今はただ一時の安らぎに浸るその想いは確か
「あ――――っ!!!」
 俺はアムさんとの大晦日からのとりあえずの仲直りエッチ&姫初めを終えて、同じベッドでまったりしていた最中に絶叫した。
「ど、どうした九龍?」
 俺の髪を撫でている体勢からちょっと引きつつ聞いたアムさんに、俺はばっとのしかかるように顔を近づける。
「アムさん! アムさんの誕生日って、十二月二十五日だよね!?」
「あ、ああ……クリスマス。ガキの頃からずっと誕生日とクリスマス一緒くたに祝われてきたから損してんだよ……それが?」
「それがじゃないよ! 俺、アムさんになんの誕生日プレゼントも渡してない……!」
「……ああ」
 アムさんはなぜか苦笑した。
「いいさ。その時はそれどころじゃなかったんだし。もう別れ別れになるかもしれないって時だったろう?」
「う〜〜〜っ、そうだけど〜〜〜っ! でも今は恋人なんだよ、好きな人なんだよ。しかも二十五日っつったら俺とアムさんが初めてキスした日じゃん! そんな日を祝えないのって、恋人としてかなり駄目じゃない!?」
「……そう、だな」
 アムさんは苦笑をさらに深くして、それから少し照れくさそうに言った。
「それじゃあ、俺に誕生日プレゼントくれるか、九龍?」
「もっちろん! なにがいい? それとも俺が選んで内緒にしといた方がいい?」
「いや、リクエスト聞いてくれるか?」
「うん! なになに?」
「デートのやり直しがしたい」
 アムさんの言葉に、俺は思わず目を丸くしてしまった。
「そんなこと? それじゃ俺にもプレゼントなんだけど」
「俺はそれが欲しいのさ。明日――もう今日か、一日分の君との時間が」
 真面目な顔でそう言われ、俺はちょっぴりときんと心臓が跳ねた。ちょっとだけ顔を赤くしながら小声で言う。
「うん、アムさんがそれでいいって言うんなら、俺は、そうしたいけど」
「よし、決まり」
 にやりといつもの笑みを浮かべるアムさん。俺はなんだか胸がきゅーんとして、アムさんにすりついてしまった。
 アムさんは優しく俺の髪を撫でてくれたけど、撫でながらこう言った。
「ただし、誕生日プレゼントっていうからには、明日は一日俺の言うことをなんでも聞いてもらうからな?」
「うん、聞く。なんでも聞く」
「ようし、その言葉忘れるなよ?」
 楽しげな笑い声に嬉しくなって、ぎゅっとアムさんを抱きしめる――と、そこにアムさんのからかうような、でもどこか真剣な声がかかった。
「まず一番最初に。明日一日は絶対に、一日俺だけのことを考えてくれ。他の人間のことは考えるな」
「え……」
 顔を上げた俺に、アムさんは一見いつものように飄々とした、けれど底に鋭さを秘めた視線を浴びせてくる。俺は、おずおずとうなずいた。
「うん……」
「よし、約束だ」
 そう言ってアムさんは俺の額にちゅっとキスを落としてくれる。俺は嬉しくなってえへへと笑い、アムさんの腕の中で眠りについた。
「この笑顔が本気だってんだから、タチ悪いよなぁ……」
 そんな声が聞こえてきたような気もしたけど、よく覚えてない。

 朝。俺はぱっちりと目を覚ますと、朝食の準備を整えた。
 アムさんは沖縄出身っていうことで、昨日から準備しておいた中身汁(豚のホルモンをかつおだしと椎茸の戻し汁で煮込んだもの)と沖縄風おせち料理。一回しか食べたことがないわりにはそれなりに作れたと思う。
 匂いを嗅ぎつけて鼻がぴくぴく動き出すのを見計らって、ちゅっと鼻にキスをして起こす。
「………九龍?」
「おはよ、アムさん」
 新年の挨拶は寝る前に済ませておいたから、とそう笑いかける。するとアムさんも唸るような笑い声を上げ、俺をぐいっと腕の中に抱き入れた。
「わ! ちょっとアムさん!」
「んっとに、憎らしいくらい可愛いな君は。俺と八cmしか違わないくせに」
「ちょっと背伸びすればすぐキスができるから便利だろ? ……じゃなくて、朝飯……」
「……いい匂いがしてるな。これ、中身汁か?」
「うん。アムさん沖縄出身だって言ってたから、たまには故郷の味もいいんじゃないかなって」
「……ったく、うまい手を使いやがって」
「うまい手?」
「男は胃袋を押さえられると弱い」
 もう一度唸るような声を上げて俺のこめかみにキスを落とし、ベッドから下りて着替え出した。
「あー、ったくタチ悪いな。んっとにどーしてこんなのに惚れちまったかなぁ……」
 愚痴るようにぶつぶつ言うアムさんに俺はぷうっと膨れたけど、それでも今日一日はアムさんに目一杯俺の時間をプレゼントしたいと思ったから、さりげなく着替えを手伝って上げた。
 そしたらそんなことしなくていい、とかなり不穏な声で言われた。失敗したのかなぁ?

 この前アムさんに選んでもらった服(複数選んでもらったから、そのまだ着てないやつ)を着て、アムさんと一緒に寮の正面玄関から出かけた(元日まで見張ってるほどここの管理人は酔狂じゃない)。ナギや夷澤とは会わなかった。
 別に避けてたわけじゃないんだけど……今日はできるだけ会わないようにって思ってたから、無意識のうちに避けてたのかも。
 元日の新宿の街を二人、アムさんと歩く。元日だから当然ほとんどの店は閉まってるんだけど、人通りは決して少なくはなかった。
「どこかお参りする?」
「そうだな。花園神社にでも行くか」
「花園神社……ってどこ」
「新宿にあるでかい神社さ。交通の便がいいから詣でる人も多い」
「人ごみの中に飛びこむことになるんだ」
「まあな。その方が俺としてはありがたい」
「なんで?」
 俺が聞くと、アムさんはすっと俺に手を差し出し、言った。
「君と手を繋いでいても誰も見咎めないだろう?」
「…………」
 俺はちょっとぽかんとしてアムさんを見上げてしまった。
「……どうした」
「え、いや、だって……」
 俺はちょっと顔を赤らめつつもじもじする。
「アムさんの方から、そんな風に人前で積極的に誘ってきてくれたの、初めてじゃない?」
「嫌かい?」
「そんなことないよ! ただ、なんでかなって……」
「……なりふりかまっていられなくなったからな」
「え?」
 小声だったのでよく聞こえず、俺が首を傾げると、アムさんは苦笑した。
「ま、いいじゃないか。それより、今日は一日俺の言うことをなんでも聞く約束だろう? まさか嫌だとは言わないよな?」
「言わないけど……」
「けど?」
「俺手を繋ぐよりも腕組みたいんだけど。ダメ?」
 俺の言葉にアムさんははーっと深い息をついた。俺は慌てて必死に言う。
「あ、あ、ごめん、やならいいんだよ? 前は結局腕組めなかったから、やり直しってわけじゃないけどそういうのもいいんじゃないかって思っちゃって、その……ごめん……」
「いや……そうじゃない。……んっとに、どんな変化球も豪速球も、あっさり打ち返しちまうんだもんなぁ……考えるのが阿呆らしくなってくる」
 なんだかぶつぶつ言いながら、アムさんはすっと腕を差し出す。驚いて見上げると、アムさんはにやりと笑ってくれた。
「どこからでもどうぞ、マイハニー」
「……じゃあ遠慮なく、マイダーリン」
 俺はえへへ、と笑ってアムさんの腕にしがみついた。するりと腕を組んでぴとっとアムさんにくっつく。
「アムさんってあったかいね。体温高いっていうか。沖縄生まれだから?」
「別にそういうわけじゃないが……確かに革ジャン一枚で冬でも平気だな。おかげで君も夜は暖かいだろう?」
 にやりと笑って言うアムさんに、俺も笑顔を返す。
「うん。アムさんの体温って気持ちいいよ。アムさんに抱かれてると、すごくよく眠れる。幸せな気持ちになるんだ」
「…………」
「どしたの、アムさん」
 頭を押さえるアムさんに首を傾げていると、アムさんはなんだか自棄になったような笑みを浮かべた。
「いや、なんでもないさ。君がそういう子だってのはよーくわかってるからな」
「………?」
 よくわからない。
 それからアムさんはなんかいいのないかな、一つぐらいあったっていいだろ、とかぶつぶつ言ってから、ふいにぽんと手を叩いてにやりと笑った。
「九龍」
「なに?」
「君、今日は俺のことアムさんって呼ぶの禁止な」
「え……アムさん、アムさんって呼ばれるの嫌だった?」
「嫌ってわけじゃないが。あんまり恋人同士って感じがしない気も時々しないか?」
「そうかなぁ……じゃあなんて呼べばいいわけ?」
 ここでアムさんはにやり、と笑って。
「名前で呼んでくれ」
「……洋介さん、って?」
「いいねェ。さん付けなとこが初々しくていい。今日は俺は洋介さん、だ。いいな、九龍?」
「う……うん」
 別に呼び方変えるくらいどうってことないといえばないんだけど。
 なんでだろ、なんだか気恥ずかしい。アムさんは会った時からずっとアムさんだったせいかな。
 それが、今日は『洋介さん』になるわけか。
 洋介さん。アムさんの名前。洋介さん。
「アムさ……じゃない、洋介さんはずっとそう呼ばれたいの?」
「ん? さて、どうするかな。とりあえず今日はそう呼ぶんだぞ?」
「うん……いいけど」
 なんで名前呼ぶだけなのにこんなに恥ずかしいんだろ。別に恥ずかしがることじゃないのはわかってるのに。
 少しだけ顔を赤らめた俺に、アムさんはなぜかこっそりガッツポーズをしてた。俺から隠してるつもりかもしれないけど、しっかり見えたよ?

「ふわー……すっごい人」
 こんなに人を見るのは久しぶりだ。学校だって登校する時とかには人がうじゃうじゃ出てくるけど、こんな風に立錐の余地もないほどじゃなかった。
 まあ、人ごみって俺は嫌いじゃないけどね。
 俺とアムさん、じゃない洋介さんは腕を組んだまま人ごみの中へ突入した。この人ごみの中じゃくっついてても誰からも注目されない。
「……進み遅いね……」
「まあ、人ごみってのはそういうもんだ」
 苦笑を交し合い、お喋りしながらゆっくりゆっくり進んでいく――
 と、瞬間。俺の尻に、誰かの手が触れた。
「?」
 気のせいかな、とも思ったが、その手は素早く、さりげなく、それでいてねちっこく俺の尻を撫で回し、揉みしだき、ついには服の上からだけど後孔にまで指を触れさせてきて――
 俺はじっと洋介さんを睨んだ。
「どうした、九龍?」
 洋介さんは涼しい顔で俺に笑いかける。
「……やめてよ、洋介さん」
「なにを?」
「なにって! わかってるくせに」
「ああ、わかってるよ」
 だけどそう言いながらも洋介さんは手を動かすのをやめない。
「九龍。今日は俺の言うことをなんでも聞くって言ったのは君だろう?」
「そりゃそうだけど、でもこれは」
「約束を破るのかい? 悲しいな、君の俺に対する想いはその程度のものだったのか」
 ふう、とわざとらしく息をつく。〜〜〜もうっ、卑怯者ー!
「わかったよっ。好きなだけ触ればいいだろ!」
「いい子だ」
 低い声で囁かれて、不覚にもちょっとぞくりときてしまった。こんな状況なのにも関わらず。
「声を出すんじゃないぞ」
 そう耳元でもう一度囁いて、洋介さんの手は本格的に動き始めた。
 ズボンの上から後孔をつつー、つつーと何度もなぞったかと思ったら、今度は前の方に触れてくる。優しく撫でたかと思ったら荒々しく揉みしだかれ、性感がびくんびくんと刺激される。
 そして次の瞬間には後孔をぐりぐりと指で抉られ、服の下に手を突っ込まれて素肌に触れられ――
「………っ………ふ」
 別にこの程度の愛撫でヘロヘロになるほどうぶじゃないけど。でもやっぱり声を出しちゃいけない、見られちゃいけないって思うとつい興奮して感じやすくなっちゃうのは否めない。
 だんだんズボンの中にまで手を突っこまれるようになってきて、ペニスや後孔まで生で触られそうになって、ヤバいかも……! と思い始めた時、手水舎に着いた。
「……残念、イかせられるかと思ったんだがな」
 飄々としたその言葉に俺はなんつー言い草だ、ときっと洋介さんを睨む――と、あることに気づいて目を丸くした。
「洋介さん、照れてる?」
「…………なんでわかるんだ」
「わかるよ、好きな人のことだもん。……なんで?」
 洋介さんは精一杯取り繕っていた飄々とした顔を参ったな、というようにくしゃくしゃにして、髪をかき上げ肩をすくめた。
「そりゃこんなとこであんなことすりゃ恥ずかしくない方がおかしいだろ。いつバレるかってひやひやもんだったんだからな」
「………じゃあ、なんであんなことしたわけ?」
「それは……」
 洋介さんはちょっと逡巡してから、にっと笑った。
「君に俺に飽きてもらっちゃ困るからな。刺激的だったろ?」
「…………」
 俺はちょっと呆然として、それからぷっと笑って洋介さんに抱きついた。
「……こら。なんなんだいきなり」
「んもー、洋介さんのそーいう可愛いとこ、俺好っきだなぁホント!」
「……可愛い、ってねぇ、君………」
 洋介さんは不満そうだったけど、俺は気にしなかった。だってホントだもん。洋介さんのそういういい年こいてガキっぽいとこ、俺大好き。
 ホントはそれだけじゃないんだろうけど、でも洋介さんが隠したいって思ってるのはわかるから、聞かない。
 でもその代わり、俺がこのシチュエーションにちょっぴりドキドキしちゃったっていうのも、内緒な。

「君は神頼みに拒否反応示す方か?」
「俺は別に。仏教だろうがイスラムだろうがもちろん日本の神様だろうが気にしないよ。なにかに祈るってのはそれほど悪いことじゃないって思うしね」
 なんてことを話しつつ、賽銭箱の前までやってきた。洋介さんが五十円を取り出す。
「ご縁がたくさんにありますように?」
「まあな。君はどうする?」
「俺は五十円ないから五百円でいいや」
「……豪気だなァ」
 とにかく二人で賽銭を入れて鈴を鳴らし、作法にのっとって二拝二拍手一拝。その途中で(ここの祭神は稲荷と日本武尊だそうだけど)遺跡の神様に祈った。
(卒業まで天香にいれますように。いろんな遺跡に探索に入れますように)
 それからちょっと考えて。
(洋介さんと、できるだけ長く一緒にいて、仲良くできますように)
 今日は、洋介さんのことだけ考えるって約束したしね。
「願い事はなににした?」
 帰り道でそう聞かれたので、お約束としてこう答えた。
「秘密。洋介さんは?」
「じゃ、俺も秘密にしとくか」
「あはは、しとくかってなに」
 そんなことを言いつつおみくじを引いて、大吉だ凶だって騒いで。お守りを買うかって聞かれたけど、俺は買わないって言った。
 それから出店で昼食を買って、公園でのんびり食事とかして。
 ……なにをしたってわけじゃないけど、なんだか楽しかった。

 夕方、洋介さんと一緒に寮に帰ってきて、部屋に入る。泊まってく? と聞くと是の返事が返ってきた。
「で、次はなにかしてほしいことある?」
 俺がにこにこと聞くと、洋介さんははーっとため息をついた。
「なんだよー」
「いや……」
 なんっか違うんだよなぁ、どーしてこうなんだろ、とかぶつぶつ言ってる洋介さん。なんだよ俺にしてほしいことないのかよ、とむーっとしていると、ピンポーンとドアチャイムが鳴った。そして「亀急便でーす」といういつもの声。
 ……やっと来た!
「はーい!」
 扉を開けると、そこには荷物だけが置いてある。これもいつものことだ。
「どうした、九龍?」
「えへへ」
 荷物を持って洋介さんのところへ戻る。声がうきうきしているのが自分でもわかった。
「なんだ、その荷物?」
「えへへ、これはね……」
 素早く荷を解く。中身を見て、洋介さんは大きく目を見開いた。
「これは……」
「あれ、知ってるの? これね、知り合いの……っていうか、バディになってくれた人の紹介してくれた店で売ってるお守りでね。災いから人を守ってくれるんだって」
「如月骨董品店の草人形……」
 なんだ、知ってたんだ。
 でもまぁいいや、とにっこり笑って人形を差し出す。
「お互い仕事柄いろいろ大変だと思うけど。ちゃんと生き残って俺のとこに帰ってきてねっていうことで、遅ればせながら誕生日のプレゼント」
「………………」
 はあぁぁ、と洋介さんは深い深いため息をついた。俺は思わずびくんとして、洋介さんをじっと見つめる。
「……気に入らない?」
「いや……」
 洋介さんはふっと、なぜか苦く笑って俺を抱きしめた。
「嬉しいよ。めちゃくちゃ嬉しい。ありがとう、九龍」
「………うん」
 俺は洋介さんの背中に腕を回して答えた。洋介さんがなにを思ってるのかはわからないけど、嬉しいって思ってくれたのは確かだと思えたからだ。
 それから俺はずずずっと押されて、ベッドの上へ押し倒された。俺は少しだけ呆れた顔を作って言う。
「元気だね、洋介さん。昨日あれだけやったのに」
「恋人がなんでもいうこと聞いてくれるっていうなら、最後はやっぱりこれだろ?」
 にやりと笑う洋介さんに、俺はくすりと笑って下からキスをする。
「確かにね。なんでもご主人様の言う通りにいたします。今日の俺は洋介さんのドレイ」
「……っとに、君はぁ……」
 唸るような声を上げて洋介さんは俺に襲いかかってくる。洋介さんって名前呼んだのもあって、燃え上がるものがあったみたい。
 だからそれに水を差すのもなんだなと思って、でも俺は普段だって洋介さん――アムさんの言うことならたいてい聞いちゃうよ? ということは言わないことにした。

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