それはおとぎ話の最後にも似て
「ククール!」
 底抜けに明るく元気な声で名前を呼ばれ、俺はびくんとした。
 この俺が聞き間違えるはずがない。これはあいつの声だ。
 ――あの天然で、エロくて、いつも俺の予想の斜め上をかっ飛ばしていく――俺の、失恋してからもう三ヶ月も経つというのにいまだずっぽり惚れまくっている相手であるあいつの。
「……よう、ユルト。久しぶりだな」
 俺は格好をつけて、髪をかきあげながら振り返ってしまった。こいつ相手に格好つけてどうすんだって気もするが、これはもう男の意地だ。たとえ気づいてもらえなかろうが、惚れてる奴に格好悪いとこなんて見せられるか。
 ……あー、我ながら未練がましい。
「うん、久しぶりだね! ミーティアの結婚式をぶち壊して以来だから、三ヶ月ぶり?」
「そうだな」
 ミーティア姫じゃなく、ミーティアと呼ぶようになってるのか、ユルト。
「ホント、探しちゃったよー。ククール連絡全然くれないんだもん。ルイネロさんにだいたいの場所聞いてから、ルーラでかっ飛んできて探し回ったんだからね?」
「そりゃ悪かったな。俺に、なんか用でもあったのか?」
「うん! 実はね」
 ユルトはにっこーっといつもの笑顔を、思いきり朗らかに浮かべた。
「僕とミーティアの結婚式に参加してもらおうと思って!」
「……………………」
 ユルト。そりゃ、お前が天然なのも俺の気持ちに全然気がついてないっつーかスルーしまくってるのも無神経なのもいまさらだけどな。
 そりゃ、いくらなんでもあんまりじゃないのか?

 ラプソーンを倒した翌日、俺はトロデーンから旅立った。もう二度とユルトには会わないと心に決めて。
 昔と同じように女にいっぱいささやかな愛を与えて、女からもささやかな愛を与えてもらって生きていく。そうしようと思った。そうするつもりだった。
 けど、俺はもうその生活はできないと一ヶ月で思い知った。
 女を嫌いになったわけじゃない。だが、もう体が女を――ユルト以外の存在を受け付けなくなっちまってるみたいだった。
 要するに、女を抱こうとしても勃たなかったんだ。
 ……ちくしょう、ドニの夜の帝王と呼ばれたこの俺が、女前にして役に立たなくなるなんて。俺はそんな年じゃねぇってのに。
 けど、裸の女を前にすると、どうしてもユルトのことを思い出しちまう。ユルトはもっとエロかったな、口元がああで脚がこうで髪がそうで股間がどうで、こっちが余裕なくなりそうなくらいエロかったな――とか比べちまうんだ。
 それで結局ついついユルトに会いたくて招聘に応じて一緒に姫様の護衛なんかしちまって。そのくせユルトはそうしようと思ってんだろうなーと思うとついつい不安に耐えきれず結婚式乗っ取れとかけしかけたりしちまって。
 そのあとユルトが姫様と出来上がっちまったのを見て、わかってたくせに、これが一番いいんだと思ってるくせに落ち込みまくって、もう俺の人生どうでもいいやとか投げやりになって。そのくせ案外命根性が汚かったらしい俺はしっかり宿代を稼ぐために貴族や金持ちから詐欺まがいの手口で金を巻き上げたりしていて(一応法は犯してない)。
 あー、俺はたぶんこのままどこまでもずぶずぶと沈んで堕ちていくんだな、なんて考えちまって。失恋ぐらいでそんなに落ち込んでどうすんだ、と理性は言うのに俺は三ヶ月経っても気分が晴れず。
 そんな時に、ユルトはやってきて、俺を自分の結婚式に招待なんかしている。
 あーもー俺ってどーしてこう不幸なんだろ、と泣きたくなるが、それでも結局俺はユルトと一緒にトロデーンにやってきたりなんかしてしまった。ユルトのそばにいたい、もっと話をしたいなんて阿呆か! と思うような考えを抱いちまって。
 よけい惨めになるのは、わかりきってるくせに。
 ――で、今まさに俺は、その惨め最高潮だった。
「はい、ユルト。あ〜んv」
「あ〜ん」
 ユルトは大きく口を開けて、姫様の差し出したケーキをほおばる。
「おいしい、ユルト?」
「うん、おいしいよ、ミーティア。ミーティアの作ったお菓子ってホントにおいしいね!」
「ありがとう、ユルト……」
 はにかむように笑った姫様に、ユルトはにっこりと笑いかける。
「ねぇ、ミーティア」
「なに、ユルト?」
「呼んでみただけ」
「まぁ、ユルトったら」
「いいじゃない、僕ミーティアに助けてもらった頃からずっと、ミーティア姫じゃなくてミーティアって呼びたいなって思ってたんだから。せっかく呼べるようになったんだから何度でも呼びたいよ」
「ユルト……」
「ミーティア」
 二人とも(バカップル全開なことをのぞけば)実に微笑ましい、可愛らしいカップルだ。だが、当然ながらユルトたちと一緒にお茶しながら、俺は地の底よりも深く落ち込んでいた。
 ちくしょー見せつけんなよバカヤロ、俺はなーお前のことが好きなんだぞ気づいてないだろうけど、てめぇ俺にさんざん喘がされておきながらよく涼しい顔して姫様といちゃこけるよな、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう。
 だけどそんなことを二人を温かい目で見守るヤンガスやゼシカやうむうむとうなずいてるトロデ王や、なによりユルトの結婚相手である姫様のいる場所で言えるはずもなく、それ以上にユルトに恨み言を言う勇気なんてあるはずもなく――
 俺はひたすら、惨め気分を味合わされたのだった。

 地獄のようなお茶の時間が終わり、俺はふらふらと部屋の外に出た。
 ホント、俺、なんでユルトについてきちまったんだろう。
 結婚式は一週間後ということだった。ユルトとしては俺たちみんなと独身最後の一週間を楽しく過ごして、結婚式に出席&祝福をしてもらうつもりらしい。
 けど俺は祝福なんてしてやれる自信微塵もない。俺は、悔しいし、すっげームカつくけど、時々俺はこいつのことを憎んでるのかもしれんみたいな気分になることあるけど、本当に――
 ユルトのことが、まだ好きなんだから。
「ククール!」
 後ろから声をかけられて、俺は振り向いた。なんだよコラ、まだのろけ光線発射するつもりだったら俺は切れるぞ。
 だが、ユルトは思いのほか真剣な顔で、俺を見つめながら首を傾げて言った。
「ククール、どうかしたの? どっか痛いの?」
「……は?」
「だって、なんだか苦しそうだったから。大丈夫?」
 ………う。
 うああああどうしてこいつはこう時々優しいんだよ! つーか基本的にこいつは優しいっつーか、愛情をばりばりこっちに振りまいてくれるんだよなーそういうとこに俺は惚れたわけだし……。
 なんだか泣きたい気分になって、俺はふらふらとユルトに近づいた。
「どうしたの、ククール?」
「……俺のこと、心配してくれてんだよな」
「当たり前じゃない。もしかして病気なの?」
「それは、俺のことが好きだから?」
 俺の言葉に、ユルトは呆れたという顔をした。
「なに言ってるの? そんなの当たり前じゃない」
 そう言ってから、あ、という顔をしてにやりと笑う。
「そっかー、ククール、僕とミーティアが仲良くしてたからもう自分は愛されてないんじゃないかと思って悲しくなっちゃったんだー」
 う……そうだけど! もうちょい言い方があるだろ、今に始まったことじゃねぇけど!
「んもう、ホントにククールはしょうがないなー。すぐ人の愛情疑うんだから」
 そう言うと優しく笑って、ユルトはするりと俺に近づき――ごく自然に抱きついた。
「よしよし、ククール、いい子。心配しなくてもちゃんと僕はククールのこと大好きだからね」
 俺は固まっていた。どうすりゃいいんだよ、すっげー嬉しいよ。こいつはもうすぐ結婚すんだから、俺がそばにいちゃまずいのに。よけいに辛くなるだけだってわかってるのに。
 ――わかってるのに、俺はのろのろと腕を上げて、ユルトを思いきり抱き返していた。
 ああ、すっげー久しぶり、ユルトの感触……どーしよ、俺すっげー幸せかも……。
 阿呆と言えばこの上なく阿呆なんだが、俺はユルトと抱き合いながらこの上ない幸福を感じちまっていた。
 ……でも……こいつは人のものになるんだ。あと、一週間で。
 俺のものじゃ、もう、ないんだ。
 俺はユルトを思いきり抱きしめた。ユルトがわずかに身じろぎする。それでも俺は強く抱きしめ続けた。
 ユルトは結婚してしまう。女と。俺とは違う存在と。
 もう抱けない。もうこいつとちょっと前みたいに一緒に旅をすることもできない。一緒にいられない。
 ―――もう、会えない。
「ユルト―――」
 もう会えない、もうユルトに触れられない、もうユルトと一緒にいられない――その事実。
 俺は熱に浮かされたような気分になって、つい、ふらふらと言ってしまっていた。
「なに、ククール?」
「俺と一緒に来ないか?」
「え?」
 きょとんとした声。
「結婚の予定も血の責務も、なんもかも捨てちまって、俺と一緒に――どっか遠いところへ行かないか?」
 ――無理だってことは、わかってる。
 こいつが好きな人間は姫様だ。その相手と結婚を控えてるのに、俺がこんなことを言ったって迷惑なだけだろう。
 だけど、俺は、こいつが永久に俺のものにならないのなら。
 気持ちだけでも伝えたいと、そう思ったんだ。
 叶わないことは、最初からわかっているけれど。
 ―――などと悲痛な思いで言った言葉に―――ユルトは意外な反応を示した。
「………え? ククール、僕と一緒に遠いところへ行きたいの?」
 俺から体を離して、顔をのぞきこんで。目をぱちくりさせて言ってくる。
「………は? あ、ああ、まあな」
「遠いところってどこ?」
「……いや、場所は別にどうでもいいんだけど、なんつーかその………俺と一緒に、っつーとこがポイントなわけで……二人きりで誰も知ってる奴がいないとこに行かないか、みたいな……」
「ククール、僕と二人きりで誰も知らないところへ行きたいの?」
「いや、なんつーか……そういう問題じゃなくて……行けないだろ、お前は? だからきっぱり振ってくれていいんだぜ」
「でも行きたいんでしょ」
「う………」
「行きたいんでしょ?」
「………うん、まあ………」
「そうなんだ………」
 ユルトはうつむいて腕を組み、なにか考えているようだった。
「……おい、ユルト?」
「どうしよう……ミーティアとの結婚まであと一週間だし、結婚したらトロデーンの外にはめったに出られなくなるって言われてるし、でもククールは行きたいって言ってるし………」
「いや、だからなユルト、振ってくれていいんだって」
「僕、ミーティアとトロデ王に相談してくる!」
 そう言ってユルトは疾風よりまだ速い速さで走り去っていった。
 残された俺は呆然として、ユルトの言葉を頭の中でリピートしていた。ミーティアの結婚まで、いやそれはわかりきってることだ、結婚したらトロデーンの外には、それも今はどうでもいい。でもククールは行きたいって、うんだから?
 僕、ミーティアとトロデ王に相談してくる!
 そこまで行き着いた俺は、ざーっと顔から血の気を引かせた。まさか、まさか、まさかとは思うが、あいつ本気で?
「ユルトーっ! ユルト! 待て、ちょっと待てーっ!」

 だが、結局ユルトは俺がユルトに追いつくよりも早く、二人に相談してしまっていたのだ。
『ククールが僕と一緒に二人きりで遠いところに行きたいって言ってるんですけど、どうしたらいいと思いますか?』
 ―――と。

「馬鹿」
 ゼシカはきっぱりそう言った。
「……ひでぇな」
「馬鹿としか言いようがないじゃない。結婚を控えたユルトにそんなこと言うなんて」
 はい、返す言葉もございません。
 お茶の時間に俺を呼び出したゼシカに、俺は無言で頭を下げた。
「まったく……ユルトへの気持ち諦めたみたいだったから安心してたのに。結婚しようって相手に逃避行の誘いかける、普通? わかってるの、ホモなんて不毛な関係救われないわよ?」
 ぶーっ。俺は口に含んでいたお茶を勢いよく吹き出した。
「なっ……なっ……なんっ………」
「なんで知ってるのか、って? そりゃー旅の間中宿でも野外でも船でもしょっちゅう盛ってりゃいやでも気がつくわよ。わかってるの、ヤンガスとトロデ王はともかく私とミーティア姫はまだ乙女なのよ? 乙女にこんなこと言わせないでよホントにもう」
「ま……まさ、ミ……」
「まさかミーティア姫やトロデ王も気がついてるのかって? さあ、そこまでは知らないけど。普通の神経してれば気がつくんじゃないの? ヤンガスは気がついてたもの。私よりかなり遅かったけど。怒り狂ってククールを殺しかねない勢いだったところへ、ユルトが説得してようやく収まったのよ?」
「…………マジかよ…………」
 全然気づかなかった。そういやヤンガスが俺をすげー目で睨んできたりしたことはあったが、男ににらまれるのはいまさらだから別に気にも留めなかったんだよな……。
 ………じゃあ、もし姫様やトロデ王に気づかれてたら。
「…………どーしよう…………」
「だから諦めなさいっていうの。好きなんだったら諦めてあげなさいよ。ホモが不毛なことぐらいあんただってわかってるでしょうが。ユルトはもうすぐみんなから祝福される結婚をしようとしてるところなのよ?」
「………そりゃ、そーなんだけどな………」
 ユルトは姫様とトロデ王に俺とのことを相談したあと、一緒に何度も話し合いをしている。トロデ王にはなにを考えておるんじゃと怒鳴られ、姫様には困惑されたらしい。
 だけど、ユルトは諦めずに、なんとか俺の願いを叶える方法を考えようとしてくれてる。俺の願いなんて無視すりゃ、この上ない幸福が目の前に待ってるのに。
 それはやはり、少しでも俺のことが好きだからだろう――そう思うと、俺は、どうしても、ユルトから伸ばされた手を振り払うことができないんだ。
 ユルトと一緒にいられる未来へ、捨てきれぬ未練を抱いちまって。
「ああ、こちらにいらしたのですね、ククールさま。王と姫とユルト隊長がお呼びです」
 メイドの女の子がノックをしてから顔をのぞかせて言う。俺はため息をつきながら立ち上がった。
「じゃあな、ゼシカ。お茶をどうも」
「……ククール。ホントに、早く諦めなさいよ」
 そう言うゼシカの瞳に気遣わしげな色を見つけてしまって、俺は苦く笑んだ。ゼシカも本当に俺たちのことを心配してくれてるんだろう。だからこんなに俺に諦めろなんて言うんだろう。
 その気持ちは素直にありがたかったが――どんな風に話が落ち着くにしろ、俺がユルトへ思いを抱くのを諦めることは、できない相談だと思った。

「……一週間のうち三日四日のわりで、ククールと一緒にどっか行く日とトロデーンにいる日を作ったらどうでしょう?」
「バカモノ! 一週間のうち三日もミーティアに寂しい思いをさせるつもりか」
「じゃあ二日五日?」
「アホ! ミーティアと結婚するというのなら片時もミーティアのそばを離れぬ覚悟をしろと言っとるんじゃ」
「えー、でも片時も離れるなって言ったって、トイレの時とかどうしたって離れちゃうでしょ」
「トイレの時と風呂の時はいいのじゃ。それ以外の時はミーティアのそばにいて、ミーティアが喉が渇いたといえば飲み物を持ってきてやり、天の月がほしいと言えば天の月を手に入れてきて……」
「それ無理だと思います、普通」
「なんじゃとー!」
 言い合うユルトとトロデ王を見ながら、俺は体を小さくして縮こまっていた。なんつーか、めちゃくちゃ肩身が狭い。
 トロデ王は俺とは話をせずにユルトとだけ話している。話す内容はたいてい『姫と結婚しようというのにどこか遠くへ行こうなんてとんでもない』っつーもので、まぁ花嫁の父親としては当然の台詞だった。
 ユルトはその主張に負けずに、『でも、ククールが一緒に行きたいって言うんですもん』という主張を続けた。……そんな風な主張をしてくれると、本当にユルトが俺と一緒に行きたいみたいに思えてくる。
 けど、ユルトはミーティア姫と結婚しないつもりなんて微塵もないんだ。
「……姫様」
 困ったような顔でユルトとトロデ王の話し合い……っつーか言い合いを黙って見つめているミーティア姫様に話しかけた。
「悪いな、俺のせいでこんな」
 正直怒鳴られるんじゃないかとびくびくしてたんだが、姫様は逆ににっこりと笑った。
「いいえ。ククールさんのせいだなんて思っていませんわ」
「いや……どう考えても俺のせいだろ」
「いいえ、ククールさんの言葉がきっかけになったのは確かですけど。これはユルトの性格のせいですもの」
「……性格?」
「ええ。ユルトって自分が必要とされているところならどこへだって飛んでいくようなところあるでしょう? 困った人を放っておけない、どこまでもついていって助けてしまうところ」
「……確かに、そうだけどさ」
「私はユルトのそういうところが好きなのだけど、お父様にしてみればそこが許せないみたい。だから、これは婿と舅の最初の家族内闘争ということになるのではないかしら」
 だからククールさんは全然気にしなくていいと思います、とにっこり微笑んだ姫様の顔はいつもと変わらず美人だったが、俺には悪魔に見えた。この女俺を少しもライバルとみなしてやがらねぇ。
 最初っから自分とユルトが離れることなんてねぇと確信してやがるんだろうなー………くそうすっげー悔しい………。
 けど、それに反論することなんて俺にはできねぇ。……事実だもんな……。
 結局ユルトとトロデ王との話し合いは(俺たちも一応話し合いに加わっている名目ではあるんだが……)、前回と同じくなんの進展もなくトロデ王の『ええい、もういいわいっ!』の一言で終わり、姫様とユルトは結婚式の準備に戻った。残されたのはいらいらした顔のトロデ王とびくびくしている俺。
 いらいらした顔でぶすくれているトロデ王。俺は気まずい思いをしながら言った。
「……悪いな、おっさん」
「なにがじゃ」
「あんたの娘の結婚に水差しちまって」
「まったくじゃ! なにを考えとるんじゃお主は! ユルトにアホな誘いをかけおって! またあのアホがアホなことを言い出してしまったではないか!」
「……すまん」
 トロデ王ははぁ、とため息をつく。
「わしはな……ミーティアが可愛い。たった一人の娘じゃ、それはこの上なく可愛い。なんとしても幸せにしたいと思うておる。じゃから……八歳の頃から城で面倒を見て、わしのこともミーティアのことも本当に慕ってくれておるユルトが、ミーティアの幸せのためならなんでもすると言って、結婚式をぶち壊した責任を取ろうとしてくれた時は、まこと嬉しいと思った」
「…………」
「こやつにならミーティアを任せられると思った。ミーティアがユルトのことを好いておるのはわかっておったし、ユルトならミーティアを幸せにしてくれると思った。それが……」
 その小さい肩を、がっくりと落とす。
「いきなりの浮気。しかもそれをわしらに相談してくるという間抜けぶり。なんというか……ほとほと惨めな気分になってしもうてな……」
「う……! 浮気、って……?」
「ミーティアと結婚しようというのに他の人間に気を散らすのはことごとく浮気なのじゃ!」
「あ………そ」
 そういう意味ね、はー、よかった。トロデ王は気づいてねぇんだなよかったよかった。
 ……けど、このおっさんがこんなに気落ちしたところは見たことがない。ユルトの言葉が、本当にショックだったんだろう。
 それをユルトに言わせたのは、この俺だ。
 柄にもなく、なんだか心が痛んで、俺は無言でトロデ王のそばを立ち去った。

 場内をふらふらと歩き回る。こうしてまともなトロデーンに来るのは三度目だが、俺が来る時はいつもトロデーンには浮ついた雰囲気が漂っている。
 そりゃ、姫と近衛隊長、それもラプソーンを倒した英雄との結婚が五日後に迫ってるってんだ。城中の雰囲気が浮つくのも、当然っていや当然だろうな。
 あちこちから話し声が聞こえてくる。
「ああ、姫様とユルト隊長が結婚なされるまで、あと五日! 楽しみねぇ!」
「ちっちゃな頃から見てきたあのお二人が、ついに結婚だなんて……! ああ、あたしゃ生きててよかったよ」
「本当に仲のいい二人だったものなぁ。落ち着くところに落ち着くんだなって気がするよ」
 城の奴らはみんな二人の結婚を祝福してる。そりゃそうだ、二人とも誰からも愛される質だもんな。昔から見てきたから愛着も馴染みやすさも文句なし。外交的にもサザンビークとしっかり繋がりができる。まさに理想の結婚だと誰もが言うだろう。
 ……それが今、台無しになるかもしれないんだ。俺の言った言葉のせいで。
 俺はふらふらと歩き回っているうちに、いつの間にか姫様の部屋まで来てしまっていた。仲から楽しげな話し声が聞こえてくる。
 その中にユルトの声を聞き、俺は思わずこっそりと中をのぞいた。
「………まあぁぁ! なんて綺麗なんでしょう! 姫様、とてもよくお似合いです!」
 中では姫様がウェディングドレスと衣装合わせをしていた。にこにこしながらそれを見守っているユルトの前で一回転してみせる。
「本当に素敵な花嫁さま」
「こんなに綺麗な花嫁と結婚できるなんて、ユルト隊長は本当に幸せな方ですよ」
「ほら、ユルト隊長。なにか姫様に言っておあげになったら?」
「え、なんて?」
「んもう! 似合うとか素敵だねとかいろいろあるでしょう!?」
「そんなのいまさら言うことじゃないじゃない。ミーティアがどんな服でもよく似合うのはわかりきってるんだからさ」
「まあ……!」
「でも、その服を着たミーティアは、すごくきれいだよ。いつもきれいだけど……結婚式の時はきっともっときれいに見えるんだろうな、楽しみ」
「……ありがとう、ユルト……」
「うふふ、ユルト隊長ったら」
「本当にお似合いな二人だこと!」
 ――文句のつけようがないくらい、幸せな光景。
 俺はしばらくその光景を見つめ、踵を返した。
 わかってるんだ、本当はわかってる。どうするのが一番いいかってことくらい。
 わかってるから俺はユルトに結婚式を潰すようけしかけたんだ。姫様と結婚しようとするユルトを止めなかったんだ。
 だけど俺はいざ失おうという時になると、怖気づいてしまう。手放したくないと思ってしまう。
 しょうがないじゃないか、あいつは俺にとって生まれて初めて出会った心底惚れた相手なんだ。こんな俺に尽きせぬ愛情を注いでくれた奴なんだ。
 ――あいつの幸せは俺のそばにはないと、わかっていても。

 結婚式まであと三日と迫っても、ユルトとトロデ王との話し合いには決着がつかなかった。ゼシカは俺に怒鳴るし、ヤンガスは黙って俺を見つめてくるけど、姫様はなんの心配もしていないという顔で結婚式の準備にいそしんでいる。
 おまけにユルトは今日も元気に朝飯をぱくついている。俺なんかストレスでまともに食えないってのに。
 ホント元気な奴、とユルトを見つめて、気がついた。
 ……なんだか、くまができてるような………?
 朝食を終え、ごちそうさま! と元気に言って食堂を飛び出していくユルト。俺はそのあとを追った。
「おい、ユルト」
「え、なに? ククール」
 振り返るその仕草にも、心なしかいつもの元気がない。
「お前、大丈夫か? あんまり寝てないんじゃないか?」
「うーん、確かにここのところトロデ王との話し合いと結婚式の準備と仕事が忙しくて、あんまり寝る時間取れないんだよねー」
「……ユルト………」
「でも、大丈夫だよ、ククール。絶対、ちゃんとククールの願いも叶えられるようにするから!」
「………!」
 そのユルトの笑顔。
 どうしてこいつはここまで俺のために頑張ってくれるんだろう。俺のことが好きなわけでもないのに。
 俺のあんな言葉ひとつのために、死ぬほど忙しいだろうに寝る時間削って必死に舅とやりあって。
 ――俺がそれに見合うなにを与えてやれるっていうんだ? もうすぐ幸せな結婚をするこいつに。
 考えてみれば始めからそういう関係だった。いつも俺はこいつに一方的に与えられるだけ。優しさを、愛情を、幸せを。
 俺はこいつになにもしてやれない。姫様と違って。せいぜいがセックスの時の一時の快感くらいで。
 俺は、どうしたって――こいつを幸せにはしてやれないんだ。
「………もう、いいよ」
「え?」
 俺はうつむいて、言っていた。
「もう、いいよ。俺の言葉は忘れてくれ。もともと気まぐれで言った言葉だったんだ。叶うなんて最初から思ってなかった」
 胸が痛い。たまらなく苦しい。俺の惚れた相手が、俺をただ一人心で抱きしめてくれた奴が、もう手の届かないところへ行っちまう。
 だけど、こいつが不幸になるのは、こいつの笑顔が曇るのは――俺が不幸になるより嫌だと、今心から思えたから。
「だから、お前は―――姫様と一緒に、幸せになってくれ」
 ………言えた。ようやく、言えた。
 本当はきちんと言わなくちゃならなかった、別れの言葉。こいつにとっては別れなんて思ってないだろうけど。
 初めてちゃんと幸せを願えたのが、別れの言葉でだなんて。俺らしいかも、しれないな。
 ―――だが。
「はぁ? なに言ってるのククール?」
 ユルトの反応は、俺の考えていたものとは違っていた。
「え、いやだからさ。俺のことは忘れて幸せになってくれって」
「なに言ってるの、そんなのやだよ。僕ククールのこと絶対に忘れないよ。ククールのこと好きだもん」
 う……だからそういう言い方されると俺に惚れてるんじゃないかと思えちまうだろうがこいつはホントに………!
「それにククール口では忘れてくれなんて言うけど、本当に忘れたら絶対泣くよ。今だって泣きそうな顔してるじゃない」
「え、えぇ!?」
 マジか!? 俺そんな顔してるか!?
「僕とどっか遠いところに行きたいって言った時、ククールは本当の本当に本気だった。そうしたいってすごく思ってるのがわかった。だから僕だって、本気で応えるんだ」
「………ユルト」
 その言葉は本気なんだろう。俺のことを大切に思ってくれてる、心底そう思ってくれてるのはよくわかる。
 それはたまらなく嬉しい――だけどユルト、お前にとって俺は、一番じゃないんだろ?
「……そういうことは姫様に言ってやれよ」
「なんでミーティアが出てくるんだよ」
「お前が一番好きなのは姫様だろ? この世で一番愛してるのも、結婚するのも姫様だ。……俺はどんなに特別でも、仲間以上にはなれないってわかってるから……だから」
「なにそれ! 僕はククールも同じくらい好きだよ! 世界で一番好きな人たちの一人だって言ったじゃない!」
 いやだからそういうことじゃなくてな!
「だからさ……例えば目の前で俺と姫様が崖から落ちそうになってたら、どっちを先に助ける? っつう話だよ」
「そんなの近い方からに決まってるじゃない」
 いやそういうことでもなくてー。
「片方を助けたら片方が落っこっちまうとしたら?」
「近い方を助けてから僕も飛び降りる。そんで途中でなんとか助ける」
「途中で助けられないとしたらどうするんだよ」
「それでも助けるの!」
「無茶言うなよお前は……」
「無茶言ってるのククールの方でしょ!」
 ユルトはきっと俺を睨んだ。ユルトが腹を立てているのが俺にはわかった。
 わかってるけど……なんで?
「どうしてそんな必死に順番決めようとするの!? 好きな人に序列つけてなにかいいことある!? すごく好きな人同士をどっちが好きかって比べたって、嫌な気持ちになるだけじゃない!」
「いや、っていうか……自然に比べちまうっつうか、順番ができてくるもんだろ?」
「そんな自然僕知らないよ! 好きって気持ちが今ここにある、大切にしたいって思った、それでいいじゃない! ムキになってどっちが上かって順番決めたって、そんなのいつ入れ替わるかわからないんだよ。バッカみたいじゃないそんなの!」
 え……そう言われると間違ってるような気もするけど……。
 違う違う違うそうじゃない。そういう問題じゃないんだこれは!
「そんなこと言ったってユルト、お前は俺よりも姫様を優先するんだろ!?」
「なんでさ! 僕はその時大切にしたいって思った方を大切にするよ!」
「嘘つけ! 俺よりも姫様が好きなくせに!」
「だからどっちも好きだって言ってるじゃない、どーしてわかんないの!?」
「わかるか! 結局お前は俺じゃなくて姫様と結婚しちまうんだろうが!」
「………………」
 ユルトがきょとん、とした顔をして黙りこんだ時になって、俺はさーっと顔から血の気を引かせた。
 なに言ってんだ、俺。
 ユルトはじーっと俺を見つめて、言ってきた。
「ククール、僕と結婚したかったの?」
「う……いや、そういうことじゃなくてな」
「じゃあどういうこと?」
 じーっと真剣な目で顔を見つめられ、俺はええいもう! と開き直った。
「そーだよ俺は結婚したいっつーか、ずーっとお前と一緒にいたいんだよ! だから姫様にも嫉妬したしどっか遠いところへ行かないかって言ったんだ! 俺はお前が好きなんだ、愛してんだよ! だから俺は俺と同じように、お前にも俺をお前の一番にしてほしかったんだっ!」
「………………」
「……笑いたきゃ笑えよ」
 じっと見つめてくるユルトに耐えきれず、俺はうつむいた。
 すると俺の言った通り、ユルトの笑い声が聞こえてきた。けど、馬鹿にするような笑いじゃなくて優しげな、愛情に満ちた笑い声だった。
「なんだ、そうだったんだ。ククール、僕のこと好きだったんだ」
「……お前だってわかってたんだろ」
「ううん、わかってないよ」
「はぁ!?」
 俺は思わず顔を上げてユルトを見てしまった。
「お前……あれだけ俺とヤっといて、わかってなかったのかよ!?」
「だってククール女たらしだし。単にしたいだけなのかなーって思ってた」
「つうかな、女たらしだからこそ、同じ奴と何度もヤるのは愛があるからだって……」
 ……言えねぇ。俺途中までは心底遊びのつもりだったもん! うわーユルトのこと責められねえぇぇ!
「よかった、ククールが僕のこと好きで。僕、すごく嬉しい」
 ユルトは本当に嬉しそうだった。もしかして天然なこいつでも、俺の気持ちがわからなくて苦しいときとかあったのかなって思うと、ひどく申し訳ない気分になって、俺は頭を下げていた。
「………ユルト………ごめん」
「なんで謝るの? ククールどっか遠くに行きたいんじゃなくて、僕と一緒にいたかったんだってわかって、僕すっごく嬉しいよ。それなら最初からそう言ってくれればよかったのに」
「………なんで?」
「だって、話が簡単になるじゃない」
「は?」
 困惑する俺に、ユルトはにっこりと笑った。
「ククールがただ僕と一緒にいたいだけなら、ずっとここにいればいいんだから簡単だよ」
「へ……いや一緒にったってな、俺はただお前と一緒にいたいわけじゃなくて……」
「それでククールも僕と結婚すればいいんだもん。簡単じゃない」
「………は? はぁ――――!?」
 俺は困惑し、それから絶叫した。こいつ、本気で言ってやがる。
「お前な、わかってるか? 男と男は結婚できないんだぞ?」
「そんなの誰が決めたの?」
「いや普通できねぇだろ! 今までそんな話聞いたことねぇぞ!?」
「どんなことだって初めてっていうのはあるよ。いいじゃない僕たちが世界で初めての男同士結婚で」
「モラルに反してる! 子供作れねぇのに結婚なんて……」
「モラルっていうのはみんなが幸せになるためにあるものでしょ? 僕たちが幸せならそれでいいじゃない。子供が作れないのが問題って言うけど、それじゃあ子供のない夫婦は結婚しちゃいけなかったとでも言うの?」
「いや、そーいうわけじゃねぇけど……つうか重婚だろ! 重婚は神の掟に反してるぞ明らかに!」
「神様なんて僕どーでもいいよ。だって別になにかしてくれるわけでも罰を下すわけでもないじゃない。そんなの気にして幸せになる方法を見逃すなんてそっちの方が馬鹿馬鹿しい」
「そ、そりゃ理屈ではそうだけどなぁ………!」
「ククール」
 ユルトは真剣な顔で俺を見上げ、言った。
「僕と結婚したいの? したくないの?」
「う………………」
 その言葉と久しぶりの上目遣いに、俺の頭からは理屈が吹っ飛んだ。
 ただもう頭の中がユルトでいっぱいになって、俺は――
「したい、です」
 ――素直にそう答えてしまっていた。
「そ!」
 ユルトはにこっと、たまらなく明るく笑うと、俺を引っ張った。
「それじゃあこれからトロデ王とミーティア姫のところへ行こ!」
「は? な、なんで」
「だってククールと僕も結婚するんだってこと報告しに行かなきゃ!」
「………はぁ―――――!? なに言ってんだおいっ、離せよこらっ、馬鹿何考えてんだ引っ張るなやめろうわ―――っ!」
 ………そして俺たちはトロデ王とミーティア姫のところへ参上し、結婚したいんですと打ち明け―――
 すったもんだがあったけど、結局俺とユルトは――
 ミーティア姫とユルトの結婚式のあとに、こっそり式を挙げることになってしまったのだった。

「ククール、なんで列席者仲間内だけなの? 世界で初めての男同士の結婚式なんだから、もっと派手にすればいいのに」
「頼むから内輪だけの式にしてくださいお願いします」
 つうか姫様やらトロデ王やらゼシカやらヤンガスやらがいるだけで俺はもういっぱいいっぱいなんだよ!
 姫様とユルトの結婚式は予定通り行われた。サザンビークやアスカンタからも王族がいろいろ来た(チャゴスは来なかった)盛大な式で、みんなに祝福されながらユルトと姫様は誓いのキスをした。
 ……で、結婚披露宴を終えてみんなが寝付いた頃、俺たちはこっそり戻ってきて式を挙げた。ユルトは姫様との結婚式の衣装の予備、俺は普段通りの格好、神父役は俺が兼任という安上がりな式だったけど。
「別に僕ウェディングドレス着てもよかったのに。ククールが着てもよかったんだよ?」
「これでいいから十二分に満足してますからそれ以上言わないでくださいお願い」
 つうか姫様とトロデ王の前でくっつくなよーっ! 姫様はなんかにこにこ笑ってるし、トロデ王は平然とした顔してるけど、それが逆に怖ぇぇぇ!
 俺は、当然俺とユルトの結婚話なんて一蹴されると思った。相手にされっこないと思っていた。
 それが姫様が「ユルトがどこかへ行ってしまうよりそばにいた方が嬉しいわ」とにっこり笑って受け容れ、最初「姫と結婚せんつもりか」とすごい剣幕だったトロデ王も「しっかり姫の夫としての役目を果たすならよしとしよう」とうなずいて。
 俺が呆然としている間にどんどん話が進み、俺とユルトは結婚することになってしまったのだった。
 ……誓いのキスまでやったんだよみんなの目の前でっ! ああもー俺ってなにやってんだろ……。
「なぁ、トロデ王。あんた本当にいいのか? 自分の娘が重婚されよーとしてんだぞ?」
「うむ、じゃがまぁよそに行くという気はなくしたわけじゃし。家臣の恋路を応援してやるのも王の務めかと思うてな」
「……へ? 家臣? って、もしかして……」
「お主のことに決まっておろうが」
 ――――!!
「お………俺って、まさか………気づいて………」
「お主とユルトが恋仲だったということか? 気づいておるに決まっておろうが」
「――――――!!!」
「もしかして、気づかれていないと思っていたのですか?」
「――――――!!!! ひ、ひ、ひ、姫様までっ!!??」
「だからユルトの遠くへ行きたいという話を信じたし、結婚するというのを許可したのじゃろうが」
「嫌だと言い張ってユルトに逃げられては困りますものね」
「あー、僕逃げたりなんかしないよ!」
「それはわかっていたけど。あ、といっても本当にすごく嫌というわけではないのよ、ユルトを独り占めできないのが少し寂しいだけで」
「そっかー。ごめんね、ミーティア」
「いいのよ、ユルト。ミーティアはあなたのそういうところが好きになったんだもの」
 笑いあうユルトと姫様、それにトロデ王に俺はひたすら呆然としていた。なんなんだ、なんなんだそりゃ。こいつら……こいつら全員なんかおかしくねぇか!?
 ゼシカとヤンガスがぽんと肩を叩く。すがるように見つめた俺に、二人は笑った。
「まぁ、いろいろ大変だと思うでがすが」
「好きな人と結婚できたんだから、頑張ってよね」
 ……いいのか……本当にいいのか俺!? こんな天然ばっかりの奴らと一緒に暮らすなんて選択して!?
 間違ってる、なにかが明らかに間違ってる、とぶつぶつ唱えていると、ふいにユルトがこっちを見てにっこーっと思いきり明るく笑った。
 その笑顔に俺は思わず笑い返してしまう流されやすい俺だった。

「………本当にこれでいいのかな、俺たち………」
 俺は自分にあてがわれた客用の寝室のベッドに腰かけて、一人ごちた。
 結婚式の夜、ユルトとミーティア姫は新しく作られた夫婦の寝室に寝ている。俺は当然その中には入れない。
 城の兵士団の中に聖騎士分隊――つまり俺用の役職を作ってくれる(つまり俺にもここで生きていけるように仕事を作ってくれる)とは言っていたが、今のところは俺はまだお客だ。
 だから俺は客用寝室で、一人考える時間が持てたわけだ。
「本当は、いいわけねえんだよな……」
 男同士で結婚なんてんなアホな、という思いは結婚したいと言ってしまった以上俺が言える台詞じゃないだろうが、それでもこんなのは不自然だ。いつか絶対破綻をきたす日がくる。
 男同士ってのはともかくとしても、重婚ってのが致命的だ。俺は姫様に嫉妬するし、姫様だって俺の存在は面白くないだろう。血で血を洗う修羅場になりかねないと、誰だって思う。
 それに曲がりなりにも一国の王女の夫、つまり王ともなろうって人間が男と重婚なんてのはいくらなんでもまずいだろう。スキャンダルは起こさない方がいいに決まってる。
 なにより――ユルトは俺を、俺と同じような意味で好きなわけじゃない。目の前に差し出されたんでついつかんじまったけど――そんな関係、長く続くわけない――
「……やっぱ、結婚して早々だけど、別れなきゃなんねえのかな……」
 けど自信ねえなー、あいつに本当に別れたいのかって迫られたら意地を張る気合が俺にはない。
 だって俺の心は、ずっとユルトのそばにいたーい、ずっとユルトといちゃいちゃしてたーい、って言ってるんだもん。
 そんなことをぶつぶつ言っていると――
「ククール、僕と別れたいの?」
「どわぁっ!」
 急に声をかけられて、俺は文字通り飛び上がった。
「………ユルト! お前、姫様と寝てたんじゃなかったのか!?」
「寝てたよ? いろいろ話してたんだけど、ミーティアが寝ちゃったからククールのところに来たんだ」
「……話してただけなのか?」
「うん。なんで?」
 俺は思わず頭を押さえた。これはカマトトぶってるってことなのか……?
「お前な、新婚初夜なんだぞ? 姫様には経験ないんだろうし、お前がリードしてやんなくちゃ駄目だろうがよ?」
「リードって、なんの?」
「……だからぁ……その、寝るリードだよ」
「? 寝るにリードもなにも必要ないじゃない」
「お前な、冗談言ってるつもりだったら少しも面白くねぇぞ。だからぁ……セックスだよ、セックス。俺とお前がよくやってたこと」
「セックス?」
 初めて聞く言葉のように、ユルトはきょとんとした顔でその言葉を口にした。
「ミーティアとなんでセックスするの?」
「……………………」
 俺は今度こそ頭を抱えた。
「お前……本気で言ってる?」
「え、なんで? 結婚したらセックスしなくちゃいけないって決まりとかあるの?」
「決まりはねぇが、するだろう普通! 誰はばかることなく惚れた相手とセックスができるんだから!」
「えー、でも僕、別にミーティアとセックスしたいとは思わないなぁ。ミーティアがしたいって言うならするけど、別にそんなこと言ってなかったし」
「そういう問題じゃねぇだろーっ! 姫様のほうからそんなこと言えるわけねぇだろ!?」
「なんで?」
 純真な瞳でそう問われ、俺は泣きたくなった。なんで俺が恋敵と惚れた相手のセックスを勧めなきゃなんないんだろ……。
「……お前、なんで姫様と結婚したんだ?」
「ミーティアが好きだからに決まってるじゃない。ミーティアとずっと一緒にいて、幸せにしてあげたいなって思ったから」
 その言葉を聞いて、思わず俺は胸が痛んだが、わかってたことじゃないかと自分を戒めて話を続ける。
「じゃあなんでセックスしたいって思わねえんだよ。惚れてるならしたいって思うだろ、普通」
「うーん、セックスしたいっていうのが惚れてるってことなら、僕別にミーティアに惚れてないなー」
 俺は仰天した。
「はぁ!? って、だったらなんで結婚すんだよ!?」
「だから、ミーティアが好きで、ずっと一緒にいて幸せにしたいからだって」
「だったらなんでセックスしたいって思わねえんだ!?」
「……あのさ、僕の方もククールに聞きたいんだけど。なんで好きとセックスをイコールで結ぼうとするの?」
 ユルトは本当に不思議そうな顔で、俺に問うた。
「好きにもいろんな好きがあって当然じゃない。セックスしない好き、セックスする好き。結婚したい好き、結婚したくない好き。いろいろ好きがある中で、僕はミーティアと結婚して、ククールとも結婚した。それだけでなんかいけないことあるの?」
「え………て………」
 俺はそう問われて、思わず考えこんでしまった。確かにそう言われるとそう思えてこないこともないが………。
 いやいやいや納得しちゃまずいだろう! これは人としてどうかと思うぞ!?
「そんなん誠実じゃないだろ!?」
「なんで?」
「なんで……って……普通一番好きな奴はただ一人だけだからだ!」
「あのさ、この前の口喧嘩またしなくちゃ駄目なの? 一番好きな人をやっきになって決めたって、そんなのちょっとしたことですぐ入れ替わっちゃうんだよ? なのにどうしてそんなにムキになるの?」
「だって……だからなぁ………!」
 俺はぐるぐるする頭を必死に整理しようとした。なにがいけないのか? ユルトのなにがこんなに俺は気に食わないんだろう? 結婚できたのは嬉しい、好きな奴がそばにいるのは嬉しい。だけどそれだけじゃ―――
「お前を――」
 ぐるぐるする頭から、俺は必死に言葉を発していた。
「お前を独占したいんだ! 俺一人のものにしたいんだよ!」
 ――言ってみると、それが一番自分の気持ちに近い気がした。
「俺はお前が一番好きだから、お前にも俺を一番好きになってもらって、ただ一人の人にしてほしいんだ! 姫様と共有するんじゃ、やなんだよっ!」
 ―――なんて欲深な俺の心。
 本当ならもうとっくに失われてたはずの恋なのに、本当なら満足しなくちゃいけない状況にいることもわかってるのに。なんでこうも欲深になってしまうんだろう。
 ……けど、正直な気持ちだ。相手を独占して、相手にも独占してもらいたい。ただ一人の人になってもらいたい――それは、俺にとってはごく当たり前のことなんだ。
 俺はその当たり前をしたくなくて、ずっと女たちから逃げてきたのだけど。
 俺の言葉にユルトはしばし、真剣な顔をして考えこんだ。
 それから言った。
「ククール、それは無理だよ」
 ――俺は心にナイフを突き立てられたような気分になった。
「……無理、か」
「うん、無理。だってさ、普通に考えてみてよ。僕たちは二人きりで生きてるんじゃないんだよ。いろんな人と関わりあって、人の集団の中で生きていってるんだよ? なのに相手を100%自分だけで満たそうなんて無理だよ。絶対、他の人の成分がどっか入ってくるもん」
「……それはそうかもしれねえけどさ……」
 俺の言いたいことってそういうことじゃ……。
 そうか? じゃあどういうことなんだ? 俺の言いたいこととユルトの言いたいことはどうずれてる?
 ……そう自問すると、なんだか別にずれてないような気もしてきちまう。俺ってどういうことを言いたいんだっけ?
「ククールだって心の中全部僕だけで満ちてるわけじゃないでしょ? マルチェロさんとか、ゼシカとか、ヤンガスとかトロデ王とかどっかで見た可愛い女の子とか。そういう人たちのこともちょろっとは考えるはずじゃない」
「そ、そりゃそうだけど……ホントにちょろっとだぞ? 俺は別にそいつらと結婚したいとか思ったりしねえからな!」
「うん、それは知ってるけど。結婚してたって浮気する人はいっぱいいるでしょ? 心ってずーっと同じ人のこと考えてられるわけじゃない。思いの強さも、対象も、どんどん変わっていく。そうでしょ?」
 その言葉に、俺はけっこう衝撃を受けた。
「……俺とも別れるかもしれないってのか」
「うーん、そりゃ可能性としてはありうるよね。今の僕はククールとずっと一緒にいたいって思ってるし、この気持ち一生変わらないんじゃないかなーって気もするけど、それはその時になってみないとわかんないよ。でもさ、それで当たり前じゃない?」
「……え?」
「いつ別れるかもしれない、嫌いになるかもしれない。でも今は好きなんだよ。いつか嫌いになるかもしれないから、別れるかもしれないから、今のうちに別れるって、本末転倒じゃない?」
「そ……そりゃ、そうかもしれねえけど」
「それにね、どんなに幸せな時間が長く続いたって、いずれは別れるんだよ」
「は?」
「どっちかは必ず先に死ぬわけだからね」
 俺は思わず息を呑んだ。こいつが――この天然脳天気ユルトが、そんなこと考えてたなんて。
「だから今を大切にするんじゃない。いつかどんな形にしろ必ず別れは来る、だから今を楽しむわけでしょ? いつか来る別れに怯えて今楽しい時を無駄にするのって、馬鹿みたいだと思うよ」
「…………」
「だから、僕も欲張りになるんだ」
「………は?」
 俺はぽかんと口を開けた。話の繋がりが見えない。
「僕はいつか必ず、ククールとも、ミーティアとも、トロデ王ともゼシカともヤンガスとも別れることになる。だから、僕はこの手ですくえる幸せは全部すくいたい」
「…………」
「僕はね、ククールも、ミーティアも、トロデ王も、ゼシカもヤンガスも量で言ったら同じくらい好きだよ。それがどんな形かはいろいろ差があるけど。世界で一番好きだって思う。その人たちのうちの二人が、僕と結婚したいって言った。だったら叶えてあげたい、そう思うんだよ」
「……俺も姫様も同じくらい好きだから――か?」
「うん。どっちも一生そばにいてくれたらすごく嬉しい」
「嘘つけ俺と再会したあと姫様と一緒にトロデーン帰っちまったくせに」
「あれは行きがかり上……それにククール、ラプソーン倒したあとなにも言わないで、しかもなんにもしないでどっか行っちゃったからもう僕とは会いたくないのかなって思ったから」
「…………」
 思わず、胸をつかれた。
「……お前、気にしてた?」
「うん。ミーティアとの結婚式をきっかけに、ククールと仲直りできたらいいなって思った」
「…………」
「ククールもミーティアも、僕のことを独占したいなって思ってるのはわかってる。だけど、僕はどっちかだけ幸せにしてもう片方が不幸になるの見るの嫌なんだ。二人には悪いんだけど、ちょっと幸せが減るかわりに、みんな幸せになるってことで、そのへんで我慢してくれない?」
「…………」
 ユルトの真剣な顔を見て、俺は苦笑した。
「おい、ユルト。そりゃめちゃくちゃ都合のいい男の言い分だぞ」
「そうなの?」
「一人の人間が一人を幸せにする。それでやっとだろ。そんなんじゃ俺も姫様もどっちも幸せにはできねえぞ?」
「ククール、幸せじゃない?」
「…………」
「僕といて、幸せじゃない?」
「…………」
「僕はククールといて幸せだよ。ミーティアといても幸せだ。でも、そのどっちが幸せじゃなくても、僕は幸せじゃないんだ」
「……じゃあ、お前は俺と姫様どっちと一緒にいたい」
 俺の問いに、ユルトは真剣に答えた。
「僕はどっちとも一緒にいたい」
「……それは、俺たちがお前を必要としてるからじゃないのか?」
「それもある。僕が二人とも一緒にいたいって思ってるせいもある」
「…………お前、恋ってどういうもんかわかってるか」
「恋………」
 俺の唐突な問いに、ユルトは真剣に考えた。
「…………恋ってどういうものかはよくわからないけど。僕はククールのことが好きだよ」
 それじゃ駄目かな? と悲しそうな顔になって首を傾げるユルトに、俺は白旗を上げた。
 こりゃ駄目だな。初めっから感情の型が違うんだ、話になりゃしない。
 こいつは本当に俺のことが好きなんだろう。でも、恋してはいない。たぶん。
 独占したいとも思わないし、たぶん俺がどっかで幸せに生きてくれてりゃそれで嬉しいのかもしれない。たぶんこいつはゼシカやヤンガスやトロデ王が結婚したいっつってもあっさり受け容れるんだろう。
 それがきっと、こいつにとっては最上級の愛の形なんだ。情熱の滲まないひたすらに広く、穏やかに注がれる愛の形。
 ……それに俺は救われたんだが。
 どうすりゃいいんだろうなー、結局俺はこいつに恋してはもらえなかったわけか、と自嘲しつつユルトを見つめていると、ユルトがふいにむっとした顔をした。
「ククール、また変なこと考えてない?」
「変なこと?」
「言っとくけど逃げ出したりしたら僕どこまでも追いかけていって捕まえて戻ってくるからね、ククールが僕と一緒じゃなきゃ幸せになれないのはわかってるんだから」
「……その自信はどこからくるんだ?」
 ユルトはにっこりと笑って答えた。
「ククールが僕を好きで、僕もククールを好きだからだよ」
 ―――ああ、もう。
 どうしてくれようこいつ、この自信。こいつはたぶん本当にそれを信じてるんだ。
 そしてそれは正しい。
 どうしてこいつはここまで正しいんだろう。どうしてここまで思いを信じられるんだろう。
「だって、わかるもん。伝わる。僕が今すごーくククールが好きだなーってドキドキしてるみたいに、ククールも好きだなーってドキドキしてる時」
「………ドキドキ?」
 思ってもみなかった言葉に口を開けると、ユルトは笑う。
「ククールへの好きはね、胸がちょっとだけドキドキするんだ。初めてセックスした時から。キスしたいなセックスしたいなって思った時に、ちょっと胸がドキドキする」
「………本当に………?」
「嘘ついてどうするの?」
 にこっと朗らかに優しく笑うユルト―――
 俺は。
 ユルトを抱きしめていた。
「ククール……」
 ユルトが熱に浮かされたみたいな声で言って、俺の背中に腕を回す。
 その熱を確かに感じながら、俺は内心で吠えていた。
 もしかしたら。
 もしかしたら、ユルトの心の中では少しずつ恋が育ってるのかもしれない。
 俺と同じような、相手の顔を見たらドキドキして、相手が欲しいって、理屈抜きにして独占したいって思う気持ちが育ってるのかもしれない。
 それは儚い希望かもしれない、思い込みかもしれない、けど―――
 思い込みのひとつもしないで、恋ができるか!
「ユルト。セックスしよう」
 その言葉に、ユルトは笑った。
「うん、しよう!」
 ベッドに腰かけながら話していたので話の進みは早い、俺はユルトをベッドに押し倒した。
 ユルトの心の中で俺への恋が生まれているのなら。俺はそれを育ててやる。
 思いきり大きく育てて、俺を好きで好きでたまらなくしてやる。
 ―――希望が、生まれた。
「ん………は、ッア」
「フ、はっ、ふ」
 お互い思いきりディープに舌を絡ませながら喘ぎ声を漏らす。考えてみりゃすげぇ久しぶりのセックスだ、なんか俺めちゃくちゃ興奮してる。
 こいつへの恋が一方通行じゃなくなるかもって希望が生まれた。小さな希望かもしれない、けど確かに生まれた。
 いつでも後ろ向きな俺も、ここで前向きにならずにどうするってんだ!
「ん……ククー、ル……」
「ユルト」
 ユルトが股間をまさぐられて俺を誘うように喘ぐ。俺の息はすでに荒かった。
 お互いひっぺがすように服を剥ぎ取って、激しいキスをしながらお互いの体をまさぐる。互いの熱がどんどん上がっていくのがわかった。
 ――たまらない、その快感。
「ン、は、あ、う」
「ユルト、ユルト」
 心は早く繋がりたいと急かしているが、久しぶりなんだ、ユルトのアヌスをしっかり広げてやらなくちゃならない。俺は用意していた香油の瓶を開けるのももどかしく、震える手でユルトの後孔に香油を塗りこめる。
「ククール、もう、いい、から」
「ユルト……けどまだちゃんと慣らせて」
「早くククールと繋がりたい、から……! おねが、はやく、きて………!」
「…………!」
 そんなこと言われて、我慢できるか。
 俺はユルトの後孔にペニスを突き入れた。久しぶりなせいかスムーズに入らず、ぐり、ぐりと押し進めるように挿れていくしかない。
 だが、それがまた、たまらない快感だった。
「ユルト……ユルト、好きだっ」
「くく……僕も、僕もっすきっ」
 ユルトの絶妙に締めつけてくるアヌスを少しずつ割り開いていき、ピストン運動を開始する。俺が動くたびにユルトはたまらなくいやらしく喘ぐ。その――昂ぶり。
「ユルト……ユルト、俺、ユルト………!」
「ククール、ククール、あ、あ、あーっ………!」
 さほどまだ動いてもいないうちに――
 先に達したのは、悔しいがたぶん俺の方だった。

 数ヶ月ぶりにさんざん盛りあって、空が白み始めた頃――俺たちは心地よい疲れに身を任せて、ぐったりとしていたのだが。
 あー、もー少ししたら雄鶏が鳴き始めるなー……と思っていたら、はっとあることに気がついた。
「おいユルト、起きろユルト!」
「んー……なぁにぃ……?」
「お前姫様と結婚したんだろ! だったら姫様と同じ部屋で起きなきゃまずいだろうが!」
「えー? だってククールとも結婚したじゃん」
「城のほとんどの奴はそれ知らんだろーっ!」
「教えてあげればいいんじゃないの? 別に誰も困らないじゃない」
 いや、困る、確実に俺が困る。という言葉は口には出さないでおいた。
「……いいから帰れ。新婚早々に目覚めて旦那がいないって知ったら姫様悲しむぞ」
「あー、それもそうだね。じゃあ帰る」
「……おい、誰にも見つかんなよ! 匂い消しにこの香水つけてけ、ほら」
 さんざん世話を焼いて寝ぼけ眼のユルトを送り出し、俺は息をついた。
 ……あいつはバレてもかまわないなんて悠長に構えてるけど。ていうか周りの目なんて気にしないだろうけど。
 俺は気にするし、あいつが後ろ指を指されるのも嫌だ。……姫様にも、いまさらながらに気兼ねするし。
 だからどうしたって俺たちの恋は忍ぶ恋になっちまう。本当ならこんな恋さっさと諦めて、次の恋を見つけるのが得策なんだろうけど――俺の方はどうやら一生、あいつ以外に恋なんてできそうにないし。
 それに、あいつの言っていた――
いつかどんな形にしろ必ず別れは来る、だから今を楽しむわけでしょ?
 そう、いつか別れはくるかもしれない。この恋をいつか後悔する時が来るのかもしれない。
 だけど今は好きなんだ。心から愛してるって胸を張って言える。今はそんな今の気持ちを大切にしたい。
 だって俺は、今の俺は、あいつがいつか俺に恋してくれる日がくるかもしれない、そう思うだけでたまらなく胸が高鳴るんだ。
 そんな恋ができる相手が見つかった――それだけで、生まれてきてよかったって言えるんじゃねぇかな。
 俺、けっこう幸せかも。生まれて初めてそんなことを思って、俺はにへらあとだらしなく笑った。

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