始まりは本気で突然に

 任務に失敗して軍を退役した俺は、ひょんなことからなんとかマルティーニ家の家庭教師という仕事にありついた。
 正直ちゃんとやれる自信なんて全然ないし、俺なんかが人を教える立場になっていいのかな? とか複雑な思いもあったりするけど、でも俺は引き受けちゃったんだ。俺の社会生活復帰のためにも、俺の生徒になる子のためにも、なんとしてもこの仕事、無事にこなさなくちゃ!
 ……とか気合を入れつつアドニアス港で手紙を手に俺の生徒となるべき子とその保護者を探していると――
「スキありっ!」
 いきなり後ろから蹴られた。
「ちぇっ、なんだよ、思ってたよりも使えない奴だなぁ」
 甲高い子供の声。このシチュエーションはまさか!? と思って振り向いた俺は衝撃を受ける。
 そこには俺の胸よりもまだ背の低い男の子が立っていた。髪と瞳はとび色。かなり豪快に鋏を入れたという感じのラフな短髪の下で、瞳がいかにもいたずらっ子っぽくくりくりと動いている。むき出しの手足は適度に日焼けした琥珀色で健やかに肉はついているけれどやっぱり細くて、なんというか、ぶっちゃけ――
 めちゃ俺の好みだった。
 別に美少年というわけではない。第一美少年は俺の好みじゃない。
 だけどいかにも元気! という感じの生意気そうなその姿は、どこかに少年らしい純真さを感じさせて、俺の保護欲と、なんというか……その、男としての本能というか……そーいうものをを同時にそそってくれて、俺にすがりつかせて泣かせたいとか思っちゃうくらい(わあなに考えてるんだ俺はー!)もーれつ可愛くて、要するに俺のストライクゾーンど真ん中に豪速球で――
 今まで相手した人は年上ばっかだったけど(別に年上が嫌いなわけじゃないんだけど)、俺はこーいういかにも元気! ってタイプの可愛い男の子が大好き……だったりするんだ、実は。初恋から恋愛対象が成長してないのかもしれない。
 思わずいきなり名前と年齢と住所を訊ねる怪しいお兄さんになってしまいそうになったが、必死で思いとどまる。そんなことやりだしたら俺は犯罪者への道まっしぐらだ。それに、このシチュエーションは、もしかしたら――
「おぼっちゃま! お一人で歩かれたらいけないと、あれほど申しましたのに!」
 予感大的中。その子は、俺が家庭教師をすることになっているマルティーニ家のご令息、ナップ君だった。
 ……当たっても嬉しくない―――!
 いや、嬉しいと言えば嬉しい、これからしばらく共に生活することになる子が好みのタイプなのはとっても嬉しいんだけど、俺はこれからほぼ四六時中この子と一緒にいることになるわけで、仕事中はもちろん下手すれば寝るのも一緒、お風呂も……一緒……ぶふっ(鼻血)。
 お、俺の理性……大丈夫なんだろうか……顔見れば泣かしたいだの俺にすがりつかせてあんあん言わせたいだの(わあなに考えてるんだ俺の馬鹿馬鹿!)思ってしまうほど好みな子相手に!
 生徒相手に手を出すわけにはいかないし(いやそれ以前に年齢が……)……うああ、どうすればいいんだー!
 という俺の内心の悩み事にはまったく関係なく、話はどんどん進み俺とナップ(これからは生徒になるんだから呼び捨てでもいいんだ……よな。うん、呼び捨てでいこう……ちょっと照れるけど)で二人旅してその間に信頼を勝ち取れ! ということになってしまった。
 そ、それは確かに望むところではあるんだけど……公認でそういうことになったら余計に俺の理性がー! 二人旅か……えへへv という気持ちとこれからえんえん手も出せないのに二人っきり、拷問だ……という気持ちが混ざり合っている……。
 なにはともあれ俺たちは船に乗り込み、二人っきりになった。とにかく俺の煩悶は横においておいて家庭教師として(ここ強調)この子と仲良くならなければ! と邪心を捨てたつもりで話しかけてみると、「ほっといてくれよ!」ときっぱり切り捨てられてしまった。
 ガ―――――ン………。ショックだ………。やっぱりアレか? 滲み出てたんだろうか俺の邪心が! 「み、密室で二人っきり……」とかこっそりドキドキしてたのがよくなかったんだろうか!? ていうか俺の内心がバレてたら仲良くなるどころじゃないじゃないか………!
 とか呆然としつつふらふらと船内をさまよった。とりあえず気分が悪いって言ってたから船員さんにジュースを注文しておく。俺も船旅って初めてだからよくわからないけど、船酔いだった時には冷たいものの方がいいんじゃないかと思って。その途中で絡まれたりもしたけどよく覚えてない。
 ある程度の時間を置いて、「まだ不機嫌かなー」とかびくびくしつつこっそり部屋をのぞいてみると……ナップが、膝を抱え込んでうつむいていた。
 唇を噛み締めて涙をこらえながら、「やっぱ……やめときゃよかった。屋敷を出て、知らない人と一緒に暮らすなんて……」と言って一人ぽつんと椅子に座っている。
 その姿はひどく頼りなげで、さっきの元気っ子ぶりが嘘みたいで、なんというか……
 ……胸がきゅんv としてしまった。
 彼の寂しさを俺は知っていたはずなのに、実際の対応にそれを表せなかった自分の不甲斐なさに腹が立った。彼の孤独を癒してやりたい。そばにいるよと言ってあげたい。心の底からそう思った。
 ……けどその一方で「うわ、泣きそうな顔可愛い……いたずらっ子の裏の顔は寂しがり屋なんて、卑怯なほど可愛い……」とかも思ってしまっていた………うわああ俺の馬鹿馬鹿馬鹿ー! 俺は汚れた大人なんだぁー!
 とか出入り口前で煩悶してたら、急に船が揺れた。
 慌てて中に飛び込んで、倒れそうになったナップを(う……やっぱりまだ呼び捨ては照れる)庇う。「あ、第一次接触v」とか喜んでいる場合ではない。窓から見える旗……あれは、海賊だ。俺も会うのは初めてだけど。
 さすがにこんな非常事態には慣れていないんだろう(慣れてたらそれはそれで問題だ)、ひどく不安そうなナップに、俺は「大丈夫だよ、俺も元軍人なんだ。いざとなったら君を守って、ここから逃げることぐらいはやってみせるから」と請合った。
 海賊の戦力もわからないのにちょっと見栄張りすぎかもなあ、という気もしたが、ナップの不安を少しでも取り除いてやりたかったんだ。
 自信たっぷりに言い切ると、ナップは震えた声で、
「本当に?」
 と言うので、俺は
「ああ、約束するよ」
 と指きりげんまんをした。……ちょっぴり幸せ……。
 さて、本当ならナップを安全な場所に隠しておいて、俺も海賊との戦闘に参加するのが筋というものかもしれないが、俺はどうもその気になれなかった。目を離したらナップがどうにかなっちゃうんじゃないかと、心配になってしまったのだ。
 そこで、もしこの船がやばかったら一緒に脱出するつもりで、一緒に甲板に上がった。ナップに危険が及ぶようなことがあったら、俺は自分の体でそれを防ぐ覚悟だ。
 甲板では海賊のボスらしき金髪の男率いる海賊たちに、警備兵たちが押されていた。でも船内まで攻め込まれるほどじゃない。
 海賊たちの腕もさほど大したことはなさそうだし、ここは俺が戦闘に参加するのがベストだな、と思ったのでナップを下がらせて戦いに参加した。……まあ、ナップにかっこいいところ見せたいな〜、って気持ちも……なくは、ないけど……それはともかく。
 警備兵のみなさんもよく戦って、海賊たちを次々と戦闘不能に追い込んだ。久しぶりの戦闘にしてはよく戦えたと思う。ナップに「すごい……」と言われたのは(小さな声だけど、しっかり聞こえた)、かなり嬉しかった。
 ところがいよいよボスと対決、という時になって、突然嵐が起こり始めた。戸惑っていると、なんと! ナップが誤って海に落ちてしまったのだ!
 考えるより先に体が動いていた。剣も鎧も着けたまま、荒れ狂う海の中へ俺は飛び込んだ。
 当然ながら完全武装しておきながら嵐の海を泳いだりできるわけがない。俺はあっという間に波間に沈んでいった。
 遠くなる意識の中で考えた。俺は、約束したんだあの子と……守ってあげるって、なのに……っ――ああ……俺にもっと力があれば――守ってあげられるだけの力を、持ってさえいたなら……ごめん……ナップ……
 と、その時、声が聞こえた。
『力が……欲しいか……?』
 とかそんなような声だったと思うけど。とにかくナップを助けられるならなんでもする! という心境だった俺はその声に従ったのだ。
 目が覚めたら浜辺にいた。ナップは!? と思って辺りを見回すと、ナップの悲鳴が聞こえてくる。
 機界のものらしき小さな召喚獣を抱えて、はぐれ召喚獣に襲われている! 大変だ!
 今の俺には武器もサモナイト石もない。でも――約束したんだ、俺が守るって! 今度こそ……守ってみせる! うわあなんか出来上がっちゃったカップルみたいで恥ずかしいなあ、とかちらりと思ったりもしたけどそれはさておき!
 はぐれたちをこちらにおびき寄せて体当たりしてでも倒そうとすると、再び声が。その声に従うといきなり剣が現れて、その上俺は変身までしてしまった。
 かなりびっくりだったがもっけの幸いだ。はぐれたちをぶちのめして、ナップの前に立った。
 ナップはかなりショックを受けているようだった。そりゃそうだろうなあ。
 泣きそうな顔をして「先生……」と言うナップに、俺は「大丈夫だったかい?」とできるだけ優しく訊ねる。
 そうするとナップはうっ、としゃくりあげるようにしたかと思うとぽろぽろっと涙をこぼして、「うわぁぁぁんっ!!」と大声で泣き出してしまった。
 わんわん泣いているナップを前に、俺はかなりおろおろして、どうしようどうしようと焦りまくったが、結局、『こ……このくらいなら、いいよな?』と内心言い訳しつつ泣きじゃくるナップをそっと抱きしめてあげた。
 ナップは俺の胸でさんざん泣いて、泣いて、そのまま寝てしまい――その様子はすごく「可愛い〜v」と顔が緩んでしまいそうなものだったのだけれど、だからこそ俺は一晩中煩悩との戦いを強いられることとなった。
 俺の腕の中で泣き疲れて眠るナップの寝顔を見ながら、俺はひたすら『理性理性理性理性……』と唱えることになったのだった。

 本日の授業結果……ハグまでいった。

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