第三話 さあ石になろうぜ
    暇だしどう?

by ASURA


 おれ有田成男、23歳。そこそこいろんなことやっていまの自分のことはまあ気に入ってる。いまは金がなくて仕事を探してる。おれが思うに金を儲けるのなんか簡単だ。奴隷になれば金はすぐにもらえる。これをやれと言われ、それをやれば金がもらえる。単純なことだ。問題なのは時間についてだ。一年に一日だけ恥を受ければ好きに生かしてやろうというならおれもそうだだをこねまい。だがそうじゃないんだろ? 旦那。
 無論おれには悩みがある。オートマティックないまの地球について考える余裕はほとんどない。いま考えるのはおれの自由と正直さについてだ……退屈だ。楽しくない。
 口笛が聞こえて玄関を開ける。もちろん静香──「スモークしない?」と髪をかき上げて耳に挟んだジョイントを見せる。もちろんO.K.さっそくもらって火をつけ思いきり吸い込む。準備万端、さあ石になろうぜ──「これ花かい?」──「秋ね」と静香──「退屈なんでしょうと思って」──「ああつまんねえや」と俺は彼女にジョイントを返した。
 静香は黙って吸う。静香も暇そうだ。彼女は仕事があるがいい仕事じゃない。やめたがってるのがわかる。でも息を止めるその顔は楽しそうだし、おれの家に遊びにきたんだからまだ元気なようだ……利いてきた。さてなにしよう?
 「ねえ成男、あなたのスクラップ見せて」──二重瞼になった静香が笑いかけてくる。彼女は利くと二重になる。俺は寝ころんだまま体を伸ばしてノートを渡した。
 「これ楽しいわ」と静香……「そうかい?」──このノートにはミケランジェロのアカデミーの絵がはってある。土壌からの化学物質の許容範囲表と、中国人へのアンケートの記事と、アボリジニのインタヴューが含まれている。また墓の広告と、中古車情報と、建築様式と、簡潔な易の表がある。たしかに世界はここにある。
 「でももう飽きたよ。調べれば調べるほど世の中よくない」
 「そうね」……静香は笑う。「あなたどうするの?」
 知らないや、って言ってやろうと思ったけどジョイントがうれしかったんでやめた。
 「そうだな、働くんだろうな」
 「でもやる気なさそうね」
 「まあね」
 「すぐやめるんでしょうね」
 「そうかもな」
 静香は黙って一度消えたジョイントにもう一度火をつけ吸う。息を止めながらおれに渡してくれた。気の進まない話をしてくれるもんだ。気づいたらしく静香は黙った。おれは遠慮なく吸った。どこかへ行こうかな……
 TVに流れているのは総理大臣の表明だ──「この国だってそんなに悪い国でもないじゃないか!」──O.K.さあけつをまくろう、クレゾール石鹸を用意しようじゃないか。軍手にエプロン、安全靴にヘルメットはいらんかね? 畜生め。あんまりおれをなめるなよ……
 「ふふ」と突然静香は笑った。「元気そうじゃない。その顔。安心したわ」
 「まあね」
 とおれも静香に笑いかけた。そうだ、おれ有田成男。まだまだ元気みたい。
 それからしばらく静香と一通り遊んだ。静香はおれにDJをやってくれとせがみ、おれは30分ほど回してみた。ジャズのムードとクラヴのムードが欲しかった。フロアじゃないんで静香は軽く踊ってた。楽しそうだった。おれも少しだけ楽しかった。
 飽きると今度は一緒に油絵をやりだした。ふたりともあまり気が乗らなくてすぐやめた。あとかたずけは放っておくことにした。
 最後の一服を吸っていつどこでだれがどうしたのゲームをやった。ひとつ不思議なものができた。
 ふたりがこれからのことを考える
 たんぽぽの綿帽子がとぶ丘
 一匹の兎が
 笛の音を聴いていた
 よくできたのでスクラップノートに貼った……でもこれにも飽きてきた。
 そのとき静香は言うのだ──「暇ね」──「うん。つまらん」
 ……おれたちはほとんど同時に突拍子もないことを考えついた、おれはそれを言ってみた。
 「暇だしどう? ファックしようか」
 「うん、いいわよ」
 静香は言うとかったるそうにすりよってきた。おれたちは抱き合ってはじめてキスをし、服を脱いでファックした。なかなか楽しかった。

   電子メール。蛭田徹からだ。

 成男、知らせたいことがあって書いている。ちと長くなるが我慢しろ。なかなかおもしろい情報だからな。
 あの例のポマードジャンキー、そうツーピースの王様、アンチナチュルの野郎な、あの野郎やっぱり胸にいちもつ持っていやがった。俺の研究所でやったシェルターがあるんだが、そこでひっちゃかめっちゃかのどんちゃんさわぎをやらかしていやがる。もちろんマサクレも一緒にだ。どんなさわぎかって? 詳しくは知らんが要するに強姦と殺人だ。極秘裏にやってるらしいが俺にも伝わるくらいだからかなり広まってる。げんに軍は動いててクーデターが近い。やつらよほど暇らしいぜ、暇人同士の猟奇ゲームと戦争ゲームだ。やつらにはモノポリーでもやらせておくのがいい。
 だが成男、こりゃあチャンスだ。俺の上司はそのシェルターのコンピュータルームのパスを知ってた。俺は金をやってパスを聞き出した。おれはこのルームの設計を手伝ったからなにができるかよく知ってる。落とし穴、高電圧ナノケーブル、スーパーバイオパトロール。ここはコンピュータルームを直接コントロールすればなんでもできるんだ。近く軍の突入がある。俺は急いでハミロフに連絡し手を回してもらった。5人のロシア人と軍の内通者が数名いる。君は知らんだろうが軍側のコンピュータルームを抑える部隊のパク少尉のブリーフは赤いんだぜ。
 一通りの武器と、十分な資金も預かった。後はこれをさっさと片づけて俺とおまえと静香が集まってむかし話した通り好きにやろうぜ。クーデターが起きたところでなにが変わる? 結局またやつらは言うのさ──「そこそこ楽しい人生を提供しているじゃないか」ってね。ふざけるなよ、ビールっ腹野郎。クローンにも劣るトイレの金勘定野郎どもめ。そろそろやつらに思い知らせてやろうぜ。俺たちがいまやらないならムーサも泣くだろうさ。すぐに日本を発て。
 人間万歳。宇宙万歳。                蛭田

    追伸 できたらスピードを持ってきてくれ。それから静香ともうファックしたか?

 O.K.いいだろう、どう言い訳してもおれも静香も行き詰まってる。死にそうだ……もしそれが うまくいったら少しは楽しそうだ、徹。もし今日も静香が遊びにきたら俺たちは死んでたかもしれなかった、それよりは楽しそうだな……徹。
 おれは考えるうちにどんどん楽しくなってきて静香に電話した。
 「なに? いまから遊ぶ?」
 「いやいまから飛行機に乗らないか」
 「あははは!」
 静香は思いきり笑った。
 「乗る乗る! 行くわ!」
 「よし親に金を借りるんだ、おれも出来るだけかき集める。君が好きだよ」
 おれは電話を切る。
 おれ、有田成男。まだまだ元気だ。

つづく


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