この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。




女郎花が唄う頃
「おい、そこの山田次郎!」
 背後から浴びせかけられたいつものことながらすごく屈辱的な台詞に、俺はぬぐぐっと奥歯を噛み締めたが、それでも(不承不承だけど)振り向いて答えた。
「……なんすか、勅使河原先輩」
「『なんすか、勅使河原先輩』じゃねぇよったくこの山田次郎は!」
 勅使河原先輩はそのでかい体でずかずかと俺に早足で歩み寄ってきて(廊下が重みで揺れた気がした)、びしっと額を弾く。勅使河原先輩にとっては軽いスキンシップなのかもしれないけど、体鍛えてるわけでもない俺にしてみればそのデコピンは一瞬頭がくらりとするくらい強烈だった。
「てめぇ、俺が言っといた体育会の書類の処理大川に手伝ってもらったそうじゃねぇか! まったくてめぇは本当に山田次郎だな!」
「だっ、だって先輩の言ってた書類多すぎて、誰かに手伝ってもらわないと無理そうだったから……っていうか山田次郎山田次郎言うのやめてくださいってば!」
「は? なに言ってんだ、てめぇの名前山田次郎だろうが。親からもらった名前に文句つけるなんざっとにしょうがねぇなぁ山田次郎は」
「そーいう問題じゃなくて!」
「それと先輩に口答えするんじゃねぇ。いーか山田次郎、俺はてめぇに書類処理の練習をさせてやろうと思ってあの仕事任せたんだぜ? それを他人に手伝ってもらっちゃあ本末転倒じゃねぇか」
「う……それは、そう、ですけど」
「なんだぁ? 文句があるのか山田次郎! 言いたいことがあるならはっきり言ってみやがれ山田次郎!」
「………う〜〜〜っ」
 思いっきり上からでかい声で名前を連呼されて、俺の顔がかーっと赤くなる。頭の中が熱くなって、ぐるぐるして、胸がばっくんばっくんいって、言い返してやりたいのに言葉が出てこない。
 そんな俺の様子を見て、勅使河原先輩はいつも通りににやっと面白そうに笑ってきた。
「お? 泣くか、山田次郎? 学校の廊下でわんわん泣くのか中二にもなって山田次郎?」
「泣きませんよっ!!」
「おうし、それならよし。じゃ、先輩の命令を果たせなかった罪でお仕置きだな」
「……はぁっ!?」
「おらこっち来い! 雨上学園体育会伝統のお仕置きをみっちりかましてやっかんな」
「や、ちょ、せんぱ、ちょっとぉ―――っ!!!」

 俺の通う私立雨上(うじょう)学園は、中高一貫の男子校だ。名門というほどじゃないけど付属の初等部なんかもあるし、なにより部活動や生徒会活動が活発なのでここらではけっこう評判がいい。
 なので校内では生徒会、体育会、文化会、三つの勢力争い……ってほどでもないけど、議論とか予算争いとかそういうのが激しくて、深刻なものじゃなくても喧嘩騒ぎなんてのもあったりする――というのを知ったのは、俺の場合入学してすぐだった。
 なぜなら俺の従兄(名前は大川茂っていうんだけど)が生徒会の副会長だったから。茂兄ちゃんが通ってたからこの学校を薦められたんだけど、入学式が終わるやその足で生徒会室に連れてこられて、「こいつ生徒会の庶務にしますから」って言われた時、俺は茂兄ちゃんが最初からそのつもりでここを薦めたのを知った。
 兄ちゃんの卑怯者ー! と言いたくとも言えずにおろおろしてると、茂兄ちゃんはにっこり笑って言ってきた。
「まさか庶務もできないわけないよな、次郎?」
 そう言われたら俺はつい胸を張って、「できるよっ?」と言ってしまっていた。
 ……そう、俺にはそういう悪癖がある。基本的に気が小さくて優柔不断で、そのくせ見栄っ張りなもんだから頼まれたらついつい断れないっていうとこが。
 茂兄ちゃんは当然それを知ってて、ここぞという時にはそこらへんを突いてくる。結果、俺はそれに見事に引っかかり、一年から生徒会でこき使われることになってしまったわけ。
 別に部活とかなにかしたいって思ってたわけじゃないけど、一番下っ端で(一年経った今でも当然一番下っ端なんだ、役職持ってる人は一番下でも中三なんだから)こき使われてる現状には、正直けっこう思うところがあった。
 けど、それはまぁいいんだ。なんのかんの言いつつ、先輩たち親切だったし。いろいろ便宜図ってくれるし。先生たちにも親にも生徒会の手伝いしてるって受けがいいし。
 ものすごくよくないのは、半年前に出会った、この人――体育会会長にしてラグビー部主将の、勅使河原宗義(てしがわらむねよし)先輩だった。
 第一印象からしてかなり最悪だった。半年前、最初の会議でずかずか会議室に入ってきた勅使河原先輩は、ものすごくでかい声で怒鳴るように言ったんだ。
「体育会会長を拝命した、勅使河原宗義だ! 俺が会長になったからには、軟弱な文化会なんぞに予算はやらねぇからな、覚悟しとけよ!」
 俺は思わずびっくぅ! としてしまった。勅使河原先輩ってただでさえ体がでかいから威圧感があるのに、声めちゃくちゃでけぇんだもん。気の小さい俺は、そういうやかましい人というのは苦手なんだ。
 それから勅使河原先輩は会議室を見渡して、俺に目を留め(俺は思わずえっ俺!? とびくっとしてしまった)、眉を寄せて茂兄ちゃん(茂兄ちゃんは会長に順当に当選した)に言った。
「おい大川、なんだよそこのチビは。なんでこんなとこに一年坊主がいるんだ? いや制服着てても小学生にしか見えねぇけどよ」
 俺はむっかぁ、ときた。チビって。小学生って。そりゃ俺はあんまり背がでかい方じゃないけど、先輩が後輩にそーいう言い方していいのかよ?
「ああ、彼は生徒会の庶務だよ。俺の従兄だっていう縁でスカウトしたんだ。きれいな字を早く書くのがうまいから、手書きの議事録作成を任せてる」
 そう、この学校ノートPCでデータ議事録も作るんだけど、余裕があれば手書きのものも作っておくべきっていうのが伝統なんだ。データだと気軽に読めない人間がいる、とかで。
「ふーん……名前は?」
「山田次郎」
「山田次郎ぉ!?」
 勅使河原先輩は素っ頓狂な声を上げて、大声で笑い出した。
「マジかよ、山田で次郎!? そんな名前の奴マジいんだなー! いっや今時山田で次郎はねーだろ、ありえねーよフツー! うっわーマジ受ける、ぶっちゃけそこまでできすぎてると引くわー!」
 俺はがーん、とショックを受けた。名前。俺のひそかなコンプレックスの名前を、全力で馬鹿にした。
 山田次郎。このむしろ珍しいほど平凡な名前に、ガキの頃は何度も悩まされた。同級生の奴らからはからかわれるし、「山田次郎のくせに!」とか言われるし、あと特に嫌なのが学年上がった時だ。先生の中にも名簿見て名前見たら噴き出す奴とかいんだぜ? 信じられるか?
 こんな名前をつけた親を何度恨んだことか(ちなみに俺の兄弟は妹が一人。上に兄弟いないのに顔見て『この子は次郎って感じの顔』ってつけたんだぜ? マジありえねぇ)。今ではそのくらいなら笑顔でスルーできるくらいには人生経験積んでるけど、でもやっぱり平気になったわけじゃない。
 だから、真正面から全力で思いっきり馬鹿にされたのはすっげームカついて、でも先輩だから怒鳴るわけにいかないし(それにこの先輩怖いし)、うううう、とこっそり唸りながら恨みがましく勅使河原先輩を見た。
 と、なぜか勅使河原先輩は、お? という顔をした。ちょっと驚いたみたいな、意外そうな。
 それからちょっと考えて、ふふん、と面白がるような顔をして、俺にずかずかと近づいて言ったんだ。
「おい山田次郎。ケー番交換しようぜ」
「え……はぁ!?」
「ケー番だよケー番。まさか携帯持ってねーとか言わねーよな?」
「え……いや、あの、持ってます、けど……」
 うちの学校は携帯の所持可だ。授業中はもちろん電源切らないとダメだけど、休み時間ならメールも通話も迷惑にならないとこならオッケーだったりする(すごく校則緩いんだ、うち)。
「よし、ならとっとと出せよ。通信通信」
「え、あの、そーじゃなくてその……なんで、俺と……?」
 その問いに、勅使河原先輩はにやり、と嬉しそーに笑って言いやがった。
「だって『山田次郎』って名前の奴電話帳に載せてみてーじゃん?」
 ……このやろう、と俺はこっそり拳を握り締めてしまったが、相手は先輩だし、体でかいし、断ったら怒り出しそうで怖いので、渋々番号とアドレスを交換したのだった。
 もちろんかける気なんかなかったし、向こうからだってかかってこないだろうと思ってた、のに。
 先輩は何度も何度も電話をかけてきて、のみならずメールもしてきた。しかもしょっちゅう俺を呼び出した。
 体育会の用事で頻繁に俺を使って、ああだこうだと注文をつけて、そしていつの間にか俺は生徒会で体育会関係の仕事を一手に任される状態になってしまっていた。今でもまだ中二でしかないのに。
 当然ながら俺の処理能力で全部さばけるわけがなくて。俺はなんだかんだとミスをすることが多かった。
 そしてそのたびに俺は、お仕置き≠ウれるのだ。勅使河原先輩に。

「ったくよぉ、しょうがねぇなぁ山田次郎は。何度お仕置きしても覚えねーんだから」
「だ、だって……」
「お前もしかして俺にお仕置きされたくてわざとヘマしてんじゃねーの?」
「んっ……!」
 んなわけねーだろ! と叫びたかったが、ふんふん鼻歌歌って機嫌よさそうな勅使河原先輩にキレられたくないので「そーじゃ、ない、です」としか言えない臆病な俺。
「ふーん、どーだかねー」
 勅使河原先輩はニヤニヤしながら、いつものお仕置き場所に俺を連れ込む。うちの学校には体育倉庫がいくつかあるんだけど、そのうちのほとんど人が来ないっていうとこだ(体育会会長だから鍵持ってるんだよこの人。どうしてこんな人に権力与えるんだよホント……)。
 そこの巻かれて椅子ぐらいの高さになってるマットに腰かけて、勅使河原先輩はにやー、と笑って言う。
「おら。ケツ出しな」
「………うう〜………」
 やだ。すっごくやだ。ものすっげーやだ。今すぐダッシュで逃げ出したい。ていうかこの先輩殴ってやりたい。
 けど、勅使河原先輩はでかいし怖いし……それに勅使河原先輩の言う通り、俺に任された書類を一人でできなかったのは確か、だし。
 ううーやだよぅやだよぅすっげーやだよぅ、と泣きたくなりながら、俺はのろのろとベルトを解き、ズボンを下ろした。
「よーし、こっち来い」
「はい……」
 勅使河原先輩はすっげー嬉しそうに言う。なに考えてんだよこの人変態なんじゃねぇの、と悪態をつきたいがでかいし(以下略)なので、俺はのろのろと勅使河原先輩の膝の上に腹を乗せて、尻を高く上げた格好になった。
 へへ、と小さく笑い声を漏らしてから、勅使河原先輩は俺のパンツをずり下ろし、俺の尻を丸出しにして、ぱぁーん! と音がするほど思いきり、俺の尻を掌でぶっ叩いた。
「ひぎっ……!」
 思わず声が漏れる。痛い。すっげー痛い。
 丸出しにされた尻を思いっきり叩かれるんだもん、ただでさえ痛いってのに、勅使河原先輩はラグビー部の主将で校内でも一、二を争うほどの力持ちなんだ。尻がじんじんして体中がびりびりして、もう痛い痛い痛いってそんだけしか考えらんなくなる。
「おー? どーしたどーした山田次郎、まさかこのくらいで泣いてんじゃねーだろーなぁ?」
「泣いてっ……ませんっ!」
「おーよしよしいい根性だ。まだまだ終わりじゃねぇぞっ、ほーれぃ!」
 ばしーんっ!
「ぎゃっ……!」
 びしーんっ!
「あひっ……!」
 ばしっ、びしっ、ばっしーん!
「いたっ! いたっ……痛いっ……!」
 もう頭ん中からはカッコつけようとかそういうの全部吹っ飛んでた。じんじんじんじん悲鳴を上げる尻と、皮膚から腰の奥にまで響く衝撃、体と頭の中にそんだけしかなくなる。
「痛くしてんだから当たり前だろー? ほーらもう一発!」
 ばっしぃん!
「いたーいっ……!」
 先輩のごつごつした固い手。それが何度も何度も、俺の尻を叩く。数えきれないくらい、くり返し。俺の尻が壊れるんじゃないかってくらいの力で。
 びしっ、ばしっ、ばっし、びしっ。何度も痛い痛いと悲鳴を上げ続けて、俺がもはや声を出す気力もなくなってすんすんと鼻を鳴らすしかできなくなってきた頃に、ようやく勅使河原先輩は手を止めた。
「よーし、よく頑張ったじゃねぇか山田次郎」
「ひっ……、うっ……」
「お? どした泣くのか? 中二にもなって、何度もやられてる尻叩きくらいで泣くのか山田次郎?」
「泣きませんっ!」
 我ながらもー泣いてるって言っちまっていいじゃんってくらいすんすん鼻を鳴らしまくってたんだけど、ホントどこまで見栄っ張りなのか、俺はこういう風に聞かれるとこういう風に答えずにはいられない。
 すると勅使河原先輩はいつも通りににかっと嬉しそうに笑って。
「よしよし」
 そう言って俺の体を起こし、頭を撫でてくるのだ。
 さんざん叩かれて熱いくらいじんじんする尻の下には、叩いてない方の手を敷いてそっと冷やす。俺の体をその太い腕で抱え、抱きしめ、ぽんぽんと背中を叩いてくる。
 なにしたいんだよこの人って思うけど、勅使河原先輩はいっつも、俺にお仕置きしたあとは、すごく優しくしてくるんだ。
 何度も背中を叩かれ、撫で下ろされ、勅使河原先輩にぎゅってされてると、悔しいけど、ムカつくけど、もうなんか条件反射みたいになっちゃってるのか、俺はだんだん落ち着いてきてしまう。呼吸や心臓の鼓動が緩やかになってくる。そのくせなぜか、普段の羞恥心とかはどこかに吹っ飛んだままだ。
 なので潤んでいた目をごしごしと拭いて、「も、大丈夫です」とぼそぼそと言う。恥ずかしくないわけじゃないけど、それは『こんな風に情けないとこ見せちゃって恥ずかしい』って感じで、まだパンツずり下ろしたまんまなのとかはあんま気になんなくて……なんていうか、一時的に勅使河原先輩がすっげー気を許した相手みたいに思えちゃうんだ。なんでなのかよくわかんないんだけど。
 で、そう言うと勅使河原先輩は、目の前の男っぽい顔をにっかー、と笑ませて。
「そっか。よく頑張ったな、いい子だぞ山田次郎」
 そう言ってぐしゃぐしゃと俺の頭をかき回して、俺をそっと下ろす。俺は後ろを向いて、できるだけ尻に触れないようにズボンとパンツをずり上げる。
「よっし、じゃー頑張ったご褒美にジュースでもおごってやるよ! なにがいい?」
 これは時によってパンになったり飯になったりするけど、俺はいつもすん、と鼻を鳴らして素直に答えてしまう。
「……100%オレンジ」
「よっし、じゃー食堂行くか!」
「……はい」
 そんなこんなで、俺はいっつも勅使河原先輩についておごられに行っちゃうんだ。無理難題押しつけて理不尽なお仕置きしたのは勅使河原先輩なのに。俺の尻丸出しにして、まだじんじんさせるくらい叩いたのは他の誰でもない勅使河原先輩なのに。
 ホント……なんで、こんなことになってんだろう。
 考えるけど、思いつく中でその答えに一番近いのは、やっぱり『俺が勅使河原先輩のあれこれを断れなかったから』ってことなので、あー本当どーして俺っていっつもこーなんだろー、とこっそり俺はため息をつかずにはいられないのだった。

 放課後。生徒会室に行かなきゃ、と立ち上がった俺は、後ろになにかが立った、と思うやわっしと尻がわしづかまれたのに悲鳴を上げた。
「ぎゃあっ!」
「なんだよー、悲鳴出すならもっと色っぽい悲鳴出せよー」
「……てめーは中二の男にどーいう期待してんだこのっ!」
 叫んで俺は尻をつかんできた相手にヘッドロックをかける。相手はぎゃーわー叫んでばたばたしたが、こいつのどこをどうすれば動きを封じられるかはよく知っている、そのくらいで抜け出せるか。
 こいつの名前は梶木剛。みんなからは梶キングとか呼ばれてる。一年の時から同じクラスの友達なんだけど、いっつもその場のノリでとんでもないことしでかす奴で、俺はけっこう何度も被害をこうむっている。
 二学期ぐらいからいたずらをしでかす回数は減ったんだけど、その代わりにこんな風にセクハラをしてくるようになった(男子校だから当たり前だけど、男にばっかり)。なのでそのたびにこんな感じでしつけてるのだ。
「ジロちゃんって運動部に入ってるわけでもねーのにいいケツしてるよなー、なんか体操とかやってんの?」
「や・か・ま・しいっ!」
 ……その甲斐はあんまりないっぽいけど。
 なんだよんっとにいいケツって、とぷりぷりしていると、ふと気づいた。運動部に入ってないのにいいケツって、まさか、勅使河原先輩の、アレで?
 いやいやまさかいくらなんだって、と思いつつもちょっと不安になって、スリーパーホールドを解いて梶キングに訊ねてみる。こいつはAV部(オーディオビジュアル部。でもこいつはてっきりアダルトビデオ部だと思って入ったというすさまじくバカな過去を持っている)なんだけど、なぜか学校の方々に顔が広く、妙な知識もいっぱい持っているのだ。
「なー、梶キング。あのさ……まさかとは、思うけどさ。雨上学園体育会伝統のお仕置きで、ケツがでかくなるとか……ねーよな?」
「へ? なんだよその体育会でんとーのお仕置きって」
 げほげほ息を整えてからきょとんと逆に訊ねられ、う、と言葉に詰まる。なんだよ普段ならどんな話振ってもきっちり返してくるくせに、と筋違いな不満を口の中で漏らしつつ聞いた話だと注釈をつけて(脱がされるとこはぼやかして)説明する。
 と、梶キングはにやぁ、といやらしーい笑みを浮かべて言ってきやがった。
「なーんだよジロちゃーん、ウブな顔してしっかりやることやってんじゃーんこのこのぉ」
「は? って、その顔やめろムカつくっ」
「だってさーぁ。それってどー考えたって、スパンキングプレイだろ?」
「……は?」
「だからさー、SMプレイの一種っつーかさー。どー転んだってエロにしかいかねーじゃん」
「……はぁぁ!?」
 呆然とする俺の脇腹を、梶キングはにやにや笑いつつつんつん肘でつつく。
「お客さんなかなかお盛んですなぁ。で? で? 誰だよ相手、言えよ言えよ、俺とジロちゃんの仲だろ?」
「だ、だから聞いた話だっつってんだろ! 俺じゃねーってば!」
「うっそつけよー、ジロちゃんのそのケツが動かぬ証拠だぜ? ほらほらー、とっととゲロっちまえってばよー」
 だから違うっての! と叫ぼうとしたところで、ばーん、と教室の扉が開けられた。ぎょっとしてそちらの方を見る――と、予想通りといえば予想通りなんだけど、ラグビー部主将で体育会会長、つまり校内でもかなりの有名人な勅使河原先輩が、すさまじく俺様な顔で叫びやがった。
「おい山田次郎! ついてこい、俺のカッコいいとこ見せてやっからよ!」
「…………」
 とりあえず、俺ににやにやした顔を向け、人差し指と中指の間に親指を挟んだ握り拳を向けてくる梶キングは、一発蹴っておくことにした。

「だ、から勅使河原先輩っ、なんで俺がラグビー部のお手伝いしなきゃなんないんすか!」
「なーに言ってんだ山田次郎はぁ。ラグビー部だぜ? 全校内が注目してるヒーローな俺の紅白戦だぜ? 俺がちっとでも気分よく試合できるよーに、協力するのが生徒会の勤めだろーが」
 んなわけねーだろ! と思いっきり怒鳴ってやりたいが、勅使河原先輩は思いっきりハイテンションだ。これが超不機嫌になってしまうかもと思うと、びくびくドキドキしてとても断れる感じじゃない。
 ううう俺のばかー俺のばかー、と何度も唸るが、勅使河原先輩はそんな俺の様子など気づきもせず、俺をぐいぐい引っ張って第一グラウンドへ連れてきてしまった(もちろん上履きは履き替えたけど)。
 今日第一グラウンドを使えるのは確かにラグビー部で、ラグビーのユニフォームを着て、なんかボクシングのヘッドギアみたいなやつ着けた体のでかい人たちがぞろぞろと試合の準備らしきことをしている。
「ようし、山田次郎。お前はそっちで一年たちと一緒にドリンク作れ」
「は!? お、お手伝いって、まるっきり雑用じゃないっすか!」
「なーに言ってんだ、雑用ってのは一番大事なんだぜ? アスリートをスポーツに集中させるのにゃぁな、そういう目立たないとこで選手を支える役ってのが絶対必要なんだ」
「そ、りゃそうかも、しれませんけど」
 だからなんでそれを俺がやんなきゃなんないんだよー、俺は生徒会庶務でラグビー部マネージャーじゃないんだぞー……と言いたいが俺の口はぱくぱく動くだけで声が出てくれない。
 そんなことをしている間に勅使河原先輩は「頼んだぜ!」と笑顔で親指を立て、試合に出る選手の人たちのところへ行ってしまった。うううー、と唸りながらも、やっぱり「一度引き受けたんだからちゃんとやんなきゃ……」という想いが湧いてきてしまい、俺はドリンク……ていうのかなんなのか、飲み物の準備らしきことをしている一年たちのところへ向かう。
「ええと……あの。俺、勅使河原先輩に、ここ手伝うように言われたんだけど……」
 ……答えが返ってこない。え? と思いつつ、もう一度大声でくり返す。
「勅使河原先輩に、ここ手伝えって言われたんだけどっ!」
 やっぱり答えは返ってこない。ていうか、これって、確実に、意図的にシカトされてる……よな?
 ええーなんでなんで俺のが一年よりは学年上なのに、とおろおろうろうろと一年たちの周りをうろちょろする。でも一年たちはまるっきりこっちを無視して作業を続ける。
 ううう、と俺はへこみそうになったが、それでもきっと顔を上げる。俺は二年だ、こいつらより年上なんだ。それに、一方的にとはいえ一度勅使河原先輩から引き受けたんだ、ちゃんとやらなけりゃ! と自分に言い聞かせて、気合を入れてがっしと一人の一年の肩をつかんだ。
「あのさぁっ! 無視しないで、ちゃんと話聞いてほしい……ん、だけ、ど……」
 最初勢いのよかった俺の声は、ひゅるひゅると減速した。相手がすごい目でこっちを睨んでたからだ。
「あ、の……さ……」
「山田先輩って、主将のどんな弱味握ってるんすか」
 睨みながら言われた言葉に、一瞬呆けてしまった。
「……は?」
 それをきっかけにして、それこそ堰を切ったように周囲の一年たちが俺に言葉をぶつけてくる。
「いっつもいっつも勅使河原主将のこと独占して。主将は、そりゃ体育会の会長でもあるけど、それより前にラグビー部の主将なのに」
「主将はナンバーエイトでラグビー部で一番の戦力なんだから、練習も人一倍しなくちゃいけないのに。学校にいる間は山田先輩にかまってばっかりで」
「そのあと主将、一人だけで練習してるんすよ? 睡眠時間削って。アスリートに睡眠時間がどれだけ大切かわかってるんすか?」
「それだけでも問題ありすぎだってのに、部活の真っ最中にまでついてくるなんて。なに考えてるんすか、自分がなにしてるか考えたことあるんすか?」
「え……ちょ……」
 一年たちはよってたかって俺を睨みつけ、不満をぶつけてくる。俺はもうひたすらおろおろとその言葉を受け止めるしかなかった。
 だって、ちょっと待ってくれよ、俺ここに引っ張ってきたのは勅使河原先輩で、俺は来たいなんて一言も言ってなくて、っつーか来たくないって思ってたのに、それを無理やり勅使河原先輩が引っ張ってきたのに。
『……なんで俺が悪者みたいな空気になってんだよぉ……』
 俺はかなり泣きたくなってぎゅっと唇を噛み締める。実際に泣きはしないけど、勅使河原先輩に思いきり文句を言ってやりたい気持ちだった。先輩が考えなしなせいで俺が一年に因縁つけられてるんですよ! って怒鳴って殴ってやりたい……絶対できやしないけど。
 と、怒鳴り声が響いた。
「おい、一年! なにやってるっ!」
 とんでもない迫力の胴間声に、俺は(のみならず一年たちも)びっくぅと身をすくませた。グラウンドの方から体のでかい人(たぶん副主将さんだと思う)がどすどすと近づいてくる。
 その人はぎろりと一年たちを睨み回してから、「お前らこっち来い」と低く言って半泣きの一年たちをグラウンドの隅に連れて行く。俺もほとんど半泣きになってたんだけど、そこにぽんと肩が叩かれた。
「悪いな、山田。うちの主将のせいで嫌な思いさせちまって」
「あ……」
 名前までは覚えてないけど、体育会関係の仕事の時に何度か顔を合わせたことのある先輩が、苦笑を顔に浮かべて俺を見下ろしていた。
「なんつうか……勅使河原はナンバーエイトっつう重要なポジションの、才能ある選手でさ。一部じゃうちを花園まで連れてったのは勅使河原だっつぅ奴もいるくらいだから、まぁラグビーやる下級生とかにはヒーローなわけよ。だからさ……」
「はい……」
 ナンバーエイトだとか花園だとか、なにを言ってるのかよくわからないところはあったけど、なにを言いたいのかは俺にもわかった。
 つまり、あの一年たちは主将にやたらかまわれる俺に嫉妬してたんだ。……勅使河原先輩がそこまで想われるような大した人だなんてこと、考えたことなかったけど。
「まぁ気にするなよ。悪いのは勅使河原なわけだし。なんのかんのでやることやってるから、部内の雰囲気が悪くなってるわけでもないしさ。まぁ部内でいちゃつかれても困るけど、心配しないで勅使河原と……」
「いっ、いちゃつくってなんすかそれっ!」
 思わず叫ぶと、先輩はきょとんとした顔になって首を傾げてみせた。
「え……いや、だって。お前と勅使河原って……」
「別にいちゃつくとかそーいう妙なこととか全然してないっすから! ……ただ、俺が、いっつも勅使河原先輩にお仕置きされてるだけで」
「え……えぇー?」
 困惑したような声を上げて、先輩は俺に訊ねてきた。
「お仕置きって……なんで?」
「……体育会の仕事とか、やたらめったら押しつけられて。そんで、もしミスがあったらお仕置きされるんです」
「はぁ……? 仕事押しつけられるって、そんなもん断っちまえばいいだろ?」
 う、と俺は言葉に詰まる。そりゃそうだけど。そりゃそうなんだけど。ううう、断ればいいとか簡単に言える人は頼み断れない奴の気持ちなんてわかんないんだ。
「断り……きれなくて」
 それだけ言ってしょぼんとうつむく俺に、その先輩は気遣うような声をかけてきた。
「なら、別にもう帰ってもいいぞ。勅使河原には俺から言っとくから」
「いえ……一度引き受けた、ことですし。最後までちゃんと、やります」
 そう俺が首を振ると、その先輩は苦笑して言った。
「じゃあ、頼むわ。このジャグにもうドリンク入ってるから、ボトルに分けてくれ」
「はい」
 ……と言って一年たちがなんかやってたのに向き直ったのはいいんだけど、そもそもジャグってなんだろう。
 ボトルっていうのはこっちの、いかにもスポーツドリンク入れるやつっぽいのだよな……なんかもう何十本もあるんだけど。これにドリンクを入れるんだよな? ドリンク入ってるの入ってるの……ああ、このバケツみたいなやつか!
 などといろいろ戸惑うこともありつつも、俺はひたすらにボトルにドリンクを詰める作業に没頭する。早く終えて早く帰っちゃおう。なんだかグラウンドの方が騒がしいけど、そんなの気にしてる暇ない、今はとにかく作業に集中。
 ……なーんてことをやってたら、唐突に後ろから「こぉらぁ!」とでかい体に飛びつかれて「うっひゃぁ!」と叫んで飛び上がってしまった。
「うっひゃぁじゃねぇだろうっひゃぁじゃ! ったく、山田次郎てめぇ、せっかくこの試合でもスーパーヒーローっぷりを見せつけまくった俺様にどーいう態度してんだ、あぁ?」
「て、勅使河原、先輩……」
 俺はようやくそれだけ答える。どーいう態度もこーいう態度もいきなり後ろから飛びつかれたらわけわかんなくなって悲鳴ぐらいしか上げられなくなるっての!
「で、だ。どーよ山田次郎、俺のスーパープレイ見た感想は?」
「……は?」
「は? じゃねぇよ、俺お前にラグビーしてるとこ見せたことなかっただろ? どうよ、惚れ直したか?」
 俺は眉を寄せて、なに言ってんだろこの人、と思いつつ答えた。
「いえ、俺、ドリンク作りの仕事してたので見てませんけど……」
「……は?」
 勅使河原先輩が、珍しくびしっと固まった。
「や、だから、ドリンク作りの仕事してたので見てませんけ」
「はぁぁぁっ!!? んっだそりゃふざけんなよおいこらてめぇ、お前見てると思って張り切りまくった俺の気合どーしてくれんだよっ! 俺六回もトライしたんだぞ、選手の実力均等に割り振った紅白戦で六回トライってどんだけのことかわかってんのか、あぁっ!?」
「すっすすすすいませんっ!」
 俺はコメツキバッタのようにぺこぺこと謝る。んなこと言ったってドリンク作れっつったのあんたじゃんかよー! と叫びたいんだけど、すでにかなりキレキレで俺の方を睨んでくる勅使河原先輩が怖いのでひたすら頭を下げるしかない。
 はぁぁぁ、と深々と息をつきつつ勅使河原先輩は「っとに、そりゃドリンク作れっつったの俺だけどよ……」とか「あれだけ活躍してんの見てねぇとかあるか普通……」とかぶつぶつ嘆いたが、やがて気を取り直したように笑いかけてきた。
「よっし、じゃードリンクは作ったんだな? お前手作りのドリンクの味、どんなか試してみようじゃねぇか」
「え、いやドリンクはもう作ってあったんで俺ただボトルに詰めただけなんすけど」
「そーいうしょーもねぇ揚げ足取りすんじゃねぇ!」
「すっすすすすいませんっ!」
 怒鳴り声に、また俺はコメツキバッタと化した。勅使河原先輩は仏頂面をしていたが、他の選手たちがボトルを受け取っているのをちらりと見てから、にやっと笑って俺の耳に囁いてきた。
「こりゃ、お仕置きするしかねぇなぁ」
「え……」
「部活終わるまでグラウンドの外で待ってろ。部活終わったらお仕置きな。今日はもっかい紅白試合あるからよ、しっかり見てろ。今度見てねぇとか言ったらお仕置き倍な?」
「えぇぇぇえ……!?」
 俺はものすごーく抗議したかったけど、また先輩にキレられたらすっげー怖いし、なんか周りから痛い視線飛んでくるし、で逆らうことができなくて、ものすごくものすごく嫌だったけどうなずかざるをえなかった。
 ……グラウンドの外から見せられた勅使河原先輩の試合は、確かに勅使河原先輩(ラグビーのルールはさっぱりわかんなかったけどわかんないなりに)活躍してて、次々でかい人たちにタックルされるのをかわしてゴールする姿はちょっと……いや、かなり……正直にいえばすっげーってくらいカッコいいって思った、けど。
 だからって人のこと好きなように扱っていいってことにはなんないぞ、うん。と俺は一人で自分に言い聞かせた。

「おーし、ちゃんと残ってたな。感心感心」
「……一度、約束した、ことですから」
 ぶっちゃけすっげー帰りたかったけど。
 ラグビー部って(他の部もそうみたいだけど)すっげー遅くまで練習してんのな。もう外真っ暗なんですけど。もう初夏だってのに。
 とにかく陽が暮れるまでずーっとグラウンドの外で待ってた俺は、練習が終わるやずばっと素早く現れたまだユニフォーム着替えてもいない勅使河原先輩に、いつも通りにぐいぐい引っ張られていつも通りの体育倉庫に連れ込まれた。
「今日はもうここらへんにゃ誰もいねーからなー、思う存分泣き声上げていいぜ?」
「泣きませんからっ!」
 ……いや実際には泣くみたいな声上げちゃうんだろうけど、それでもやっぱりこういう風に言われるとこう言わずにはいられない俺。
 勅使河原先輩はにやり、と楽しそ〜に笑い、いつも通りに言った。
「ケツ出しな」
 ……うううう。
 そしていつも通りの時間がやってくる。びしぃ! ばしっ! ばしぃん! と尻に、腰の奥にじんじん響く強烈な衝撃。必死に堪えてもどうしたって漏れ出てしまう悲鳴。それを勅使河原先輩はさも面白そうに笑って、びしっ、ばしっとさらに勢いよく俺の尻を叩く。
 そんなゴーモンみたいな時間がしばらく過ぎて、俺がもうすんすん鼻を鳴らすしかできなくなると、先輩はいつも通りに「よぉし、よく頑張ったぞ山田次郎」と笑って俺の体を起こし、頭を撫でてくれる――
 その動きが、唐突にぴたっと止まった。
「おい……お前……」
「………?」
 なにがなんだかわからなくて、早く頭を撫でてほしくて潤んだ目で勅使河原先輩を見上げると、先輩はにやぁ、と、なんかすごいやらしい感じの笑顔を浮かべてきた。
「なーんだよ、そりゃぁよ。山田次郎、お前ボッキしてんじゃん」
「へ……えっ!?」
 勅使河原先輩の言葉が頭にようやく浸透して、ばっと股間を見下ろす、そしてかぁっと顔を熱くしてばっと両手で隠す。
 だって、本当に、なんでなのかさっぱりわかんないんだけど、俺のちんちんは、確かになんかエロいこと考えてる時みたいに、ぴんっとボッキしちゃってたからだ。
 だけど勅使河原先輩は即座にその両手を取って、引き上げ、にやにや笑いながら俺をマットの上に押し倒した。俺は半泣きになって暴れるけど、勅使河原先輩はその圧倒的な体格と腕力で、びくともせずに俺を上手に押さえ込む。
「なんだよー、気にすんなって。よーするにアレだろ、お前が俺に調教されてくれちゃったってこったろ? いーじゃん、男冥利に尽きるじゃんか。そんな悪いことしてるみてーな顔するなって」
 ばかぁぁぁ! あんたはよくても俺は全然よくないんだよぉぉ! 尻叩かれてボッキするとかそんな変態みたいな、ていうかあんたにちょ、ちょーきょーされてるとかなんての自体もー俺にとっちゃ死ぬほどありがたくないんだってばぁぁ!
 ……と言いたいんだけどこの期に及んで勅使河原先輩がキレるのが怖くて言えず(だって今日キレられたのマジ怖かったんだもん)、半泣きで目を潤ませて勅使河原先輩を睨むしかできない無力な俺。
「へへへ。お前のチンコまじまじ見たの初めてだなー……これが山田次郎のチンコかー。やっぱ中二だな、チンコも玉もつやつやピンクちゃんじゃん。お、でも一応皮は半剥けだな。ちゃんと皮剥きオナニーしてんだな、偉い偉い。大きさは体のわりにゃちょいでかいか? ま、でもガキレベルだけどな。お前のちっちゃい手でも抱え込めちまうくらいだろ」
「っ……っ」
 か、解説するなぁぁ! なに考えてんだよバカかこの人なにが楽しくてこんなことすんだよぉ!? サイテーだ変態だ絶対おかしい、こ……こんな風にまじまじなんて、友達にだって見せたことないのにっ……!
「な、お前オナニー週に何回くらいしてる? あ、それとも日に何回かって感じか? こんなピンクチンコってことはそこまでじゃねーだろ? お、なに、チンコビクビクしてきたぜ? あ、もしかしてお前言葉責めされると興奮しちゃう方? おー、先っぽにおつゆが漏れてきたぜぇ……やっぱお前Mっ気あるわ。ま、俺が開花させちまったんだろーけどな、へへへ」
「っ……っ……!」
 こ……こんにゃろう……!
「っ……ひっ……うっ……」
「あ、……なんだよ。そんな風にマジ泣きっぽく泣くの我慢されると、俺がなんか悪ぃことしてるみたいじゃん」
 困ったように言う勅使河原先輩に、あんたのやってることのどこが悪くないことなんだよと怒鳴ってやりたい。
 でも、それはできなかった。だって、怒られるの怖いし、こんなバカみたいなことでムキになってるとか思われたらみっともない。そう、だってこんなこと、やめろって怒鳴ればやめてもらえる程度の、ものすごくくだらないことでしかないんだ。
 だから、このくらいなんともないって、そう言ってやらなくちゃならないのに。
「ひっ……くっ、ぐっ……う、ひっ、うっ」
 喉が勝手にしゃくり上げて、瞳がじわぁと熱くなって、顔が変な風に歪んで。気を抜いたら泣いちゃうってくらいにどんどん、どんどん。
 なのに怒鳴ることもできない俺が、ものすごくちっぽけでみっともない存在に思えて、どうしたってしゃくり上げるのを止めることができなかった。
「あーもう……しょうがねぇなぁ、山田次郎はぁ……」
 勅使河原先輩は本当に困った、みたいな声を出して、すいっと顔を近づけてきて――
 ちゅ、ちゅ。
「……へ」
 俺は大きく目を見開いて固まった。今、俺のまぶたに、なにか触れた、よな。
 なんか、柔らかいもの。それがふにっと俺のまぶた挟むみたいに触れて、そんでなんか、俺の目に溜まった涙吸った、みたいな………。
 ていうか今勅使河原先輩、俺の目にききききき、キスっ、したよなっ!!?
 勅使河原先輩を見て目をかっ開いて口をぱくぱくさせると、勅使河原先輩はにやっと嬉しげに笑った。
「お、調子戻ってきたみたいじゃん。俺、お前の泣きそうな顔より、そーいう顔の方が好きだぜ」
「すすすすす好きって、あのそーいうことはむやみやたらに言わない方がっ」
「バーカ、今言わなくていつ言うんだよ、っとにしょーがねぇなぁ山田次郎はぁ」
「だからそーいう風にやたら名前呼ぶのやめてって……っひ」
 俺はぴっきーん、と固まった。勅使河原先輩が、唐突に俺のちんちんを触ったからだ。
 さわ、……しゅっ。勅使河原先輩の太い指が、俺のちんちんの上を滑る。その大きな手のひらで俺の竿を根元から上へ撫で上げ、先っぽでくるりと回転して、今度は指で竿を撫でる。
 玉も触る。手の中に握りこむようにしてちんちんと一緒に揉みしだき、付け根も、その先のもう尻の穴に近い張った辺りもくりくりといじる。
 さらに、竿を握って、しごく。その大きな手のひらで。太くてごつくてかさかさした指で。玉の方もうまくいじりつつ、しゅっ、しゅっと上下にしごく。裏筋も親指でしゅっしゅと力強く撫で、カリの辺りをくりくりといじり、亀頭に手のひらで先走りをぐりぐりと塗りつける。
 ――そして、そのうちのどれに感じたのかわからないうちに、俺は気持ちよくてどうにかなりそうになっていた。
「て、しがわ、らせ、んぱ」
「バッカ、こーいう時は名前で呼ぶんだよ。宗義センパイ、言ってみな?」
「む……ねよし、せん、ぱい?」
「よーし、いい子だ」
 先輩はにっと笑って、すいっと俺の顔に顔を近づけ、ちゅっと唇で唇に触れた。
 ……え、今なんか、触れた、みたいな……
 なーんて俺が考えてる間に、先輩はさらに責めを展開させていた。
「ひっう!」
「あーよしよし、体に力入れんなー、心配しなくても気持ちいいことだけしてやっからなー」
 言いながら先輩はちゅ、ちゅと俺の頬に、首筋に、喉元に、耳たぶに、耳の中にとキスをくり返す。ヤバい、ヤバいヤバいヤバい気持ちいい。もちろんその間もちんちんはすげぇ気持ちよくしごかれてるし、気持ちいいんだけど。
 先輩、なんか、ぬるぬるしたの、俺の尻の穴に塗りつけてる。
 だからなんかヤバいなんかヤバい抵抗しなきゃ、って思うんだけど体に力が入らない。先輩の体がものすごく近くにあって、体温が伝わってきて、ほっとして、俺の顔周辺のいろんなとこにキスが降ってきて、気持ちよくて、ちんちんもすげぇ気持ちよくて。
「っぅぁ、ぁ……!」
 ヤバい。なんか今、尻の穴の中に太いの入ってきた。
「あー心配すんな、指だけだから。入り口んとこで出し入れしたりこーいう風にくいくい曲げたりするだけにしとくから」
「ひぁ、ひぅ、ひっ……!」
 わ……わ、なに、なんか変だ! なんか……尻の穴いろいろいじられたら、腰の奥が、なんか、なんか……!
 ひ、ひ、と俺はひたすら喘ぐしかない。ちゅく、ぐちゅって感じに尻の穴いじられて、腰の奥がじんじん熱くなって、まだ叩かれた熱の余韻が残ってる尻もすごく熱くて、なのにぞわぞわして、先輩は尻いじりながらちんちんもしごいて、もう先っぽから我慢汁垂れまくりでくちゅくちゅくちゅって音鳴ってて、先輩の唇が俺のいろんなとこに下りてきて耳の中でちゅくちゅくって音が響いて――
「ひ……ぁぅ、ぁぅ、あ……!」
「ん、そろそろか? よっし、ラストスパートな」
 先輩の手のひらがしゅっと俺のちんちんを握る。竿に指が絡まって、すごい勢いでしごかれる。そんで小指は玉の下の方の張ってるとこ、くりくりっていじってる。ちんちんから垂れてる我慢汁のせいで、ぐちゅぐちゅってくらいに音が鳴ってる。
 先輩のもう一方の手は、俺の尻の穴いじってる。人差し指がぬちゅっぬちゅっぐちゅっ、ってすごい勢いで出入りしてる。他の指はまだ熱い俺の尻、さわさわって揉んでる。
 先輩の唇が、舌が俺の耳たぶをいじってる。それから首筋に触れた。それから一度離れて、くち、びるに――
「む……む、ぅ、ぅ……!」
「ん……む、む」
 舌が入ってきて、俺の舌とぐちゅくちゅって絡んで、ちんちんが、尻が、穴が、出し入れ、ぐちゅぐちゅって、キスしてる、舌が、指が、入って―――
 どくんどぷっどぴゅっどぷどくっどぷっどぴゅっ。

 呆然として、もう全身から思いきり力が抜けた俺の体を、勅使河原先輩はそっと優しくマットに寝かせ直した。しばらく舌で俺の口の中をかき回してから、名残惜しげにちゅっと吸って、唇が離れていく。
 体が火照って、力が入らなかった。すげぇだるいっつーか、プールに入って熱いシャワー浴びたのを何倍も強くしたみたいな感じ。すごく疲れてんだけど、ふわふわして、体が溶けそうな感じに、体の中に気持ちよさの余韻が残ってて――
「山田次郎、山田次郎」
「へ、え……?」
 俺はぼんやりした頭を巡らせて勅使河原先輩の方を見――て仰天した。先輩の手の中に、ものすごいたっぷりと白くて、ねっとりした液体がある。
 あれは匂いからしても見た感じからしても俺のよく知ってる白い液で、つまりは精液なわけで、状況から考えてお、お、お、俺の精液なわけで、それを勅使河原先輩が手の中に溜めてて、なんでかっていうとそれは。
 頭をものすごい勢いでぐるぐるさせる俺の方を見て勅使河原先輩はにやりと笑い、ひょいっと首を伸ばして、その手の中の精液をずずっとすすった。
「――――!!!」
「すっげぇ濃いな。お前あんまオナニーしてねーだろ」
 にやにやと笑って言い、ぺろりと精液の溜められていた手のひらを舐めてみせる。
 ――数秒脳味噌が固まって、それから一気に沸騰した。
「っ!」
「っ、と、おいっ!」
 俺は勅使河原先輩を突き飛ばすように跳ね起き、ばっとズボンを拾って走り出す。パンツが残っていないが、そんなの気にしてる余裕なかった。全身の力を振り絞って一瞬で体育倉庫の扉をずらし、わずかにできた隙間に身を潜り込ませて走る。
 下半身丸出しで、上半身もかなりずれてて、みっともないったらありゃしない格好だったけど、そんなのはどうでもよかった。本当にどうでもよかった。だって。
『――勅使河原先輩に遊ばれた』
 そんな言葉がわんわん頭の中に響いていた。
『勅使河原先輩に遊ばれた。いたずらされた。脱がされて、尻叩かれただけじゃなくて、ちんちん見られて、しごかれて、尻の穴に指入れられて、キスされて、そんで、イかされちゃった』
 堪えきれずに、ぼろっと涙が目からこぼれた。泣き声が情けなく喉から漏れた。頭の中がかんかん熱くて、目も熱くて、鼻も熱くて。
『俺、初めてだったのに。ちんちんああいう風に見られるのも、触られるのも、尻の穴に指入れられるのも、……キスされるのも。みんなみんな、初めてだったのに』
『先輩は慣れてて。すごい手馴れてて。絶対こういうことしまくってるんだろうなって感じで。すごく遊び半分って感じで。……俺がなに考えてるかとかどうでもよくて』
『先輩にとっては、あれって、いたずらで。遊びで。面白がりながらできちゃうことで。俺がすごく気持ちよかったこととか、ドキドキしたこととか先輩にとってはどうでもよくて。……俺のこととか、先輩はきっと、どうでもよくて』
『先輩にとって俺は、ただ遊び相手で、いじめる相手で、暇つぶしの相手ぐらいでしかなくて。俺が、俺なりに、一生懸命先輩の言いつけこなそうとしたのとか、先輩には本当、どうでも、よくて』
「ひっ、う、ひ、ぅあ、あ……」
 堪えても堪えても、喉の奥から熱いものがこぼれてくる。嫌なのに。こんなみっともないとこ見せるのとか、先輩の思う壺だろうから、絶対、絶対嫌なのに。
「ひぃああぁぅ、あぅ、うえぇぇえぇっ………!!」
『先輩は、俺が嫌いなんだ』
 その想いが一番悲しいのが、ものすごくものすごく悔しいと、俺は走り泣きしながら思った。

 その日は、夕飯食わないで部屋に閉じこもって、一晩中うじうじ泣いた。
 ――でも、翌日になったら俺は、嫌で嫌でしょうがなかったけど、やっぱり制服に着替えて学校に行っていた。だって、やっぱり体の具合別に悪くないのに休むとか、よくないと思うし。
 泣きすぎでまぶたは腫れぼったかったけど、一応授業は普通に受けた。時々ぶり返しみたいに悲しくなってきたのは、トイレに駆け込んで拳を噛んで堪えた。
 友達とはあんまり元気に喋る根性はなかったけど、一応普通に話した。……梶キングがなんかこっち見て妙な『俺はちゃんとわかってるぜ』的顔してうんうんうなずくのにはムカついたけど、それでも気を遣ってくれてるのか、なんも聞いてきたりはしなかったし。
 授業が終わって、放課後。俺は茂兄ちゃんにメールを打った。
『もう、生徒会辞めるから』
 それだけのメール。でも、意思は伝わるはずだ。これで生徒会から離れれば、勅使河原先輩だって俺にかまう理由はなくなる。もう、関わらなくてすむんだ。
 心の中の悲しいとか、寂しいとか、そーいう気持ちは心の隅っこに蹴り飛ばす。
 ……だって、あの人は、俺のこと嫌いなんだから。
 これ以上関わったって、なんにもいいことないじゃないか。
 そしてとっとと昇降口に向かう。茂兄ちゃんは特進クラスだから、今も授業中。俺の送ったメールを読む頃にはもう学校を出てる。そうして逃げて、ごまかしきれば、茂兄ちゃんだってしつこく引き留めはしないはずだ。
 ――なーんて俺の目論見は、昇降口の前に茂兄ちゃんが立っているのを見つけて霧散した。
「よ、次郎」
 茂兄ちゃんは軽く手を振って、俺の方に歩み寄ってくる。その顔はすごくいつも通りに平然としてた。ていうか、茂兄ちゃんが慌てたところとか驚いたところとかほとんど見たことないけど。
「……茂兄ちゃん、今授業中じゃ……」
「抜けてきた。俺はなにせ優等生な上生徒会長さまだからな、具合が悪くなったってしおらしげに申し出れば先生たちも止めない」
「なんで、ここに……」
「あんなメール送っといて言うことか?」
「えっ、だって俺メール送った時まだ授業中」
「俺は授業中でもメールの着信だけはチェックしとく主義でね。ま、重要人物からのに限るけど」
「……校則違反じゃん」
「俺は法律というものは相互の善意のもとに緩やかに施行されるのがベストだと考えている」
「意味わかんない……」
 そんなやり取りののち、茂兄ちゃんはさらりと言った。
「なんで生徒会、やめるんだ?」
 俺は言葉に詰まった。だってなんて言えばいい? 結局俺が生徒会辞めたいのは、俺に勅使河原先輩に対抗する根性がないっていう情けない理由のせいでしかないのに。
 そう、単に俺が弱いだけ――なんだけど、心の底の方には『誰だってあんな風にされたら辞めたくなるよ』なんていううじうじした弱音があって、『好きで辞めるわけじゃないのに理不尽だ』っていう不満があって、俺はついぽろっと愚痴るように漏らしてしまっていた。
「……だって」
「ん?」
 茂兄ちゃんは顔を近づけて、俺と視線を合わせて聞いてくる。俺を見るその瞳は、優しくて、柔らかかった。
 ……茂兄ちゃんは時々横暴だけど、基本的には優しいんだ。俺の本当に嫌なことは、絶対やらない。それで、いつも俺の味方になってくれるんだ。昔から、いっつもそうだった。
 だから、茂兄ちゃんのその優しい「ん?」に背中を押されて、少しうつむきながら呟くように答えた。
「だって、勅使河原先輩にいじめられるんだもん……」
 そう言うと、茂兄ちゃんは驚いたような顔をした。
「勅使河原が?」
「うん……」
「……具体的に、どんな風に?」
 う、とまた言葉に詰まる。あんなこと、絶対言えるわけないじゃないか。勅使河原先輩にはただの遊びでしかなかったんだろうけど、少なくとも俺には人生で一、二を争うくらい大変なことなんだから。
 恥ずかしくて顔が熱くて、まともに口も開けない俺を、茂兄ちゃんはしばし見つめて、さらっと言ってくれた。
「……言いたくないようなことなのか?」
「…………」
 口に出しては答えられなかったけど、俺はこくんとうなずいた。本当、茂兄ちゃんはいっつも察しがいい。
 そんな俺の反応に、茂兄ちゃんはふ、と息を吐いて、ため息をついた。なんか、すごくしょうもなさそうな顔で。
「勅使河原の奴、バカだからなぁ……」
「…………」
 バカにも限度ってもんがあるよ絶対。
「あいつも次郎に嫌われたかったわけじゃないだろうに、んっとに恋愛ベタっつーか相手が中二なこと考えろっつーの。好意=エロって結びつかない子もいるんだぞ、そこらへんのことぐらい見分けやがれってんだよあの脳筋が」
「え……なに?」
 小声でぼそぼそ呟かれてよく聞こえなかったんで聞き返したんだけど、茂兄ちゃんはさらっと「なんでもないよ」と笑ってから、真面目な顔になってまた俺と視線を合わせ、言った。
「なぁ、次郎」
「……なに?」
「なんで俺がお前を生徒会に誘ったか、わかるか?」
「へ……パシリがほしかったんじゃないの?」
 従兄権限で雑用一人確保って感じだったじゃん。
 でも、茂兄ちゃんは俺の言葉に、真面目な顔で首を横に振った。
「違うよ。ひとつにはお前を生徒会にほしいと思ったから」
「え」
「お前周りによく気がつくし、字を早くきれいに書くのうまいし。それにすごく責任感が強いだろ? 一度引き受けたことはなんとしてもやり遂げる意志の強さがある。今から生徒会の仕事に触れさせていけば、将来的には生徒会を背負って立つ人材になれると思ったんだ。まぁ今もすごく役に立ってくれてるけどな」
「え……マジで……?」
「マジだって」
 にっこり笑う茂兄ちゃんに、思わず心臓がとくとく高鳴る。どうしよう嬉しい、俺こんなに褒められたの生まれて初めてかも。茂兄ちゃん、俺のことそんな風に思ってたんだ……。
「で、もうひとつは、お前が今のままじゃまずいと思ったから」
「え」
 目をぱちぱちさせた俺に、茂兄ちゃんはずばっと言った。
「お前、気弱いだろ」
「う」
「んで、優柔不断だよな」
「ぐ」
「そのくせ見栄っ張りだからそれ隠すし。そのせいで相手の頼み断れないで受けちゃうこと多いよな」
「うぐ……」
「そのくせ根が真面目だからどれもこれもきちんとやっちゃって。俺はお前のそういうとこ好きだし、買ってるけど、断るべきところで頼みを断れないのはまずいだろ? 相手のためにもならないしさ」
「うん……」
 いちいちごもっとも……。そういう風に淡々と言われると、俺の駄目なとこが客観的によくわかって落ち込む……。
 でも、茂兄ちゃんはにか、と明るい笑顔を浮かべて言った。
「で、生徒会っていうのは生徒と教師の間の緩衝材的な役割がメインだからな。生徒や教師と交渉する仕事が多いわけだ」
「……うん」
「相手の言い分を聞きつつも、締めるところは締めてこっちの考えを通す。そういう仕事ってのは、お前にとっていい練習になると思ったんだよ。今のとこあんまり改善されてないけど」
「茂兄ちゃん……」
 そこまで、俺のこと考えてくれてたんだ……。
「勅使河原の、そのいじめって、お前がちゃんと断れたら起こらないってことはないか?」
「う……」
 反論できない、かも。
 うつむく俺に、茂兄ちゃんは優しい声で言ってくる。俺をちゃんと見て、気遣いながら言ってくれてるのがわかる声で。
「だからさ、次郎。お前がどうしても我慢できないっていうんなら仕方ないけどさ。今回のこと、いい機会だと、練習だと思って、もうちょっとだけ頑張ってみないか?」
「…………」
 俺はこくん、とうなずく。口に出してどうこうは言えなかったけど。
 でも、茂兄ちゃんは笑って、「よし」と頭を撫でてくれた。その暖かい手に、俺はついガキみたいにえへへ、と笑ってしまう。
 俺、兄ちゃんいないけど。茂兄ちゃんは、すっごくいい兄ちゃんしてくれてる、と思う。
「おい、大川!」
 条件反射で体がびっくぅっとする。おそるおそる声のした方を向く。やっぱり、勅使河原先輩だ。
 勅使河原先輩は相当に不機嫌な、っていうかもうこの人こっち殺す気じゃないのってくらいの顔でこっちを睨み、ずかずかと歩み寄ってきた。茂兄ちゃんを睨み下ろし、ふんと鼻を鳴らして言う。
「おい大川、なにやってんだよ、お前生徒会会長だろーが、あぁ? こんなとこで油売ってるほど暇じゃねーだろ、とっとと生徒会室行きやがれ」
 勅使河原先輩は俺の方を見てるわけじゃない。でも本当にすさまじくすさまじく不機嫌です、という顔で茂兄ちゃんを睨んでいるので、俺は恐怖でぴきーんと固まって兄ちゃんを見上げちゃったんだけど、兄ちゃんは俺に「大丈夫」と笑いかけ、勅使河原先輩を鋭い目で睨み返した。
「生徒会は今日は休みなんだ。差し迫った議題もないからな」
「職務怠慢だな。ンな奴が生徒会長なんざ、雨上学園の恥って言われんじゃねーの」
「もう部活の時間なのにこんなところでサボってるラグビー部の主将に言われたくないな」
「っ……」
 反論できなくなったのか、勅使河原先輩はぐっと言葉に詰まったかと思うと、今度はその不機嫌な顔のまんまで俺の方を睨んできた。硬直している俺にかまわず、ずけずけと苛立たしげに言う。
「おい、山田次郎。お前、なんでこんな奴と話してんだよ。てめぇが話さなきゃなんねぇのは」
「俺の従兄をお前なんぞにてめぇ呼ばわりされる覚えはないな」
 すいっ、と茂兄ちゃんが勅使河原先輩の視線を遮ってくれた。ほぅっ、と思わず息をつく俺に腹を立てたのかどうなのか、勅使河原先輩はがすがすと床に蹴りを入れながら怒鳴る。
「てめぇは引っ込んでろ! 俺は山田次郎と話してんだよ。っつか、てめぇは山田次郎のなんなんだっつーの、なんでいちいちこいつと話すのにくちばし突っ込まれなきゃなんねーんだよ!」
「それはこちらの台詞だな。俺と次郎が話しているところに割り込んできたのはそっちだ。次郎は俺の大切な従兄だし、有能な生徒会庶務だ。話もするしひどい扱いをされていれば抗議もするさ。それのなにが悪い?」
 ばん! と音を立てて勅使河原先輩が廊下の壁を叩く。茂兄ちゃんの背中に隠れてるからまだ大丈夫だけど、これって、勅使河原先輩、マジ切れしてないか……? 声だけでもーすっげー怖いんだけど……うぅぅ。
「……っからってなぁ! んな、いちゃいちゃ、べたべた、明らかにおかしーだろっつーの! ただの従兄だったらあんな風に」
 なのに、茂兄ちゃんはそんな勅使河原先輩に微塵も動揺しないできっぱり言う。
「言わなかったか、次郎は俺の大切な¥]兄だ。親しい人間にスキンシップを取ってなにか悪いことがあるか? もちろん――相手に嫌がられるようなスキンシップは言語道断だがな」
「………っ!!」
 勅使河原先輩はだんっ、と足を踏み鳴らしてこちらに近づき、ぐいっと茂兄ちゃんの胸倉をつかんだ。
 俺は思わずひ、と声を漏らしてその場にしゃがみこむ。殴られる、と思った。胸倉をつかまれてるのは茂兄ちゃんだけど、勅使河原先輩のマジな敵意みたいなのがすごく怖かったし、それに――勅使河原先輩は俺のことが、嫌いなんだから。
 しゃがみこんで、頭を抱え込んで小さくなって、ひたすら息を殺して脅威が過ぎ去るのを待つ――と、息を呑むような音がして、ばっと人の体を振り払うような音が続いた。え、と顔を上げると、勅使河原先輩はばっと茂兄ちゃんの胸倉を放し、ずかずかと(後姿からすごい勢いで敵意とか怒気とか発散しながら)こちらに背を向け去っていく。
「まったく、しょうがないな、あいつは」
 そんなしょうもなげな声にはっとして、俺は茂兄ちゃんに向き直る。
「茂兄ちゃん、大丈夫……?」
「ああ、大丈夫大丈夫。あいつとはこれでも付き合い長いから、大体考えてることは読めるんだ。ったく……高三にもなって小学生並みだな、あいつ」
 いかにもばかばかしそうな茂兄ちゃんにこくんとうなずいた――けど、俺は勅使河原先輩の去っていった方をちらちらと何度も気にしてしまっていた。
 勅使河原先輩は俺のことが嫌いなわけだし、俺が勅使河原先輩を気にしなくちゃならない理由なんてない。だけど、なんていうか、妙な話だけど、なぜか可哀想な気分になっちゃったんだ。
 それこそ先生に叱られた小学生みたいに、勅使河原先輩がおっきな体でしょぼーんとしてるの見てたら、なんか、悪いことしちゃったような、慰めてあげたいような、そんな――
 と、そこまで考えて俺はぶるぶると首を振る。なに考えてんだ俺、これまでさんざんいじめられといて、言うことじゃないだろ、そんなの。

「……ほんっとに、あんなこと言うんじゃなかった」
 いや、言ってないんだけど、考えただけでもものすごく損した気分だ。
「お? なんか言ったか、山田次郎?」
「……いえ、なんでもありません」
 俺はできるだけ冷たく、隙のない口調で言ってやった。勅使河原先輩に、少しでもつけこまれたくなかったからだ。
 勅使河原先輩は一瞬眉を寄せたけど、すぐに笑顔になって俺を部屋の中に案内した。そこは体育会室っつって、まぁ体育会関係の書類やなんかを集めてある場所なんだけど――勅使河原先輩の体の隙間から見えただけでも想像できた通り、そこにはそれこそ山のような書類が雑然と積み上げてある。
「じゃ、頼むぜ。これ、全部データ化しといてくれよな」
「…………」
 俺は(もうすでに話は聞いていたから驚きはしなかったものの)、一瞬かなり本気で勅使河原先輩に殺意を抱いた。データ化って。こんなうず高く積まれた書類を、全部データ化って。普通に考えて数ヶ月仕事じゃないか、これ。
 そんな仕事をさらっと平然と頼んでくるだけでもかなり腹が立つんだけど、そもそも、俺は生徒会庶務であって体育会役員じゃないんだから、こんな仕事まるっきり管轄違いだと思うんだけど。
 そう言ってやりたいという想いを込めて、こっそりと勅使河原先輩を見上げる――けど、俺は結局のろのろと顔をうつむかせてしまった。
 勅使河原先輩がすごい顔で生徒会室にやってきたのは、茂兄ちゃんと勅使河原先輩が激突した翌日だった。見上げるほどでかい体を今にも殴りかかってくるんじゃないかってくらい震わせて、生徒会長用の机にばんっと手をついて、ほとんど喧嘩売るような調子で言ったんだ。
「生徒会から庶務を一人よこしてもらおうか」
 茂兄ちゃんは眉をちょっと寄せただけで、怯える俺たちも気にせず平然と答えた。
「なんのために? そもそも生徒会は生徒間の統一意思に従って運営される生徒たちの代表機関で、雑用係じゃないんだが」
「体育会の仕事だ。借りは別のところで返す。だったら文句ねぇだろ」
「最初の質問にまだ答えてないぞ。なんのために生徒会庶務が必要なんだ?」
「体育会の書類データ化してもらいてーんだよ。しろしろってうるさく言われてっけど、俺らは体使うのが本業だからパソコン関係強ぇ奴いねぇからな」
「学生の本分はどんな学生であれ学業だろうが……言いたいことはわかった」
 銀縁眼鏡をくいっと押し上げて、茂兄ちゃんはじろりと勅使河原先輩を見上げる。
「ところで、我が生徒会には現在庶務が一人しかいないんだが……お前はその人間がほしい、というわけか?」
 む、と勅使河原先輩はちょっと唇をひん曲げたけど、すぐに胸を張ってきた。
「庶務が一人しかいねーんだったらしょーがねーだろ。役員を引っ張ってくるわけにゃーいかねーからな! けど、この仕事は生徒会にだって重要な仕事だろ。断るっつーんだったら間違いなく、職務怠慢ってことになるよなぁ!」
「……なるほど」
 ふん、と肩をすくめてから、茂兄ちゃんはちろり、と勅使河原先輩が入ってきた時からびくびくしていた俺に視線をやった。
「そういうことなら、その庶務と直接交渉してくれ。生徒会ってのは基本ボランティアなんだ、本人の意思に反した活動をさせるわけにはいかないからな」
「おう、交渉してやろうじゃねぇか!」
 意気揚々、を絵に描いたような顔になって、勅使河原先輩はずかずかと俺の椅子の前にまでやってくる。それからぐいっと顔を近づけてきて、満面の笑顔で言ってきた。
「なぁ山田次郎、やってくれるよな? もうよ、体育会室書類で満杯なんだわ。とっとと始末しとかねぇといろいろ面倒でよ、頼むわ! なんでも好きなもんおごってやっから!」
 ぱんっ、と両手を合わせて頭を下げてくる勅使河原先輩。勅使河原先輩にしては、珍しいぐらいの腰の低さだ、けど。
「…………」
 当然ながら、俺はこの話を受けたいなんて微塵も思ってなかった。大量に積み上げられた書類のデータ化なんてひたすらに手間と時間のかかる単純作業、いっくら普段してる仕事も雑用がほとんどだからってやりたいわけがない。
 それに、腰が低いっていったってそれはこの人にしちゃの話で、やっぱり上から目線には違いない。書類をデータ化する手間とか絶対考えてないよこの人。っていうか知らないんじゃないか? 昔の書類なんてオール手書きなんだから全部ちまちまキーボード打ってくしかないってのに。
 それより、なにより。……この人、俺のこと、嫌いじゃないか。
 初めっから俺に意地悪ばっかして。俺のこと気遣おうとか、全然思ってなくて。ただ適当に遊んで、いたぶって、使い倒せばいいと思ってて。
 なにより、この前のことを数日経っても全然、謝ろうともしないってことは、そもそもそういうのが悪いとか、全然思ってないってことで。
 俺はきっと勅使河原先輩を睨み上げた。俺だっていつまでもこの人の思うばっかりになってなんてない。茂兄ちゃんにも迷惑かけたくない。嫌なことは嫌だって、俺のこと嫌いな人に好きなように扱われたくなんてないってちゃんと言うんだ――
 という気概というか気合みたいなものは、勅使河原先輩と目が合った瞬間にしゅるしゅるるーと萎えた。
 だって、怖い。マジ怖い。勅使河原先輩、なんかすっごい顔して俺の方睨んでんだもん。それこそ俺のこと視線で射殺そうとか撃ち殺そうとかしてんじゃないかってくらい、奥歯ぎりぎりって噛みしめて目ぇかっ開いて俺の顔睨んでる。
 俺はひっ、と思わず固まって、ちゃんと言ってやるんだ―とかいう決意みたいなもの全部吹っ飛んで、怖い怖い怖いって気持ちでいっぱいになって、断ったらなにされんだろう絶対因縁とかつけられるこの前よりもっとむちゃくちゃなことされるかもしれないって妄想がばーって広がって。
「わ……か、り、まし、た………」
 とか、答えてしまっていた。
 とたん、勅使河原先輩は満面の笑顔になって。
「そーかそーか、そりゃそーだよなぁ山田次郎、お前が俺のお願い断るわきゃねーよなぁ! よっしじゃー今から行こうぜすぐ行こうぜ、そんでその仕事が終わるまではずっと体育会室の方に直接来いよな。それでいいよな、生徒会長サマ?」
「……ま、次郎がそれでいいって言うんならな、俺としては文句をつけるところはない。本当にそれでいい、っていうんならな」
「なんだよ。なんか文句あんのか、あぁ?」
「ないって言ってるだろうが。本人がいいと言うならな」
 おそるおそる茂兄ちゃんの方を見た俺は、厳しい目で見られながらそういうことを言われて、がっくりとうなだれてしまった。自分で断れない以上、他の人間に助けを求めるのはわがままというもの。一度引き受けた以上、最後まできっちりやらなきゃ無責任。茂兄ちゃんがしっかりそういうルールを守って、助けなんかは出さないぞ、って思ってるのが伝わってきたからだ。
 そんで、俺も、実際問題、自分で断れずに引き受けちゃった以上そうしないと駄目だって思ったから、体育会室までやってきて、ごちゃごちゃした書類の中に一揃えだけあった机とノーパソの前の椅子に座ったのだった。
「んじゃ、俺、部活行ってくっから。また部活後にな」
「え……」
 ていうか、部活後にまた会うわけ? つまり日が暮れて下校時間もうとっくに過ぎた後までこの人待ってろって?
 なんだそりゃいっくらなんだって理不尽すぎだろ、と言いかけたけど、勅使河原先輩はなんかこっちすごい目で睨んでるし、それにこれだけ仕事大量にあるんだから、残業(ボランティアだけどさ)してでもちょっとでも早く片付けるっていうのが筋かな、という気もしてしまったので、結局「……はい」とうなずいてしまった。
 そしたらなぜか勅使河原先輩はすっげー嬉しそうににっかー、と笑って、「そーかそーかお前もそんっなに俺に会いたいかー!」とか言いながらばしばしと俺の背中を叩いた。痛い痛い痛い! と叫びたいのを、きゅっと唇を噛んで我慢する。
「そんじゃーなっ、部活終わったら即行迎えにくっから!」
 言ってずかずかと出て行く勅使河原先輩を見送って、俺ははぁ、とため息をついた。迎えにって、もしかして一緒に帰る、ってことだろうか。やだなぁ。どんな理不尽なこと言いつけられるかわかんないし、それになんていうか……自分のこと嫌いな人と一緒にいるのって、嬉しくないよ。
 はぁ、ともう一度ため息をついてから俺は手近にある書類を取って、ノーパソに向き直った。考えただけで気が遠くなるような量の仕事だけど、それでもやり始めないと終わりようがない。

 暗くなってきたら電気をつけて、目をしょぼしょぼさせながらひたすらデータを打ち込んで。いい加減頭がくらくらしてきた頃、ばーんと音を立てて部屋の扉が開いた。
「おう山田次郎、ちゃんと仕事やってっかぁっ!」
「……はい」
 俺は短く答えて、やりかけていたデータを打ち込み終えてから保存し、ノーパソの電源を落とした。勅使河原先輩がやってきたんだから、もう帰ってもいいっていうことなんだろうって思ったからだ。
「どーだよ山田次郎、どんだけ進んだ? とりあえず山一つくらいは終わったんだろーなぁ?」
「……とりあえず、ここからここまで」
「はぁ!? せっかく部屋まで用意してやったのにそんだけって、どーいうこったよ!? こりゃーやっぱ、先輩としてお仕置きしてやんなきゃなんねーなぁ」
「…………」
 やっぱりか。
 この人お仕置き大好きだもんな。すっげー嬉しそうに俺の尻叩いてたもんな。たぶん最初っからそのつもりで俺にこの仕事やらせたんだ。どこまでできたかとか関係なしに。ただ、自分が俺のこといじめたいから。
 そう思うと、俺はなんだか、すぅっと体の力が抜けてしまった。
「……どこでやるんですか」
「へ?」
「お仕置き。どこでやるんですか」
「お、おう、そーだな……ここでもいいんじゃねーか? 鍵かかるし、もうこの時間なら校舎に残ってる奴いねーだろ」
「…………」
 まだデータ化してない書類が汚れるとか、そーいうことは考えてくれないわけな。
 俺が黙って先輩を見つめていると、先輩はなぜか居心地悪げに身じろぎして、それから笑顔になっていつも通りに座った。今回は体育会室付属の椅子に。
「よぅし、ケツ出してこっち来い。優しー先輩がちゃーんとお仕置きしてやっからなっ」
「…………」
 俺はもう肩をすくめもせず、ベルトを外して、ズボンを脱いで、先輩の膝に体をもたせかけた。いつも通りに。
 もうどうでもいいから、早く終わってほしかった。俺がなに言ったって、どういう反応したって、この人は俺のこといじめるんだろうし。
 だってこの人、俺のこと嫌いなんだもん。
 すぅっと冷える胸を抱えて、俺は勅使河原先輩の尻叩きに耐えた。もういい、どうでもいい。反抗する気力、湧かなくなっちゃった。抵抗するの、面倒くさい。
 だってこの人は俺が嫌いで。俺のことなんていじめられさえすりゃいい存在だって思ってて。
 俺がちょっとでも先輩に応えようとか、ミスしないようにしようとか、ちゃんとしなくちゃって頑張ってるのとか、本当に、どうでも。
「お、おい……!? なに泣いてんだよ!?」
「え」
 言われて初めて、俺は両目からほたほたと涙をこぼしているのに気がついた。なにやってんだ。なに泣いてんだ、俺。こんな人の前で泣いたってどうしようもないのに。こんな、みっともない、恥ずかしい、馬鹿馬鹿しい。
 そう思って必死に拭うのに、涙は止まってくれなかった。う、う、と嗚咽があとからあとから漏れ出る。両手を使って涙を拭いながら、子供みたいに泣きじゃくった。
(……だって)
 俺、半年以上、ずーっとこの人にいじめられてきたけど。偉そうで理不尽でむちゃくちゃな人だってのはよくわかってたんだけど。
(それでも、先輩は。最後には、必ず)
『頑張ったな』って、頭撫でてくれたんだ。『ご褒美だ』ってなんかおごってくれたんだ。
 この人にとってはただの気まぐれなんだろうけど、俺にとってはそれは、俺のこと、いっつも周りの言うこと断れなくて始終泣きそうになりながら必死に仕事片付けてる俺のこと、頑張ったなって、よくやったなって言ってくれてるみたいに思えて。
(……でも、違うんだ)
 この人にとって俺って、本当にただのおもちゃなんだ。好き勝手に扱って、あとは放り出していいようなもんなんだ。人間扱いなんて、最初っからしてなかったんだ。
 そう思ったら、腹が立って、腹が立って、腹が立ったんだけど、それより早く目の奥がつんてして、体の力が抜けて、もう、もう。
「お、おい、どうしたんだよ……お前、なんかあったのか? なんかあんなら相談乗るぜ?」
 珍しく少し慌てたような、もっと言うとおろおろしたような口調で、勅使河原先輩が俺の背中を撫で下ろす。なに言ってんだこの人、と場違いにも少しおかしくなった。
 それからものすごく馬鹿馬鹿しくなった。この人にとって、俺って、なにしても自分にとって面白い反応しかしないおもちゃなんだな。怒ったり本気で泣いたりするような人間≠カゃそもそもないんだ。
「なんでも、ないです。……放してください」
「え、放せって、お前……」
「もう、お仕置き終わったんですよね? だったら俺、帰りますから」
 言って俺は身支度を始める。ズボンを上げて、ベルトを締めて、鞄を持って。部屋を出ようとすると、勅使河原先輩はその強い力で俺の腕をつかんだ。
「待てよ!」
「……なんですか」
 勅使河原先輩、なんかすごい目で俺の方睨んでる。普段なら震え上がってただろうけど、俺は心のどっかが麻痺しちゃったみたいに勅使河原先輩を見返した。『だってこの人俺のことどうでもいいんじゃん』って思ったら、なんかまともな反応するのが馬鹿馬鹿しくなっちゃったっていうか。
 勅使河原先輩はちょっと気圧されたみたいに身を引いたけど、すぐにまた身を乗り出して俺を睨みつけてくる。
「お前、俺になんか言いたいことあるんだろ!?」
「……は?」
「なんか、お前普段のお前じゃねぇし。なんか、すげぇ怒ってるみてぇだし! 俺にムカつくことがあるんだったらはっきり言えよ、男だろ、お前!?」
 俺は一瞬呆然とした。なに言ってんの、この人。
 はっきり言えもなにも、言えないようにずっと威嚇してたの先輩じゃん。お仕置きだなんだってのでこっち脅しつけて。いっつも偉そうに俺に命令して。そんで好き勝手におもちゃにして。俺が嫌だとか、いいとか、言う暇もなく、どんどん、勝手に――
 と思ったら、頭の中が一気に沸騰した。
「俺に言いたいこと言わせてくれなかったの、先輩じゃないですか!」
「っ、と!」
 俺は半ばつかみかかるようにして先輩に突撃した。先輩はそのでかい体でうまいこと俺の力を受け止めて、押さえ込もうとする。
「なんで俺だよ! 言いたいこと自分できっちり言うのなんざ、ガキでも自分でできるこったろーが!」
「えぇ俺はガキ以下ですよすいませんね! 先輩が体でかいとか、態度怖いとかでびくびくして、殴られるんじゃないか痛めつけられるんじゃないかって怖くてしょうがなかった臆病者ですよ!」
「……は!? って、ちょ、待てよ、おま」
「それでも俺なりに必死に、怖いけど頼まれた仕事なんだからちゃんとやんなきゃとか、頼まれたことちゃんとできなかったんだからしょうがないとか、そういう風に思って、お仕置き、されても、我慢してぇっ……!」
 俺はぼたぼた涙をこぼしながら、勅使河原先輩の胸をぽかぽか叩く。勅使河原先輩が困った顔してるのはわかってたけど、涙も腕も止まらなかった。
「ちゃんと言わなきゃって、断らなきゃって思って、でも大声出されたり、殴るみたいな素振りされるたびにびくってして、声出なくなって、頭の中かーってしてどうすればいいかもわかんなくなって、なんにも、なんにも言えなく、なって」
「……や……」
「先輩が、俺のこと、おもちゃで、どう扱ってもいい奴って思ってるのわかって、悔しくて……っ、悲し、くてっ、一晩中、泣くような、弱くて、情けなくて、みっともないっ………!」
 ――ふいに、ぐいっと体が引き寄せられた。
 え? と思うより早く、太い腕で抱きしめられ、抱きこまれる。がっしと頭を支えられ、体を傾けながら持ち上げられて、顔が鎖骨の辺りとぶつかった。
 ……俺、先輩に、ぎゅってされて、る? な、なんで?
「ごめん」
「え?」
「ごめん、マジごめん。俺が馬鹿だった、ほんとごめん、俺が悪い!」
「せ……せんぱ、い?」
 え、なに、なんなのこの状況。なんで俺先輩にぎゅってされてんの。い、いやそりゃ、背中ぽんぽんされるくらいなら、前にも、あるけど、こんな、思いっきり、それに先輩が謝るとかそんなありえないこと。
 と混乱する俺に、先輩はとどめのごとくありえない∴鼬セを浴びせてくれた。
「……俺、お前が好きなんだ」
「………は?」
「だからっ! 俺、雨上学園ラグビー部主将の勅使河原宗義はっ、お前、生徒会庶務の山田次郎にマジで惚れてんだよっ!!」
「……は……はいいぃぃぃぃっ!!?」
 俺はもうぽっかーんと口を開けるしかなかった。す、好き? に、惚れてる? な、なに、それ?
 呆然とするしかない俺に、先輩は俺をぎゅっと抱きしめながらかき口説く。
「初めて見た時から顔とか可愛いなー、とか思ってたんだよ。動きとかもこまこましてて小動物っぽいっつーか、俺的にツボだったっつーかさ。そんで俺がどんな仕事言いつけても、必死になって泣きそうな顔で頑張るとことか、もー超健気じゃんって感じでこー、胸にキュンときてよ。そんでどんどんお前のこと好きになってったんだよ!」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってくださいよ! そんな、いきなり、そんな……だ、だいたい! 本当に好きなんだったら俺のこといじめるような真似するわけないじゃないですか!」
 必死に勅使河原先輩の腕から抜け出そうとしつつ言う俺に、勅使河原先輩はなぜかショックを受けた顔をする。
「お前……マジに俺がお前のこといじめてるって思ってたのか……?」
「だ、だって……明らかに無理難題出されて、それできなかったらお仕置きとか、いじめとしか」
「だ、だからなぁっ! ……最初はよ、お前のためを思ってやってたんだよ」
「は? 俺のため?」
 なにそれ。
「だからよ……お前と初めて会った時だけどよ。お前、俺に名前のことでからかわれても、恨みがましい目ぇするだけで黙ってただろ? そんなんじゃこれから先の人生生きづれぇだろーって思ってよ、ハジケさせてやろーと無理難題押し付けてたんだよ。そんでお仕置きされるとかされてたら、フツーキレんだろ?」
「……それは、そうかも、ですけど」
「だから気持ちよくキレさせてやろーといろいろやってたんだけど……お前、なに言われてもやられても、絶対キレねーで、真面目に俺の押し付ける仕事やってたじゃん? なんか、それ見てて、こう、キュンとしてよ」
「……、はぁ」
「健気で可愛いじゃんって思ってよ。んで、お仕置きみてーなことしても逃げねーで、撫でてやったらこう……懐いてきて、そんでこう、素直になったじゃん? お前」
「…………、はぁ」
「これってもしかして、こいつ俺のこと好きなんじゃね? って思ってよぉ」
 なんだよそれ、それってどーいう勘違いだよ、懐くとかあれは別にそういう、素直になったりとか別に。
「そーいう目で見てたらこう、どんどんお前のこと可愛く見えてきてよ、こりゃもうマジ恋だぜって感じでよ、でもせっかくだから告白するよりされたいじゃん? だからお前にアプローチするつもりで……」
「……あれが、アプローチ?」
「だってよぉ! お前どー見たって、泣きそうな顔しながらだったけど、俺に懐いてたじゃん! だからお仕置きとかもさ、こいつ俺にかまってもらえて嬉しいんだなって思ったから、全部可愛がってやるつもりでよぉ! 叩く時もそんなに痛くないよーに加減しながらやってたし!」
 あれで……? どんだけ力強いんだよラグビー部主将……。
「ラグビー部の紅白戦とかにも呼んだし! 大川とも全力で引き離したし!」
「へ?」
「う。だ、だからよぉ……昨日、お前大川とやたら仲よさそうだったじゃん? だから、気ぃ抜いたら盗られる! って思ってよぉ……大川と引き離すのに時間かかる仕事頼んで、そんでその間に勝負決めるつもりでよぉ……」
「…………」
「そ、それにさ、なんかよ、お前一昨日ちっと変だったし」
「おとと……?」
 言いかけて思い出し、俺は固まった。勅使河原先輩に、俺が、お仕置きのあと、されたこと。
「いちゃいちゃーって可愛がってやって、気持ちよくしてやって、俺としちゃもっとらぶらぶーって展開に持ち込むつもりだったのによ、逃げ出しちまうし」
 いちゃいちゃ、って。気持ちよく、って。ら、らぶらぶ、って。
「そん時はお前ウブだから照れたんかなーとも思ったけど、昨日大川とやりあってたらなんか、マジ怯えたみてーにしゃがみこんじまうし、まさかたー思うけど俺と初めていちゃいちゃして、俺が怖くなっちまったなんてことになったらやべぇと思ってよ、二人っきりの時間作ってコミュニケーション取って仲直りするつもりでよぉ………」
「……………………」
 知ってみたら、馬鹿馬鹿しいにもほどがある話だった。
 なんだよそれなんだよそれなんだよそれ。馬鹿じゃねぇの馬鹿じゃねぇの馬鹿じゃねぇの。なに考えてんだよそんなのわかるわけないじゃん。自分の中だけの世界で自己完結しないでよ。言われなきゃ俺に先輩がなに考えてるかなんてわかるわけないじゃんか。
 先輩がそんなこと考えてるなんて、そんな風に、俺のこと、見てる、なんて、そんな、風に、俺の、こと、思って……
「……山田次郎ぉ〜……? 頼むから、なんか、反応……」
 言いながらおそるおそるという感じに俺の顔を見た勅使河原先輩は、一瞬大きく目を見開いて、それからにやー、と笑った。うっれしそーに。今まで俺が何度も見てきた、いやらしい感じに。
「山田次郎〜……お前、真っ赤だぜ」
「えっ!?」
 言われて反射的にばっと両腕で顔を隠す。でも俺の顔が熱いのは確かで、真っ赤とか言われるとますます熱くなってきちゃって、うああ変だ俺、なんでこんななんでこんななんでこんな。
「なんだよー、やっぱお前も俺のこと好きなんじゃん」
「す!? すすす好きって別にそういうっ」
「だったら顔赤くしたりしねーだろ。気づいてなかっただけでお前もホントは俺のこと好きだったんだよ。だから俺に軽い扱いされてショックだったんだよな?」
「ちっ、ちちちちが」
「違うのか?」
 先輩の顔が俺の顔をのぞきこむ。真剣な顔だ。今までに見たことのない、真面目な顔だ。
 その顔は本当にちゃんと真正面から俺のことを見てて、俺のこと人間として尊重してくれるってわかる顔で、ていうかこういう顔すると先輩ってすごくかっこい、じゃなくてじゃなくてぇっ!
「ていうか、あの、勅使河原先輩っ! それより前に、普通考えるとこがあると思うんすけどっ!」
「ん? なんだ?」
「あの……だって、俺ら、男同士じゃないすか。そこのとこ、気になんないんですか?」
 俺としては好きとかそういうこと言う以前に考えておくべきところを口にすると、勅使河原先輩はなぜかきょとんとした顔をした。
「や、俺は中学ん時から、あ、俺はもう男の方が好きだな、って思ってたからよ。つきあってみたり、ヤってみたりとかもしたし」
「え、ええぇ……」
 ……それは、たぶんそーだろーなー、とは思ってたけど。すごく手馴れてたし。そーいう経験いっぱいあるんだろーなーって。でも、本当に男の方が好き、だったとは。
 ……だけどそういうのって、ありなのか。自分が男が好きだと思っても、微塵も悩まないとか、そーいうの……勅使河原先輩らしい、かもしんない、けど。
 先輩はじっ、と真剣な顔で間近から俺を見る。俺は身の置き所がなくて股の辺りをもぞもぞさせた。
「お前、男同士は嫌か」
「………………」
「考えられもしねぇか」
「っていうか、考えたことがなくて……」
「俺は嫌いか」
「え、いや、あの。……嫌いじゃ、ない、ですけど」
 俺が小さな声で目を逸らしながらそう言うと、先輩はほっとしたように笑う。
 ……あ、なんか今の笑顔、ちょっとよかった、かも。
 っておいなにその気になってるんだよ俺ちょっと待てこんなことそんなに簡単にっ、とおろおろする俺に、先輩はまた真剣な顔になって真正面から言う。
「俺はお前が好きだ。マジ惚れてる。もー愛してるって感じだ。だから俺とつきあってくんねーか。俺、バカだけど、これからはちゃんと、本気でお前のこと大切にする。お前の真面目なとことか、一生懸命なとことか、マジ可愛くてマジ好きなんだ。……なぁ、頼むよ」
「え、あの、え、と」
 ど、ど、ど、どうしようどうしようどうしよう、そんな、急にそんなこと言われたって。
「次郎」
「え」
 な、なんで急に名前で――とか考えてる間に、ぐいっとまだ抱き寄せられて、俺の唇の上に唇が下りてきた。
「ん……!」
「む……ん」
 前と同じ感触。柔らかい、けどしっかりしてて、そんで熱い、先輩の唇の感触。
 それが何度も俺の唇の上に下り、ちゅっと軽く吸っては離れ、をくり返してから、言われた。
「口、開けろ」
「え……」
「舌、出せ」
 え、え。
 なんでそんなこと言うんですか先輩――と考えるより先に、俺は先輩の言う通りにしていた。頭の中パニックだったしわけわかんなかったしもう脳味噌の反応脊髄反射レベルだったし、なによりその時は先輩の言う通りにするのが自然に思えたから。
 震えながら唇を開いて舌を突き出すと、先輩はちょっと笑って、同じように舌を突き出して俺の舌に触れさせた。にぢゅっ、と水音が立つ。俺の唾液と先輩の唾液が混じったんだって思ったら、なんか、頭の中がかぁって熱くなった。
 れっ、れろ、ねろり、れろ、にぢゅっ。先輩の舌が俺の突き出した舌をいじる。絡めて、舐めて、舌先で俺のの先っぽをれろれろってもてあそんで、しゃぶって。なんかめちゃくちゃエロいことしてるって気がして、でもなんかものすごくもどかしくて泣きそうになってると、ぐいっと後頭部を引き寄せられて、唇と唇が密着した。
「ん……む、は、ふぁ……」
「ん、む……ん」
 俺の唇と先輩の唇がくっついてる。その隙間から、俺の舌が先輩の口の中に、先輩の舌が俺の口の中に入ってる。先輩の舌が俺の口の中のいろんなとこ触って、しゃぶって、俺の舌ともうこれ以上ないってくらいにぐちゅぐちゅに絡まってる。
 ちゅぶ、ちゅむ、ぢゅむ、ぐちゅ、ぢゅるるっ。口と口で繋がって、絡まって、俺の頭の中はだんだんほわぁぁんってしてきた。先輩の太い腕に支えられて、心の底んとこが妙に安心して、体中が溶けそうなくらい気持ちいい、みたいな。
 なんだかもう気が遠くなってきた頃、先輩がぢゅって唇を俺のから離した。そんで、真剣な顔で言ってくる。
「俺がどーしても嫌だってんなら今すぐ蹴飛ばして逃げ出せ」
「ふぇ……?」
「それなら俺はもう追わない。けど、逃げないってんなら――俺は、つけこむぞ」
 え、な、先輩なに言って、わ
「ぁっ!」
 今度は、首筋にキスされた。ぢゅって、思いきり音立てて首筋吸われて、背筋から尻にかけてがぞくぞくぅってする。
 その間に先輩の手はどんどん俺の服を脱がしていく。下半身はもともと裸みたいなもんだったけど。学ランのホックを次々外して、シャツのボタンも次々外して、するするって魔法みたいに腕を抜いてしまう。
 抵抗しなきゃ、と一瞬ちらりと思ったけど、体に力が入らない。しかもそう思った直後に『でも抵抗したら先輩が傷つくかも』とか思っちゃって体の動きが固まってしまう。
 その間に先輩は俺を見事にすっぽんぽんにしていた。先輩が学ランを脱いで、床に敷き、その上に俺の体が下ろされる。………っていうか、これ、マジだよな。マジでマジでマジでや、や、ヤる気なんだよなっ、先輩っ!?
 どうしようどうしようどうしよう、と頭が火事場のように大騒ぎしている間に、先輩は真面目な顔で俺の体を触り始める。前の時と似てるけど、でも、もっとすごく真剣な感じに。
 ちゅ、ちゅ、と首筋にキスして、そのまま鎖骨へと唇が下りていって、さらに胸へ、乳首へ、腹へ。
 どこも軽く、優しいキスだったけど、ちゅって吸われるたびに俺の体はぞくぞくぅってしたし、乳首の時だけちょっと長い間、吸いながら口の中でれろれろって舐めたりもう片方の乳首指先でいじったりして、背筋から腹の奥にかけてがきゅーんってして、なんかもう「ひっぅん!」なんて変な声まで出しちゃってた。
 そして、さらに、先輩の口が俺の、こ、股間にまで下りてきそうになって俺は慌てた。だ、だ、だってこのままじゃその、ふぇ、ふぇ、フェラチオ、みたいなことに、なっちゃわないだろうか。
「あ、あの、……むねよし、せんぱ、い」
「なんだ?」
 名前の方を呼んだのは間違いじゃなかったんだろう、すごく優しい声が返ってきた。だけど先輩の動きは全然止まってくれない。
「あ、あ、あの、そこは、その、やめ、た方が、いいんじゃ、ないかと」
「なんでだ?」
「だ、だ、だ、だって、汚いし」
「無菌室みてーにきれーなセックスなんてあるかよ」
「セッ……!」
 絶句する俺に、宗義先輩はにやりと笑って、俺のその、ちんちんをぱくりと口の中に入れてしまった。
「………!!!」
 硬直する俺をよそに、先輩は口の中で俺のちんちんをいじってるみたいだった。舐めたり、吸ったり、しゃぶったり、先っぽのところの皮舌で剥いたり。ぢゅっぢゅっ、って吸われながら、ちんちんの裏筋のところをれろれろれろって舐められた時はなんていうか、ぞぞぞぞぞって腰、どころか体中が震えた。
 なんか、ちんちんの先が熱くて、尻の奥がきゅーんってして、息が荒くなってつま先がびりびり痺れる――なんて感覚に泣きそうになっていたら、宗義先輩はあっさり口の中から俺のちんちんを解放した。すぅって冷たい空気がそよいで俺のちんちんから熱を奪ったけど、それでも湯気が立っているのが見えて、なんだかものすごく恥ずかしくなった。
 先輩はそこからさらに口を下に下ろしていく。太腿、膝、ふくらはぎ、それからあ、あ、足の指先にまでキスを落とし、ちゅって吸ったりしゃぶったりする。俺はそのたびに、そんなとこにこんなことするなんて想像したこともなかったのに、って頭はぐるぐるしてるのに、ぞくぞくっ、きゅぅんっ、って体中に走る感覚に耐えなきゃならなかった。
 そして、一番下に行ったら、先輩はくるりと俺の体をひっくり返した。うつぶせに。
 元から先輩の顔なんて恥ずかしいし頭わけわかんないしでろくに見てなかったんだけど、それでもなんか不安なような気持ちになってちらちらと背後の宗義先輩をうかがうけど、先輩は笑ってからちゅっ、と俺のお、お、お尻にキスを落とす。
「ひゃひっ!」
「心配すんなって、痛いこととかしねーから。つか、そーだな……」
 俺の尻の間近にあった宗義先輩の顔が、ぐいぐいと、俺の尻の肉の間に割り入ってくる。ていうか、その、あの、俺のこ、肛門のすぐ前に鼻を突きつけ、すぅっと肛門を上から下へ、下から上へと撫でたので、俺は「ひんっ!」とか変な声を上げてしまった。
「なぁ、山田次郎。ここ、処女だよな?」
「しょ、しょ、しょしょしょしょじょ、って」
「あー、つまりさ、ここ、チンコ入れられたことねーよな?」
 ぶんぶんぶんぶんぶん。俺は全力で首を振った。ないないないそんなことあるわけないじゃないかなに考えてんだ先輩。
 するとなぜか宗義先輩が嬉しそうににかっ、と笑った気配があって、俺のその、肛門を、その、たぶん、し、し、舌でべろんっ、って舐めた。
「ひぅ……っ!?」
「心配すんな、俺がたっぷり時間かけて、やわらかーくなるまで解してやっからな。開発なんかはおいおいになってくだろうけど、それでもしっかり気持ちよくはさせてやっから」
「な、な」
 なに言ってんのこの人ーっ、と俺はもう暴れ出したいような気分だったけど、手足は動かなかった。なんていうか、納得いくほど考えられたわけじゃないんだけど、ここまできて抵抗しちゃうのも空気読んでないっていうか先輩に悪い気がするっていうか――
 だからって男の人にエロいことされていいのか!? マジで初体験男で、ホモになっちゃって、せ、せ、先輩とつきあうとかやっちゃって、いいのか俺ーっ!?
 としぶとく惑乱している俺をよそに、先輩はちゅ、ちゅ、と俺の尻を吸いながら(あ、だめ、それも気持ちイイ、ぞくぞくする)、俺の肛門をもう一度一舐めしたあと、濡れた指をそっと触れさせてきた。
 濡れてるってなに、なんで濡れてんの、と頭のどこかがちらりと思うが、先輩の指はその濡れたものをべったりと俺の肛門の表面に触れさせてきた。なんていうか、濡れたタオルみたいに、ものすごくそこにあるだけで触れているものを潤わせるもの。それが俺の肛門の上に何度も何度も塗りつけられると、俺の肛門がなんか……なんていうか、しっとり濡れて、柔らかくなっていく。
 宗義先輩の濡れた指は、俺の肛門をそのくらい何度も何度も撫でて、それからくぬっ、と、肛門の中に入ってきた。といっても強引にじゃなく、ごくごくそっと。ちょっと入っては抜かれて、またたっぷり濡れたものをまとってまた中に入り、濡れたものを俺の肛門の中に塗りつけていく。その繰り返し。
 だから当然ながら、俺の肛門がびしょびしょというか、ぐじょぐじょに濡れた感じになっていってるのが俺自身にもわかった。宗義先輩の指ってすごく太くて、フツー肛門なんかに入ったら絶対痛いのに、ぬるぬるぐじょぐじょな肛門のせいでずるずる入っていってしまう。
 はぁ、と俺は息を吐いた。なんか、すごく、変な感じ。ウンコしたいような、吐き気がするような。体がなんだか、肛門から開きにされていくみたいな。
 痛い、わけじゃない。気持ち悪……くないわけじゃないけど、これはそれより、どっちかっていうと、なんか、体が作り変えられてくみたいな感じがある。普通じゃないものに。それも、なんか、恥ずかしいものに。
 ……これって、つまり、アレだよな。先輩、俺のこ、肛門にちんちん、じゃなくてちんこ突っ込みたいわけだよな、さっきの台詞からしても。
 ええええ無理だろ無理無理絶対無理。そんなもん肛門に入るわけねーじゃん、先輩、ガタイからしてもたぶん相当ちんこでかいし、裂ける割れる死ぬマジで! と気持ちが腹の底から噴き出そうになる――けど、その前に、俺は思いっきり首を曲げ、先輩の方を見た。
 宗義先輩はものすごい真剣な顔で俺の肛門をいじっていた。汗まで垂らすくらい、真剣に。そんなこと真剣にやらないでいいよって思う――けど、でも。
 この人、ホントに俺とエロいことしたいんだ。
 この人、ホントに俺がほしいって思ってるんだ。
 そんなこと考えたら、なんか、なんか、わかんないけど腹の底んとこが熱くなって、胸と一緒にきゅーってして、頭の芯がかぁって熱くなって、逆らうのが悪いような、このまま好きなようにやらせてあげたいような、走り出したいような叫び出したいような、もうどうにでもしちゃえ、みたいな、なんか――
「――ぁっ!」
 俺はぞくん、と背筋に走った感覚に声を上げた。今、なんか、なんかすっごいぞくってした。腰の奥が、すっごいぞくぞくーって。
 その感覚は怒涛のように流れてきて、俺の脳味噌はそれに押し流されそうになった。先輩の指が俺の中を開いていくたびに。さっきまでとはなんかちょっと違う、俺が本当に、なんていうか、体が勝手に、先輩のもの≠ノなっちゃうみたいな、嫌なんだけど、いや嘘ホントはそんなにやなわけじゃないんだけど、支配されて従わされて先輩に浸されて侵蝕されて、犯されて、いく、みたい、な。
 ぞくっ、ぞくっ、と何度も体を走る、妙にいろんなとこの奥がきゅぅってする電流みたいな感じ。それがくるたびに俺は何度も「あっ、ぁっ」と喘ぎ、呻いて、そんでもう体中がぎゅぅって切なくなって。
 それを何度も何十度もそれこそ数えきれないくらいくり返されてから、俺はいつの間にかひっくり返されて、真正面から先輩と向き合っていた。
 目の前に宗義先輩の真剣な顔がある。うわぁやめてくれよもードキドキするじゃんかよぉ、と俺の心のどこかは泣き言を言っていたけど、大部分は数えきれないほど味わわされた感覚に脳味噌の芯まで痺れたようになって、ただもう呆然と、きゅうきゅうじんじんする体で先輩を見上げる。
「……いいか?」
 先輩が言った言葉を俺はしばしぽかんとして聞いて、それから猛烈に恥ずかしくなってきた。こ、この状況でいいか、って、つまりその、そういうことで、それを俺になんでわざわざ聞くんだよなに考えてんだ宗義先輩のバカデリカシーってのがないのかよ!
 そう思ったんだけど、俺の心の中の痺れた部分はわざわざ先輩がそんなこと聞いてきてくれるのが、その気遣いが嬉しくて、先輩の顔からもしかして緊張してる? 宗義先輩もやっぱり緊張なんてするのか、しかも俺に、とか考えてて。
 なんていうか、体が、先輩の言うこと断りたくない、なんて感じちゃってたもんだから、俺はこくん、と、ほとんど反射行動みたいな勢いでうなずいてしまった。
「――そか」
 先輩の顔が満面の笑みになる。その顔には嬉しさとか、その、愛しさとか(俺への……だよな、たぶん)、いろんな気持ちが篭もってたけど、抑えても抑えきれないってくらい、なんつーかそのいやらしさ(エロいもん見て鼻の下伸ばす梶キングみたいな感じの)が溢れていて、俺は一瞬うっわぁ、とか思っちゃった――んだけど、次の瞬間にはそんな余裕吹っ飛んだ。
「っひ!」
 ず……っぬ。
「あ……っ、せん、ぱい、あっ……!」
「大丈夫だ……ゆっくり挿れてるから、痛くは、ねーだろ?」
「い……ったくは、ない、ですけどぉ……っ!」
 痛いっていうかなんていうか、この圧迫感はなんなんだ。
 俺はいつの間にやら両足を抱え上げられ、先輩に文字通り覆いかぶさられる格好になっていた。けっこう苦しい体勢で、しかも下床の上に学ラン敷いただけだし、背中痛いとか足開かされて痛いとか頭のどっかでは思ってるんだけど、それよりずぬ、ずぬ、って俺のど真ん中を侵蝕する、このすさまじくぶっとくてでかいものは。
 痛いとか苦しいとか気持ち悪いとかそういう感じも体のあちこちで自己主張してるんだけど、そういうのが全部吹っ飛ぶくらい、このぶっといものは、すさまじい存在感をもって俺の中に入ってくる。体の中に、ぶっとい柱がぶち込まれた、ってくらいに。
「ふ……ぅ、ぅ、くぁ……」
「ぅ……次郎、ゆーっくり息吐いてみ? そんで、俺にぎゅってしがみついて。そんで、足腰に絡めて……っ、そーそー。なんか痛いとか、苦しいとか、そーいうのあったら、肩とか背中とかに、爪立てたり噛みついたりしていいから……っ」
「ま……っ、な……ぁ」
 また名前、ていうか名前呼ぶのやめてくださいなんかめちゃくちゃ恥ずかしくなるから――という言葉が一瞬頭をよぎったけれど、口から漏れたのはその切れ端だけ。宗義先輩はがっしりと、そのやたらでかい手で俺の腰をつかんで、ゆっくりゆっくり、でも確実に俺の中に、先輩の、ちんちんっていうか、ちんこっていうか、を――
 ぬ……ぐぬっ!
「っひ!」
「よーし……大丈夫だ。ちゃんと、全部、入ったから……」
「ひ、ぁ、ぁあぁ……」
「よく、頑張ったな、次郎」
 ちゅ、と俺の額にキスをしてくる先輩に、俺の体の奥はきゅーんってなって締まった。先輩が呻き声を漏らすと同時に、その圧倒的な圧迫感を再確認し、俺も呻く。
「ひぅ、ひ、あ、はぁぁ……」
「じろ……おま、あんまそーいう、締めつけたりとか、煽るよーな……とか言っても無理だよな、これがお初だもんな、体どう動かせばいいかとかもわかってねーよな、うん大丈夫我慢できるできる俺は我慢するぞ」
「ひぁ、はぁぅ、ん……」
 宗義先輩の、めちゃめちゃでっかいちんこが、みっちり、俺の中に入ってて、尻んとこには、なんか先輩の毛の感触とかもしてて、体と体が、みっちり、くっついてて、俺ん中がもう、宗義先輩でいっぱいで。
 なんかもう俺ほんと、わけわかんなくて、頭も体もいっぱいで、ひたすらにぎゅうってしがみついて、目の前の宗義先輩を見つめるしかできなくて。
「……っ次郎……頼む、からさ。そーいう、どーにでもしてって顔で、俺見られっと……マジ、我慢の糸切れそうになる、から……心配しなくてもマジで、絶対に痛いこととかになんないよーに、我慢すっから、そーいう目で、見んのは……」
 我慢。宗義先輩が、我慢してる? 変なのそんなの似合わない、でも俺のために我慢してくれるとか嬉しいかも、というのはやっぱり頭のどっかでしか思うことができなくて、俺の大部分は、俺の体中を満たしてる先輩が、本気で目ぇ血走らせてなにかに耐えながらも笑ってこっち見てくれてるのに、なんかもうほんとたまんなくなって、自然と体がちょっと首を伸ばして――
 ちゅっ、とやっちゃってた。キスを。宗義先輩の首にしがみついて。下唇と、あご辺りにまとめて。
 先輩は一瞬ぽかん、として、それからかぁっと顔を赤くした。その赤くなり方がなんというか、火を通された肉、って感じの色の変わりようで、あ、今先輩本気で恥ずかしいんだ、と理解する。
 それから、宗義先輩はくそ、と半ば吐き捨てるように呟いた。
「きっちり、馴染むまで待つつもりだったのによ――くそ、悪ぃごめん無理だ」
「ぇ……」
「あああでででも心配すんな、本気で優しくするから、動くけど、本気でちょっとずつにすっから!」
 慌てた顔になってそう言ってから、先輩はごくりと唾を呑み込み、また俺に覆いかぶさってきた。
 ――そこから先は、もうほとんど脳味噌が溶けてた感じだった。
 優しくするって言った先輩は、言葉通り本当に優しかった。ず、ず、って本当に小刻みに、ちょっとずつ動いたので、俺は痛いっていうのはあんまり感じなかった。ただ体の中にぶちこまれたでかい柱が動いてたわけだから、内臓がひっくり返るような感じはしたけど。
 けど、そっちに神経を割く余裕はあんまなかった。先輩が俺に覆いかぶさりながら、ちゅ、ちゅ、って顔やら体やらにキスしまくってきたからだ。
 ちゅ、ちゅ、ちゅ、って頬にも鼻にも首にも額にも。しかも体中のあっちこっちを、前にもいじられたように気持ちいい感じで触ってきて。
 そんで、耳元で、何度も囁かれた。
「好きだ……次郎。好きだ……」
「愛してる……マジ、好きだ……」
「たまんねぇ、ちくしょう、お前だけ、一番……」
 そんなど恥ずかしい台詞をくり返しながら、ず、ず、と腰を動かして。体中をあちこち触って。いっぱい、山ほどキスを落として。
 普段の俺だったら「うあああぁあぁ!」とか叫びながら逃げ出したくなっちゃってただろうけど、っていうかなったんだけど、がっちり組み敷かれてるから逃げ出せないし、体に力が入んないし、ひたすらその台詞を聞きながら宗義先輩に触られてて。
 そしたらなんかこう、頭と体がふぁーってなって、「あっ、あっ、あっ」とかすごいでかい声上げちゃって、そしたら先輩がちょっとだけ腰の動き早めてきて、ちょっと痛、って思ったけどそれが妙にずくんって体の芯にきて、そんで――
「あ、あ、あっあっあっ、せんぱ、せん、せんぱいぃっ」
「次郎、好きだ、ちくしょう好きだ、すげぇ好きだっ、たまんねぇくそっ、出すぞっ!」
「あっあっあーっ、あーっ、イっ、イく、イくイくイくイくーっ……!!」
 ――先輩に俺の中で出されると同時に、俺も思いっきり射精してしまったのだった。

 ……すごかった。
 俺は宗義先輩の学ランの上に寝転がりながら、ぼーぜんと天井を見つめた。なんか、ほんとに、すごかった。
 気持ちいいと言い切れるかどうかだったら前の、手だけでいじられてた方がわかりやすく気持ちよかったんだけど、今度のは本当、もうすごいとしか言いようがないくらいやられてる感が――
 俺がそんなことを考えながらぼぅっとしていると、先輩はまた優しく笑って、ちゅっとキスをしてからぬ、ぬと腰を動かした。抜こうとしてるんだ、とわかったけど、それだけでもやっぱり内臓ひっくり返りそうで、俺は「あ、あ」とか小さな声を上げちゃったりした。
 ぬぬっ、とばかりに先輩のちんこが抜かれると、俺ははぁ、と息を漏らしてしまう。体の中からごっそりといろんなものが抜かれた感じ。なんか、呆けちゃうっていうか、物足りないっていうか、宗義先輩が離れちゃった感じで、寂しいような。
 っておいなにをそんなこっぱずかしーこと考えてんだ俺ぇ、と頭を抱える俺をよそに、先輩はなんかちんこについてたピンク色のものを外して口を縛ってゴミ箱に捨て(もしかしてあれって……コンドーム? 着けてたんだ……いつの間に)、俺の体をウェットティッシュですみずみまで拭き、と甲斐甲斐しく面倒を見てくれた。……なんだよもう、なんか、本気で優しい……
 そういうのが終わると、宗義先輩はふぅ、と息をついてからにやっと笑い、「次郎」なんて名前を呼びながら俺に抱きついてキスしてきた。うわぁあぁ恥ずかしいぃぃ、と思いながらも、他にどうしようもなくて俺は顔を真っ赤にしながらそれを受ける。
「次郎」
 ちゅっ、ちゅ。
「次郎……」
 ちゅっ、ちゅっ、ちゅ。
「あ、あの……先輩、なんでその、終わったのに、そーいうこと……」
「嫌か?」
「やじゃ……ないですけど」
「こーいうのは後戯っつってな、愛し合ってる奴らはこーやって余韻を楽しみつついちゃいちゃするもんなの」
「そ、そーなん、ですか……」
 って、愛し合ってるの確定ですか。
 いやその、別に宗義先輩が嫌いってわけじゃない、っていうかどっちかって言ったらまぁそのす、好き……? な方かもとは思うけど、なんていうか、その、本当に、先輩と――
「……次郎。俺と付き合うの、嫌か?」
 うぅ……真正面からそーいうこと聞かないでほしい……。いや、聞かないとどーしよーもないのはわかるんだけどさ。
「あの……や、じゃ、ない、んですけど」
 本当に、やっていうわけじゃない、んだけど。
「けど?」
「男の人と、つきあうのとか、考えたことなくて……」
 結婚とかできないし、子供も作れないし、親に紹介するのとかもたぶん無理だし。やっぱ、そーいう考え方よくないとは思うけど、今の社会じゃ後ろ指さされる関係だと思うし。そーいうの、考えないで、勢いだけで決めちゃっていいもんなんだろうか。
 そんなようなことを言うと、先輩は苦笑した。
「お前らしいっつぅか……真面目だなぁ、お前やっぱ」
「え、だ、だって」
「いや、お前がそこまでマジに考えてくれてんのとか嬉しいってのはあるぜ? 俺としちゃそれこそ死が二人を分かつまでおつきあい続けるつもりだし?」
「うぐ……」
 だ、だからそーいうことをさらっと……ほとんどプロポーズ宣言じゃんそれ……。
「けど、それ以前によ。つきあいっつーのは、相手が好きで、相手も自分を好きで、ってんでやるこったろ? 誰かの……親とか兄弟とか見も知らねぇ世間の誰かとかのためにするんじゃねーじゃん」
「それは、そーなんです、けど……」
「だから、こーいう時は、単純にここに聞け」
 言ってとん、と宗義先輩は、俺の裸の胸にその太い指を触れさせた。俺の左胸、心臓が動いてる上に。
「俺とつきあいたいか、つきあいたくねぇか。ここは、なんつってる?」
 う……! 真面目な顔で、そーいうこと……! やだもーやめてくれよ心臓ドキドキすんじゃん……!
 そんで、ダメ押しみたいに、先輩は真剣な顔で、囁くような声で俺に言う。
「俺と、つきあってくれるか?」
 で、俺は、先輩がすっげー真面目な顔でこっち見てるんで、やたら心臓がドキドキしまくって、なんかもうわけわかんなくなって、それに先輩に今首を振るのってなんかやな感じがしたんで。
 こくん、とうなずいて、宗義先輩に満面の笑みで「っしゃぁっ!」と叫ばせるという、俺的に想像もしてなかった事態に陥ることになったのだった。

 そーいうわけで、俺と宗義先輩(いつも名前で呼べ、と約束させられた)はおつきあいを始めた。おつきあいっつっても、普段できるのは一緒に昼飯食うとか、ラグビー部がミーティングの日に一緒に帰るとか、そんくらいだけど。
 なんとなくわかってはいたんだけど、熱心に活動してる運動部ってホンット〜に毎日毎日部活漬けなんだな。土日も月一の休養日の他は毎週練習、と聞いた時には正直うへぇと思った。
 同時に、先輩がどんだけ寸暇を惜しんで俺のとこに通ってたかわかって、ちょっと照れもしたけど。
 で、今はなんでそこまでじゃないかっていうと、茂兄ちゃんに因果を含められたからなんだよな。『きっちりつきあいはじめたんだったら、お互い公私混同やめて、互いの仕事をちゃんとすること』って。
 ……えーと、なんで茂兄ちゃんがそんなこと言うかっていうと、俺たち茂兄ちゃんに報告に行ったんだよな。つきあうことになりました、って。宗義先輩が『山田次郎は俺のもん、ってきっちり思い知らせとかねーと』って息巻いちゃって。
 俺としちゃこのつきあいのことを誰かに言うってのがそもそも想定外だったんで、えぇぇぇって感じだったんだけど、先輩に押し切られて報告した結果。
「お、やっとまとまったか。ったく、やきもきさせてくれたな」
 なんてあっさりと言われてしまったのだ。
「んっだよ、お前最初っから俺ら押しだったんかよ? だったら挑発するよーなこと言うんじゃねーよっ」
「挑発してたんじゃない、釘を刺してたんだ。次郎がお前を意識してるのはわかってたが、お前バカだからな。次郎を傷つけるんじゃないか、傷つけたあげくに破局するんじゃないかとか不安は尽きなかったし。おかげで少しは次郎に優しくできたんじゃないか?」
「う……そりゃまぁ、そーだけどよ」
「そもそも俺の従弟をそう簡単に落とせるなんぞと思うのが……」
「し……茂兄ちゃんっ」
 俺は思わず話に割り込んで叫んでしまっていた。茂兄ちゃんはにっこり笑顔をこっちに向けてくる。
「どうした、次郎?」
「あ、あの……なんでその、そーいう……フツーに……」
 茂兄ちゃんは笑顔の感じをにやり≠ノ変え、さらっと言った。
「なんで男同士がつきあうとかいう話をそんなに普通に受け入れられるのか、か?」
「……うん……」
「そりゃ簡単だ。珍しくないからな、そんな話。少なくとも、この学校では」
「……へ?」
「この雨上学園ってな、どういうわけか知らないけど――そういう磁場があるとか霊がどうとか魔術的地相がどうとかいろんなこと言ってる奴いるけど、とにかく男同士の恋愛とか、セックスとかいう事態がものすごくよく起こるんだよ。それこそそーいう超自然的な存在がいるんじゃないかってくらいにな」
「……え゛え゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛!?」
 ぽかーんとする俺をよそに、宗義先輩と茂兄ちゃんは涼しい顔でとんでもないことを次々言ってくる。
「二年になっても知らねーって珍しいよな。たいていは一年のうちに洗礼受けんのに」
「まぁなぁ。生徒会が極秘で行った調査では、卒業生の中でホモ経験があるって人だけでも五割に達するそうだし」
「残り五割は?」
「在学中に男とつきあったことがある人と、現在もつきあってるって人。ちなみに割合は2:3」
 それだと雨上学園の卒業生って、全員がホモ(ゲイって言ったほうがいいのかな……?)か、バイってことになると思うんだけど。
「ま、俺としちゃ嬉しーけどな。山田次郎のバージンもらえたわけだし? 恋人の知ってる男は自分だけ、とかけっこ男のロマンじゃね?」
「今時処女崇拝はどうかと思うぞー……ま、気持ちはわかんなくもないけど」
 わかるのかよ。
「……あのさ、茂兄ちゃん」
「ん?」
「それってさ、茂兄ちゃんも、つまり……」
 男とつきあったりとか、エロいこととか、してるの? と言いたいのだけどそんなこといえるはずがなくもごもごする俺に、茂兄ちゃんは笑って唇に指を当てた。
「それは秘密」
「そ、そーだよね、やっぱ……」
「……次郎。勅使河原はバカだし、粗忽だし、デリカシーないし、粗暴だけどな」
「んっだとてめぇ大川っ」
「こいつなりに、優しくていい男だ。……頑張って、幸せになれよ」
「う―――うん」
 真面目な顔で言われた言葉に、俺はこくんと力を込めてうなずいた。先輩とつきあってこれからどうなるかなんてわからないけど、宗義先輩と幸せになるのには、俺もホンット〜に頑張らなきゃならないのは、これまでの経験でわかっていたからだ。

 ―――そして。
「宗義先輩っ! こっ、この縄、外してくださいよっ!」
 俺は先輩の部屋の、ベッドの足に細い縄で縛りつけられた手を必死に動かした。でもがっしりとした高そうなベッドは、少しも動いてくれない。
 先輩は俺を縛りつけておきながら、にやにやーっと俺を見下ろす。その顔はすっげー嬉しそうで、いやらしくって、この状況を楽しみまくっているのは言われないでもわかった。
「なんでだよ? 『エロいことしていいか?』って聞いたら、うんっつったのお前だろ?」
「そ、れは、そう、ですけど」
 だって、今日は週末。しかも明日は月に一度のラグビー部の休養日。
 そんな時に先輩に『今日明日ウチの家族旅行でいねぇんだ。遊びに来いよ』って言われたってことは、まーその、そーいうことになるだろーなーと覚悟はしてたけど(あと、その、ちょっと期待も、してたけど……)。
 宗義先輩の家に案内されて(何気にでかいマンションなことに驚いた。先輩って実はお金持ちの三男坊らしい)、来るなり部屋に通されて、うわーやっぱりいきなりなんだーとか思ってたら、最初っから(お茶飲んだ後すぐ)ドストレートに『エロいことしていいか?』とか真面目な顔で聞いてくるから、本当に先輩ってデリカシーないよなーとか(でもそーいうとこ先輩らしくて好きかもとか照れ照れと。……俺絶対先輩に毒されてるよな)思いつつうなずいたのは確かだけど。
「し、縛られるとか、そーいう、変態っぽいことしていいとは言ってないですっ!」
「おいおいおいおい、次郎。なに言ってんだ?」
 先輩は笑顔のまま、俺に覆いかぶさり名前を呼んで笑った。基本、宗義先輩はエロいことする時とか真面目な話する時にだけ下の名前を呼ぶ(それ以外は前と同じにフルネーム)。そっちの方が切り替えがわかりやすいし、なにより先輩は本気で俺の名前を気に入っているらしくて、最初からあ……愛、とかを込めて呼んでいたので、ムードを出したい時以外はそれでいきたいんだそうだ。
 つまり、今、先輩はムードを出したいっていうのはわかるけど。人いきなり縛っといてムードもなにも――
「これは、『お仕置き』なんだぜ?」
「………は?」
 きょとんとする俺に、宗義先輩はにやにやと説明する。
「だっからさぁ。お前この前一緒に帰った時、俺がいるってのに何度かよそ見したじゃん? そのお・し・お・き♪」
「よ、よそ見って! だって、歩いてる時は前見ないと危ないし、横断歩道渡るときは車こないか見ないとだし、そんくらいでなんでお仕置きされなきゃなんないんですか! おかしーですよ!」
「ん、まーそーなんだけどな」
「へ?」
「それはまー名目っつーか。今日は久々に、お仕置きプレイやってみよっかと思ってよぉ」
「………ええぇ!?」
 俺は叫んで、必死に先輩の下で身をよじった。なななに考えてんだこの人いつもながら!
「なんでそーなるんすかっ、こっちの了承も取らずに、ていうかそんなの嫌ですよ俺!」
「ん、そっか? お前お仕置きされんの、すっげ好きじゃん」
「は!?」
「自分が好きなー、従いたいって思ってる人にー」
 先輩はつい、と手を伸ばし、俺のシャツの裾に手を突っ込み、まくり上げる。ぞぞぞっと背筋に電流を走らせる俺にかまわず、つぅっと俺の腹を下から上へ撫で上げる。
「理不尽な理由でー、叱られてー、怒られてー……お仕置きされる」
「……っひ!」
 きゅ、と先輩の指先が俺の乳首を捻った。それだけで、きゅぅんっ、と俺の腰の奥は痺れてしまう。
 だって先輩とつきあうようになってから、会うたび会うたびちょっとでも時間ができれば先輩俺の体いじるんだもん(ちゃんとエッチできるのはこういう時間のある時だけだけど)、なんていうかその、体がそういうエロいことに、どんどん馴らされてってるみたいで。
「お前そーいうの、興奮すんじゃん。理不尽だーってムカつくから、よけいに従わされてるーって気になんのかな?」
「べ、別に、こーふん、とか」
「じゃあなんだよ、このボッキ乳首はよ」
「ひんっ!」
 きゅいっとまた先輩が乳首をいじると、俺の体はまたびくびくと震える。先輩のもう片方の手が、俺のベルトを解く。するするってズボンが脱がされて、尻を、太腿を、そしてパンツの上からちんちんを、先輩の手が撫でて、俺の体をまた震わせる。
「もーチンコこんなに固くなってんじゃんかよ。俺にお仕置きするって言われて、興奮して、ボッキさせてんだろ?」
「ち、が、あ」
「嘘つけよ。ほれ、こんなに先っぽ濡れてんぞ?」
「ひ!」
 パンツの上から亀頭(悔しいけど、ホントに濡れてきてた)をぐりぐりっといじめられ、俺はびくんっと震えた。嘘だろ、ほんとに、俺、別に――
「お仕置きしてください、って言ってみろよ」
 すぐ上から先輩がにやにやと言ってくる。嬉しそうで、いやらしくて、偉そうな顔で。
「お仕置きするって言われただけですぐボッキしちゃう変態の俺に、いっぱいお仕置きしてくださいって。宗義先輩にお仕置きされたいですって。言ってみ?」
「な、ん、なこと」
「――なぁ、言ってくれよ。頼むからさ」
 ふいに先輩の口調が変わった。優しいっていうか、甘いっていうか、なんかおねだりするような口調で。
「俺さぁ、お前をもっと、ぐずぐずに感じさせてーんだよ。可愛がりてーの。そりゃ、普段触ってるだけでもすっげーエロい体になってくれてっけど……もっとこう、脳味噌でろでろになるくらいさ。んで、お前の場合、マジでお仕置きプレイ好きそーだなって思ったからやってるだけで」
「べ、別に好きじゃ、ないです……」
 言ったけど、俺の声には我ながら気迫があんまりなかった。本当に、別にお仕置きプレイなんての好きじゃない、と思うんだけど、こういう優しい感じに言われると、なんか心が勝手に警戒解いちゃう、みたいな。
 ……あと、さっき、お仕置きっぽくいじめられて、体の奥がきゅぅんって疼いちゃったのも、あるにはあるのも、確かっていうか……
「ほら、前にやってた時はけっこういじめの方に傾いてたじゃんか? 今度はエロの方重点的に、気合入れてやってみてーっつーか。そしたらお前、もっと感じんじゃねーかなって」
「だ、けど、けど……」
「なー、頼むって。その代わり、しばらくなんでも言うこと聞くからさー」
 俺は一瞬ぽかん、とした。だって、お仕置きしてやるーとか言ってる人の方がなんでも言うこと聞くのって、なんか変じゃないか?
 けど、でも、なんか、変なんだけど、なんていうか。……宗義先輩が、そこまでマジで俺のことお仕置きしたいって思ってるんだったら、ちょっとくらい、いいかも、みたいな……
「……いい、ですよ」
「お! マジで!」
「はい。……ちょっとくらいなら、お仕置き、しても……」
「よーっし! ……なら言うことがあんだろ? お仕置きされる方としちゃあよぉ。お前、俺にお仕置きされてーんだろ? ちゃんとおねだり、できるよな?」
 うわぁもうこの人一度いいっつったらほんとすぐ図に乗るよな、と思いつつも、俺は顔を真っ赤にしつつ、足をもぞもぞさせつつ、腰をよじりつつ、ぽそぽそと告げた。
「……お、お仕置き、するって、言われただけで、すぐ、勃っちゃう、へ、へ、変態の、俺に、お仕置き、して、ください………」
 顔から火が出そうな台詞だったけど、先輩は「いいぜぇ?」と嬉しげに笑って俺の体をいじってきた。その手つきは本当に、エロいけど、優しい。宗義先輩はなんのかんので、優しいんだよな。俺のこと大切にしてくれてるんだ。最初から。先輩なりのやり方で、だけど。
 俺は別にわがままとか言わないけど、言ったらきっと叶えてくれる。俺がお願いしたら、きっと、断らない。先輩が俺のこと、すっげー甘やかしてるって、今の俺にはわかる。
 だから。なんていうか。いっつも人のお願い断れないで四苦八苦してる俺だけど。俺のお願いを絶対に断らない人になにか頼まれるのは、断れなくても、そう悪いもんじゃないかな。なんて、先輩にお仕置き≠ウれてひんひん喘ぎながら、思ったのだった。

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