この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。
それと、一部下品な描写もありますのでそういうものにまるっきり耐性がないという方もやめておいた方がよろしいかと。



4つの気質・2
「ディック。俺と同室になるの、ヴォルクに、してくれない?」
 迷宮探索を終え、疲れた体を引きずって宿へと向かう途中。セディシュがくいくいとディックの服の裾を引っ張って言ってきた。ディックはじろりとセディシュを睨み、ぶっきらぼうに言う。
「なんでだ。アルバーと一緒じゃなくていいのか?」
「? なんで?」
 なんでってお前らできてんだろ男同士のくせしてまったく物好きなことだよなぁつーか俺とした時はまぁまぁとか抜かしておきながらなんなんだよその違いそんなにあいつのがよかったってか悪かったなぁこの野郎。
 この十倍近い文句を頭の中で瞬時に並べ立ててから、ディックはきょとんと首を傾げるセディシュを見つめた。そんな自分でも言う筋合いなどないとわかっている文句をいちいち並べ立てるほどディックは恥を捨てていない。
「……なにかヴォルクに用があるのか?」
「うん。したいから」
「なにを……」
 言いかけては、と気付いた。まさか、この展開は。
 そしてディックの想像した通りの台詞を、セディシュはきっぱり告げた。
「セックス」
「………………」
 ディックは一瞬呆然として、それから慌ててセディシュの肩をつかんだ。顔を近づけて囁く。
「おい、セディ。お前、本気か?」
「? うん」
「あのな……俺が口出しすることでもないとは思うが、いいのか、そんなことして?」
「いいのかって、なんで?」
「いやだってな、お前アルバーとあんなに……」
 言いかけてディックは迷った。いちゃいちゃとしていたのは確かだが、それが必ずしも恋人関係を結んだせいとは限らない。セフレ相手とだっていちゃつく男はいる。疑問を訊ねるべきか否か。逡巡の末、結局聞いた。
「お前、アルバーと恋人になったんじゃないのか?」
 セディシュはいつものようにきょとんと首を傾げて言った。
「こいびとってなに?」
 一瞬ぽかんと口を開けてから、頭を押さえつつセディシュに説明する。
「定義としては、相思相愛……つまり、お互い恋愛感情で好きだと思い合っている相手のことだ。一般的には、ある程度の契約的なもの……つまり、それ以外の人間とはセックスしたりしないという約束も含む間柄、なんだが」
「じゃあ、俺とアルバー、恋人じゃない」
 きっぱり首を振るセディシュに、こいつ本気で恋人って意識なくあれだけいちゃついてやがったのか、と苦々しく思いつつも保護責任者として説得を試みた。
「あのな、セディ。恋人っていうのは、そういう約束をしてなくても、そういう事実関係にあるだけで一定の責任は生じるんだぞ?」
「じじつかんけい?」
「つまりな、お前とアルバーは……その、セックスしたわけだろ?」
 もしかして俺の勘違いでこいつらは全然そういう関係じゃなかったりするかも、と一瞬期待しつつ訊ねてしまったが、セディシュはごくあっさりとうなずく。
「うん」
「…………。だったらな、お前にはアルバーに対する一定の責任が生じるわけだよ。お前だってアルバーを傷つけたいとは思わないだろ?」
「うん……? じゃあ、ディックと俺も、恋人?」
 ぶっ。思わずディックは吹いた。
「なんでそうなる!」
「だって、ディックと俺、セックスしたよ?」
「い、いやそりゃそうだがな、恋人関係に必ずしもセックスが必要でないように、セックスをするのに恋人である必要もないわけで」
「? じゃあなんでアルバーと俺は、恋人なの?」
「いやそれは、なんというかお互い通い合うものがあるかどうかというか、お互いを好き合っているかどうかの違いというか……」
「俺、ディックのこと、好きだよ。ディック、俺のこと、嫌い……?」
 例の少し悲しそうなひどく切なげな顔。うぐぐー、とディックは唸った。
「いやだからな……俺もお前は好きだけど、その中に恋愛感情はないんだ」
 セディシュはまたきょとんとした顔をする。
「ないの?」
「ない! 俺は同性愛的性向は持ち合わせてない!」
「俺と、したのに?」
「ぐ、いやだからあれはなんというかつまりあれだ……お前が、その、してくれって言ったから……」
「そうなんだ」
「そう、だ。……いやあのな別にお前としたくなかったわけじゃないぞ!? ただなんというか俺は積極的に男をセックスの対象にする気にはなれないというかなんというか」
 あああなに墓穴掘りまくってんだ俺ぇ! と思いつつも、必死にディックは言い訳する。セディシュを傷つけないように、けれど自分がゲイでもバイでもないことはなんとしても主張したく、必死に言葉を連ねる。
 セディシュはその言い訳をいつも通りのきょとんとした顔で少し首を傾げて聞いていたが、ディックが「……わかったか?」と息を荒げながら訊ねると、こっくりうなずいて言った。
「わかった」
「そ、そうか」
「それで、どうして、ヴォルクとセックスしちゃ、いけないの?」
「……………………」
 ディックは沈黙し、すたすたと道端に立つ街灯に歩み寄り、がすがすと頭をぶつけた。セディシュが驚いた顔でそれを止める。
「ディック、そんなことしちゃ、痛い」
「知ってるよわかってるよ言われなくてもんなこたぁわかってんだよ! あーもーくそーお前ってどーしてホントーにこう……!」
 うがあぁ、と猛烈な勢いで頭を掻いて、はあっと息をつき、ディックは言った。
「わかった。今日はヴォルクと同じ部屋にしてやる」
 セディシュはきょとんと首を傾げる。
「ヴォルクとセックス、していいの?」
「好きにしろ。けどどうなったって俺は断固として責任持たんからな」
 やってられるか、とディックはずかずかと宿屋に向かう足を早めた。話すのが馬鹿馬鹿しくなってきた。こっちがどれだけ気を遣ったってこいつの頭の中にはヤれるかどうかしかないんだ。
 第一そもそもなんで俺がこいつとアルバーの関係に気を遣ってやらなきゃならないんだ。人をさんざん振り回しやがって。破局するなり修羅場になるなり勝手にしろ!
 冷静になればそれが八つ当たりだと気付くだろうとはわかっていたが、ついつい感情を抑えられず、ディックはきょとんとした顔でついてくるセディシュを無視して宿への道を闊歩した。

「ヴォルク。セックス、しない?」
 ディックやアルバーにもそうしたように、真面目な顔でそう言うと、ヴォルクは思いきり顔をしかめた。
「なんだって? セディシュ、お前今なんと言った」
「ヴォルク。俺とセックス、してくれない?」
「………………」
 ますます顔をしかめてから、ヴォルクはこちらに問いかけてくる。
「セディシュ、お前はゲイなのか?」
「ゲイってなに?」
「……男性を性的対象とする男のことだ」
「せいてきたいしょうってなに?」
「だから……ええいつまりな、お前は男とセックスしたいと思うのか? ということを聞きたいんだ俺は」
 セディシュはきょとんとした。なにを当たり前のことを言ってるんだろう。
「うん」
 こっくりとうなずくと、ヴォルクはひどく難しい顔になった。なにやら口の中でぶつぶつと呟いている。セディシュが黙って待っていると、ヴォルクは意を決した顔になってセディシュを見つめた。
「いいか、セディシュ。俺はゲイじゃない」
「うん?」
「つまり、男とセックスしたいとは思わないということだ。これはお前の人格や俺のお前に対する感情とは一切関係がない。純粋に性向の問題だ。俺は男に性的欲望を抱ける人種じゃないんだ」
 セディシュはきょとんとして、首を傾げた。
「なんで?」
「な……んでって、なぁ」
 ヴォルクはひどく困った顔をして唸る。セディシュはその顔をじーっと見つめた。
「なんでといわれても……これは、なんというか、あくまで好みの問題というか……」
「ヴォルクの好みって?」
「う゛」
 ヴォルクは固まった。セディシュはその顔をじーっと見つめる。
「その……なんというか、男として……一般的なものであり、性癖と呼ぶべきものですらないんだぞ、俺の好みは。あくまで男としてごくごく普通のもので、聞いてもつまらないことは疑いようが」
「うん。でも俺、聞きたい」
「う゛う゛う゛………」
 しばしうーうーと唸ってから、ヴォルクはぼそりと言った。
「巨乳美女……」
「きょにゅうびじょ?」
「胸がでかい女が好きなんだ、俺は! 悪いか!?」
 セディシュはきょとんと首を傾げた。
「ヴォルク、デブ専?」
「ち、ちがあぁぁぁぁう! 俺はあくまでトップとアンダーの差が激しい、ぼんきゅっぼんっのプロポーションのいい女が好みなわけで!」
「ぼんきゅっぼんっ?」
「そうだ! Fカップぐらいの金髪美女にねっとりたっぷりいじめられながらイかせてもらうのが俺の理想的セックス」
「そうなんだ」
「そうっ……?」
 言いながら、ヴォルクの顔からさーっと血の気が引いていく。ほとんど白くなっている唇を動かし、おそるおそる聞いてきた。
「い、今、俺が言ったこと、聞いたか?」
「『Fカップぐらいの金髪美女にねっとりたっぷりいじめられながらイかせてもらうのが俺の理想的セックス』?」
「…………」
 ふらり、とヴォルクはよろめいた。セディシュは慌てて支え、ヴォルクをベッドに座らせる。
「大丈夫? ヴォルク」
「違う、違うんだ俺は違う俺は変態なんかじゃない俺は別におかしな性向なんか持ってないただちょっといじめられるのが好きなだけでそのくらいなら別におかしくないだろう男なら誰だって持ってる性癖のはずだそうに決まって」
「……ヴォルク?」
 どうしたんだろう、とぶつぶつうわごとのように言い募るヴォルクを前に困惑していると、ヴォルクはきっとこちらを睨んで叫んできた。
「セディシュ! 俺はマゾなんかじゃないんだ! ただあくまでちょっといじめられるのが好きなだけのごく普通の男で」
「? それって、Mじゃないの?」
「………………」
 ヴォルクは愕然とした、擬音で表現するなら『ガ――――ン』としか言いようのない顔をしてから、がっくりとうなだれて泣き始めた。うっくうっくぐすんぐすん、と恥も外聞もなく泣きじゃくるヴォルクに、セディシュは驚いて顔をのぞきこむ。
「ヴォルク。大丈夫?」
「大丈夫なわけっ、ぐすっ、あるかっ。俺は、俺はなっ、そりゃ、ちょっとはおかしいかもしれないがなっ。だけどそれでも別に犯罪者じゃ、ないっ。普段は真面目に、研究してるしっ、ていうか研究しかしてないしっ、遊んでるわけでもないしっ、ただちょっとセックスの好みがっ、人と違うだけじゃないかっ。なにも、そんなに、おかしいとかっ、変態とかっ、キモいとか死ねとか一生一人でオナってろとかっ、虫けらみたいに罵らなくたってっ」
「ヴォルク」
 ヴォルクがなんで急に泣き出したのかさっぱりわからずセディシュは困惑した。なんとなく嫌な過去から妄想が広がったりしてるのかな、と思いはしたがそもそもどの辺が嫌な過去なのか微塵もわからない。そしてわからないことは人に聞け、とディックに教わっているので素直に聞いた。
「ヴォルク、なんで、泣いてるの?」
「泣いてないっ」
「泣いてる」
「っ……察しろ少しは!」
「なにを?」
「っっっ………だからなぁ! 俺は過去に付き合った女に変態呼ばわりされたトラウマが回想されて落ち込んでいるんだよ!」
「? ヴォルク、変態じゃない」
「うるさいわかってるどうせ俺は変態、って、え」
 ヴォルクは赤い瞳を大きく見開いて愕然とセディシュを見つめ、がっしと腕をつかんで顔を近づけてきた。
「? なに?」
「本当に、そう思うか?」
「なにが?」
「俺は、変態じゃないって、思うか?」
「? うん。ヴォルク、変態じゃない」
 実際セディシュにしてみればなんで変態なのかさっぱりわからなかった。変態というのはプレイの時に使う相手を貶める時の罵り言葉ではないか。別に今はプレイの最中ではないのだから言う必要はないし、ヴォルクは貶められなければならないような人間ではない。
「だ、だがお前はさっき俺のことをMだと」
「? Mだと、なんで、変態なの?」
「え……」
 ヴォルクはぽかんとしてから、表情を明るくして、まるで希望の光を見るような目でセディシュを見つめてきた。セディシュはなぜなのかわからず首を傾げる。セディシュの中ではSだろうがMだろうが少しも変態的性向だという意識はない。むしろそれは基本だろうとすら思っている。なにせ肉奴隷だったので、『お互いを思いやり尊重しあうセックス』なんてもの世界の中にほぼ存在しなかったのだから。
「そ、そうだよなっ? いじめられるのが好きなのは、別に変態じゃないよなっ?」
「うん」
「そうだよなぁっ!? そうだそうなんだ俺は変態じゃないんだーっ!」
 一人盛り上がりきらきらした目で宙を見つめるヴォルクに、セディシュは少し首を傾げてから訊ねた。
「それで、ヴォルク。俺とセックス、してくれる?」
「……は?」
「俺、S役もできるけど。いや?」
「え、いや、その、なんというか……むぅ……」
 ヴォルクは困惑顔になり、それから腕を組んで考え込んだ。セディシュは黙って答えを待つ。
 ちなみにこの発言はセディシュ的には善意の申し出だ。昨日アルバーととりあえずアルバーの限界までヤったので一応性欲は落ち着いているし、セディシュの好みとしてはS役よりもM役の方がいい。それは体は辛いが、そういうプレイで快感を得られるように調教されてきているし、S役は『SMのSはサービス(サーバント)のS』というくらいMの欲望にいちいち応えなければならないので、M役よりもはるかに神経を使うのだ。
 だがヴォルクがMだというなら、セディシュはその欲望に応えてやりたいと思う。大切な仲間なのだから、ヴォルクの役に立てることがあるならしてやりたいと思うのだ。
「だ、だが……しかしだな、それは確かに俺はいじめられるのが好きではあるが、ゲイ的性向は全然少しもまったくもってないわけで」
「俺が、ヴォルクの好みじゃないのは、わかったけど。それでも気持ちよくは、させてあげられると思うけど……」
「う……そ、そんなに、自信があるのか?」
「それなりには」
 こっくりとうなずく。少年にいじめられたいMの相手もかなりしてきたが、セディシュはすべての相手に満足してもらってきた。S役だろうがM役だろうが相手を気持ちよくイかせる自信はある。
「ううう……だ、だがな。俺は挿れられたいわけじゃ微塵もないんだぞ? 挿れながらいじめてもらいたいんだぞ? それでも大丈夫なのか?」
「うん」
 またこっくりとうなずく。少なくともセディシュは人に思いつくプレイは大体やってきているのだからそのくらいの経験は当然ある。
「う゛う゛う゛……だ、だが、俺は男相手には勃たないぞ? お前見ても欲情とか全然しないぞ? それでもか?」
「うん」
 さらにこっくりとうなずく。少なくともこれまで相手をしてきた人間は全員満足させてきたのだから、まず大丈夫だと思う。
 ヴォルクはそれからも数分うーうーと唸り、顔を赤くしつつこちらを見上げるようにしておずおずと呟くように言った。
「じゃ、じゃあ、頼もう、かな」
「うん」
 セディシュは真面目な顔でうなずき、荷物から紙とペンを取り出した。そしてそこにさらさらと文章を書き連ねる。
「な……なに、書いてるんだ?」
「要望チェック表」
「……は?」
「……書けた。この中で、したいことに○、絶対されたくないことに×、つけて」
「だから、いったいなにを……えぇ!?」
 顔をしかめて読み始め、すぐにばっと愕然とした顔を上げる。顔が真っ赤なのはなんでだろう、と思いつつセディシュはわずかに首を傾げた。
「し、縛りとか、鞭打ちとか、アナル調教とか、フィストとか蝋燭とかはりつけとかって……なんなんだ、これは!?」
「だから、要望チェック表。SMって、最初にされたいことされたくないこと、決めておいた方がいいから。その場のノリで、けっこう先の調教まで、までいったりすること、あるし」
「け、けっこう先、って」
「たとえば、吊りした時に、最初は鞭打ちだけの予定だったけど反応がいいからアナル調教も、とか。チン……じゃない、おちんちんはりつけ、亀頭磨きと蝋燭どっちにするかとかまで決めないでやっちゃう時とかあるし。流れを止めるのが、一番しらけるから。だから要望、ちゃんと知っておいた方が、いい」
「そ、それは確かに、そう、だろうが……」
「じゃあ、それ、書いておいて。その間に、俺、準備するから」
 そう言って顔を真っ赤にして唸るヴォルクをその場に残し、セディシュはバスルームに入った。腸内の掃除をし、下着を着けてから相手の要望に応えるため一応準備しておいたSM用の機材を確認する。専用の部屋ではないので大したことはできないだろうが、それでもヴォルクを満足させる自信はあった。
「書き終わった?」
 下着姿で部屋に戻ると、ヴォルクは恥ずかしそうに顔を歪め赤くしつつぶっきらぼうにチェック表を差し出す。セディシュは目を通しながら、わずかに眉をひそめ首を傾げた。
「ヴォルク」
「な、なんだ」
「Mの、経験ある?」
「そ、それはつまり、そういうセックスをしたことがあるか、ということか?」
「うん」
「……ないが、それがどうした。SM初心者のくせにマゾでなにか悪いか!」
「悪くは、ないけど。これから鞭打ちとか、される予定、ある?」
「え、な、なにをっ」
「Mの調教って、ある程度若いうちにやっておかないと、うまくいかない。鞭打ちの痛みを快感に換えるとか、蝋燭とかアナル調教とか、年取ってからやろうとしても、体と感度が、ついていかない」
「え、そ、そうなのか……?」
「うん。だからM希望者は、若い頃からいろいろ調教しといてもらった方が、プレイの幅が広がる。ヴォルクが一生縛りと言葉責め程度でいい、ってことなら、別にいいけど」
「う゛………う゛う゛う゛う゛………」
 うんうん唸ってから、ヴォルクは赤い顔でチェック表を奪い取り○をつけ直した。セディシュはそれを改めて見直し、うなずく。
「アナル関係と、スカトロ以外は、とりあえず一通りヤる、ってことでいい?」
「う、その、まぁ、うむ」
 咳払いなどしつつ微妙にこちらから視線を逸らしながらうなずくヴォルク。それにこっくりとうなずき返してから、セディシュはSM用機材を取り出して頭の中でとりあえず一通りプレイの手順を確認した。
「セ、セディ、シュ。それは、一体」
「道具。必要、でしょ?」
「いや、そういう話じゃなくてどこからそんなもの」
「じゃ、ヤる?」
「う……む、うむ」
 またも微妙に視線を逸らしながらうなずくヴォルクにうなずき返し、セディシュは鞭を取り出した。当然戦闘用のものではなく、プレイ用の房鞭だ。そしてするり、とヴォルクに近づき、ぐい、と鞭の持ち手で顔を持ち上げる。
「な、なにを」
「なんで服着てるんだ、あぁ?」
「え」
「奴隷のくせして服着てんじゃねーよっ!」
 ぴしぃっ! と鞭をヴォルクの股間に振り下ろす。「ったぁ!」とヴォルクが悲鳴を漏らした。
「おら、とっとと服脱げよ。変態のマゾ奴隷のくせして服着てんじゃねぇ」
「いや、ちょ、待っ、セディシュお前性格が変わって」
「あぁ? 聞こえなかったのか? 脱げ」
「……は、はい……」
 びくり、と震えてヴォルクはのろのろと服を脱ぎ始めた。その様子をセディシュはじろじろと見つめ、下着一枚の姿で手が止まったのを見るや鞭の持ち手の先端を股間にぐりぐりと押し付けた。
「脱げっつったろーが、あぁ? 奴隷のくせしてぶってんじゃねーぞ! 素っ裸になれっつってんだよ!」
「……はい」
 小さな声で返事をして、さらにのろのろとヴォルクは下着を脱ぐ。素っ裸になって背中を丸めるヴォルクに、即座に「おら、しっかり胸張って全部見せろ!」と命令する。ヴォルクはびくり、として、のろのろとではあったが素裸の体をあらわにした。
 セディシュはその姿をじろじろと見ながら、にやにやと口の端を吊り上げた。だらんと垂れた状態から、少しずつぴくり、ぴくりと小刻みに動き始めているペニスをそっと撫でる。
「いいもん持ってんじゃねぇか。変態マゾのくせしてよぉ」
「……っ……」
 ヴォルクの呼吸が荒くなる。セディシュが指で撫で触り揉む、それだけの動作でみるみるうちにペニスが勃起していく。うん、この分なら大丈夫だろう、とセディシュはヴォルクの男に欲情しないという言葉の程度を見切った。
「おー、あっという間にでかくしちまって。これからいじめられるの想像してチンポでかくしてんのかぁ?」
 言ってからあ、チンポって言ってよかったのかな、とアルバーの言葉を思い出したが、言ってしまったものは仕方がないと今回のプレイはそれで通すことにした。SMに限らず、プレイは流れを止めるのが一番よくないのだ。
 ヴォルクの体がぶるりと震える。よし、とセディシュは赤い縄を取り出した。
「こっち来な」
「……はい」
 素直に近づいてくるヴォルクに、素早く縄をかけていく。亀甲に縛るつもりだった。亀甲縛りというのは実は相手の動きを封じるのには全然役に立たないのだが、拘束されていくという感覚を強く味わうことができるので、初心者から上級者にまで幅広く愛好されているのだ。
 だが体中に縄をかけるわけなので、それなりに時間もかかる。なのでしらけさせないよう、適度に体のあちこちを触ったり言葉責めをしたりとすることも忘れなかった。
「乳首勃ってんぞ、縛られんのそんなに好きか? チンポもびくんびくん動かしやがって、縛られて感じてんのか、変態が」
 亀甲縛りを終え、乳首をいじりながら軽くいじめる。乳首を指先で捻るとヴォルクは「っ!」と呻いたが、その後撫でくすぐるような、開発されていない人間ならくすぐったいと思うだろうタッチで胸から脇腹に手を這わせる。開発も兼ねて乳首いじめとソフトタッチを繰り返すと、そのたびにヴォルクは声を漏らしつつ体をびくびくとさせた。
「っ……っ、ぅ……」
 声を漏らすのが恥ずかしいと思っているのか、声を出すのを必死に堪えていますという顔でびくびくと身をよじるヴォルク。何度か繰り返して反応を観察し、現在のヴォルクの感度と羞恥心の程度を算定しつつ、セディシュはにぃ、と唇の両端を吊り上げてみせた。
「乳首で感じてんのかよ? 変態だな、お前」
「っ……」
「お前は変態マゾだもんなぁ。オナニーする時一人で乳首もいじってたんだろ、この変態がよ!」
「っぅ!」
 ぎゅ! と乳首を思いきり捻ってから、セディシュはさらに新しいロープを取り出した。今度は荒縄だ。
「手ぇ出せ」
「……はい」
 手早く荒縄で交差させた手首を拘束し、最初から目をつけていた梁へかけて引き上げる。そしてそれから今度は金属製の拘束スティックを取り出した。携帯に便利な分割可能なタイプのものだ。
「足開け」
「はい……」
「おら、ぶってんじゃねぇっつったろーが! もっと腰前に突き出してチンポ見えるように股開くんだよ!」
「はい……っ」
 少し震えた声で答え、素直に足を開くヴォルク。声の感じからもうちょいいじめても大丈夫だな、と思いつつ開いた足を拘束スティックに付属の足枷で拘束した。これで足を閉じることはできない。そしてスティックをベッドの足に縛りつける。動きをさらに封じるわけだ。
 それからするりと背後から近づき、ヴォルクのしっかり勃起してびくびくと震えているペニスに指を這わせる。「っ……」とわずかに声を漏らすヴォルクに、ペニスを撫でるように触りながら囁いた。
「まーだビンビンだなぁ。縛られてそんなに興奮してんのか?」
「………っ」
「返事はどうした、あぁ?」
 ぎゅっ! と根元部分と睾丸を握り締める。「ひっ!」とヴォルクが呻く。セディシュは男の体の痛めつけ方も熟知している、今のは初心者向けとしてはかなり痛くした。
「おら、聞こえなかったのか? 返事はどうした!」
「………はい」
「聞こえねぇぞ。もっとはっきり、誰にでもわかるようにちゃんと言うんだよ! タマ潰すぞ、コラァ」
 ぎゅ、とまた睾丸を痛めつける。びくっ、とヴォルクの体が震え、明らかにひどくためらいながらも口を開けた。
「……縛られて、興奮、してます」
「誰が縛られて興奮してるんだ?」
 さわさわ、と微妙にペニスを刺激してびくびく震えるペニスに快感を与えつつ、ぎり、とペニスを握り締める。
「おれ、が……」
「変態マゾのヴォルクが、だろうが! ちゃんと言えっ」
「……っ変態マゾのヴォルクが、です……」
「なにされて興奮して、どこをでかくしてるんだ?」
「しば、られて、興奮して……あそこを、大きく、してます……」
「あそこだぁ? 奴隷がんな勿体つけていいと思ってんのか!」
 ぎりっ。
「ひ!」
「おら、ちゃんと答えねぇと握り潰すぞ。どこをでかくしてるんだ?」
「………っ、ペ、ペニスを……」
「チンポを、だろうが!」
 ぎにっ。
「あひぃっ!」
「今度ちゃんと答えなかったら握り潰す。どこをでかくしてるんだ? ちゃんと答えろ」
「……っチンポをでかくしてますっ!」
「最初からちゃんと言え!」
 まだ後ろからペニスを握りつつセディシュは言う。指は射精しない程度の、だが確実にそれに近づくレベルの快感を与えるよう動かしている。当然ときおり力を入れて恐怖を味わわせるのも忘れない。
「へ……っ、変態マゾのヴォルクは、縛られて、興奮して、チンポをでかくしてますっ!」
「淫乱変態マゾ奴隷のヴォルクが、だろうが! もう一度ちゃんと言えっ!」
「淫乱変態マゾ奴隷のヴォルクが、縛られて、興奮して、チンポをでかくしてます!」
「ただでかくしてるだけじゃないだろうが? チンポでっかくビンビンに勃起させてるだろうが! おら、最初っから言え!」
「淫乱変態マゾ奴隷のヴォルクが、縛られて、興奮して、チンポでっかくビンビンに勃起させてますっ!」
 ペニスに痛みと快感を言葉に合わせ交互に与えつつ、セディシュはヴォルクに何度もこんな調子で淫語を言わせた。口に出して何度も尊厳を剥ぎ取られるようなことを言わせるのは調教の基本だ。排泄も絡められると楽なのだが、アナルとスカトロは駄目だということだから仕方がない。
 何度も叫ばせて、快感と痛みをバランスよく与えて、ヴォルクの頭が惑乱してきた頃を見計らってセディシュは手に持っていた鞭をピシィ! と鳴らした。
「ようし、よく言えた。褒美にいいものをくれてやる」
「っ……」
 びくん、とヴォルクが震える。セディシュは背中側にいるので、なにをしているのかわからない。それが恐怖をあおり、反応を過敏にする。だいたい想像はつくだろうが、それがまた感度を高めるのだ。
「おーらっ、いくぞっ!」
 ピシイッ! と鞭を振り下ろす。房鞭なので体に傷はつかないしそう痛いわけでもないが、SM初心者にはそれなりの衝撃だろう。
「ぎゃっ!」
「おらおら、まだまだこんなもんじゃねぇぞっ! おらぁ!」
「ひゃひぃっ!」
 ピシィ! ピシッ! ピシィッ! 何度も何度も鞭を振り下ろし、ヴォルクの背中に何条も鞭の跡をつける(傷はつかないが赤くなるぐらいはする)。本当は鞭の痛みを与えながらペニスを刺激するなどして性感を高めるのがいいのだが、一人なのでそれは断念する。SMはM一人につきSが二、三人というのが一番楽なパターンではあるが、一人でS役をこなした経験も一度や二度ではないのだ。
「は……っ、はっ」
 体を揺らして荒く呼吸するヴォルクに、前に回って少しばかり萎えたペニスをしごく。みるみるうちに勃起したペニスの根元と睾丸を、細い縄で縛った。
「ちょっとしごいたくらいでビンビンにしやがって。鞭で叩かれて嬉しかったか、あぁ?」
「………っ」
「どうなんだ?」
 ぎゅ、と縄を少しきつくすると、ヴォルクは「っ……」と小さく呻いてから、こくりとうなずいた。
「はい……嬉しかった、です」
「誰がだ?」
「変態マゾ奴隷のヴォルクは……鞭で叩かれて、嬉しかった、です……」
 その声の中の欲情のにじみ具合に、セディシュはよし、とうなずいた。思った通り、ヴォルクはなかなかMの素質がある。
「ようし、特別だ。もう一度、今度は別の褒美をくれてやる。嬉しいか?」
「はい……嬉しいです」
 頬を染め、うつむき加減にそう言うヴォルク。うん、いい感じ、と思いながら亀頭のくびれに細い紐を括りつけ、その先に1kgの錘を結わえつけた。亀頭の付け根が締めつけられたのだろう、ヴォルクは「ひっぐぅ……」と呻く。
 ペニスをもうちょっといじめるかな、とちょっと考えたが、すぐにやめておこうと首を振った。初めてなわけだし痛みは最小限にとどめておいてあげよう。そう決めて滑らかな手触りの手ぬぐいを取り出す。ヴォルクが怯えたようにびくりと身を引いた。たぶんなにに使うのかわからなかったせいだろう。
 セディシュはヴォルクに見せ付けるように、にやにやと口の端を吊り上げながら手ぬぐいにオイルをたっぷりと垂らし濡らした。目の前でぴん、と手ぬぐいを左右に引っ張り、感触を視認させる。
「これを、どうするかわかるか?」
「わかりま、せん……」
「ようし、教えてやる。これはな、こうしてチンポにかぶせてな……」
 先端が引っ張られ水平になったペニスの亀頭に、ぴんと張ったオイルつきの手ぬぐいをかぶせた。ヴォルクが怯えたような、だが期待もしている視線でその動作を見つめているのを確認し、手ぬぐいをつかんだ両手を左右に動かす――とたん、ヴォルクが大きく体を波打たせながら悲鳴を上げた。
「ひっ、あ―――――っ!!!」
「こうして、磨くんだよ!」
「ひっ、あひっ、やぁ――――っ!!」
 亀頭オイル責め。亀頭磨きやチンポ磨きともいう。たっぷりのオイルで濡らした手ぬぐいで亀頭を磨く、言葉にすればそれだけだが、ペニスに与えられる刺激は半端ではない。亀頭はそもそもペニスの中で一番敏感な場所だ。感じる性感も強力だが、敏感すぎて指で直接触っては普通の人間は射精できない。
 そういう場所をぐっしょりとオイルで濡れた手ぬぐいで磨く。滑らかな布だし濡れているので指のように痛いと言いきれるような感覚ではない。だが快感というにはあまりに激しすぎる。強烈すぎて射精はまず不可能だ。初心者Mなら暴れるのも当然だろう。
 やりすぎると亀頭が鈍感になるので多用できる技ではない。が、苦痛とも快感ともつかない感覚を体に覚えこませるには相当に役に立つ技だ。Mはそういう強烈な刺激を『気持ちいい』と認識するところから始まる。
「おーら、男に生まれたことを感謝しろよ。こんなに気持ちいいことしてもらえて嬉しいだろ、あぁ!?」
「ひぁっ、ひぐっ、ひぃ―――っ!!」
 しばらく悲鳴を上げさせてから、ぬろー、ぬろー、と手ぬぐいの動きを思いきり緩やかにして快感の方に寄った感覚を感じさせてやる。ヴォルクが「あひ……あひぃ……」と喘ぎながら身をよじるがその動きは緩やかだ。
 そこに再びわずかに力を入れて磨く。部屋に響く絶叫。わずかでも力の込め具合と方向で与える感覚の強さは桁違いだ。しばらく悲鳴を上げさせて、また動きを緩やかに。今度は「あひ……あふぅん……」とだいぶ快感寄りになった喘ぎ声を漏らした。
 これもMの調教の基本のひとつ、快感と苦痛の反復。緩急をつけた責めを何度も繰り返すことで体に苦痛を快感と覚えこませるのだ。
 ヴォルクにたっぷり悲鳴を上げさせ、反応が弱まってきたのを見計らって手ぬぐいを外す。ヴォルクはぐったりとしてもう声も出ない。顔ももう涙とよだれでぐしゃぐしゃだ。体力が限界に近づいてきている。そろそろフィニッシュだな、とセディシュは梁にかけたロープを下ろした。
 くったり、とその場にしりもちをつくヴォルクのペニスにつけた錘と紐、足につけた拘束スティックを外してから、冷厳とした口調を作って命令する。
「こっちに来い」
「…………」
 もはや返事をする元気もないようだったが、それでもヴォルクは手を拘束された不自由な格好でセディシュの前にやってきた。セディシュは大きなタオルを敷く。
「そこに寝ろ」
「…………」
 言われた通りタオルの上にごろん、と横になるヴォルク。素早く手と足をベッドの足やら柱やらに縄で括りつける。今度は横になった状態で動きが封じられたわけだ。ヴォルクの表情にわずかに不安がよぎる。
 ある程度の恐怖と不安を味わう時間を与えるべくゆっくりと荷物を探り、セディシュは目当てのものを取り出した。ヴォルクの目が見開かれる。
「ろう、そく……」
「そーだ、嬉しいだろ。あっつい蝋燭だ、体にたっぷり蝋垂らしてやるからな、嬉しいだろ?」
「…………」
「嬉しいだろ!?」
 ぎゅ! と足でペニスを踏みつける。「ひ!」と悲鳴を上げて、ヴォルクは怯えに満ちた視線でこくこくとうなずき答えた。
「嬉しい、ですっ。淫乱変態マゾ奴隷のヴォルクは、蝋燭、たっぷり垂らして、ほしいです!」
「ようし、じゃあ望み通りに蝋燭くれてやる」
 赤い蝋燭にランプから火をつけて、蝋が溶けるのを待ち。まずは高いところから一滴落とす。
「ひっ!」
 それが体に触れた瞬間、ヴォルクは大きく体を跳ねさせた。半分は恐怖のためだろうが、疲れているわりにはいい反応だ。
「ほーらほら、次落とすぞ。今度はどこに落ちるかなー」
「ひっ! あひっ! ひぁっ! やっ、ひっ、ひぁっ!」
 熱い蝋が体に落ちるたびにヴォルクは大きく身をよじり暴れる。だが体がしっかり拘束してあるので当然ながら逃れることはできない。胸に、腹に、太腿に、時には乳首やペニスにまで蝋滴を落とすたびに、びくんびくん、と体を震わせ悲鳴を上げる。
 その様子を観察しつつしばらく悲鳴を上げさせ、限界まであと少し、というラインを見切ってセディシュはすっと体を動かした。
「ほうら、今度はもっと近くから蝋落とすぞ。嬉しいな?」
「ひっ、あっ、ひぃーっ!」
 蝋滴を落としつつゆっくりと腰を落とし、空いている方の手でヴォルクのペニスをつかむ。そして片手で素早く避妊具をかぶせ、セディシュ自身のアヌスに、そのペニスをゆっくりと挿入させた。
「ひぁっ……!?」
「おら、なにぼーっとしてんだ? さっさと腰動かせ! せっかくチンポ借りてやったんだ、きっちり動かねーと潰すぞ!」
 ぎり、とペニスを握っていた手で玉をぎりっ、と握ると、ヴォルクは「はっ、はひぃっ!」とこくこく何度もうなずいて腰を動かしてきた。
 セディシュはアヌスでヴォルクのペニスの感覚を確かめつつ、アヌスを加減しつつ締め付けつつ、ぽたりぽたりと蝋を垂らす。ヴォルクは顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に身をよじりながら、言われた通りに腰を動かした。
「あひっ、ひぁっ、ひぅっ!」
「おら、蝋燭垂らされてケツに突っ込まされて気持ちいいのか、この変態マゾが!」
「はひっ、気持ちいいでしゅ、淫乱変態マゾ奴隷のヴォルクは蝋燭垂らされてケツに突っ込まされて気持ちいいでしゅっ」
「おらもっと腰動かせ、お前はいじめられてチンポ勃てる変態だろうが!」
「はひっ、おれはいじめられてチンポ勃てる変態マゾ奴隷でひゅっ」
 ヴォルクが白目をむき始めた。息がひどく荒い。口の端からだらだらよだれを垂らしている。なによりアヌスに感じるペニスの感触から限界だ、と見切ったセディシュは、ぎゅっとペニスを締め上げながらぽたたたっと溜まった蝋を胸に一気に落とした。
「ひっ、ああぁぁぁぁひっ」
「おら、イけっ! チンポからザーメンどぴゅどぴゅ出しやがれっ!」
「あ、あぁぁぁ、ぁぁぁ………」
 アヌスに強烈な熱を感じた、と思うやいなやがくっ、とヴォルクが頭をぐったりと投げ出す。え? と思って呼吸音を聞いてみると、あきらかに意識がない時の音だ。セディシュは驚いて目を見張る。そんなにひどいことはしてないはず。男なんだからまさか気持ちよくて気絶したってわけでもないだろうし。
 どうしてだろう、と蝋燭を消してから首を傾げて考えても答えが見つからないので、とりあえず後始末をしようと体を持ち上げかけ、少し考えてからせっかくだからちょっとペニスを借りようと一回アヌスからヴォルクのペニスを抜いて、避妊具を外ししごいた。ヴォルクが自分は好みじゃないというのだから自分が快感を味わうのは遠慮していたのだが、意識がないのなら別にいいだろう。
 本気の責めを受け、ヴォルクのペニスはたちまちのうちに元気を取り戻した。やっぱりヴォルクのペニスはけっこう大きい。改めて避妊具をかぶせ、アヌスに挿入させて、あとは締めと緩めを繰り返しつつ腰を上下左右に捻ったり動かしたりしながら自身のペニスをしごくだけ。
 こういう他人の体を使ったオナニーは初めてではない。あ、いい感じ、と快感を味わいつつ加減しつつ腰を動かして、気持ちよくイったあとヴォルクも避妊具の中に射精させた。
 イかせてからあ、Mなんだからあんまりイかせない方がよかったのかな、と首を傾げたが、まぁ焦らし責めは次の機会にしよう、とペニスを抜き、てきぱきと後片付けをして(特に蝋燭やら精液やらのしぶきが染みを作らないように念入りに床は拭いた)、きちんと体を拭いたヴォルクをベッドに寝かせ、自分もベッドでぐっすりと寝た。

 部屋に引き取ってから(ちなみにその日は個室だった)あれはまずかったんじゃないかと思い出し不安と後悔にさいなまれつつかといって部屋に乗り込む勇気も出ず、くよくよと一晩を過ごして下に下りていったディックは、セディシュが一人で、いつものような無表情で食堂に座っているのを見てちょっとほっとした。とりあえず、ヴォルクともアルバーのようなことになったわけではないらしい。
「おはよう、ディック」
「ああ、おはよう……」
 挨拶をしてくるのに答え、朝食を作るべく厨房に向かう。セディシュもついてきた。
「手伝ってくれるのか?」
「うん」
「……じゃあ、頼むか。ごぼうささがきして、大根いちょう切り、できるか?」
「頑張る」
 真剣な顔でこっくりうなずくセディシュに苦笑して、ディックは野菜を取り出し白菜を繊維を断つように刻み始める。それからしばらくは黙って料理をしていたのだが、どうしても気になる心を抑えることができず、油揚げを細切りに切りながらおそるおそる訊ねてしまった。
「なぁ、セディ。お前、昨日、ヴォルクとセックス、したのか?」
 セディシュはいつものように少しきょとんとした顔で首を傾げ、うなずいた。
「うん」
「………………」
 ディックはしばし遠い目で天井の隅を見つめてしまった。わかっていた、わかっていたことではあるが、こうもあっけらかんと答えられるとやっぱり物悲しい。
 だが胸の中にはやっぱりそれなりにムカムカする感情も湧いてくる。くそ、なにガキっぽいことやってるんだ俺は、と思いながらも嫌味っぽく訊ねてしまった。
「……そのわりには、今日は昨日のアルバーみたいにいちゃついてないじゃないか。そんなによくなかったのか?」
「うん? よくないって、わけじゃない。それなり。ヴォルクけっこう、大きかったし」
「へぇ? じゃあアルバーとはそれなり以上によかったわけだ」
 せせら笑うように言ってしまうと、セディシュはわずかに眉根を寄せて首を傾げ、訊ねてきた。
「なんで?」
「え、いや、だって……昨日、あんなにいちゃついてたじゃないか」
「いいと、なんでいちゃつくの?」
「え……ちょっと待て、じゃあなんで昨日お前アルバーとあんなにいちゃついてたんだ」
「アルバーが、したいみたいだったから」
「……じゃあ、お前はいちゃつきたいわけでもなんでもなかったっていうのか?」
「うん」
 こっくりとうなずくセディシュ。その姿に、ディックの胸の中にざわっと苛立ちとも憤りともつかない熱がともったが、それを言葉で表現する前にセディシュが続けた。
「だって、どっちでも、一緒だし」
「………は?」
 一瞬混乱した。反射的に訊ねる。
「なにが、一緒だって?」
「仲間なのが」
「…………」
 ディックは数秒忙しく頭を働かせ、出てきた結論を確かめるべくためらいながらも訊ねた。
「セディシュ、つまりお前は、いちゃいちゃしようがしなかろうが、さらに言うとセックスしようがしなかろうが、自分たちが仲間なのは変わらないし、お互い抱いている好意にも影響がない、だからしてもしなくてもどっちでもいい、とそういうことが言いたいのか?」
「うん? うん」
「………………」
 ディックは思わず額を押さえ数秒沈黙する。公私を分けるという意味ではある意味正しい、ような気もする。だがそれは違う。違うと思う。違うはずだろう。
 だがそれをどう説明すればいいのか途方に暮れていると、ふと食堂にヴォルクが入ってくるのが見えた。疲れがまだ取れていないのか(昨晩の疲れか、と思うとディックはまた頭がずっしりと重くなるのを感じた)、少しばかりふらふらしている。
 そしてまた、少しばかり挙動不審だった。少し赤らんだ顔で、おろおろと周囲を見回したり、頭を抱えたり、首をぶんぶんと振ったりを繰り返している。なんだ? と思ってセディシュを見ると、セディシュもなぜかはわからないようで、きょとんと首を傾げてからヴォルクに向かい声をかけた。
「ヴォルク」
「っ!」
 びっくぅ! と文字通り飛び上がるようにして、ヴォルクはセディシュの方を向いた。その顔がかーっと見る間に赤く染まっていく。セディシュがきょとんと首を傾げていると、ヴォルクは言いよどみつつ視線を逸らしつつも訊ねてきた。
「セディシュ……お前、昨日……」
「うん?」
「俺を……その、ちょ……」
「うん」
「………っ、…………っなんでもないっ!」
 叫んで駆けていくヴォルクをため息をつきながら見やり、食堂から姿を消したのを確認してからセディシュに視線を戻す。セディシュはいつも通りの無表情で、きょとんと首を傾げていた。
「…………」
 はぁ、とため息をついて、ディックはとりあえず油揚げを切る作業に戻った。豚肉の下ごしらえは終えてあるから、あとは煮込んで味付けすればいいだけだ。
 いろいろと問題は山積みされているような気がするが、とりあえず今は朝食を作ろう。今日も迷宮探索の予定はしっかり詰まっているのだ。たぶん磁軸近くでのレベル上げが主になるだろうが。
 こういう性的倫理観価値観とやらいう問題は、朝っぱらから論議すべき代物ではない。ディックの脳内会議で全会一致で採択されたその結論に『それって単に問題先送りにしてるだけじゃね』とケチをつける脳の一部に知らない振りをしつつ、ディックはセディシュと並んで朝食を作った。

戻る   次へ
世界樹の迷宮 topへ