この作品には男同士の性行為を描写した部分が存在します。
なので十八歳未満の方は(十八歳以上でも高校生の方も)閲覧を禁じさせていただきます(うっかり迷い込んでしまった男と男の性行為を描写した小説が好きではないという方も非閲覧を推奨します)。



4つの気質・3
「ディック。俺と同室になるの、エアハルトに、してくれない?」
 迷宮探索を終え、疲れた体を引きずって宿へと向かう途中。セディシュがくいくいとディックの服の裾を引っ張って言ってきた。予測していたことではあるが、ディックは思わず額を押さえ、あー話したくねーなー、と思いつつもセディシュに向き直った。
「セックスしたいからか?」
「うん」
「………あのな、セディ。俺は思うんだが……お前はもう少し、セックスを大事にした方がいいんじゃないか?」
「うん……?」
 きょとんとした、赤ん坊のような顔で首を傾げるセディシュ。この顔であんだけ下品なこと言うんだもんな、とディックは小さくため息をついた。
「セックスっていうのはな……前も言ったわけだが、愛を交わす行為なわけだよ、基本的には。別に愛のないセックスがよくないとは言わない。それはそれであっていいと思う。だが、俺はセックスは基本的に恋愛感情を抱いている相手とするべきだと思うんだ」
 あーなんでこの年で子供に性教育(しかも普通ありえない方向の)なんざ施さねばならんのか、と心底暗い気分に陥りつつ、ディックは説得を続ける。できるだけセディシュの過去の経験を否定しないように、倫理観を否定しないように、かつその価値観を変えねばならぬ、と今朝から(迷宮探索しつつ)考えに考え抜いた説得を、セディシュはいつも通りにきょとんとした顔で聞いていた。
「少なくとも現在の俺たちの、一般的な概念ではセックスというのは恋愛感情を抱いている相手とするものだ。その概念に必ずしも倣わなければならないというわけではもちろんない、だがそういう価値観が一般的だと認められているということは、おそらくはギルドメンバーの奴らだってそういうものだと考えているということだ。そういう人間に唐突にセックスの誘いをするというのは、いうなれば、無作法だと思わないか?」
「なんで?」
 きょとんと首を傾げつつ、ディックの際どいところに放った変化球を見事に打ち返すセディシュ。くっ、手強い、と唇を噛みつつ、ディックは懸命に説得を続ける。
「セックスというのは、一般的にきわめてプライベートな行為なんだ。風呂や排泄と同じだ。そういうものを公衆の面前でやりたいとは、お前だって思わないだろ?」
「別に、してもいいけど」
「いいのかよ!」
 思わず全力で突っ込んでから、いや脇道に逸れるな俺、とまた真剣な顔を向けて言う。
「いいか、セディ。お前、以前に俺と……した時、好きだからセックスしたい、みたいなことを言ったよな?」
「うん」
「その好きは恋愛感情か?」
「うん」
「……っはぁ!? 本気で言って、いやちょっと待て。お前、恋愛感情という言葉の定義……その言葉がどういう意味かってわかってるか?」
「うん」
「言ってみろ」
「その人とセックスしたいって思う、ってこと」
「…………」
 ディックは眉根を寄せて黙り込んだ。ある意味正しいと言えば正しい。恋愛感情と呼ばれるものを起こすのは快感神経系、快感神経系を興奮させるのに一番手っ取り早いのは肉体に対する刺激。恋愛と呼ばれる概念は性欲を文化的、社会的に昇華することで生まれてきたと言うこともできるし、いやしかし。
 しばしうんうん考え込んでから、はっと首を振る。いや違う、今考えるべきはそういう問題じゃない。要はセディシュがセックスしたい=即誘う、という短絡的な行動を取らないように説得すればいいのだ。
「……あのな、セディ。さっきも言ったが、セックスはプライベートな行為なんだ。そんな行為についてほいほい口にするようじゃ、慎みがないと思われても仕方ないぞ?」
 我ながら苦しいと思いつつ言った言葉に、セディシュはきょとんと首を傾げた。
「そうなの?」
「そうだ」
「じゃあ、ほいほいじゃなかったら、いい?」
「う……それは、まぁ」
「わかった。それで、俺と同室になるの、エアハルトにしてくれる?」
「……お前俺の話聞いて」
「聞いてた。ほいほいは、誘わない」
「いや、だからな」
 ほいほいとかじゃなく誘わないようにしてくれないか、という言葉はセディシュの切なげ瞳での上目遣いを食らって喉の奥に消えた。
「……だめ?」
「うぐぐぐぐぐ」
 しばしうんうん唸ってから、ディックははーっとため息をついてうなずいた。
「わかった……本当に、ほいほいは誘うなよ」
「うん」
 こっくりうなずくセディシュを見て、ディックは再度はーっとため息をつく。エアハルト、すまん。俺は全力を尽くした。あとはおまえ自身の力で何とかしてくれ。

「エアハルト。今、セックスしたい?」
 一緒に部屋に入るやセディシュにそう聞かれ、エアハルトは仰天した。
「はぁ!? なに言ってるんですかセディシュさん、まさか僕と、その、セ……性行為したいとかいうんじゃないでしょうね!?」
 思わず本気で睨みつけながら叫ぶと、セディシュは驚いたような顔になってからすぐ無表情に戻り、こっくりうなずく。
「うん。できれば」
「………っ嫌です!」
 エアハルトは腹の底から声を出して怒鳴った。
「言っておきますけどね、僕は男同士で恋愛とか、せ……性行為とか、大っ嫌いなんです! 虫唾が走るんです! 男と妙なことするなんて死んでも嫌です、今後一切そういうこと言い出さないでくださいね!」
 血の上った頭の熱さのままに怒鳴り散らすと、セディシュは大きく目を見開いてから、あからさまにしゅんとした顔になってうなずいた。
「わかった」
「………わかったんなら、いいですけど」
 そのひどい落ち込みっぷりを見るのがなんだか心苦しくて、エアハルトは視線を逸らした。
 自分たちのギルド『フェイタス』が活動を始めてから一ヶ月ほど(正確に日数を数えているわけではないが)。その間、自分は採集の護衛(と呼べるほどの実力があるわけではないが)に潜ったのをのぞけば、片手で数えられるのではないかと思えるほどの回数しか潜っていない。
 たまにレベル上げである程度の時間潜ることはあるが、それはどちらかというとディックの自分たち留守番組に対するサービスのような気がする。ばりばり探索しているメインパーティたちと引き比べると、どうしてもまともに冒険しているという気がしないのは否めない。
 それがいけない、というのではない。ギルドメンバーはパーティメンバーよりも多いのだから、どうしたって均等に使うには無理が出てくる。分け前は均等だと宣言されているし、全員必要になる局面はあるとディックは言っているのだから(なんでそんなことがわかるのか一度聞いてみたいとは思っているものの果たせてはいない)、自分にも働く場所は用意されているのだろうとは思う。
 だが、それでもやはり、気は焦る。自分の去就が他人の努力にかかっているというのは精神衛生上非常によろしくない。自分はなんとしても世界樹の迷宮の謎を解き明かし、英雄の名を手に入れて家に帰りたい。そのためならなんでもする覚悟でいるのに、今のエアハルトにはその機会すら与えられていない。おまけに、基本ずっと野宿だし。
 だから、エアハルトはここのところほとんどの間いつもイライラしていたし(理性でその感情を抑えつけ気付かれないようにしていたが)、メインパーティの面々には少なからずわだかまりがあった。だから、今のセディシュの申し出をああも手ひどく跳ねつけてしまったのだろうというのは、自分でもなんとなくわかっている。
 だが、やっぱり素直に言い過ぎましたすいませんと謝る気にはなれない。確かに今までの探索の中でそう役に立ったということはなかったが、それでもエアハルトにだって自分に恃むところはあったし、認められない自分をさしおいて重用されている人間に対する妬心もやはりあるのだ。
 けれど、セディシュはエアハルトが鎧や鎧下を脱ぎ、寝る準備を整えても、ずーっとひどくしゅんとした顔でうつむいている。罪悪感と苛立ちがごっちゃになった感情が胸の中でうじゃらうじゃらとうごめき心臓を焦がす。無視しよう無視しようと思っているのに胸の辺りが妙に苦しくて、でもセディシュに対するわだかまりは確かにあって、結局双方の感情の折り合いをつけるべくきっとセディシュを睨みつけこんな風に言った。
「セディシュさん。あなたは同性愛者だったんですか? だったら正直これから付き合い方考えちゃうんですけど」
 言ってからあ、嫌味っぽかったかな、と後悔したが、嘘はついていない。エアハルトは同性愛者が(男限定で)大嫌いだった。
 初めて騎士見習いとして修行に出た先の家。そこの当主が同性愛者というか、お稚児さん趣味の男だったのだ。腹の立つことに背が低く、顔立ちも微妙に面白くないことに柔和で美少年といわれる程度のつくりはしているエアハルトは、当主からさんざん気色の悪いセクハラを受け、しまいには押し倒された。そこでもう耐えきれなくなって股間を蹴り上げて逃げ出したはいいものの、そこの家はかなり有力な家柄だったのでエアハルトの立場は当然苦しくなった。
 両親が尽力してくれて処罰の対象にはならずにすんだものの、エアハルトは勘当されることになり。家に帰れる方法として、世界樹の迷宮踏破という道を教えられエトリアにやってきたのだ。
 騎士になるべく育てられ、当然のように騎士になるものだと思っていたエアハルトにとってそれはやはりショックだったし、自分をそんな羽目に追い込んだ当主に対する恨みは深い。なによりさんざんセクハラを受けたエアハルトは、自分が性的対象として見られることに相当な生理的嫌悪感を抱くようになっていた。
 なのでそういう言い方になってしまったのだが、もし相手が同性愛者なら怒られるだろう言い方なのは確かだ。どう出るか用心深くセディシュを見守っていると、セディシュはなぜかきょとんとした顔で首を傾げた。
「どうせいあいしゃって、男だったら男としかセックスしない奴、ってことだよね?」
「う……そう、なるでしょうね」
 だからそう平然とした顔してセックスセックス言わないでほしいのだが。
「だったら、わかんない」
「は……? わかんないって、どういうことですか」
「俺、女とセックスしてもいい状況に、なったことないから」
「……男とはあるんですね?」
「うん。いっぱい」
「少なくとも僕にしてみれば男とセックスできる男という時点で警戒対象なんですけど」
 その言葉に、またセディシュはきょとんと首を傾げた。
「なんで?」
「だ、だって普通嫌じゃないですか。男に襲われるなんて普通の男だったら絶対嫌ですよ」
「そう?」
「そうですっ」
「エアハルトは、普通?」
「当たり前じゃないですか。僕はごくノーマルな男なんですっ」
「エアハルトは、男としたこと、ある?」
「は?」
 エアハルトはぽかんと口を開け、それからたぶん真っ赤だろう顔で怒鳴った。
「あるわけないでしょうっ、僕の話聞いてたんですか!?」
「じゃあ、普通かどうか、わからない」
「……は?」
「実際やってみないと、本当に嫌かどうか、わからない」
「な、なんでそうなるんですかっ、常識で考えて」
「それはちょっと、って言ってたプレイでも、やってみたら喜ぶ、っていうことある。やってみないと、本当に駄目かどうか、わからない」
「う……」
 エアハルトは理性に『それは正しい』と指摘され一瞬言葉を失ったが、すぐに首を振った。そういう問題じゃない。少なくとも自分にとっては。
「襲われたことがあるから、言ってるんですよ」
 くそ、ここでは話さなくてすむかと思ったのに、と思いつつぼそりと言うと、セディシュはよくわからない、と書いてある顔でわずかに首を傾げた。
「……僕は以前、男に襲われたことがあるんです。騎士見習いの修行に行った先の家で。その時もう、本当に吐き気がして体中に鳥肌が立ったんです。実際にやってみなくても、嫌なものは嫌なんです!」
「そうなんだ」
 セディシュはわずかに首を傾げつつ、あっさりと答えた。おいなんだその軽さ、と思いつつエアハルトが睨むより早く、セディシュはさらにさらりと言った。
「じゃあ、襲う方は?」
「………は?」
「挿れる方は?」
「…………………はぁ!?」
 エアハルトは仰天して絶叫した。だって、なんだそれ、挿れる方って、なんでそういう話に!?
「襲われるのが嫌なのはわかったけど、襲う方は? 実際に、やってみた?」
「いやいやいやそりゃやったことはないですけど、だけどそんなのやらないでもわかるでしょ!? 僕男見て襲いたいって思ったこと一回もありませんよ!?」
「思わなくても、なにかがきっかけで、好みが開発されること、ある」
「開発したくないです! だいたいですね、僕が同性愛が嫌いでなにかあなたに困ることがあるんですか!? 普段だって別にそう話すわけでもないし、同じパーティに入ることだって大してあるわけでもないのに!」
 勢いのままにそう怒鳴ると、セディシュはいつもの無表情で、見ようによっては真剣な、と言えなくもない顔でこちらを見つめ、言った。
「困らないけど、悲しい」
「………え」
「エアハルトに嫌だって思われるの、すごく、悲しい」
「…………」
 エアハルトはしばし言葉を失ってセディシュの顔を見つめた。どこまで本気なんだ、と懸命に表情を探るが、セディシュの感情はいつも通りに読めない。ただじっと赤ん坊のように純真な瞳でじっと見つめてくる。ひどく居心地の悪い思いで身をよじりつつ、「別に、あなたが嫌とか、そういう……」とやくたいもないことをぶつぶつと呟いた。
「エアハルト、俺、嫌?」
「べ……別に、嫌とか、そういう、考えたこともないですし……」
「俺とセックスするの、嫌? 挿れる方でも、虫唾が走る?」
「だから、そういう、別に……」
 もにょもにょと口の中で呟く。それは確かに、この自分よりも背の低いすんなりとした肢体の少年を抱く、という行為は想像してみてもあの修行先の家の当主に感じるような嫌悪感は感じないけれども、これはそういう問題ではない。ないと、思う。ないはずだ。ないんじゃないかなぁ、と思ったり。
 セディシュはじっと真剣な顔でこちらを見つめてくる。もしかしてこういうのを切なげっていうんじゃないかって感じの瞳がじっと、想いをこめて(さっきまではそんなこと感じなかったのになぜかそんな風に思えてきてしまったのだ)エアハルトを見る。エアハルトはうろたえ、迷い、ためらいながらも、結局ぶっきらぼうに言ってしまった。
「別に、嫌っていうんじゃ、ないですけど」
 そう言うと、セディシュの顔がふわぁ、と笑んだ。あの一度だけ見た最初の死から蘇生して自分たちを見た時浮かべたように。幸福、というものを凝縮したような、喜びとか嬉しさとかそういうものにめいっぱい満たされた笑顔。心臓がときゅっ、と音を立てたのをエアハルトは自覚した。
「じゃあ、俺とセックス、してくれる?」
「う………」
 エアハルトは顔をしかめた。なんでそうなる。そんなの嫌だ。別にしなくてもいいだろう。思いつく返すべき言葉は山ほどあった、だがそれを口にしたらこの笑顔はまた曇ってしまうのかな、と思うとつい言い出せず、そっぽを向きながら言ってしまった。
「あなたがしたいっていうなら、してあげなくてもないですけど」
「そっか。じゃあ、しよう」
 こっくりとうなずいたセディシュの顔は、いつも通りの無表情だった。あ、その顔なんだ、とちょっと残念に思って、残念ってなんだ僕、とうろたえつつ首を振っていると、セディシュは「準備してくる」と言って風呂場に行ってしまった。
 エアハルトははーっ、とため息をついた。別に童貞ではないし、男なのだから貞操を気にすることもないだろうとは思うが、それでもやはり戸惑うし、うろたえるし、ドキドキする。いやドキドキってなんだ僕、別にこれは僕がしたいわけじゃなくてセディシュさんがしたいっていうから仕方なく。大浴場で風呂には入ったから臭くはないと思うけど。いやなにを気にしてるんだ僕。
 そんなしょうもないことを考えつつ部屋の中をうろうろしていると、セディシュが戻ってきた。下着一枚のその姿は、妙に扇情的というかなんというか、いや違うだろう僕、とまたも暴走する思考に必死に歯止めをかける。
「エアハルト、服、自分で脱ぐ? 俺が脱がす?」
「じ、自分で脱ぎます」
 そうだ脱いでおけばよかったんだ、とエアハルトは服に手をかけ脱ぎ始めた。平服に戻っていたので、脱ぐのにさして手間はかからない。シャツを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着一枚になって脱ごうかどうしようか迷ったが、ええいそんなことで迷っていては男らしくないぞ、と潔くぽいと脱ぎ捨てた。
 素っ裸になって(悔しいがなんで男相手にと思いながらも顔が熱い)きっとセディシュを見ると、セディシュはいつもの無表情で、いや無表情というか少し楽しそう? かな? という顔でするっとこちらに近寄ってきてエアハルトを抱きしめ、口付けた。
「ん……む、ぅ」
 するりとセディシュの鍛えられているのにほっそりとした手足がエアハルトの体に絡みつく。他人の体温に慣れていないというわけではないのに、妙にぞくりとした。すべらかな肌の感触、子供のように熱い体温、自分の体を締め付ける力加減。そのすべてが不思議に自分の体を震わせる。
 そして、柔らかな唇の感触。ちゅ、むちゅ、と何度かエアハルトの唇に触れてから、ちゅっ、ぢゅっ、と音を立てて吸ってきた。ぞくぞくっ、とまた背筋に悪寒が走る。いや、悪寒なのだろうか。むしろ、これは。
(気持ち、いい……)
 舌を入れられ口内を舐め回され舌やら唇やらを吸われたり優しく噛まれたりして、ぼうっとしてきた頭でエアハルトは思った。キスってこんなに気持ちいいものだったのか。応えなきゃ、と頭のどこかが思ったが、それよりもセディシュのキスが気持ちよすぎて体にも頭にも力が入らない。
 すすっ、とゆっくり体が押された。細い腕に支えられながらそっと体が横たえさせられる。頭の下に柔らかい感触があって、ああベッドに押し倒されたんだ、とわかった。
 目の前のセディシュの顔が離れていく。あ、とつい寂しい、と思ってしまい頭がセディシュを追いかけた。セディシュはその動きに合わせるように体を起こし、同時にすりっ、と腰をエアハルトのそれに擦り付ける。ぞくっ。また体中が震えるような快感を感じた。
 そしてまたキス。腰を擦り付けあいながら。エアハルトの腰も自然に揺らめいてしまっている。ちゅ、ちゅっ、と触れ、吸い、舐め、噛み、絡めあい。口元からよだれがこぼれべたべたになるのがわかったが、どうしよう、止まらない。止めたくない。さっきまでただ下ろされていたエアハルトの腕が、たまらなくてセディシュの細い体をかき抱いた。
 セディシュの黄金色の瞳が間近でこちらを見つめる。その視線にすらぞくぞくとエアハルトの体は震える。どうしよう、どうして、こんな。別に初めてっていうわけでもないのに。
 セディシュの血のような色をした唇が動き、声を発した。
「エアハルト」
 すりっ、と下着をつけた腰を擦りつけ。
「脱がせて」
「………っ」
 その時エアハルトは初めて理性が飛ぶ、という経験をした。吠えながらセディシュを押し倒し、下着を引き摺り下ろして腰を押し付ける。
 にゅるっ、にゅるっ、と自分のペニスがセディシュの股間で滑るのがひどく心地よかった。そんなものセックスとは呼ばないことは知っているのに、ただ衝動のままに腰を動かす。
 セディシュの一物にすらひどく欲情した。自分と同じものなのに、今まで他の男のそんなもの見ても別に全然欲情なんてしなかったのに、セディシュの褐色の陰茎と赤褐色の亀頭が、たまらなくいやらしいものに思えて仕方なかったのだ。
 する、とセディシュの手が空を滑った。その動きにすら背筋が波打つ。風呂場から出てきてからのセディシュは、その動き一つ一つがいちいちエアハルトの欲情を掻き立てる。
 その滑らかな手がきゅ、と軽くエアハルトの一物を握り、くいと引っ張り、魔法のように鮮やかに避妊具をつけ――ぐ、とセディシュの後孔に導いた。
「………!」
 きゅむ、と絶妙の力加減で締め上げられ、エアハルトはたまらず腰を進めた。セディシュはその動きに逆らわず、むしろ誘うように足を絡め、その後孔はずぶずぶと蜜壷のようにエアハルトの一物を呑み込んでいく。
「っ、く、うっ」
 たまらず声が漏れる。気持ちいい。たまらなく。一度だけ経験した商売女の体は(騎士見習いの修行に出る前に両親が男のたしなみだと店に連れて行ってくれたのだ)、こんな快感を自分に与えはしなかったのに。
 ぐい、ぐい、と腰を必死に奥に進めセディシュの体の奥を突く。セディシュはまるで暴れ馬を乗りこなすように巧みに自分の勢いをいなし、腰を動かし、快感を与えてくれた。しかも後孔をなんでこんなにと思うほど絶妙な力加減で締め付けながら。エアハルトは喘ぎながら、それでも腰は止まらない。
「あっ、くっ、あぁっ、ふぁっ」
 なにを女みたいな声を上げているんだ、と指摘する頭の冷静な部分は確かに存在した。けれど、とまらない。腰も、声も。腰の一物から伝わる蕩けそうな快感が、背筋を、体を、脳髄を溶かす。
「んっ、あっ、んぅっ」
 そしてセディシュの手は、足は、また滑るように動き、エアハルトの体の上を這い回る。背中を、脇腹を、胸を腰を尻を、ひどく柔らかく触り絡みつく。それがまた快感にスパイスをふりかけ、腰の動きを激しくさせる。
「ひっ、ふぅっ、はっ」
 セディシュの瞳がじっとこちらを見つめる。いつも通りの感情の感じられない瞳で、いや違う確かに今のセディシュの瞳にはこちらに対する好意があった。どこか愛しそうなとすら表現できるほどの、優しく暖かいなにか。
 そして、その底に確かに存在すると思えた呑み込まれそうなほどの欲情。
「あっ、ふっ、くぅっ」
 喘ぎ声を上げながら必死に腰を動かす自分を、セディシュはわずかに息を荒げながら、その愛しげな、欲情に満ちた視線で見つめ、ぺろり、と舌で唇を舐めた。
 その仕草に、なぜかエアハルトの欲情は燃え上がった。
「んっむっ!」
「……っ」
 勢いよく腰を叩きつけると同時に無理やり顔を近づけて口付ける。間近にセディシュの驚いたような顔が一瞬見えた。
 だが、それは本当に一瞬で、すぐにするり、とセディシュはそのすべらかな腕をエアハルトの首に巻きつけた。押し付ける唇と舌を柔らかく吸い、舐め、絡め、ぢゅっぢゅぷっぢゅっぷと音がするほど激しいキスをしながらその溶けそうなほど熱い後孔を締め付ける。
 もう限界だった。
「んあ、あーっ、あーっ………」
「………っ」
 本当に女のような喘ぎ声を漏らしながらエアハルトは達した。ぎゅっぎゅっぎゅ、と搾り取るように締め付けるセディシュの後孔が心地よすぎてどうしても声が出てしまう。セディシュはその声を聞きたいとでもいうように、うまいタイミングで唇を離した。
 荒い息をつきながらぐったりとセディシュの上に倒れこんでいると、ぎゅ、とセディシュの腕に抱きしめられた。妙に照れくさい、でも気持ちのいい感触。セディシュの顔を見てみると、さっきみたいにめちゃくちゃ幸せそうというのではないが、ちょっと嬉しそうなんじゃないかな、と感じられるぐらいには顔を緩めていた。
 それがなんだかしみじみと嬉しくてじっと顔を見つめること数十秒。じっと優しい瞳で見返されること同時間。
 そうしてようやく我に返った。セックスしたくないとか言っておきながらなんだ自分の態度! 思いっきり欲情してるじゃないか、馬鹿か僕は!
 だがいまさらどう言い訳しようともあまりに空しすぎる。どう思っているんだろう、とおそるおそる遠まわしに訊ねてみた。
「……軽蔑、してるんじゃないですか」
「なんで?」
 いつも通りにきょとんと首を傾げるセディシュ。
「だって……あれだけ、あなたにひどいこと言ったのに、我を忘れてしまって」
「なんで?」
 やはりきょとんと首を傾げるセディシュ。
「なんで、って」
「俺、嬉しいけど」
「え……なんで、ですか」
「俺で、気持ちよくなってくれた、って嬉しいけど」
 その言葉にまた欲情が盛り上がってきたが、それを素直に表すのは恥ずかしくてぶっきらぼうに言ってしまう。
「………同性愛者って、そう思うものなんですか?」
「どうせいあいしゃがどういうものかは知らないけど、俺は、エアハルトだったら、そう思うよ」
「え」
 一瞬どきん、と心臓が跳ねた。
「そ、その、僕だったら、というのは、どういう意味で」
「? だって、大好きな、仲間だから」
「………………」
 思わずがっくりとうなだれて、いやいやなにをショックを受けている僕、と首を振って、でも大好きっていうのはちょっと嬉しいかも、とちょっと浮上して、いやいやなにを喜んでいる僕、とまた首を振って。
 それから気付いた。
「……僕も、仲間だって思ってくれてるんですか? 大好きだって、思うぐらい」
 その問いにセディシュはまたきょとんと首を傾げ、それからさっきのように、死から初めて蘇生した時のように、ふわぁ、と幸せで幸せでしょうがないと大書しているようなエアハルトですら心がほっこりする笑みを浮かべてうなずいた。
「うん」
「…………」
 そもそもなんで認識が仲間なのにセックスの誘いをかけてきたのかとか、自分に対する認識は仲間から動きようはないのかとか、そういうことを聞くのは無粋というか、もったいない気がした。セディシュを(男にこんなことを思うとは想像したこともなかったが)可愛いと思ったし、いい奴だなとも思った。仲間と認めてくれていることがなんだかひどく気持ちよかった。
 だから思わず、微笑み返した。自分の下からこちらを見上げて笑むセディシュの顔を。ちょっと馬鹿みたいな気もしたが、それは確かに、心地よいと思える時間だった。
 と、セディシュがまたきょとんとした顔に戻って首を傾げる。
「エアハルト」
「……なんですか?」
「また、する?」
「え」
 言われて初めてセディシュの中でまた自分が大きくなっていることに気付き、えぇ!? なんでこの状況で、と混乱し、けれどセディシュのきょとんとした瞳にはやはり欲情が感じられるような気がして、結局こう答えた。
「しても、いいんですか」
 セディシュはさっきも見たちょっと嬉しそうな感じに顔を緩めて、うなずいた。
「いいよ」
「……じゃあ、します」
 エアハルトは再びすぐ下のセディシュの唇にキスをして、「その前に避妊具換えないと、それにちょっと体勢苦しい」と言われて慌てて離れたものの、また顔を緩めて「そのあといっぱいしよう」と言われて燃え上がり。それから言葉通りに、たっぷり気持ちよくしてもらったのだった。

 精神的疲労が極限に達したのかぐっすりと眠ってしまってあー今度はどーいうことになってんのかなーと暗い気分で食堂に下りていったディックは、拍子抜けした。まだセディシュもエアハルトも来ていない。いるのは(他の冒険者たちを除けば)退屈そうに椅子を揺らしているアルバーだけだった。
「おはよう」
「おー。おはよー」
「珍しいな、お前が俺より早く食堂に来てるのは。朝の稽古はしなくていいのか?」
 アルバーはいつも朝は早朝から朝食ができるぎりぎりまで剣の稽古をしているのでそう訊ねると、アルバーは面白くなさそうな顔でうなずいた。
「なんか気分乗らなくてさ、早めに切り上げてきちまった。なー腹減った、早く飯作ってくれよ」
「はいはい」
 ディックは厨房へと向かった。アルバー(に限らず体育会系)は基本的に腹を満たしておけば文句を言わないので楽だ。
 手早く料理を作り、皿を盆に載せて食堂へと運んでいく――と、その途中でディックは固まった。
 アルバーとエアハルトが向かい合っている。その間にセディシュが座っている。別に睨み合っているわけでもないし、つかみあいをしているわけでもない。だが、なんというか、空気が不穏だ。アルバーはじーっとなんというかひどく面白くなさそうな顔をしてエアハルトとセディシュを見比べているし、エアハルトはむっとしたような顔でアルバーとセディシュを見比べている。
 セディシュはいつも通りきょとんとした顔で座っているが、そんなことはなんの参考にもならない。やだなーあいつらのとこ行きたくないなー、と思いつつもディックはすたすたと歩み寄って料理を置いた。作った料理が食う前に冷めるのはどうにも嫌な自分の主夫属性が憎い。
 無言で置いたのにアルバーもエアハルトもセディシュもこちらをいっせいに見る。う、とわずかにたじろいだが、セディシュは気にしていないのか気付いていないのかさっと立ち上がって近寄ってきた。
「手伝う」
「……そうか。じゃあ、頼む」
 セディシュから状況を聞くのが一番いいかも、と思って受け容れたが、アルバーもエアハルトも同時に立ち上がったのにディックは思わず固まる。
「じゃ、今日は俺も手伝っちゃおうかな」
「セディシュさん、僕も手伝いますよ」
「……いや、無理しないでいいんだぞ?」
『無理なんてしてねぇよ(してません)』
「……そうか。なら、いいけどな……」
 というか積極的に来ないでほしいんだが俺の要望なんて聞く気ないよな、と悲しくなりながら先頭に立って厨房に戻る。その間も後方の不穏な気配はまったく治まる気配がなかったが、厨房に入るやそれはさらに加速した。
「セディシュ、それ俺が持ってやるよ」
「? なんで?」
「な、なんでって……いいから気にすんなって!」
「わかった」
「セディシュさん、気にしなくていいってことですから忘れてかまわないんですよ。一緒にこれ持ちましょうか」
「うん」
「セディシュっ! そいつの言うことなんて聞くことねーって! 俺と一緒に早く行こーぜ」
「うん……?」
「セディシュさん、一緒にゆっくり行きましょうね。他の奴の言うことなんて気にしないでいいんですよ」
「………うん?」
 なんだこれは、とディックは思わず背筋を震わせた。これはあれか、三角関係か。しかも全員男の。今までを考えればセディシュはまずエアハルトとヤっただろう。アルバーともヤったと思われる。それに対して互いに嫉妬でもしてるっていうのか。
 男同士の恋の鞘当てなどという異常な状況自体もディックは相当なレベルで恐ろしかったが、ギルドメンバー同士がいがみ合うという事態にも心底恐怖を覚えた。これはまずい。これは真剣にまずい。こいつらが本気でセディシュに恋愛感情を抱いてるのかどうかは知らないが、互いに嫉妬しあっているような状況で命を懸けて共に戦えるわけがない。本気でパーティが崩壊する。
 どうするどうするこんな事態は想定外だった。くそ、セディの行為がここまで深刻にパーティを害するものだったとは! そう頭の中をぐるぐるさせながら感情を抑えきれずセディシュを睨むと、セディシュはきょとんとした顔でいつも通りに首を傾げる。んっとに赤ん坊みたいな顔しやがって、と怒りを新たにするより早く、ずいっとアルバーが自分とセディシュの間に体を割り込ませてきた。
 え? と思ったが、アルバーは特に表情を変える様子もない。偶然か? と思って首を傾げたが、気付いた。アルバーは確かに表情を変えてはいないが、じーっとこちらに視線を投げかけ続けている。
 なんだ、と思ったのは一瞬だった。もしかして、こいつ、俺とセディシュのこと聞いて、嫉妬とかしてたり?
 ざっ、と血の気が引くのを感じた。なんだそりゃ冗談じゃないなんで俺まで男同士の多角関係に巻き込まれにゃならんのだ、というか真剣に命の危険が! どうしようどうしようどうすれば、と心底慌てつつも、怖がっていると思われるのが嫌で必死に平然とした表情を作ってしまう。
 ああそれでも思わずにはいられない。本当に俺、なんであの時、セディのこと拾っちまったんだろう。
 そう心の中で深い深いため息をつき、ディックはうなだれた。

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