非幻想異端的日常
2008年 6月 1日 (日)
 午前中、今度制作するプログラムの説明でクライアントの会社の会議に出席。今週いっぱいかけて作成した資料をもとに、小一時間ばかり演説し、詳細を煮詰めた。

 午後、池袋でコジロウさんと落ち合う予定だったが、時間が合わなかったので帰って最近完成した自主映画「Re」のDVD制作にいそしんだ。

花食いシーン そう、俺の初監督作品である自主映画「Re」がついに完成したのだ。ここまで長かった。2年半ほどかかっただろうか。ずっと作り続けていたわけではなく、途中、数ヶ月中断している期間が長かったのである。原案が決まってから脚本家が見つかるまで1年、撮影は5日間、編集は3日間、それから音楽が出来るまでまた1年。要するに実稼働期間は半年にも満たない。
 7月くらいに上映会を企画しているので、お時間のある方はぜひ見にきていただけたら幸いである。(詳細は後日

 夜、四谷でレイコさん主催する印度カラオケ。最近インドから帰った花ちゃんも来ていた。花ちゃんはまあインドから帰ってとても変わった。もともと姿勢の良い子だったが、今では輪をかけて背筋がピンと伸びて、しゃべりかたも表情も髪型も完璧で、まさに「凛とした女の子」というのはこういう子をさすのかと思われる。世の女性は皆、お手本にするとよろしかろう。

2008年 6月 2日 (月)
 ひさびさの何もない休日。だからといって暇には程遠く、一日中やるべきことをやっていた。

2008年 6月 3日 (火)
 午前中、税理士さんに人を紹介していただいた。
 午後、テステス助監督がやってきた。これからしばらく、彼にちょっとウチの仕事を手伝ってもらうことにしたのだ。
 夜、初日ということで仕事がたてこみ、テステス助監督がウチに泊まった。ひさしぶりだったので遅くまでDVDなどを見て遊んだ。

2008年 6月 4日 (水)
★ ギャオでアメリカ映画「マッド・シティ」というのを見た。ダスティン・ホフマン、ジョン・トラボルタ主演。キャストはなかなかシブいが、映画はイマイチだった。あのオチにもっていくために、こんなリアリティの無いストーリーをムリヤリ捏造したのかと、ラストで力がぬけた。
 それなりにまとまってはいたけどね。

2008年 6月 5日 (木)
 最近、印象に残った言葉。-「歩き続けていれば大丈夫」

2008年 6月 6日 (金)
 今月で退社したコジロウさんの送別会を、西新宿のジンギスカン料理でやった。
 ジンギスカンを食べるのは十年ぶり、人生で二度目である。しかし、うまかった。
 コジロウさんの退社に俺はまったく終末観のようなものを感じておらず、むしろお互い前に進むための退社であると感じていた。過去には学び以外の何も無く、今も何ひとつ終わっておらず、ただ始まるだけの退社であると感じていた。しかしこうして肉を喰いながら語り合い、最後に彼を見送る時、言いようのない寂しさを感じた。やっぱり人生のひと区切りなのだな。

2008年 6月 7日 (土)
★★★★★

 ドイツ映画「ノスフェラトゥ」のDVDを買ったので、見た。監督はジャーマン・ニューシネマの金字塔ヴェルナー・ヘルツォーク。主演はクラウス・キンスキー、そしてフランスの大女優イザベル・アジャーニ。
 高校の頃にテレビで三倍速で録画した吹き替えを見て以来大好きな映画だが、こうしてちゃんとした字幕で綺麗な映像のを見るのは初めてである。二十年間美化し続けた記憶に負けない強烈な怪奇的映像美。クラウス・キンスキーの妖しい存在感に、イザベル・アジャーニの妖艶な美しさ。そこはかとなく漂うユーモア。
 最高傑作なんだな。

2008年 6月 8日 (日)
 夜、渋谷で飲んでた夜長さんから電話があり、新宿で合流してカンさんのお店で飲んだ。初対面の若いライターのお友達のレイナさんという方が一緒だった。カンさんの店を出て、俺の家でまた飲んだ。DVDなどを見ながらひさびさに語り合った。レイナさんに【電気苺】の脚本を読んでもらったら好評で、嬉しくなった。ますますこの映画、いつか必ず完成させる決意が固まった。

2008年 6月 9日 (月)
 午後、麹町でオバラさんが自主映画のアフレコをやっているというので、手伝いに行った。この自主映画は去年俺もエキストラで出演したのである。完成が楽しみだ。
 夜、新宿で父上と妹1と合流し、焼き鳥屋で食って飲んだ。

2008年 6月 10日 (火)
 本日は告知である。
 この度完成した自主映画【Re】の完成披露上映会が来る7月20日(日)に高田馬場のミニシアターBABACHOPにて開催される。入場は無料である。

<詳細>
日時:2008年7月20日(日) PM18:00〜PM20:00頃
場所:高田馬場BABACHOPシアター
(高田馬場駅から徒歩4分)
http://babachop.net/theater/map.html
入場料:無料

<作品>
タイトル:Re(アール・イー)
監督:青柳宇井郎、浅野奉久
脚本:大原久澄
出演:近藤司、椿琴美、浅葱まり、宮川浩明、白木光一
音楽:嶋田智子、真野勉、Piro、よっしー
撮影:浅野奉久、小野寺淳一、甲田申由
照明:安田益康
美術:飯田麻衣子、西まどか、水本真梨乃
メイク:天羽由貴子
助監督:小野寺淳一
編集:浅野奉久
協力:秋葉真美、黒田浩史、マシュ〜、宗像良憲、由井、西、佐藤圭、ナッツの王様、お地蔵
本編上映時間:36分

<予告編>


 なんだかんだ言って2年半もかかって制作してきた映画だけに、本当に完成したってのがすごい。事情を知らない方には2年半も何をやっていたのかと思われるだろうが、まず最初に原案が決まり、脚本家が見つかるまで1年かかり、脚本で一二ヶ月、撮影6日間、編集がわずか3日間、そしてそこからまた音楽がすべて完成するまで1年かかったので、実働期間は半年にも及ばず、ほとんど待ち時間で2年以上とられたのである。
 さて映画の出来だが、画づくりはそれなりに完成度の高いものができたと思う。ストーリーは極めて難解で、二三度見ないとなかなか意味がわからないかもしれないが、理解すればなかなか深い映画である。未熟者ゆえ、今にして見返すと人間を表現しきれていない面もいくつかあるし、映像も守りに入りっぱなしだが、そこは今後の課題ですな。

 入場無料なので、ぜひお友達お誘いの上、見にきてください。上映後に感想を書いてくださった方には無料で特典映像付きのDVDもプレゼントする予定です。

2008年 6月 11日 (水)
★

 日本映画「かもめ食堂」を見た。小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ主演。フィンランドのヘルシンキで日本人が経営する食堂を舞台にした、たいしたストーリーがあるわけでもなく、おもしろくておかしい人間模様をとりとめなく描いたほのぼの系のヒューマン・コメディ・ドラマである。こういうタイプの映画は俺は大好きだが、これはかなり出来が悪くて残念だった。こういうタイプの映画は人間の描写に趣が無いと単なる小ネタの集合体と成り下がる危険性をはらんでいるものだが、趣のある演技を得意とする女優さんたちを使っているにもかかわらず、人間描写が稚拙すぎて、危険地帯に少し足を踏み入れてしまっているように思えた。あと、食べ物をもっと美味しそうに撮らないといかんと思う。

2008年 6月 12日 (木)
★★★ 日本映画「Female」を見た。これは5人の監督がそれぞれのエピソードを監督した女性をテーマにした5話のオムニバスである。第三話が松尾スズキの監督・脚本で、これがダントツで一番おもしろかった。こういう画面から匂いたつようなエロスを表現できるのはスゴいと思う。第一話の桃より、第三話の高岡早紀の方が熟した果物に見えた。あと印象的だったのは第四話の大塚寧々。ちなみに第五話は塚本晋也が監督だった。全体的に得た教訓はやはり、女性のエロスは三十代からが食べ頃、ってことですね。

2008年 6月 13日 (金)
 夜、仕事が終わってから、テステス助監督とゴールデン街にくりだした。テステス助監督はゴールデン街初突入だそうだ。やっぱりゴールデン街で飲むのは楽しい。

2008年 6月 14日 (土)
 昨晩、飲みすぎたってほど飲んではいないのだが、アルコールが変な風に脳に作用していたようで、一日中アタマがおかしかった。てゆうか最近、精神状態がちょっとヘンだ。生活のリズムを整えて、しっかりしないといけませんな。

2008年 6月 15日 (日)
 寝坊した。目が覚めたら十二時半だった。慌てて、電話して、支度して、出掛けた。もう少し早く起きていたら俺の運命は変わっていたであろうか。それは明日の日記だけが知っている。

2008年 6月 16日 (月)
 今日はちゃんと起きて、銀座に行った。昨日の埋め合わせである。前日の日記にムチャぶりされた今日の日記だが、そんないきなりふられても今日の日記としては困るところである。

2008年 6月 17日 (火)
★ 邦画「さよならみどりちゃん」を見た。ついこないだ原作の漫画を読んだのと、主演の星野真里をこないだテレビで見て興味を持ったのとで、TSUTAYAのDICASで借りてみたのだ。
 まず原作だが、それなりにはおもしろいところもあったが、このタイプの今風の恋愛を描いた漫画としては内田春菊や安野モヨコなどがはるかに高レベルな作品を放出しているので、いまいち感性に響くものを感じれなかった。つまり原作の漫画は日本の漫画のレベルの高さを象徴していたと言える。とにかく原作は少ししかおもしろくなかったが、まったくダメな漫画じゃなかった。
 反対に映画は、日本映画のレベルの低さを象徴するものだった。まがい也にも原作に描かれていた男女の微妙な感情のやり取りや空気が、まったくと言って言いほど描かれていない。これはなぜだろう。可能性その1、制作者が原作をまったく理解していない。可能性その2、理解しているけど、それを描くことを放棄した。可能性その3、理解して描いたつもりだったが、単に下手だった。まあ下手は下手だったから、理解していてもしてなくても、こんな映画になっていたことは確定かもしれない。
 ちなみにその2だとすると、原作のヒューマニズムをストレートに描くことを放棄してまで何を描きたかったのだろうか。しいて言えばラストのカラオケや主人公が好きな彼を追って走るシーンに醸し出されている情緒だが、原作に比べてじゅうぶん弱い。原作で主人公が行きずりの男の家に連れ込まれフェラチオさせられるシーンがあったが、あのシーンをどういうつもりでこんなつまらない表現にするのかさっぱりわからない。クライマックスの彼が出てゆくシーンのは、救い様が無いくらいベタでつまらない。
 原作のイメージが強すぎたとか、そういう問題じゃない。本当に日本映画はつまらない。芸術は何を表現するかばかりじゃなくて、如何に表現するかも大切だということ、いやむしろ、そのふたつは同じだと思うし、その点の追求が甘いからいつまでたっても日本はこんなつまらない映画が量産されるのだと思うのだが、どんなもんだろう。
 それにしても星野真里はよかった。こんなつまらない演出でも、光るものを感じさせる星野真里は女優としてなかなか素晴らしいと思う。

2008年 6月 18日 (水)
★★☆ 映画「ユメ十夜」を見た。日本映画は最低だ最低だと言いつつ、なぜか俺は日本映画をよく見ておるな。見る前はおもしろそうだと思うのだから仕方が無い。それに、たまにはおもしろいものもある。
 この映画は夏目漱石の「夢十夜」を十人の映画監督が映像化した十話のオムニバスである。どれも独特の感性で漱石文学を映像化しており、全体的にシュールでわけがわからず、夏目漱石の原作からはかなり飛び離れている。それぞれのエピソードはおもしろいものも少しはあるが、ほとんどはつまらないという、現在の日本映画の縮図のようなクオリティであった。比較的後半におもしろいエピソードが集中しているような気がした。
 全話を通して一環したテーマみたいなものがあって、夏目漱石が「『夢十夜』は百年たってから理解される類いの小説であろう」と言った発言を受けて、百年目の今日、現代にしても革新的すぎる映像表現によって、さらに今から百年後じゃないと理解されないんじゃないかと思われるような映画をつくってしまおうという試みなんじゃないかと思われる。
 監督は松尾スズキ、市川崑、実相寺昭雄などなど、そしてなんと天野喜孝なども参加している、わりとそうそうたるメンバーである。
 お気に入りは何と言っても松尾スズキの第六話だ。この原作は夏目漱石がミケランジェロの名言をパクッて運慶のアーチストとしての達人ぶりを描いたエピソードだが、それにしてもあの「彫刻は既に石の中にある」と言ったミケランジェロの発言を、意図的に曲解してこんなエピソードにしてしまうとは、まさに「そうきたか!」と言った感じである。斬新ではないが、このヌケヌケとした曲解ぶりはある意味、気持ちがよかった。登場人物に2ちゃんねる用語をしゃべらせ、運慶をダンサーに演じさせているところもなんだか意味なくて楽しい。
 それにしてもすべてのエピソードに共通して感じることだが、映像がやたらキレイな癖に、酷く安っぽく見えるのは何故だろう。

2008年 6月 19日 (木)
★ テレビで邦画「鮫肌男と桃尻女」を見た。
 冒頭の意味の無いヤクザの長い会話から、もうモロにタランティーノを意識した、タランティーノのモノマネ映画であった。タランティーノは世界の映画界に良い影響を与えたと俺は信じているが、たまにこういう猿真似まがいの、酷いものもあったりする。
 なにより、会話がまったくおもしろくない。タランティーノを意識しているのが映像からバレバレだけにまた余計ヒドさが際立つ。タランティーノの会話にある巧みな言葉の使い方の妙も、リズム感も、まったく何にも無い。
 また、登場人物の造詣が浅い。これもタランティーノを意識しているのがモロバレだけに、酷さが倍増している。ただ突飛なキャラクターを創出しているだけで、行間から人間性が何もにじみ出てこない。人間を描く天才であるタランティーノの表面的なキャラ造詣とキャスティング・センスを猿真似しているだけだ。
 最初のタイトル部分とか、ラストの「あっ」「ポン!」な終わり方とか、ウィットに飛んだ映像だけはなかなかセンスがあった。うまいところは少しはあるんだから、ヘンにタランティーノの猿真似なんかしないで、普通に作れば幾らかはマシな映画になったんじゃなかろうか。
 あとこの映画は普通にストーリーがダメだと思う。

2008年 6月 20日 (金)
 築地の料亭の事務所でパソコンのセットアップを手伝い、帰りついでにそこの料亭で昼食を食った。ここの食事はとてもうまいのだ。

2008年 6月 21日 (土)
★★★ 邦画「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」を見た。これは去年原作を読んだ同名小説の映像化である。原作は最高だったし、映画もキャスティングは原作のイメージにぴったりで、なかなか評判もよろしいようなので、期待して見た。しかし……ちょっと待て! なんだこのラストは!?
 前半はやたらおもしろかった。原作のイメージを壊さず、むしろ増幅させるような絶妙な映像と演出。サトエリも永作博美も永瀬正敏も素晴らしかった。特に永作博美の役作りが最高で、涙がでるほど可笑しくて悲しかった。
 ところがまず、この永作博美演ずる待子のキャラが後半でなぜか破綻する。前半と後半でキャラが少し違うのだ。
 そして何よりも問題なのが、ラストが原作と微妙に違うのである。別に原作のイメージにとらわれているわけではない。小説と映画は別物として楽しむことだって可能なのだ。しかしこのラストはどうだ。原作のあの救い様の無い悲惨なラストが、なぜか軽くハッピーエンドになっているのである。ハッピーエンドと言ってしまうと少し語弊があるかもしれないが、原作に比べたらこれは充分ハッピーエンドの範疇である。
 これはどう考えても創意ではなく、原作のラストが暗すぎるため、一般ウケを狙って少し明るい要素を導入したのではなかろうか。
 原作のラストは本当に救い様のないラストだった。その救い様の無い人間模様がたまらなく可笑しかったのに、これでは台無しではないか。
 また都合の悪いことに、破綻した永作博美の演技がこのラストの拍子抜けっぷりに拍車をかけているのだ。前半と同じキャラ作りでラストを演じてくれていたら、まだマシなラストになっていたのに。
 映像もよかったし、キャスティングもピッタリだし、演出も大方オーケーなんだから、もう一回原作通りに作り直してくれよ。

2008年 6月 22日 (日)
 高田馬場のミニシアターBABACHOPで月に一度の自主映画上映会に出席。最近は土曜日にバイトを入れているのでしばらくこの会はご無沙汰であったが、今日は来月ここで行われる俺の映画の上映会の宣伝をするため、バイトを休んで参加したのである。助っ人に助監督のテステスくんと脚本家の姐御さんを呼んでいた。現地にはオバラ監督やキノ監督などがいたが、全体的にはいつもより客が少なくてちょっと残念。
 いつものように何作か自主映画が上映され、その合間に俺の映画【Re】の告知コーナーを設けていただき、三人で舞台にあがって映画の宣伝と、予告編を流した。気合い入れて、予告編の最後に「7月20日上映/当劇場にて/入場無料」の文字をデカデカといれたのだが、画面サイズを間違えて文字がきれてしまった。しかしまぁ、笑いがとれたのでまあよしとしよう(するなよ)。
 上映された自主映画はそこそこおもしろいもの、つまらないもの、とてもおもしろいもの、興味深いものと、いろいろあって楽しかった。上映会の後、シアターで飲み会が行われた。自主映画関係者の皆様と実のある話しができて、刺激になった。いつもながら有意義であった。
 終電前に帰った。

2008年 6月 23日 (月)
 本日はオバラさんに頼まれて、彼の監督した俺も出演した新作「熱球物語/(サブタイトル忘れた)」のアフレコ(6月9日の続き)を俺の事務所で行った。午後2時頃、新宿駅南口で待ち合わせてオバラさん他、出演者が4人ほどやってきた。
 最初、オバラさんがアフレコ用に持参した動画ファイルがウチの事務所のパソコンで再生されなくて困ったが、俳優さんの中にひとりパソコンにとても詳しい方がいて、再生できるソフトをダウンロードしてもらい、無事に作業は進んだ。そのパソコンに詳しい方というのが、実は自主映画監督で、俺が十年ほど前にロフトプラスワンの自主映画上映会で見たことのある方だった。とても印象的な方だったのでよく覚えていて、最近でもあの人は今でも自主映画を作っているのだろうかなどと、ときどき思い出していたので、こんなところでいきなり再会できるとは思わなくて、やたら感激した。縁というのは不思議なものである。
 アフレコが終わり、俳優さんはすべて帰り、オバラさんとふたりで事務所でめしを食いながら夜遅くまで語り合った。彼とはなんだかんだ言って知り合ってそれなりの期間を経ているが、じっくり話すのは初めてだった。彼の作る自主映画はおもしろいし、彼の自主映画評も共感するところが多いのだが、自主映画の制作理論は俺と大きく異なり、その視点の違いがとてもおもしろいと思った。
 「熱球物語」早く完成させてくださいねー。

2008年 6月 24日 (火)
 最近やたら忙しくて、今日も今週やることをリストに書き出しているだけで頭が狂いそうになった。まるで死体にたかるウジ虫のように、こまごまとしたことが多すぎて、脳味噌が腐って死臭を放ちはじめんばかりの状態である。

2008年 6月 25日 (水)
★ ギャオでロマン・ポランスキーの映画「赤い航路」を見た。
 ポランスキーの映画はこれまでにもいくつか見たことがあったが、未だにイマイチつかみどころの無い映画作家である。彼の作る映画は時にはサスペンスだったり、ドラマだったり、文芸大作だったり、ホラーだったりして、そのどれもが他のジャンルの要素を中途半端に含んでおり、それでいて特に特徴のある作風という感じでもなく、とにかくつかみどころに困る監督だ。
 で、これはちょっと倒錯した愛の形を描いたメロドラマであった。ひとくちに説明すると、「変態チックな恋愛を描いたつもりの、大して変態ではない恋愛映画」という感じである。あとヒロインがぜんぜんセクシーでもなければ、それほどお綺麗な女優さんではなかったところが、まずかった。小悪魔的な可愛さは少したたえていたので、役柄には合っていたが、サービス精神が足りない。
 なんだか、あまり人間を描くのが上手だとも思えなかったしな。

2008年 6月 26日 (木)
 いよいよ背水の陣である。

2008年 6月 27日 (金)
 父上と飲み会。捨てる神あれば拾う神もあると言うが、どんなもんだろう。

2008年 6月 28日 (土)
 また広告の契約が打ち切られた。拾う神あればまた捨てる神もあるって話しだ。

2008年 6月 29日 (日)
★★

 日本映画「ゴーストシャウト」を見た。これはもともと「ゴーストネゴシエイター」というタイトルだったが、公開一週間くらいのギリギリ直前にいきなり細木数子に「タイトルを変えなさい」と言われて「ゴーストシャウト」になったという曰く付きの映画である。話題作りとしては斬新なエピソードだ。
 内容は「ゴーストバスターズ」みたいなもので、ただ幽霊を退治するわけではなく、言葉で「成仏しなさい」と説得するだけというのが特徴である。
 これはドラゴン監督に薦められてみたのだが、それだけに作風がドラゴン監督に似ていて、ドラゴン監督が監督したんじゃないかと思うほどだった。
 チープな感じがそれなりに楽しかった。巨大化した南野陽子がひたすら歌を唄っている幽霊を演じていると聞いて、それを目当てに見たのだが、本当にそれ以上でもそれ以下でもなかった。巨大化した南野陽子が歌を唄っていたのだ。

2008年 6月 30日 (月)
 銀座にてドラゴン監督の事務所設立パーティー。
 ちょっと遅れて到着したら、席がなくて、隅っこでひとりで座ってとにかくやたら腹が減っていたのでピザやビーフストロガノフ(?)をかけたご飯や玉子サンドイッチやパスタをがつがつ食っていたら、マシュー監督やキノ監督や愉快さんがやってきて、落ち着くメンバーでとりあえず語り合いながら、まったりと楽しくすごした。
 パーティーはドラゴン監督のパーティーらしく、きれいにまとまっていて、世の事務所設立パーティーのお手本のようなパーティーだったと言えるかもしれない。
 2次会は銀座のさくら水産。俺は主にドラゴン監督が前に通っていたシナリオ学校の同級生と固まって飲んでいた。俺もシナリオを書く人間なので、種族としてはちょっとバランスの悪い飲み相手だったが、長丁場で疲れていたので、誰が相手でも大して変わらなかったかもしれない。
 数人のメンバーは三次会にもつれ込んだようだが、俺はそこまでの体力はないので、終電で帰った。


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