君のそばにいたい君にそばにいてほしいと叫ぶ
 俺の誕生パーティが終わって、部屋に帰ってきて。俺は体操着に着替えてふぅ、と息をついた。
 普段俺は部屋では制服かジャージか体操着で過ごしている。手持ちの服がぼろぼろなのしかないからだ。なにせ砂漠で遭難した時の服しか持ってなかったからな。
 今日は体から力を抜きたかったので体操着。
 俺は冷蔵庫からミルクを出して、一気に半分飲んだ。ミルクのややねっとりとした液体の感触が喉を滑り落ちていく感覚を味わう。
 今日は楽しかった。この学園に来てから楽しくない日なんてないけど。
 誕生パーティなんて生まれて初めてだったし、プレゼントまでもらっちゃったし。王様ゲームもみんなノリよかったし。
 楽しかったんだけど――
 俺はミルクを飲み干して、ふう、と息をついた。アムさんが、いないんだよなぁ。
 別にアムさんがいないからつまらないって言うほど俺はアムさん命じゃないけど、やっぱり好きな人に誕生日を祝ってもらえないとなると、どんなに楽しくても画竜点睛を欠いた気分になるのは否めない。
 俺は昨日のアムさんを思い出した。なんでも部屋が見つかったとかで、この部屋に来る頻度も減ると思う、とかいう話をしてた時。
『で、な……明日なんだけど』
 アムさんはさりげなさを装った、というポーズ――頭をぽりぽりかきながら微妙に俺から目を逸らした格好で言った。
『ちっと急な仕事が入っちまってな。明日のパーティ、行けそうにねぇんだ』
『………そっか』
 俺はぽつんと答えた。
『ははは、まあ、俺の分も楽しんできてくれよ。俺はしっかり食い扶持かせいでくるから』
『…………うん…………』
 俺は一応そう答えたけど、その声は自分でもはっきりわかるほど沈んでいた。やっぱり、生まれて初めての誕生パーティだし。そういう時こそ好きな人にいてほしいって思うのは当たり前なんじゃないかなーと思う。
『……そんな顔、するなよ』
 苦笑したようなアムさんの顔が、すっと近づいてきた。俺はちょっぴり潤んだ目でアムさんを見上げ(なんかアムさんが顔近づけてくると勝手に目が潤んじゃうんだよなー)、目を閉じる。
『………………』
 ねろ、うちゅ、ちゅぷ、とアムさんにしてはずいぶんあっさりめに舌を絡ませてから、アムさんは俺を解放した。ぼんやりとアムさんを見つめる俺に、相変わらず苦笑のような、困ったような顔で笑う。
『悪いな、今日はこれでおしまい。明日また可愛がってやるよ』
『……明日、帰ってこれるの?』
 アムさんは俺の言葉にちょっと目を白黒させて、また苦笑した。
『まあ、うまくいけばな』
『そっか……』
『それじゃあ、お休み』
 そう言って部屋を出て行こうとするアムさんの裾を、俺はきゅっと握った。アムさんがまいったな、という顔になる。
『どうした、九龍?』
『仕事、頑張ってね』
『……ああ』
『そんで……もし、時間ができたら、パーティでも俺の部屋でもいいから、寄ってほしい』
『――――』
『俺、ちょっとでいいから、アムさんに誕生日、祝ってほしいな。やっぱ、初めての誕生パーティだし……初めて好きな人――っていうか、恋人と迎える誕生日だし』
 その時のアムさんの顔は、ちょっと見物だった。
『恋人………』
『……セックスして好きだって言い合ったんだから、恋人だろ。……もしかしてアムさん、そう思ってなかった? 思われるのも嫌?』
『いや……』
 呆然と言って、じっと俺を見つめ――アムさんは俺をぐいっと抱き寄せ、触れるだけのキスをした。
『………………』
 触れるだけのキス。でも唇が触れている感触は、触れた体から体温が混ざっていく感触は、すごく気持ちがよくて幸せな気分になる。
 一分近くキスをして、アムさんは唇を離し、照れたように笑って言った。
『明日、また来るよ』
 そう言って部屋を出ていく姿を、俺はほんわりした気分で見送ったのだった。
 ――そんなことがあったあとだから、俺としてはどうしてもアムさんの訪れを待ってしまう。来れるかどうかもわかんないし、来る前には連絡してくれると思うけど、それでもやっぱり窓やドアが開かないかなー、とか注目してしまったりして。
 明日また来るよって言ってくれたし、来れるよう頑張ってくれるとは思うけど。アムさんの仕事って長引く可能性ってけっこう高いし。短期の仕事なら徹夜仕事になる可能性もけっこう高いよな。
 本当はあんなおねだりしないで、アムさんにゆっくり休んでもらう方がよかったのかもしれない。純粋にアムさんを思うならそうだろう。
 だけど俺はアムさんに、ちょっと無理してでも俺のところに来てくれるよう頼んだ。俺はアムさんのためならちょっとぐらい無理できるし、したいから、無理しても一緒にいたいから頼んだんだけど――
 アムさんは、どう思ってるのかな。不快には思ってないと思うんだけど。そうでなきゃキスなんてしないだろうし。
 アムさん、早く来ないかな。アムさんが来たらなにしよう。疲れてるだろうから一緒に風呂入って背中流したり、マッサージしたり、ご飯食べさせたりしてあげる方がいいのかな。
 それもいいけど、せっかくだから俺はアムさんと二人で誕生パーティしたいかも。実はこっそり小さなケーキ焼いてるんだ。俺の好きなケーキ、クレームブリュレにアムさんも食べられるようコニャックを効かせて。
 もちろんアムさんが疲れてるとかいうんだったら休んでほしいと思うけど――期待するぐらい、別に悪くないと思う。
 だって、楽しみなんだもんな。
 俺は窓を開けて、夜空を見ながら待った。来るかな、来ないかな。来てほしいな。
 アムさん、俺明日までずっと待ってるからね。

 ――とか言ってたら、時刻はもう十一時五十九分。俺の誕生日が終わるまであと一分を切った。
 俺は時計を見つつため息をつく。駄目かな、こりゃ。やっぱ仕事終わらなかったかー。
 あと十秒、九秒、八、七、六、五。よーん、さーん、にー。
 1、0。
 はーっ、と俺はため息をついた。アムさん、間に合わなかったな。
 別に、だからアムさんを嫌いになるってわけじゃない。当たり前だけど。アムさんはきっと仕事を終わらせるために頑張ってくれたと思うし、仕事が終わったら俺のところに来てくれたんだろうな、とも思う。
 でも、ちょっとがっかりした気分になるのはしょうがないことなんじゃないだろうか。俺はやっぱり、アムさんに誕生日を祝ってほしいなってかなり本気で思ってたわけだし。
「―――ちぇっ」
 窓のさんに腕を投げ出して、ぽつりとそう呟いた。
 ――――と、音が聞こえた。
 なんだ? と俺は耳をすます。これは人の走る音だ。どんどんこちらに近づいてくる。
 それになにか叫ぶような声も聞こえる。この必死なのに妙に軽い、聞けばたいていの人がお調子者と断じるだろう声は――
「うおおおぉぉぉッ! 間に合え〜!!!」
 アムさん!
 俺はばっと声のしてきた方を見た。アムさんだ。アムさんが必死の形相でこっちに走ってくる。
 俺の部屋の窓の下まで走ってくると、アムさんはぜひぜひ言いながら時計を見て、顔を輝かせた。
「おい、九龍! 見たか、ちゃんと間に合ったぞ!」
 ………俺の時計ではもう五分前に俺の誕生日は終わっちゃってるんだけど。それに俺の時計は今朝合わせたばっかりだから間違ってるのはたぶんアムさんだと思うんだけど。
 そんなどうでもいいことは振り捨てて、俺は窓からアムさんのところへ飛び降りた。
「お、おいおいッ!」
 アムさんは一瞬受け止めようと右往左往したが、俺は狙い通りすたっとアムさんのすぐそばに着地した。なぜかがっくりと肩を落とすアムさんに、俺はがっしと抱きつく。
「お、おい、九龍?」
 アムさんの戸惑ったような声はまだ息が切れていた。
 この人は、俺の誕生日に間に合うために、きっと必死になってくれたのだろう。必死になって仕事を片づけて、連絡するのも忘れるぐらい大急ぎで走りながらここまでやってきてくれたのだろう。
 スタミナないくせに。走るたびに息切らして、もう年かななんて言ってたくせに。
 俺のために、本当に必死になってくれたんだ。
 なんだかうわぁーっと嬉しくて幸せでしょうがない気分になってしまい、俺はアムさんに抱きついてすりすりと顔をすりつけた。
「……しょうがないな」
 アムさんは苦笑気味に笑い、俺を抱きしめてぽん、ぽんと頭を叩いてくれた。

 二人で寮の玄関から俺の部屋に入る。俺の部屋で二人きりで、しばし向かって見つめあった。
「…………ありがと、アムさん」
「なにがだい?」
 アムさんはさっそく咥えた煙草をくゆらせてみせる。
「来てくれて」
「恋人の誕生日なら、当然だろ?」
 そう言って、アムさんはにやりと笑った。俺はまたどうしようもなく嬉しくなって、アムさんに抱きつく。
「アムさん……大好き」
「熱烈だな」
 アムさんはそう笑って肩をすくめる。ちぇっ、大人ぶっちゃって。まあもとからオヤジだけどさ。
「そうだ、君にこれを……」
「プレゼントっ!?」
 俺はばっと顔を上げてアムさんの取り出した箱を見た。その箱は大きさは小さめで、ブランドの箱でもないけど、わりと(アムさんの持ってるものにしては珍しく)お洒落な感じだった。
「……開けてもいい?」
「ああ」
 アムさんがにやりとうなずいたのを確認してから箱を受け取り、ドキドキしながら箱を開ける。うわー今日(もう昨日か)もらったプレゼントの中で一番ドキドキするよー。
「うわ……これ、指輪? ペンダント?」
「指輪をペンダントに加工してもらったんだ。安い石だが、一応本物のガーネットだぜ」
 それはアムさんの言った通り、銀色の鎖の先に指輪がついているというアクセサリーだった。指輪には確かに小さいけれど赤くて透明な石が埋まっていて、俺にはとてもきれいに見えた。
「きれいだな……ありがとう、アムさん」
「……いやいや。お礼はベッドで返してくれれば充分だよ」
「ベッドでだけ?」
「は?」
 わざとらしくにやついて俺の腰に手を回してきたアムさんに、俺は首を傾げてみせた。
「俺は、ベッドの外でも、いろいろアムさんにしてあげたいな。いろんな面倒見たり、俺のいろんなものアムさんにあげたい。そういうの思うのって、アムさんにとっては、迷惑か?」
「………………」
 アムさんは一瞬だけ、ものすごく困ったように顔を赤くして、それからすぐににやりと笑った。
「俺は果報者だなァ。いや〜君にそこまで思われてるなんて思ってもみなかったよ」
「……そうなの……?」
「………本当に、君ってやつは」
 アムさんは苦笑して、俺にねろべろじゅむくぢゅちゅぴにちゅれろれろ、とめっちゃねちこいキスをして、そのままずずずと俺を押し倒した。
「……っと待ってよ。ベッドに……」
「ベッドの外でもいろいろしてくれるんだろ?」
「………」
 こいつぅ。そういう意味じゃないのわかってるくせに。
 ま、いいか。背中は痛くなるだろうけど、今のアムさんめっちゃ欲情モードに入った顔してる。
 それが俺の言葉のせいだっていうんなら、責任取ってあげないとな。ていうか、俺もなんか気分盛り上がってきて、ベッドまでの数歩の距離も面倒くさい。
 脱ぎやすい体操着を脱がされつつ、俺は少しずつ熱くなってきてるアムさんの急所をそっと触った。

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