背の高い樹木の間を小走りで抜けながら、途中桃香は肩を落として歩いてくる二人連れに出くわした。先の生徒と同じように、戦意は喪失している。たぶんこの二人も、星獲りに敗れたのだ。 「卑怯だわ、あんなやり方……」 すれ違いざま、うなだれながら小さく呟く声が聞こえた。 遠くで鐘の音が響く。 確か、これで四回目。規定によると、あと一回鐘が鳴ったら星獲りは終了のはずだ。林立する木立の中では日の光はあまり届かず、静かに薄暗い。 と、木の間、少し離れたところに一人の生徒の影が見えた。今まですれ違ってきた敗者とはどこか違う。その手は刀をしっかりと握り締めて、まっすぐに立っている。喧騒が遠くに聞こえる木立の中で、その姿は奇妙に静かだった。 桃香の気配を察したのか、その彼女がこちらを向いた。 「りお……姉?」 「桃ちゃん……?」 一年ぶりの再会だった。 間違いない。木漏れ日に薄く照らされたその優しげな顔は、桃香の幼なじみのりおなの顔だ。 「りお姉!」 驚きを隠せずに、それでも桃香の顔に笑みが浮かんだ。 会えた! わき上がる嬉しさを抑えながら、桃香はりおなに近寄っていった。りおなの方は驚きに目を見開きながらも、どこか複雑な表情をしている。 「あら、りおなのお知り合い?」 「桜花……」 動かなかったりおなの後ろから、人影がすっと現れた。桜花と呼ばれたその生徒はゆっくりと前に進み出て、りおなの隣に立った。まるで、そこが自分の当然の位置であるというように。 桃香の足が止まる。 目の前で互いに隣り合って立つ二人からは、共に行動するのが習慣にまでなっているような、そんな自然な気配が感じられる。 「りお姉、そん人……?」 再会を喜びあう言葉ではなく、疑問が桃香の口をついた。 「鬼吏谷桜花――私の刃友よ」 「刃……友……」 りお姉の、刃友。 桃香は今聞いた言葉が信じられなかった。 確かにりおなの口から出た言葉だというのに、真実味が感じられない。 呆然としながら桜花に視線を移すと、彼女はどこか悪意のある笑みを桃香へ向けていた。 「何? 新入生じゃない。それに、単刃のようね……」 桜花の口の端が、にやりと上がる。 「いいカモだわ」 「なっ――」 「桜花、待って!」 言うが早いか、桜花が突進してきた。 ごつごつとした固い土の上を滑らかに走り、あっという間に二人の距離が詰まる。接近しながら脇で構えられた剣が、間合いに入ると同時に下からぐんと伸びるように桃香に迫った。 「――!」 バチッ。 左肩に衝撃が走る。 避けようと瞬時に身体をひねったが、間に合わなかった。 痛みをこらえ、横に飛びすさって相手からの距離をとる。 「あら、なかなかやるじゃない」 桜花に注意を払いながら、桃香は痛む左肩をさすった。 左肩――剣待生が、星の肩章を着ける場所。しかしその痛みは、星の位置からは僅かにずれたところのものだった。 「一撃で打てると思ったのに。でも、次はそうはいかないわよ」 強い。そして、速い。 こっちは剣を抜く暇すらなかった。初撃はなんとかかわせたが、次は――。 「ダメよ、桜花!」 「うるさいわね。新入生だろうがランク違いだろうが、関係ないわ。今日はもう目ぼしい相手もいないようだし、クールダウンに丁度いいじゃない」 獲物を弄んでいるような桜花の視線が、桃香の上に落ちる。 この陰湿そうな上級生が、本当にりおなの刃友なのだろうか……。 特殊素材でできた模擬刀は防具のない身体に当たってもそこまで痛くはなかったが、それでも切っ先で捉えられた左肩は、じんじんとした痛みを桃香に発し続けている。 無言で痛みと衝撃をこらえている桃香をどこか面白がるような目で眺めながら、桜花の言葉が得意げに続いた。 「大体こんなバカそうな顔して、ここでやっていけるわけないのよ。一人でのんきに出歩いてるのがいい証拠だわ」 いっそう意地の悪い笑みが、桜花の顔に浮かぶ。 「どうせこれから負け続きになるんだから、今から打たれるのに慣れておいた方がいいでしょう? 私とりおなが協力してあげる」 「な、なんじゃとっ!」 あまりの言い草に、桃香は桜花を睨みつけた。 「威勢がいいだけじゃ、勝てはしないわよ」 剣を握った桜花の右腕がゆっくりと上がり、剣先が桃香の顔の位置まで来ると、そこでピタリと止まった。 「単刃のくせに、ノコノコ出てきた自分の無防備さを恨むのね!」 桜花の剣が素早く動く。その顔には、明らかに桃香のことを見下した笑みが浮かんでいる。 桃香は今度こそ相手の太刀を受け止めようと、左手に力を込めて剣を抜こうとした。 その時。 ゴオォォーーーンン。 最後の鐘が、強く鳴り響いた。 桜花の剣が、動きを止める。 星獲り終了である。 「ちっ」 桜花はあからさまに苛立ちの色を浮かべている。その後ろで、安心したようにりおながほっと息をついた。 「りお姉、本当に、そいつと楔束したん……?」 しかし桃香のその問いに答えたのは、りおなではなく桜花のいらだたしげな声だった。 「りおな、行くわよ」 「あっ……え、ええ」 りおなは桃香を気にしながらも、ここで話を続ける気はないようだ。 「りお姉っ」 「ごめんなさい、桃ちゃん……あとでね……」 呼び止める桃香に寂しげな笑みを返して、りおなは桃香に背を向けた。 桜花の後について去っていくその後ろ姿を、桃香は黙って見送るしかなかった。 |
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