中等部・新入剣技特待生歓迎会。 朝一番で行なわれた入学式の後、午前中の時間帯は各クラスでのホームルームに費やされた。昼食を挟んで午後は解散となったのだが、一般の生徒たちが校内を見学したり寮に戻ったりする中で、剣待生だけがこの体育館に集められた。 桃香はクラスごとに並んだ列からひょいっと顔を横に出して、体育館の後ろの方を覗き見てみた。そこには上級生たちが、新入生と少し間を空けて同じように整列している。帯剣している生徒しか見当たらないところを見ると、剣待生だけ呼ばれたという事情はどうやら上級生も同じらしい。 (りお姉、どこじゃろなー) 一年前に剣待生として先に入学を果たした彼女も、ここにいるはず。姿を探したいのはやまやまだったが、緊張気味な面持ちで並んでいる同級生たちに囲まれては、一人キョロキョロするのもためらわれる。 仕方なく前に向き直った桃香の横顔に、窓から差し込む春の陽光が落ちた。気持ちよく開け放たれた入り口や窓の外には、そよ風に揺れる桜の枝がちらほらと見え隠れしている。 体育館の前面の壁に掛けられた時計が指定の時刻を指すのと同時に、チャイムが鳴った。整列している新入生達の緊張が、一段と高まる。適度に張り詰めた空気の中でチャイムが鳴り終わると、生徒会か何かの役員だろうか、長いコートを着たままの生徒が舞台袖のマイクに向かった。 「これより、中等部・新入剣技特待生歓迎会を執り行います」 「生徒会長の言葉」とのアナウンスが入るのと同時に、白い制服に身を包んだ生徒が一人壇上に現れた。生徒会長だ。 毅然とした表情で歩を進める彼女はどこか優美で、どこか捉えどころがなく、そして人とは違うオーラを全身から発しまくっている。 (あん人が、この学園のトップなんじゃなあ) 聞いたところによると、彼女はこの学園の生徒会長であると同時に理事でもあり、更に学園長も兼ねているらしい。 噂を耳にした時「そんなに何個も兼任して、忙しいこっちゃ」と桃香は思ったものだが、当の会長は連なった肩書きの重さなどものともしていないという風に、優雅な足取りで舞台中央まで進んでいく。ちなみに彼女は高等部の生徒で、自身も剣待生だ。 舞台の中央には学園の校章が前面に大きく描かれた机と、外国の貴族が座るような大きな椅子が据えられていた。学校の体育館の設備にしては、どうにも豪華すぎるものだ。しかし会長が静かにそこに着席し終えると、不思議と全てがぴったりはまった。机に備え付けられたマイクに向かって、会長の口が開く。 「新入剣技特待生の皆さん、合格おめでとう。これからあなた方は天地学園の一員になると同時に、剣待生としてこの学園で過ごすことになります」 マイクを通して、会長の言葉が館内に響き渡る。先の入学式での挨拶の時もそうだったが、会長は何百名もいる生徒たちに臆することなど全くなく、威風堂々と言葉を紡いでいる。 ……入学式でのスピーチでは意図のよく分からない発言も多々発し、新入生の頭の上に困惑のハテナマークを量産してもいたのだが。頂点に立つ者の言葉は時に常人の理解を超え、不条理ギャグと紙一重になる。 「新たな道の出発点に立ったあなた方は、様々な夢を抱いてこの学園の門をくぐったことでしょう」 (夢――) ウチの夢――、あの人の夢―― 会長の声に重なって、桃香の脳裏に一年前の約束が蘇る。 『桃ちゃん、一足先に天地学園で待ってるからね』 『ウチも来年必ず合格するけん、待っとって、りお姉! そんで、二人で組もう!』 りお姉――宝田りおなは桃香の幼なじみで、長年通っていた道場の一つ上の先輩でもあった。息がピッタリな二人が組めば、ツワモノ揃いの天地でだって、きっと上手くやっていける。二人で話し合った日々に懐かしく思いを馳せる桃香の耳に、会長の言葉が続く。 「その夢を実現するために、剣待生の皆さんには星獲りの仕合いに参加していただきます。しかしまだ入学初日ですから、新入生のあなた方はまだ楔束していない方がほとんどでしょう」 楔束。その単語に、桃香は素早く反応した。 「ですが、自分一人だけでは、星獲りに参加することすらできません。自分の未来を託すことができる相手――刃友に、一刻も早く出会えることを望みます。そしてこの学園では、常に高い目標を持ち――」 ウチの刃友は、ウチが楔束する相手は、もう決まっとる。 この学園には今の自分よりも強いやつらが、きっとわんさかいることだろう。だけどりお姉と一緒なら、どんな強敵が相手でも怖くない。りお姉と二人でなら、どんな夢だって叶う。叶えられる。 「――を、保つように努めてください。それと星獲りでは、クラスメイト、上級生・下級生、一切関係ありません。多少のルールはありますが、基本的にいつ誰に狙われるか分からない状況に置かれていることを、くれぐれも忘れないよう」 星獲り戦のルール等は、事前に配布された冊子「学園生活の手引き・すべての輝ける者たちへ」でひと通り頭に入っている。来るべき初陣の日を思って、桃香の胸は高鳴った。 「ではこれから卒業までの間、それぞれの目標に向かって、共に精進いたしましょう」 話を終えた会長が、一呼吸おいた。 「以上、解散!」 優雅ともいえる動きで椅子から立ち上がる。 壇上中央には、会長ただ一人。いつもは彼女の側に見えるはずの姿が、今はなかった。 |
一つ前へ 次へ はやてSS目次へ戻る 現白屋トップへ戻る |