「夕歩、入るよ」 ひと言声をかけて、部屋に通じるふすまを開いた。六畳間の真ん中に、ぽつんと小さな布団が敷かれている。裏庭に面したふすまは少しだけ開いていて、穏やかな春の陽光が畳に光の筋をぼんやりと落としていた。 夕歩は掛け布団に埋もれるように寝ていたが、順が部屋に入っていくとまぶたを開けて起き上がろうとした。 「あ、寝てていいよ。起こしちゃった?」 「ううん。別に眠くないし、起きてた。そんなにひどいわけでもないし」 順は起き上がりかけた夕歩を制して、布団の横に腰を下ろした。 夕歩の頬は少し赤い。確かに結構熱っぽいようだ。額の上には、濡らした手ぬぐいが乗せられている。 「昨日雨に濡れちゃったからかなあ」 「順はなんともないんだ?」 「うんっ。あたしは丈夫だからね」 順は自慢げに笑いながら、夕歩の額の手ぬぐいを片手でひょいっと取り上げた。 「手ぬぐい、ぬるくなってるじゃん」 「そういえば、もうずいぶん乗っけてた」 きっと夕歩の熱をかなり吸い取ったのだろう。だけどこの手ぬぐいには、もっと働いてもらわないと。 「よっし! あたしが冷たくしてまいります、姫」 「……姫? なにそれ」 張り切る順の言葉に、夕歩は不思議そうな顔を向けた。 「テレビの時代劇みたいなのでやってた。んで、『夕歩とお前は、お姫様とお庭番みたいなもんだな』って、父さんが」 「お庭番〜?」 「うん、姫に仕えるお庭番! カッコいいんだよ!」 「また変なのにハマったんだ」 手ぬぐいをプロペラのようにびゅんびゅん回してポーズをとると、夕歩はうさん臭そうな目つきになった。 「それより稽古、遅れちゃうよ」 「あー、そうだった。じゃ、これだけ濡らしてくるね!」 任務だ!勢いをつけて立ち上がる。 「それでは少々お待ちください、姫っ」 「それはもういいよ……」 少しも乗り気ではない夕歩をよそに、順は一人で張り切っていた。 |
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