの顔で言ってから、にこっといつもの天然笑顔になって言う。
「それに、苦しかったけど気持ちよかったし。あんな感じ、生まれて初めてだった。あれがセックスってものなんだねー」
「…………」
 俺はずりずりとその場に崩れ落ちた。なんなんだこの明るさ。こっちは死刑宣告を受ける死刑囚みたいな気持ちで待ってたっつーのに。
 俺も気にしないほうがいいのか? 騒ぎ立てないほうがいいのは確かだと思うが。けど、俺の主観としてはあれはあくまでレイプだったし……。
 ぐるぐるする頭をばりばりとかく俺を見て、ユルトはにこにこしている。なんだか猛烈に阿呆らしくなってきて、俺は毛布をどけてベッドに寝転がった。
「――俺はもう寝る。お前も早く寝ろよ」
 まだ考えなくちゃならないことはいろいろある。だが、とりあえず今日はもうやめだ。今日はもう疲れた。ややこしいことは、とりあえず明日ゆっくり考えよう。
「……ククール?」
「なんだよ」
 ぎろりとユルトの方を睨むと、ユルトはベッドの毛布から顔の上半分だけ出してこっちを見ていた。顔がほんのり赤くなっているのを発見し、俺は一瞬絶句する。
「あのね、僕、ククールが初めての人で、よかった。ちゃんと好きな人が相手してくれて、すごく嬉しかった。ありがとね、ククール」
 そう歌うように言って、照れくさそうにちょっとだけ笑う。
「それだけ。おやすみ」
 そう言うとユルトは手元のランプを消した。部屋の中が暗闇に包まれる。
 ――俺はしばしぼうっとしていた。ユルトが恥ずかしがるところなんて、初めて見たからだ。
 我に返って眠ろうと目をつぶってからも、ユルトの恥じらうような笑顔と涙でぐしゃぐしゃになった顔が頭の中でぐるぐるして、結局明け方まで眠れなかった。

戻る   次へ
あとがきへ