この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。




スターチスに繋ぐコエ

「梶木ィ――――ッ!」
 いつも通りのゆきっちゃんの大声に、俺は思わずうひゃ、と耳を押さえた。ゆきっちゃんは毎度のことながら、リアクションが激しい。
「梶木てめぇどこ行った、とっとと出てこい、今なら補習三日だけで済ましといてやる!」
 うげ、と俺は思わず舌を出す。んなこと言われたらますます出ていきたくなくなるじゃん、ゆきっちゃんってばそーいうとこ全然わかってねーよなー。もう半年近いつきあいなのに。
「梶木ィッ! ……そーかそーかそんなに俺を怒らせたいか、ならこっちにも考えがあるぞ、あ?」
 微妙にヤンキー入ったゆきっちゃんの唸り声に、お? と耳をそばだてる。ゆきっちゃんはなんだかんだでまっとうな教師だから、どんなに怒っても体罰もしなけりゃセクハラもしないんだけど、さすがに大切にしてるフェラーリに落書きされたってのは腹に据えかねたのかもしれない(落書きったって水ですぐ落ちる塗料なんだけど、当然見た目には全然そんな感じしないのを選んである)。
 どんな反応を返してくれるかわくわくしながらこっそりゆきっちゃんの方をのぞいてみると、ゆきっちゃんはなんか小冊子みたいなのを出して、ぱらぱらめくり、なんか不穏な声で読み上げ始めた。
「お父さんとお母さん、にねんいちくみかじきつよし。ぼくのおとうさんとおかあさんは、とってもやさしくてかっこいいです。どっちもふだんはおしごとがいそがしいけど、おやすみのひにはかならずぼくと――」
「うわぁぁぁあぁぁ!」
 俺は絶叫して掃除用具入れから飛び出し、ゆきっちゃんのところに突撃してばっと小冊子を奪い取った。あんまり必死になったせいでぜぇはぁ言いながら、ぎっとゆきっちゃんを睨む。
「卑怯だぞっゆきっちゃん、小学校の頃の作文読むとか禁じ手だろ! 教え子をこんな風にはずかしめて、教師として恥ずかしくねーのかよっ」
「ほおぉ、いいこと言ってくれるじゃねぇか。そうだよなぁ、まっとうな教師なら教え子に恥をかかせるようなこたぁしねぇよなぁ……お前みてぇな超問題児じゃなきゃな!」
 俺がいきなり掃除用具入れから出てきても驚きもせず、ゆきっちゃんはぎろっ、と俺を睨む。俺は半分条件反射で、てへっと恥じらってみせた。
「やだなぁもー、俺ってそんなに問題児? ゆきっちゃんってば、あんま褒めんなよぉ〜」
「誰も褒めてねぇよお前の耳はどうなってんだ! 入学当初から毎日毎日ろくでもねぇいたずらばっかしやがって! いたずら書きだの落とし穴だの、てめぇは昭和生まれの小学生か! しかも最近は俺にばっかり集中攻撃しやがって、てめぇはそんなに俺の補習を受けてぇのか、あぁ!?」
「だってぇ……ゆきっちゃんがいっつもあんまり激しいから、癖になっちゃって……ゆきっちゃんってば、俺の初めてをあんな風に乱暴に奪ったくせに、もう忘れたのかよ……」
 俺が上目遣いに目を潤ませてみると、ゆきっちゃんはふんと鼻を鳴らしてにやりと笑ってくる。
「そうかそうか、俺の補習がそんなに気に入ったのか。そこまで勉学に勤しみたいというなら、教師として指導しないわけにはいかねぇなぁ」
 ちっ、と俺は舌打ちした。もうこの手はきかねぇか。最初の頃はこう言ったらびっくり仰天して大慌てしてくれたってのに、スレちゃって……時の流れってのは残酷だぜ。
「さて、梶木も期待してくれてるようだし、さっそく教室に行って補習を始めるか」
「へ? え、うそ、マジでやんの?」
「当たり前だろうが。教師の車にいたずら書きっつー問題行動を除いてもな、お前の成績は補習で底上げしねぇとどうにもなんねぇレベルなんだからな。俺の担当以外の教科の補習もしたいくらいなんだ、てめぇにゃ一刻も早く数学の美しさと面白さを理解してもらわにゃなんねーんだよ」
「え、や、数学のそーいうのについてはもうよくわかったんで、ホント、お気遣いなく……」
「いいから来い!」
「ぎゃーっ、人さらいーっ!」

「……なんてことがあったんだぜ!? ゆきっちゃんってばうまくブロックして逃がしてくんねーし、マジで補習受けさせるし! もうさ、なんつーかさ、鬼か! って思わね?」
 俺がそうこの世の無情さを訴えると、俺のマブダチ山田次郎ことジロちゃんは、はー、とため息をついて言ってくれやがった。
「自業自得だろ」
「えぇぇ!? なにその感想!」
「だって普通に考えて先生が怒るのも無理ないと思うぞ。お前ほとんど入学式から毎日みたいにいたずらしまくってんじゃん。落書きしたり罠仕掛けたり、今時幼稚園児でもしないようないたずら。しかも最近は福沢先生狙い撃ちだし、キレるのもある意味当然っつーか……」
「やー、だってさー、ゆきっちゃん反応いいんだもん。他のセンセーはなんつーか、なにやってもスルーするようになってんのにさ、ゆきっちゃんだけは毎回毎回りちぎに怒ってくれるから俺もつい本気になっちゃって」
「お前なー……」
 ため息をつくジロちゃんに、俺はぷーっと頬を膨らませる。ジロちゃんってマジいい奴ではあるんだけど、ゆーとーせーだから男のこーいう気持ちなかなかわかってくんねーんだよなー。
 俺、梶木剛がこの雨上学園に入学してから、半年近く経った。最初は私立とかマジめんどくせーとか男子校とかマジかよーなんて思ってたんだけど、今では入学してよかったなー、って思ってる。
 ダチ連中もいい奴ばっかだし、センセーも優しいし。ゆきっちゃんは反応いいし。校舎はそんな新しくないけど、ちゃんとクーラーとヒーターついてるし。
 それに、俺がどんだけいたずらしても親呼び出さないっつーのが地味にうれしい。めんどくせーからなー、親呼び出しって。親父とお袋どっち呼び出してもぎゃんぎゃんうるせーだろーってのはわかってるし。じーちゃんには心配かけたくねーしさー。
「っていうかさ……お前、なんでそんなに毎日いたずらしてんの?」
「へ?」
「いや、だってさ……いたずらったって毎日毎日やるのも大変だろ? 黒板落としぐらいならまだしも、落とし穴なんて掘るのだけでも大変だしさ。いたずら書きだってなんか、わざわざ落としやすい塗料買ってきてたりするし。なんか、そこまで情熱注いでいたずらするのって、なんか理由があるんじゃないのかな、って思ったんだけど」
 おずおずと、なんかちょっと気を遣った感じに言ってくるジロちゃんに、俺は思わず目をぱちぱちさせてしまった。ジロちゃんがそんなことを言ってくるとは思わなかった。だって、俺がいたずらをするのは。
「や、単に面白いからだけど……」
「………そうなの?」
「うん。それに別に毎日いたずらしかしてないってわけじゃねーだろ? 前に屋上からバンジージャンプする時とかさ、練習しなきゃなんねーからしばらくいたずらしなかったじゃん」
「ああ、ぎりぎりで福沢先生に見つかって大乱闘になったやつな……」
「あれはマジで悔しかったなー! ゆきっちゃんもせめてやり終わるまで待ってくれたらいいのにさー!」
「いや普通止めるだろ……っつーかそのあと授業中に二階の教室から飛び降りて大騒ぎ起こしといてお前……」
「へっへー、リベンジだったからな! やっぱ不意打つって大事だってよくわかったぜ!」
「……じゃあその二週間後に走り出した福沢先生の車の上に飛び乗ってあわや警察騒ぎになりかけたのも……」
「だってゆきっちゃんってば説教なげーんだもん! 補習までするしさー。ちゃんと不意打ったからそれなりに成功しただろ?」
「そのさらに二週間後に職員室に時限花火仕掛けてテロだって本当に警察呼ばれたのも?」
「やー、あれは俺もビビったぜ、計算外だった! バレなくてほっとしたぜマジで、やっぱちゃんと証拠は隠滅しとくもんだよな!」
「……お前マジで一回痛い目に遭え! それで少しは反省しろ、真面目に!」
「えー、なに言ってんだよもージロちゃんてばー。俺別に悪いこととかしてねーじゃん、子供の可愛いいたずらだろ? それでムキになる方とかが間違ってるって思わね? や、まぁ、反応全然なくてもつまんねーけどさ」
「お前のいたずらはそういうレベルの代物じゃないから! うちがここまでゆるゆるの学校じゃなかったらもう退学騒ぎになってるところだから!」
「ったくもー、ジロちゃんってばんっとに真面目ちゃんなんだからなー……あ、やべ、俺そろそろ部活行かなくちゃ」
 俺はひょいと座っていた教室の机から飛び降りて、床に転がしていた通学鞄を肩にかけた。ジロちゃんがちょっとびっくりした顔になって言ってくる。
「部活……って、例のAV部?」
「おう。部員って俺だけだからさー、行かないとゆきっちゃんが寂しがるしー」
 AV部の顧問ってゆきっちゃんなんだけどさ、活動日には毎日部室に来るんだよな。部員俺だけしかいないのに。っつーか、ゆきっちゃんの場合は、部員以上にAVに入れ込んでるからわざわざ顧問になったんだと思うけどさ。
「……そこのところは実際どうなのかは俺にはわかんないけど。でもお前もずいぶん長く続いてるよな? お前、最初はAV部のこと……変なビデオ見る部活だと思ってたんだろ?」
「や、だってフツーそう思うだろ!? AVだぜAV! フツーの人生送ってる奴はAVにアダルトビデオ以外の読み方があるなんて知らねーよ絶対!」
「それは知らないけど……少なくとも、普通の人生送ってる奴は、中高の部活でそんなビデオ見る活動があるとも絶対思わないだろうけどな……」
 そう、俺の所属してるAV部ってのは、アダルトビデオ部じゃなくてオーディオビジュアル部、って部活なんだ。音響と映像を組み合わせたシステムのことをそう呼ぶんだとかなんとか。まぁ、大型テレビとハイファイ音声システムをくっつけたみたいな……要は普通のテレビよりすんごいいい機材使って映画とか見るもんのことらしいんだけど。
 で、そんなマニアしか知らねーよーなもんのこととーぜんながら俺が知ってるわけなくて、部活紹介の冊子見て『AV部』ってちっちゃく書いてあるのを見て、『うおぉアダルトビデオ部!? マジで!? このガッコそんな部活あんのか男子校スゲェ! こりゃここに入部するっきゃねーだろぉ!』と勇んで突撃して――担任であるところのゆきっちゃんと部活でも出会い、その前にちょっとやらかしちゃってたことを引っ張り出されて、AV部を存続させたかったゆきっちゃんに強制入部させられる羽目になったわけ。当然ながらオーディオビジュアルなんてもんに俺はこれっぽっちも興味なくて、今でもそれは全然変わってない。
「ま、ゆきっちゃんに寂しい思いさせるわけにもいかねーしさー。それに部活動の時は視聴覚室使えるからさ、部活動だっつったら映画とかも好きなもん見れるし、菓子食ってても片付けさえすりゃ文句言われねーし、居心地いいんだよな」
「ふぅん……まぁ、それなら別にいいんだけどさ。あんまり福沢先生に迷惑かけるなよ」
「なんだよジロちゃん、俺のことわるもんみてーにー」
「少なくとも日課のようにいたずらされてる人にとっちゃ、お前けっこう悪者だと思うぞ、マジで」
「なーに言ってんだよ、これも俺の愛の証だってーの!」
「なんの愛の証だよ……」
 なんて軽く言葉を交わしてから、俺は視聴覚室に向かった。たぶんもうとっくに来てるだろうって予測の通り、ゆきっちゃんはすでに視聴覚室にいて機材を弄っていた。
「お、ゆきっちゃん! 今日も元気にAVオタクしてんな!」
「オタク言うな、マニアと言え。AVってのは、本当に極めようと思ったら、知識と技術とたゆまぬ努力が必要とされる厳しい趣味なんだからな。おーそうだ、いい機会だからお前にもその美しい世界の一端なりとも教えて」
「いーっていーって、俺そんなもんに一mgも興味ねーから!」
「……笑顔でAV部部員らしからぬことを大声でぶちかましやがって……ったく、ならせめて時間中勉強でもしとけ。何度も言ってるけど、お前の成績マジで進級できるか怪しいんだからな」
「うぇーい」
 などと言いつつ、俺はゆきっちゃんからちょっと離れた場所で勉強道具を取り出す。
 ……そしてこっそりとスマホやら漫画やらも取り出す。とーぜんながら何時間もえんえん勉強なんてできるわきゃないんで、ちょっとでも暇をつぶせるもんを用意しとかなきゃなんないんだ。
 ゆきっちゃんってば俺のそーいう気持ちぜんぜんわかってくんねーよなー、俺留年しようがなにしようが勉強なんてしたくねーってのに。ゆきっちゃんが寂しかろーと思ってわざわざ来てやってんのにさー。
 ま、ゆきっちゃんの隣で勉強するフリして漫画読んだりスマホいじったりすんのは、それほど嫌いじゃねーからいいんだけど。ゆきっちゃんはほんっとにAVが好きなんで、生徒の部活動を隠れ蓑に少しでもAVの研究するためにAV部の顧問買って出たのみならず、いたずらっ子なキュートボーイ(俺な)の面倒を見る役を買って出たり、行事の時に近所の人に頭を下げに行く役を買って出たり、と点数を稼ぎまくって部員一人のAV部を存続させてるくらい好きなんで、心の広い俺としてはそーいう風に頑張ってる奴は応援したいし、一緒にいて楽しい気分になったりもするのだ。
 それに、たまに思い出したみてーにふいっと俺の方に注意向けてくる時もあるから、何気に油断できなくて退屈しない。集中してる時はダメだけど、あんまりノってない時とかだったら、話しかけたら乗ってきてくれるし。
 で、今回はあんまノってない時みたいだった。機材の音響のデータやらなんやらが書いてある紙とにらめっこしながらうんうん唸ったり、ちょっと機材を弄ってはまた唸りだしたり、というのをくり返している。なら話しかけてもいいよな、と俺はゆきっちゃんに声をかけた。
「なーなー、ゆきっちゃん」
「福沢先生と呼べ」
「えー、だって福沢由紀夫だろ、ゆきっちゃんの名前? 愛称でゆきっちゃんっていうの普通じゃん。ゆきっちゃんももう呼ばれ慣れちゃってるみてぇだしー」
「普段はそっちに反応する暇がねぇくらいお前がとんでもねぇことやらかしやがるだけだ。生徒が先生を愛称で呼ぶなんてなぁ、十年早いどこのレベルじゃねぇぞ。三歩下がって師の影を踏まず、って言葉を知らねぇのかよ」
「……センセーの不意討ちする時は気づかれないように影を踏まないようにしろ、って意味? でも影踏んでも別に相手痛がらねーよな?」
「そーいうことを心の底から真剣、って顔で言える辺りお前はホンット〜にいろんな意味で問題児だよな」
「えー、なんだよそれー。ゆきっちゃんさぁ、もういい大人なんだからかまってほしいなら素直にかまってくれって言わねーと」
「ふざけんなシメんぞこのクソガキ」
 ぎろっ、とこっちを睨んで中指を立てるゆきっちゃんに、俺はうひゃ、と首をすくめた。
 でも俺的には悪い気分じゃなかった。ゆきっちゃんって元ヤンキーで、昔は荒れてたっていうのマジな話らしいんだよな。古株の先生とかとそういうこと話してるのこっそり立ち聞きしたから知ってるんだけど(ゆきっちゃんも雨上学園の卒業生なんだって)。でもやっぱ大人だから普段はそーいうとこ見せないようにしてんだけど、俺にはよくそーいうとこ見せてくれんだよ。こういうのって、やっぱ、なんつーかさ。
「愛されてんなぁ、俺……って感じするよなー」
「なに抜かしてんだマジでシメられてぇのか?」
「あ、でもダメだぞ、俺のゆきっちゃんへの愛はプラトニックなんだ。どんなに俺を愛してくれても体を許すことはできねーんだよ男として! わかってくれっ」
「てめぇ……マジでいっぺんシメてほしいみてぇだな」
 ゆらり、と立ち上がったゆきっちゃんに、俺は慌ててぴょいと距離を取った。ゆきっちゃんはふん、と鼻を鳴らして、また機材を弄り始める。俺はほっとしたような残念なような気分になって(男ならわかるはずだ、この細い線上を進んでるみてーなギリギリドキドキ感!)、もーちょっとゆきっちゃんにちょっかいを出してみることにした。
「でもさー、マジな話、ゆきっちゃんってどーいう女が好みなん?」
「……はぁ?」
「ゆきっちゃん半年くらい俺らの担任やってくれてっけどさ、そーいう……なんてーの、シモ関係? の話題って全然乗ってこねーじゃん。なんかトラウマでもあんのかってくらい」
「あるかそんなもん。教師は生徒とプライベートな話はしねーんだよ」
「えー、なんでだよー、いいじゃんそんくらい、別に俺らゆきっちゃんがどんな変態チックな好みしてよーがいじめたりしねーぜ? サドでもマゾでもネクロフィリアでもカニバリストでもどんと来い!」
「てめぇは自分の担任教師をなんだと思ってやがんだ。……まぁ、性癖で仕事にいちゃもんつけたりしねぇ姿勢は評価してやるけどな、俺の好みなんてそんな珍しいもんじゃねーよ」
「じゃーどんなんだよ、教えてくれよー」
「だから言ってるだろうが、教師は生徒とプライベートな話はしねぇの。授業の質問だったらどんな時でも歓迎だけどな」
「なんだよー、こんくらいフツー話すだろー」
「お前教師が今どんだけいちゃもんつけられやすい立場にいるか知ってんのか? 大人同士だったらごく普通の話でもな、ガキ相手だったらセクハラだなんだって騒がれかねねぇんだよ。てめぇ担任教師をそんなにクビにしてぇのか」
「えー、だって俺女じゃねーじゃん、セクハラもへったくれもねーだろ」
「男でも文句をつける奴はいるんだよ、青少年の健全な育成に支障が出る、なんぞと阿呆なこと大真面目に抜かしやがるクソ野郎は、どこにでもな」
「むー……」
 そう言われると俺もちょっとどう返していいかわからない。――ので、体で言い返すことにした。
「ゆきーっちゃん!」
「っ! てめぇ、なにしやが……こらっ」
「へっへっへー、ゆだんたいてきひがぼーぼーだぜっ」
 俺はこっそりゆきっちゃんの背後に忍び寄り、その脇腹にわしゃっと手を入れる。甘いぜゆきっちゃん、俺と話す時はどんな時も背後に気をつけてねぇと!
「ほーらほーら、話さねーともっと下いっちゃうぜー? そんなとこ他の先生に見られたらどーすんだー?」
「てめぇ……っ、シャレになってねぇぞ、放せマジでっ!」
「だったら素直に性癖白状しちゃえよー、ほーらほーらマジで下いっちゃうぜー?」
「やめっ……マジでやめろ、コラァッ!」
 ゆきっちゃんはなんとか俺を傷つけずに引きはがそうとしてるけど、そんなぬるい攻撃で俺のセクハラアタックから逃れられると思ったら大間違いだ。幼稚園で美人の先生にやってから十年近く、俺はこのテクニックをずっと磨いてきた。ぶっちゃけ喰いつきはプロの痴漢にも負けない自信があるっ!
 手が尻の辺りまで降りてきてもゆきっちゃんがしぶとく白状してくれないので、業を煮やした俺はゆきっちゃんのベルトに手をかけた。さすがにパンツ脱がしたらゆきっちゃんでも負け認めてくれっだろ!
「! おまっ……なに考えてんだてめぇ正気かっ、いい加減にしやがらねぇとマジ切れっぞコラッ!」
「へっへー、少年の情熱を言葉なんかで止められると思ったら大間違いだぜー。ほーら、ゆきっちゃんのパンツ御開帳〜……ぉ、お?」
 ふいに体がふわっと浮いて、俺は驚いてわたわたとしたが、顔のすぐ前にゆきっちゃんの笑顔が現れたんでぽん、と手を打った。あー、ゆきっちゃん俺の襟首つかんで持ち上げてんのか。何気に力強ぇなーゆきっちゃん……
 と、いうか。あれ? ゆきっちゃん、顔怖ぇよ?
「あの〜……ゆきっちゃん、マジで、切れてらっしゃいます?」
「俺は、いい加減にしねぇと、マジで切れる、っつったよな?」
 笑顔で言うゆきっちゃん――のこめかみには青筋がビキビキィ! と立っていた。目も口も形だけは笑ってるんだけど、なんかふるふる震えてるしすげぇオーラが立ち昇ってるし、なんというか……その、マジで、おっかねーんですけど……
「え、え〜と、そーだ、俺帰ってテレビ見ねーとー……」
「ふざけんなコラ。人が何度も、何度も、真面目に忠告してやってんのに、それを笑顔で完無視してよくもまぁ好き放題やってくれたよな、あぁ?」
「や、あの、これも愛なんだよ愛! ゆきっちゃんマジ愛してっから俺! だからその、なんつーの? 落ち着いて話し合いませんか〜、みたいな……」
「ざけんじゃねぇぞ梶木ィィィ――――ッ!!!」
「わっひゃーっ!」
 ゆきっちゃんは俺の足を持ち上げて、俺のチンコのとこにがっしと足を当てる。ヤベェマジ潰される! と恐怖を感じて俺が暴れるよりも早く、ゆきっちゃんの全力玉潰し電気アンマが炸裂した。
「あだだだだだいだいいだいいだい! ちょ、ま、ゆきっちゃ、おねが、許してーっ!」
「ふっざけんなよてめぇ毎回毎回毎回毎回俺にいっちいちちょっかいかけてきやがって、教師だろうが大人だろうが人間なんだぞ我慢の限界ってもんがあんだ、だってのにてめぇは毎度毎度楽しそうに無茶やってんじゃねぇよ、ガキの間じゃ面白がられるこったろうが教師にとっちゃマジで職を失いかねねぇ大問題なんだよ、そんくらい気づきやがれこのクソガキがぁぁ―――っ!」
 ゆきっちゃんはマジギレした顔で俺のチンコと玉をぐぬぬぐぬぐりりりりっ、という勢いでいじめてくる。俺も逃げようとして必死に身をよじるけど、ゆきっちゃんとはなんというか、力の桁が違った。
「いっ、ひっ、やっ、いっ……!」
 がっちり体を固定されて股間をいじめられ、俺はもうほとんど声も出せなくなって必死に喘いだ。ゆきっちゃんはそーいう俺の状態まるっきり気にした風もなくマジギレした顔でぐりぐりしてくんだけど……痛い、マジ痛い、おねが、頼むからもうマジ勘弁………!
 ――ぞくっ。背筋に一瞬、全身が振るえるような衝撃が走った。
 え、なに今の、と考えるよりも早く、もう一度衝撃がやって来る。体中が痙攣するような、電流みたいな雷みたいな、めっちゃ強いんだけど腰の奥が熱くなるような、すごい衝撃。
 ぞくっ。ぞくっ。ぞくぞくっ。なんだ、なんだこれ。今まで経験したことない感じ。脳味噌の新しい領域が開けてくみたいな感じ。ちょっとオナニーの時と似てるけど、そういうのとは全然桁の違う、とんでもない、頭ん中ぶっ飛びそうなくらいの、それがゆきっちゃんが俺の、チンコ、ぐりぐりって、すげぇ、思いきり、ぐちゃぐちゃに、あ、あ―――
「っ………、っ………、っ、っ、ぁ、ぁ、ぁぁあぁ、ぁっあっ、あ――――――ッ!!!」
 びぐっ、びぐっ、ぴぐびぐぅっ!
「……………、は?」
 ゆきっちゃんの呆けたような声を聞きながら、俺も頭ん中はかなり呆けてた。脳細胞全部、さっきの感じで痺れてるみたいになって。
 そんな呆けた頭でほけっとゆきっちゃんを見ると、ゆきっちゃんはなぜか、すごく落ち込んだっていうか、苦しそうな顔をした。「梶木………クソッ………」って、すごく低く、苦しそうな声で呟くのが聞こえた。
 それから、おもむろに、ゆきっちゃんは床の上に土下座した(俺は椅子の上に乗せられてたから、なんかこっちが偉い扱いされてるみたいな感じになった)。
「梶木、悪かった」
「……え」
「お前には俺を訴える権利がある。どんなに謝ったって謝りきれないことを俺はした。お前には傷を癒すためなら、俺にどんなことをしてもいいだけの権利がある。俺を訴えたいなら今から校長のところに一緒に行ってもいい。……だが、俺が頼んでいい筋のことじゃないのはわかってるが……どうか、頼む。自分の傷が深くなるようなことだけは、どうか、やめてくれ」
「………ゆきっちゃん」
 俺は、まだぼんやりとした頭で、呟くように訊ねる。
「ゆきっちゃんは、ホントに、俺に、どんなことされてもいいって、思ってんの?」
「―――ああ」
「そっか……」
 ふわふわとした頭が、ゆっくりと地面に着地する。正気に戻って、普段に戻って、当たり前の、いつも通りの俺になってくる――
 ところから、俺の頭はそのまま一気に逆方向に加速した。
「だったら、さぁ……今の、もいっかい、俺にやって?」
「…………………、は?」
 ゆきっちゃんがまた呆けたような声を出す。今まで見たことないようなぽかーんとした顔でこっちを見る。俺はそんな顔にもどきどっきゅん、とときめきながら、今にももう一度とろけそうな腰と頭のまま土下座中のゆきっちゃんに抱きついた。
「ゆきっちゃぁぁ〜ん、愛してるぅっv」
「………………………、はぁっ!!?」
 仰天した顔になって立ち上がるゆきっちゃんに、コバンザメもこうはいかねーだろうってくらいの勢いで抱きついて体を擦りつける。実はヘビースモーカーのゆきっちゃんらしく、タバコでいぶされたみてーな体臭がぷーんとして、うっひょーゆきっちゃんの匂いv と腰と背中と頭がぞくぞくっとした。
「おい! 待て! ちょっと待て! なに言ってんだお前、どうした一体! マジで頭どうかしたのか!?」
「んもー、ひっでぇなぁゆきっちゃんってば……でもそんなつれないとこも好きだぜv」
「だから腰を擦りつけるな! お前いったいどうした、さっきのがショックすぎてどうにかなっちまったのか!?」
「うん……俺ホントにどうかしちまったんだ……ゆきっちゃんに、恋v しちゃったからさv」
「こっ………」
 ゆきっちゃんはなぜか明日世界が終わる、と言われたような顔になってから、真剣な顔と声で俺に言い聞かせてくる。
「落ち着け。お前はあんまり衝撃的なことがあって自分を見失ってるだけなんだよ。少ししたらすぐ元に戻る。お前は女が好きなんだろ? 巨乳の女とヤりたい童貞卒業したいなんでこの学校エロくてすぐヤらせてくれる美人女教師とかいねーんだよとか吠えてたもんな?」
「うん、俺はその時はまだガキだったんだ……ホントの恋がわかってなかった。でも今は違うぜ? ゆきっちゃんに……俺をあんなに激しく求めてくれたゆきっちゃんに、心と股間をつかまれちまったんだ……v」
「こか……って、おい! だから落ち着け! 言い訳みたいな形になるから言いたくはなかったけどな、俺は単にブチ切れてお前に電気アンマしただけだぞ!? それがたまたまちょっと気持ちよくてイっただけだろ!? それでも充分セクハラだし性的嫌がらせの範疇には充分入るだろうしお前に訴えられても文句を言えないだけのことをしちまったとは思うが、それと恋愛感情は結びつかねぇだろ!」
「俺、さっき初めてわかったんだ……恋って、落ちるものだって。ゆきっちゃんのあの激しさに、俺のチンコを責めるあの力強さに、俺の男心は全部奪われちまったんだよ……v」
「いやいやいや、おかしいだろうがそれは常識的に考えて! 電気アンマから始まる恋とか普通に考えてねぇだろ! 梶木、頼むから落ち着け、冷静になれ、お前のそれは恋愛感情じゃないぞ絶対!」
「んなことねぇよ……だってさ。ゆきっちゃんに、さっき、あんな風に強引にいじめられて……俺、これまでの人生で一番気持ちよかったんだもん………v」
「……………………」
 ゆきっちゃんは無言になると、すっと立ち上がり俺に背を向け、つかつかとその場を立ち去ろうとした。そうはさせじと俺はがっしとゆきっちゃんの背中にしがみつき、すりすりっと腰と股間を擦りつけながら、甘えた声でユーワクする。
「なぁなぁ、ゆきっちゃん? おねがぁい、さっきのもっかいやってくれよぉ〜? もっかいしてくれたら俺も愛込めてゆきっちゃんにご奉仕するからさぁ? フェラでもスマタでも、ううんゆきっちゃんになら俺の処女v あげてもいいからさっv」
「黙れふざけんないい加減にしろ離れろこの色ボケ脳細胞絶滅クソガキが――――っ!」

「あーっ、もーっ! ちぇっ、くそー。ゆきっちゃんってば本気であのあとなんもしてくんねーんだもんなーっ!」
 俺はぶーぶー文句を言いながら、ぼすんと自分の部屋のベッドに寝転んだ。いつもながらに散らかっているベッドの上のなんじゃかんじゃが、ぽすんっと音を立てる(っていうか俺の部屋はお手伝いさんが掃除した時以外どこもかしこも散らかりまくってんだけど)。
「せっかくこーんな可愛い子がさ、好き好き光線出してんのにシカトするかぁ、普通? こりゃーもう、明日から全力でアタックしまくるしかねーよな、マジで!」
 上体を起こし、ベッドの上にあぐらをかいて腕組みをし、うんと一人うなずく。こうなったらもういたずらとかしてる場合じゃねぇ、マジ全力出してアタックしてかねーと。ゆきっちゃんってばマジ頑固だから、あーいう風に言った以上ぜってー俺の愛をなかなか受け容れてくんねーに決まってる。ならこっちはそれ以上のパワーで全力アタック! アーンドゆーわくでなんとしても落としてやんぜ、ゆきっちゃん!
 そして無事落とした暁にはあのマジ気持ちいい電気アンマから始まるフルコースを……げっへっへ、マジよだれが止まんねーぜ。あれよりさらにパワーアップした気持ちよさが味わえるとかって、マジ大人の男半端ねぇ! もっと早く目ぇつけときゃよかったぜ!
「んじゃ、今日は飯食って風呂にも入ったし、そろそろ寝っかー……って、あ」
 どうしよう。寝る前の日課オナニー、やるべきかやるまいか。
 基本俺は日に四回オナニーしてんだけど(ヤりすぎると腎虚になるっつーネタ聞いたから、ちょい抑え目にしてんだ)、その中でもこの寝る前オナニーは外したことがない。やっぱ寝るとかベッドとかもー言葉だけでエロいし、家にはいっぱいオカズがあるしで一発抜いて気持ちよく寝る、ってのが習慣になっちゃってるんだけど……
 うんうん唸って考えたけど、でも最終的にはやめておくことにした。なんつーか、ゆきっちゃんのために溜めとこーって思ってさ。うお、俺マジ一途! まだ素直に手ぇ出してくんねー奴に操立てるとか、健気にもほどがなくね!?
 まーそれに実際あんな気持ちよさを味わっちまったら、それ以外のやり方で出してもぜってーなんか物足りねーし! むしろもったいねー感アリアリ? っつーの? がっつり溜めてゆきっちゃんに触ってもらったら、もーぜってー頭吹っ飛ぶくらい気持ちよくしてもらえんだろーなーって思うと……!
 俺はげっへっへとにやつきながら、明日からの対ゆきっちゃんアタック方法について考えつつ眠りに就いた。ぜってーソッコーで落としてやるぜ、ゆきっちゃん!

「ゆきっちゃあああぁ〜んっvvv」
 俺はハートマークを全力で飛ばしながら登校中のゆきっちゃんへと駆け寄った。珍しく徒歩で学校へ向かっているゆきっちゃんは、俺を見てなんつーかすっげーうさんくさそうなものを見る目になったけど、俺はそんなくらいじゃ一mgもめげずにゆきっちゃんにすりすりっv と腰を擦りつける。
「おい、コラ、離れろ梶木。教師は生徒と肉体的接触はしないっつったろーが」
「んもー、今日も相変わらずつれねーなーゆきっちゃんはv そんなゆきっちゃんをめろめろにしてやろーと思って、はいっ!」
 俺は自信満々でゆきっちゃんに弁当箱を差し出す。きれいに選択されたナプキンで包まれた、でっかい弁当箱だ。中身のボリュームと味も俺のお墨付き、俺の胃袋もがっつり満足させてくれるこの手作り弁当ならゆきっちゃんもぜってー俺にメロってくるはず!
 と思いきや、ゆきっちゃんはそれを一瞥すると、クールな表情であっさりすっぱり言ってのけた。
「教師は生徒から個人的な贈り物はもらわねーんだよ」
「ええぇぇ〜っ!?」
 俺はガーン! とショックを受けつつ全力で不満を表した顔を作った。なんだよそれずりーぞそれ納得いかねー!
「なんだよなんだよゆきっちゃん、生徒が心を込めて作った手作り弁当そんなあっさりキョヒって良心痛まねーのかよ!? 生徒からの気持ちが、愛が籠ってるんだぜこれには! そーいうのあっさりぽいって捨てるみてーに受け取りませんっつって全拒否して、生徒の健全な心が育つと思うのかよ!?」
「そういうことはせめて自分の力だけで作った弁当を持ってきてから言ったらどうだ」
 うぐっ!
「な……なんで、んなことわかんの?」
 痛いところを衝かれつつも懸命にとぼけようと、ちょっとそっぽを向きつつゆきっちゃんに弁当を差し出してたんだけど、ゆきっちゃんは「やっぱりか……」と小さく息をついてから当然のように説明を始めた。
「俺を誰だと思ってる。お前の担任教師だぞ。当然お前の家庭科の成績と、日常生活のこまごまとしたことをきちんとやる性格かくらい覚えてる」
 うぐぐっ……! た、確かに俺の家庭科の成績3(十段階評価で)だけどさ……!
「きょ、今日はたまたまちゃんとやってきただけかもしれないじゃん?」
「それなら普通もう少しお前の趣味に合ったナプキンで包んでくるだろう。ハンカチもずっとポケットに入れっぱなしでしわくちゃにしてるお前が、ピンク色の薄手のきちんと洗濯してあるナプキンなんて選ぶわけがない。……ったく、作ってくれた人にちゃんと感謝しろよ? 一人分作るのと二人分作るのとじゃそりゃ手間はさほど変わらないだろうが、それでもやっぱり面倒が増えるもんは増えるんだからな?」
「ぬぐぐぅ……!」
 ゆきっちゃんってば、そんなことを当然みてーな顔で言ってさっさと校舎へ入っていきやがった。うぬぬ、おのれー、当然みてーに俺のこと見透かしやがって! 担任教師ってのはこれだからめんどくせーっつーか……!
 まぁでも、ゆきっちゃんが俺のことそんな風にわかりまくってるのはまぁ、嬉しーなって気がしないでもないけどさ。ったくもうなんだよゆきっちゃんってばそんなに俺のこと気にしちゃって、ぶっちゃけ俺のこと大好きだろ? ラブ突然にだろ? だったらストレートに表してくれりゃいーのにんっとに素直じゃねーんだからなーっ!
 俺はそんな風にポジティブに考えて、弁当箱を鞄の中にしまって走り出した(これもともと俺の弁当箱だったんだよ、実は。お手伝いさんに弁当も一個作ってくれっつったらいきなり言われても弁当箱も材料も用意してない、っつわれちゃって……)。ゆきっちゃんへのアタック作戦は、まだまだ始まったばっかなんだからな!

 ちゃららららら〜♪ ちゃららららら〜らら〜♪
 いかにも怪しげな音楽が流れる中、俺は教卓の上でスタンバっていた。クラスメイトのみんなにも協力してもらって(いい奴だよなみんな! マジ愛してるぜ!)、教室内はムード満点に薄暗く(ちなみに今は始業前だ)、音楽も放送室から持ってきたラジカセ&テープでばっちり。あとはゆきっちゃんを待つばかり!
 八時二十五分、いつも通りの時間にゆきっちゃんはがらりと教室の扉を開ける。待ちに待った登場に、俺は女豹のポーズ(って言ったと思うんだ、確か……まぁとにかくなんか色っぽいポーズ)を取って、言った。
「いらっしゃぁ〜〜いv」
「…………」
 ゆきっちゃんの眉間にビシビシィ! と皺が寄ったけど、俺は全身気にしないで教卓の上で色っぽいっていうか、エロいポーズを取る。AVとかで見た、一発でピンコ勃ちって感じの、M字開脚とかV字開脚とか尻振ってみたりとかそういうポーズ!
「お客さ〜ん、はじめて? 心配しないでっ、気持ちよ〜くしてあげるからv」
 そう言いながらばちーんと悩殺ウインク! どうだ、ゆきっちゃんも男ならこんなエロいポーズには耐えられねーはずだっ!
 ……という俺の予想に反して、ゆきっちゃんはしばし眉間に皺を寄せたまま黙っていたが、やがてつかつかと俺に歩み寄って、めっちゃでかい声で怒鳴った。
「梶木ィ―――――ッ!!!」
 そんでその後クラス全員巻き込んで説教された。えーなんでだよーと俺は全力で不満を主張したけど聞いてくれないまま。理不尽だ! まぁ、クラスの連中がみんな面白がって笑ってたからいいけどさ(ジロちゃんとか真面目っ子な奴らには文句言われたけど、まージロちゃんはなんもなくても文句言うタイプだから別にいいよな)。
 ちくしょう手強いぜゆきっちゃん、けど俺のアタックはまだまだこんなもんじゃ終わらねーんだからなっ!

 職員室の扉から、すっとズボンを思いきり引き上げた脚をすぅっと出して、つま先でおいでおいでと誘いをかける。音楽ももちろんしっかりかけて、靴下をぽいっと向こう側に投げ捨ててみたりもする。
 そしてダメ押しにこの台詞だ。職員室側からは見えないだろうけど、体をくねらせつつ情感たっぷりに誘いの言葉をかける。
「おー、いえー、かむ、あいむかみん、いえー、ぐっど、おーいえー、あいむかみん……」
「梶木ィ――――――ッ!!!」
 今回もめっちゃ叱られた。くーっ、難攻不落だぜゆきっちゃん! でも負けてたまるか、俺の恋心は天をも焦がす勢いで燃え上ってんだからな!

 職員室の近くでスタンバって、ゆきっちゃんが授業に向かうのを待伏せる。がらがらと扉が開いてゆきっちゃんが出てきたのを確認したらすぐ階段の影に隠れてゆきっちゃんを待つ。ゆきっちゃんがいっつもこの階段を使うのはリサーチ済みだぜ!
 俺の五感をフルバーストにしてタイミングを見計らう。ゆきっちゃんが俺の目の前を通るまでいたずらで鍛えた逃げ隠れテクを全力で駆使して気配を消し、その時が来るや――ゆきっちゃんに背後から襲いかかるっ!
「っぶわっ!? なっ、梶木っ!?」
「へっへっへっ、ゆきっちゃんのお宝ゲーットォ!」
 ゆきっちゃんの股間をぐわしっ! とつかみ、オナニーで鍛えた俺の弄りテクをフルに活かして揉み上げるっ! いったん欲情しちまえば男なんてもんはもろいもんだとどのエロ漫画でも言ってるしなっ!
 ――が、ゆきっちゃんは、がしっ、と俺の襟首をつかみ、引っ張った。
「え、ゆきっちゃん……俺を脱がすんなら、そんなとこ引っ張んなくても言ってくれれば速攻」
「か、じ、木ィィィィィっ!!!」
 今度もまためっちゃ叱られた。なんだよもーゆきっちゃんってばそれでも男かよー! くっそー負けねーぞーぜってー俺の手でゆきっちゃんを狼にしてやるっ! そんでもう一度あの気持ちよさを味わわしてもらうんだっ!

「あ・な・た〜v お帰りなさいっv ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……俺っ?」
 放課後の視聴覚室、部活の時間。ゆきっちゃんを待ち受けていた俺はそう言いながら、ちょうど胸元がのぞきこめるように胸を突き出したポーズをとる。エプロンの上からちょうど胸が見えるよう、角度もしっかり計算済みだ!
 AV見ててキたシーンの中でもかなりの上位に位置する、新婚ごっこ+裸エプロン+胸が見えそうで見えない、と思わせつつちょっと見えるポーズ! これならゆきっちゃんもぜってー猛り狂って俺を襲ってきてくれるはずっ!
 そう自信満々でポーズを取っていた俺は、ゆきっちゃんがいきなり無言でこっちに背を向けて出て行こうとするのに、大慌てでしがみついた。
「ちょ、ちょ! なんだよもーその反応っ、ゆきっちゃんそれでも男かよーっ! ここはフツー狼になって俺を襲ってきてくれるとこじゃねーのっ!?」
「………お前、アホか。マジで脳味噌つるつるか」
「はぁ!? ちょ、ゆきっちゃんそーいう言い方はねーんじゃねーの!? 俺はそりゃーガッコの勉強はできねーけど人としてちゃんといっしょーけんめー生きて」
「人としての常識があるなら学校内でんなカッコしてんじゃねえぇぇぇ!!! AVじゃねーんだ日常生活でんな誘われ方してほいほい乗っかる奴がいるかあぁ!!!」
「はぁ? なに言ってんだよゆきっちゃん、男だったらいついかなる時でもエロシチュに出会ったら全力でそれに乗っかるもんだろ! っつーかむしろ義務? っつーか、生きる目的? 学校でAVシチュに遭遇とか、マジ男としてすいぜんもんじゃん!」
 怒鳴られたけどそれにめげずにきっぱり当たり前の反論をすると、ゆきっちゃんは眉間に皺を寄せてなんか考えるみたいに唸る。ここで俺ははっ、として、裸エプロン装着した胸をさりげなく押しつけつつゆきっちゃんにすがりついた。
「ゆきっちゃん! まさか……まさかとは思うけど……ゆきっちゃんって、インポ?」
「……………、は?」
 低い声でそう答えられて、俺はショックを受けてぐらっ、とよろめいた。それでも我ながらマジ不屈って感じに魂燃やして持ちこたえ、がっしと(しっかり胸チラ腿チラをかましつつ! こんなにショック受けててもゆきっちゃんにアピール忘れない俺ってマジ健気!)ゆきっちゃんに抱きついて心の底からの想いを込めて言う。
「ゆきっちゃん! どんなに辛いことがあったのかは知んねーけど……男として最高の喜び捨てるとかやっちゃなんねーことだぜ! 心配すんなよ、俺が愛とエロを込めてゆきっちゃんゆーわくしてやっから! 俺みてーな若くて可愛い子にゆーわくされればゆきっちゃんのチンコも一発でガチボッキ」
 そんな風に健気に俺がかき口説いてると、ゆきっちゃんはなんかむひょーじょーな顔で俺をくいくい、と手招きした。お? お? 好感触? と俺がほいほい近づいていくと、ゆきっちゃんは深々と息を吸い込み、腹の底から全力で声を出して怒鳴る。
「いい加減にしやがれ、梶木ィィィィィイィィッ!!!」

「………うーん。うーん………」
 ゆきっちゃんにアプローチ始めてから一週間後の昼休み。俺は中庭でうんうん唸っていた。
 ゆきっちゃんが、ちーとも俺のアプローチに応えてくれない。せっかく俺みたいなピチピチの若い子が頑張ってゆーわくしてんのに、ゆきっちゃんってばアホかやめろいい加減にしろ頭をまともに働かせろとか言うばっかりとか、マジインポなんじゃねーだろーな。
 裸エプロンも、水着エプロンも、Tバックもマイクロビキニもふんどしも裸胸タッチもM字開脚も、とりあえず思いつくのは全部やってみたんだけど(痴漢プレイみたいな他にスタッフが必要なやつはやれなかったんだけどさ)、ゆきっちゃんってば怒鳴ったり怒ったりするばっか。っつーか、俺にラブ発信するどころかガチ補習がさらに増えてくとかマジどーいうことだよ?
 もちろんそんなことくれーでめげるほど俺のゆきっちゃんに対する愛は貧弱じゃねーけど、こうも反応が悪いとなんかアプローチ方法が間違ってんじゃねーかな、とか思えてきちまう。なんかゆきっちゃんって特殊な性癖とかしてんじゃねーかな? そんで俺のフツーのゆーわくじゃ感じねえとか。うわマジありそう。
 けど、そうなると、難しいな……そーいう特殊な性癖持ってる奴ってフツー隠そうとするだろーから、家探しでもしねーと詳しい性癖ってわかんねーと思うんだよな。でも俺ゆきっちゃんの家とか知んねーし。行ってもぜってー入れてくんねーと思うからこっそり忍び込むことになるだろーけど、それ他の家の奴に見つかったらマジ警察呼ばれかねねーし。
 どうしよう。どうすればいいんだろう。どうすればゆきっちゃんは俺のことを見てくれるんだろう――そんなことを考えながら俺がうんうん唸っていると、ふいに、声がかかった。
「なぁ、なんでそんなに唸ってんの?」
 お? と声のかけられた方を見る。そこには俺と同じくらいの身長の、雨上学園の制服来た奴が立っていた。上履きの色からすると、俺と同じ一年だ。
「や、悩み事があんだけどさ……どうすればいいのかわかんなくて。あ、俺1-Bの梶木剛。お前は?」
「俺は1-Dの半田智樹。俺、一応お前のこと知ってるぜ」
「へ?」
「梶木って有名だもんな、いろいろ派手に暴れてるって。一度話してみてーなって思ってたから、なんかうんうん悩んでるとこ見て声かけちゃった」
 へへ、と照れ笑いする半田に、俺も照れ笑いしながら頭を掻く。
「え、なに、俺そんなに有名? いやー、照れんなぁ……」
「おお、そこで照れんのか! やるなぁ梶木」
「いやーそれほどでもあるぜ。やっぱ男として生まれたからにゃあ天下を目指さねーとだしな!」
「おおっ、だよな、そうだよな! ……にーちゃんと同じこと言ってる……」
「へ?」
「あ、や、なんでもない。で、さ、さっきはなに唸ってたんだ?」
「あ、うん。大したことではあるんだけど」
「あんのかよ!」
「おおナイスタイミングツッコミ。えっとさ……お前、恋愛とかに詳しい?」
「へ? ……く、詳しいぜっ! とーぜんじゃんっ、もー中一だもんな!」
「そっか。じゃーエロとかには?」
「えっ……く、詳しいに決まってんじゃん! もう中一だし!」
「ふーん……じゃさ、相談に乗ってくんね? 俺もう悩んじゃってさぁ……」
「いっ、いいぜっ? どんな相談っ?」
 半田の顔はなんか引きつってるような気もしたけど、俺は実際相談相手に飢えてたんでかくかくしかじかと事情を話した。真面目っ子なじろちゃんとかだと、こーいう惚れたはれたとかエロとかの相談はできねーからなー。
 半田は驚いた顔したり目ぇ見開いたりなんか顔を白黒させてたけど、「そーいうわけで俺、これからどんなアプローチしたらいいか悩んでたんだよなー」と言うと、はっとしたようにがっしと俺の両肩をつかんで言う。
「梶木、そーいう時は、ギャップだぜ!」
「へ? ギャップ?」
「そうっ! その……そーいう、エロいことに飽きてきた時は、ギャップを見せて相手を落とすんだっ! ずっと恥ずかしがってばっかだったのがふいにエロいところを見せたり、その逆にエロい奴だと思われてたのがふいにしおらしいとこ見せたり! そーいうのに男はもえるんだ! ……って、にーちゃんが言ってた」
「ギャップ……」
 最後の方、半田はなんか小声で早口だったからよく聞き取れなかったけど、それでも半田の言葉には説得力があった。ギャップ……そうか、ギャップか。アリかも……っていうか、いいかもしんない!
「よぉし! 俺いっちょ、そっちの方向で攻めてみるわ! ありがとな半田、マジで!」
「へへっ、どーいたしまして。……やっぱにーちゃんの言葉はすげーなー……」
「今度礼するわ! ……っつかさー、こんなことさらっと言えちゃうとかさー、半田って、んーなウブな顔して実は恋人いたりすんじゃねぇの?」
「わひっ!?」
 どきーん、と絵に描いたような仰天顔になる半田に、俺はにやーと笑っていじってやる。
「なんだよー、やっぱいんじゃん。で? で? どんな人? そーいうこと言わせちゃうような人だもん、やっぱ年上だよなー」
「え、や、その……っていうか、恋人っていうかさぁ……なんか、あんまはっきりしないっていうか。……にーちゃんすっげー優しいけど……いやたまに意地悪するけど、子供扱いしかしてくんないっていうか……」
「え! マジでっ。やることやってんのにかよ!?」
「や、だからその、やることって別に大したことやってねーってば! 縛られたり挿れたまんま外出たり裸で散歩させられたりせーぜーそんくらいで」
「うおおおおぉぉっ、マジかよっ!!?」
 それからしばらく今度は逆に俺が半田の相談に乗った。その内容ってばもう、マジでもう……うおぉ、すげぇ……世の中には俺と同い年ですんげーことしてる奴がいるんだな……! ゆきっちゃんを落としたあかつきにはぜってー同じことやってやるぜ!

 ゆきっちゃんはなんか警戒してるっぽい顔で、そっと視聴覚室の扉開けて中に入ってきた。右手は腰の前、左手は脇、とガチで襲いかかってくる奴を撃退するモードだ。
 くっそー俺みてーな若い子が襲ってるのにマジで抵抗するとかゆきっちゃんマジで男として間違いすぎ、と思いながらも俺はゆきっちゃんの方を見てから、ばっと顔を背けた。
 一瞬間をおいてから、ゆきっちゃんはそんなのまるで気にしてませんって風を装ってすたすたと歩いてきていつもの定位置に座った。ふっふっふ、気にしてる気にしてる。やっぱ半田のアドバイス聞いといてよかったぜー!
 俺はちらっ、ちらっとゆきっちゃんを見ながらも、おずおず、ってできるだけ弱弱しい感じにうつむくっていうのをくり返す。ゆきっちゃんみたいなむっつりはきっとこういうのに弱いだろう、って半田と協力して考えついたんだよなー!
 でもゆきっちゃんはしぶとく俺をスルーしたまま、AV機器をいじり始める。くぅっ、やっぱこの程度の誘いじゃダメか、と俺は本格的な攻勢に出るべくわずかにゆきっちゃんの方に身を寄せた。
「……なぁ、ゆきっちゃん」
「なんだ」
「ゆきっちゃんさぁ……そんなに、俺のこと、キライ?」
 ホントはマジ好きっつーかきょーしとしての立場がなけりゃ即襲うって気分に違いねーと思いながらも、ここは下から目線で! ギャップ作戦その一、まずは『しおらしいところを見せる』からだぜ!
「教師は生徒に個人的な感情は持たん」
 ……くぅっ、あっさり当たり前みてーに言い切ってくれちゃって……ゆきっちゃんってばマジおにちくだぜ。まぁいいさ、こっから俺の怒涛の攻めが……!
「俺のこと、なんとも思ってないってこと? 俺が死んでも、どっか行っちゃってもどうでもいい、って……?」
 こういう言い方をすればゆきっちゃんも否定せざるをえないはず! と気合を入れてちょっと涙声で言う――んだけど、ゆきっちゃんはそれでも全然感情動かしてませんって顔でやっぱりあっさり言う。
「言っただろう、教師は生徒に個人的な感情は持たん。たとえお前が死んでもどっか行ったとしても、悲しむとするならあくまで生徒の一人として、だ」
 ぐぅっ……つれなさすぎだろ! このツンドラ教師めぇ……ええい、負けるか、ここは一気に掻き口説いて……!
「俺のこと、そんなに、どうでもいいの? もうゆきっちゃんと話せなくても気になんねーくらい? 学校からいなくなっても、消えちゃっても、ほんとに、ほんとにどうでもいいわけ?」
 できるだけ切なげな声で言いながら、つっ、と椅子(ここの椅子は長椅子型になってるんで尻を滑らせれば移動できるんだ)の上を滑り、ちょっとずつゆきっちゃんに近寄る。気合だ俺、ここで全力出さねーでどこで出す!
「気にはするさ。生徒の一人としてな。何度も言うが、教師は生徒と個人的な付き合いはしねーんだよ」
「そういう……そういう、決まりじゃなくてさ。ゆきっちゃんの、気持ちはどうなの?」
 おっ、うまい感じに涙声が出せた。声が震えて、擦れて、体もついでに震える。やっぱここが攻め時だって俺の体も思ってんだよな!
「何度も言ってるが、教師は生徒と個人的な付き合いはしない。だから、俺の気持ちがお前に関わってくることは絶対にない」
「そういうのじゃ、なくて……! ゆきっちゃんは……ゆきっちゃんはさ、ちょっとも俺のこと、好きじゃない? どうでもいいの? 俺が……泣いてても、俺に気持ち全然見せないくらい、見せる必要ないって思っちゃうくらい、どうなってもいいって思ってるわけ?」
 おっいい感じ、目頭が熱くなってきた。目に映る光景がじんわりとぼやける。目に涙が溜まり、声が震える。今にも泣きそうって状態になる。そーだよなゆきっちゃん落とすにはこんくらいしねーと駄目だよな!
「それとこれとは別問題だ、一緒にするな」
「いっしょだよっ! だって、ゆきっちゃんは、教師がどうたらこうたらって決まりにあることだけで俺を相手してればいいって思ってるってことだろ。俺の気持ちに、気持ちで応えなくていいって思ってるってことだろ。そんなの……そんなの、俺の気持ちどうでもいいって思ってるのと、おんなじじゃん………!」
 鼻の奥がつんとする。目の表面がじんわり熱くなる。顔も一緒に熱くなって、ぶるぶるって震える。おおすっげー、俺うまい具合に泣けてんじゃん。
「なぁ……ゆきっちゃん。俺のこと……もう、生徒って分類でもいいから、その他大勢の中の一人でもいいから……ちょっとでも、ちょっとでもさ、俺のこと好きって気持ちがあるなら、ゆきっちゃんの気持ち言ってくれよ。建前じゃなくて、決まりじゃなくて、ゆきっちゃんの気持ち……そうじゃないと、俺、俺……どうしたらいいかわかんないよぉっ………!」
 必死の声でそう言って、一気に間合いを詰める。ゆきっちゃんの背中に抱きついて、すりすりと頭を擦りつける。鼻水はついてないけど涙は流れてるってベストのパターンだ、涙の感触もきっちり伝わったはずっ!
 これなら、ゆきっちゃんにも伝わっただろ! うおぉ俺すげぇマジ役者
「何度も言ってるが、教師は生徒と個人的な付き合いはしない」
 ばんっ!
 視聴覚室の中に、でっかい音が響いた。俺が思いっきり手を振り下ろしたのをゆきっちゃんが避けたんだ。その手が長椅子に振れてでかい音が出たっていうわけ。
「ゆきっちゃんの……ゆきっちゃんのっ、ばかやろぉぉっ!!」
 叫んで俺は長椅子から飛び降り、教室から飛び出す。ゆきっちゃんは最後まで俺の方を、ちらりとも見ようとしなかった。
 なんだよもーちくしょーあそこまでこんな若い子に言わせてスルーするかぁ!? ここは流れ的に俺に口説き落されるとこだろってーの! なんだよもうゆきっちゃんのヘタレインポジジイチンコ。ほんっとにもう、ゆきっちゃんってば男としてなってねーよなーっ!
「………ずずっ」
 しゃっくり起こすみたいに俺の喉が鳴って、同時に鼻をすする。ほらー、ゆきっちゃんがスルーするからー。涙の流し損じゃん、本当に俺が泣いたみたいになっちゃったじゃんかー。
 あーもう、んっとに、ゆきっちゃんってば、バカでチキンでかいしょなしなんだから。ちっとは俺の気持ちに応えても
「ずずっ……」
 ほらー。また、泣いたみたいな声出ちゃったじゃん。

「あーあー……なんか、ガッコ行きたくねーなー……」
 翌日の朝。俺はお手伝いさんの作った飯をかっこんでから、テーブル前の椅子でだらんこしてた(基本お手伝いさんは十時出勤で、朝は昨日作ってもらったのをあっためるだけなんで(弁当も昨日のうちに作っといてもらって弁当箱に詰めたのを持ってく)、朝ちょっとくらいだらだらしてても誰にも文句つけられたりはしない)。
 昨日めいっぱい気合入れた攻めがすかされちゃったんで、なんかちょっと気力が復活してねー感じ。くっそーゆきっちゃんめー、俺のケナゲな男心をスルーしやがってー。本気にされてねーのかな? 俺のラブとエロ心は純粋100%混じりっ気なしだってのにー。
 どーしよっかなー。ガッコ行きたくねーなー。サボっちゃおっかなー。そーいや俺、中学に入ってから一回もサボったことねーなー。友達と遊ぶのとか、ゆきっちゃんにいたずらすんのとか楽しくて学校休みたくなかったから。
 小学校の頃はやっぱ若かったから、加減がよくわかんなくてサボりまくってたよなー。担任の教師が嫌味なおばちゃんでさー、俺の顔見りゃ親切ごかした顔で説教するくせに、裏に回りゃあ「お育ちが……」だの「家庭環境が……」だのえっらそーなことぬかしやがんだよ。まーしっかり報復はしてやったけどー。釣り針ひっかけて若いイケメン教師の前でスカート全開にさせるとか、机の中にゴキブリホイホイで獲ったゴキブリ入れとくとか、いろいろな。おかげですぐ学校に来なくなったんだよなー。ま、俺も特別学級行きになっちゃったんだけどさ。
 そーいう風に派手にやってたから、小学校ん時は親呼び出されまくりの叱られまくりだったなー。ま、叱られたっつっても、親父もお袋もぎゃんぎゃん騒ぐぐらいしかできなかったし、ちょっとガンつけたらすぐビビるから、鬱陶しいだけなんだけどさ。お袋とかあのじーちゃんの娘だってのに情けねーったらありゃしねーよな。親父もよくあのじーちゃんに結婚の挨拶とかできたよなー? ま、お袋はカタギに育てるってある意味じーちゃんと縁切った形で育てられてたから、当たり前っちゃ当たり前なのかもだけどさ。
 そんな風にぐだぐだ考えながら、椅子の上でぐだぐだしていると、時計の針はさくさく進んでいつの間にか八時半を回ってしまっていた。あー、さぼっちゃったかー、とちょっと気落ちしたけど、まーサボったならサボったで時間を有意義に使わねーとな。
 お手伝いさんに見とがめられてもなんなんで、さっさと服を私服に着替えて外に出る。サボるのは久しぶりだけど、補導員のおっちゃんおばちゃんに見とがめられるほど勘はなまっちゃいなかった。すいすいすい〜っと人の流れを通り抜けて、盛り場をうろつく。
 ゲーセン。カラオケ。とりあえずスカッとするにはこんなとこだろうけど、個人的にはエロいお店でスッキリしてーんだけどな……でも俺の行動範囲のそーいうお店って、ほとんどじーちゃん傘下んとこだから、なんとか年ごまかせたとしても入れねーんだよなー……じーちゃんには十八歳になるまでそーいう店禁止って言われてるし、俺の顔知らない店に入れたとしてもぜってー後で知られて店の人ともどもえらいことになるし。さすがにエロのために他人に迷惑かけるのはまずいだろ。
 と、そんなことを考えながら歩いてると、いかにもヤンキーって感じの奴らがいきなり俺を取り巻いた。にやにや笑いながら俺を取り囲む顔からすると、因縁っつーよりはカツアゲかな、という予想は間違ってなかった。
「よぉ、そこの坊主。ちょーっとお兄さんたちに金貸してくんねーかなぁ?」
「ちょっと手持ちがなくなっちまってさぁ。後で返すからよぉ」
 んー、数は三人か。高校生っぽいし、さすがに真正面から殴り倒すのは難しそうだなー。っつーか、こいつら素人だなー、こんな時間にこんなとここんなカッコで歩いてる奴が普通金持ってるわけないじゃん。俺だって今は財布の中にほとんど金入ってないしさー。
 負ける喧嘩は嫌いだし、ここはとっとと逃げるが勝ちかな、とか考えていると、ふいに声がかけられた。
「坊ちゃん」
「へ? ……あ、真山さん!」
 いつの間にかすぐそばまで近寄ってたのは、じーちゃんの側近の真山さんだった。白いスーツに金鎖、ってあんまり典型的すぎるカッコはどーかと思うけど、これでこの人すんげー切れ者で、将来的にはじーちゃんの組を背負って立つ人材になる、ってじーちゃんからも期待かけられてるんだ。
 だからってだけじゃないだろーけど、たいてい周りをスーツっつかアロハみたいなラフなかっこした若い衆に取り巻かれてるんだけど、今日もやっぱりそうだった。そいつらにいっせいにガンつけられて、俺に因縁つけてたヤンキーが一気に固まる。
「学校、休まれたんですか。いけませんぜ、坊ちゃん。組長が心配なさいます」
「や、あはは、その……ごめん、じーちゃんには内緒にしといてくんねえ? 明日からはまたちゃんと学校行くからさ」
「まぁ、ここらへんで遊ばれてる分には、安心してますがね。ここらの奴らには充分因果含めてますし……まさか、こんな躾のなってねぇガキどもがいようたぁ思ってなかったもんで」
 ぎろり、と本職に睨みつけられて、ヤンキーたちはもう半泣きだった。ガクガクブルブル震えちゃって、なんか可哀想なくらい。俺は苦笑して真山さんにお願いした。
「や、俺まだなんもされてねぇし、そんないじめないでいいよ。喧嘩売られてもあっさりフクロにされやしなかっただろうし」
「そういうわけにはいきやせん。坊ちゃんは梅月組組長のただ一人のお孫さんなんですから」
「っつっても勘当された娘の子じゃん。跡継ぎとかになってるわけでもないんだし」
「それでも組長が誰より可愛がってらっしゃる愛孫でいらっしゃることにゃあ変わりありません。そんな方を囲むようなガキどもを野放しにしてちゃあ俺らの面子が立ちませんや」
「あー……まあ、そうかもしんないけどさ……あんまいじめないでやってよ、知ってたらこんなことしなかっただろうしさ」
「ええ、心がけます。……おい」
「へい。……おぅら兄ちゃんら、ちょーっとこっち来いや」
「俺らと仲良くお話しようなぁ?」
 もうだあだあ涙流してるヤンキーたちが取り巻きさんたちに連れていかれるのをお気の毒にと思いつつ見送ってから、俺は真山さんに向き直る。真山さんとはじっちゃんのとこに行った時に何度も話してるんで、それなりに仲いいんだ。
「じゃ、改めて、真山さん久しぶり。じーちゃん、元気? 約束の日までまだずいぶんあるけど」
「ええ、お元気です。……ですが、いい加減その約束とやら、取りやめにしちゃあいかがですかね。組長も坊ちゃんとお会いできる日を心待ちにしてらっしゃいますし、坊ちゃんも組長とお会いしたいんでしょう?」
「うーん、まぁ俺としてもあんな親の言うこと聞く義理ないとは思うんだけどさ。じーちゃんの方がその約束守る気満々だからさ。まぁ会うのは一年に一回って約束でも、たまにメールとか手紙とかしてるし、めちゃくちゃ寂しいってわけじゃないよ」
「……ご両親は?」
「あいかわらず離婚争議中で全然家には戻ってこねぇよ。ま、俺としてもそっちのがありがたいけど。家にいても喧嘩するだけだし」
「学校の方は、大丈夫ですか。妙なことをするガキでもいましたら」
「いないいない、大丈夫だって。小学校ん時と違ってすげー楽しいから。ダチもみんないい奴ばっかだし、センセーも」
 そこまで言って、俺はゆきっちゃんのことを思い出してちょっと言葉に詰まった。真山さんはすぐに目を光らせて聞いてくる。
「教師に、誰か気に入らない奴が?」
「い、いや、そんなんじゃねーって! 別にセンセーが悪いってわけじゃないからさ!」
 うん、まー、そうなんだろうな。別にゆきっちゃんが悪いわけじゃないよな。単にシャイで、意地悪なだけで。……ま、俺をなかなか相手しようとしねーのは、ムカつくけど。
「坊ちゃん。なにか気に入らない奴がいるなら、言っていただければこちらで処理しますぜ」
「や、ないない! 気に入らない奴なんていないってマジで!」
 そんな風にごまかして、俺は真山さんと別れた。真山さん、に限らずじーちゃんの組の人って俺にいろいろ親切にしてくれんのはありがてーんだけど、基本すぐ物騒な話になるから話してるとちょっと厄介なんだよな。
 でも俺ってマジいろんな人に親切にされてるよなー。さっき携帯見てたらじろちゃんから休んだみたいだけど大丈夫かって心配メールが届いてたし、じーちゃんもやっぱいろいろ気にかけてくれてるみたいだし。やっぱ心配されてるのって、申し訳ない気分にもなるけど、嬉しかったりほっとしたり、ちょっといい気持ちにもなるっていうか……
 あ、そうだ! せっかくだから、これ次のアプローチの手にしてみっか! 今日はせっかくサボったんだし、いっちょ今日はそれの準備のために………!
 そう考えたらちょっと元気が出てきて、俺は気合を込めて足を踏み出した。や、別に元気がなかったってわけじゃないんだけどさ。

 警察署のおっさんは、なんかすっげー渋い顔しながら俺の方見てた。これってあれかな、じーちゃんのこと知ってて、面倒なことになったとか思ってんのかな? まー、じーちゃんだったらあんま無体なことはしねーだろーけど、もしじーちゃんが俺のこと迎えに来るとしたらぜってー側近の人たち何人かはついてくっからな。警察にあの人たちが乗り込んできたら、まー、この辺の警察署だったら押され気味になるよな。
 でもまー、俺はじーちゃん呼ぶ気なんてまるっきりねーから、黙ってうつむいて、保護者≠ェ来るのを待った。何気にこーいう風に補導されんのとか初めてだよなー、補導員が俺の顔知らなくてラッキーだったわ。もう夜中って言っていいぐらいの時間に、タイミングよく補導員と会えたのもラッキーだったけど。夜になってから探したんだけどなっかなか補導員いねーんだもん、何気に夜活動してる補導員って少ねーのかな?
 待つこと一時間くらい、がちゃり、と部屋の扉が開いた。きたっ、と思ったけど、顔見られたら俺の気持ちとかバレちゃうかもーと思ったんでうつむいたまんま我慢する。
「どうも、先生。よくいらしてくださいました」
「いえ……それはかまいませんが。……梶木は、なにか喋りましたか?」
 よっしゃっ、ゆきっちゃんの声っ! と俺はこっそりガッツポーズを取ったけど、表面上はうつむいてしおらしげな様子を装っとく。あんま軽い様子見せたら、作りだってバレるかもだし。
「いえ。親御さんの連絡先も喋りませんし、携帯も素直に差し出しはしましたが、中に入ってるのは先生の連絡先だけで。こちらも困っちまいまして、こうして先生にお越し願ったというわけですわ」
「そうですか……わかりました。俺が身元引受人という形になっても?」
「はぁ、まぁ、この場合はかまわないと思いますよ。身元ははっきりしてますし、先生がよろしければ」
 そんな会話を交わしたのち、ゆきっちゃんはなんか書類とかにあれこれ書いてから、俺に「行くぞ、梶木」って声をかけた。俺は内心『おおっ、ゆきっちゃんの方から声かけてくんのって超久しぶりじゃね!?』って盛り上がってたんだけど、そんな様子はちらとも見せずにできるだけしおらしーくしながらうなずく。
 警察署を出ると、その前にはゆきっちゃんのフェラーリが止まっていた。え、いいのかよ警察署の前で駐禁じゃねーのここ? と思ったけど、ゆきっちゃんは全然気にしてない顔で「乗れ」って言ってさっさと運転席に入ってしまう。仕方ないので俺も助手席に(できるだけショック受けてますよーという雰囲気を醸し出しつつ)乗り込んだ。
 んだけど、俺が車の扉を閉めたとたん、ゆきっちゃんは言ってのけた。
「おい、いい加減に演技すんのやめろ梶木。別にわざわざ落ち込んでるふりなんざしないでいい」
 げ。
「……バレてた?」
「お前がわざと補導員に捕まって俺を呼ばせた、ってことか? そんくらい最初っからわかってんだよ。今さら補導員に捕まるほど間抜けじゃねえだろ、お前」
「え、今さらって……なに、ゆきっちゃん、俺が昔ちょっと弾けてたこと知ってんの?」
 少なくとも雨上学園に入ってからはフツーの真面目な中学生やってたはずなのに。
「お前の小学校から送られてきたんだよ、お前の行状ってやつがな。見た時はある意味感心したぜ、自由に生きてやがんなこいつって」
「やー、まー、俺も昔は若かった、ってことで……」
「中学生の言っていい台詞じゃねぇぞ。――とにかく、家まで送る」
「あー……あのさ、ゆきっちゃん。今俺んち」
「ご両親がいらっしゃらない、ってことだったら知ってるぞ」
「え、なんで?」
「これも小学校からの連絡だよ。五年に入って少しした頃から保護者の方がほとんど家に帰っていないそうなんです、ってな。どうしても保護者が必要な時はお前のおじいさんが来てくれた、ってことも含めて書いてあったよ」
「…………。そんで?」
「そんで? って、なにが」
「ゆきっちゃん、なんか俺に言うこととか、ねーの?」
「こっそりお前の過去を探ったってのにごめんなさいの一言もねぇのか、って? はっきり言うが、担任やる前に生徒の事前情報をある程度手に入れとくのは当たり前だろーが。そんなことを考えもしなかったってんなら、そりゃあ単にお前が甘ぇんだよ」
「や、そーじゃなくてさ……」
「ああ、お前の家庭環境についてか? 俺が口挟めるこっちゃねえだろ。そりゃあ家庭環境ってのは平和で幸福であるにこしたこたぁねぇが、そうじゃない家庭を創ってる人たちだって好きで不幸になってるわけじゃねぇんだ、よそからああだこうだ口挟まれても泥仕合が拡大するだけだろ。少なくとも、生徒が今の状態を不幸だと思ってねえんなら、教師が嘴を突っ込む必要はねぇ。俺にできるのは学校に来てる間にお前をしっかり教育して、自分で生きていけるだけの力を身に着けさせてやることだと思ってるんでね」
「……ふーん……」
 やっぱ、ゆきっちゃんは小学校の頃のセンセーと違うよなー。小学校の頃の奴らはみんな、こっちのことやたら気の毒がるくせに、口以外はぜってー動かそうとしなかったもんな。補導された時に呼ばれてもなんのかんの理由つけて逃げ回っただろーし。まぁ、俺もぜってーあんな奴ら呼ぶ気はなかったけど。
「じゃなくて! あのさっ、ゆきっちゃんっ」
「なんだよ」
「俺……寂しくて、さ。今日は、一人の家に帰りたくないんだ……一緒にいてよ、ゆきっちゃん、お願いだから……」
 目を一度伏せてから潤ませて、上目遣いで見上げ攻撃っ! ゆきっちゃんみてーなボクネンジンにもこれはぜってー効くはずっ!
 ……と思ったんだけど、ゆきっちゃんは全然かんめーを受けた様子もなく、あっさりうなずいて言った。
「やっぱりそれか。……いいぜ。今日は俺の家に泊まれ」
「………はいっ!?」
「その代わり、ご両親なり、ご祖父なりに許可が取れたらな。それから明日必要な制服なり勉強道具なりもしっかり持ってくること。だからどっちにしろ一度お前の自宅には帰るぞ」
「う、う、うん………」
 うおぉ、ちょ、ま、なにこのいきなりの展開!? や、ま、嫌なわけじゃねーし、むしろ個人的にはアリな展開なんだけど、なんつの? ゆきっちゃんってばこれまで全然俺にゆーわくされた様子なかったし、それがいきなりこうも話が転がるとなると……うわ、ちょ、その、いや……べ、別にビビってるわけじゃねーけどな!? と、突然だな、やっぱ懐メロの通りラブは突然始まっちまうもんなのかな……。
「……言っとくが、俺はお前に誘惑されたからこんなこと言ってんじゃねーからな」
「へっ……?」
「言葉通り、お前が寂しそうだったから一人にしとくのはよくねぇだろうと考えてのことだ。100%教師としての職分から言ってるだけだからな、俺は」
「え、えー………」
 んっだよそれもーなんだよ、ったく超拍子抜けー。せっかく今日こそゆきっちゃん一発キメてくれっと思ったのにー。んっとに男らしくねーんだからなー。まぁ、ひたすら頑固なとこは男らしいっちゃ男らしいのかもしんねーけどさ、俺的にはちーとも嬉しくねーんだからな、そんなん。
 ともあれ俺はゆきっちゃんの車でいったん自宅に戻って、一応親父とお袋にメールで確認を取ったあと、ゆきっちゃんの家まで車で向かった。ゆきっちゃんの家、っつーか普通のマンションだったけど、ゆきっちゃんが言うには防音がしっかりしてるからそれなりに家賃お高いらしい。へー、そーいうもんなのか。
「ま、入れ。言っとくが、靴だのなんだの脱ぎ散らかすんじゃねぇぞ」
「わかってるってー、ゆきっちゃんってばちったぁ生徒を信じろよっ。おっじゃましまーすっ」
「……ったく……おら、さっそく脱ぎ散らかしてんじゃねぇかこのクソガキっ! 人の家に来た時はきっちり靴を揃えやがれ、当然の礼儀だろうが!」
「うひゃっ、はーい、わっかりましたーっと」
 んもー、ゆきっちゃんはんっとに口うるせぇなー、と思いながらも、俺はテンションが高かった。だってゆきっちゃんの、好きな相手の家だもん、そりゃーテンション上がるって! 自分の家でならゆきっちゃんもぜってー隙のあるとこ見せてくれるだろーし、そこにつけ込めばなんかエロイベントが起きっかもだしー……うへへへへ。
「梶木、飯は食ったか? それとも先に風呂にするか?」
「うおぉっ! な、な、ゆきっちゃんそれもう一回聞いて?」
「……新婚っぽいとか抜かすんじゃねぇだろうな? いいからとっとと言いやがれ、飯か風呂かどっちだ」
「んもー、ゆきっちゃんのケチー。えーっと、飯ってゆきっちゃんの手料理?」
「ふざけんな、今何時だと思ってんだ。こんな時間から料理が作れるか、近所迷惑だろうっつーの。冷凍食品に決まってるだろうが」
「ちぇーっ。なら風呂が先でいいや。ゆきっちゃ〜ん、一緒に入ろうぜ〜」
「悪いが俺はもうとっくに風呂済ましてんだよ。俺はもう十年近く早寝早起きを心がけてるんでね」
「なんだよもーケチー。背中流してさしつさされつとか日本人に生まれたからにゃやっとかねーとなんねーとこだろー?」
「いいから風呂入るんならとっとと入ってこい。明日も学校あるんだからな、ガキはとっとと寝ろ」
「へーい……あ! な、な、ゆきっちゃん、こっち見てー。中学生の生着替えだぜー」
「アホかお前。いいからとっとと入ってこい」
「ちゃららららら〜。ちゃららららら〜らら〜。ほーらシャツ脱いじまったぜ〜、次は下だ〜、ベルト外して〜、ホック外して〜、ジッパー下ろして〜。ほーらズボン脱いじゃうぜ〜、パンツ見せちゃうぜ〜、ゆきっちゃんだったらタダで見ていいんだぜ〜」
「……い・い・か・げ・ん・に、しやがれ梶木ィッ! とっとと入ってきやがれって言ってんだろうがッ!」
「うひゃはーいっ!」
 でかい声で怒鳴られて、俺は慌てて風呂場に飛び込んだ。んもーゆきっちゃんってば家でもお堅ぇんだからなー、もうっ!
 まぁ、もう季節は秋だし、(ゆきっちゃんに寂しげな感じをアピールするために)外をずっと歩き回ってたんでけっこ寒かったから、風呂に入れんのはありがたい。ぱっぱと脱いで風呂場に入り、さっさと適当に体洗ってお湯に浸かって外に出た。
「……てめぇ、ちゃんと体洗ったんだろうな? わざわざお湯張り直したんだ、適当に体洗ってたら殺すぞ」
「ちゃ、ちゃんと洗ったってばー」
「本当か? ……頭まだくせぇじゃねぇかっ、ちゃんと隅から隅まで洗ってこいっ!」
「うひゃっ、ゆきっちゃんってばそんなせっしょーなーっ!」
 そんな風に一度風呂に戻されたりもしたけど、とにかく風呂に入ってからゆきっちゃんのチンした冷凍食品のチャーハンとゆきっちゃんの夕ご飯の残りの味噌汁をもらった。夕飯食ってなかったからありがたいっちゃありがたいんだけど。
「んー、ゆきっちゃん、ダシちゃんと取れてないぜこの味噌汁。もーちっと修業が必要だなー」
「やかましいわ。二十七の独身男になに期待してんだお前は」
「えー、だっていずれは俺の将来の嫁になるわけだしさー。あ、それとも愛人がいい? まーどっちでも料理はもっと上達してもらわなきゃ困るけどさー」
「ふざけんな。文句があんならてめぇで作れ」
「え!? や、だって俺やったことないしー、子供だしー」
「子供を主張すんなら出されたもんに文句言うな。やったことねぇってのはやらねぇ理由にはならねぇんだよ。っつーか人間やってくつもりならてめぇの飯ぐらいてめぇで用意できるようになっときやがれ」
「んむー……」
 ちぇーっ、ゆきっちゃんってば厳しいぜ。まー、そう言われたらそうなのかもしんねーけどさー、やっぱオトコとしては好きな人の手料理とか食べる側でいたいじゃん。いやまー、ゆきっちゃんも男だけどさ。そこらへんはまーあいまい日本人の心で。
 なーんていう俺の主張をゆきっちゃんはちーとも聞いてくれず、俺は皿洗いと台所の片付けまでさせられる羽目になった。俺はえーってブーイングしたんだけど、ゆきっちゃんってばけっこー迫力ある顔で『自分の飯の後始末もできねぇ奴には飯を食う資格はねぇ』とか言うんだもんなー。厳しいぜマジ。ゆきっちゃんってば時々マジにセンセーっぽくなるんだよなー。
 そんで片付けが終わったら『とっとと歯ぁ磨いて寝ろ』ときたもんだぜ。いっくらなんでもせっしょーすぎだろって思いっきりぶーぶー言ったんだけど、ゆきっちゃんは『ガキはきっちり眠らないと明日動けなくなるようにできてんだよ』っつってさっさと今に布団敷いて自分の部屋に入ってっちゃう。ぬぬぬぅ、ゆきっちゃんめ、自分の家でもマジ頑固だぜ!
 だけどこんなところでくじけるために俺はわざわざ補導されたわけじゃねぇ。幸いゆきっちゃんは俺がマジに寂しがってると思ってる。だったらここはそれを利用して……!
 ってわけで、ゆきっちゃんが部屋に引っ込んでからしばらく待って、俺はおずおずっ、という感じにゆきっちゃんの部屋の扉を開けた。うまい具合に、ゆきっちゃんはベッドに入って体を起こした状態だった。そこに俺は、ちょっと泣きそうな声を作って言う。
「ゆきっちゃぁん……」
「……なんだ、どうした」
「どうしたって……だって、俺……寂しいんだもん、一人じゃ寝れねぇよ……な、ゆきっちゃん、一緒に寝て?」
 全力でしおらしげな演技でゆきっちゃんをゆーわくする。へっへっへひとつベッドの中に入っちまえばあとはどうとでもなるぜ! と気合を入れて演技したせいか、ゆきっちゃんは肩をすくめたけど、俺の方がびっくりするくらいあっさりうなずいた。
「いいぞ。来い」
「えっ。あの、マジで、いいの?」
「お前から言っといてなに言ってんだ。……ほれ」
 そう言って自分の横の布団をまくり上げるゆきっちゃんに、俺はちょっとどぎまぎしたけど、もちろんここで退くほどチキンじゃねぇ。もぞもぞっ、と布団の中に入って、ええいっ! と気合を入れてゆきっちゃんに抱きつく。
 なんかいまさらながら妙に恥ずかしくなってきたけど、ここで退いたら男じゃない。俺はゆきっちゃんをできるだけあどけない顔で見上げ、えへへっと笑った。
「あったかいな。なんか、ゆきっちゃんの匂いがする」
「俺とベッドに入ってんだからどっちも当たり前だ」
 くぅっ、いつもながら難攻不落だぜゆきっちゃん! ここは普通俺の言葉にぐっときて襲うとこだろ! ゆきっちゃんの家で、二人っきりで、二人で同じベッドに入ってんだぜぇ!? これで襲わないとかマジどーいう神経してんだっつー……!
 そう思いつつも、俺はちょっと、緊張してた。心臓けっこーバクバクいってた。なんか、なんていうか、おいしいシチュだとは思うんだけど、なんか……マジっぽいっていうか、こんな風に、二人っきりで、ひとつの部屋で、ひとつのベッドで……ホントに、手ぇ出したかったらいつでも出せる状態で、アプローチするって、なんか、ホント、なんかさぁ……!
 そんな風に俺がうじゃらうじゃらしてるってのに、ゆきっちゃんはへっちゃらへのぷー、って顔してへーぜんとすぅすぅ寝息を立てだす。こんにゃろー、俺のオトコ心を弄びやがって―、と思うけど、だからってどうにもしようがない。くそーこんにゃろー、と思いながらも、ええいもー俺も寝てやるっ、とふて寝を決め込んだ。
 ったくもー、ゆきっちゃんってばマジつれねぇよ。俺のことどーでもよさげなそぶりばっかして。や、だからってあきらめるつもりとか全然ねぇしこれからもアプローチすんだけど……なんか、なんていうか、こんなに近くにいんのに、そーいうのどうでもよさげとか、なんか……。なんでこんな風に思うのかわかんないけど、なんか………。
「ゆきっちゃんのばか。ばかばかばーか」
 そんな風にぼそぼそ言ってると、ふいに低い声が返ってきた。
「やかましいわ、クソガキ」
「うひゃっ! ゆ、ゆきっちゃん、起きてたのかよっ!?」
「お前がずっともぞもぞしてっから目が覚めた」
 半分眠ってるみてーな鬱陶しそーな声だったけど、俺はゆきっちゃんから答えがあったことに嬉しくなって、すりすりーっと体を擦りつけてゆーわくしつつ色っぽい声を出す。
「しょーがねーだろぉ、ゆきっちゃんと一緒に寝てんだもん。俺、ずっと寂しかったから、ゆきっちゃんと一緒にいれて、嬉しくってさぁ」
「知ってる」
「…………。え?」
 面倒くさそうな、半分どころか四分の三寝てんじゃね、って声だったけど。その言葉は、妙に、俺の耳に響いた。
「お前が寂しがってんのも、誰かに一緒にいてもらいたがってるのも、俺にかまってもらえて嬉しいのも、ちゃんと、知ってる」
「え……ぇ、え……?」
 ゆきっちゃんの言葉が聞こえる。面倒くさそうな声。適当っぽい言葉。それなのに、なんで。なんでなのかさっぱりわかんない、のに。
「だから、俺は、俺にできる限り、お前につきあうって、そう、決めてる……」
 なんで、こんな風に、目の奥がぎゅうって熱くなる、んだろう。別に、俺、大したこと聞いてるわけじゃないのに。だせぇドラマだって、もーちょいうまい感動系台詞言うのに。なんで、こんなに、胸が。
 胸と目の奥がぎゅうってなって、体中がじぃんってしびれる。じんじん熱くなって、勝手に心臓から血がどっくんどっくん送り出される。なんで、俺は、こんな――わけがわかんなくなるくらい、ゆきっちゃんの言葉に、体中、ぐらぐらさせてるんだ。
 俺は、別に、ほんとに、寂しいわけじゃぜんぜんなくて。かまわれるのは楽しいけど、そんな、誰かに一緒にいてもらわなきゃなんないくらいガキじゃ、ぜんぜんなくて。一人でじゅうぶん生きてけるし、みんな今でもじゅうぶん優しいし、ほんとに、満足、してるのに。
『すきだ』
 突然、なんか、すごく、そう思った。
『ゆきっちゃん、すきだ。だいすきだ。すごく、すごく、ほんとに、すきだ―――』
 そんなの前から思ってたはずなのに、なんかすごく目の奥が熱くなった。見えてるものがじんわり歪んで、胸んとこがぎゅうって痛いくらいしびれて、なんか、もう、もう、ほんとに。
「好きだよぉ……」
 また寝息をたてはじめたゆきっちゃんに、できるだけそぉっと抱きつきながら言った言葉は、胸の奥をたまらなくじんじんさせた。

「……じき。……梶木。……梶木ィッ!」
「わひゃ!?」
 耳元で叫ばれて飛び起きた俺に、ゆきっちゃんはへーぜんとした顔で言う。
「とっとと起きろ。そろそろ学校に行く時間だぞ」
「へ……あ……」
 絶対眠れないってくらい心臓ぎゅうぎゅうしてたのに、いつの間にか眠っちゃってたらしい。目をしぱしぱさせながらゆきっちゃんを見ると、ゆきっちゃんはもうパジャマから着替えて、上着脱いだスーツ姿の上にエプロンっていう格好をしていた。
「ゆきっちゃん……そのカッコ……」
「あん? 変だのなんだの言うんじゃねぇぞ。飯作る時にはこの格好が一番効率がいいんだよ」
「飯作ってくれたのっ!?」
「……ああ、まぁな。簡単なもんだけだけど。とっとと起きて、飯食え。今日はしっかり学校行ってもらうからな」
「うんっ!」
 俺はこくこくこくってうなずいてベッドから飛び降りた。ゆきっちゃんがスーツにエプロンで作ってくれた朝ごはんとか……嬉しすぎるだろ普通に考えて! 袖まくり上げたシャツにエプロンっていうカッコだけでもかなりぐっときてんのに……ゆきっちゃん太っ腹すぎ……!
 勇んでテーブルにつこうとする俺に、ゆきっちゃんは「先に手と顔洗ってこい!」って怒鳴る。俺は速攻で洗面所行って手と顔洗って、超特急で戻ってくる。「いっただっきまーす!」って手を合わせたら、ゆきっちゃんは苦笑して「どうぞ召し上がれ」って言ってくれる。
 なんか、もう……なんかもう、なんかわかんねぇけどすっげー嬉しー………!
「ゆきっちゃんっ、このオムレツうめーなっ」
「そりゃどうも。野菜もちゃんと食えよ。野菜食う習慣つけてねぇと年喰った時にひでぇことになるぞ」
「はーいっ」
 野菜食うのなんて嫌なのにいい返事返しちゃうくらいテンション上がってる。っつーかなんかこのサラダうまくね!? やっぱこれって愛だよな愛っ、ゆきっちゃんの愛が野菜までうまくしてんだよなっ!
「単におまえがこれまでまずい野菜しか食ってこなかったからだろ。新鮮でちゃんとした野菜ってのは誰が食ってもうまいんだよ」
「そーいうテンション下げるよーなこと言うなってぇ! へへへぇ♪」
「笑ってねぇでとっととよく噛んで食え。食い終わったら着替えて学校だ」
「えぇー……やっぱ学校行かなきゃダメ? せっかくゆきっちゃんと一夜を共にしたんだからここは二人で明日の朝までいちょいちょ」
「あぁ?」
「ひひゃっ! わかったってば、悪かったってぇ!」
 そんな風にじゃれ合いながら、俺たちは一緒に朝飯を食って、一緒に登校した。なんか、それが、そういうのが、すごくすごく嬉しくて、別にエロいことができたわけでもなんでもねーのに、なんかほんとにほんとに、幸せっつーか、なんかもうどうなってもいい、みたいに思っちゃったんだ。

「それって、ラブだぜ!」
 相談した半田に力を込めて言いきられ、俺はちょっときょとんとした。
「へ? や、そりゃ俺ゆきっちゃん好きだぜ? 前もそう相談したじゃん」
「そーいうんじゃなくてさっ。マジなラブだぜ! お前は、本気で、そのセンセーに恋しちゃってんだよ!」
「へ……? や、だからさ、元からゆきっちゃんのことは好きだったって言ってんじゃん」
「そーじゃなくてさぁっ、本気の! 本気の恋しちゃったんだよっ、お前は、そのセンセーにっ」
「だから元から恋してるっつってんだろーっ!」
 そんなことを息が荒くなるまで言い合って、俺はなんとか半田の言いたいことを呑み込んだ。つまりあれだ。つまり俺の今までのゆきっちゃんへの気持ちは。
「マジ惚れじゃなかった、ってことなのかよ?」
 聞くと、半田はうーんと考え込んだ。
「っていうかさ、なんていうか……好きとかラブとかにも段階ってのがあるだろ。お前のはたぶん、相手を意識するきっかけ? っつーか、『ちょっと気になる』ぐらいだったんだよ。んで、一緒にいられるのがめちゃくちゃ嬉しくて幸せ、ってぐらいにすきになってったんだろ? 気持ちが成長した、ってことじゃね?」
「うー……くっそ、さすが年上の恋人持ちはちげーな……当たり前のように言ってのけやがるぜ」
「え!? や、恋人とか別にんなこと言えるよーな仲じゃねーって! 単にその、なんつーかさ、にーちゃんは俺のこと可愛がってくれるしす、好きとも言ってくれるけどなんか信用なんねーっていうかさっ、いっつも当たり前な顔して言うしっ」
「へ? 当たり前な顔だとなんかまずいのか?」
「だ、だってにーちゃんが言ってたもん! 恋したら心が乱れるもんだって! なのににーちゃんってばそんな様子全然ねーっていうかさっ」
「…………」
 自分の世界に入ってのろけだかグチだかわかんねーことを一人言い続ける半田をよそに、俺は考えてた。心が乱れるのが、恋。だったら、もし、かして。
 俺は、本当に、ゆきっちゃんが、好きに―――
 ぼっ、といきなり顔がめちゃくちゃ熱くなった。なんだなんだなんだかさっぱりわかんねーけどめちゃくちゃ顔があちぃっ! なんか、なんか、めっちゃ、めっちゃくちゃ恥ずかしい………!
 なんていうか、元から好きだったけど、好きだと思ってたけど好きでいいんだけど、なんていうか、その好き加減がめちゃくちゃ恥ずかしいっつーか、俺ん中にこんな気持ちとかあったっけ、みたいな感じっていうか………! 体がゆきっちゃん求めてるっつーか、ゆきっちゃんに会いたいとか触ってもらいたいとかぎゅってされたいみてーなこっぱずかしい気持ちがあって、それがあるって自覚したらなんかどんどんでかくなってきたっつーか……!
 うわああぁ恥ずっ、めっちゃくちゃ恥じぃっ! どーしよどーしよどうしろってんだよ、こんな気持ち抱えて授業受けろとかマジ無理だってぇぇ!
「〜〜っ、〜〜〜〜っ、半田っ、俺ちょっとゆきっちゃんに会いに行ってくっからまたなっ」
「へっ、あっ、うんっ!」
 言われてようやく我に返った半田をそこに置いて、俺はゆきっちゃんを探しに走った。職員室を窓からのぞいたけどいない、食堂行ったけどいない、ああもうっどーしよどこにいんだよゆきっちゃんってばっ、と頭の中をぐるぐるさせていたら、はっとした。
 ゆきっちゃんがこの学校でいる場所っつったらあそこだろ、なにボケてんだ俺! と気づいたのだ。廊下を全力ダッシュして、歩いてる奴らを素早く避けつつ、俺は視聴覚室に向かい、ばーんと扉を開ける。
 そこには予想通りゆきっちゃんが機材をいじっていて、俺はそれを見ただけでなんか頭がぽわんってなっちゃったんだけど、ゆきっちゃんがこっちを向いてなんか眉を寄せてるのに気づいてはっとした。
「どうした、梶木。もう昼飯食ったのか?」
「〜〜〜〜っ…………」
 俺はなんか、なんかもうたまんなくなって、ゆきっちゃんの顔で俺ん中がいっぱいになって、もうどうしようもなくて、気がついたら叫んでた。
「ゆきっちゃんっ!」
「………なんだよ」
「好きだっ!!!」
「………知ってる」
 ゆきっちゃんは小さくため息をついて肩をすくめる。だけど俺はぶんぶん頭を振って必死に叫んだ。
「そーじゃなくってっ! 俺はっ……ゆきっちゃんのことがっ、すっげーっ……なんつかっ、ほんとにっ……」
「だから、知ってる」
「そうじゃないっつってんじゃんっ! 俺はぁっ……」
「言ったはずだ。知ってる、ってな」
 俺は言い返そうとしてゆきっちゃんをぎっと睨みつけかけて、気づいた。ゆきっちゃんが、俺を……なんていうか、ほんとに真剣に、真正面から見てることに。
 びびったってわけじゃないけど、その見方っていうか、視線っていうか、そういうのの重みみたいなのに、俺は思わず固まった。かちんこちんってくらいに緊張した。なんか……なんか、好きな人が、そんな風に、俺の方を見るのって、なんか、ほんとに死ぬほど、心臓が痛い―――
「梶木。俺は、お前が俺のことを真剣に好きだってのは知ってる。……最初は本気でノリ半分だろうって今でも思ってるし、そもそもお前は実際ほとんどノリと勢いでしか生きてねぇような奴だから、どっから本当に俺のことを好きになったのかってのは、正直わからねぇけどな。今は、俺のことが本気で好きになってるんだろう、と理解してる」
「っ………」
「だから、俺もはっきり言う。……何度も言ってたことではあるけどな。俺は、お前の気持ちには応えられない」
「っ―――!」
 俺は勢い込んで口を開きかけ、ゆきっちゃんに鋭い眼差しで制された。殺気飛ばしてんじゃないかってくらいのすげー迫力に、思わず俺は気圧される。
「理由は三つ。まず、なによりも俺は教師だ、ってことだ。中高生相手のな。それが生徒を相手に惚れたの腫れたのってのをやるのは法律違反だ。そして教師としての職務規定にも、倫理にも反してる。一人の教え子を特別扱いするのは教師としてあっちゃあならねぇことだ。生徒のひいきなんぞまっとうな教師がやっていいことじゃねぇ。中学生相手に恋愛だの性交だのってのもな」
「っ……、っ……」
「次に、俺が子供の好意ってのを完全には信用してないってのがある。俺はこれまで、大学時代の家庭教師や塾講師のバイトしてた頃も含めて、教えてた生徒に告白されたことは何度もある。だがそいつらは全員しばらくあしらってたらあっさり他の相手を見つけてくれた。子供ってのは肉体的にも精神的にもまだ成熟してないし、本能に支配されやすい。だから大人みたいに理性や社会意識で縛られることなく、簡単に人を好きになれるし簡単に好きだったことを忘れられる。まぁそもそも人間の好意ってのはそういうもんだからな、よくも悪くも。お前の好意が真剣で、それなりに重いもんだとわかっちゃいるが、それでも俺には手放しで信用はできない。少なくとも一生付き合っていくに足る、とまではな。そして俺は付き合うからには一生死が二人を分かつまで付き合っていきたいと思う人間だ」
「っけどっ!」
「そしてなによりも。梶木、お前は微塵も、俺の好みじゃないんだ」
「――――ぇ」
 ぽかん、と口を開ける俺に、ゆきっちゃんは、真正面から、心の底から真剣だ、という顔で言葉を重ねてくる。
「悪いが、お前は微塵も、少しも、まるっきり俺の好みじゃない。顔も性格も言動もだ。俺は性別や年齢についての好みは無節操だが、顔、っつーか浮かべる表情や、性格や言動みてぇなそいつがどう生きてるかってことが現れる部分についての好みにはめっぽううるさい。で、お前は俺の好みに当てはまる部分が一欠片もない。馬鹿でうるさくてわがままで、相手の都合を考えずにしたいことをして、その場のノリでなにをしてもいいと思ってるガキは俺は大嫌いだ。勉強でもスポーツでもそれ以外でも、自分を高められることに打ち込もうとしない奴は、たとえ子供でも好きじゃない。好き放題に遊んで暮らして、面倒なことは周りの人間に押しつけていいと考えている甘ったれた奴は、死ぬほど大嫌いだ。そんな奴に好かれても、俺は少しも嬉しくないし、鬱陶しいとしか思えない」
「―――――」
「以上の理由で、俺がお前の気持ちに応えることは絶対にない。可能性はゼロだ。わかったら出て行け。俺はこの機材をもう少しいじりたいんだ」
「……………――――」
 俺は、のろのろと、ゆきっちゃんに背を向けた。視聴覚室の扉を開けて、外に出て、扉を閉めた。それからのろのろと歩き出した。
 どこへ、なんて考えることもできなかった。ただ、頭の中で、ゆきっちゃんの言った言葉がわんわん唸ってた。
 ゆきっちゃんは、生徒は嫌なんだって。ちゅーがくせいはだめなんだって。
 子供は信用できないって。好きって言っても忘れるかもしれないって。
 俺の、ことが、少しも、全然、好みじゃないんだって。
 馬鹿なガキは、嫌いだって。好きじゃないって。甘ったれた奴は死ぬほど大嫌いだって。そんな奴に好かれても嬉しくないって。鬱陶しいって。
 俺の、ことが―――――
「………ぅっ」
 俺の喉が、ひくって鳴った。ぼろぼろぼろっ、て目から涙が落ちた。顔がぐしゃって歪んで、腹の奥がひくって震えて、体全体がぎゅうってなって―――
「ぅっ、あ、ぅぁっ……ぅああぁああんっ! うわっ、わっ、うわぁぁぁんっ!!」
 俺は、涙をぼろぼろこぼしながら、全身を震わせて泣きじゃくりだしていた。

「ひっ、ぁっ、うあぁぁんっ! ぎっ、ぎゃぁぁんっ、うがぁぁんっ! うぐっ、ひぐっ、うぁっ、うわっ、わぁぁぁんっ!」
 俺は次々流れてくる涙をぬぐう余裕もなく、わんわん声を上げて泣きまくっていた。ここがどこかもわからないまま、泣きじゃくりながらうろうろと歩く。ゆきっちゃんに出て行けって言われたから。ここにいるなって言われたから。
 泣きまくったせいで目は腫れまくってたしずきずき痛かったしみぞおちへんの泣きぐせがついちゃうあたりが震えすぎてじんじんした。だけどそれでも泣き止めなかった。
 だって、好きな人が言ったから。ほんとにほんとに好きだって人が、俺のことが嫌いだって言ったから。
 ほんとに、ほんとに、大好きだって思った人が、俺みたいなやつは大嫌いだって。
 そう思うだけで、ゆきっちゃんの言葉が頭ん中でわんわんして、痛くても苦しくてもどうしても、どうしても泣き止めなかった。
「………坊ちゃん」
「うぁぁぁぁんっ! うぁっ、うぎゃっ、うぎゃぁぁんっ! ひっ、うひっ、ひぇゃぁぁんっ!」
 心臓がめちゃくちゃ痛い。ずきずきじんじんしんしん痛い。痛くて痛くていくら泣いても泣き足りない気がした。息ができない。肺がまともに動いてくれない。苦しい。痛い。辛い。どうしようもないくらい、体中にあの人の言葉が響いて、たまんないくらい、体全部が泣きたがって――
「うぁっ、うぎぇぁあんっ! ぎっ、うぎっ、ぎぁぁんっ、ひぐっ、うぎゃぁあんっ!」
「………坊ちゃん。失礼」
 ふいに、首になにかがしゅるり、と絡みついた気がした。そしてしゅっとなんかが擦れる音がしたかと思うと、すぅっ、と意識が遠くなる。
 え、と思うより早く、視界が暗転していく。なにもかもが消え去る前に、誰かに抱き上げられる時のようなふわっとした感覚があって、『早く車こっちに回せ』『野次馬とっとと追っ払え』なんていう厳しい声も聞こえた気がしたけど、すぐにそれも全部真っ暗な視界の中に消えていった。

「………ぅ?」
 のろのろとじんじん痛い目蓋を開くと、きれいな木目が並んでいるいかにも和室、って感じの天井が見えた。ぼーっとした頭でしばらくそれを見つめて、あ、これはじーちゃんちの天井だな、と気づく。こーいう純和風のお屋敷でもないとないような木目の感じを活かした天井なんて俺の知ってる中じゃじーちゃんちくらいしかないっていうのもあるけど、単純に木目の模様が俺が何度も見たのとおんなじだったんですぐわかったんだ。
 のろのろと体を起こして、周りを見る。で、やっぱりじーちゃんちだなって改めて思う。じーちゃんちで泊まる時いつも通される和室だった。っていうかじーちゃんちはやたらでっかい江戸時代からあるらしい日本家屋なんで、和室以外の部屋ってないんだけど。
 畳にじかに敷かれたふっかふかの布団からのろのろ出ると(いつの間にか俺の服は制服から和服っていうか寝る時用の浴衣になってた)、いきなり部屋の外から低い声がかけられる。
「坊ちゃん。お目覚めになりやしたか」
「え……あ、うん」
「組長がお呼びです。身支度がお済みになりやしたら来てほしいとのことで。身支度に手が要るようでしたらいつでもお呼びくだせぇ」
「うん……」
 言われて周囲を見回して、衣桁に紺の麻地の着物がかかってるのを見つける。じーちゃんは和服大好きっていうか、昔からこの家に泊まる時は基本和装以外着替えが出てこなかったんで(まぁ洋服よりは和装の方がこの家に合ってるとは思うけどさ)、俺でもさすがにこのくらいなら一人で着られる。のろのろと浴衣を脱いで、衣文掛けにかけて、衣桁の着物を着て着流し姿になった。
 その間にも、俺の頭の中には何度もゆきっちゃんの言葉がわんわん響いていた。『好きじゃない』『大嫌いだ』『好かれても嬉しくない』『鬱陶しいとしか思えない』。そんな言葉が何度も何度も響いて、心臓をぎゅうっと縮める。
 状況を思い出してみるに、俺はわんわん泣きながら学校を飛び出して、泣きじゃくりながら街をうろうろしているところを真山さんに見つけられて、声をかけてもまともに返事することもできないからってんで気絶させられてじーちゃんの家、っつーか梅月組の本家屋敷に連れてかれたんだと思う。まぁ一応とはいえ、梅月組の孫息子がギャン泣きしながら傘下の街うろついてたら、さすがに立場上まずいもんな。
 だから、一回気絶させられていろんなのがリセットされた分、少し気持ちが軽くなってはいたんだけど、それでも目と鼻の奥がつんとして、今にも涙が出そうになる。着物に染みつけたらじーちゃんに悪いし、ぐっと腹の底に力入れて我慢した。
 部屋の外で待ってた人に声をかけて、長い廊下を歩き、じーちゃんが俺と会う時いつも使ってるちっちゃな部屋(なんかちっちゃな机とか窓とか床の間とかある、ちっちゃいのにあちこち凝ってる感じがする座敷)に通される。部屋の外で案内してくれた人がじーちゃんに声をかけて、するすると障子を開けて中に通された。
 中にはいつもと同じく着物姿のじーちゃんがいた。着物姿の総白髪で半分くらい頭ハゲてる、カッコや顔自体はわりとどこにでもいるじーちゃんなのに、いつもながら体全体からなんかすげー迫力がバリバリ出てる感じする。
 机の前にあぐらをかいてたじーちゃんは、ちらっと俺を見て、「まぁ、入れや」と言ってまた机に向き直る。机の上にはなんかいろいろ書いてるっぽい資料が並べられてて、仕事の邪魔しちゃったみたいで気まずかったけど(たぶん俺のことが心配だから、お袋に『俺と会うのは一年一回』って勝手な約束させられてんのにそれ破って屋敷に連れてきてくれたんだろうし)、俺は素直に入ってじーちゃんの前に正座した。
 それからしばらくはどっちも口利かなかったんだけど、資料を読み終えたっぽいじーちゃんが資料をまとめるやこっちに向き直り、ぎろりとこっちを睨むようにして聞いてくる。
「で。なにがあった」
「……………」
 俺はなんて言えばいいかわかんなくてちょっともじもじしたけど、結局口を開いた。しょーじき言っちゃうとすっげー恥ずかしいけど、じーちゃんには迷惑も心配ももうずいぶんかけちゃってるっぽいし……ガキの頃から世話になりっぱなしのじーちゃん相手に、言い訳したり言い逃れしたりすんのは、さすがにもーしわけないなーと思ったんだ。
 俺がぽつぽつと、ゆきっちゃんのことを話す。ゆきっちゃんにいろいろ世話になったこと。どんなちょっかいかけてもめげずにかまってくれたから、いつの間にかすげー好きになってたこと。でもきっぱりはっきり、俺のことは少しも好きじゃなくて、大嫌いで、好かれても嬉しくないどころか迷惑だって言われたこと。そういうのを話してる間、じーちゃんはじっと俺の方を睨むように見つめていた。
 話し終わると、じーちゃんは小さく肩をすくめて言った。
「お前ぇ、そっちの趣味だったのかよ。年相応に女にがっついてやがるから考えもしなかったぜ」
「そっちの趣味、っていうか……女は今も好きだけど、なんか、ゆきっちゃんのことがすげー好きになっちゃったみたいで……ゆきっちゃんじゃなきゃやだ、って感じがするんだ。変、かな」
「変じゃねぇだろうよ。俺もそういう意味で惚れた男の一人や二人ぐらいいる」
「え、そうなの?」
 それはちょっとびっくりだ。じーちゃんは極道の組長っていう仕事相応に女好きでアイジンもいっぱいいて、俺のお袋も組を継ぐことになってるおじさんもアイジンとの間にできた子供なくらいなのに(ケッコンしてた相手が早くに死んじゃったってのもあるんだろうけどさ)。
「男ってなぁ、若ぇ時ゃあ特に、木の股見てもおっ勃つもんだからな。そん時の気分と場の流れ次第で、男相手に欲情すんのも本気で惚れるのもそう珍しいこっちゃねぇ。まぁ年取ってくりゃあそういうのの積み重ねで好みってもんはわりと決まってきちまうがな」
「そっかぁ……」
 さすがの年の功って感じの説得力に俺がうんうんとうなずいていると、じーちゃんは俺の顔をのぞき込むみたいに身を乗り出して、にやりと笑って聞いてきた。
「で? お前はこっからどうする気だ」
「どうって……」
「お前ぇがそいつをものにしてぇってぇんなら、曲がりなりにも孫の望みだ、かなえてやるにやぶさかじゃぁねぇ。ちっとくれぇなら手ぇ貸してもいいんだぜ?」
「…………」
 俺はちょっと考えたけど、結局ふるふるって首を振った。
「いいよ。そんなことしないで」
「……ほぅ。振られて恥も外聞もなく泣きじゃくるほど惚れてるにしちゃあ、冷静じゃねぇか」
「だってさ、俺………」
 口を開けて、言おうか言うまいかちょっと悩んで、結局言った。
「ゆきっちゃんにこれ以上、嫌われるの、嫌なんだ」
「あぁん? なんだそりゃあ、男が言う台詞か。てめぇそれでも金玉ついてんのか?」
 ぎろりと睨まれて(まぁ組員の人とか睨むのに比べたらすっげー優しめなんだけどやっぱ極道の組長だけあってド迫力なんで)ちょっとビビったけど、それでも真正面からじーちゃんを見返して言う。
「男が言うセリフだよ。だって、惚れた相手の気持ちを守りたいって思うの、男ならフツーだろ」
「………ほう?」
「なんで惚れたのかなんてぜんぜんわかんないけど、俺は、ゆきっちゃんのことがすっげー好きだって思うから……だから、ゆきっちゃんのこと、大切にしたいって、優しくしたいって思うの、フツーだろ。……ゆきっちゃんの方が……俺を、ぜんぜん、好きじゃなくても」
「…………」
「ゆきっちゃんは……俺のことぜんぜん好きじゃなくても、俺に、優しくしてくれたし。俺がなにやっても、どんだけ勝手なことやっても、ぜったい見捨てなかったし。俺が苦しい時に……助けてって言ったら、ちゃんと助けに来てくれたし。そういう、相手に、気持ち無視すんの、男だったらぜってーやっちゃダメだって思うし……っ」
「…………」
 じーちゃんがじっと俺を見てる。それはわかってるのに、俺の喉の奥がひぐって鳴った。ゆきっちゃんの言った言葉がまた頭の中でわんわん鳴る。
 俺のことが大嫌いだって言ったこと。可能性はゼロだって言ったこと。――そして、俺のことを、これまでずっとかまってきてくれたこと。
 どんないたずらを何度やっても無視しないでちゃんと俺に気持ちぶつけてきてくれたこと。何度すっぽかしてもしつこく俺に補習授業やったこと。俺が好きだって言った時、拒みながらも気持ちにちゃんと向き合ってくれたこと。俺が警察使ってゆきっちゃんにかまってもらおうとした時に、そのことわかってるのにちゃんと迎えに来てくれたこと。俺が寂しい時に、俺の気持ち受け容れられないのに、そばにいてくれたこと。
 そういうのが、なんていうか、うまく言えないんだけど、なんか、ほんとに、なんていうか――
「しょうがねぇ奴だなぁ、お前ぇは」
 じっちゃんが苦笑して、チリ紙を俺に放り投げてくれる。俺は鼻をぐしゅぐしゅ言わせながら、何度も何度も鼻をかんだ。ぼろぼろ涙がこぼれるのをぐしぐし手で拭って、チリ紙で拭いて、それでも涙が止まらない。
 ほんとに泣けて泣けてどうしようもないくらい泣けて、目も鼻も痛くてしょうがないのに泣けて、俺はゆきっちゃんに大嫌いだって言われたのにそれでもまだゆきっちゃんが大好きだって、死ぬほど思い知らされたんだ。

 そのあと一応泣き止んでから、夜に屋敷に戻ってきた真山さんにお礼とお詫び言ったり、久々にじーちゃんと一緒に飯食ったり、総ヒノキのつるつるすべる上に薪で焚く屋敷の風呂に久しぶりに入ったりしたあと、俺はあっという間に布団に入れられた。昼間にも一回布団に入ったのに(気絶させられたわけだから眠ったって言っていいのかは分かんないけど)そんなに簡単に眠れねぇやって思ったんだけど、なんか急にすっげー眠くなって、あっという間に布団で寝こけてしまう。
 その方がマジな話楽ではあったんだけど。ふわっふわの布団でぐーすか夢も見ないで寝こけて、飯食ってる間も風呂入ってる間もひっくひっく言いまくってじんじん痛む目と鼻と喉と腹を休ませて――そんな状況の中、ふいに俺の目はふわっと覚めた。ぼんやりした頭で天井を見つめることしばし、なんか隣の部屋から(隣っつっても単に襖で区切ってるだけで襖取っ払っちゃえばひとつの部屋になるんだけど)話し声が聞こえるのに気づく。
「……ほぅ。抜かすじゃねぇか、若造がよ。ちっちぇ学校の木っ端教師の分際で」
 じーちゃんの声だ、と俺はぼんやり思いながら耳を傾ける。いつも以上にドスの利きまくった声にわーこぇーとか(実際間近で聞いてたら俺でもビビるかもってくらいの迫力なんだもん)ぼうっとした頭で思った――直後に、俺は仰天して目をかっ開いた。
「木っ端教師だろうがなんだろうが、俺なりに誇りを持ってやってますんでね。生徒の保護者がどれだけ偉い人だろうが、引け目を持つ筋合いはないでしょう」
 ―――ゆきっちゃんの声!?
 俺は慌てて飛び起きようとして、体がまともに動かないのにまた仰天する。え、なんだこれ、もしかしてこれ、縛られてる?
 おまけに口にも猿ぐつわがしてあって声を出すこともできない。むぐー、むぐぐー、と音を漏らしつつもなんだこれなんだこれと俺は慌てまくった。
 そんな間もじーちゃんとゆきっちゃんの息詰まるような会話は続く。じーちゃんのド迫力の声をぶつけられながらも、ゆきっちゃんは一歩も退かずに渡り合っていた。
「で? 結局お前ぇは、うちの孫をたぶらかしておきながら、責任を取る気がねぇってわけかい」
「責任は取るつもりでいますよ。まっとうな方向でね。中学一年生相手に惚れた腫れたをやらかすなんぞという、教師としても人間としても倫理にもとるやり方なんぞでなく」
「吹くじゃねぇか、青二才が。ならどう責任を取るつもりでいるのか言ってもらおうかい」
「まっとうに教師としてあいつに接する。それだけです。俺にできる最低限で最大限の仕事をやるだけです。俺があいつにしてやれるのはそれだけだと思ってますんでね」
「笑わせてくれんじゃねぇかよ。それが剛に責任を取ることになるってか? あいつがお前ぇに振られたあと、どうなったか教えてやってもまだそんな台詞吐けるってのかい」
「……確かにお聞きしましたがね。だがそれでも、俺があいつにしてやれることは、教師としての職務の範囲にしかない」
「ほぅ。つまりお前ぇは、あいつがお前に振られたせいでどんだけ世を儚もうが、どうでもいいって言うわけかい」
「どうでもよくはありません。ですが、俺はあいつにとって教師以外のものになる気はありません。俺にも俺なりに守ると決めたルールってものがある。あいつがどんなに泣いても、苦しんでも、それは絶対に変えられないし、変える気もないんです」
 ぶつかり合う言葉を聞くうちに、つまりこれってじーちゃんがゆきっちゃんになんで俺のこと振ったんだーって文句つけてるのか、と気づいてうぎゃあぁと叫びたくなるほど恥ずかしくなった。じーちゃん俺のこと可愛がってくれるのはいーけどそーいう風に気ぃ使うのマジやめて! ていうか孫子の惚れたの腫れたのって話に親だのじーちゃんばーちゃんだのが出てくるのってガチで反則だから!
 でも俺がどんだけそう叫ぼうと(猿ぐつわされてるからまともに声出せないんで)、じーちゃんとゆきっちゃんはシリアスっつーか真剣で斬り合ってるみたいな声で真っ向からぶつかり合う。
「ふん、なるほど、てぇした一徹ぶりだなぁ、おい。どういう理由かは知らねぇが、俺の孫をどんだけ泣かそうがそのルールとやらを守ってりゃあてめぇは安泰だってわけかい。――笑わせるのも大概にしとけよ、坊主」
「……っ……安泰ってわけじゃあない。俺だってあいつを泣かせて嬉しいわけがない。だけど、これは絶対に譲れません。教師は、大人は、子供を恋愛沙汰に巻き込んじゃいけないんです」
「ふん………そこまで言うなら教えてもらおうか。お前ぇさんがどうしてそう思うようになったかってところをな」
「……それは」
「話したくねぇで通ると思うなよ、小僧。曲がりなりにも俺のたった一人の孫を、それこそこのまま泣き死んじまうんじゃねぇかってくれぇ哀しませたんだ。こっちもそれなりの筋を通してもらわねぇと刃を収めるわけにゃあいかねぇんだよ」
「………………」
 少しの間、襖の向こうはしーんとした。俺はうおぉどーしよどーしよ、とおろおろしながらも、身動きは取れないし声も出せないしゆきっちゃんの気持ちは気になるしで全神経が勝手に耳に集中する。
 一分か二分か、たぶんそんくらいだと思うけど、とにかくたっぷり間があってから、小さくゆきっちゃんが息を吐き出して、言った。
「……わかりました。ですが、剛くんには言わないでくださいよ。生徒に言うべきことじゃないんでね」
「おう、約束してやらぁ」
 また少し間があってから、ゆきっちゃんは、静かな声で語り始める。
「―――俺は、中学生の時、教師と付き合ってたことがあるんです」
(!)
「……ほぅ。男とか? 女とか?」
「男です。体育教師だった。部活の顧問をやっていた人で、当時三十過ぎぐらいだったでしょうね。がっしりした体つきの、それなりに男前な人でした。俺はその頃から同性愛の気があって、当時は年上の包容力のあるマッチョ体形の人が好みで。もちろん中学生のガキですから、モーションなんてかけられるわけがないしそもそも自分の性癖を知られないよう必死でした。でもまぁ、同類ってのはわかる奴にはわかるもんですからね。その人に、最初は生徒として可愛がられ、そのうち何度か二人きりになるようになり、誘惑されて落とされました。……ま、あの人は最初から俺に目をつけてたんでしょうね。自分に惚れてるガキを犯してやろう、と」
「…………」
「俺は有頂天になりました。俺の家は厳格だったし、ネット関係はガチガチにフィルタリングがかかってたんで、同性愛の嗜好ってのが、まぁとんでもなくいけないことのように思ってたんですね。で、それを大人の人に、それも自分が憧れていた人に受け容れてもらえて、付き合えるまでになった。当然ながら、嬉しくて嬉しくてしょうがなかったんです」
「……ふん?」
「俺は馬鹿馬鹿しいことに、相手が自分と同じくらい真剣に付き合ってくれてると信じて疑ってなかったんですよ。当時でも珍しいくらいウブだったもんで。お付き合いってのはすべからく死が二人を分かつまでのものであるべきだって考えちまうくらいにね。それ以外の汚い≠ィ付き合いってのは遠い世界の話で、自分の周りにはちゃんとした$l間しかいないって考えるような世間知らずだったんです」
「……ふん。確かにそりゃあ相当だな」
「えぇ。で、まぁ当然ながら相手は体目当てだったわけで。それも中学生くらいの、体ができる前の少年って感じの男子が好みだったらしくて。俺が育つにつれて、というか体に飽きるにつれて冷たくなっていって。で、最後には脅迫されて、別れさせられました。俺の裸というか、やった後の写真とかをネタにしてね」
「はん。使い古された下種な手口じゃねぇか」
「そうですね。で、俺は本当にショックで。そんなことができる人間がいるっていうのもショックで、そんな相手をただ一人の相手と自分が見込んでいたこともショックで。苦しくて辛くて悔しくて、腹が立って憎らしくて呪わしくて。――で、傷害事件を起こしました。家から持ち出した出刃包丁で、相手を刺したんです。相手は死にませんでしたけど学校で刺したんで、まぁ大騒ぎになりましたよ」
(…………!!!)
「ふゥん……ま、ガキらしいやり口だな。そんな下種野郎にやられっぱなしでいねぇってのは褒めてもいいが」
「あいにく、俺にとっても俺の周りにとってもそれは言語道断な犯罪でした。相手のやったことも、俺がなにもかもぶちまけたもんで警察には知られて、そいつは懲戒免職になりましたし、たぶんそれからの人生もろくなもんじゃなくなってるでしょう。それでも、俺は罪に問われて少年院送りになりました。親も公的機関の方々も、男に抱かれて喜ぶような、その上振られて包丁持ち出すような変態ホモガキなんぞ娑婆にいられたら迷惑だと思ったみたいでね。正直、それから成人までは相当荒れました」
「ま、そうだろうな」
「少年院から出てからは、今の俺の職場……雨上学園に通うことになりました。うちは問題児の引き取りとかもわりと手広くやってるんで。今思えば相当温かく見守ってもらえてたと思うんですけど……当時はまるで気づけずに荒れ放題に荒れてましたね。卒業してからは大学にも通わずチンピラじみた真似までするようになって。落ちるとこまで落ちかけて――そんな時、気づいたんです。自分が、当時心底恨み憎み蔑んだ大人と同じように、性の対象を消費する目でしか見てないことに」
「……ふん?」
「今は男ってのはそういうもんだとはわかってます。男の性っていうのは基本的にそういう風にできていて、理性や社会常識や倫理でそれをなんとか愛情に結びつけて社会を回してるんだってことは。ただ、当時はそういうことをまともに考える頭がなかったんで、自分がそういう、ふざけた台詞なのを承知で言いますが汚い大人≠ノなってしまったのを自覚して、本当にショックを受けたんですよ。で、ショックから回復して、周りを否定することができなくなったからのろのろとではありますが自分なりに社会復帰しようとして、遅ればせながら大学行って教職取って、母校の先生方にお礼とお詫びしにうかがった時に、訳ありの教師なんかも広く受け入れてるからよかったら来いって言われて。必死に勉強して教師免許取って採用試験合格して、かつて自分が道を踏み外した頃のガキどもと向き合って、心底思ったんです」
「ふゥん、なにをだ」
「ガキってのは……大人が護ってやらなきゃどうしようもねぇんだなって」
(……………!?)
「ほぅ?」
「ガキってのは、どいつもこいつも、大人が手加減して接してやってることをまるでわかってない。大人たちに護ってもらって、手をかけてもらってようやくまともに生きてられる存在だってことをまったくわかってない。自分は一人前だと思い込んでる。自分の力で勝手に大きくなって、一人で生きていけてるもんだと思ってる。そんな馬鹿な話があるわけねぇってのに。ちょっとばかし知恵がつこうが、大人に本気で仕掛けられればあっさり掌の上で転がされるようなぐらいの頭しか持ってねぇってのに」
「ふゥん?」
「それでいいんだ、と俺は思います。むしろそうでなくちゃならない。大人には子供をしっかり護ってやる義務がある。子供が汚い大人になって、自分の身の程を思い知るまで、生き馬の目を抜く世間ってもんからの防波堤になって、その間にできる限りの知恵と力を身につけさせてやるのが大人の、そして俺たち教師の仕事ってやつだと思うんです。それができねぇ大人なんざ、教師なんざ、存在する意味なんぞねぇ。俺みてぇに、大人に食い物にされる子供なんざ、絶対に作っちゃならねぇんだ」
「ふん………」
「だから、俺は……剛くんに、できるだけ優しくしてやりたかった。大人に護られなかったあいつを、ちゃんと護ってやれる人間になってやりたかった。俺も未熟者なんで、どう接するのがいいかなんてのはまるでわかりませんでしたけどね。けど、あいつがこれでもかってくらいにクソガキっぷりを発揮してくれたんで、自然とやり取りができました。あいつがむちゃくちゃな悪戯をするたびに、怒って怒鳴ってどやしつけて。どんなことをされてもあいつと真正面から向き合おうと必死になって。――だから、あいつも、俺のことを好きになっちまったんだと思います。結局、最後まで真正面から向き合い続けることのできなかった、俺なんかのことを」
(………………)
「最初はあいつも冗談なのか本気なのかわからねぇような態度でしたからね。怒って怒鳴って追っ払えばそれでよかった。でも、しだいに……あいつはあいつなりに、マジに俺に惚れてるんだってことがわかってきて……ガキなりに必死になってるんだってわかって。昔の俺のこととか思い出しても……そんなあいつに俺がしてやれることは、きっぱり、容赦なく、未練なんか持ちようのないくらい、俺のことなんて大嫌いになるくらいに振ってやることしかない、と思ったんです」
「はん……聞いてると、お前ぇも案外うちの孫に満更じゃねぇ、ってしか聞こえねぇが?」
「…………」
 ゆきっちゃんは一回黙ってから、小さく息をついて言った。
「ええ。正直、嫌いだとか好かれて微塵も嬉しくないとか言っちまうと、嘘になるくらいには」
「ほぉ……けど実際ンとこよぉ、お前ぇ、ガキ相手に迫られて勃つのかよ。そうでなきゃあ問題もなにも起きようがねぇだろうに」
「……ええ。勃ちますよ。腹が立つことに、年を取るにつれて自然とあのクソ教師と似通った好みになってきちまってね。自分がやられたことをやり返してやりたいなんぞという深層心理が働いてるせいなのかどうかは知りませんが。幸い、好み以外は受け付けないなんぞというほど性癖は歪まなかったんで、それなりに付き合った人間もいますけどね」
「一番好みの相手はうちの孫くらいのガキ、ってか?」
「……ええそうですよ、あいつに迫られてムラッときましたし勃ちましたよ。全身全霊で隠してたんであいつには気づかれてませんけどね。あいつの誘いに乗って押し倒してやりたいなんぞという下種な思考も何度も頭をよぎりましたよ。それでも絶対に俺はあいつに手は出しませんけどね!」
 いかにもやけっぱちという感じの勢い任せに叩きつけるような言葉にも、じーちゃんはふん、と小さく鼻を鳴らしただけだった。
「なにをムキになってやがんだ。それが悪ぃともなんとも言ってねぇだろうに」
「……俺はガキを食い物にする大人にだけは、絶対になりたくないんです。ガキを護ってやる大人であるってのは、俺なりのささやかな誇りなんですよ。一回落ちるとこまで落ちて、そこから這い上ってこれたのは、そういう自分になりたかったからだって今ならはっきり言える。だから、俺は絶対に、あいつには手は出しません。そして俺の惚れたの腫れたのってことには絶対に関わらせない。たとえあいつを泣かせても……自分勝手な言い草に過ぎないとしても、それでも……この誇りを捨てたら、俺が俺でなくなっちまう」
「……なるほど」
 すっ、と着物を着た人間が立ち上がる時の音がした。そして畳を踏む時の音が小さくする。その音はどんどん俺のいる方に近づいてきて、すぱーんと襖が勢いよく開き、光が俺の寝てる部屋の中へと差し込んでくる。
 反射的に顔を歪める俺の耳に、ゆきっちゃんのガクゼンとした声が聞こえた。
「梶木………?」
 そっちの方を目をすがめてみると、ゆきっちゃんはマジでぽかーんとした顔して俺を見てから(口がでっかく開いてた)、ぎっとじーちゃんの方を睨み、ものすごい勢いでまくし立て始めた。
「どういうことですか、これは! あなたは極道だろうがなんだろうが孫をちゃんと可愛がって面倒見る意志と力のある人間だと俺は思ってた! なのに縛り上げて猿ぐつわをして暗い部屋に放置って、こいつは放り捨てにできませんよ!」
 じーちゃんはくくっ、と小さく笑って肩をすくめる。
「気になるのはそこかい。……ああだこうだ言う前にほどいてやったらどうだ? 俺はほどく気なんぞねぇからな」
「っ……! 大丈夫か、梶木! 今ほどいてやるから待ってろ!」
 言うや俺のそばに駆け寄り、縄をほどいていく。けっこー厳重に縛られてたみたいだけど、ゆきっちゃんはわりとほどくのに慣れてるっぽくてそんなに時間はかかんなかった。
 手足が自由になった俺は、とりあえず手足をぷらぷらさせながら立ち上がる。やっぱじーちゃんたちは俺が動けないようにはしたけどできるだけ体に負担かかんないよう気を使ってくれたみたいで、手足が痺れたり動かなかったりとかは全然なかった。
「おいっ、大丈夫なのか梶木、もう立ち上がったりして!」
「ゆきっちゃん、ちょっと立ってくれる?」
「は? あ、あぁ」
 ゆきっちゃんは目をぱちぱちさせながらも素直に立ち上がる。で、俺はちょいちょい、と手招きをした。ゆきっちゃんはますますけげんそーな顔しながらも、素直に顔を寄せてくる。
 ――その顔に、俺は「オラァ!」と叫びながら全力の右ストレートを叩き込んだ。
 ゆきっちゃんはもろに食らって思いっきり吹っ飛ぶ。開いた襖の間に吹っ飛ぶようちゃんと計算して殴ったんで、物をひっくり返すとかの被害は出なかった。基本この屋敷の座敷は人が集まるとこなんで、座布団以外のものって置かれないし。
 ゆきっちゃんはぽっかーんと口開けて、ぼーぜんと俺の方を見てた。口ぱくぱくさせながら、漏らすみたいに言う。
「か……かじ、き?」
「不意打ちくらってあっさりおねんねかよ。ゆきっちゃん、やんちゃしてたっつーけどジッサイんとこお坊ちゃんの遊びだったんじゃねぇのぉ? ブランクあるからってちょろすぎだろマジで」
 はっ、と思いっきり馬鹿にして鼻を鳴らしてやると、ゆきっちゃんはカッと顔を赤くして歪めた。「んだ、とぉ……!」とか言いながらのろのろ立ち上がる。
「ちゅーがくせーに一発もらって腰にきちまうよーなヤツがやんちゃあ? 笑わせんなよタァコ、せーぜーがヤンキーの使いっぱくれーのことしかできねーヤツが言えるセリフだと思ってんの? 雑魚っちーんだよいちいち反応がさぁ」
「てめェ……舐めてんのもいい加減にしろよ、ガキだと思ってこっちが手加減してりゃ図に乗りやがって……」
「はっ。そのガキに一発食らって足ふらふらになってるヤツがなに抜かしてんだよザァコ。おらかかってこいよ三下、遊んでやっからよぉ」
 びしっ。びしびしっ。眉間に皺が寄る。スーツの上着を放り投げ、ネクタイを解く。俺ははんと鼻を鳴らし、ちょいちょいとチョーハツテキに手招きをしてやった。
「……人生の先輩が指導してやるこのクソガキ! 教師の愛の鞭受けてみろや梶木ィィィ!」
「やれるもんならやってみろやジジィ、足腰立たなくなるまで遊んでやら由紀夫ォォォ!」

「………おらッ!」
 がすっ。今の俺の全力で叩き込んだボディに、ゆきっちゃんはぐほっ、と息を吐いてふらついたけど、「………うらァ!」と叫びながら右フックを返してきた。しょーじき足腰かなりふらふらの俺はそれを避けきれず、「がっ……」と頭をくわんくわんさせてのけぞるけど、それでも絶対に負けたくなくてぎっとゆきっちゃんを睨み返す。
「……ぬらァ!」
 ごずっ。
「……クソがァ!」
 どずっ。
「……ボケ教師がァ!」
 ぐずっ。
「……クソガキがァ!」
 ばずっ。
 罵り合いながらさんざん殴り合って、それでも俺たちはまだどっちも倒れてなかった。どっちもそれだけ負けてたまるかこんちくしょうって思ってたせいだと思う。
 それでも最終的に『オラァ!!』と全力で放ったパンチが同時にカウンター気味に決まっちゃったみたいで、どっちも頭をぐらぁ、と揺らして倒れ込む。ばったり畳に横になってぜぇはぁと荒い息をつく俺たちの耳に、「ぶっはっは!」とじーちゃんの笑い声が響いた。
「わははっ、っとによぉ、笑わせてくれんなぁ! やっぱ面白れぇわ、お前ぇら」
 そういえばじーちゃんずっと俺らの喧嘩見てたのか、とぜぇはぁ息をつきながら思う俺をよそに、ゆきっちゃんはぶっ倒れながらもぎっとじーちゃんを睨む。
「……もしかして、最初から、こうなるとわかって、たんですか」
「いやよ、半ば以上はちょっとばかしお前ぇらの仲を取り持ってやろうと思ってやったことなんだけどよ。まさかいきなり殴り合いおっぱじめるとは思わなかったぜ。ったく、実際面白れぇったらねぇよなぁ、うちの孫ぁよ」
「おもし、れぇって……」
「まぁ自分の血を分けた孫と思えばどんな奴でもそれなりにゃぁ可愛いがな、これだけ目ぇかけて面倒見てやってんなぁこいつが面白れぇからに決まってんだろうが。潰れんのがもったいねぇって思うくれぇにな」
「…………」
 ゆきっちゃんに睨まれてもじーちゃんは屁でもないって顔で、にやにやしながらぱんぱんと手を叩いた。すると俺の寝てた部屋の向こうの襖がすぅって開いて、家政夫さんがてきぱきと新しい布団を敷いていく。
「ま、今日は泊まっていけや。なんなら風呂も入っていくか? まぁ、その傷の手当てが先だろうけどな」
「いえ、俺は……」
「殴り合った後ぁ、話をする番だろうがよ。せっかくお互いの生の心持ちってやつをぶつけ合ったんだからよ」
『……………』
 俺たちはお互い相手のことをちらっと見る。それからまたちょっと逸らした。俺としても、ゆきっちゃんを本気で怒ってた気持ちが、まだ全部冷めたわけじゃなかったからなんだけど、じーちゃんはなんかにやにやしながら、くっくっく、って笑ってた。

 それから家政夫さんはてきぱき働いて(住み込みの長年勤めてる家政夫さんなんだけど)、俺たちの傷の手当てとかてきぱきしてくれて、ゆきっちゃん用の布団とか浴衣とかも準備してくれた。ゆきっちゃんは浴衣とかあんまり着慣れてないみたいだったけど、帯もてきぱき締めてさっさと部屋を出ていく。
 で、じーちゃんもさっさと座敷出てっちゃったんで、俺とゆきっちゃんは二人っきりになった。それでも俺はまだゆきっちゃんをちゃんと見る気になれなくて、ちらっと見てはすぐ目を逸らす、なんてことを繰り返してたんだけど、ゆきっちゃんが小さく息をついて先に言う。
「……とりあえず、布団に入るぞ。教師がついてて生徒を夜更かしさせるなんて、笑い話にもならねぇ」
「……今、何時」
「もう十二時過ぎてる。俺がお前の爺さんに呼び出されたのが夜中だったしな」
 あんまり眠くなかったけど、ゆきっちゃんが電気消そうとしてきたんで、別に起きてたいわけでもなかったし、のろのろと布団に入る。ゆきっちゃんも電気を消すと、さっさと自分に布団に入った。
 暗闇の中、天井の木目を見ながらぼんやりしてると、ふいにゆきっちゃんが聞いてきた。
「……おい。梶木」
「……なに」
「お前、なんでいきなり殴り合い仕掛けてきやがったんだよ。正直なにがお前をブチ切れさせたんだか、いまいちよくわからねぇんだが」
「………はぁ?」
 俺は思いっきりうろんげな、しかも全力でばっかじゃねーのと思ってる声を出した。ゆきっちゃんもそれに気づいたみたいで、「あぁ?」とかわりと戦闘態勢に入ってる声で応えてくる。
「それ本気で言ってんの? だったらマジ頭わりーって感じなんですけど」
「てめぇにだきゃあ頭悪ぃとか言われる筋合いねーぞ」
「頭わりーからわりーって言ってんじゃん。そんなのフツー聞いてりゃわかるだろ」
「ぐだぐだ抜かしてんじゃねぇ、なにがムカついたんだかはっきり言いやがれ」
「そんなの決まってんだろ。……ゆきっちゃんが俺のことめちゃくちゃ馬鹿にしてっからだよ」
「あぁ? いつ俺がお前を馬鹿にした」
「したじゃんっ!」
 思わず布団の上に起き上って、暗闇の中ぎろっと睨みつける。ゆきっちゃんも起き上がり、こちらを睨み返す。月明かりしか光がない中で、俺とゆきっちゃんは浴衣姿で睨み合った。
「だからどこが馬鹿にしたってんだ、はっきりしっかり説明しやがれ」
「はっ、わかんねーのかよっ、マジ頭わりーなっ! さっき言ったじゃんゆきっちゃん!」
「なんて言ったってんだよ、だからお前に頭悪いって言われる筋合いねーってんだよっ」
「頭わりーんだからわりーって言ってなにが悪いんだよっ! ガキは大人がまもってやんなきゃ、みてーなこと言ったじゃんっ! その後にも俺を大人がなんとかしてやんなきゃ、みてーなことっ!」
「……あぁ、言ったが、それがどうしたってんだ」
「あーもーマジ頭わりーっ! それ、思いっきり俺のこと、ガキのこと馬鹿にしてんだろっ!」
「はぁ?」
「俺の気持ちっ! 俺がどんだけゆきっちゃんのこと好きかって気持ち、最初っからまともに取り合ってねーじゃんっ! まもってなんとかしてやんなきゃって、少しもちゃんと相手してなくて、上から目線じゃんっ! そんなのムカつくに決まってんだろ! ゆきっちゃんがガキだった時、自分のほんとの気持ちを、ほんとの本気でいっしょーけんめーぶつけた気持ちを、まともに相手もしないでガキだからって他の気持ちといっしょくたに扱われたら、どう思ったんだよっ!」
「………………」
 ゆきっちゃんは俺の言葉に、ぽかん、と口を開けた。それから眉を寄せて、ぽつんって感じの声で答える。
「そう、だな。わかった。悪かった」
「……、わかったってーんなら、いいけどさ………」
 俺もいきなり勢いを落としたゆきっちゃんに、拍子抜けっていうか、なんかちょっと悪いこと言ったみたいな気になってぷいとそっぽを向く。いやでも今回悪いのはゆきっちゃんだよな、と自分に言い聞かせてると、またゆきっちゃんの方から声がかかってきた。
「おい、梶木。お前、相当泣いたみてぇだな」
「えっ……な、なんでんなことわかんだよ」
「顔見りゃわかる。月明かりでもわかるくらい、くっきり跡がついてんだよ。よっぽど泣いて泣いて泣きまくらなけりゃそんな風にはならねぇってくらいにな」
「ぅ………」
「……それだけ泣かせちまったのは、悪かったと思ってる。言い訳のしようもねぇ、ともな。俺の勝手でお前の気持ちをこういうもんだって思い決めて、片付けようとしたのは、お前にとっても本当に腹が立つことだろう、ってのも……遅ればせながら、実感した」
「そ……」
「だが、それでも、俺はお前の気持ちを受け容れるわけにはいかねぇ」
「っ、……っ、……、………」
 俺は勢い込んで口を開き、閉じて、また勢い込んで開き、閉じて、ってやりつつ、ゆきっちゃんに改めて向き直った。ゆきっちゃんはぎっと、睨むみたいに俺の方を見てる。でも、それがたぶん俺への罪悪感みたいのをやり過ごすためだろうっていうのは、なんとなく俺にもわかった。
「お前の御祖父に言ったのを聞いてたかもしれねぇが。俺にとって、お前ら生徒ってのは、全力で護るべき存在なんだ。自分の感情や欲望を直接ぶつけるなんて絶対しちゃならねぇ相手だと思ってる。それは俺にとって絶対のルールで、破るようなことがあれば俺が俺でなくなっちまう、そういう類の代物なんだ。俺は、これまで生きてきた自分の人生を、否定する気はねぇ」
「……怒鳴ったり俺の頭ぐりぐりしたり玉潰し電気アンマしてきたりってのは、気持ちぶつけてきてることになんねーわけ?」
「そーいうレベルの話してんじゃねーんだよ! いや確かに玉潰し電気アンマは最初まずかったかとは思ったが、お前まるっきり平気な顔してちょっかいかけまくってきただろーがっ! ガキの人生に傷をつけたくねぇってことを言ってんだよ俺は!」
「俺の気持ちは、俺にとって傷になるってわけ?」
「っ……、お前の気持ちが、お前にとって一番重いのは、わかるし、そういうもんだろうとも思う。だけどな、梶木。大人ってのは、お前が思ってるよりずっと、汚くて、鈍感で、醜いものなんだ」
「…………」
「大人になると、子供の頃よりずっと、いろんなものに鈍感になる。お互いの気持ちや、自分や自分のやってることの醜さ、身勝手さ……そういうものに。だから大人と子供が真正面から向き合うと、いつも子供の方が、深く、大きく傷つく。大人と子供とじゃ求めるものも、価値観も、感じ方も、なにもかもが違いすぎるんだ。恋愛ってのは、俺にとっては人格同士のぶつかり合いだ。それに幸福を感じられる間人と人が寄り添い合える、そういうものだと思ってる。だけど、大人と子供でそれをやったら、どうしたって大人が子供から一方的にやらずぶったくりをすることになっちまう。俺は、子供を護らずに自分のいいように扱っていいと考えるような大人には、絶対になりたくないんだ」
 ゆきっちゃんは俺を睨みながら、どっか必死な声で、訴えかけるみたいに、だけど半分は独り言言うみたいにそんなことを言ってくる。俺はそれを黙って聞き、じっとゆきっちゃんを見つめながら考えた。ゆきっちゃんの言ったこと。ゆきっちゃんの気持ち。ゆきっちゃんが考えてること。そういう風に考えるようになった理由。
 そういうことをいろいろ考えて――俺は、はあぁぁあ、って深い深いため息をついた。
「ゆきっちゃんって……ばっかじゃねーの?」
「………あぁ?」
「せんせーやってんだからもーちょい頭いーんだと思ってたけどさー。ゆきっちゃんの言ってること聞いてたらマジ馬鹿じゃねーのとしか言いようがねーんだけど」
「あぁ? なんでそうなる。てめぇにだきゃあんなこと言われたかねぇって何度言やあ」
「ってゆーかさー、俺だって知ってるよ。オトナが身勝手なのも、ドンカンなのも。血ぃ分けた子供放置して離婚争議おっぱじめたあげく、どっちもまともに家に帰らねーような両親に育てられてんだから」
「っ……」
 ゆきっちゃんは小さく息を呑む。いかにも自分が悪いこと言っちゃったのを気にしてるよーな、っつーか俺を傷つけちゃったんじゃねーかって不安がってるよーなそんな顔をする。それに俺はやれやれと肩をすくめて、きっぱりはっきり本音を言った。
「けど、別にそんなんどーだっていーじゃん。俺だって自分勝手なことしまくってるし」
「は?」
「いたずらとかさ。ガッコサボるとかさ。言われたこと守んないとかさ。お互い様じゃんそんなの。ゆきっちゃんだって知ってんだろ、俺が悪ガキでクソガキだっての」
「なっ……それ、は、まぁ、そうだが………」
 眉を寄せ、戸惑ったように口を開け閉めするゆきっちゃん。たぶん、そーいうことを考えたこともなかったんだと思う。ゆきっちゃんにとって、俺に怒鳴り散らすのとかわいそーな子供に優しくしてあげるのはぜんぜん別のことだったんだろう。なんつーか、げんじつ見えてねーなーって感じだよな。
 ……まぁ、でも。そういう甘っちょろいところがあるから、俺に優しくしてくれたんだなって思うと、なんか、胸のへんきゅぅってなるけど。
「傷つくもクソもさー、そんなんいまさらじゃん。オトナが子供に好き勝手するのって大昔からしょっちゅうあることだろ。まー、そりゃ好き勝手されるよかはされない方がいいけど、そーいうのって巡り合わせ? っつーの? されたからってされない奴ねたんでも羨ましがってもしょーがねーし、別にいちいち気にすることじゃなくね?」
「……そういう問題じゃねぇだろ。人としてそういうのを許しておくべきじゃねえ、って俺は言ってんだよ」
「ゆきっちゃんが許しても許さなくてもさ、そーいうことやるオトナはどこにでもいるしそーそーいなくなりゃしねーだろ? ガキだってたいてー好き勝手やってんだからおあいこってことでいーじゃん。少なくとも俺はそー納得してるし」
「しかしな……大人ってのは子供よりも長い時を生きて、よくも悪くもいろんな経験を積んでる。子供よりも強い力と、鈍感な心を持ってるんだ、弱く幼い子供を護らないでどうする」
「強くたって弱くたって、他人をいじめる奴はいるよ。ガキだって大人だっておんなじ。いい奴がいれば悪い奴もいて、それぞれみんな勝手なこと考えて生きてるっつーだけじゃん。いいだろ別に、それで。正しいとか間違ってるとかじゃなくて、そういうもんなんだし」
「だがな……」
「それに俺は、そういうみんな勝手なことしてる中で、ゆきっちゃんが優しくしてくれたからゆきっちゃんのこと好きだって気づけたんだし」
「………、…………」
 ゆきっちゃんは目をかっ開いて、口をぱくぱくさせてから、ふいっと目を逸らした。月明かりに映ったゆきっちゃんの顔は、たぶん赤くなってんだろーなって感じの色で、俺もなんかチョー恥ずかしくなったんだけど、ここは押し時だ! と気合を入れて、きっとゆきっちゃんを見つめて言う。
「俺は、ゆきっちゃんに優しくしてもらえて嬉しかったよ。下心あってもなくてもさ。かまってもらえて嬉しかったし、なにやってもつきあってくれんのも、すごい嬉しかった。好きになるのってさ、そーいうのだけでよくね? ……俺も、好きって具体的にどういう気持ちなのか、ちゃんとわかってるわけじゃねーけど」
「………それは………」
「ゆきっちゃんがガキを護りたいっていっしょーけんめーになる気持ちは、まぁわかんねーでもねーけどさ。なんつの……優しくされなかった昔の自分に優しくしてやりたい、的な? けど、だからって俺の好きって気持ちを丸ごとはねつけられんのは納得いかねー。俺は俺、ゆきっちゃんはゆきっちゃんだろ。ゆきっちゃんがガキの頃ちゃんと護られてたかったにしてもさ、俺はそーじゃねーもん。俺は……あれだよ、むしろこー、せっきょくてきにたぶらかされてーんだよゆきっちゃんに!」
 力を込めて言うと、ゆきっちゃんは「たぶらかされたいって、お前な……」とそっぽ向いたまま顔をしかめたけど、その顔がやっぱ赤いっぽいのでここはさらに押す! と気合を入れて顔を寄せた。少しの間を置いて並べた布団の隙間を乗り越えるくらいの勢いで迫る俺に、ゆきっちゃんは身を引きながらしつこくそっぽを向く。
「俺そりゃガキかもしんないけどさ。ゆきっちゃんの好きとは、ちょっとは違う好きかもしんないけど。でも、ゆきっちゃんにちょっと傷つけられたくらいで立ち上がれなくなっちまうほど弱くねぇよ。ゆきっちゃんに俺のこと嫌いだって、俺のこと少しも好みじゃねーんだって大嘘言われて、もー本気で死ぬかもってくらいに泣きまくったけど、それでもちゃんと立ち直ったからなっ」
「っ……言っとくけど、お前の顔とか性格とか言動が俺の好みとはかけ離れてるのは本当だからな。俺はガキ相手にムラッとくるような変態ではあるが、お前みたいなクソガキよりはもっとこう一途で健気な可愛いタイプの奴が好みなんだから」
「それでも俺に好きだっつわれて悪い気しなかったんだろ。ムラッときたんだったらいーじゃんそーいう細かいことは」
「お前はほんっとに脳味噌全般ピンクだよな……中一のクソガキっつったらそーいうもんだとわかっちゃいるけどよ……」
 そうため息をつきながらも、ゆきっちゃんは視線を俺から外してうろうろとさまよわせる。たぶん『俺が嫌いだと言われて死ぬかと思うほど泣きまくった』ってのが、ゆきっちゃんの罪悪感ってやつを思いっきり刺激したせいなんだろう。
 でも、俺はゆきっちゃんにムラムラしてほしいんであって、罪悪感とかそーいうの抱いてほしくなんてないんで、ずっとゆきっちゃんの布団に半分乗り上げて、ぎゅってゆきっちゃんの手を握る。ゆきっちゃんの手は熱くて脈打ってるのがはっきりわかる気がするくらいだったけど、俺の心臓もばっくんばっくん脈打ってるんでそーいうこと気にしてる余裕なんてない。
「形、違ってもさ。俺は、ゆきっちゃん好きで……ゆきっちゃんも、俺のこと、好きで。……なのに、嫌いだとか言われて泣くとか、時間の無駄だろ。つまんねーよ、そんなの。好きだったら、お互い、好きって言い合って……エロいことすんのが、ふつーだろ」
「………お前は、結局最終的にはそこに戻るんだな」
 ゆきっちゃんが小さく苦笑する。でも、その苦笑の感じがなんか優しいっていうか、俺に向けられるの超珍しい感じだったんで、俺は心臓をどきばくさせながら顔を思いきり上げて言い返した。
「お年頃なんだから、エロに気合入れんのとかチョーフツーだろ。ゆきっちゃんみてーに枯れてねーし」
「俺も別に枯れるほどの年じゃねぇぞ」
「……でも、俺だって……」
「……なに?」
 俺はふいっ、とゆきっちゃんから視線を外した。あーくそなにカマトトぶってんだよばっかじゃねーの俺とか思いつつも、これ真正面から顔見て言うの心臓が痛すぎてマジ無理だった。
「俺だって、ゆきっちゃんが好きなのは………エロいことしたい、からだけじゃ、ないし………」
「…………」
 わずかにゆきっちゃんが息を呑む音が聞こえた。うぉおこれいいのか? これでいけてんのか? とか頭ん中疑問でぐるぐるさせながらも、ゆきっちゃんの方向けないから詳しい様子はさっぱしわかんない。ばっくんばっくんいう心臓の痛みをこらえながら、頑張ってぽそぽそ言葉を重ねる。
「ゆきっちゃんの、どこが好きとか、わかんないけど。どっかが好きだからっていうんじゃなくて、ゆきっちゃんがゆきっちゃんだから好き、っていうか。好きだから好き、っていうか……一緒にいたいな、って思うし、お互い好きって言い合えたら嬉しいっていうか、心臓ぎゅーってすると思うし……」
「………梶木」
 しゅっ、と布団が擦れる音がした。ゆきっちゃんがこっちに身を乗り出してきたのだ。うわわうわわ、と俺は内心うろたえまくるけど、心の一部ではキター! って感じで祭り状態で、また別の一部では心臓がぎゅーっきゅーってなりすぎて泣きそうだった。
 ああ、なんかもう、どうすればいいのかとかわけわかんないけど、もう、俺、どうにかなっちゃう……!
 とか考えてる間に、俺は押し倒されて――手足を素早く縄で縛られていた。
「………へ?」
 俺がぽかんとそんなことを呟いている隙に、ゆきっちゃんはてきぱきと俺の手足を縛り、それが解けないよう力の入らないようにさらに念入りに縛り、最終的には体をぐるぐる巻きにしてぽいと俺の布団の上に転がす。そして自分は自分の布団に戻り、こっちとは逆の方向を向いてさっさとおやすみモードに入りやがった。
「ちょ、ちょ、ちょ―――っ!!! ゆきっちゃんっ、これってねーんじゃねーのっ!!? 今どー考えてもあのままラブ爆発のそのまま押し倒す的展開するとこだろっ!!? なんで俺縛り上げた上で別布団に放置とか!! ありえなくね!!?」
「やかましいわ体の全神経ピンク色に染まってんのかてめぇは。ここはお前には爺さんの家でも俺にとっちゃよそ様のお家なんだからな、とっとと寝てとっとと起きてとっとと帰りてぇんだ、お前もとっとと眠りやがれ」
「いやいやいやそーいう返しするとこじゃねーだろマジで!! 俺の渾身の口説きスルーするとか、それでもちんぽついてんのかよオイ! ねぇわー、マジねぇわー………!!!」
「いいから黙って寝てろ。心配しなくてもお前がしっかり眠ったら縄は解いてやるから」
「そーいう心配するとこじゃねーからこれマジで! もー信じらんねーこのフニャチン野郎、今度こーいうチャンスがあったらぜってー逆に縛り上げた上で逆レしてやっからな!」
「脳味噌海綿体ガキの前でんな隙見せるほど頭あったかくねーよ俺は。いーからとっとと寝ろ、お前が寝るまで俺は眠れねーんだからな」
「くっそ……! このカタブツインポヘタレ教師ぃっ……! あの状況でこーいう展開とか、ねぇわー、マジねぇわー……!!」
 そんな風にぶつぶつ文句を言いまくっている間に、俺は眠ってしまったようだった。もう今日は一度先に寝ちゃってんのに、じーちゃんちのふわふわ布団の中だとなんか自然と眠くなっちまうんだよな、昔っから。
 だから、俺は。もう完全に俺がいびき掻き始めた頃、ゆきっちゃんが起き上がって、俺をじっと見つめて、すっげー切なそうな顔で俺をしばらく見てたのも、めちゃくちゃ優しく頭を撫でてくれたのも、「……好きだから手ぇ出せねぇんだろが、わかれよ、梶木……」なんて苦し気な独り言を言ったのも、その時は全然気づけなかったんだ。

「……らっ、とっとと起きやがれ梶木ィッ!」
「うひゃっ!?」
 布団をひっくり返されて、俺は畳の上に転がりながら目を覚ました。目をしばらくぱちぱちさせてから正気に戻り、跳ね起きてゆきっちゃんに文句をつける。
「ちょ、ゆきっちゃんさー! 曲がりなりにもラブな相手起こすんだからもーちょい優しくやってくれよなー! ほっぺちゅーとか耳たぶふにふにとか添い寝とかさー! 一枚ずつ服脱がしてって寝乱れた俺にコーフンして朝勃ちエッチ突入とかでもいーんだから!」
「そんなもんで起きるような可愛らしいガキじゃねーだろてめぇは、っつーか御祖父の家で色ボケっぷり炸裂させてんじゃねぇ、そもそも浴衣で一枚ずつ服脱がせられるわきゃねぇだろーがちったぁ考えやがれ。飯ができたとよ」
「うぬぬ……流れるよーに突っ込みまくりやがってぇ……どーせ突っ込むんなら朝勃ちチンコ突っ込んでくれよなー! ちゃんと馴らした上でさー! 俺処女なんだから!」
「朝っぱらから品のねぇこと抜かすなてめぇの体には血液の代わりに精液でも流れてんのかエロガキ。おら、とっとと行くぞ」
「むー……」
 ゆきっちゃんにあっさりあしらわれ、俺はむくれながらも浴衣を直してゆきっちゃんの後について部屋を出た。そこには予想通り家政夫さんがいて、無言のまま俺たちを飯食う座敷へと案内してくれる。
 俺たちを待っていてくれたらしいじーちゃんは、俺たちが座敷に入るとにやりと笑い、じーちゃんの脇に二人分並べてあるお膳を指し示した。
「おぅお前ぇら、傷ももうほとんど治ってるみてぇでなによりじゃねぇか。とりあえず飯だ、とっとと食え」
「はーい」
「……はい。ご馳走になります」
 俺たちはいそいそとじーちゃんの下座に移動して箸を取った。昨日は味わってる余裕なんてなかったけど、じーちゃんちで出てくる飯って基本うまいから楽しみなんだよな。
「……なんか、旅館みてぇな朝食だな。武家屋敷で出てくる飯なんだから、当たり前っちゃあ当たり前なんだが」
「へ、そーなの? 俺旅館って行ったことねーからわかんねーや。旅行って小学校の修学旅行も行ったことないし。つかこの屋敷作ったのお武家さんじゃないらしいけど?」
「いやそんなん見分けつくかよ。お前が修学旅行行ってないのは知ってるけどな。……つーか、お前なんか食べ方きれいだな。いちいち作法に則ってる感じするし。俺の出した飯食う時は口元汚し放題にしてたくせによ」
「え、そーか? まーじーちゃんちではきれいに食べねーと家政夫さんに折檻されるからなー」
「折檻て……こういう家の人だったらうなずけちまうけどな怖ぇことに……」
 そんなことを飯食う合間に小声でぽそぽそ話しながら(もの食いながら喋ったらマジで家政夫さんに折檻されるし)、俺たちは食事を終えた。じーちゃんちの朝飯はなんか特別なことがない限りはいっつもお膳に盛られた一汁三菜と自家製漬物なんだけど(茶懐石を簡単にした膳料理ってやつらしい)、家政夫さんの腕がいいから味もうまいし量も満足感ある。
 で、俺たち全員が食べ終わると、じーちゃんはお茶を飲み干してすっくと立ち上がり、告げた。
「じゃ、出かけるぞ。お前らとっとと支度しな」
「へ? 出かけるって、どこに?」
「というか、俺はまだ昨日の服を返してもらってないんですが……」
「服は部屋にもう用意させてある。お前ぇらの頭に会うんだ、それなりに気合入れてきやがれ」
「頭……?」
「え、校長先生とか?」
「ばっきゃろぅ、お前ぇらの学校は私立だろうが。理事長に決まってんだろ、理事長に」
「………はっ!?」
「え、マジで理事長に会いに行くの?」
 俺たちは驚いて(特にゆきっちゃんはマジであぜんぼーぜんってくらいぽかんとしてた)そう聞き返したんだけど、じーちゃんはにやっと笑って言ってのけた。
「孫息子と教師が七面倒くせぇ縁をややっこしく結びやがったんだ、頭同士が筋目つけとくにこしたこたぁねぇだろ」

 ゆきっちゃんは最初抵抗してたんだけど(『理事長は学園運営の仕事をしてるんであって教育の仕事をしてるわけじゃないから責任者じゃない』とか)、じーちゃんが「もう話ぁ通してあるんだ、いいからついてきやがれ」って言うと不満そうではあったけれど(っつーか、不審そう? 俺もじーちゃんなんかたくらんでんなってのはわかったし)、黙って一緒の車に乗った。じーちゃんのおでかけなんで、とーぜんながら黒塗りのでっかい車に運転手と護衛の役付きの人がついて、周りを若い衆の車が囲うっていうげんかいたいせいだ。
 そーいう風にいちいち面倒なんで、じーちゃんはあんまり外出ってしないんだけど。今回はなんか妙に機嫌よさそうだった。当たり前だけど理事長って基本ガッコにはいない人だし、どこ行くのかなって思ってたら、なんか屋敷から二、三時間くらい走った先の、また別のお屋敷(なんかこっちは洋館っぽい)に車をつけた。
「ここって、理事長の家?」
「おぅ。今日は土曜だ、普通の勤め人は家にいる日だろ。まぁ理事長ってなぁ勤め人とはちと違ぇだろうが、普段休みが多いんだ、こういう時に働かされんなぁ当然だろうよ」
 若い衆たちの車は駐車場にさすがに入りきらなかったんで、路上駐車して中に一緒に入ろうとしてきたんだけど、じーちゃんはそいつらをぎろりと睨み回して追っ払った。
「堅気の昔馴染みと話をしようってんだ、迷惑かけたらぶっ殺すぞ。ここぁ安全だってそいつが保証してくれてんだ、そいつの顔に泥塗るようなことしてみろ、てめぇらの指ごときじゃ収まんねぇんだよ」
 横で見てる俺でもマジ殺されるって一瞬ビビったくらい相変わらずのド迫力に、勇んで抵抗してた若い衆のみんなは気圧されて引き下がったんだけど、俺は言ってる内容自体にちょっと驚いて、若い衆の人たちが車どかしてった後にこっそりじーちゃんに聞いてみた。
「じーちゃん、うちのガッコの理事長と面識あんの?」
「あぁ、まぁな。……そこらへんはそいつと直接会った時に話してやるよ」
 そう言われて、俺は同じように顔に「?」を浮かべてたゆきっちゃんと顔を見合わせ、とりあえず素直にうなずく。まー後で話してくれんならそれでいいやって思って。
 もしかしてせっかくのこういう洋館なんだからメイドさんとか出てくんじゃね、って思ったんだけど、案内に出てきたのはなんか執事っぽいおっさんだった。いや別に執事の服着てるわけじゃないんだけど、顔とか雰囲気がそれっぽくて。うぬぅちょっと残念、と思いつつも(ゆきっちゃんが好きになったって言っても女が嫌いになったわけじゃないし)、俺たちは執事さんの案内で庭先のテラスっぽい場所に向かった。
 そこには丸いテーブルに椅子が四つ並べられてて、そのひとつに渋いっていうか、(日本人だけど)英国紳士〜って感じの白髪の背広姿のじーさんが座っていた。テーブルの上にはいかにもオシャンティ〜って感じのお茶っつーか紅茶の準備がされてて、そのじーさんはこっちを見てにっこりとゆーがな感じの笑みを浮かべてみせる。
「久しぶりだね、健ちゃん」
 え、健ちゃん? ときょとんとした俺をよそに、じーちゃんがにやっと笑って言い返す。
「おう、総の字。てめぇもまた年取ったみてぇじゃねぇか」
「はは、仕方ないじゃないか、もう生まれてから八十年以上経ってるんだ。健ちゃんだって同い年なんだから十分年寄りだよ」
「やかましいぜ坊ちゃんが、面倒見る手下もろくにいねぇ分際で抜かすんじゃねぇぜ。俺は千人からの組員食わせてんだ、いっくら後継ぎがいるからってハゲもすらぁな」
「なんだい、もしかして気にしているのかい? 別にいいじゃないか、健ちゃんの頭、なかなか渋くって格好いいよ」
「抜かしてやがれ。てめぇにいまさら口説かれたところで嬉しかねぇぜ」
「はは、まぁ長い付き合いだからね。でも私としては古女房に愛を囁かれるのもたまには悪くないと思うんだけれど?」
「はっ、相変わらず気障ったらしい趣味してやがるぜ。ま、お前がいまさらがらっぱちになってもみっともねぇだけだがよ」
「……えーと……二人って、どういう仲なの?」
 思わずおずおずっと聞いてしまった俺に、二人は笑って答えた。
「こいつは、まぁ俺の昔の男だ」
「健ちゃん相手だと、どちらかというと私が女になる回数の方が多かったけどね」
『………ええぇぇえぇえぇぇ!!!』
 思わずゆきっちゃんと一緒に大絶叫しちゃう俺をよそに、じーちゃんとじーさんは楽しげに言葉を交わしている。
「なに言ってやがる、言っとくが俺ぁてめぇ以外に女になったこたぁねぇんだからな、価値が違ぇんだよ、希少価値ってのがな」
「健ちゃんは私と、あと一人くらいしか男とそういう関係になったことがないじゃないか。元気にしてるのかい、あの子は?」
「まぁな。もうあの子って年じゃなくなってるが。今も家政を任してんだが、相変わらず気が強くてよ。普段は控えめな癖しやがって、いざって時にゃあ頭が上がらねぇんだこれが」
「ふふ、いい相手を見つけられてよかったじゃないか。私を振ったんだからそうでなくちゃあ困るけれどね」
「馬鹿抜かせ、俺ぁ別にあいつだけが相手ってわけじゃあ……そもそもが、俺が振ったってぇより、あん時ゃてめぇが先に見合い話持ってきやがったんだろうが」
「いや、それは仕方ないだろう、親戚が勝手に持ってきたんだから。結局私は結婚しなかったのに、健ちゃんが一人で勝手に女とくっついたんだろう?」
「やかましいや、てめぇで勝手に身を引きやがったくせに。てめぇは昔っからそうなんだよ、てめぇ一人で思いつめて突っ走りやがって、付き合わされるこっちの身にもなってみやがれ」
「はは、まぁいいじゃないか。なんにせよ昔の話だ。それよりも、座ってお茶でもどうだい?」
「へっ」
 じーちゃんは笑ってじーさんの隣の席に座り、俺たちもやっぱりおずおずっとあまった席に座る。で、脇に立ってた執事さんがてきぱきとお茶を淹れてくれたんだけど、なんかやたらややこしい入れ方して時間かかったんで(お湯沸かすとこから始めてんだもん)、俺はどーしても気になったことをつい聞いてしまった。
「え、えーと、お二人の馴れ初めは………?」
「おいこら梶木ィィィ!」
「はは、かまわないよ福沢くん。まぁそうだね、私と君のおじいさんは幼馴染だったんだよ。二人で一緒に雨上学園にも通ったくらいのねぇ」
「そうなのっ!?」
「まぁな。こいつの爺さんが学園の創始者なんだよ。まぁ、最初の頃は私塾ってやつだったらしいけどな」
「爺さんといっても血が繋がってるわけじゃないけどね。うちは代々養子をもらって家を繋いでいてねぇ……うちの学園がそういう学園なのは、私たちだけが原因ってわけじゃあないだろうけど」
「まあなぁ。そんだけにしちゃああの学園の有様は、ちっとばかし常軌逸してやがるからな」
「へ……? そういう学園? の有様、って?」
 俺が聞くと、じーちゃんとじーさんは、思わせぶりに目配せをしあってから、二人笑って言う。
「うちの学園はね、それこそ創始者の頃から、男同士の、まぁそういう関係を持つ人間がすさまじく多いんだよ。一度や二度でも関係を持った経験のある人間を含めると、たぶん学園卒業生のほぼ全員が該当するんじゃないかな」
「で、まぁ俺は幼馴染のこいつと、中等部に上がってさして時間も経たねぇうちにそういう関係になったわけよ。まぁ、その頃は俺も若かったしな。半分勢いでそういうことになっちまったんだが……そうなった原因ってのにあの学園の風土ってやつが絡んでねぇとは、ちっと言い切れねぇってわけだ」
『………えええぇぇええぇぇぇええぇぇっ!!!』
 またも俺たちは声を揃えて大絶叫してしまった。え、いや、え!? マジ、それ!? いや別にそれがだめってわけじゃないけど、っつーかあんのそんなこと!?
「い、いやでも、俺はもううちで三年以上教師勤めてますけど、そんな素振りする奴ら全然見たことありませんよ!?」
「そこがうちの気風の不思議なところでねぇ……本人同士は別に隠してなくても、全然周りに知られないんだよねぇ。生徒間ではある程度学年が上がればそれなりにネットワークができてたいていの生徒には知られるようなんだけれども、教師の中には数十年も勤めていながらそういう気風があることを全然知らない人間もいるよ」
「だから昔っから霊だの呪いだの祟りだの、そういうことを言う奴がいるわけさ。言ったところでそういうもんが消え去るわけでもねぇんだがな。……ま、俺もこいつとそういうことになったことについちゃあ、まるっきり後悔しちゃいねぇわけだしよ」
『………………』
 びっくりぎょーてんの事実をじーちゃんたちから告げられ、俺たちはそれぞれマジでぼーぜんとした。いやいやだって俺だってまだ信じらんねーよ、だって俺もう半年も雨上学園通ってんだぜ? でもホントにそんな話気配も感じたことねーし。
「っつかじーちゃん! それ知ってて俺に雨上学園勧めたのかよ! そのままいったら孫がホモ確定なんだぜ、りょーしんのかしゃくってのはねーのかよ!」
 恐ろしいことに気づいてしまった俺が勢い込んで問い詰めるも、じーちゃんはしれっとした顔で答える。
「んなもん、別にそうなると決まったわけでもねぇだろうが。別に呪いだの祟りだのってのが実証されたわけじゃねぇんだしよ。実際のとこはちっともそっちの経験なしで卒業してってる奴がいたっておかしかねぇだろうが」
「ぐぬぬぬ……」
「それに、実際よ。いい学校なんだろうが? 俺のいた頃とは時代が違ぇからな、それなりに変わっちゃいたが。実際に行ってみて、総の字のことを抜きにしても、お前を行かせてもいい学校だと思ったから紹介してやったんだぜ? おまけに、お前ぇは今そいつに惚れてんだろ? それになんの文句があるわけでもねぇんだろ。ならいちゃもんつけるところがどこにあるよ。礼を言えたぁ言う気はねぇが、ぎゃあぎゃあ喚かれる筋合いもねぇぞ」
「ううー……」
 そう言われると返しようがなくてしぶしぶ俺は口を閉じた。――けど、そんな俺の隣で、ゆきっちゃんはきっとじーちゃんとじーさんを睨みつけ、気合いの入りまくった顔で言ってくる。
「で、結局、あなた方はなんのために俺たちをここに連れてきたんです。うちがそういう学校だから俺と梶木がそういう仲になっても問題ない、なんて戯けたことを抜かすつもりじゃないでしょうね」
「ほぅ。若造が、自分の勤め先の頭相手に吹くじゃねぇか」
 にやりと笑うじーちゃんを、ゆきっちゃんはなんかもー殺気こもってるんじゃねってくらいの顔で睨みつけて告げた。
「たとえ自分の組織の頭でも、従えることと従えないことがある。俺は教え子に手を出すような教師のクズになるつもりはないし、そんなことを矯正するような奴がいたら、たとえ自分の頭でも喧嘩を買って出る覚悟は持ってるんでね」
「……いや、若いね、君は。やはり若者というのは、老人には眩しいものだな。なにもかもが太陽のように熱く感じられるよ」
 顔をほころばせるじーさんを、ゆきっちゃんは遠慮会釈なくぎろっと睨みつけたんだけど、じーさんは平然と微笑んだままさらっと続けた。
「こういったことはそれぞれの場合によっていろいろ異なるのだから、教え子に手を出すのが即座に教師のクズということになるか、ということについては同意しかねるけれども。……私たちは、君たちの感情や、それに伴う関係についてどうこう言うためにここに招いたのではないよ」
「え?」
「当たり前ぇだろうが。いっくら孫息子だろうが他人の惚れた腫れたに嘴突っ込むほどこちとらも酔狂じゃねぇよ」
「いや、だってあなたは昨日俺が梶木を振ったってさんざん責めて……」
「ばっきゃろうが、俺ぁ剛を振ったと責めたんじゃねぇよ。曲がりなりにも俺の孫を尋常じゃねぇほど泣かせた相手が、どれほどのもんか見極めたかったってぇだけだ。俺と真正面から話をして、それでもきっぱりてめぇの思うところってのを言ってのけたんだ、まぁ俺としても認めるにやぶさかじゃねぇさ」
「は、はぁ……」
「だから俺も、孫息子を預ける覚悟ってのをする気になったってわけよ」
「………は!?」
 ゆきっちゃんが思わずって感じに叫ぶ。俺も驚いて目をぱちぱちさせる。そんな俺たちに、じーちゃんとじーさんはそれぞれ感じの違う笑顔で説明した。
「我が校ではね。家庭環境に問題がある生徒を、教師が一時的に預かり共に生活する、養育支援制度というものがあるのだよ。その教師に特別報奨を出す代わりに、保護者代理を務めさせる制度がね。もちろん、その制度を利用することができるのは、よほど環境に問題がある場合のみだし、それ以外にも親権を持つ人間の許諾や児童相談所の専門家の診断等々、いろいろ必要なものがあるのだけれど」
「剛の状況は、お前ぇもよく知ってるだろ。俺も、それを素直によしとしてきたわけじゃねぇ。するわけがねぇ。母親だろうが俺の娘だろうが、自分の子を放っぽりっぱなしで育てようともしねぇなんぞという女に俺の孫を任せられるわけがねぇ。だが、俺がしゃしゃり出て親権を奪うってわけにもいかねぇ。俺の仕事が仕事だ、たまに呼んで飯を食うなり話をするなりするってんならともかく、一緒に住むってぇことになると、どうしたって俺の仕事を受け継がせるってぇことになっちまう。俺ぁ愛人の子ってことを理由に、子供は全員俺と親子の縁を切ってる。堅気の世界で育てさせて、それでもこの世界でなきゃ生きてけねぇって奴だけを改めて俺の子として迎えてんだ。その覚悟も気概もねぇ、ある必要もねぇこいつを、仕事にかかわらせるつもりは、俺にはさらさらねぇ」
「なので、私も健ちゃんの相談を受けて、あれこれと準備していたのだよ。剛くんを専門家と面談させたり、そちらに強い弁護士に家庭環境の正式な調査をしてもらったり。剛くんには覚えがあるだろう?」
「え? えー……」
 ……言われてみれば、なんか学校とかにスーツ着たおじさんとかおばさんとかが何度か会いに来たことがあるような気がする、けど。
「もちろん、これは強制ではない。福沢くんが断ると言うならばこの話はなかったことになる。その場合は剛くんは、児童相談所に一時保護され、そこから改めて引き取り手を探すことになるね。剛くんのご両親とは何度か会談を行っているが、どちらも剛くん……というか、彼から生まれるお金を少しでも奪い取ろうと必死のようでね。家庭裁判所で何度も争うことになるだろう。彼らの養育能力のなさは証拠立ててあるから負ける心配はまずない。それでも当然と言えば当然だが、曲がりなりにも収入のある実の両親だ、裁判は長引くだろう。剛くんの年齢では自分で養子縁組することもできないしね」
「なんで、その間、こいつと一緒に暮らしてもらいてぇ。お前さんが言う通りにする義理なんぞねぇのは百も承知だ。嫌だってんなら仕方がねぇとも思ってる。だが、それでもどうか、伏して頼む。俺の孫に、独り立ちできるまで、ちっとでいいんだ、お前さんの力を貸してやっちゃあくれねぇか」
 す、とびっくりするくらいきれいな礼でじーちゃんは頭を下げた。ゆきっちゃんは鳩が豆鉄砲食ったみたいな顔で固まってたんだけど、ぐ、って拳を握り締めて、きっと顔を上げて、言った。
「俺、は―――」

「たっだいまーっ!」
 俺は一日ぶりになるゆきっちゃんの家の玄関に、勢いよく飛び込んだ。ゆきっちゃんは顔をしかめて、「梶木ィ! 靴ちゃんと揃えて脱ぎやがれ!」と怒鳴るけど、俺はぜんぜんそんなこと気にならなかった。
「まーまーゆきっちゃん、いーじゃねーか細かいことは。俺ら新婚だぜ? で、初夜だぜ? ちっとばっかし浮かれても無理ねーだろこれは!」
「誰と誰が新婚だってんだこの発情期中学生、事実を捻じ曲げんじゃねぇ! 俺は単にてめぇの身元引受人になるのを了承しただけだっつの!」
「へっへぇ、でもそれってそーいうことだろ? 俺にラブだからだろ? 俺のマグナムボディに三本目の足がばちこーんって勃ち上がっちゃうからだろ?」
「品のねぇことを抜かしてんじゃねぇつーかセンスがおっさんすぎんだよてめぇは! 教師としての責任感からお前を放っとくわけにゃいかなかったからだよ!」
「なぁに言っちゃってんだよゆきっちゃ〜ん、俺聞いちゃってんだぜ? ゆきっちゃんがv 俺にv マジラブだってーのっ! 昨日の夜俺が縛り上げられてじーちゃんとゆきっちゃんが喋ってる横で寝かされてたの、忘れたわけ?」
 俺がにやにやしながらゆきっちゃんをつんつんすると、ゆきっちゃんは一瞬びしっと固まってから、くくくくくとなんか黒げな感じに笑う。
「あーそーだよなぁ、すっかり忘れてたぜ。あの爺さん俺とサシで話するっぽい雰囲気撒き散らしときながら、てめぇ隣の部屋に縛り上げとくなんぞっつー詐欺かましてくれたんだよなぁ。お前の家庭環境の話出されたからそっちに頭行ってたが、えげつねぇ真似しやがったのには全然変わりねぇじゃねぇかあのクソジジイ!」
「やーそりゃ仕方ねーよ、じーちゃんヤクザだし。騙される方が悪ぃとか絶対言うって」
 突っ込んだ俺に、ゆきっちゃんは一瞬痛ましげに眉をひそめてから(なんで?)、軽い口調になって聞いてきた。
「そりゃあそうかもしれねぇがな。ちなみに、お前は御祖父の仕事についてはどれだけ知ってるんだ?」
「へ? どれだけ、って……ほとんど知んないけど。じーちゃん仕事の話とかは全然しないし。あー、でもメインの収入が不動産と建築だってのは知ってる。なんか、傘下の会社がいくつもあるとか言ってた」
「………そうか」
「フーゾクとかそういうのの元締めもやってるけど、そっちはいろんな面倒ごとで金が出ていくからそこまで金にはなんないんだって。そっち関係だと、どーしてもこすい真似する奴とか出てくるし。じーちゃんは堅気に迷惑かけるのとかは許してないけど、やっぱヤクザって不良がでかくなったよーな奴らが構成員のメインだからさ、クズはどーしたって出てきちゃうんだってさ。まー、やり過ぎたらきっちり処理してるらしいけど」
「おい………」
「あ、もしかしてきょーいくに悪いとか思ってる? 心配すんなよ、じーちゃんもそーいう裏の面はあんま俺といる時は出さないようにしてるし。これは俺が聞いたのに答えてくれただけで、これ以上は聞くんじゃねぇぜって言われたし」
「…………。お前は、お前の御祖父がそういうことをしてるってことをどう思ってるんだ?」
「ん? んー、あんま気持ちよくはないけどさ、じーちゃんの人生だしさ。じーちゃん的にはそーいう裏の仕事で、そっちの世界のよくしりょく? とかになってるの、けっこー誇り持ってるらしいし。戦後の混乱期に育ってきた人じゃん、やっぱさ。それに、そーいう仕事してても俺じーちゃん好きだしさ、まーいろいろあるけどしゃーないかなって感じ?」
「…………、なるほどな。そういやあの人、子供とは一度親子の縁を切ってるっつってたが、それならお前との縁も切れてることになるだろ。お前とどういう風に出会ったんだ?」
「ん? んー、俺は覚えてないんだけど……えとさ、まずじーちゃんって、親子の縁切ってるっつっても子供産んだアイジンには相応の金積むわけよ。もちろんそうでなくてもアイジンだから生活の面倒とかは充分以上に見るんだけど。自分の子供がほしいって言ったアイジン、それもこいつになら俺の子供を産んでもらってもいいって考えたオンナしか孕ませない代わりに、孕んだオンナは基本子供の母として見るから、そーいうお手当てにシフトみたいな? で、まーいっくらじーちゃんの眼力が鋭いったって、見込んだ女がみんながみんなちゃんと子供育てられるわけじゃないじゃん?」
「まぁな……」
「んでまぁクズに育ったうちのお袋はさ、ばーちゃん、つっても俺が生まれた頃にはもう亡くなってんだけど、にじーちゃんと関わるならその道に踏み込むことを覚悟しろ、って何度も言われたのを無視……っつーか、軽く考えてさ。俺作った時に考えたわけよ。俺を使ってじーちゃんから金せびろう、って」
「…………」
「基本自分で働いて金稼ごうって発想ねーしな、あの女。その時つきあってた男、まー俺の親父なんだけど、と共謀してさ。子供ができて男に捨てられちゃったおとーさん助けてくださいってやったわけ。そんなんバレるに決まってんじゃん、じーちゃん相手じゃさ? 男ともどもひっつかまって、マジでコンクリ詰めにされるかってとこまでいったんだけど、じーちゃんが俺がしばらく育つまで保留するっつったんだって。んでお袋と親父はじーちゃんに強制的に結婚させられて、ある程度の養育費出されたらしいよ。そんで俺がしばらく育つまではわりとしょっちゅう会ってたんだ。なんつーか、俺を見極める的な?」
「……見極めるもなにも、育ったところでお前せいぜいが小学生だろ。それのなにを見極めるってんだ」
「んー、まーじーちゃん的にはお袋だけに育てさせたら俺がダメになるっていうのもあったと思うぜ。そーいう風に言っとかないとさ、他の子供とサベツすることになっちゃうじゃん? でも俺ガキだから、引き取ってヤクザに育てるってのもしたくなかったと思うし。じーちゃんとしては、基本ガキにはまっとうな道を進んでほしいって思ってるみたいなんだよな。いったん子供と縁切ってるのも、ヤクザの組長が親っていうのよかは片親ってのの方が子供にとってはまだマシ、っていうのが一番だと思うし」
「だったら最初っからガキ作るなって気もするがな」
「まーそこは……じーちゃんとしても、やっぱ自分の子供の中から跡目継いでくれる奴が生まれるかもしんないっていう気持ちがあったんじゃね? やっぱそっちの世界では、血の繋がりって今でもけっこうでかい要因らしいし。子供の中に跡継ぐのに向いた奴がいたら、跡目争いがそんなに起こんなくてすむ、的な。それにアイジンの人たちの中には、マジでじーちゃんの子供ほしい人何人もいたみたいだし……どういう生まれで育ちでも、そっちの道に入る奴は入るみたいだしさ」
「だからって何人もの愛人に子供作って愛人に育てさせるって行為が正当化されるわけじゃねぇがな。そもそもお前のお袋さんとの一年に一回しか会わないなんて約束を素直に受け容れる時点からしておかしいし。……お前のお袋さんがそんな妙な約束を申し出たことからして奇妙だとも思うが」
「あー、それ? 単に他に男できたから俺から情報漏らさせたくねーだけだよ。親父も他に女できたし。本当は会わせないようにして金だけむしり取りたかったみてーだけど、じーちゃんが一年に一回は会うって決めたんだって。そこんとこどう考えてるかは知らねーけど……ま、あの女って頭悪ぃから、なんとかじーちゃんから逃げ切れるとか甘い予想してんじゃね? じーちゃんがゆきっちゃんとこに俺預けるって決めた以上さ、明日になったらお袋も親父も海に浮かべられることになっても俺驚かねーけどな〜」
「…………」
 険しい顔で黙り込むゆきっちゃんに、俺はちょっと困って、できるだけ可愛こぶりっ子してうるうる上目遣いで見上げてねだった。
「ゆきっちゃんは、なんのかんのいって真面目なせんせーだから、そういうの、嫌かもしんないけどさ。……じーちゃんのこと、あんま悪く思わないでほしいんだ。そりゃ、悪いことしてる人かもしんないけどさ、いいこともしてるし……俺、じーちゃんがいなかったら、たぶんここまで生きてらんなかったと思うし、さ……」
「…………」
 は、と小さく息をついて、ゆきっちゃんはぽすっ、と俺の頭に掌を落とす。うおぅっなんかひさびさのフツーのコミュニケーションっ、と内心盛り上がる俺をよそに、なんか優しい声で、小さく笑って言ってくる。
「お前の爺さんを悪く思うつもりはねぇよ。……心配しねぇでも絶対見捨てねぇから、まずはとっとと風呂入って来い。うちの風呂予約ができるタイプだからもう湧いてる。上がる頃には飯作っといてやるから。……ま、簡単なもんだけどな」
「っ………」
「文句があるならお前も料理の勉強して自分で作れ。っつーかしっかり家事仕込んでやるからな、逃げ出すんじゃねぇぞ? 今日は、まぁ初めての日ってことで、おまけしてやる」
 その言葉を聞いて。俺はなんか、なんでかよくわかんないんだけど、ぐって、なんかうまく息ができないような気分になったんだけど、それでも「はーいっ!」って勢いよく返事して風呂場へ飛び込んだ。

 それから俺は、風呂にささっと入って、ゆきっちゃんと一緒に飯食って、それでとっとと眠った。今日はなんだかんだと手続きがあったから疲れてるだろうってんで、特別にめんどくさいことしなくていいっていう、ゆきっちゃんの言葉に甘えて。
 ゆきっちゃんのベッドでとっとと眠っちゃったんで、ゆきっちゃんがいつベッドに入ってきたかなんて、全然覚えてない。だからそのまま朝までぐっすり――
 なんて、とーぜん、できるわけなかった。
「…………」
 俺はベッドの上でむっくり起き上がる。予想通り、ゆきっちゃんは俺の隣ですぅすぅ寝息を立てていた。
 俺はそっとベッドから抜け出し、準備≠する。ゆきっちゃんに気づかれないように、暗闇の中でこそこそと。
 たぶん、じーちゃんから分けてもらった薬のおかげで(俺がじーちゃんちで縛り上げられてた時盛られたのとおんなじ、効果出るのに少し時間かかんのに薬が抜けんのは早いってやつ)、ゆきっちゃんは俺が準備≠オてる間まるっきり目を覚まさなかった。その余裕を使って、俺の方の準備≠烽竄チておく。いざって時にあんまもたもたしたら、俺の方がたぶんダメだろーな、と思ったからだ。
 準備を全部終えて眠ってるゆきっちゃんを見下ろす。ぐーすか眠ってるゆきっちゃんの顔は、普段と違って抜けてるっていうか、いつもと違って眉間の皺がなかったりこっちを睨んでくる瞳が閉じられてたりで、なんつーかほにゃにゃんとした感じしたんだけど……
 それが素のゆきっちゃんなんだな、って思うと、胸のあたりがぐってした。息ができなくなるような、胸が苦しくて仕方ないような、そういう感じ。
 でも、俺はそれを気にしないで、ゆきっちゃんが目を覚ますのを待つ。だってしょーがねーじゃん、世の中ってのはそういう風にできてるんだし。俺、別に今の状況嫌いじゃないし。気楽な一人暮らしで、ガッコに行けば喋る相手がいて、ちょっかいかければゆきっちゃんがかまってくれて。それ以上とか、俺はホントに全然望んでないし。俺、ぶっちゃけただの悪ガキだしマジな話。それをあれこれめんどくせー思い込みとかされんのごめんだし。
 だから俺は黙ってゆきっちゃんの目が覚めんのを待つ。安らかに眠ってるゆきっちゃんを、じっと見つめながら。なんか胸のとこがぐって、たまにぎゅうってすんのを、気にしないことにしながら。
 だって、俺は、ほんとに、これ以上。
「………、ん………?」
 ゆきっちゃんがのろのろと目を開ける。俺は慌てて一度ベッドから飛び降り、よしと小さく気合いを入れ直して、寝ぼけ眼のゆきっちゃんの上にひょいとまたがった。
「おっはよー、ゆきっちゃーんv いい朝だなv」
「ん……梶木……? いい朝って、お前、今まだ夜……、っ!?」
 いかにも寝ぼけてまーす、という顔をしていたゆきっちゃんが目をかっ開いて跳ね起きようとする。まーたぶん、俺がすっぽんぽんなことを見て取って、またぎゃーすか俺を叱ってやろうと思ったんだろう。
 だけどそれは無理なんだよなー。なんでって、俺があらかじめゆきっちゃんを手足がベッドの四つ足に引っかかるよーに縛り上げておいたから。じーちゃんの渡してくれた薬マジやべぇな、これ完全犯罪とかラクショーでできんじゃねーの?
「梶木っ! てめ……っ、ほどきやがれクソガキがっ、なにする気だ!」
「えー? なにする気ってゆきっちゃーん、そーいう野暮なこと聞いちゃう? まー俺的にはそーいうこと俺みてーなプリキュア的なタイプに言わせるプレイとかも嫌いじゃねーけど〜」
「誰がプリキュア的だ自分をどんだけ可愛く見積もってんだよてめぇは! っていうかなお前、どうやって俺の服まで脱がせたっ!」
 そう、俺はあらかじめゆきっちゃんの服もしっかり脱がせておいた。とーぜん俺とおんなじように素っ裸になるまで。だっておっぱじめようって時に縛られてる方が服着てたら脱がすのめんどくさいじゃん? まぁこっちがヤろうってんなら縛られて半脱がしとかモエるシチュだけど、俺的にはゆきっちゃんにヤってもらいたいわけだから脱がすのに手間取ってたらかえって萎えそうだし。
「まーまー、どーでもいーじゃんんなことv それよりさぁ、せっかく夜! で二人っきり! でゆきっちゃんの家! でお互い素っ裸! なんだからさぁ、そーいうシチュにヤるべきことにいそしもーぜっv」
「阿呆抜かすな相手に微塵も同意を得てねぇってとこ無視してんじゃねぇぞ! このっ、てめっ、ほどけっ、どういう縛り方してんだてめぇっ……!」
「へっへー、俺の縛りはじーちゃん仕込みだからなー、ちょっとやそっと暴れたくらいじゃほどけねーぜっv」
 他にも喧嘩とか、アングラ系のテクはじーちゃん(と、じーちゃんとこの家政夫さん)に一通り習った。やろうと思えば高校生三人くらいなら叩きのめせるよーにはなってると思うんだけど、じーちゃんたちに何より先に『危ない橋は渡るな』って叩き込まれてるんで、負けるかもしれない、負けたら面倒くさいことになる喧嘩って基本避けるよーになったんだよな俺。しょーがくせーの頃ほど叩きのめす相手に飢えてるわけでもねーし。
「てめぇ梶木っ、いい加減にしねぇとマジ切れんぞ……!」
「えー? でもさー、ゆきっちゃんさー。ここんとこ、なんか、むくむくでっかくなってんじゃん?」
 俺はにやにや笑いながら、ゆきっちゃんの上にまたがったままゆきっちゃんのチンコをぎゅって握る。実際そこは寝てた時と違って、ゆるゆる勃ち上がってきていた。ゆきっちゃんの中のエロい部分がこのシチュに反応してくれたってことだろう。それに俺はこっそり心の底から安心しつつ、ゆきっちゃんに俺の裸を見せつけるようにしながら、後ろ手にゆきっちゃんのチンコをしこしこしごく。
 ゆきっちゃんのチンコは、さっき見た時とはまるで違って、硬くて、熱くて、でかかった。オトナなんだから当たり前なんだけど、俺のとはまー認めたくはねーけど桁が違うって感じ。ズル剥けだったし。しごいてくうちにそのチンコはどんどん硬く、でかくなっていって、俺の手の中から溢れそうになるくらいびくんびくんって跳ね動き始める。
 それに俺はこっそりすごくドキドキしてたんだけど、顔にはエロい空気を前面に押し出して、にやぁと笑ってみせた。
「ゆきっちゃん俺に触られてもービンビンじゃんv 俺の裸見て、俺に触られて、がっつりコーフンしちゃってんだろ?」
「…………っ」
 ゆきっちゃんは顔を真っ赤にして、俺を射殺しそうな目で睨むけど、俺はそんなのへっちゃらって顔で笑ってやる。
「睨んだって意味ねーって、男の体は嘘つけねーんだからさっv さーてっ、ゆきっちゃんのガッチガチチンコで、俺の処女膜開通してもらっちゃおっかな〜」
「おい……っ、てめぇいい加減にしろ、これはおふざけで済む範疇の話じゃねぇぞ、やめねぇとマジで叩きのめすからな!?」
「えーできんのんなことーゆきっちゃん俺と真正面からやってけっこういい勝負だったじゃーん」
「あれはっ……! それとこれとは別だっ、いい加減にしねぇと殺すぞマジで!」
 まー、それはわかってるけどさ。ゆきっちゃんと殴り合った時いい勝負っぽくなったのは、最初の一発がきれいに決まったのと、あとなんのかんの言いつつゆきっちゃんが手加減してくれたってのがでかいんだろうし。
 でもま、それでも俺は全然やめる気とかないわけで。ゆきっちゃんのチンコをつかみ、ゆきっちゃんと顔を合わせながらずずずっと腰を下ろしていく。
「ほ〜れほれ、入っちゃうぜ〜、俺の処女ケツにゆきっちゃんのチンコ挿入されちゃうぜ〜。なんなら『ご主人様のデカマラチンコを俺の変態マンコにお恵みください!』とか言ってあげよっか?」
「ふざけんなっつってんだろうが! てめぇ、これは人としてやっちゃなんねぇライン超えてるぞ! いっくら俺が突っ込む側っつってもな、合意を得ない性行為は犯罪なんだ、わかってんのか!?」
「えー、だって昨日の夜俺ちゃんと今度こういうチャンスあったら縛り上げて逆レしてやるっつったじゃん? 心配すんなよー、男同士の性知識とかがっつりあるから俺! ちゃんとケツも指三本入るくらいまで馴らしておいたし!」
「そういう問題じゃねぇっつってんだ、わかってんだろてめぇっ! お前な、マジいい加減に……!」
 顔をまっかっかにしながらゆきっちゃんは怒鳴った――んだけど、ふいになぜか、その顔が凍りついた。ぎゅっと眉を寄せ、ぐっと奥歯を噛み締め、なにかに耐えるような顔になって、下から俺をじっと見つめる。
「………おい。梶木」
「ん? なになにゆきっちゃん、俺にチンコぶち込む覚悟できちゃった?」
「お前……自分が今どんな顔してるかもわかってねぇのか」
「え……」
「泣いてんぞ。お前」
「ぇ―――」
 俺は反射的に顔に手をやり、ゆきっちゃんの言う通りに目の下が濡れているのを知って、思わずさっと血の気を引かせた。だけど自分の失敗に喚きたくなりながらも、死ぬ気レベルで根性入れまくって笑顔を作る。ここでくじけるようなら、ゆきっちゃんにマジ嫌われるの覚悟で縛り上げて逆レなんてこと始めるわけない。
「うぉうやべっ、なんか泣いちゃってたわ。これってあれだよな、初めての奴が目ぇ潤ませるってやつ? すげぇ、俺乙女! どうよどうよゆきっちゃん、俺の乙女心、っつーかおさなごころ? ってやつ? ゆきっちゃんのガキ好き心にずきゅんとこねぇ?」
「……梶木」
「へっへっへ、そんな顔しても無駄だぜゆきっちゃん。俺マジでゆきっちゃんに処女捧げちゃうつもりだからv ゆきっちゃんの意志とか無視っちゃうのは悪ぃけど、まーそこはそれこんなかわいこちゃんの処女もらえる役得分で帳消しってことで!」
「梶木。聞け」
「ゆきっちゃんの意志無視っちゃうっつったじゃーん? さーていよいよ処女膜開通しちゃおっかな〜。まー実際んとこ男だから処女でもねーし処女膜もねーのはわかってんだけどさ、やっぱこー処女って響き自体がモエるし? 童貞切るっつーより処女膜破るっつー方がぶち抜いてやるぞっつー気になるよな、男として! うおーゆーわくの言葉ひとつにも気を使う俺、マジ良妻!」
「………チッ。この、馬鹿が」
 ゆきっちゃんが舌打ちして、小さくそう漏らし――た次の瞬間、俺はすってんころりんと転がされてマウントポジションを取られていた。一瞬のことで不意を衝かれた俺に、ゆきっちゃんはやっぱり小さな声で、忌々しげにうめいた。
「まさかないだろうと思いながらもお前が妙なことやらかしやがった時のために枕に仕込んでた剃刀が役に立つたぁな……ったく、お前は本気で毎度毎度、こっちを振り回してくれる」
「げっ……」
 見れば、両腕を縛っていた縄がきれいに切られて、ゆきっちゃんの上半身が自由になっている。完全に不意打ち食らって絶句する俺を馬乗りになってホールドしながら、ゆきっちゃんは俺を転がす時はサイドボードに置いていたらしい剃刀を取り上げ、下半身の縄も手早く切って俺と視線を合わせた。実は熱血教師のゆきっちゃんらしい、まっすぐな目ってこういう感じの目つきなんだろうって顔で俺を真正面から見据えてくる。
「さぁ、吐いてもらおうか梶木。てめぇ、いったいなに考えてやがる」
「えー……なにって? そりゃー決まってんじゃん、せっかくのチャンスだしゆきっちゃんのチンコで俺の処女膜ぶち抜いて」
「嘘をつくな」
 きっぱり言われて俺は思わず唇を噛んだ。目を逸らさないで、真正面から言ったのにきっぱり否定されるとか、やっぱりゆきっちゃんなにげに場数踏んでる。
「お前が入学した時からてめぇの暴走にはさんざん付き合わされてきたんだ、落ち着いて見ればお前がいつものノリで暴走してる時とそうでない時の見分けくらいつく。それに一度思いきり泣かせちまったんだからな、お前が悲しい時の顔ってのはくっきり俺の記憶に印象付けられてんだよ」
「っ……」
「とっとと吐け。吐かないってんなら、俺ぁ自分で勝手にお前の心境、思いっきり美化して頭の中に焼き付けてやっからな」
「びか……って」
「お前が俺に迷惑かけたくないから放り出してもらうために嫌ってもらおうとしたとか、俺のことが好きだから、俺が好きだと思ってくれているから死んでも重荷になりたくないから自分を軽く見せようとしたとか、自分のことを好きとか言ってくれてるけどそれは自分を美化してるせいなんじゃないかとか考えて自分のことをいいように捉えられるのが嫌だから暴走したふりをしたとか、自分はただの悪ガキなんだから、頭も体も軽い奴なんだからって自分に言い聞かせて、自分にあげられるものなんて他になんにもないからってんで自分が俺の好みのタイプのうちに体だけでも与えてあげたかったとか、そーいう風にな」
「っ――――」
「………当たりかよ」
 思わず固まった俺に、ゆきっちゃんは心底面白くなさそうにため息をついて、俺の上から降りる。そしてそっと、なんかすげー優しく俺を抱き起して、ベッドの上で膝立ちになった俺を素っ裸のまんまホールドし、超間近の真正面から俺の目をのぞき込む。
「っ……ちげぇよ。そんなんじゃ、マジ全然ねーから。俺は、単に、ただ、ゆきっちゃんとヤりたかっただけで――」
「それでごまかせると本気で思ってるわけじゃねぇだろ。俺もお前も、そんな演技に騙されるほど脳味噌のねぇ人間でも、優しく騙されてやるほど慈悲深い人間でもねぇだろうが」
「………っ」
「正直に自分の思うところってのをぶちまけてみやがれ。それもしねぇうちに、この状況から解放されると思うなよ」
 ゆきっちゃんの瞳が、間近から俺を睨みつける。俺はぐっと言葉に詰まって、どうしようどうしようって考えて――ぼろっ、って目から涙をこぼしちゃってた。ゆきっちゃんはそれでも目を逸らさずに、俺をじっと見つめてくる。
 なにやってんだ馬鹿嘘泣きでもねぇ泣き落としなんて俺のガラじゃねーだろ、と自分を叱りつけても、涙はぼろぼろぼたぼた俺の目から流れ落ちて止まらない。なにやってんだなにやってんだばかばかばかどうしようどうしようってぐるぐる頭が回って――結局、爆発するみたいに怒鳴っちゃってた。
「しょーがねーじゃんっ! 俺のできることなんて、結局この程度なんだからっ!」
「…………」
「じーちゃんにあんな風にお膳立てさせてさっ。ゆきっちゃんに面倒見るって言うしかないとこまで追い込ませてさっ。それで俺にどうしろってんだよ!? じーちゃんの申し出いらねぇやなんて突き返すことできやしねーけどっ、だったら俺もうこんなことするしかできないじゃん!」
「…………」
「俺っ、馬鹿だけどさっ、すげー馬鹿だけどさっ、俺がゆきっちゃんに迷惑しかかけてない奴だってのはわかってるよ! 学校でもいろいろ迷惑かけて、学校の外でも働かせて、ゆきっちゃんには損なことばっかしかさせてないって! あげくのはてには一緒に住まわせて面倒見させるとか、とんでもなくめんどくさい、邪魔くさい生徒だって!」
「…………」
「ゆきっちゃんがうんっつったのは、センセーとしてのギムとか、プライドとかで、いやいや引き受けたんじゃないって言うのはわかってるよ! でも俺は! そんなの! そんなのっ………!」
 俺は唇を噛んで、体の中でわんわん言ってる言葉を必死に抑えようとする。俺がこんなこと言ったって、ゆきっちゃんを困らせるだけだ。わかってる。ゆきっちゃんにもう迷惑かけたくない。だから必死に、俺は暴発しそうな自分の言葉を打ち消す。
 だけど、ゆきっちゃんは、ぐいってホールドした俺の体を引き寄せ、目と目を合わせながらこんなことを言う。
「言え。全部ぶちまけちまえ。お前の思ってること全部」
「っ………」
「お前みてぇなガキが思いつめたらろくなことにはなんねぇってのは実証済みなんだよ。ガキに心を偽るような我慢させるなんてのは、俺の主義としても断じてごめんだしな。――だから言え。これから一緒に暮らすんだ、最初っから相手に心偽るつもりでまともにやってけるわけねぇだろ」
「っ――――」
 これから、一緒に、暮らす。
 ゆきっちゃんが本気で、っていうか当たり前みたいにそれを言ってるのを聞いて、ゆきっちゃんにはそれはもう確定事項ってやつなんだってわかって――
『だから』、俺は体中がかぁってなって、爆発したみたいに怒鳴った。
「だからだよっ! ゆきっちゃんと一緒に暮らすのなんて、俺は絶対嫌なんだっ!」
「……は?」
「じーちゃんに言われた以上逆らうとか無理だしゆきっちゃんが本気でその気なのもわかるし理事長のじーさんの後押しまであるしゆきっちゃんの給料も上がるしどっからも文句出ない話だってのはわかるよ! でも俺は絶対嫌だ! ゆきっちゃんと一緒になんて、絶対絶対暮らしたくないっ!」
「お前……そんな、なんで」
 ゆきっちゃんが途方に暮れたみたいな顔をする。そんな顔させちゃったことに俺の心臓がぎゅうってなるけど、それでも俺の中の爆発は止まらない。むしろ勢いを増したみたいで、それに押され俺は叩きつけるように怒鳴っていた。
「ゆきっちゃんと一緒に暮らして面倒見てもらうんだったら、俺、ゆきっちゃんに、絶対好きになってもらえないじゃんっ!!!」
「………は………?」
 ぽかんとした顔をするゆきっちゃんがなんかもう憎らしくって、俺はゆきっちゃんにばしばし言葉をぶつける。
「ゆきっちゃんはちゃんとしたセンセーだから、ただでさえ生徒とそーいう関係になんのとか嫌がってんのに、一緒に暮らしてあれこれ面倒見るってことになったらもう、保護者じゃん! 家族みたいになっちゃうじゃん! そういう相手に手ぇ出すとか、絶対絶対してくんないじゃん!」
「いや……そりゃしないだろうけどな……つかお前が生徒でしかも中学生である時点で俺としては絶対無理だっつっただろ」
「わかってるよっ! でも保護者になったらますます絶対してくんないじゃん! そういう関係になったからこそけじめが大事だとか言ってさ!」
「いや、そりゃまぁそういうことは言うかもしれねぇが……」
 なんかわけわかってなさそうな顔してるゆきっちゃんに、腹の底のぐつぐつ煮えたぎってる感じのところへさらに燃料がぶち込まれた感じがした。俺はもうフットーしまくってる頭をますますたぎらせて、気持ちをそのまま爆発させる。
「絶対手ぇ出してくんない好きな相手と一緒に暮らせとかどんなゴーモンだよ!? せこせこ脱ぎたて下着とか嗅ぎながらオナれってわけ!? 本物がすぐ目の前にあってちょっと頑張れば素っ裸もおがめんのに!? ムラムラをひたすら一人むなしく解消して一人上手の道突っ走れって!? せーし無駄に消費してチンコの寿命縮めろってのかよ、好きな人と一緒に暮らしてんのに!」
「………お前な。結局そーいう話になんのかよ」
 ゆきっちゃんがはぁ、と大きくため息をつく。顔もやれやれとか言いそうなくらい呆れた表情になる。でもそれにますます俺はいきり立って、腹の底から言葉をぶつけた。
「そんなの俺のわがままだってのはわかってるよ! でもそれでもっ、俺にとってはそれが一番大事なんだっ!!」
「っ―――」
 ゆきっちゃんが小さく目を瞬かせる。不思議な言葉を聞いたみたいに。
 でも俺はそんなのじゃ当然止まれないから、腹の中の言葉を勢いのままにぶつけまくった。
「俺は一人暮らしでも全然いーんだよ! ホントに今のままで全然困ったこととかねーんだから! 家事は家政婦さんがやってくれるし、飯食う金も寝る場所もあるし、学校行けば話してくれる奴がいるし、文句つけようねーじゃん! そんで好きな人がいて、ほんとの本気でその人以外いらねーってくらいムラムラする人がいて、その人が振り向いてくれなくても好きだって言っちゃえるくらい好きなのに、なんでそこでさらに俺の気持ち無視するわけ!? ゆきっちゃんが嫌だっつっても俺は今すぐ押し倒したくてしょーがないくらいムラムラしてんのに、好きな人に嫌われんのとかケーベツされんのとかやだから必死に苦しくて辛いの我慢してんのに、一緒に暮らせって、なにそれ!? 好きで好きでしょうがない人と一緒に暮らして絶対手は出しちゃダメですなんて、俺にとっては死ねっつわれる方がまだいいよ!」
「……梶木」
「わかってるよこんなことわがままだし俺の勝手だし我慢するべきって言うんだろ! 死ぬ方がいいなんて大切に思ってくれる人がいるのに絶対言っちゃいけないとか言うんだろ! でも、けど、俺には俺の今の気持ちが大事なんだよ! この先どうなるかなんてわかんないもしかしたら明日ゆきっちゃんが死んじゃうかもしんない一緒にいるっていってたのがいなくなっちゃうかもしんない、のにっ! ムラムラしてボッキしてヤりたいヤりたいエッチしたいってよくぼー抑えて、なんもなかったふりしてそのまま生きてくなんて――」
 またぼたぼたっ、と涙がこぼれる。腹立って腹立ってしょうがない、けどおんなじくらい、っていうよりもっと、かなしくって、胸が痛かった。
「俺は、そんなの、やだ。やなんだよぉっ………」
 ぼたぼたぼたぼたこぼれる涙を手の甲で何度もぬぐいながら、そう喚く。俺の声は泣き声みたいにかすれてて、死にそうなくらいか細かった。でも、だけど、しょうがねぇじゃんかよ。俺にとっては、ほんとに、生きるか死ぬかってくらいの話だもん。
 俺の、ゆきっちゃんが好きって、気持ちは、そんくらい、ほんとに。
「………梶木」
 ぐいっ、と俺はゆきっちゃんに抱き寄せられた。ゆきっちゃんのでっかいてのひらが俺の後ろ頭を支えて、もう片っぽの腕が俺の腰を引き寄せる。ゆきっちゃんの体温と、肌の感触がめちゃくちゃ気持ちよくて、どきどきしたけど、それでもやっぱり俺は泣き止めなかった。だって、ゆきっちゃんは、俺に絶対手ぇ出してくれないんだから。
「お前は、ほんっとに、しょうがねぇなぁ………」
「ぅぅーっ……悪、かったなぁっ」
「……けど、俺も、そんなんだったよな。ガキの頃は」
「ぅう……?」
 ゆきっちゃんのてのひらがぽん、ぽんと優しく俺の後ろ頭を叩く。素肌を触れ合わせてるゆきっちゃんの腕が、優しく俺の肌を撫でる。泣きながらそれでもゆきっちゃんの声に耳を傾ける俺に、ゆきっちゃんは優しく言った。
「馬鹿で、脳味噌らしい脳味噌もなくて、全身の細胞海綿体じゃねぇかってくらいエロいことばっか考えて。ヤりたいヤりたいって毎日妄想しながら猿みてぇにオナりまくって。頭じゃなくて下半身で人を判断するような、身勝手で無神経でもの知らずで世間知らずで………そういうもんなんだよな、ガキってのは。俺がガキの頃付き合ってた教師との関係だって結局のところは、下半身の欲望を満足させてもらったから好きだって思ってたようなもんだった」
「うぅ……なに、言いたいの。俺、馬鹿にされてんの……」
「わぁったよ、俺の負けだ、っつってんだよ」
「へ………」
 ゆきっちゃんの手が少し俺の体を引き離す。俺と真正面から向き合う体勢に戻し、じっと俺を見つめて、ゆきっちゃんは言った。
「梶木。俺と付き合うんだったら、マジじゃねぇと許さねぇかんな」
「………へっ?」
「浮気なんてしたら殺す。他の奴好きになったから別れてっつっても殺す。俺のためだろうがなんだろうが逃げ出してもどっか行っても探し出して殺す。そんで俺も死ぬ」
「え……ちょ、え?」
「一生死が二人を分かつまで、っつーかあの世に行っても俺は粘着する。一生まとわりついて離れねぇ。……それでもいいっつぅんだったら付き合ってやる」
「え………ええぇえぇええぇぇえええっ!!! マジでっ!!?」
 俺が思わず大絶叫してゆきっちゃんにつかみかかるのに、ゆきっちゃんは落ち着いた、ってーかどっからどう見てもガチでマジで人殺しかねねーくらい本気の顔で答えた。
「マジでなきゃこんな台詞言うわきゃねぇだろ。……答えは?」
「そ……んなのオッケーに決まってんじゃんひゃっほぉぉうっ!!!」
 俺は歓声を上げながらゆきっちゃんに抱きついた。うぉーゆきっちゃんの匂いゆきっちゃんの肌っつーかゆきっちゃんの素っ裸ぁぁぁっ!!!
「うれしーめっちゃめちゃうれしーよマジうれしーっ!!! 絶対俺も一生離れねーからっ、一生ゆきっちゃんのコイビトだからなっ、ゆきっちゃんも浮気したらマジ殺すぜ俺っ、あーもーゆきちゃん大好きぃーっ!!!」
「……そんなん、俺も同じに決まってんだろ。バーカ」
 ゆきっちゃんはなんかすげー優しい声で言って、ばたばた暴れる俺を抱き寄せる。で、俺がにっかにっか笑いながらゆきっちゃんを見上げると、ゆきっちゃんもちょっと笑って、ひょいって俺を抱き寄せて――
「ん、む………!!!」
 ……ちゅー、された。ちゅって、軽くだけど。俺の唇と、ゆきっちゃんの唇が、ちゅって………
「………う、うぉぉおおお………」
「なんだよ。キスしてほしいんじゃなかったのか?」
 ゆきっちゃんのにやにやした声が降ってくる。くそームカつくっ、って思いながらも俺はうつむいたまま思いきり照れまくったっつーか恥じらいまくったっつーかな声で答えた。
「し、して、ほしかったけどさ………なんつか、なんつかさっ、ゆきっちゃんがすっげー慣れてて、大人で、さらっとされちゃって………なんつか……」
「しおらしい反応するじゃねぇか。エロガキのくせによ」
「しょ、しょーがねーじゃん俺マジで処女で童貞なんだからっ! っつかゆきっちゃんさぁっ、俺のこーいうレアな恥じらいリアクションに可愛いとかモエるとかキュン死するとかねーのかよっ!」
「バーカ。いまさらお前に可愛らしい反応なんて求めるかよ」
「ちょっ、それってあんまりな」
「お前のどんな反応だって、俺にはめちゃくちゃ可愛いんだからよ」
 そう言ってゆきっちゃんは、またひょいと俺を抱き寄せてちゅーした。またちゅって軽く。でも俺が顔を真っ赤にして口をぱくぱくしてると、またひょいと俺を抱き寄せてちゅー。俺が固まってるとまたちゅー。ぼーぜんとゆきっちゃんを見上げてるとまたちゅー。なんか目が潤んできちゃったらまたちゅー………
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待って………」
「ああん? 俺のキスが嫌だって?」
「そ、そーじゃないけどっ! ………しんぞう、こわれる………」
 真っ赤になってそう呻くと、ゆきっちゃんは笑って「しょうがねぇな、ガキは」と言って俺の頭をくしゃくしゃっとしてくれた。うう、ガキ扱いされてる……けど、めちゃくちゃ気持ちよくて、うれしー………
「んじゃ今日はやめとくか? セックス」
「せっ」
「ま、お前がヤりたくねぇっつーんなら無理強いはしねーけど……」
「ヤるっ!!!」
 俺が思わずしがみついてそう怒鳴ると、ゆきっちゃんはにやって笑って俺の体をさわさわしながら言ってくる。
「別に無理しなくてもいいんだぜぇ? 処女で童貞でちょっとキスされたくらいで心臓壊れそうになってる奴が本気でできんのかぁ? セックスなんてよ」
「で、できるしっ! っつか、そりゃもー死ぬかもってくらいドキドキしまくってっけどっ! ゆきっちゃんがマジで俺に手ぇ出してくれんだぜっ、心臓破裂したってヤんなきゃマジでチンコ破裂するもんっ!」
 さわさわされただけでもーマジでどーにかなりそーってくらいゾクゾクしてたけど、俺がそうきっぱり宣言すると、ゆきっちゃんはにかって、なんかすっげーあったかい感じに笑った。俺の心臓が、なんかまたきゅんきゅんってする感じに。
「そう言うだろうと思ったぜ。ったく、マジでエロガキだな、お前」
「い、いーじゃんっ、そーいう俺をゆきっちゃんは好きになってくれたんだしっ! ……っつか、いまさら聞くのもなんだけどさ……」
「なんだよ」
「なんで、俺のこと好きになったの? っていうかさ、なんで、俺と付き合ってもいいって思ったの?」
 俺が一応真面目モードの顔でそう聞くと、ゆきっちゃんは小さく笑って肩をすくめる。
「お前でも気になるか、やっぱりそういうこと」
「き、気になるっていうか、さ。なんていうか、あれだけ焦らされたし、聞いとかないと収まり悪いっていうか………」
「ま、そうだろうな。そうだな、まぁ、究極的には、お前が俺の好みってわけでもねぇのに勃った、っつーのがすべてなんだが……」
「えぇぇえ! 俺ゆきっちゃんの好みじゃねーのっ!?」
「何度もそう言っただろうが。俺ぁ基本的に生徒に嘘はつかねーよ。別に好みなんざ相手見つける時の目安ぐらいにしかなんねぇんだからいいだろうが」
「そ、そりゃそーだけどさ……うううう」
「まぁ、もうちっと細かく言うとだ。……ガキの頃の俺に、優しくしてやりたくなった、ってことになるかね」
「? どーいう意味?」
「俺はな、お前に好かれて、まぁ好みじゃねぇにしろ嬉しかったし、ムラムラしたし勃った。それでも付き合う気はまるっきりなかった。何度もお前に言ったような理由でな。お前に俺がお前のことを好きだってことを知られてもだ。お前のことが好きだからこそ、大人として、きちんと振る舞わなきゃならねぇと思ってたんだ」
「うん……」
「昨日の夜、お前にガキだって自分勝手だって言われてな。自分には確かにガキを勝手に神聖化して見てるところがあるな、ってのは自覚したんだ。毎日毎日クソガキどもと接して暮らしてんのにな。それでも、俺は、自分のこれまで送ってきた人生を裏切りたくなかった。教師に捨てられて、親にも見捨てられて、地獄の底を這いずり回るような気分で生きてきた年月を裏切りたくなかった。そういう年月を送ってきたから、俺はそんな真似は絶対にしない自分になれたんだと思うし、そういう自分が気に入ってたからだ」
「うん」
「お前が、みんな勝手な中で俺が優しくしてくれたから好きになったと気づけたんだ、って言われた時には……まぁ正直、めちゃくちゃ嬉しかったぜ。いろんな意味で、ぐっときたっつーか。でも、それだからこそ自分は裏切れない、って思ってたんだが……」
 ゆきっちゃんは言葉を切って、俺を見つめる。俺たちずっと真正面から抱き合うみてーなカッコで話してたんだけど(まぁ体格的にゆきっちゃんが俺抱っこするみてーな感じにはなっちゃうんだけどさ)、視線っつーか目の感じは笑ってるのに、俺の腰や、背中や、頭を撫でる手の動き、触れ合ってるとこの肌の体温、そういうのがなんかすげー優しくって、あったかくって……胸がきゅんきゅんするのと一緒に、じんわり、した。
「わがままなのはわかってるけど俺にはそれが一番大事だ、っつっただろ、さっき。その時な、俺、昔の自分のことを思い出したんだよ。お前と同じくらいの、ガキの頃をな」
「……どんなこと?」
「お前と同じようにクソガキで、エロガキで。自分の気持ちでいっぱいいっぱいになってて。……その気持ちが、どんだけ強烈で、人生なんて当然みてぇに懸けちまえるだけの重みがあったか、ってことをな」
「…………」
「お前と同じように、俺はクソガキでエロガキだった。お前と同じように、先生のことを好きだった気持ちだって半ば以上下半身の欲望が混じってた。……それでも、俺には本当の本気だったんだ。捨てられた時に包丁持ち出して刺しちまえるくらいに。人生台無しにしてもいいって考えちまうくらいに、な」
「…………」
「そのあとさんざん苦しんで、それがどんなにガキっぽくて思い込みと勘違いに浸りきってて一方的で見境がないかってのを思い知らされて。そんな想いは間違いだった、って確信してたけど。それでも、その時の……俺がガキだった時の気持ちは、お前と同じように、俺にとっちゃ世界で一番大事なものだった。お前を傷つけて、泣かせて、これが正しいんだって押さえつけて……それが、お前を……ガキをどれだけ苦しませるかってことを、思い出したんだよ」
「…………」
「言っちまえば、お前を遠ざけてた時と基本の気持ちは変わんねぇよ。昨日の夜、お前が言い当ててくれたのと同じ。ガキの頃優しくされなかった俺に優しくしてやりたいから、ガキを護ろうとして、自分勝手な思い込みで突っ走って……お前に優しくしてやりたい、って思ったんだ。情けねぇ話だろ、身勝手で、自分勝手で。お前のことを心底想ってのことかっていうと、今でも正直自信ねぇ。――けどな」
 ゆきっちゃんの目が、ぎって俺のことを見つめる。マジな感じに。ガチな感じに。……本気で、人殺しそうな感じに。
「それでも俺はお前が好きだ。お前に一生捧げるってマジで決めた。だから、いまさら離せっつったって死んでも離してやらねぇ。文句があるなら俺を殺して、俺が生きてた痕跡も、記憶もなんもかんも全部消し去るくらいのことはしてみせやがれ」
 俺の目をゆきっちゃんのガチな目が見つめる――中で、俺はにっかーって満面の笑みになった。ひゃっほー、とか言いながらゆきっちゃんに抱きつく。
「んなの俺も一緒に決まってんじゃんっ! 俺だってゆきっちゃんにいっしょー捧げんだかんなっ、もーマジ大好きだぜゆきっちゃんっ!」
「……なんもかんも聞いてその反応かよ。いいのか、こんな俺で?」
「ったりまえだろー。むしろしょーじきな気持ち聞けてうれしーし、なんつーか……俺にまっすぐ向き合ってくれてる感じ? したし。せーじつっつーかさ。いっしょーけんめーっつーかさ。人生丸ごとで俺にぶつかってきてくれてる感じっつーかさ。俺、ゆきっちゃんのそーいうとこがいっちゃん大好きなんだもんっ!」
 ゆきっちゃんが、小さく苦笑って感じに笑ったのがわかった。「まったく、お前は……」とか笑いながら言う。――そして次の瞬間、俺はゆきっちゃんに頭を引き寄せられ、ちゅーされていた。……それも、舌とかめちゃくちゃ絡ませてくる感じのを。
 俺の唇に舌をねじ込み、ぢゅっちゅって俺の唇を思いきり吸い、俺が反射的に舌を出すとその舌を、唇を、口の中を思いきり吸い、舐め回す。何度も何度も角度を変えながら、浅く深く、俺を食い殺そうとしてるみたいに、ぢゅっぢゅっちゅっ、れろれっれろれ、ぢゅるぢゅばぢゅっぢゅっぐぢゅずぢゅぢゅうって、なんか、もう、めちゃくちゃ―――
 口を離されたときには、もう俺は半分以上ほけらーっとなって、こてんとゆきっちゃんの胸の中に倒れ込んでいた。もー、なんか、もー、だめ、体全部、ゆきっちゃんで、いっぱい………
「……どうする? ここでストップしとくか?」
 ゆきっちゃんにそう笑みを含んだ声でそう言われたら、もうばって顔上げて「じょーだんじゃねーって!」と叫んでたんだけど。

「で。どういう風にしたい? お前の初めてだ。お前のお望みどおりにやってやるぜ」
 ベッドに押し倒された俺にのしかかるギリギリで、腕立て伏せみたいなカッコで俺の真上から笑ってそういうゆきっちゃんに、俺はうううちくしょうゆきっちゃんめいちいち大人でカッコいいぜとか心臓をドキドキさせつつ訊ねた。
「えと……ゆきっちゃんは、ヤりたいプレイとかねーの?」
「ないわけじゃねぇが、初めてなんだからお前のヤりたいプレイをヤらせてやりたいって気持ちの方が強ぇな。ま、大人として、プレイ公開とかリョナみてぇな犯罪行為は止めるが。とりあえずヤりたいこと言ってみろよ、できるだけ応えるぜ」
「んー……」
 ちょっと考えてから、俺はうんとうなずく。
「じゃさ、最初はとりあえず、フツーのエッチがいいや。ちゅーして乳首吸ってフェラして突っ込んで、みてーなノーマルなやつ。SMプレイとかそういうのは、やっぱフツーのエッチをあきるくらいたんのーしてからっしょ。まー体位はいろいろ試してみたいけどさ」
「ふむ。……あー、っつかその前に聞いとくか。お前ケツの掃除はやったのか? 浣腸してケツん中にお湯流し込んで洗うみてぇな」
「たりめーじゃんっ、流したお湯がきれいになるまで洗ったっての! 男同士の性知識バリバリあるっつったじゃん? けっこー疲れるし恥ずかったけどさ、それがなんか逆にコーフンすんのな! やっててなんかチンコビクンビクンしちったぜ」
「お前らしいぜ。……今度からは、絶対一人でやらせたりしねぇからな」
「っ……」
 ゆきっちゃんは俺と目を合わせて微笑みながら、俺の頬をそっと撫でた。なんかすげー可愛がられて大切にされてる感があって、胸も腰の奥も死ぬほどきゅんきゅんして、俺がたまんなくなってぅーとか言いながら目を閉じちゃうと、ちゅってまぶたにちゅーして目を開かせ、俺と視線を合わせてまた笑う。
「せっかくの一生一緒にいる相手との初体験なんだ。ちゃんとしっかり目ぇ開けて味わえよ」
「ぅ、ん………んっ」
 俺が顔赤くしながらおずおずってうなずくと、ゆきっちゃんは優しく微笑んで、顔を落としてきた。俺の唇とゆきっちゃんの唇が触れ合って、ちゅって吸われる。それだけで俺はもーすっげードキドキして、背筋がぞくぞくした。
 んだけど、ゆきっちゃんはそっからさらに一気に仕掛けてきた。唇吸って、その中に舌突っ込んで、舐め回して吸って軽く噛んで。俺の舌をつついて引き出し、絡めてしゃぶって舐め回し。何度も角度を変えながら、舌で唇を、口の中を、吸って、挟んで、舐めて、俺の奥底まで食い荒らすくらいの勢いで、ぢゅっぢゅぱれぇろねろぢゅるずちゅぢゅぬって、俺の口をじゅーりんする。
 その間も、ゆきっちゃんの手はぜんぜん遊んでなかった。俺の尻を揉み、腰を撫で、首の後ろを触って、俺の体全体を手の中で転がすみてーにいじってくる。
 その上、ときおり腰を俺の体に擦り付け、足を俺の足と絡ませて、ゆきっちゃんのボッキしたチンコを触れさせてくるんだから、もー、なんつーか、もー……ガチで脳味噌フットーしそうなくらいコーフンして、死ぬんじゃねーかってくらい気持ちよかった。ゆきっちゃんが口離した時には、もーへろへろでほとんどまともに息できてねーってくらいに。
 はひぇ、はひぇ、と口元からよだれだらだら垂らしながら顔真っ赤にして息も絶え絶え状態で見上げる俺に、ゆきっちゃんはちょっと笑って、俺の頭を撫でた。ふぁぅん、とかすっげー甘えた声で唸っちゃった俺に、ゆきっちゃんは間髪入れず追い打ちをかけてくる。
 またちゅ、ちゅって何度か顔に軽くちゅーしてから、それをちょっとずつ顔から喉へ、喉から胸へと移していく。軽くちゅーするだけじゃなくて、時には舐めたり、軽く噛んだり、しゃぶったり。耳たぶ吸われて噛まれてしゃぶられた時には、背筋ぞぞぞぞってなって、「ふぁぅ〜〜んっ!」ってなんかすげー変な声出た。
 口が乳首にとーたつすると、ゆきっちゃんは本格的に乳首をいじり始めた。まずれぇろって舌で乳首舐めて、乳首の周りをなぞる。それから唇で乳首を挟んで、しごくみたいにしながらぢゅっちゅって吸う。
 さらに口の中で完全にしゃぶるみたいにして、ぢゅっぱちゅぱぢゅっぢゅっれろぢゅぱちゅっぢゅっ、って吸いながら舐めて、時には乳首の周りの胸揉んで、乳首の先っぽを軽く噛んで。くにくにしたりぴんぴん弾いたり、しゃぶってない方の乳首指先でいじりつつ、何度もしゃぶる乳首変えながら俺の乳首を両方濡らしていく。
 なんか、なんかもう、俺の乳首が、どっちも見るからにぷっくりしてきて、これもう乳首じゃなくておっぱいじゃねっつーか、フツーの胸じゃなくて、男にしゃぶられるための性器に変わってってる感じで、もう、なんか、なんかもう、俺の体マジでゆきっちゃんに作り替えられてるみたいで――
「ぁ、あ、あぁあっ、ひゃ、ひゃひぇっ、ひゃひぇぇっ、ひゅっ、あひぇ、ひゅご、ひゃひぇっ、おか、おかひく、おかひくなるぅぅっ……!」
 よだれだらだら垂らして、体中ぞくぞくさせまくって、チンコビンビンにしてだらだら先走り垂らして、もうやべぇくらいどこもかしこも熱くさせながら喘ぎまくって――そんな状態の俺から、ふいにゆきっちゃんはひょいと口を離す。なんかそれがすっげー寂しくて、潤みまくった目で見上げると、ゆきっちゃんはちょっと苦笑してまた頭を撫でてくれた。それがなんかすげー手の中で転がされてるっつーか、ゆきっちゃんに甘やかされてる感あって、俺の背筋にぞぞぞぞぞって気持ちいいのが走る。
「そんな物欲しそうな顔で見てんじゃねぇよ。初心者にあんまり飛ばしてくとマジでやべぇ時あるしな。休憩しながらだ」
「う、んぁん……」
「つーか、お前ちょっと感じやすすぎだろ。体別に開発されてるって感じでもねぇのに。これじゃ日常生活送るだけで腰砕けになっちまうんじゃねぇか?」
 ゆきっちゃんは冗談めかした口調でそんなこと言ってくる。だけど、俺的にはけっこうシャレになってない台詞だったんで、俺はちょっと顔を赤くして「う……」とか言いつつ視線を逸らした。
「え……マジで日常生活大変だったのか? それじゃあそれこそ俺が電気アンマしただけでお前イかせたみてぇなこと頻繁にあったんじゃ……」
「ち、ちげーし! そんなんゆきっちゃんの時だけだってば! だけどその、なんつか……」
「なんつか?」
「……ゆきっちゃんに電気アンマされてから……自分でヤんの、なんか、もったいない気しちゃってさ。ずっと出してねーから、その、マジ溜まりまくって、基本いつも完勃ちだし、体になんか触るだけでぞくってすることもあって、エロいこと考えるだけでイきそーになるのしょっちゅうだったっつーか………」
「………は?」
「ゆ、ゆきっちゃんに惚れてからさ、その、もー一ヶ月くらい経つけど。なんか、なんでかわかんないけど夢精とかぜんぜんしないで。それまでは毎日四回オナってても出す時あったのに。マジどうにかなりそうって時もあったんだけど、ゆきっちゃんにアタックしてたらなんか、出してねーのにスッキリしちゃって。そんでなんか、なんとかなっちゃってたっつーか……」
「…………」
 ゆきっちゃんはちょっと黙って、それからいきなりがばって俺の股座に顔をうずめた。俺が「わひゃぁっ!?」って叫ぶのも無視して、いきなり俺のチンコを口に咥える。
 咥えるっつーか、ガチのフェラだった。俺の半剥けチンコの先っぽんとこに舌入れて、唾で濡らしてれろれろって亀頭舐めて、皮と亀頭の間に舌突っ込んで掃除するみたいに唾広げながら皮剥いて。
 そんでもってその合間にぢゅっぐぢゅっぐ、って頭動かしながら口の奥っつーか喉っつーかでチンコ吸って。こーいうのもイラマチオっつーんだっけ? 時には俺の竿も亀頭も口ん中でぺろぺろして、しかも手は俺の玉をぐにぐにしたりとか玉の奥押したりとか、時には尻揉んで乳首いじいじして胸揉んで――もー俺の脳味噌は、気持ちいい≠ナ弾けそうだった。
「あひぇ、あひぇっ、ま、ひゃぃぃっ、ゆきっちゃ、ま、まっひぇ、しゅご、おねが、あひぇっ、らめ、らめぇっ、でちゃ、でる、でるうぅぅっ」
 俺が我ながら頭わりーってくらいの喘ぎ声で叫ぶと、ゆきっちゃんはいきなりチンコから口を離した。俺がは、は、と喘いでいると、ゆきっちゃんはふぅ、と小さく息をついて言う。
「出なくなったってわけじゃなさそうだな。今のお前の先走り、マジ出そうな時の感じだったし。っつーかヤバいくらい味濃かったぞ。なんでこれで夢精しねぇんだ」
「う、うぅ、し、知らねぇよぉっ……」
「こんなにチンコびくんびくんしてんのにな。フツーそこまで出してなかったら中一ならフェラされたら、っつーか下手すりゃされる前に速攻イってるぞ。たぶんあんまりイってなかったんで体がそれに慣れちまったんだろうとは思うが……場合によっちゃ健康まで害してた可能性もあるんだ、健康のためには適度に抜けよ」
「う、ぅぅううっ、うるせぇ、ゆきっちゃんのばかぁぁ……」
「……ま、単にもったいないって気持ちだったとしても、俺のためにオナるの我慢してたってのは、けっこう興奮するが」
「っ……」
「梶木。お前、エロガキのくせに、案外貞淑な妻の素質あるかもな」
 ゆきっちゃんはそう笑って、俺の喉を猫を可愛がる時みたいに撫でる。俺はまたぞぞぞぞぞって気持ちよくなって、「はぁん……」とか言って目を閉じちゃってた。
 そこにゆきっちゃんはさらっと、思わず目ぇ剥くようなことを言ってくる。
「どうする? フェラで一発抜くか? それともケツでイくか?」
「ぇっ……」
「普通なら初めての時でケツで感じるまでいくってのは難しいが。ここまで感度よくなってるんだったら可能性あるだろ。どっちでも、それ以外でも、お前がイきたいやり方にするぜ」
「ゆ……ゆきっちゃん、はっきり、言い過ぎ……」
「セックスってのはデリケートな問題だからこそ、どうしてほしいかってのははっきり言い合った方がいいんだよ。まぁその分ムードは損なわれるが……俺とお前はこれから何百何千って数ヤりまくるんだ、ムードばっか重視する必要もねぇだろ」
「っ……」
 にやって笑ってそんなこと言ってくるゆきっちゃんに、俺の心臓は、あと腰の奥と股間も、きゅんきゅんってして、思わず体をぎゅうってしちゃったけど、結局俺はごくりと唾を飲み込んで、ゆきっちゃんに潤んだ目でねだった。
「け……ケツで、イかせて」
「了解」
 ゆきっちゃんはまたにやって笑って、俺の腰を持ち上げ、下に枕を入れる。その間も楽しげに、っつーかエロい声で俺に話しかけてきた。
「ケツでイきてぇか。お前、チンコよりもケツの方に興味移ったか?」
「そ、そーいう、わけじゃ、ないけど。は、はじめて、だし……初めてでケツで感じれるのって、きちょーな経験だと思うし……その……」
「ん?」
「……ゆ、ゆきっちゃんに、突っ込まれてイかせてもらうって、その、すげぇ幸せっつーか、嬉しい感じっつーか……ゆきっちゃんのものになった感じ、すげーするっつーか………」
 顔真っ赤にして、もじもじしながら言うと、ゆきっちゃんはちょっと苦笑する。
「エロガキの分際で、しおらしいこと言いやがって」
「う、うるせぇなぁっ、ゆきっちゃんだってさっき俺のことてーしゅくな妻の素質あるとか言ってたじゃんっ」
「……しゃあねぇな、言い換えてやるか。めちゃくちゃ可愛い、っつってんだよ」
「かっ」
 言うやゆきっちゃんは、俺の言葉を遮るみたいに口にちゅーしてくる。さっきみたいになんもかんもねぶりたおすって勢いじゃないけど、柔らかくふんわりと、俺の口を全部口ではみはみするみたいに、角度を変えながら優しく深く俺の口を転がしてくる。
 俺は体中もうほわわんってなって、でもやっぱり背筋と腰の奥がじんじんするくらい気持ちよくて、チンコがまたびくんびくんって震えて、上からも下からもよだれたらしちゃってた。「あふふぇぇぇ……」って間抜けな声で喘ぐ俺に、ゆきっちゃんは今度はほっぺに軽くちゅってしてから、持ち上げられた俺の腰の下、ケツの穴に口をつける。
「ひゃんっ! あ、ひゅぎ、はぐ、んっく、ふぎ、ひぅぁぁんっ………」
 ケツの穴なんて、これまでいじったことどころか触ったこともトイレで拭く時以外にはなかった。だからとーぜん、いや前立腺マッサージとかは知ってたけど、俺がそんなとこで気持ちよくなれるなんて思ってなかった。
 でも、ゆきっちゃんにケツの穴しゃぶられて、俺はすげー気持ちよくなっちゃってた。穴を舌でなぞるみたいに舐められて、尻も舐められて。尻を揉まれながら割り開かれて、穴をむき出しにされて、舌でじゅっぷじゅっぱ穴ん中に唾塗りこまれながらほぐされて。穴ん中に舌突っ込まれてぐにぐに広げられて、吸われて、舐められて、揉まれて――俺は大股おっぴろげながら、すげー声で喘いじゃってた。
「んひっ、ふはっ、んひぃぃ……やっ、んゃっ、あひ、んぅぅ、ゆきっちゃ、ヤバい、ケツ、ヤバいよぉぉっ」
「すげぇな。お前マジ感度異常だぞ。初めてで、しかもケツしかまともにいじられてない状態で、チンコからだらだら先走り垂らせるとか」
「だ、って、だってぇっ……あひぃっ! んぁ、ふぎぃっ、そこ、ケツ、あーっ、広がっちゃ、あひぇっ、ひゃめぇっ」
「……ったく、みっともねぇ声上げやがって……指挿れんぞ。たっぷりジェルつけて、もっともっと広げてやっかんな」
「だってぇっ、だってぇっ、俺っ……あひぁぁっ、も、もぉっ、もだめっ、あひぇっ、ひゅげっ、あひぁぁっ、だめ、俺のケツっ、どんど、どんど、広がっちゃう、すげっ、俺のケツ、マンコに、マンコになっちゃうぅぅっ」
「AVみてぇなこと言ってんじゃねぇよ。おら、お前のマンコどんどん濡れて、どんどん広がってんぞ。わかるか、エロガキが」
「わか、わかっ……ひゅぎぁぁぁっ」
 ケツが濡れて、広げられて、ゆきっちゃんの長い指で中をたっぷりいじられて。さらに指がたっぷり濡れたのを塗りこめて、何本も同時に入って、中で広がって、ぐにぐに何本も同時に動いて。俺の脳味噌はもうフットーどころじゃなくて、わけわかんなくなるくらいぞくぞくして、体が勝手にうねって。ゆきっちゃんに支配されてるって感じが、全身をひたひた浸して。
 そんな俺から、ゆきっちゃんはふいに体を離す。俺はふひっふひって必死に息をつきながら切なくてたまんないって顔でゆきっちゃんの方を見る。ゆきっちゃんはしょうがねぇなって感じに笑ってから俺の頭を撫でて、ぐいっ、て腰を前に突き出した。
「今からお前のケツにこれぶち込むぞ。しっかり見とけ」
 俺はびくって体震わせて、ごくって唾呑み込みながらゆきっちゃんの突き出したブツを見る。俺のよりでかくて、黒くて、使い込んでそうなズル剥けチンコ。俺はドキドキして、頭カンカンして、マジでもう倒れちゃいそうなくらいだったけど――ゆきっちゃんの前に自分でケツの穴ばっちり見えるように大股おっぴろげて、手で固定した。よだれも涙もだらだら流しながら、それでもゆきっちゃんの方見て、心臓壊れそうになりながら必死に言う。
「俺のっ、マンコに……ゆきっちゃんのチンコ、ハメてぇっ………」
「………っとに、このどうしようもねぇクソエロガキが」
 ゆきっちゃんは小さく苦笑してから俺をそっと抱きしめて――ずぬっ、って俺のケツにチンコを挿れてきた。
「あひっ………」
 挿れられた時、俺の呼吸は一瞬止まった。すげぇ、チンコの圧迫感マジ半端ねぇ。俺のケツん中っつーか体ん中、全部ゆきっちゃんのチンコで埋まったみたいっつーか。でっかい杭で串刺しにされてるっつっても信じちゃうくらいの圧迫感が、俺の全身を支配する。
 それでもゆきっちゃんはず、ずってすっげーゆっくり腰を進めて、軽くそっと体を揺すって奥へ奥へと進み、とうとうゆきっちゃんの腰と俺のケツが触れ合った。俺はマジでパイルバンカー撃ち込まれてるみてぇな感じだったけど、それでも心臓と腰とケツとチンコがなんかじーんってして、うぐ、ってなんか泣きそうになる。
 ゆきっちゃんはその体勢で止まったまま、また優しく笑って俺の頬を撫でる。それがもうなんか最後の一押しって感じで、俺はだぁっ、って目から涙を流しちゃってた。
「ゆ、ゆきっちゃ……」
「ん?」
 ゆきっちゃんの返事は、すっげー優しくて柔らかい。それがますますたまんなくって、俺は目の前のゆきっちゃんに両手を伸ばす。
「ゆきっちゃん、ちゅー……ちゅーしてぇっ……」
「……いいのかよ。お前のチンコとケツしゃぶりまくった口だぞ」
「いい、いいからぁっ……それ、すげー嬉しいからぁっ……また、ちゅーしてぇっ……」
「……しょうがねぇな。っとによ」
 ゆきっちゃんの口が下りてきて、また俺の口に触れる。吸ってしゃぶって舐めて絡めて、何度も何度も角度変えながら、時には浅く時には深く、何度も何度もちゅーしまくる。
 ゆきっちゃんの腰が少しずつ動いてたのに、俺は最初は気づかなかった。ゆきっちゃん的には俺のケツがチンコに馴染むまでじっとしてくれてたんだと思う。でも、ちゅーしまくってるうちに、俺のケツが勝手にきゅうきゅうゆきっちゃんのチンコ締めつけて、ゆきっちゃんの腰も揺らめいちまってたみたいで。
 でも、マジで杭打ちされてるみてーって思ってたのに、俺は、チンコ動かされて、喘いじゃってた。ゆきっちゃんのチンコがズコバコ俺の中出入りすんのが、痺れるくらい気持ちよかった。
「ゆきっちゃ……ゆき、ふひっ、ふぐっ、あひ、ふひぃっ」
「梶木っ……クソっ、締めんな……クソ、腰がっ……」
「ゆきっちゃ……おねが、動いて……好きに、ゆきっちゃんの好きに、してよぉっ」
「梶木っ……お前なっ、俺は、お前にっ……」
「優しく、ふぅっ、してくれんの、はひぇっ、嬉しい、ひんっ、けどぉっ………ゆきっちゃんに、俺、ぜんぶっ……ぶつけられんのっ、いちば、嬉しっ……ひゅぎゅぅっ、あひぇっ……!」
「………梶木ィッ………!」
 ゆきっちゃんがでっかい声で叫んで、また俺に思いっきりちゅーしてくる。俺はゆきっちゃんの体に腕回して、ぎゅーって思いっきり抱きつく。ゆきっちゃんの腰が、ずるぅって感じで俺のケツからチンコ引き抜いて、パァンって音するくらいの勢いで俺のケツに叩きつけられる。俺はそのマジ飛びそうなくらいになる勢いが死ぬほど嬉しくて、ひんひん泣いてよがった。
 そう、よがるってのが一番近かったと思う。ゆきっちゃんのチンコが、俺のケツに、っつーかそのもーマンコって感じのアレに、ずどん、ずどんって突っ込んでくるたびに、俺は泣きじゃくりながらチンコびくんびくんさせてすっげー声上げて嬉しがったんだ。
「ゆきっ、あぐぅっ、ゆきっ、あふひぃっ、ゆきっちゃあんっ、あーっ、あぎゅっ、ゆきっちゃあんっ……あぎぃっ、俺のケツっ、マンコっ……ひゅぐっ、しゅごっ、しゅげぇよぉぉっ………!」
「梶木っ……クソっ、梶木梶木梶木っ、愛してるぞクソっ、このクソエロガキがっ」
「俺も、俺も、あいしっ……ひゅぎゅぅっ、あひっ、あっ、あーっ、あぁあぁぁ―――っ!!!」
「梶木ィッ………!」
 どくんどぷんどくっどぷっどぷん。最後の瞬間に感じたのは、そんな、ゆきっちゃんが中出し(つってもコンドームの中になんだけどさ)してくれた時の感覚だったと思う。俺もイったのは確かなんだけど、ずっと気持ちよすぎるくらい気持ちよかったからいつイったかとかは覚えてない。ぶっちゃけ、最後気絶しちゃったし。
 ………俺の頬を何度か軽く叩く感触があって、ようやく目が覚めた。ゆきっちゃんが、間近から俺を真面目な顔でのぞきこんでいる。
「ゆき、っちゃ……?」
「……大丈夫、みてぇだな」
 言ってゆきっちゃんはほーっ、と大きく息をつく。俺はまだ体中に残る気持ちよさに震えながら、ゆきっちゃんを見上げて首を傾げた。
「お前気絶してたんだよ。するかもな、とちっとくらいは思ったが、マジで男がイく時に気絶するたぁ……っとにしょーがねーな、お前のエロガキっぷりは」
 言ってぐにっと俺の尻をつかむ。痛い、と思ったんだけどおんなじくらいぞくぞくって気持ちよくて、俺は「はぁんっ……」とか言って震えちゃってた。
「……お前イったのにまだそんな感度いいのかよ。お前の腹に池作るくらい出てんだぞ。どーなってんだお前の体は」
「だってぇ……なんか、体中、まだゆきっちゃんのくれた気持ちいいでいっぱいなんだもん……嬉しくて、幸せで、たまんなくなっちゃうよぉ……」
 半ば寝ぼけながら俺がうるうる目でゆきっちゃんを見上げてそう言うと、ゆきっちゃんはなんか難しい顔で黙ったんだけど、その代わりに俺のケツん中でゆきっちゃんのチンコがびくんっとした。俺はまた「ひぅんっ……」とか喘ぎながら、嬉しくて、幸せで、そんでもってエロい気持ちが溢れそうな目で見上げる。
「ゆきっちゃん……俺のケツに、チンコ入れっぱにしてくれたの……?」
「いや……っつか、イったと同時に気絶されたんだ、抜くより先に意識確かめてもおかしくねぇだろ」
「えへへぇ……嬉しー……」
「梶木……お前な」
「なー、もー一回、ヤろーぜぇ……?」
「お前な……これ以上はお前の体に負担が」
「いいじゃぁん……ゆきっちゃんのチンコ、もーその気みたいだしぃ……」
 俺のケツん中でゆきっちゃんのチンコはびくびくしてる。俺がぎゅっきゅって締めつけるたびに固くなってる。それが嬉しくて、気持ちよくて、俺の体もびくびくって震えた。
「……っ、おい梶木、話しながらケツ締めんじゃねぇよ。ったく、とろっとろのエロ顔しながら感じまくりやがって、まだ足りねぇのかこのエロガキは」
「足りねぇよぉ……だって俺、これまで一ヶ月もイってなかったんだしぃっ……んふぅっ、はぅんっ……俺のマンコに、ゆきっちゃんのチンコがハマってるんだぜぇ、そりゃもう体中幸せで、気持ちよくて、ズコバコ犯してもらいたくてたまんなくなっちゃうってぇっ……んっくぅ、んはぁっ……」
「だっからいちいちAVみてぇな煽りすんのやめろってんだよ。てめぇと違って俺はそこまで溜めてたわけじゃねぇんだぞ」
「……ゆきっちゃん、俺とまたヤんの、いや?」
 俺がなんかすっげー悲しくなって、目ぇうるうるさせて顔歪めてゆきっちゃん見上げながら、自然と締まったケツでゆきっちゃん感じて体びくびくさせてると、ゆきっちゃんははぁっ、とため息ついてから、優しく笑って俺の頭を撫でてくれた。
「しょうがねぇな。一ヶ月溜めてた上にこれが初体験なんだ、特別大サービスでお前が満足するまでとことんつきあってやら」
「ゆきっちゃぁんっ……!」
 その優しい言葉と表情に、俺の胸とケツと腰の奥はたまんなくきゅんきゅんして、思わずゆきっちゃんに抱きつきながら足を絡みつかせる。ゆきっちゃんは俺を抱き返して、俺にまたすっげぇ激しいちゅーをしてきてくれた。
 ……それから俺たちは、前から後ろから、上から下から、横から斜めから、立ちながら座りながら、向き合いながら持ち上げながら、もーマジ力尽きるまでヤってヤってヤりまくった。っつーか日曜日なのをいいことに、休憩を挟みながら一日中ヤりまくって(途中でお互い裸でいちゃいちゃしながら飯食ったりもした)、もーお互い疲れ果てて最後に一緒に風呂入って(んでまたムラムラして一発ヤって)、二人で一緒に倒れ込むみたいに同じベッドで眠りについたんだ。

「おら起きろ梶木ィッ!」
「わひゃ!?」
 いきなりベッドの布団をひっくり返されて、俺はほとんどベッドから転げ落ちながら目を覚ました。思わず目をぱちぱちさせながら顔を上げると、前に泊まりに来た時とおんなじ、スーツにエプロンってカッコのゆきっちゃんが俺を見下ろしている。
「とっとと目ぇ覚ませ。今日から学校なんだ、早めに身支度しとけ」
「へ……あ……」
 俺はしばらくぽかんとしてから、慌てて跳ね起き、ゆきっちゃんをマジ必死になって問い詰めた。
「ゆっゆきっちゃんっ、俺ら昨日ちゃんとヤったよなっ!? っつかその俺ら両想いで、これからも付き合ってくってことでいーんだよなっ!?」
「……てめぇはこの期に及んでっつーかその有様でなに抜かしてんだ。自分の体見てみろ、痕跡残りまくってんだろうが」
「マジでっ!?」
 俺は慌てて洗面所に飛び込んで、体を鏡で確認する。ゆきっちゃんの言葉はマジだった。俺の体には、それこそ体中にゆきっちゃんに吸われまくった跡が残ってたし、ケツを見てみてもこりゃ明らかに処女じゃねーなって感じに紅くなってて、広げられたこんせきもはっきりわかった。改めて幸せな感じがわーって体の奥から湧き上がってきて、俺は「ひゃっほー!」って叫びながら洗面所を飛び出しゆきっちゃんに抱きつく。ゆきっちゃんはそんな俺を押し返しながら、コイビトとは思えねーよーなクールな対応を返した。
「うっひょーゆきっちゃん愛してるぜっ、俺らマジガチでセックスしまくったんだよなっうひゃっほーっ! なーなーせっかくなんだから朝の起き抜けセックスもー一発っ」
「いい加減にしやがれボケガキが。てめぇはほんっとに人の話をまともに聞かねぇ奴だな。今日から学校だっつってんだろ」
「えーっ、せっかくこいびとどーしの初体験した翌日なんだぜー、これもうマジ休み案件じゃねーのぉっ?」
「ふざけんなタコ。教師と一緒に暮らしててサボれると思うなよ。っつーか俺と一緒に暮らしてる以上お前が留年しないでいいレベルの学力になるまでは基本家に帰ったら毎日補習だからな」
「え゛え゛え゛え゛ーっ!? ありかよんなのーっ! っつかコイビトが生徒なんだぜっ、むしろ留年バッチコイ! って思うとこじゃねーのっ!?」
「思うわけねーだろ。っつーかなお前、俺が伊達や酔狂で教師やってると思うなよ? 俺は本気で真面目に教師やってんだ、受け持った生徒が留年なんてきっぱりごめんなんだよ。きっぱりはっきり情け容赦なく言わせてもらうとだ、お前は育児放棄されてる分まともに自分を高める努力ってのを全然してねぇんだ。ガキはいつか大人になって自分で自分の食い扶持稼ぐもんなんだ、学生のうちに身に着けられる技術や知識、それに経験はしっかり身に着けとけ。そういう義務とまともに向き合わずに逃げ出すような奴を、俺は人として軽蔑する」
「う゛………」
 ゆきっちゃんに真正面からずばっとそう言われ、俺は言葉に詰まる。うううう、俺勉強とかぜってーしたくねーけど、ゆきっちゃんにケーベツされんのは絶対やだし……やりたくねーけど、死ぬほどやりたくねーけど、ちゃんと勉強すっしかねーかなぁ………。
 そんな風にしゅんとした俺に小さく肩をすくめ、ゆきっちゃんは苦笑しながら言った。
「ま……俺も教師やんのはお前が卒業するまでなんだ。そっから先就職できるように、今から勉強し直さなきゃなんねぇんだ、お前と労力は変わらねぇさ」
「えっ!!」
 俺は思わず目をむいて、ゆきっちゃんにつかみかかってしまった。スーツの上からしがみつくようにして、ゆきっちゃんを問い詰める。
「ちょ、ちょ、それどーいうこと!? ゆきっちゃんセンセーやめんの!?」
「あぁ」
「なんでっ!?」
「……そりゃ、お前と一生付き合うって決めたからに決まってんだろ。生徒とそういう関係になったってだけで教師としちゃ言語道断だし、保護者としてお前って生徒を他の生徒より優先するってのも教師としてあるべき姿とは言えねぇしな。なにより、お前のことを一生面倒見るって決めたんだ。他の生徒に目ぇ向けてる暇はねぇし、他の生徒に対しても失礼だろ、そんなの。まぁお前の保護者やるには雨上学園の教師である必要があるから、お前の卒業までは教師やるつもりではあるけどな」
「っ…………」
 俺はぼーぜんとして、ぱくぱく口を動かした。目ぇかっ開いて、拳握り締めて、ぴくぴく眉間動かして――それから、叫ぶ。
「ダメだよっ!!!」
「は?」
「ゆきっちゃんがセンセーやめんのとかダメだっ! それ、よくないっ!」
「よくないって……なに言ってんだお前」
「だって、ゆきっちゃんセンセーって仕事マジでやってんだろ!? 頑張って勉強して試験受かって、ここまで毎日勤めてたんだろ!? それやめんのダメだよ絶対っ!」
「駄目ってな、お前……なんでお前がそこまで言うんだ」
「だって俺ゆきっちゃんがどんだけいいセンセーか知ってるもんっ!」
 怒鳴ってから、俺は、なんかかーっと顔を赤くしちゃう。なんか、その、コイビトとしてどーこう、っていうのとはこーいうのまた別だから、なんか、照れくさいっつーか恥ずかしいっつーか……。
 でも、ゆきっちゃんがセンセーやめるのとか絶対ダメだし、そのためには言っとかなきゃなんないことだと思うし、ぼそぼそっとだけどなんとか顔上げて言う。
「ゆきっちゃんはさ、その、俺みてーなクソガキにも真正面から向き合ってくれてさ。いちいち最後まで放り投げないでつきあってくれてさ。そーいうのって、俺が好きだからやったことじゃねーんだろ? 単に、俺が生徒だからやってくれたんだよな?」
「……まぁ、そうだが」
「そーいうのってさ、そーいうことができるセンセーって、すっげー貴重だと思うんだ。貴重っつーか……必要だと思うんだよ。そーいうセンセーが必要な生徒って、ぜってーいると思うんだ、いつだって。それにうちのガッコって、問題のある生徒とかを引き受けたりもすんだろ? ゆきっちゃんみたいなセンセーが必要な生徒が来る可能性高いってことじゃん。なのに、ゆきっちゃんがいなくなっちゃうのってさ……俺の面倒ばっか見んのってさ……なんてかその、すげー、もったいないっつーか、しちゃいけないことだと思うんだ」
「…………」
「だから、俺はさ……俺がガッコからいなくなっても、ゆきっちゃんに、センセーやっててほしいっつーか……」
「お前の面倒朝から晩まで見なくていいのか? お前と一緒にいる時間確実に減ることになんだぞ」
「そ、そりゃ嬉しくはねーけどさ。っつか寂しいけど。でもその、俺とゆきっちゃんは一生一緒にいんだしさ。取り返せる時間いっぱいあるって思うし。コイビトにさ、自分のために一生懸けるつもりで決めた仕事辞めさせるとか、うぜー女みてーなことさせんのやだし……」
「俺が教師続けるってことは、これから先一生好みの年頃のガキどもと勤務時間中ずっと一緒にいることになんだぞ? 万一俺が他の生徒によろめいちまったらとか考えねーのか」
「えっ……か、考えたことなかったけど……そ、そんなつもりあんのっ!?」
「あるわけねーだろ。もしそうなったらって話だ」
「そ、そんなん言ったらさ、コイビト同士ったって実際いつどっちが他の人間によろめいてもおかしくねー関係だし。そんなん絶対絶対やだけど、そーいうのがやだからお互いいちゃいちゃしまくって愛深めるんだと思うし。それにゆきっちゃんはそりゃガキ好みかもしんねーけど、生徒に手ぇ出すの嫌いなんだろ? 俺がどんだけアタックしても完璧キョヒってマジ死ぬの生きるのってレベルの修羅場やって、よーやく俺のこと好きって認めたんじゃん」
「……まぁな」
「そんなんだったらさ、いちいち取られるかもってやきもきするよか、ラブラブしまくってゆきっちゃんに俺以外目ぇいかなくさせる方がこー、なんつの、ケンセツテキじゃね? そんなん心配するよか、俺は、ゆきっちゃんに教師続けてもらいたいっつーか……」
 なんか恥ずかしさがモーレツヤバい感じになってきて、最後の方なんかもじもじしちゃったけど、それでも俺が頑張って言い終える――と、ゆきっちゃんがぽん、と俺の頭に手を乗せた。
「ゆきっちゃん……?」
「……お前、エロと色恋沙汰以外にも、頭使えたんだな」
「ちょ、それっていっくらなんでもあんまりじゃね!?」
「これまでお前が俺にやってきたこと振り返ってみろ、普通の人間はお前をどーしようもねぇ脳味噌つんつるてんガキだとしか思えねぇっつーの。……俺の妻が、予想外に良妻で、嬉しいぜ」
 俺の頭をぽん、ぽんって叩きながら、ゆきっちゃんがにって、すっげー優しく笑う――とたん、俺の腰の奥から脳天にかけて、びりびりびりって電流が走って、俺はへたへたとその場に腰をついてしまった。
「おい、どした? どっか痛いとこでもできたか」
「ゆきっちゃぁん……」
「なんだよ」
「好きぃ……エッチしよーぜぇ?」
「………は?」
 俺はなんかもう半泣きになりながらゆきっちゃんを見上げる。ゆきっちゃんは、珍しくなんか困惑顔になって俺を見下ろした。
「なんだその反応。お前マジでどっか痛いとこでもあんのか?」
「そうじゃねーよぉ……ゆきっちゃんがさ、俺のこと妻っつってさ……」
「ああ……嫌だったか? 気に障ったんならすまねぇが、単にそりゃ言葉のあやっつーか、お前を女と思ってるわけじゃまったくなくてだな……」
「そーじゃねぇよ、嬉しいんだってばぁ……ゆきっちゃんがさ、一生俺と一緒にいてさ、俺をゆきっちゃんのもんだって、可愛がってエロいことしまくって毎日みてーに突っ込める相手だって思ってくれてるんだって、すげー実感してさ……幸せで、嬉しくって、泣けてきちゃって、もう体中びびびーってくらい痺れて……チンコ勃って、ケツがじぃんって疼いちゃったんだよぉ……」
「梶木………」
 ゆきっちゃんはなんか、顔をぎゅうってすっげーしかめてから、ふんと鼻を鳴らし、俺の両脇に手を入れて持ち上げる。
「それはわかったから、とりあえず飯を食え。いっくら時間に余裕見て起こしたからって、あんまりぼけっとしてたらマジ遅刻するだろうが」
「あひんっ!」
 ゆきっちゃんに触れられて、俺はびくびくって体跳ねさせる。ゆきっちゃんに触ってもらってるのが、なんかもうほんっとに触られたとこじんじんして、ぞくぞくしてたまんない。
「………お前な………」
「だってぇっ……体、ほんとに触られてるだけで、じぃんって……」
「お前マジで体どうかしちまったんじゃねぇのか。触られただけでマジで感じまくるとか………」
 ゆきっちゃんは顔をもーこれ以上ないってくらいしかめてから、でっかい声で怒鳴った。
「梶木! とりあえずしばらくは、エロいことは休日以外禁止だ!」
「え、えぇっ!? なんでぇっ!」
「お前はとりあえず生活をきっちり立て直さなきゃならねぇ! そのためにはエロと日常生活をある程度分けろ!」
「だ、だってさぁっ!」
「っつぅかな、はっきり言うが、お前感じ始めるとマジでヤバいくらいに可愛いしエロいし、相手してたら俺の方も日常生活まともに送れなくなっちまうんだよっ! 俺が大人として働くためにも、ちっとエロさを加減しろ頼むから! 俺はお前に溺れまくってまともに働きもしねぇようなクズ大人にゃなりたくねぇんだよっ」
「えっ………」
 ゆきっちゃんがそう怒鳴って初めて、俺はゆきっちゃんの顔がなんか赤いのに気づく。照れてんだ、とわかって、なんか俺の方も照れくさくなってきた。そ、そっかー、俺のことマジで溺れそうなくらい可愛いとかエロいとか思ってんだー、みたいな。
 俺を立たせてゆきっちゃんはぱぁんって尻を叩き(それがまたぞくぞくぅってしちゃうんだけど)、大声で怒鳴る。
「とにかく、とっとと服着て飯を食え! 素っ裸だと俺もマジでムラムラしてくんだよ! 服脱いでいいのは風呂とセックスしていい時間だけだ!」
「う、うん……」
「……服着たら、飯食って登校するまでは。家の中だけなら、エロいこと抜きで恋人同士がするくらいには、いちゃいちゃしてもいいからよ」
 顔を赤らめながら、でもにってすっげー優しく笑って言うゆきっちゃんに、俺はまたわーって胸がいっぱいになって、ゆきっちゃんに飛びつき抱きついた。
「ゆきっちゃんっ、大好きーっ!」
「だっから服着ろっつってんだろてめぇは!」

 それから、俺たちは、まぁそれなりに、なんのかんので仲良くやってる。
 処女ソーシツの翌日にガッコ行った時には、ジロちゃんはじめダチ連中に、大丈夫かなにがあったんだ、みたいに心配されたけど(ギャン泣きしながらガッコエスケープしたんだ、そりゃー心配するよな)、なんとか言い訳して、今では何事もなかったみたいにみんなと一緒に学校通ってる。公私のけじめはっきりつけるとかで、ゆきっちゃんと俺は基本行きも帰りも一緒じゃねーんで、一緒に暮らしてるって気づいてる奴もいねーみたい。まー、半田にはいろいろ相談に乗ってもらった恩もあるんで、一応ざっとだけど話しといたけど(なんか赤い顔ですげー感心された。あいつ自分も男いるくせにウブなんだよなー。まーたぶんあいつの男が意図的にウブに仕込んでんだな、ってのはわかってからは、俺もあんま詳しくはそーいう話しねーよーにしてるけど)。
 ゆきっちゃんの宣言通り、俺らがエロいことできんのは休日ぐらいで、それ以外の日は毎日夜遅くまで補習地獄っつー日々が続いてる。しょーじき勘弁してくれって思う時もあんだけど、まーゆきっちゃんのそーいうマジメーなセンセーだってとこも俺の好きなとこではあるんで、俺なりに頑張って毎日おベンキョーしてるつもり。
 それにその、ゆきっちゃんに保護者やってもらってんのに留年したりしたらゆきっちゃんのメンツ的にアレだろーし、ゆきっちゃんの妻としては、旦那のメンツ潰すわけにもいかねーかなーって思うしな。でへへへ……。
 なんで、俺は毎日いっしょーけんめーおベンキョしつつ、フツーに中学生しながら日々を送ってる。お袋と親父とはそれからも、やっぱり一度も会ってない。じーちゃんとも、家業継ぐわけでもない以上、これから大人になってく中でそう頻々に会ってたらじーちゃんの周りの人たちの関係上あんまりよくない、ってことで、年に一度とは言わないけど、そんなに何度もは会ってない。親権とかそーいうめんどくさい話はじーちゃんが全部やってくれるって言うから、なんか申し訳ねーなーとかも思うんだけど、そう思うんだったらとっとと一人前になれるよう気合い入れて勉強しやがれ、って怒鳴られちゃったし。
 まー、つまりそれって、じーちゃんがそんだけゆきっちゃんを信用してくれてるってことだよな。俺の家族として、苦しいこととか辛いこととかあっても、一緒に立ち向かってくれるって。俺としては、あんまそーいう面倒人に見られんのとか好きじゃないってか、気後れしちゃうとこもあんだけど……ゆきっちゃんが、『妻の面倒夫が見るのは当然だろうが』とか言って頭ぽんぽんしてくれちゃったんで、いろんなとこきゅんきゅんして反論できなくなっちゃった。
 そんな風に、毎日一緒に暮らして、平日はずっと一緒に勉強して、こっそりドキドキしながらもヤんないで溜めといて、休日に思いっきり出しまくってイチャイチャする――そんな日々を過ごしつつ、俺は、こっそりゆきっちゃんに内緒の(っつーことに一応してる)趣味を持つようになっていた。
「じーろちゃんっ!」
「ぎゃっ!」
 わっしとジロちゃんの尻をわしづかむと、ジロちゃんはそんな色気のない悲鳴を上げた。いつも通りとはいえ、そのサービス精神の足りなさに俺はやれやれとお手上げポーズでため息をつく。
「もー、ジロちゃんってば、そんな悲鳴じゃ並みの男はボッキしないぜ? 男誘うんだったらもーちょいエロさっつーか色っぽさを重視してかねーとさー」
「バッカかお前っ! 何度何度も言ってるけど、いきなり人の尻わしづかみにしといて勝手なことばっか言うなってのっ!」
 ヘッドロックかけてくるジロちゃんに、俺はいてーとかうぎゃーとか言いながらも無抵抗でされるがままになった。で、やられながら不意打ちでチンコの方をわしづかんだりして、ジロちゃんに顔を真っ赤にされながら頭を拳でぐりぐりとかもされたりする。
 こーいうのをやるのは別にジロちゃんに限ったことじゃない。ガッコのダチには基本もれなくやってる。半田とかは何気にかなり反応いいんだよなー、やっぱ男いる奴はちげーっつーか。
 まー、なんつーの? 俺も男に抱かれるようになって、エロ的欲求が男にしか向かわなくなったっつーか。男の裸とか尻とか見ててフツーにニヤつけるよーになったっつーか。こーいうセクハラ、ぶっちゃけ超楽しいんだよなー。せっかくまだちゅーがくせーなんだしさ、ガキのうちにシャレですむことは全部やっときてーっつーか。
 それじゃ以前いたずらやりまくってたのと同レベル、っつーか変わってねー……とは、俺はあんまり思ってない。俺がいたずらしまくってたのは、本当にただ面白がってただけではあるんだけど、なんていうか、後先を全然考えてなかったせいっていうのが一番でかいんだって、最近気づいたからだ。
 俺は生まれてからまともに大切にされた経験ほとんどなかったし、自分でも自分大切にしたいなんて思ったことなかった。留年しようが、退学になろうが、その時楽しけりゃそれでよかった。
 でも今は、俺と真正面からぶつかってでも、大切にしようとしてくれてる人がいるのを、俺は知ってる。人生懸けて、それこそ全身全霊で、俺と向き合ってぶつかって、俺が幸せになれるよう導こうとしてくれてる人がいるって、俺は知ってるんだ。
 だから、俺は、もう人の迷惑になることはしないって決めた。……まー、シャレですむくらいのことならその限りじゃないっつーか、笑えるレベルならちっとちょっかいかけるぐらいのことはいんじゃねっつーか、男の尻触ったり前とか胸とか揉むの楽しいっつーか、ガキ同士で触り合うのは大人の男に抱かれんのとはまた別の意味でムラムラするっつーか、そーいうのはあんだけど――
「梶木ィィッ!! てめぇ、ちょっとこっち来いっ!!」
 ――それに。この声がいつも、俺を呼んでくれるから。
「はーいっ!!」
 俺はうっきうっきした声で答えてジロちゃんに別れを告げ、とたたたーっとゆきっちゃんに駆け寄ってにっこにこ笑顔で顔を見上げる。
「なになにっ、ゆきっちゃん、俺になんか用事?」
「……ちょっと視聴覚室まで来い」
「はーいっ!」
 で、視聴覚室に入って扉を閉めるや、ゆきっちゃんはぎろっ、と俺を睨みつけた。
「梶木……てめぇ、いい加減にしとけよ。浮気したら殺すっつったよなぁ俺は、何度も何度も」
「うんっ!」
「だってのになんで同じガキ相手にセクハラかましてんだてめぇは。何度も何度も聞いてるが」
「うんっ、俺も何度も何度も言ってんじゃん。ゆきっちゃんがやきもち焼いてくれんのが嬉しーからだって!」
 満面の笑顔でそう答えると、ゆきっちゃんははーっ、とため息をついてから、俺の頭をぐりぐりしてくる。
「いだだだだ、いだいいだいいだいってゆきっちゃーんっ!」
「浮気ってとこまではいってねぇのはわかってるがな、だからって俺が心穏やかに見てられるってわけじゃねぇのは知ってんだろうが。てめぇは旦那の心を傷つけるのがそんなに楽しいってのか、あぁ?」
「いだっいだいって、傷つけんのは楽しくねーけどっ、あいだだだっ、ゆきっちゃんにあれだめだこれだめだって怒られてお仕置きされんのはっ、いでででっ、すっげー楽しいんだもんっ!」
 俺がそう言い切ると、ゆきっちゃんははーっ、とまたため息をついて、ピンと俺の鼻の頭を弾く。頭かっくんってさせてから鼻押さえて、えへへへぇって笑ってる俺に、ゆきっちゃんはやれやれって顔で言った。
「ったく、人の気も知らずに異常なくらいMっ気発揮させやがって。他のいじめてくれるSのとこにほいほいついてきやがったら殺すからな?」
「ついてかねぇよぉ……俺、ふくじゅーしてぇって思うのも、好きなだけいじめてほしいって思うのも、俺のいろんなだめなとこ怒ってお仕置きしてくれんのすっげー嬉しいって思うのも、ゆきっちゃんだけだもんっ……」
「……っとに、このクソエロガキが。他の奴には攻めっ気出すくせによ、俺に触られるとすぐトロトロになりやがる。我慢するこっちの気持ちも考えろってんだ」
「俺はいつだってオッケーなんだぜぇ……? ぶっちゃけ学校でも、っつーか今すぐケツ出せっつわれたって、俺ぜんぜんへーきっつか受け容れ準備万端だし……」
「いっつも言ってんだろうが。お前がエロと日常をきちんと分けられるようになるまでは、休日以外のセックスは禁止だ」
「はぁい……」
 俺はむーって頬を膨らませながらも、ゆきっちゃんの言葉にうなずく。実際今ヤるっつわれてもオッケーなくらいムラムラしてんのに休日までエロ禁止、ってのはだいぶ苦しいんだけど、でもその分休日になったらどっちもマジ一滴も出ねーくらいにヤりまくれるし、ゆきっちゃんもその時はすげーノリノリっつか平日のムラムラ分を俺の体に叩きつけてくれるし……それに、ゆきっちゃんがそーいう風に、俺にこれこれんとこがダメって厳しく指摘してくれんの、実はすっげー嬉しいから、ホントはそんなに嫌でもない。
 それにやっぱ、ゆきっちゃんのそーいう実はかなりガチガチにお堅いセンセーなとこって(俺がきっちり卒業して改めてつきあうまでは、って家でも名前呼ばないんだぜ。まー俺としても名前呼びは呼ぶのにも呼ばれるのにも覚悟っつか、気合いが必要なんでいんだけど……)、俺が特に好きなとこのひとつでもあるし。
 ゆきっちゃんもそれがわかってるんだろう、ちょっと苦笑して俺の頭をぽんぽんって叩いてから(それに一瞬ぞくぞくってして体びくびくってしたけど、気合で耐える)、ひょいとプリント出して俺に差し出す。
「おら、今日の課題の追加だ。俺が帰るまでにきっちり終わらせとけよ」
「うげぇ……」
「あぁん、嫌だってのか? ならしょうがねぇ、今度からこーいう課題はなしに」
「うわわやじゃないやじゃないっ! ちゃんと終わらせとくからっ、ちゃんと俺かまってくれよっ!」
 思わずどストレートに言っちゃった俺に、ゆきっちゃんはやれやれって感じの優しい苦笑を向けてから、ぽんと背中を叩いて俺を送り出す。
「心配すんなって。お前が全力で俺にぶつかってくんなら、俺も全力でお前のことかまってやるから。だからやることちゃんとやってこい」
 背中叩かれて俺はまたゾクゾクビクビクしちゃったんだけど、ゆきっちゃんの俺のこと当たり前みたいに信じてる顔に、気合いで体抑えて「うんっ!」と答えて駆け出す。俺もゆきっちゃんの想いに応えるって決めたから、好きって気持ちに溺れちゃうなんてのは絶対嫌なんだ。俺がダチ連中にセクハラしてんのは、そういうのを発散する気持ちもちょっとあるくらいで。
 だから、いつもみたいに、視聴覚室出て行く前に、俺はゆきっちゃんを振り返って、満面の笑顔でこう言った。
「愛してるぜっ、ゆきっちゃーんっ!」
「おう」
 ゆきっちゃんがそれに堂々と笑顔で答えてくれたから、俺は心と体に燃料注入されたみたいな気持ちになって、全力で外へと駆け出したんだ。

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