パチ……、パチ…… 制服の胸ボタンを、一つずつゆっくりと留めていく。その渇いた音が部屋に響くたびに、ついにここまで来たのだという思いが胸を満たす。 桃香はこの春、晴れてここ天地学園の一員となれた。優秀な人物だけが入学を許されるこの巨大学園、その中でも更に難関といわれる剣技特待生の入学試験に、無事に合格できたのだ。 もちろん、苦労はあった。元から剣道の修行はしていたが、この一年間は特に寝る間も惜しんで剣の稽古を重ねてきた。 それも、あの人との約束を守るため―― (りお姉、約束通り合格したけんね) パチ。 一呼吸だけおいた後、最後のボタンを留める。学園の一員である証の黒い制服に身を包み終えると、自分は本当に入学したのだという実感が改めて胸の奥にわいてきた。 だけど、この制服だけで終わりではない。剣待生である自分には、まだ身に付けなければならない物がある。 何かに誘われるように壁際の机の上に視線を移すと、そこには風変わりな装備が置かれていた。 星のマークが付いた肩章。そして、刀。 これらこそが、剣待生であるという証だ。 桃香は机の前に立つと、一度大きく深呼吸してそれぞれの表面をゆっくりと撫でていった。今朝一人ずつに支給され、実際に手にとった時の喜びが呼び起こされる。一般生徒は決して手にすることのないこの剣を持つために、自分は今日まで腕を磨いてきたのだ。 肩章を左肩に付け、ベルトを腰に回し、刀の鞘に付けられた金具を通す。一つ一つの動作を、桃香はこと更にゆっくりと進めていった。そうして全てを付け終わると、新しい制服に身を包んだ時とはまた違う緊張感に、全身が満たされた。 部屋の隅に掛けた姿見を覗き込むと、真新しい制服、それに剣を帯びた緊張気味の自分の姿がそこにあった。姿勢を正し、鏡の中の自分を値踏みするようにじっと見つめる。 悪くない。 ――むしろ、イイ。 長年剣の道を歩んできたせいか、新しい剣を腰に挿した姿もなかなか様になっていると、自分でも思う。 早くこの姿を、りお姉に見てもらいたい……。 「もうちょい角度をつけた方がええかの」 刀のおさまり具合が悪い気がして、腰の位置で寝かせたり立たせたりしてみる。後ろが変になっていないか確認しようと、身体を回転させて背中を鏡に映す。 この晴れ姿を見てもらえる瞬間を想像しながら、桃香は自分の制服姿を入念に入念にしつこくしつこくチェックした。 「腰じゃなくて、ハットリくんみたいに背中に担ぐっちゅうのは、どうじゃろか」 寮の一室、吉備桃香の天地学園入学初日の朝は、こうして始まった。 |
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