曙光
 風祭は苛ついていた。
 当然、その原因は龍斗である。
「またか。今度はいったいなんなんだ?」
 稽古が一段落ついた時に、九桐がそう訊ねてくる。
 風祭はギッと九桐を睨み、押さえつけたような声音で言った。
「俺があのバカのことばっか考えてるみてェに言うんじゃねェ」
「実際その通りじゃないか」
「なんだとッ!?」
 飛び掛ろうとした風祭の鼻先に素早く槍をつきつけ、動きを封じてから九桐は話の先をうながす。
「で? 今回は師匠のいったい何が気に入らないんだ」
 風祭はしばしぶすっとした顔でそっぽを向いていたが、ふいに小さく呟く。
「……変なんだ」
「なにが」
「あのバカ……たんたんのことだよ」
「師匠のどこが?」
 風祭は九桐の言葉に、堰を切られたような勢いでしゃべりだした。
「どこもかしこも変じゃねぇかッ! ここ数日いっつも何にも話してこねェでじーっと俺の方見てやがってよ、何見てやがんだって言っても『別に』とか言ってまたじーっと俺のほう見てやがるしよ、怒鳴りつけたら何にもしねェで素直にどっか行くしよッ、稽古に誘ってきたりもしねェしちょっかいもかけてきやがらねェくせにいつも近くにいてこっち見てやがるし、気色悪ィったらねェんだよッ!」
「ほう。それは確かに変だな」
 ひょい、と槍を手元に戻して背中に回し、九桐は軽い口調で言う。
「……お前、人事だと思ってるだろ」
「人事だからな。師匠は少なくとも俺には普段とまったく変わらず接してくるし、ここ数日は稽古にもよく付き合ってくれるからむしろありがたいくらいだ。……そうか、お前と稽古しなくなったから俺に付き合ってくれるようになったのか」
 その言葉を聞くと、風祭はなんだか無性に腹が立ったが、道場に八つ当たりして壊すわけにもいかないので苛々しながら頭をバリバリと掻いた。
 当然、苛々は増すばかりだ。
 ムスッとしている風祭を九桐は面白そうに見やって、相変わらず軽い口調で言ってきた。
「それで? お前はいったい何が不満なんだ?」
「不満って……なんだよそれァ」
「師匠にちょっかいを出されていつも怒り狂ってたのはお前だろ? それがなくなったんだ。素直に喜べばいいんじゃないのか?」
「うッ……」
 風祭は思ってもみなかった意見を言われてしばし口篭もった。確かに、龍斗がやってくるようになったことといえば黙ってこっちを見つめてくるぐらいのもの。以前よりは格段にこっちに関わってこなくなったと言っていいだろう。確かに喜ぶべきことなのかもしれないが、しかし――
 風祭はしばしの沈黙のあと、ふんッとそっぽを向いて怒鳴った。
「だからってなッ、あんな風にじろじろ見られてたんじゃ気色悪くてたまんねェんだよッ!」
 そうだ、気色悪いのだ。
 鬱陶しくて、張り合いがなくて、胸の当たりがムズムズするくらい気色悪くて――だから苛々するのだ。
 ただあんな、妙な感じの目で見られたら苛つくというだけなのだ。
 もの言いたげな、ひどく切実な感情を込めたややこしい目でこっちを見てくるくせに、なんにも言わないあいつの顔を見てると――
 猛烈に苛つく。
 九桐は腹立ちを抑えながら奥歯を噛み締めている風祭を面白そうに見やると、槍の柄をひょい、と道場の外に向けた。
「と、風祭は言ってるが。本人としてはどう思ってるんだ、師匠?」
「なッ……!」
 ばっと風祭が柄の先を見ると、いつのまにか道場の入口には龍斗が所在なげに立っていた。困ったような顔をして、風祭と九桐を六:四くらいの割で見比べている。
「……いつからいやがったんだ」
「だいぶ前からいたぞ。本当に気付いてなかったんだな」
「………」
 龍斗をギロリとにらむ。
 龍斗の困ったような、戸惑ったような、そしてどこか切羽詰まった眼差しと目が合う。
 しばらく無言のまま目を合わせ――龍斗の方が先に目をそらした。
「―――!」
 カッとなった風祭は、つかつかと龍斗に近寄ると横柄な口調で告げる。
「おい、たんたん。てめェ道場の後片付けしとけ。隅から隅まで塵一つ残らねェように磨いとけよ」
「おい、風祭……」
 九桐が諌める前に、龍斗は静かにうなずいていた。
「……わかった」
「―――ッ!」
 クラクラするくらい頭が熱くなって、風祭は無言で外に飛び出していた。
 なんなんだ。なんなんだあいつ。
 いつものあいつならあんなこと言われて黙ってるなんて絶対にない。蹴りの二三発でも入れてきた後に、したり顔して『お前自分の後始末も自分でできないのか? お子様だなぁ』だの『自分の使った道場を自分で綺麗にするということを怠るとは、武の心構えがなってないな。俺がみっちり教育してやろう』だのからかってくるくせに。
 そもそも普段なら俺が稽古してたら黙って見てるはずがない。いっくら嫌だ向こう行けって言ったって、鬱陶しいくらいくっついてきてなんくせつけたりちょっかいかけてきて、一緒に稽古になだれこむくせに。
 それをあいつ、あんな顔して、『わかった』なんて言いやがって………!
 馬鹿にしやがって。俺なんて適当にあしらえると思ってやがんだ。
 ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……ッ、あのくそったれ!
 俺のこと、なんだと思ってやがんだッ!
 猛烈にムカついて、ギリギリと奥歯を噛み締めながら風祭は走った。

 夕餉のときも龍斗はこっちと目をあわそうとはしなかった。そのくせこっちが他のところに目をやっていると、ちらちらとこっちの様子をうかがってくる。
 風祭はその態度の何から何までがムカついてしょうがなく、凄まじい勢いで食事を終えるとさっさと席を立った。
 なにもかもがひどく面白くなくて、不て寝してしまおうとさっさと自分の部屋に戻った。風呂には食事の前にもう入っている。
 だが、布団の上に寝っ転がっても全然寝つけなかった。腹が立って腹が立って、目をつぶっても悪態ばかりが頭の中に浮かんできて、とても眠れたものじゃない。
 かっかする頭で輾転反側を繰り返す。苛々はどんどん膨れあがり、風祭の中で爆発寸前にまで高まった。
 こんな状態で眠れっこない。外で少し暴れてこようと起き上がりかけた時、すうっと部屋の障子が開いた。
「…………」
 なんとなく、見ないでも誰かはわかった。
「……澳継」
 龍斗の顔が見えないように、風祭は障子と逆の方を向いて寝っ転がる。
「澳継」
 龍斗の言葉を無視して目を閉じる。俺は眠ってるんだ、と自分に言い聞かせようとしたが、駄目だった。
「澳継。話があるんだ。聞いてくれ」
「……俺にはねェよ」
 答えてしまってから内心舌打ちした。さっきまでずっと自分をまともに相手してこなかった奴を、どうして俺が相手しなきゃならないんだ。
 いくらあいつの声が、今まで聞いたことがないくらい真剣だからって。
「ああ、お前には迷惑な話だと思う。はっきり言ってお前には俺の話を聞く義理なんて全然ない――それを承知で頼む。聞くだけでいい、他には何にも望まない。俺の一生涯で一度の頼みだ、俺の話を聞いてくれ」
「…………」
 ちらり、と龍斗の方を見てみると、龍斗は部屋の外の廊下で土下座をしている。
 それを見ると風祭は苛々した。それは龍斗の今までの行動に対する怒りと、龍斗に悪いことをしているような罪悪感、それに龍斗がそんな他人に膝を折るような真似をしたことに対するややこしい怒りにうまく折り合いがつけられなかったせいなのだが、そこまで明文化して考えてはいない。ただ苛々して腹が立ってしょうがないだけだ。
「頼む、澳継。今までの俺の行動に腹を立ててるのはよくわかってる。そのことも含めて、ちゃんと話すから……頼む。俺とちゃんと向き合って話してくれ」
「…………」
「頼む、澳継」
「…………」
「頼む……」
「…………」
 沈黙。
 風祭はもう一度、ちらりと龍斗を見やった。
 龍斗は相変わらず部屋には入らず、廊下で頭を床にこすりつけている。
 風祭はばりばりと頭を掻いて、起き上がって布団の上にあぐらをかき怒鳴った。
「とっとと部屋ン中入ってこいッ! ンなとこに座りこまれちゃ鬱陶しいんだよッ!」
「……ああ」
 龍斗は流れるような所作で立ち上がり、部屋に入って障子戸を閉め、正座して風祭と対峙した。
 風祭は軽く深呼吸して龍斗の方を向き、口を開いた。
「で? 話ってのはなんなんだよ」
「ああ……」
 龍斗の顔はひどく真剣だった。これから戦に臨む時のような、なんとしても相手を討ち果たそうとしている時のような顔だ。
 こんな龍斗の顔は、風祭は今まで、数えるほどしか見たことがなかった。
 なんなんだよ、いったい。
 その気迫に飲みこまれそうになって、風祭はぎゅっと唇を噛み締める。
「俺はここ数日、お前を観察していた」
 おもむろに龍斗が口を開いた。
「観察?」
「ああ。あえてお前と距離を置いて、お前を観察して、俺の中の気持ちをはっきりさせようと思ったんだ」
「気持ち……ってなんだよ」
 風祭の問いに答えず、龍斗は話を続ける。
「正直俺もこの気持ちが本物なのかどうか掴みかねてたんだ。だから距離を置いた。自覚しちまったら、自分の気持ちがはっきりするまでお前と向き合う自信なかったし……お前と触れ合わないで、ただ見てるだけでも俺の気持ちは衰えないか、試してみようと思ったんだ……それで、必死に考えて、さっき結論が出た」
「だからなんなんだよ、その気持ちってのは」
 龍斗は静かな、だが恐ろしいほど真剣な目で風祭を見て、告げた。
「俺は、お前に惚れている」
 ――――瞬間、風祭の頭の中は真っ白になった。

「……………………は?」
 かなり経ってようやく言えたのがその一言だったが、龍斗はそれにかまわず厳粛な表情で独白するように話し続けていた。
「前々からお前のことは好きだ好きだと思ってはいたが、まさか惚れてるとは思わなかったぞ。それもなまなかな惚れ方じゃない、お前のためなら俺の何を犠牲にしてもかまわんってくらい惚れぬいてるんだ。お前のような奴にここまで惚れるとは、全く人生とはわからんもんだな」
 うむうむ、とうなずく龍斗に、風祭はカッとなって怒鳴った。
「てめェ、ふざけてんのかッ! 俺に、ほッ、惚れたなんてバカなこと言いやがって……」
「ふざけてもいないしバカなことを言ったつもりもないぞ」
「嘘つきやがれッ! てめェが俺に……惚れてるだァ!? ンなことあるわきゃねェだろうがッ!」
「なんでだ?」
「惚れた奴にいきなり蹴ったり殴ったりする奴がいるわけねェだろッ!」
「澳継。俺は好きでもない奴にちょっかいかけるほど暇じゃないぞ。それが惚れてるせいだとはつい最近まで気付かなかったが」
「…ッ、けどッ、なにかっちゃからかってきやがるし俺の嫌なことしてきやがるし……」
「好きだからお前にかまいたくて仕方ないんだ。子供じみたやり方だとは我ながら思うが……お前が許してくれるんでつい図に乗ってしまった」
「俺は一度だって許してねェぞッ!」
「だけどお前は絶対に、俺と縁を切ろうとはしなかった。怒ったり殴ったり蹴ったり暴れたり、いろいろしたけどちゃんと俺の方向いててくれたじゃないか」
「……けどッ……そうだよ、大体お前俺のどこに惚れたってんだよッ!? 俺はてめェに優しくした覚えなんかこれっぽっちもねェぞッ!」
「全部。確かに生意気な奴だなとも思ったけど、かまうと過剰な反応してくるのが面白くて、そのつんけんした心を開かせてみたくって、いつもおまえにちょっかいだしてたらいつのまにかやられてた。お前の負けず嫌いで素直じゃなくて喧嘩っ早くてそのくせ仲間思いで優しくて――そういうの全部ひっくるめたお前に惚れちまったんだな。……そういうわけで、俺はお前がめちゃくちゃ好きだ」
「……ッ……」
 なんと言えばいいのかわからなくなり、風祭はうつむいた。
 龍斗はそんな風祭の肩をぽんぽんと叩く。
「すまんな、急にこんな事を言って。……けど、気付いたら――どうしても言わずにはいられなかったんだ。それだけだよ」
「……俺に、どうしろってんだよ」
 ぼそりと呟く風祭に、龍斗は軽く笑った。
「何もしないでいい。いつものお前でいればいいよ。心配しなくても何かしろとかさせてくれとか言ったりしないから」
 その言葉を聞くと、風祭はばっと顔を上げた。
「俺になんかしたいことがあんのかッ!?」
「そりゃ……まあ、な」
「なんだよそりゃァ。俺に何をしたいって!?」
「んー……」
 龍斗は、しばし困ったように眉を寄せていたが、ふいにちょっと笑ってすっと風祭の顔に顔を近づけてきた。
 見る間に龍斗の顔が視界いっぱいに広がり――
 ちゅっ。
「こんなこととか、かな」
 そう言って龍斗はまたちょっと笑う。
 龍斗の唇が自分の唇に触れたのだ、と気付くやいなや、風祭は龍斗の顔に拳をめりこませていた。
「なッ、なッ、なにしやがんだてめェは―――ッ!」
「澳継、声が大きい。みんな起きちまうぞ」
「―――ッ!」
 殴られても平然と笑っている龍斗に心の底からの怒りを覚えながら風祭は龍斗をにらんだ。
 龍斗は、少し困ったような微笑みを浮かべながらこっちを見て言う。
「心配しなくても、もうしないよ。悪かったな、いきなり。まあ、最後の思い出ってことで勘弁してくれ」
「……………」
 その言葉を聞いたとたん、風祭はぴたりと動きを止めた。
「澳継?」
 龍斗が風祭の顔をのぞきこんでくる。
 風祭はぶるぶると怒りに震えながら、感情をむりやり抑えた声音で言った。
「最後の思い出ってのァ、なんだよ」
「え?」
「答えやがれ。最後の思い出ってのァなんだって聞いてんだよッ!」
「いやだから、これでお前とこんなことするのも最後ってことで……」
「……ざけんなッ!」
 ばきっ。
 再び風祭の拳が龍斗の顔に入った。
「澳継……?」
 あっけにとられる龍斗を風祭はギロリとにらむ。
「勝手に惚れて人のこと避けといてそれでいきなりあんなことしやがってしまいにゃ"最後の思い出"だあ? てめェは人のことなんだと思ってやがんだッ! 俺はてめェのおもちゃじゃねェんだぞッ!」
「いやそれはもちろんわかってるけど……」
「だったら! ぐだぐだくだんねェこと言ってねェで、不意討ちもなしで、まっこうから俺にぶつかってきやがれってんだ!」
「…………」
 龍斗は一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「なんだよ、その顔はッ」
「……澳継。それって、望みありっていうように聞こえるんだが?」
「………!」
 風祭は硬直した。そんなことはちっとも考えてなかったのだ。
 ただ、龍斗が自分から逃げ出すような、こっちを見ないような素振りをしたのが腹が立って腹が立って――
 ふいに、龍斗が風祭の顔をつかんで、自分の方に向けさせた。その驚くほど真剣な、緊張した顔が、ゆっくり近づいてくる。
「……澳継。逃げてもいいぞ」
 どうしていいかわからなくて内心オロオロしていた風祭は、その言葉にカッとなって龍斗をにらんだ。
 絶対に逃げない。こいつからは。
 龍斗の顔が広がって、またちゅっと唇が唇に触れた。
 今度は覚悟していたので、取り乱しはしない。だが、龍斗の唇がひどく柔かいのを感じて、風祭はなぜかどきどきした。
 龍斗の唇が角度を変えて何度も何度も触れてくる。きゅっと唇を引き結んで高鳴る心臓に耐えていると、唇にぬるりとしたものが触れた。
 ―――舌ッ!?
 ぎょっとしてわずかに唇を開くと、そこに舌が入りこんでくる。体を引こうとしても後頭部を押さえられているので動けない。
 龍斗の舌は風祭の唇を軽く撫でながら、歯の裏をなぞり、舌に絡みつくように触れてきた。
 ――ん……。
 ちゅっ、ちゃっぴちゃくちゅくちゅ。
 そんな音を聞きながら龍斗の舌を受けていると、なんだかだんだん頭がぼおっとしてきた。
 口の中から体中がどんどんとろけていくような感覚。優しく背中を撫で下ろされるたびに、ビリッと体に電流が走った。
 背筋がゾクゾクして、腰のあたりが妙に熱くなって……なんだかもう、どうなってもいいような気になってくる……。
 半ば夢見心地でいた風祭は、いつの間にか布団に横たえさせられていることに気付きはっとした。
 このままでは――なんだか、まずい気がする。
 慌てて起き上がろうとした風祭の目の前に、すっと龍斗が顔を突き出した。
「なッ……なんだよ」
「澳継。これが最後の機会だ。俺はお前をこのまま抱きたい。だがおまえがいやだと言うなら――今後一切俺はお前に手は出さない。そういう素振りも見せない。もちろん不自然にお前を避けたりもせず、元通りの俺のまま鬼道衆の一員としておまえと接してやる。このままいけば俺はお前を抱いて、それからもしつこくつきまとうと思う。どっちか好きな方を選べ。おまえに選ばせてやる」
 風祭は一瞬何を言われているのかよくわからなかったが、理解したとたん猛烈に腹が立ってきた。
 寝転んだまま龍斗の夜着の袷を引っつかんで引き寄せる。
「オイ。そりゃ要するに断ったらずーっとてめェは俺を騙し続けるってことだろうが」
「え? ……まあそうとも言えるが……」
「ざけんなッ! 俺を適当にあしらえると思ったら大間違いだッ、ぶっ殺してでもそんなこたァさせねェぞッ! 俺はなッ、てめェに嘘つかれんのだけは我慢ならねェんだよッ!」
「……じゃあ、抱かれてもいいってのか?」
「…………」
 風祭の言った言葉からすると、当然、そうなる。
 そこまで考えていなかった風祭は顔から一瞬血の気を引かせたが、すぐにぎっと龍斗をにらみつけて怒鳴った。
「……勝手にしやがれッ!」
 こいつからは絶対に逃げない。そう決めたんだ。
 どんなことがあっても。
 龍斗は苦笑した。
「お前って、本当に……」
「なんだよッ、文句あんのかッ!?」
「……いや、そーいうとこも好きだ」
「なッ……」
 あんぐりと口を開いた風祭の唇にもう一度口付け、龍斗は風祭の夜着をはだけた。龍斗も夜着を脱ぎ捨て、おたがい素っ裸になる。
 風祭は複雑な思いでそれを見つめた。
 俺、このままこいつに抱かれるんだろうか。
 ひどく妙な感じだった。こいつとこんなことになるなんて、想像もしてなかったのに。
 第一、こいつ俺のことが好きとか言ってたけど本当なんだろうか。
 嘘をついてるとは思えなかったけど、なんだか全然実感がわかない。話の進みが急すぎて……もっとも、ゆっくりならいいってもんでもないけど……
「ひゃっ!?」
 急に耳たぶに濡れたものが触れ、風祭は跳び上がりかけた。
 龍斗が自分の耳をしゃぶっているのだ、と気付いた瞬間、軽く耳たぶを甘噛みされる。
「ンあッ……」
 またなんとも言えないゾクゾクした感じが背筋を走り抜けた。
 耳を舐めたりしゃぶられたりしてるだけなのに、どうしてこんな感じがするんだろう。
 絶え間なく体中を流れる電流に耐えながら頭のどこかでそんなことを考えたが、すぐにそんな余裕もなくなった。
 ひょいと龍斗が体を動かし、乳首を口に含むと同時に風祭の股間の一物に触れたのだ。
「なッ…」
 なにしやがる! と叫びそうになったが、慌ててこらえた。勝手にしやがれと言ったのは自分だ。
 目をつぶって耐えていると、龍斗は小さく笑って一物に優しく指を絡めた。
「そんなに緊張するなよ。体から力を抜いて。硬くなるのはここだけでいい」
「……ンなこと、言ったって……」
 そう簡単にできれば苦労はしない。
 生々しい言葉に顔を赤らめると、龍斗はくすりと笑って乳首に口付けた。
「それじゃあ、力が抜けるよう、一回イかせてやるか」
「え?」
 言うや、龍斗は口で乳首を、左手で背中や尻、太腿を愛撫しつつ右手で優しく風祭の一物を扱きはじめた。
「…ッ、はぁッ……」
 しゅっしゅっくちゅにちゅしゃっしゅっしゃっ。
 龍斗の手業は驚くほど巧みだった。たちまちのうちに風祭の一物は限界まで勃ち上がり、先走りをもらしはじめる。
 そして口の愛撫も巧妙だ。音を立てて舐められ、唇でしごかれ、甘噛みされ――体中を撫でられ、一物を扱かれ、この手のことにまったく経験のない風祭はたちまちのうちに追い上げられていく。
「ンあっ……はッ……はぅン……ンッ……」
 ふいに龍斗の唇が乳首から離れた。
 どうしたのかと見てみると、龍斗は風祭の股間に顔をうずめていた。風祭がぎょっとして起きあがるより早く、パクリと風祭の一物を咥えこんでしまう。
「おッ、おいッ!」
 慌てる風祭にかまわず、龍斗は一気に喉の奥まで一物を咥えこむ。そしてそのまま吸い上げるようにしつつ舌と唇で愛撫する。
「うあ……!」
 それは風祭には強烈すぎる刺激だった。今まで感じたことのない、頭の中が真っ白になるような感覚。
 なにもかもが吹っ飛んで、なにも考えられなくなって――
「アッ、はっ、ンあっ、アッ、アッ、あァ―――ッ!」
 意識がある時に迎えた、初めての絶頂――その鮮烈な体験に風祭は何も考えられない状態ではぁはぁと息をついた。
 体中の力が抜けた風祭はぐったりとする。体をひっくり返されても、顔を上げもしなかった。
 が、ふいに後孔に濡れたものが当たる感触に、びくりと体を震わせた。
「おいッ……何してやがんだッ……!?」
「お前の尻の穴を舐めてるんだ」
 あっさり返ってきた風祭の想像を絶した答えに、風祭は今度こそ顔面蒼白になった。
 壮絶に悪い予感を感じながら聞いてみる。
「なんで……そんなことすんだ?」
「そうしないと痛いだろ。お前の尻の穴を濡らして指と舌で馴らして広げて、俺の一物を挿れるんだから」
「…………!」
 硬直した風祭は、一瞬の後猛烈な勢いで暴れだした。
「おい、どうした!?」
「冗談じゃねェッ! 何考えてんだてめェはッ! そんな汚ねェことできるかッ!」
「わかった、わかったから落ちつけって!」
 しばし取っ組み合って、ようやく風祭が荒い息をつきながらも暴れるのを止めると、龍斗は言い聞かせるような口調で言ってきた。
「澳継。汚いって言ったらそりゃあ汚いが、まぐわいっていうのはもともときれいなもんじゃないんだよ。男と女のだって、男の小便するところを女の小便するところのすぐ隣に挿れるわけだからな」
「…………」
「それでも結びつきたい、恥ずかしいのも汚いのも全部越えて深くくっつきたいって思うから、みんなやってるんだ」
「…………」
 なんと答えていいかわからず、風祭は布団に顔をうずめた。
 龍斗はぽんぽんと風祭の背中を叩き、優しい声で言った。
「嫌なら、やめてもいいぞ」
 風祭はその言葉にぎゅっと唇を噛み締めた。
 逃げないと決めたのは自分だ、今更曲げたりしない。
「勝手にしやがれって言っただろうがッ!」
「澳継……」
 龍斗はちょっと溜め息をついて、また優しく言った。
「嫌になったらちゃんと言えよ。痛くしないから、安心しろ」
 そしてまた風祭の後孔に舌を這わせはじめた。
 龍斗の言う通り、痛みはなかった。驚くほど長い時間をかけて、辛抱強く、じわじわと後孔をほぐされ、風祭は口付けられた時のような夢見心地の状態になってきたほどだ。
 いったいどれくらいの時間が過ぎただろうか、ふいにぐいっと風祭の腰が持ち上げられた。
「たんたん……?」
 うつぶせの状態から振り向いた風祭に、龍斗は安心させるように笑った。
「心配するな、痛くないから。息吐いて、力抜いて。全部俺にまかせてくれればいい」
「んッ……」
 軽く一物を扱かれ風祭は小さく体を震わせた。
 龍斗はゆっくりと風祭の体に後ろから覆い被さり、首筋に口付けを落としながら体を密着させる。
 龍斗の髪が体に触れるのを感じ、そういえばこいつとこんなにくっつくなんて初めてかも、などと思っていると龍斗が耳元で小さく囁いた。
「挿れるぞ」
 え? と問い返す間もなく――それが入ってきた。
「ぎっ……!」
 風祭は思わず息をつめた。確かに痛い、というのとは少し違うが――この圧迫感はなんなんだ。
 なんというか、凄まじく大きなモノが自分の体の中に押し入ってくるという感じ。
 めりめりと体の裂ける音が聞こえてきそうだ。息ができない。喘ぐことしかできないでいると、耳元で再び龍斗が囁いた。
「俺の指、噛んでいいぞ」
 そう言って口の前に指を差し出す。
「そうしたら少し楽になるから」
 風祭はもはや問い返す余裕もなく、目の前の指に思い切り噛み付いた。わずかに汗の味がした。
 確かにそうすると、少し呼吸が楽になる。
「動かすぞ」
 その言葉の後、風祭の体に突き刺さったとてつもなく大きなモノがゆっくりと前後左右に動き出した。
 その強烈な存在感が苦しくて、風祭は必死で龍斗の指を噛む。ゆっくりゆっくり、だが確実に体の中を侵食されていく……。
「ンッ!」
 ふいに体中が硬直するほどの強烈な電流が走り抜けた。腰の奥からゾクゾクゾクゥ! というかビリビリビリッ! というか、とにかく強烈な刺激が通り抜けたのだ。
「ンアッ!」
 二度目の刺激。間違いなくこれは龍斗の腰の動きからきているのだ。
「ンッ! アゥンッ、はァんッ!」
 刺激の流れる間隔が短くなってきている。龍斗の腰の動きが激しくなってきているのだ。
 いつのまにか、龍斗は風祭の一物も扱き出していた。律動的に一物を扱かれるのに合わせて、龍斗の腰が風祭の腰に打ちつけられる。
「アッ、あァ、はぁッ、んッ、クッ、んはぁッ」
「はぁっ、くっ、んっ、ふうっ」
 二人の荒い息が交じり合い、波がしだいしだいに高まってゆき――
「あ――――ッ!」
「……っ!」
 ――絶頂が訪れた。

 龍斗とぴったり体を合わせたまま、体を思い切り動かしたときのようなけだるい感覚にひたりながら、風祭は奇妙な思いを抱いていた。
 なんでこんなことになったのか、よくわからない。しょっちゅう喧嘩してて、この世で一番ムカつく相手だと思ってて――そんな奴に惚れたって言われて、抱かれてる。
 俺はこれからどうなるんだろう、と不安と妙な安心感が混ぜこぜになった奇妙な感情を胸の中で弄んでいると、ふいに龍斗が身じろぎした。
「澳継」
「……なんだよ」
 どんな反応をするか内心びくびくしながらぶっきらぼうに顔を向けて言うと、龍斗が困ったように笑った。
「すまん。実は、お前とくっついてたら、なんかまた勃ってきちまって……」
「………は?」
「とりあえず、抜かずの二発、いいか?」
「おいッ、ちょっと待て、なんだよそれッ……アッ、アッ、あァ――ッ……」
 再び動き始めた龍斗に、風祭は抵抗できなかった……。

「………何笑ってやがんだよ」
 目が覚めると目の前に龍斗の満面の笑みがあったので、風祭はそう毒づいた。
 昨晩は死ぬほど疲れた。何度ヤったかわからないくらいいろんなやり方で龍斗は風祭を抱き、ほとんど最後の一滴まで搾り出させられるような勢いでヤりまくり――いつ眠ったかも覚えていないほど、えんえんと攻められたのだ。
 もはや精も根も尽き果てた風祭に比べ、龍斗の方が激しく動いているはずなのに全く疲れた様子を見せていない。
 この化物め、と風祭は内心毒づいた。
 龍斗は笑いを深くして、
「惚れた相手を初めて抱けたんだ、顔が笑うのはしょうがないだろう」
「なッ……」
「あー幸せだ。めちゃくちゃ幸せだ。この幸せを全世界に叫んで回りたいくらいだな」
「おいコラてめェ、そんなことやりやがったらぶっ殺すぞッ!」
「わかってるって。……そうだ、天戒に言って俺とお前の部屋一つにしてもらおっと」
「………は?」
「そうすりゃいつでもヤれるだろ?」
「…………」
 あっけにとられた風祭を尻目に、龍斗は素早く立ち上がった。
「さーて、じゃさっそく天戒のところへ行ってくるか。あーちくしょう、こんなに幸せでいいのかなー」
 鼻歌を歌いながら部屋を出ていこうとする龍斗に、風祭も力が入らない腰を必死で叱咤して起き上がろうとする。
「てめェ、たんたん! 待ちやがれッ!」

「……あの時『嫌だ』って言ってたらこういうことになることもなかったんだよな」
「ん? 何か言ったか?」
 旅の空の下、一戦交えた後。
 寒さを防ぐためくっついていたせいか、龍斗が風祭の独り言に反応した。
「なんでもねェよ」
 そう言って風祭は龍斗にぐりぐりと頭をすりつける。
「どうした?」
「……別に」
 ただ、なんとなく不思議な気がするだけだ。
 あの時こいつに嫌だと言っていたら、こんなふうに一緒に旅をすることもなかったんだろう。
 素っ裸でくっつきあうことも、精も根も尽き果てるまでまぐわい続けることも。
 損したな、と思うこともたびたびある。が――
「……絶対ェ、後悔だけはしてやらねェ」
「何がだよ?」
「うるせぇ」
 そう言って風祭は、龍斗にぴったりくっついて龍斗の唇を額でふさいだ。

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