酒盛り・1〜男たちの小夜話
「……過去に付き合った女性?」
 レックスは小さく首を傾げた。
 子供たち(ナップとソノラ)も寝入り、男たちだけで話しているうちに自然に始まってしまった酒盛り。ほとんど恒例になってしまった小宴会で、今日はそんなことが話題に上った。
「おうよ。先生だってそんな顔しちゃいるが、もうこの年なんだ。付き合った女の一人や二人、いるんだろ?」
「そ、そういうカイルはどうなんだよ。カイルみたいなタイプって女の人にモテそうだし、いろんな人と付き合ったりしてるんじゃないのか?」
 レックスの不器用な切り返しに、珍しくカイルは一瞬言葉に詰まった。
「い、いや、俺は……」
「だーめよセンセ、カイルに女の話振っちゃあ。この子そこらへんには痛い腹がありすぎなんだから」
 スカーレルがくっくっと笑いながら酒の入ったグラスを小さく振る。
「痛い腹って?」
「この子、このガタイでこの顔でしょ? 放っといても女が寄ってくるのよね。で、来る者拒まずでそいつら全員軽い気持ちで食っちゃうもんだから、そりゃもう修羅場起こりまくりなわけよ。先代にもさんざん説教されたのにちょいと縋られるとふらふら〜とよろめく性格は治らなくてね、はっきり言ってそこらじゅうの港に一ダースくらい子供がいても驚かないわ、アタシ」
「だーっ! 先生にんなこと言ってんじゃねぇっ! 俺にそんなに恥かかせてぇのか!」
「事実でしょ」
「カイル……そんなことしてたんだ……」
 顔を赤くしてカイルは腕を振り回すが、レックスの顔も赤かった。女慣れしていないレックスには、こういうストレートな話題は恥ずかしいものがある。
「スカーレル! そういうお前はどーなんだよ! お前こそでかいガキの一人や二人こさえててもおかしくなさそうな顔してるくせに!」
「あら? アタシにそんなことができると思って?」
 うっ、とカイルは言葉に詰まった。確かにスカーレルは壮絶な過去を感じさせるタイプではあるが、それ以前にオカマである。スカーレルが女を押し倒している情景は、正直頭に浮かばない。
「ヤ、ヤード! あんたはどうなんだ? 意外と泥沼経験してそうな顔してるけどな?」
 むりやり話を逸らすと、ヤードは困ったように頭をかいた。
「いえ、私はずっと無色の派閥にいましたから。無色では恋愛感情のようなものは無駄とされていますし、それ以前に周囲に女性がまったくと言っていいほどいませんでしたから、女性とお付き合いするようなことは、まったく……」
「……けっこう寂しい青春送ってたんだな」
「……おかげさまで」
 ヤードが話し終わると、カイルとスカーレルの視線は自然にレックスへと向かった。思わずびくつくレックスに、二人はニヤニヤしながら迫る。
「さー、次は先生の番だぜー? 俺たちが恥さらしたんだ、先生の過去話もしっかり暴露してもらわねぇとなぁ」
「アタシもすっごく興味あるわ、先生の女性経験って。いかにもウブそうなその顔でどんな風に女を口説くのか、ぜひ知りたいわねぇ」
「な、なんだよ、二人してー!」
 レックスは真っ赤になりながら逃げ出そうとしたが、酒の席で酔っ払いから逃げるのはほぼ不可能に近い。壁際に追い詰められて双方から迫られ、レックスは焦った。
「さぁ、さぁさぁさぁさぁ観念して話しなさーい」
「男同士で恥ずかしいもくそもねぇだろうよ。ほら覚悟決めて言っちまえって先生」
「も、もう……笑わないでくれよっ」
 レックスは渋々諦めて、口を開いた。
「……俺、女の人と付き合った経験ってないんだ」
「はぁー!? マジで!? 先生もかよー」
 あからさまに呆れた口調のカイルに、レックスは顔を赤らめながら必死に抗弁する。
「し、仕方ないだろっ。俺は十二からずっと軍学校に入ってたし、軍学校では女の子ってほとんどいなかったし、数少ない女の子もクラスでちょっと顔をあわせるくらいなのがほとんどだったし! 俺、男子宿舎に入ってたから……」
「んっとにしょうがねぇなぁ。……んじゃ、まさか先生って、童貞か?」
「う、うん……恥ずかしながら」
 うつむくレックスに、カイルははぁ、と息をつきながら天を仰いだ。
「早ぇうちに済ましときゃよかったのによ。年下の童貞食いが好みの床上手な女ってけっこういるし、先生はそういう奴らにモテそうなタイプだし。……いや、先生なら今でもいけるかもな。島から出たら俺がそういう女紹介してやろうか?」
「い、いいよ! そういうのって、相手の女性にも失礼だと思うし……」
「ったく、真面目なこって」
 苦笑しながらつんとレックスの額をつつくカイル。言葉とは裏腹に、その仕草には『そういうところが可愛いんだよな』という思いが滲み出ている。
 ううう、と小さくなっているレックスに、ふいにスカーレルがどこか不穏な笑みを浮かべて訊ねた。
「ね、センセ。じゃあ、男性経験は?」
「………は?」
「センセってずっと男ばっかりの宿舎に入ってたんでしょ? だったら男とどうこうってこともあったんじゃないかなぁって。先生けっこうその筋の男に可愛がられそうなタイプだし?」
「か、可愛がられそうって……」
「どうよセンセ、男とだったら?」
「…………」
 息を詰めて見守るカイルとヤードの前で、レックスはまた少し顔を赤くしつつ首を傾げて、小声で訊ねた。
「……した≠ゥら付き合ってる、ってことには、ならないんだよな?」
『………は?』
 ぽかんとするカイルとヤードを無視して、スカーレルはずばずばと訊ねる。
「へー。やっぱセンセって非処女だったんだ」
「ひ、非処女って……処女っていうのは女の子に使う言葉だろ」
「んな細かいことはどーでもいいのよ。男にお釜掘られちゃった経験があるんでしょ?」
「う……そんな露骨な言い方しなくったって……」
「あるんでしょ?」
「……あります、はい」
『なに――――っ!』
 思わず絶叫するカイルとヤードに、レックスは慌てて弁解した。
「で、でもっ、別にそんなにたくさんの男と付き合ってたわけじゃないんだよっ? どっちかって言うと共有物の時間の方が長かったし……」
「……共有物って……なんだよそれ」
「い、いやだから……なんていうか、公衆便所っていうか……」
「こ……」
 いきなり飛び出た過激な言葉に絶句するカイルとヤードに気づかず、レックスは必死に弁解を続ける。
「いや別に公衆便所って言っても乱暴に取り扱われてたわけじゃないんだけど、とにかく告白されることよりは『みんなのもの』扱いされることの方が多くって。だからそんなにたくさんの男と付き合ってたわけじゃないんだよ」
 そっちの方が大いに問題だと思うぞ、という二人の内心の声が発せられる前に、スカーレルは冷静に訊ねた。
「で、結局合計何人の男と付き合ったの?」
「……六巡りで、十五人」
「……マジかよ、おい」
「きゃー♪ センセってば男たらし! そんな顔してバカな男どもを手玉にとって弄んでたのねー!」
「ち、違うよ! どうしてそうなるんだよ!」
「だって六巡りで十五人って相当なペースよ。やっぱり食っちゃ捨て食っちゃ捨てってやってたんでしょ?」
「やってないやってない! 言っとくけど、捨てられるのはいっつも俺のほうだったんだから!」
「へえ!?」
 意外そうな顔をするスカーレル。まだショックから立ち直れていないカイルとヤードにも、その言葉は意外だった。
「センセが捨てられる、ねぇ。理由がちょっと想像つかないわー。性格も顔も可愛いのに」
「なに言ってるんだよ……言っとくけど俺、一番早くて一週間で別れを切り出されたことあるんだよ」
「へえ、一週間! そりゃまたどういうシチュエーションで?」
 レックスは困った顔をしながら、素直に思い出しつつ答える。
「病院にお見舞いに行ったら、『やっぱり俺はお前と付き合える器じゃなかったんだ。別れよう』って言われて……」
「病院?」
「うん。どういうわけか、俺と付き合った人って決まって誰かに襲われて怪我をするんだ。呪われてるんじゃないかと思ったこともあるくらい。学外の人と付き合った時はそういうことがなかったんで気のせいだってわかったけど」
「……ねえ、センセ。つまり学校内で付き合った人は闇討ちされるわけね?」
「うん………」
「一つ聞いていい? センセが『みんなのもの』扱いされてるって言ってたけど……それって具体的にはどういう風に?」
「どういう風って……」
 レックスは考え考え、説明した。
「なんていうか、持ち回りでいろんな人が俺としに@るんだよ。年度ごとにある程度メンバーは決まってたけど……大体二日にいっぺんのわりで」
「おい、先生よ……そんであんた、素直に全員にヤらせてやったわけか?」
「う、うん……」
「あのなぁっ! どーしてそこであっさりヤらせるんだよ! 俺も一度や二度は押し倒されたことあるけどよ、そいつら全員きっちり半殺しにしたぞ!? あんただってそのくらいのことできただろ!」
 レックスは顔を赤らめ恥じらいながら釈明する。
「お、俺だってどうしても嫌な時とかは断ってたよ? お金とかもらってたわけでもないし。でも、俺としたいって人は大抵真剣にさせてくれって頼んできたしさ。乱暴にされることもあんまりなかったし。その……俺のことも、ちゃんと気遣ってくれたし……だから俺の体ですっきりして勉強とかに励んでくれるなら、別にいいかな、って……」
「あ、あんたなぁ……」
 お人好しというかなんというか……その程度のことであっさりほだされるとは、とことん流され対質な奴……。
 スカーレルが半笑いの顔で訊ねる。
「ね、センセ。センセとしにきた人って、だいたい学校内の有力者だったりしない?」
「? うん。そうだけど」
「で、センセと付き合った学校内の人間は闇討ちを受けるのよね?」
「うん」
「センセは誰かと付き合ってる間は頼まれてもしなかったんでしょ?」
「え……う、うん。それはやっぱり相手に悪いし……」
 ぶふぅっと吹き出してしまうスカーレルをレックスは怪訝そうな顔で見つめた。カイルは笑っているスカーレルにこそこそと聞く。
「おい、スカーレル。お前なに一人でわかったような顔してんだよ」
「あら、カイルわかってなかったわけ? うふふっ……あー、おかし」
「なにをわかれってんだよ。俺にも教えろっての」
「だからぁ。センセはね、いわば学校内のお姫さまだったわけよ」
「……は?」
「センセを誰かに独占されるのを防ぐために、学校内の有力者たちが自分たち≠フものにしちゃうことにしたわけ。なにせセンセ誰に交際申し込まれてもほだされちゃいそうな危なさがあるからねー、保護する意味も含んでるんでしょ。で、抜け駆けして先生に交際を申し込んだ奴は、独占禁止法違反に基づいて闇討ちされる、と」
「………な、なんだそりゃ……なんか、わけわからん……俺の知らない世界だ………」
「……二人でなに話してるんだよ?」
『別に、なんでもっ!』
 声を揃えて答えてから、スカーレルは相変わらず半笑いの顔で言った。
「でも、アタシセンセがそこまで経験豊富とは思わなかったわー。男百人斬り? やるわね、センセ。体のほうもばっちり男殺しって感じぃ?」
「なっ、あ、あのなぁ!」
「……せんせぇ?」
『!』
 一瞬その場の空気が凍りついた。
 ナップが目を擦り擦り、船内入り口に立っている(レックスたちは甲板で酒盛りをしていたのだ)。
「ナ、ナナナナナナップ!? どっどっどっどうしたんだいこんな夜中に!?」
「トイレ……そしたらなんか騒いでるから、なにかと思って……」
「そ、そそそそうかい。一人じゃなんだから、俺が部屋まで送っていくよ、さあ行こう!」
「え……いいよ別に……」
「気にしなくていいんだよっ!? さあ早くトイレに行って眠ろうね!」
「んー……」
 ナップは寝ぼけ眼でレックスに引っ張られていきそうになったが、ふいに足を止めて訊ねた。
「先生」
「なんだいっ?」
「男殺し≠チてなんのこと?」
 レックスは一瞬ピキーンと固まったが、あははははっと虚ろな笑いを浮かべてごまかした。
「なんだろうねっ? 俺知らないなぁ! さぁ早くトイレに行こうすぐ行こう!」
 急ぎ足で去っていくレックスとナップを見送り、カイルたちはなんとなく生暖かい笑いを浮かべあった。当然と言えば当然だが、レックスも生徒にだけは自分のあの過去を知られたくないらしい。
 スカーレルが相変わらずの半笑いで言う。
「苦労するわねぇ」
「どっちが?」
「どっちも」

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